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2024年1月1日

彼女がくれた片想い 07

 結論から言うと、その日それ以降の彼女の尾行は出来なかった。

 トイレの個室を出てすぐに向かいの空き教室に入りトイレの出入りを監視していた。
 と言っても、どうせ休み時間中は出てこないだろうと高を括り、チャイムが鳴るまでの監視がおざなりになっていたことは否めない。
 スマホをチェックしたりノーパンが気になってジーンズのジッパーを少し上げたり下げたりもしていた。

 次の講義開始のチャイムが鳴り再び辺りが静けさに包まれて5分10分、いっこうに彼女は出てこない。
 15分を過ぎた頃に、これはおかしい、それともひょっとして2回戦に突入しているのかも、と考え、再びトイレへ忍び込むことにした。

 トイレの出入口ドアをそっと押して中を窺う。
 中はもぬけの空。
 5つある個室のドアはすべて内側に開いていた。

 束の間途方に暮れた。
 いつ見過ごしたのだろう?
 でもすぐに思い当たる。
 油断していた休み時間中に出ていったのだろうと。

 尾行のための変装用小道具まで用意していた身としては残念ではあったが、すぐに仕方ないと諦めもついた。
 結局私のミスなのだから。

 それよりも先程のトイレ内での彼女の一部始終である。
 衝撃的だった。
 その興奮はまだ私のからだを奥底からしつこく疼かせていた。
 そのまま家路につき自分の部屋に戻ってから、彼女が洩らした一字一句を思い出しつつ遅くまで自慰行為に耽った。

 次の体育の授業の日、私はひとつの決意を心に秘め、黒い膝下丈スカートを穿いて臨んだ。
 いつもより早めに人影まばらな更衣室に入り、彼女がいつも着替えをするロッカー脇の物陰でまずショーツを脱ぐ。
 もちろんスカートは穿いたまま素早く脱いだショーツをバッグに隠し、間髪をいれずアンダースコートを穿いた。

 穿き終えた後にいつもの自分の着替え定位置に戻り、ゆっくりと着替えを続行する。
 ブラウスを脱いでウエアを被り、スカートを脱いでスコートを着ける。
 これで私も彼女とお揃いだ。

 そうしているあいだに更衣室が賑やかになってきた。
 着替えをほぼ終了している私は近くにあった椅子に腰掛け、ゆっくりとテニスシューズに履き替えている。
 両脚を幾分大きく広げてスコートを無駄に翻し、中のアンダースコートを周囲に見せつけるような格好になって。
 誰にも気づかれない秘めやかな恥ずかしさ。
 その高揚感にゾクゾク感じていたら彼女が現われた。

 いつものように隅のロッカー脇、さっき私がショーツを脱いだ場所、に陣取った彼女はバッグから着替え一式を取り出し、一つ一つ確認した後に着替えを始める。
 
 濃いベージュ色の薄手のジャケットを脱いだ後、七分袖で淡いピンクのニットの袖から両腕を抜いて頭から抜く。
 間髪を入れずテニスウエアを被って上半身は終了。
 本日のブラはピンクで背中にこれといった痕はなし、というのは、シューズの紐を整えるフリをしながら凝視していた私の見解。

 つづいて下半身。
 少し背後をキョロキョロしてから彼女は完全に背中を見せる。
 茶系でエスニックな柄の膝下丈スカートに両手が差し入れられ、ショーツがスルスルっと下げられる。
 今日も長めのスカートを穿いているということは、今日も授業の後はノーパンで過ごすつもりなのかもしれない。

 それから彼女がアンダースコートを手にし、これから脚にくぐらせようと屈んだ刹那、私はどうにも我慢が出来なくなってしまった。
 彼女に本当のことを伝えたら彼女はどんな反応を示すのか?
 幾分サディステイックな衝動とともに、それが知りたくてたまらなくなったのである。

 自分でも思いがけないほどからだが自然に動いていた。
 すっかり着替えの終わった私は彼女と私の間にいる数人の女子を掻き分け、背中を向けている彼女の前に立つ。
 どうしようかと少し迷ったが、背中を向けた彼女の左肩甲骨辺りを右手の人指し指でチョンチョンと軽くつついた。

 彼女は屈んでアンダースコートをずり上げている途中だった。
 彼女のからだが一瞬ビクンと震え、アンダースコートは中途半端なまま両手を離してこちらに振り返る。

「それ、下着の上に穿くもの」

 小声でもちゃんと意味がわかるように滑舌は良くしたつもりだ。
 彼女は瞬間、呆けたような顔して、えっ!?と絶句した。
 無言で私の顔を見つめながら言葉の意味を吟味しているようだ。

「アンスコは下着を隠すためのもの。だから下着は脱がなくていい」

 そう追い打ちをかけると、あっ!と大きな声を上げて見る見る顔が赤く染まっていく。

「あっ、あっ、そ、そうなのっ?」

 私が告げた言葉の意味を完全に理解したらしい彼女は、羞恥に身悶えるように顔を歪めてうろたえている。
 顔全体をバラ色に染め、目尻には今にも零れ落ちそうな涙まで溜めて。
 膝まで上げたアンダースコートはそのままだ。

 私に指摘された後の彼女の狼狽ぶりが演技だとは思えない。
 どうやら彼女はアンダースコートの何たるかを本当に知らなくて、その行為をやっていたらしい。

「そ、そうなんだ、教えてくれてありがとう…」

 とても小さな声でつぶやいた彼女をすごく可愛いと思った。
 同時にサディスティックな気持ちももう一段階加速して、余計な一言を追加してしまった。

「でも、したくてしているなら、それでもいいと思う」

 授業後にノーパンになることも知っているから、という意味を持たせた皮肉だが、言い過ぎたかな、とも思い、私はそそくさとラケットを持ってその場を離れた。

 テニスの授業中、私はソワソワ落ち着かなかった。
 ショーツを脱いでアンダースコート一枚ということは、下着を常時丸出しで授業を受けているのと同じこと。
 他の人にはわからないけれど、している本人にはその認識となる。
 からだを動かしてスコートが派手に翻るたびに、得も言われぬ恥ずかしさが下腹部を襲い、濡れにくい私でも秘部の奥から粘液がジワジワ潤み出ているのがわかった。

 彼女はと見ると、彼女も今までとは違っていた。
 いつもなら無邪気にコートを駆け回っていた彼女が、今日はなんだかモジモジ恥ずかしげ、しきりに自分の下半身を気にしている。
 ということは、あの後彼女は下着を穿き直さずにそのままコートに出てきたのだろう。

 テニス授業を受けている者の中で彼女と私だけが恥ずかしい下着丸出し状態。
 その事実がなんだか嬉しかった。

 授業後の着替えでは、さすがに彼女をジロジロ観察することは躊躇われた。
 話しかけてしまった手前、彼女も私を意識しているだろう。
 なので彼女から見えない場所に陣取ったため、アンダースコートを脱いだ彼女がショーツを穿き直したのかは確認出来なかった。
 その代わり私が、スカートを着けてからアンダースコートを脱ぎ、そのままのノーパン状態でその後を過ごした。

 三限目の授業前の教室で、彼女がわざわざ私のところまで来て律儀に再度お礼を言ってくれた。
 私はそんな彼女がますます好きになったけれど、ねえ今あなたもノーパン?って問い正したかったのも事実だ。


2023年10月9日

彼女がくれた片想い 06

 隣室の来客が立ち去った後もしばらく物音ひとつしない静寂がつづいた。
 私は端の個室の壁に向いて、蓋を閉じた便座の上にそっと腰掛け聞き耳を立てている。
 幸いなことに尿意も便意も感じていないので、ゆっくりとお付き合い出来そうだ。

 壁の向こうで彼女が今、どんな姿なのかを想像する。
 3番めの個室の彼女にひとりの時間を邪魔されたのは明白であるから、その間にトイレ本来の目的を済ませたのかもしれない。
 そうであれば、便座の上でショーツを下ろしたままなのか。
 私が見咎めたように彼女の着衣がコンビメゾンであったならば、オールインワンゆえ上半身ごと脱がなければならない。
 そうなると彼女は上半身も下着姿ということになる。

 そんな風に想像を逞しくしていたら、端の個室からカタンという小さな音が聞こえた。
 3番めの彼女が去ってから二分も過ぎた頃だった。
 それからカサコソと衣擦れの音。
 彼女はまだ脱衣していなかったようである。
 その用心深さがこれからの展開に期待を抱かせる。
 私は便座の蓋からそっと離れ、中腰になって端の個室の壁に左耳を密着させた。

 どうやら彼女は立った姿勢で衣服を脱いでいるようだ。
 衣擦れの音が始め上の方から聞こえ、だんだんと下がっていく。
 下の方でコツコツと小さな音がしたのは、脱いだ衣服を足元から抜いて完全に脱ぎ去ったのだろう。
 
 やはりオールインワンだったようだ。
 ひょっとすると今日のこの行動は計画的で、彼女はトイレで裸になるためにワザと不自由な、上下ともに脱がざるを得ない構造の衣服を選んだのかもしれない。
 そんないささか彼女に失礼な妄想がふと浮かんだ。

 少しの間を置いて上方で小さくパチンと響いたのはブラジャーのホックを外した音。
 また少しの間を置いて下方でコツンコツンと小さく響いた足音はショーツをも脱ぎ去った音に思えた。
 そして何より私を驚かせたのは次の瞬間だった。

「…脱ぎました…」

 押し殺したようなか細い彼女の声が聞こえて来たのである。

 彼女は誰かと会話している。
 おそらくスマホでであろうが、これで脅迫者の線が一段と濃厚になってきた。
 その後長い沈黙がつづき、やがてまた彼女の押し殺した声が聞こえた。

「…はい…」

「…恥ずかしいです…」

 テレビ電話機能で送信しながらの行為なのだろうか。
 その割に相手の声が一切聞こえて来ないのは、彼女がインカムを使用しているからと考えればいいのだろうか。
 いずれにせよ彼女がこの薄い個室の壁の向こうで全裸になっているのは確実と思えた。
 その割に身体をまさぐるような物音は聞こえてこないな、と思った矢先、再び彼女の押し殺した声が聞こえてきた。

「…だってそれは、この間やよい先生が綺麗に剃り上げちゃったからじゃないですかぁ…」

 押し殺しながらも甘えるような媚を含んだ声音。
 ゾクゾクっとしながら完全にしゃがみ込んで、左耳を壁に痛いほど押し付ける私。
 何かを手にしたようなカタカタッという小さな音がしてから、今度は少し明瞭な声が聞こえた。

「…ち、乳首にください…」

 えっ?何を?

「…痛い、痛いですぅ…」

 それと同時に身体をまさぐるようなワサワサした音と、ンフゥーッという押し殺した溜息がしばらくつづいた。

 私は混乱していた。
 彼女がつぶやいた、やよい先生、剃り上げちゃった、乳首にください、痛いです、という科白が頭の中を渦巻いていた。
 その間も彼女の押し殺した悩ましい溜息が途切れ途切れにつづいている。

 やよい先生って、その先生は女性?脅迫者は女性?いやいや名字っていうことも有り得るし、UFO研究で有名な矢追という姓の聞き間違いということも…
 剃り上げちゃった、というのは陰毛を指しているはずだから、つまり彼女は今パイパンなのだろうか?
 この間というのは、今週の体育後に目撃した鞭の痕、先週末に行われたかもしれないSMプレイ疑惑のことなのだろうか?
 痛いって、テレビ電話で物理的に相手に苦痛を与えることは不可能だし、彼女が自分で自分を痛くしているということなのか?

 頭の中をクエスチョンマークがグルグル飛び交うにつれて、私の下半身はどんどん熱くなっていく。
 ジーンズに包まれていても、その一番内側が中の方から濡れてくるのがわかるほどに。
 彼女の押し殺した吐息は切なげにつづいている。

 そして数分間ほど自分の上半身をまさぐったであろう彼女がつぶやいた、相変わらず押し殺した科白で、私はすべてを理解出来た気がした。

「…やよい先生の指をください…指を直子のオマンコに挿れて滅茶苦茶に掻き回してください…」

 おおよそ清楚に見える彼女には似つかわしくない女性器の俗称をはっきり口にしたことにも驚いたが、その後につづいた物音が強烈だった。
 彼女の懇願に自分ですぐに応えたのだろう、プチュプチュクチュクチュ、どう考えても卑猥な音が聞こえてくる。
 十分に濡れそぼった女性器を指で愛撫抽挿蹂躙する自慰行為の音。

 声は極力押し殺しているようだが、粘液を掻き回す音は押し殺しようが無い。
 激しく掻き回せば水音も激しくなる。
 それにつれて押し殺している吐息、溜息もより激しくなってしまう。

「…んふぅーーっ、んぐぅぅーーーーっ…」

 最初に彼女と遭遇したときに聞いたような押し殺しきれない嬌声が聞こえ、しばらく沈黙。
 達したのだろうか?
 壁越しにハァハァハァハァという荒い彼女の息遣いが聞こえてくる。
 しばらくしてそれも収まり本当の静寂が訪れたと思ったのだが…

「…あぁんっ、またぁ…」

 彼女の少し大きめな声とともにプチュプチュクチュクチュが再び始まる。
 いつの間にか私も、ジーンズのボタンを外しジッパーを下ろし、露わになったショーツの上から自分の陰部をそっとまさぐっていた。

「…もっと、そうそこ、そこを…」

 彼女に合わせて自分を慰めながら考える。

 彼女はこの行為を嫌がってはいない、むしろ愉しんでいる。
 脅迫の線は薄いのではないか、つまり自発的な行為。
 だとするとテレビ電話の線も薄れ、これは彼女の独り芝居、妄想に没入しての密やかな自慰行為なのではないか。
 恥ずかしいです、も、痛いです、も彼女の妄想の中で自分に課した行為がフッと言葉に出ただけで、実際には彼女の頭の中では妄想の相手と絶えず会話をしている。

 やよい先生は女性でおそらく実在の人物、そして妄想の相手。
 男性であれば、指をください、ではなくもっと具体的なそのものズバリをねだるであろうから。
 ということは彼女はレズビアン?
 陰毛を剃り上げられてパイパンとなっていることもおそらく事実だろう。
 自宅ではなくこういった日常のパブリックな場所、誰かに気づかれるかもしれないスリリングな場所での行為が好みなのであれば、体育後のノーパンの意味も理解出来る。
 つまり彼女は、あんな顔をしてかなりアブノーマルな性癖の持ち主ではないのか。

「…んふぅーっ、あんっ、いいっ、んんーーっ…」

 彼女はだいぶ声を抑えきれなくなっている。
 私もかなり昂ぶっていた。

「…ああっ、いいっ、いいっ、んぐぅぅーーーっ…」

 一際低く唸るような彼女の押し殺した咆哮。
 その後ハァハァハァと息を荒くしている。
 オーガズムを迎えたようだ。

 私もほぼ同時に同じ状態に達した。
 左耳を壁に押し付けしゃがみ込んだままジーンズを膝まで下ろし、ショーツの上から腫れたクリトリスを思い切り摩擦して。
 口を真一文字に結び、絶対に声を漏らさないと覚悟を決めて。
 彼女と一緒に昇り詰められたことが無性に嬉しかった。

 徐々に収まっていく彼女の息遣い。
 私もまだ肩が大きく上下している。

 と、そのとき唐突に三限めの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
 すぐにトイレ内にも教室から解き放たれた廊下の喧騒が聞こえてくる。
 彼女の密やかな禁断の時間も終わりを告げた。
 トイレのドアを開くバタンという音がふたつつづき、個室のドアを閉じる音がそれにつづく。
 トイレ内の足音やおしゃべりも騒がしくなっていた。

 どうしようか迷っていた。
 おそらく彼女は休み時間が終了し次の講義が始まるまで個室から出てこない。
 あの日のように静けさが戻ってからそっと退散するつもりだろう。

 それに付き合って私も彼女と一緒に立て籠もり、一緒に個室を出るのも面白いと思った。
 彼女が自慰行為をしている間中、隣の個室に誰かがいて一部始終を聞かれていたと知ったら、彼女はどんな顔をするだろうか。
 でもそれは現実的ではない。
 私は今の所、彼女との関係性を変化させる気はないし、休み時間中ふたつの個室が閉じたままなのは大迷惑だ。

 現実的には、休み時間中の喧騒に紛れて私が先に退出し、尾行を続行するのがベストと判断した。
 学校のトイレの個室で人知れずオーガズムに達した彼女が、どんな顔で日常に復帰し、どんな風にプライベートを過ごすのか。
 学内に残るにしても学外に出るにしても、まだ三時前、時間はたっぷりある。
 四限の自主休講が決定した。

 そうと決まれば急がなくては。
 ショーツが濡れそぼっているので、このままジーンズを穿き直すのは気持ち悪い。
 幸いトイレ内はドアの開け閉めやおしゃべりで騒がしいので、私は音を立てることを気にせずにジーンズを脱ぎ去った。
 
 それから濡れたショーツも脱いで小さく畳みフェイスタオルに包んでバッグへ。
 最後に濡れた陰部をトイレットペーパーで丁寧に拭った後、ジーンズを穿き直す。
 これで私は、今から帰宅までノーパンで過ごすことになってしまった。
 体育後の彼女とお揃いである。

 最後に捨てたトイレットペーパーを盛大な音を立てて水洗に流し、普通にドアを開けて個室を出た。
 一番端の個室のドアは相変わらず固く閉ざされている。
 外ではふたりの学生がトイレ内に並んで個室が空くのを待っていた。


2023年10月7日

彼女がくれた片想い 05

 木曜日の二限目が終わった後、私は彼女の行動に注目していた。
 彼女は親しい友人三人と楽しげに何か話しながら教室を出ていく。
 二階端の教室から廊下を少し進み、階段を下りて一階へ。
 昼休みの人波に紛れ、気づかれないように後を追う。

 やがて建物の正面玄関。
 先週はここで友人たちと別れ、彼女はひとり学外へと消えていった。
 今日もそうであれば、先週無事にレポート提出も済ませたことだし、四限目の講義をパスして彼女を尾行するつもりだった。

 彼女がプライベート時間をどう過ごすのか、あわよくば彼女の住まいまでつきとめられるかもしれない。
 そう思って、気づかれぬように変装する準備まで用意していた。

 だが彼女は友人たちと玄関を素通りし、その奥へと進んでいく。
 この廊下の果てにあるのは学食ホール、どうやら今日の彼女は友人たちとランチを済ませていくらしい。
 その後どうするつもりなのかはまだわからないが、私ももちろん付き合うことにする。
 気づかれぬようにこっそりとだが。

 今日の彼女は珍しく茶系の膝丈キュロットスカート。
 同系色のトップスを合わせて薄手のベージュのカーディガンを羽織っていた。
 彼女にしてはいつになく垢抜けたコーデなので、ひょっとするとこの後カレシとデート?なんていう懸念も生まれる。

 予想通り彼女たちは学食に入り、四人がけテーブルを確保すると食券売り場に並び始める。
 私も自分の定位置である出入口近くのぼっち飯相席ひとつを確保し、彼女の監視体制に入った。
 彼女と同じのものが食べたいと思ったので、彼女の注文を確認してから食券を買うつもりだ。

 やがて彼女がトレイをしずしずと捧げ持って所定の位置に着席する。
 トレイ上の平皿に盛られた料理はドライカレー。
 私が彼女を追いかけ始めてから彼女がそれを学食で食べる姿を見るのは二度目だから、気に入ったメニューなのだろう。
 私はよやく立ち上がって同じものを手に入れるべく食券売り場に並んだ。

 食事中の彼女はほとんど聞き役。
 他の三人がかまびすしいのもあるが、スプーンを動かしながら適度に相槌を打ち適度に笑っている。
 友人たちも彼女をより笑わせようとしているように感じた。
 ドライカレーは適度にスパイスが効いて美味だった。

 彼女たちは食事後、隣接している喫茶スペースに移り雑談続行。
 彼女はアイスミルクティーを飲んでいた。
 私は彼女を見失わないように注意しつつ食器を片付け、同じ場所で読書のフリを始めた。

 やがて昼休み終了、三限目の講義開始時刻が迫り、友人らが席を立つ。
 私も席を離れ、人混みに紛れて彼女らの近くまで近づいた。
 別れ際に、それじゃあまた明日ね、の声も聞こえたので、彼女がこの後に講義が無いのは確定だ。
 が、彼女はひとり喫茶スペースに残り、持っていたトートバッグから文庫本を取り出して読書モードに突入した。

 私も喫茶スペースまで踏み込もうかとも思ったが、ランチタイムが終わり空席の目立つ学食の喫茶スペースに近い位置に無料のお茶片手に陣取り読書のフリで、そっと彼女を見守る。
 素通しガラスで仕切られた喫茶スペースで彼女が読んでいる文庫本は、表紙カバーも取り外され表紙もやや黄ばんでいてずいぶん古い本のように見えた。
 私は広げている文庫本の活字も追わないまま、彼女が本から顔を上げ周りを見渡すような仕草をする度に頭を下げ、読書に没頭するフリをしていた。

 三限に入って食堂も喫茶スペースも閑散としてきた二十分を過ぎた頃、彼女が動いた。
 飲み終えたグラスを返却口に戻し、文庫本をトートバッグに押し込んで学食出口のドアに向かう。
 私も慌ててお茶のコップを戻し、気づかれないように彼女がドアの向こうに消えるのを待ってから追尾した。

 学食のドアを出ると、彼女の背中が10メートル先くらいに見えた。
 三限の講義中だが、私のようにその時間が空いている学生もいるので、廊下にはそこそこの人影があった。
 少し早足な彼女は正面玄関も素通りした。
 その先にあるのは先程下ってきた階上へつづく階段である。

 それを見て私は確信した。
 彼女はあの日のようにあのトイレに向かっているのだろうと。
 三階まで階段を上って廊下を少し行ったところにあるトイレ。
 私が時間潰し用に使っている空き教室の斜め前。
 この時間のその階はほとんどの教室で講義中、おまけに三階なので余計な人も来ず、非常に静かなのである。

 私が階段の麓までたどり着いたとき、彼女は折返し階段の踊り場を曲がったところだった。
 背中しか見えなかったので、気づかれてはいないはずだ。
 静寂の中遠ざかる彼女のパンプスの控えめなヒールの音が小さく聞こえる。
 学外への尾行にも備えてスニーカーを履いてきたのは大正解だった。

 ヒールの音が垂直の高さでどんどん小さくなっていくのを聞きながら、二階へ三階へと極力静かに階段を上がっていった。
 三階に辿り着き、壁に隠れてそっと廊下を見遣ると、まさしく彼女がトイレのドアを開けているところだった。
 いつの間にかカーディガンを脱いで左手に持っている。
 あれ?あれってコンビネゾン?

 やっぱり、という気持ちで私は静かに興奮していた。
 ここまで来ればもう焦る必要もないだろう。
 いつもの空き教室に忍び込み、いつもの席に荷物を置いて一息ついた。

 机の上に文庫本を置きながら考える。
 彼女が意図的に人のいないトイレを目指していたのは明白だ。
 それは悲嘆に暮れる為ではなく別の目的で。
 あの日彼女が洩らしていた艶っぽいため息から思うと、おそらく自慰行為。

 今日も彼女はトイレの個室で自慰行為に耽るのだろうか?
 それは脅迫者の命令で?それとも自発的に?
 いずれにしてもこんな時間に意図的にトイレに籠るのは、単純に排泄の為だけではないだろう。
 逸る気持ちを束の間落ち着けてから、私もトイレに向かった。

 極力音をたてないように内開きのドアを押す。
 今日は彼女の隣の個室で、こっそりじっくり耳をそばだてるつもりだ。
 スニーカーを履いてきた自分をもう一度褒め称えた。

 抜き足差し足でトイレ内を進み個室が5つ並ぶフロアへ。
 おや?
 5つある個室のうち2つの扉が閉じている。
 一番奥と、ひとつおいてその隣、真ん中に位置する3番めの扉が。

 彼女がトイレ内へ入ってから5分くらいが過ぎている。
 先客がいたのか、はたまた私が一息ついているあいだに誰かが駆け込んだのか。
 どちらにしても私には好都合、両方の個室の様子を窺える4番めの個室に忍び込む。
 内開きのドアは今は閉めず、ドアの陰に隠れるように身を潜めた。

 結論から言えば3番めの個室内では普通に排泄行為が行われているようだった。
 私が入ったときにはすでにチョロチョロという水音がそちらの壁の向こうから聞こえていた。
 やがて水音が止まり少しの沈黙の後、新たな大きめな水音はビデを使う音だろう。

 それにしても聴覚に集中すると、個室の薄い壁の向こうの様子が手に取るようにわかるものだ。
 水音が止まりカラカラとトイレットペーパーを引き出す音。
 小さな咳払い、つづいてショーツを上げているのであろう衣擦れの音。

 それに比べてもう一方の端の個室は、物音ひとつしない静寂がつづいている。

 排泄物を流したのであろうザザーッという一際大きな水音が流れたとき、私は個室の内開きのドアをそっと閉めた。
 間髪をいれずガタンと個室のドアを開ける音。
 カツンカツンと大袈裟なヒールの音が遠ざかっていき、小さくザザーッと手を洗っているのであろう水音。
 少しの沈黙の後キーッバタンと廊下に出ていく足音。

 これでこのトイレ内には、隣同士の個室で彼女と私のふたりきりとなったはずだ。


2023年10月1日

彼女がくれた片想い 04

 翌日から彼女のことが気になって仕方なくなっていた。
 こんなにも誰かのことが気になるという状態は、私にとって久し振りの感覚だった。
 講義中のトイレや体育授業のロッカーで彼女が見せた不可解な行動が眠っていた私の好奇心という名の猫を起こしてしまったようだ。

 一見気弱そうな彼女の笑顔と、していることとのアンバランスさ。
 その本当の意味を知りたいと切望に近い感情を抱いていた。
 かといって唐突に馴れ馴れしく話しかけることなど到底出来ない性分なので、講義中は離れた後方の席に座り彼女の背中を注視していた。

 一年生のうちは必修科目が多いので、ほとんどの講義は彼女と同じ教室だったが、一部の選択科目では彼女と別れることになる。
 私の知らないところで彼女が何をしているのかまで気になってしまい、自分の講義はそっちのけで選択科目教室までこっそりついていき、彼女が教室に入るのを確認してから自分の講義に遅刻して入るということも何度かあった。

 そんな感じで一週間、もちろん学校が休みの土日は除いてだが、彼女に注目しつづけた。
 その結果、彼女は木曜日のみ、午前中の授業だけで午後は丸々空いていることがわかった。
 これは彼女が友人たちとそのような事を話していたのも聞いたし、実際その週の木曜日に彼女は午前中の講義の後、学食で昼食も取らずに駅の方へと消えていった。

 木曜日の午後と言えば、私が最初にトイレで彼女に遭遇した昼休み後の三限から四限にかかる時間帯である。
 その時間帯、私には四限に講義が一つあった。
 その日は課題のレポート提出期日だったため尾行を断念したのだが、講義を無駄にしてでも木曜の午後は要チェックと心に書き留めた。

 他の曜日には彼女に不審な行動はなく、一週間後にまた体育の授業を迎えた。
 彼女は相変わらず、隠れるように隅のロッカーでこそこそと慌ただしく着替えをしていた。
 慌ただしくブラウスを脱ぎ、慌ただしくウエアをかぶり、相変わらず下着を脱いでからアンダースコートを穿いていた。

 ん?

 授業前の彼女の着替えを眺めながら、ほんの小さな違和感が私の五感のどこかにひっかかった。
 目で見たことなのか、音で聞いたことなのか、はたまた匂いなのか、それはわからない。
 ただ、素肌のどこかに一本のか細い抜け毛が貼り付いたような、家を出て五分も歩いた頃にそう言えばエアコンのスイッチをちゃんと切ったか思い出せない、といった類のもどかしい違和感に苛まれる。

 授業終わりの着替えでもう一度確認しよう。
 そう決めた。

 テニスの授業中、彼女は実質的には下着であるアンダースコートを盛大に露出しながら体育館を走り回っていた。
 私はそれをドキドキしながら横目で視ていた。
 そして授業は終わる。

 例によって更衣室の隅っこに壁向きで、私に背中を見せながら着替えをする彼女。
 かぶりのウエアから先に両腕を抜き、頭まで一気にたくし上げる。
 ここで露わとなった彼女の背中を見て、もどかしい違和感の正体があっさりわかった。
 やはり視覚であった。

 真っ白な彼女の背中、今日のブラのストラップも白。
 その白い肌に幾筋かの細いラインがうっすらピンク色に横切っていた。
 俗に言うミミズ腫れのような痛々しい感じではなく肌が白いがゆえに目立つ、といったうっすら加減なので上気しているようでもあり妙に艶めかしい。

 その背中も瞬くうちに白いブラウスで隠され、つづけて彼女のスコートが外される。
 すぐに薄青色花柄の膝丈フレアスカートに素足が包まれ、前屈みの状態で裾から両手が差し込まれてアンダースコートが降ろされる。

 彼女の着替えは今日もそこで終了した。
 今、彼女はウエア類を丁寧に畳んでいる。
 つまり今日もこの後はノーパンで過ごすということである。

 すっかり身支度を整え私の横を歩き去っていく彼女の背中を見つめながら私は、今まで経験したことの無いサディスティック寄りな性的高揚を感じていた。
 彼女の正体を暴いてやりたい、みたいな感情だ。

 学食、午後の講義と気づかれぬように彼女の挙動に注目しつつ、講義そっちのけで彼女について考えていた。

 まず、彼女の背中を飾っていた幾筋かの横向きなピンク色の痕。
 私の頭に真っ先に浮かんだのは、所謂SMプレイで行われる鞭打ち行為だった。
 もちろん私は実際にしたこともされたこともなかったが、ネットでその手の動画は積極的に漁り、いくつも見ていた。

 その他の可能性、たとえば虫に刺されたとか何かにかぶれたとか、あるいは痒くて自分で掻いた等では、あの程度のうっすら加減では終わらないだろうし、痕ももっと部分的になる筈だ。
 
 そして鞭打ちの結果だとすると、一本鞭での打擲痕ではあの程度で終わる筈が無いので、おそらくバラ鞭で付けられたものだろう。
 彼女の背中を横向きに染めていたピンクの筋群は、ネットで見た、四つん這いな裸の背中に振り下ろされたバラ鞭の打擲痕によく似ていた。

 この憶測で何よりも私を興奮させたのは、自分の背中を自分であんな風に痛めつけるという行為は不可能ということから、彼女とは別の人間の存在、すなわち彼女は誰か第三者の手によって鞭打たれのではないかということだった。
 そこから私の妄想がとめどなく広がり始めた。

 おそらく彼女は先週末に誰かとSM的なプレイをしたのだろう。
 では誰と?
 
 援助交際が出来るようなタイプには到底見えないから、ステディな恋人がいるのかもしれない。
 でも、それでは学内での彼女の不可解な行動の理由までは説明できない気もする。
 ここからは私の個人的な願望も入り混じってはいるのだが、内気そうな彼女が傍目に見てアブノーマルと言える行動を繰り返すような設定を私は知っている。

 脅迫。

 脅迫者に何かしらの弱味を握られ、抗いたい命令にも従うしか無い状態。
 それが彼女にはピッタリだと思えた。

 では、その脅迫者は誰か。
 自然に思い浮かぶのは、嫌らしい笑みを湛えた冴えない名無しの中年男性。
 ひょんなことから彼女の弱味を握り、その後は好き放題。
 呼び出しては彼女の身体を貪り、離れているときも破廉恥な命令を下して劣情を煽る。
 
 この設定は、私が今まで見聞きしてきたエロい創作物の影響を多分に受け過ぎているようにも感じたが、彼女が醸し出している雰囲気にしっくりと馴染み、どんどん妄想は広がっていった。

 ノーパンなはずの彼女は、その後はおかしな素振りも見せず普通に夕方まで講義を受け、友人数人らとキャンパスを去っていった。
 一瞬、尾行することも考えたが、今日は頭に渦巻く妄想のせいで自分の部屋に一刻も早く帰りたかった。

 週末に脅迫者の薄汚いアパートの一室に呼び出された彼女。
 すぐに服を脱がされ、縛られたりもしたかもしれない。
 嫌がる彼女に一方的な性行為の後、四つん這いにされ鞭打たれる彼女。
 ひょっとするとアナルまでも涜されたかもしれない。
 学内のトイレでの自慰行為も体育後のノーパンも命令されてのことであり、スマホでの自撮りや送信を強要されている。

 自分の部屋に着くなり服を脱ぎ捨てた私は、妄想の中の彼女と同化し、卑劣な脅迫者に嬲られ陵辱される被虐的な自慰行為に没入していった。

 その週の木曜日。
 彼女は友人たちと学食で昼食を取っていた。


2015年2月8日

彼女がくれた片想い 03

 次の週の体育の時間。
 私は、休み時間の前から体育館そばのベンチで待機していた。
 彼女の着替えの一部始終を、傍でじっくり目撃してやろう、という魂胆だった。

 体育の授業はニ時限目。
 私は、その曜日の一時限目の講義はとっていなかった。
 いつもなら体育の授業に合わせた時間に登校するのだが、その日は少し早めに来て、体育館への入口が目視出来るベンチに座り、読書するフリをしながら人の出入りをそれとなく監視していた。

 一時限目の講義中にも、キャンパスにはひっきりなしに人影があった。
 登校してくる人、掲示板の脇でじゃれ合うように談笑しているグループ、ベンチに座ってコンパクトミラーを覗く人。
 早々と体育館の中へ消えていく人も数人いた。
 私に見覚えはないが、きっと同じテニスの授業を受けている一年生なのだろう。

 チャイムが鳴り、一時限目が終わった。
 校舎内からキャンパスへと、パラパラと人が散らばり始め、辺りがたちまち賑やかになる。
 何人かが体育館入り口へと吸い込まれる。
 今のところその中に彼女の姿は無かった。

 休み時間が2分、3分と過ぎても、彼女は現われない。
 文庫本を広げ、体育館の入口を伏し目で気にしつつ活字を追っているので、内容はまったく頭に入ってこない。
 意味の無いじれったさが胸に募る。
 その一方で、ふと頭の中に疑問が湧いた。

 なぜ私は、こんなにも彼女のことを気にかけているのだろう?
 入学以来、自分の殻に閉じこもることだけに、ひたすら専心してきたはずなのに。
 わざわざ早くに登校し、彼女を待ち伏せている現在の自分。
 客観的に見ると、ひどく滑稽で可笑しく感じられ、苦笑交じりに顔を上げたとき、彼女の姿が視界を横切った。

 彼女は校門のほうから、小走りに体育館へと向かっていた。
 彼女も一時限目はとっていないようだ。
 ベージュのニットに白のブラウス、オリーブグリーンのミモレ丈スカート。
 なぜだか思いつめたような顔をして、足早に体育館内に消えていった。
 私も立ち上がり後につづく。
 休み時間は、残り5分を切っていた。

 先週とほぼ同じ場所に陣取った彼女は、壁向きになって着替えを始めた。
 先週の観察で、着替え中の彼女は背中を向けたまま、まったく周りを気にしないことを知っている私は、安心して彼女の背中を見つめながら、着替え始める。

 ニットのカーディガンとブラウスを脱ぎ、手早くテニスウェアをかぶる彼女。
 ブラジャーのストラップは薄い水色だった。
 それからバッグに手を入れ、アンダースコートを取り出した。
 ウェアの胸ボタンを留めていた私の手が止まる。
 彼女の両手がスカート内に潜り、やがて小さな水色の布片が踵近くまで下りてきた。
 
 やっぱり。
 布片が彼女の足首から抜かれ、代わりに真っ白ヒラヒラなアンダースコートがスカートの中へと消えていくのを眺めながら、私は明らかに、性的に興奮していた。
 
 ショートラリーの練習でひるがえる彼女のスコート。
 その下のアンダースコートが見えるたびにドキドキしてしまう。
 彼女は素肌の上に、直接それを穿いている。
 それを知っているのは彼女と、そしてたぶん、私だけ。

 心底楽しそうにテニスコートを友人たちと右往左往している彼女を見ていると、その行為に別に深い意味は無く、彼女の勘違い、世間知らずゆえの誤解からきたものであろうことは推察出来た。
 彼女は本当に、アンダースコートとはそう穿くべきもの、と思い込んでいるのだろう。
 もしも何か別の、たとえば性的な思惑とかを含んでしている行為なのであれば、あんなに無邪気に笑っていられるはずがない。
 
 その推論は私を少しがっかりさせたが、それでも私は、彼女のアンダースコートを目で追いかけることを止めることが出来なかった。
 コート中に露見される色とりどりのアンダースコート。
 その中で、彼女のアンダースコートだけに、生々しいエロスを感じていた。
 その理由が、私と彼女の出会いとなったあのトイレでの出来事に起因していることは、明白だった。
 授業のあいだ中、遠巻きに彼女だけを追っていた。

 授業が終わり更衣室へ戻る。
 彼女の着替えを観察する。

 ウェアを脱ぎ、ブラウスを羽織る彼女。
 スコートを取り、素早くスカートを穿く。
 両手がスカートの中へ潜り、アンダースコートが引きずり下ろされる。
 両足首から抜かれ、丁寧にたたんでバッグに仕舞われた。
 それから、脱ぎ去ったウェア類をたたみ、バッグに押し込み始める。

 あれ?

 私は、彼女の挙動を一瞬たりとも見逃すまいと、彼女の背中を見つめている。
 着替えの手も止めたまま。

 ウェア類をバッグに収めた彼女は、ラケットをケースに仕舞い、バッグを肩に提げた。
 両肩に手を遣り、後ろ髪をフワリと一度持ち上げてから、ゆっくりと振り返る彼女。
 あわてて目を逸らし、しゃがみ込んでソックスを直すフリをする私。
 そんな私の傍らを足早に通り過ぎ、彼女は更衣室を後にした。

 私は、混乱していた。
 今見たことをもう一度頭の中で反芻した。
 やはり一行程、抜けている。
 彼女は授業の前、スカート越しに下着を脱いで代わりにアンダースコートを身に着けた。
 授業の後、スカートを着けてからアンダースコートを脱ぎ、そのまま更衣室を出て行った。
 そのことにどんな意味があるのか、わからなかった。

 大急ぎで着替えを終わらせ、更衣室を出た。
 下半身に下着を着けていない彼女が、これからどうするのか、心の底から知りたいと思った。
 振り返るときにチラッと見えた彼女の横顔は、心なしか紅潮しているように見えた。
 からだを動かしたせいかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。
 二時限目の後は昼休み。
 私はとりあえず学食に向かった。

 そう言えば、私が彼女をマークした日、彼女がトイレの個室に立てこもっていたのも昼休み後の三時限目だったっけ。
 だけど、曜日が違う。
 体育のある日ではなくて、確か木曜日だったっけか。
 学食へ向かう道すがら、そんなことを考えながら、きょろきょろと彼女の姿を探した。

 学食であっさり、彼女はみつかった。
 いつものグループ5人でテーブルを囲み、ランチを楽しんでいた。
 彼女はクスクス笑いながら、カレーライスのスプーンを唇に運んでいる。
 私は出入り口近くのぼっち飯仲間に相席し、きつねそばをもそもそと啜った。

 三時限目も四時限目も彼女と一緒だった。
 彼女のグループの顔ぶれは若干変わったが、仲間たちの中で、はんなりした笑顔を浮かべて講義を受けていた、
 休み時間のトイレも仲間と一緒に入り、一緒に出てきていた。
 彼女の振る舞いは、普段と何ら変わらないように見えた。

 その日は夕方から用事があったので、放課後までは追えなかった。
 結局、彼女がノーパンになった理由は、分からず終いだった。

 相変わらず私は、混乱していた。
 でもそれは、妙に心地の良い混乱だった。
 普通の女性なら、好き好んで自らノーパンになったりはしない。
 彼女が何かしらエロティックな嗜好を隠し持っているであろうことは、確信していた。
 なぜなら、私自身がそうだから。

 その夜、私は彼女を想い、遅くまで自慰行為に耽った。


彼女がくれた片想い 04


2015年1月3日

彼女がくれた片想い 02

 彼女とは、一般教養でのクラス分けが同じだったので、語学やコンピュータの講義で必ず顔を合わせていた。
 トイレでの一件以来、彼女のことを気に留めていた私は、それからしばらく、顔を合わせるたびにそれとなく彼女に注目していた。
 
 彼女はたいてい、数人の決まった友人たちと行動を共にしていた。
 その中での彼女は、人当たり良さそうな笑みをいつも浮かべ、おっとりした雰囲気を醸し出していた。
 天然ボケ気味いじられキャラだけれど、決して苛められはしないタイプ。
 髪も染めず、ファッションもどちらかと言えば地味目な少女趣味。
 野暮ったさと紙一重ながら自分に似合う服装がわかっているようで、コーディネートのセンスがいいな、とは思った。
 ざっくりまとめるなら、典型的なミッション系女子高出身者。
 共学の学校だったら、クラスの異性数人はファンになるであろう、お育ちの良さそうなプチお嬢様、という印象だった。

 トイレでの一件から数日経った体育の授業の日。
 テニスを選択していた私は、体育館の更衣室で着替えを始めていた。

 体育の授業は、提示されたいくつかのスポーツからひとつを選択する仕組みで、クラス分けとはまた別の集団となる。
 すなわち、すべての一年生のうちテニスを選択した人たちの一群。
 鍵付きロッカーが整然と並ぶ広めの更衣室内では、同じクラスなのであろう人たちと小さな群れを作ったいくつものグループが、姦しく嬌声をあげながら着替えに勤しんでいた。
 私は、どのグループにも属さず、隅のロッカーの陰でひとり黙々と着替えた。
 入学以来、誰に話しかけられても無愛想に生返事を返しつづけてきた報いだった。

 その日はジーンズを穿いていた。
 脱ぐためにうつむいてボタンに手をかけたとき、誰かのからだが私の肩に触れ、顔を上げると彼女の顔があった。
「あ、ごめんなさいっ」
 からだをぶつけてしまったことを詫びているのであろう彼女と、一瞬目が合った。
 軽く会釈してはにかむように微笑み、すぐに目を逸らした彼女は、そそくさと私より奥のロッカーへと歩いていった。
 あの様子だと、私が彼女と同じクラスなことさえ、認識されていなさそう。

 私はその場で、あからさまにならないよう横目で彼女を窺がった。
 彼女は壁際一番奥のロッカーに荷物を入れ、壁のほうを向いて、すなわち皆に背を向けて、着替えを始めようとしていた。
 私は自分の着替えをスローペースに切り替え、彼女の着替えをそっと観察することにした。

 彼女は、妙にこそこそとしていた。
 ロッカーと壁のあいだの狭い空間に小さく背中を丸めて、授業の開始時間が迫っているわけでもないのに、何か急いでいる風のせわしなくもひそやかな挙動。
 ブラウスのボタンを全部はずし、脱ぐと同時に間髪を入れずポロシャツ風のウェアをかぶる。
 セミロングのスカートを穿いたままアンダースコートを着け、スカートを取ると同時にウェアのスコートを大急ぎでたくし上げる。
 自分の着替えもあったので、一部始終すべてを見ていたわけではないが、まるで、一瞬たりとも素肌を外気に曝したくない、という決意で臨んだような、ずいぶんあわただしい着替え方だった。

 更衣室には同性の目しかないし、自分のプロポーションを誇示したいのか、無駄に下着姿のままいつまでもキャッキャウフフじゃれ合っている子たちさえいる中で、彼女の内気な中学生のような着替え方は新鮮だった。
 ひょっとしたら、他人に素肌を見られたくない理由、たとえば傷跡とかタトゥとか、があるのだろうか。
 それとも単純に、極度の恥ずかしがりやなのか。
 私の中で、彼女に対する興味が一層増していた。

 授業後の更衣室。
「私、あっちのロッカーだから」
 友人たちに小さく手を振って彼女がひとり、自分の使用ロッカーへと近づいてきた。
 私はすでに着替えを済ませ、ウェアをたたむフリをしながらじっくり彼女の着替えを見てやろう、と待ち構えていた。

 壁向きになって、まず上のウェアを脱ぎ始める彼女。
 両腕を袖から抜き、首からも抜いた後、手早くブラウスを羽織る。
 束の間見えた白くて綺麗な背中、そして純白のブラのベルト。
 背中には、タトゥや傷跡は無いみたい。

 それからスコートを床に落とし、一瞬のアンダースコート姿。
 手早くしゃがんでスカートに両脚を入れ、白くしなやかな脚線美がブルーの生地に隠される。
 前屈みのままスカートの中に両手を入れ、アンダースコートがひきずり下ろされる。
 これで彼女の着替えは終了。
 と、思った瞬間、彼女が思いがけない行動に出た。

 アンダースコートから両脚を抜いた彼女は、一度背筋を伸ばしてロッカーのほうへ向き直り、右手をロッカーの中に入れて何かを取り出した。
 彼女がロッカーに向いたとき、私はあわててうつむき、自分のウェアを丁寧にたたみ直しているフリをした。
 私が見つめつづけていたことには気づかなかったらしく、彼女は再び背を向けて前屈みになった。

 真っ白な三つ折ソックスの右足、つづけて左足をくぐらせた布片は、紛れも無く下着、純白のショーツだった。
 その布片は、スカート内に潜らせた彼女の両手によって、所定の位置まで一気に引きずり上げられたようだった。

 その後、彼女は再びロッカーのほうへ向き直り、テニスウェア一式が丁寧にたたまれてバッグの中にしまわれた。
 ラケットケースを抱えバッグを肩に提げた彼女は、そそくさと私の横を素通りし、出口のほうへ向かっていった。
 その間、おそらく3分にも満たない、あれよという間の出来事だった。

 今見たことについて考えてみた。
 彼女は、アンダースコートの意味を理解していない。
 身に着けている下着の上に重ね穿きし、下着を隠すいわゆる見せパン、として活用するのが本来のアンダースコートの役目。
 わざわざ下着を脱いで、素肌に直接アンダースコートを着けていた彼女は、アンダースコート自体を下着として認識しているのだろうか。

 さっきまでのテニスの授業。
 ほとんどラケットの素振りだけに一時限が費やされた。
 数十名の学生たちがコートに並び、講師の号令の下、ラケットを振るたびに翻る色とりどりのスコート、露になるアンダースコート。
 ほとんどの人たち、いや、おそらく彼女以外の全員が下着の上にアンダースコートを着けていたはず。
 誰に見られても構わないユニフォームの一部、ファッションの一部として。
 だけど彼女だけは、下着を丸出しにしている感覚だったのではないか。

 傍から見ている分には、彼女のアンダースコートと他の人たちのアンダースコートにまったく差異は無い。
 ただ、彼女がわざわざ下着を脱ぎ、その代わりにアンダースコートを着けていたことを知ってしまった私は、頭が混乱してきていた。

 これも彼女の天然ボケのひとつなのだろうか。
 それとも、意図的に行なったものなのだろうか。
 だったらそれは、何のために・・・

 気がつけば人影もまばらになった更衣室。
 彼女のはにかんだような笑顔が頭に浮かんだ。
 ついさっき見た、裸の白い背中としなやかな脚線美。
 それらに、先日のトイレでの出来事が加わり、結果として私の思考は、どんどんエロティックな方向に流されていった。


彼女がくれた片想い 03


2014年11月24日

彼女がくれた片想い 01

 彼女に興味を持ったきっかけは、学校のトイレでの、ある出来事だった。

 俗に五月病と呼ばれる症状が発生しやすいとされる若葉の頃。
 昼休みの後、次の講義まで丸々一限分時間が空いていた私は、次の講義が行われる教室のフロアまで移動した。
 そして、その時間帯に講義が行われていない空き教室のひとつに忍び込み、読書をしていた。
 小さめなその教室内にも廊下にも人影はまるで無く、しんと静まり返って快適だった。
 しばらく読書に集中し、あと20分くらいで次の講義、という頃、微かな尿意を覚え、講義前にトイレをすませてしまうことにした。

 開け放したままの出入り口ドアに一番近い席に座っていた私は、読みかけの本に栞をはさみ、立ち上がった。
 愛用のバッグを肩に提げ、引いた椅子は戻さずに廊下へ出た。
 用を足したらここに戻り、もう少しだけ読書をするつもりだった。
 使用されていない教室は、出入り口ドアを開け放したままにしておくことが学校の規則となっているので、ドアもそのまま。
 そのドアのほぼ真向かいがトイレの入口ドアだった。

 女子トイレ、女子大なので校内のほとんどのトイレが女子トイレなのだが、には誰の姿も無く、5つ並んだ個室のうち一番奥の個室だけドアが閉ざされていた。
 使用中の個室から一番離れた、出入口ドアに最も近い個室にこもり、腰を下ろした。
 微かな尿意は、なかなか実体化せず、なかなか出てこない。
 だけど、次の講義終了まで持ち越すのは気持ち悪いので、気長に待つことにした。
 さっきまで読んでいた本があと数ページで終わることを思い出し、下着を下ろしたままその本を広げて読み始めた。

 そのとき。
「んぅふぅっ・・・」
 誰かが入っているのであろう一番奥の個室のほうから、くぐもった、押し殺したような声が微かに聞こえた気がした。
 きっと難産なのだろう、お疲れさま。
 たいして気にも留めず、再び活字に視線を落とした、

 すると再び。
「ぁふうぅ・・・」
 さっきより明確に、せつなげな吐息が聞こえてきた。
「んふぅぅぅっ・・・」

 排泄行為に伴うそれとは明らかに異なる、ある種の息遣い。
 この手の鼻にかかった呻き声には心当たりがふたつある。
 意図を持って押し殺しているにも関わらず、喉の奥から漏れてしまう、妙に艶っぽい扇情的な吐息。

 ひとつは、何かしら悲しいことでもあって、個室で人知れず涙に暮れている、その押し殺した嗚咽。
 もうひとつは、こっそりと何か性的な行為で高揚している、そのひそやかな愉悦。

 そこまで考えたとき、自分の排尿が始まった。
 静まり返った個室にチョロチョロという水音が響き、案の定、数秒で出尽くした。
 洗浄して下着を上げ、いざ流そうとしたとき、ふと考えた。
 ここで勢い良く水を流せば、奥にこもっている彼女は、数十秒前に漏らした呻き声を誰かに聞かれたことに気づくだろう。
 そして、それは彼女にとって、とても恥ずかしいことなのではないか、と。

 だがすぐに、そんな気遣いは何の意味も無い、という結論に達した。
 私には、奥の個室の彼女が、その中で泣いていようが、あるいは自分を慰めていようが、まったく関係の無いこと。
 彼女だって、私がさっさと出て行ってしまえば、安心することだろう。
 私がすべきことは、何も無かったようにここを出て空き教室に戻り、あと数ページの本を読み終えてしまうことだ。

 普通に大きな音をたてて水を流し、普通に個室のドアを開けた。
 あれから一度も声は聞こえてこない。
 手を洗いながら奥の個室を見ると、相変わらずぴったりと閉ざされたままだった。

 廊下へと出るとき、私と入れ違いにひとりの学生がトイレに駆け込んでいった。
 可哀相に、奥の個室の彼女、誰にも邪魔されずゆっくりひとりになりたくて個室にこもったのだろうに。
 切羽詰っているふうな学生の後姿を見送ってそんなふうに思ったとき、ふと小さな好奇心が湧き出てきた。

 携帯を見ると、次の講義まであと約10分。
 そろそろ現在進行形の講義終了チャイムが鳴る頃だ。
 そのあいだに奥の個室の彼女が出てくるか、待ってみようか。
 あんな艶っぽい呻き声を出す彼女が、どんな顔をしているのか、見てみるのも面白いかも。
 行かなければならない教室は、このフロアの一番端で、ものの数秒でたどり着ける。

 ひとまず空き教室に戻り、元いた席に座って本を開いた。
 この席からなら、少し首を右斜め後ろに捻って窺えば、背後にある開け放しの出入り口ドアから、トイレ入口ドアの閉開は確認出来る。
 なんだか探偵みたいだな、なんて考えたとき、講義終了のチャイムが鳴った。

 休み時間となり、廊下が騒がしくなっていた。
 教室移動の人たちが廊下や階段を行き来し、いくつかの教室を出たり入ったり。
 高めなトーンの嬌声がざわざわとフロア内を満たしている。
 幸いこの小さめな教室は、次の講義でも使われないらしく、誰も入ってこない。

 読書しているフリをしながら、トイレの入口ドアを監視しつづけた。
 そのあいだ、私と入れ違いになった学生も含めて5人の学生がトイレに入り、それぞれ数分の間を置いて全員出てきていた。
 服装を全部憶えて確認していたので、間違いは無い。
 奥の個室は、まだ閉じたままなのだろうか。
 そうであるなら、彼女がいつ個室に入ったのかは知らないが、少なくとも20分近くは、奥の個室にこもっていることになる。

 講義の時間が迫り、どうしようか迷った。
 すでに廊下に人はまばら、隣の教室からは、女子集団独特の華やかながらやや品に欠ける喧騒が聞こえていた。
 奥の個室の彼女は、次の講義も出ないつもりなのだろうか。
 考えていたら講義開始のチャイムが鳴り始めた。
 今なら廊下を走ればぎりぎり間に合う。
 どうしよう。

 結局私は、チャイムが鳴り終わり、フロアに再び静寂が戻った後も、トイレの入口ドアを見つめていた。
 単位集めの滑り止めで取った選択科目だし、ま、いいか、と自分を納得させた。
 それよりも、20分以上トイレにこもったままの彼女のほうが気にかかった。
 ひょっとして急な病気か何かで苦しんでいて、動けないのではないだろうか。
 そんな嫌な予感も生まれていた。

 私が受けるはずの講義が始まってから、早くも5分近く経った。
 奥の個室の彼女は、一体何をしているのだろう。
 もう一度トイレに入って、思い切って声をかけてみようか。
 もはや完全にからだをトイレの入口ドアに向けて睨みつつ逡巡していると、そのドアがゆっくりと内側に動き始めた。
 あわてて背を向け、読書をしているフリをする。

 うつむきながらも首を少し右に曲げて横目で観察していると、トイレのドアは、じれったくなるようなスピードで内側に開いていった。
 開き切る寸前、唐突にドアの陰から、マンガなら絶対に、ひょい、という擬音が添えられる感じで、首から上の小さな顔が空間に現われ、その顔が不安そうに廊下の左右をきょろきょろ見回した。
 それはまるで、安っぽいテレビドラマにありがちな、不審者、の行動そのもので、私は思わず苦笑いしてしまった。
 同時に、その顔を見て驚いた。
 その不審者は、廊下に人影ひとつも無いことに安心したようで、素早く廊下に躍り出た。

 シンプルな茶系のブレザーにえんじ色の膝丈チェックスカート。
 白いフリルブラウスと三つ折ソックス、そして焦げ茶のタッセルローファー。
 この、いまだに女子高生のようなファッションに身を包んだふんわりミディヘアーの彼女に、私は見覚えがあった。

 廊下に出てからの彼女の行動は素早かった。
 空き教室の開けっ放しのドアから、私の背中が見えたのだろう、一瞬ギョッとしたように立ち止まってからガクンとうつむいて、ささっと階段の方向へ消えた。
 彼女が視界から消えると私も素早く立ち上がり、出入り口ドアの陰から彼女の姿を目で追った。
 彼女の背中は、無人の廊下を小走りに校舎突き当たりの階段方向へと小さくなり、そのまま右に折れて階段を下りていく。
 そこまで見送ってから廊下に出て、再びトイレの入口ドアを開いた。

 5つある個室は、すべてドアが内側へと開いている。
 すなわち、ここには私ひとりきり。
 まっすぐに一番奥の個室へ向かう。

 別におかしなところは無い。
 床にも便器にも汚れは無く、いたって普通。
 ここで何が行われていたのかを教えてくれるような形跡は、何も残っていなかった。
 ただ、微かにフローラル系パフュームの残り香が漂っているような気がした。

 講義をひとつ無駄にしてしまった自分の行動に苦笑しながら空き教室に戻り、最後の数ページとなった小説に没頭することにした。


彼女がくれた片想い 02