2022年3月27日

肌色休暇二日目~いけにえの賛美 16

 「あ、でもごめんなさいね。わたくし、食事中の顔を誰かに見られるのって苦手なの。だから、取り分けてこちらの机に持ってきてくださると嬉しいのだけれど」

 名塚先生が本当に申し訳なさそうにおっしゃいます。

「あ、はい。そういうことでしたら、もちろん喜んで」
 
 居住まいに品があり、かつフレンドリーな名塚先生のご様子にすっかり崇拝者と化した私は、寺田さまを前にされたジョセフィーヌさま並にシッポが振れています。

「わたくしはとりあえず、レバーペーストのとトーストしたハムチーズ、あとレーズン入のスコーンにベリージャムでいいわ。あとはあなたがお好きにお上がりなさい」

「かしこまりました。ご用意させていただきます」

 レバーペーストらしきものが挟んであるのは小ぶりのフランスパンでレタスがはみ出しているやつみたい。
 薄いイギリスパンをトーストしたハムチーズ、それにスコーンをそれぞれ三つづつ取皿に移し、ガラスのジャム入れにブルーベリージャムとバターをたっぷり入れてバターナイフを添えます。
 ティカップに注いだ冷たいミルクティと小さなビニール袋に入った使い捨てお手拭きを銀盆に乗せて、机上に空きスペースを作ってくださった名塚先生の文机へ。

「ありがとう」

 文机の脇で膝立ちであれこれやっている私の姿をご興味深げにジーッと眺めていらっしゃった名塚先生が、ニッコリ微笑まれます。
 すべてを机上にお乗せしてから、膝立ち歩きで座卓前に戻る私。

「あら、裸エプロンではないのね?それも寺田の指示かしら?」

 座卓の前に正座姿で落ち着いた私に、名塚先生からお声がかかります。
 昼間のときとは似ても似つかない、ごく普通のご中年女声の柔らかな声音です。

「あ、はい…」

 寺田さまたちがディスカッションされていた名塚先生のご嗜好に忖度された思惑をバラしてしまっていいものかわからないので、肯定するだけに留めました。

「そう…まあ、それはさておいて、いただきましょう。美味しそうなものばかり目の前に並べられて、わたくしもお腹が空いていたことを急に思い出しちゃった」

 一瞬、やれやれ、みたいなお顔になられ、すぐに照れ隠しのようにお道化たようなお顔を私に向けられ、お手拭きで両手を拭われる名塚先生。

「いただきます」
「いただきます」

 名塚先生の涼やかなお声に少し遅れて私の声も重なり、まずはティカップを唇に運びます。
 目の前の大皿には、取り分けたのにまだ三分の二くらいは埋まっているサンドイッチ類の群れ。
 タマゴサンド、ハムチーズキュウリ、BLT、何かフライが挟まったのなどなど。
 とても全部は食べ切れなさそう、と思いつつハムチーズキュウリをひとつ口に運ぶと…

   美味しい!
 パンはフワフワしっとりで、芥子バターがピリッと効いて、具材もどれもが新鮮で…
 ひとつ食べ終えると同時にふたつめに手が伸びていました。
 みっつめにBLTサンドを食べ終えて、そっと名塚先生のほうを盗み見ました。
 
 名塚先生は文机の正面、ラップトップパソコンのモニターを凝視されたまま、左手にサンドイッチを持たれ、右手は軽やかにキーボード上を跳ね回っておられます。
 ときどき何か思案されるように少し上をお向きになられ、そのときは右手の動きもピタリと止まります。
 どうやらお食事中もご執筆の手は止められないご様子。

 文机の左脇、すなわちサンドイッチのお皿が乗っていないほうには、何かの資料なのでしょう、積み重ねられた数冊の書籍。
 お顔は前に向けたまま時折右手がお皿に伸び、手探りでサンドイッチをつまみ取って左手に持ち替えられ、再びキーを叩き始める右手。
 ふたりとも沈黙したまま、しばし無言のお食事タイムがつづきます。
 
 そろそろ空腹も落ち着いてきたかな、と思いつつ、まだ手をつけていなかったスコーンにジャムを塗るべく私がバターナイフに手を伸ばしたとき…

「そう言えば森下さん?昼間はごめんなさいね?」

 名塚先生から唐突にお声がかかりました。
 それもなぜだか謝罪のニュアンス。

「えっ、あの、な、何がでしょうか?…」

 バターナイフまで届きかけていた手をあわてて引っ込め、スコーンもお皿に戻して名塚先生のほうへと向き直ります。
 名塚先生はいつの頃からか半身をこちらに向けられ、私のほうをずっとご覧になられていたみたい。

「わたくしって、お話のプロットを練り始めるとそれだけに夢中になっちゃって、登場人物に同化しちゃうところがあるから」
「書き始めたらもう、その世界に入り込んじゃうの」

 ティーカップを優雅に傾けつつ、私を淡い笑顔でじっと見据えてご説明くださる名塚先生。

「昼間のときも、誘拐してきた深窓のご令嬢を辱めるのが趣味な有閑マダムになりきっていたの。だからあなたを手加減無しに引っぱたいたりしちゃって」
「痛かったでしょう?本当にごめんなさいね」

 本当に申し訳無さそうに私を見遣る名塚先生。
 昼間とは完全に別人に思える、その品のある物腰に私のほうが恐縮してしまいます。

「あ、いえ、大丈夫です…あの、先生もお気づきだとは思いますけれど、私は、あの、そういう性癖、あ、いえ趣味を持つ、マ…じゃなくて、お、女…はしたない女ですから…」

 いただきます、と宣言してからつづいた沈黙に対する何て言うか、重苦しさ?からの開放感もあったのでしょう、有名な作家さまでいらっしゃる名塚先生にいろいろお聞きしたい、という好奇心が渦巻いていました。
 でも、名塚先生の優雅なオーラにあてられて、先生の前で、はしたない言葉は使いたくない、みたいな気持ちにもなっていました。

「私のほうこそ、先生があのご高名な小説家でいらっしゃるということを知らなくて、ずいぶんご無礼なことを言ったりしたりしてしまったと思います。本当にごめんなさい」

 名塚先生は曖昧な笑顔を私に向けたまま、先を促すように私を見つめています。

「私が大好きな、高校生の頃にすごく感銘を受けた小説を書かれたかただと知らなくて…」

 やよい先生と前後して出会った、私が大好きだった年上の素敵な女性が貸してくださった、今思えば生涯初めての本格的なレズビアン官能小説でした。

「あら、わたくしの作品、読んでいてくださったの?それは何だったのかしら?タイトル覚えていらっしゃる?」

 名塚先生が嬉しそうな笑顔で尋ねてくださいます。

「あ、はい、忘れるはずありません。鬼百合と姫小百合、っていうタイトルの文庫本で、全寮制の女子学園が舞台のお話でした」

 少し驚いたようなお顔になられる名塚先生。

「あらあら、それはまたずいぶん昔の作品ねえ。百合薔薇学園サーガは、わたくしの初めての少女向け文庫本描き下ろしシリーズだったの。もうン十年前ね」
「それまでSF寄りなお話ばかり書いていたのだけれど、ファンタジーに逃げないシスもの、今で言う百合ね、同性愛的な少女小説の学園ものを書いてみようと思って書いたの」

「最初の二、三冊までは普通の少女小説だったのよ。でもちょうどその頃、とある女性と初めて肌を合わせてね、それがとても刺激的だった…」
「そうしたらどういうわけかSF寄りからSM寄りになっていってしまったのよ」

 嬉しそうに、懐かしそうにお顔をほころばせて教えてくださる名塚先生。
 そのままのお顔で、こんなことをおっしゃいました。

「それにしてもあのタイトル、意外と人気あったのね。発表当時は確か賛否両論で、売上もあまり芳しくなかった記憶があるのよね…」
「それで、先週遊びに来られた人も同じようなことをおっしゃっていたのよ。あなたより一回りくらい年上の女性だったけれど」

 私の顔をまっすぐに見つめられる名塚先生、そしてつづけられます。

「その人もあなたと同じくらいマゾっ気撒き散らしていたの。ずいぶん前に一度結婚したこともあるらしいのだけれど結局すぐ離婚、その後は男性の前ではエスっ気全開でセックスなんて以ての外、でも同性相手だと虐めて欲しくて仕方ないんだって。それで、数日お相手してもらったの」

「そのM女さんは器用でね、ピアノが物凄くお上手なの。ここにいるあいだもお仲間にせがまれて、オールヌードの両乳首からクリップで重たそうなチェーンを垂らした奴隷姿で、ホールのピアノで見事な演奏を聞かせてくださったのよ。ラベルやドビュッシー、ストラヴィンスキーやラフマニノフまで」
「彼女のおかけでわたくし、今月入稿の小説誌の短編、一気に書き上げられちゃったもの」

 そこまでおっしゃって私にニコっと微笑みかけられた名塚先生は、お皿に残っていた最後のサンドイッチを右手でひょいっとつままれ、パクっとお口にしたかと思うとフイっとパソコンの画面に向き直られました。
 名塚先生の右手がしばらく口元に留まっていたと思うとすぐ、両手が凄い勢いでキーボードを叩き始めました。

「…そうなんですね…そのかたにはどんな……」

 会話をつづけたくて名塚先生のお背中に語りかけますが、先生には聞こえていないみたい…
 それきり再び沈黙の時間が訪れ、私は仕方なく何も付けないスコーンをモソモソと咀嚼します。

 スコーンを食べ終え、もうお腹いっぱいかなとトレイを見ると、まだサンドイッチが四、五片残っていました。
 これ、どうすればいいのかな?と思いつつ、振り向いてくださらない名塚先生のお背中に視線を遣ると、座椅子に座られたお尻の数十センチ後ろに見開きにされた肌色ばかりで少しピンク色が散りばめられた大きめなご本、写真集?
 
 そちらに焦点を合わせたら何やら横文字と、見開きの片側はベッドに磔姿で縛られた綺麗な西洋女性の写真、もう片側は紛れもなく、その女性のものであろう無毛の女性器をクスコで拡げられた無修正どアップの写真でした。
 おそらく外国のそういう写真集なのでしょう、それを見たとき、ああ、この先生は本当に、そういうお話を書くことをお仕事にされているのだな、とあらためて思いました。

 それから5分間くらいでしょうか、手持ち無沙汰の沈黙がつづきました。
 
 聞こえるのは名塚先生がキーボードを叩かれるカタカタという音と、相変わらず薄っすらと漂うように流れている女声の旋律。
 耳を澄まさなければ聞き取れないくらいの微かなお声が、雨の日と月曜日は気分が沈むの、って物憂げに歌っています。
 実家にいた頃、母に教えてもらって大好きになったその曲を聞き取ることに、自然と意識が集中していました。
 
「オナ子は、ジバクは出来るわよね?」

 不意に名塚先生からお声がかかりました。
 慌てて先生のほうを見遣ると、先生は相変わらずお背中を向けたまま、お顔もモニターに向かわれたまま。 

「オナ子?そこに居るのでしょ?返事は?」

 名塚先生の声音がお食事中のときとはまったく違っていました。
 ここに着いてすぐに、ここでいたぶられたときと同じ高圧的なご口調。

「あ、はい、先生。ナオ子、あ、いえ、オナ子はここにいますっ!」

 私も無駄に声が上ずってしまいます。

「何が先生だい?わたくしはおまえの何だったっけ?」

「あ、はい、ごめんなさいっ、あ、あるじさまっ!」

 名塚先生ったらどうやらまた、ご創作中の登場人物とご同化されてしまったみたい。
 本当に私を参考にしてご執筆くださっているんだ…
 なんだか嬉しくなってきました。

 今この瞬間から、私のお相手をしてくださるのは、官能小説家・名塚毬藻先生ではなくて、有閑マダムでサディストで容赦の無い本気ビンタをくださるあるじさま。
 そして私は慰み者にされるために誘拐されてきた、憐れな令嬢マゾ娘。
 すでに昼間の壮絶なご調教で完全服従状態、何もかも言いなり人形と化しているのです。

「ふん、で、質問に答えなさい」

「あ、はいっ。ジ、ジバクですか?…ジバク出来るかとおっしゃられても…」

 私の頭の中では、自爆、という単語が渦巻いていて、爆発物をからだに巻いたゲリラさんの姿が浮かんでしまい、軽いパニック状態。

「ジバクはジバクだよ。自分で縛ると書いて自縛。それともおまえみたいな若いのにはセルフボンデージとか横文字のほうがいいのかい?」

「あ、いえ、はいっ、せ、セルフボンデージなら一通りのことは心得ています…ひ、菱縄縛り亀甲縛りとか後ろ手縛りとか…エ、M字開脚縛りだって自分で出来ます…」

 うろたえてしまい、自分でもかなり恥ずかしいことを口走っている自覚はありました。

「ふん、いやらしい女だね。それなら股縄なんて目を瞑っていても出来るね?」

 また一段階、名塚先生のお声が冷たくなりました。

「あ、は、はい…大丈夫です…」

 私の両腿の付け根がヒクヒク疼き、はしたないよだれがジュクジュク分泌されています。

「それならエプロン取って、その恥ずかしい肌着のまま、そこの箪笥の下から二段目を開けなさい。おまえみたいな淫乱マゾ娘が好きな道具がたくさん入っているから」

 お顔は正面を向かれたまま後ろ手に、お部屋の左壁際の立派な総桐箪笥を指さされる戸塚先生。
 私が初めてこのお部屋に通されたとき、寺田さまがその箪笥をガサゴソしておられたのを覚えています。

「は、はいっ」

 正座のまま両手を背中に回し、まずはエプロンの腰紐を外します。
 それから左右の肩紐をずらすと、ハラリと外れたメイドエプロン。

 その下にはピッタリと素肌に吸い付くように貼り付いたブルーグレイの薄い布地に包まれた私の肢体。
 おっぱいの丸みも乳首の位置も、裸でいるのと同じくらいクッキリとわかります。
 
 立ち上がろうと腰を上げた途端、ヌルっと食い込んでくる股間のVの字。
 その一帯の布地はあからさまに色濃く変色していて、それを着ている人物が紛れもなく発情していることを周囲に伝えてしまっています。

 お言いつけ通りの姿になってから、壁際板の間の箪笥へしずしずと向かいました。
 箪笥の目の前で腰を下ろすと、桐の香りがほのかにプーン。
 中腰になり下から二段目の抽斗の、銀製らしき重厚なふたつの取っ手を両手にそれぞれ握ります。

 んっ!
 力を込めてグイッと引っ張ると、最初は重そうな抵抗を感じたものの、大きさの割に建て付けが良いのでしょう、スルスルッと抽斗が飛び出しました。

 横幅一メートルくらいの抽斗の中は半分で仕切られていて、奥行き50センチくらいの片側には膨らんだ麻袋の束、もう片方には20センチ四方くらいのカラフルな不織布ケースが様々な形に膨らんで整然と並んでいました。

「その段には、おまえみたいなマゾ女が大好きな麻縄と張形類がしまってある。これまで数え切れないほどのマゾ女を虐げてきた道具たちだけれど、安心しな。使用後の手入れと殺菌はしっかり施してあるから」

 幾分お芝居がかった凄みのあるおっしゃりようにあるじさまのほうを見遣ると、あるじさまは未だモニターに向かれたまま。
 私はそのお背中をじっと見つめています。

「そこから7メートルと書いてある麻袋をひとつ手にして、中の縄を取り出しなさい。抽斗は閉めなくていいよ。まだ使うものもあるから」

「は、はい…」

 あるじさまのお背中に促されて抽斗の中身に目を戻すと、各麻袋の結い紐部分にプラスティックの札が付いていて7mとか10mとか書いてありました。
 7mの札の付いた袋をひとつつまみあげ、結い紐を解いて中身を取り出します。

 相当使い込まれている感じな浅黒い生成りの麻縄。
 油でまんべんなくテラテラに光っていて見た感じゾクっと凶々しいのですが、手にしてみると軽くてしっとりしなやか肌馴染み良さそうで…
 別の意味でゾクゾクっと感じてしまいました。

「その縄でまず、股縄をしなさい。三つ折りにして、四本の縄を並べておまえのマンコを包み込むような感じで」
「骨盤の上で一度しっかり結んで後々緩まないように。あと、余計なコブとか作らなくていいよ。食い込まない程度にギッチリ締めればいい」

「はい、わかりました…」

 あるじさまのご指示通り麻縄を持って立ち上がり、あるじさまのお背中のほうを向いて、おずおずと股縄縛りの準備を始めます。
 
 まずは紐のように食い込んでしまい、大陰唇が完全に左右にはみ出してしまっていたハイレグレオタの股部分を直しました。
 お漏らししてしまったように濡れそぼっているのに火照る熱を帯びたその部分、指先が触れるたびに糸を引く粘液、薄い布越しにクッキリいきり勃つはしたない肉の芽…
 自分のからだながら、恥ずかし過ぎて仕方ありません。
 
 股縄の縛り方は基本的にお褌の締め方と同じです。
 お言いつけどおり長い縄を真ん中からまずは二つ折り、さらにその真中を折ると二メートル弱な四本の縄の束となります。
 おヘソの下、骨盤の上辺りに回した縄の束をまずおヘソの下で一度縛って垂直に垂らし、股の間をくぐらせてからお尻の側で結ぶだけ。

 最後に余った縄をお尻の側で結ぶとき、いつもなら刺激を欲して食い込ませる感じに締め付けてしまうのですが、あるじさまは、包み込む感じ、とのご命令でした。
 グッと我慢して内股にピッタリ密着する感じにとどめます。

「締め終えたらわたくしの机周りの食器類を片付けなさい、オナ子の食べ残しもね。全部廊下に出しちゃって」

「はい…」

 裸同然レオタードの下半身に股縄だけ締めて、おずおずとあるじさまのお机へと近づきます。
 私のマゾマンコを覆う極薄生地の上には、ぴったり寄り添った四本の麻縄が通っています。
 一番外側左右の縄目が内腿なのか大陰唇なのかに擦れて、一歩踏み出すたびにもどかしい…
 それでもあるじさまの文机近くでひざまずき、食器を片付け始めました。

「あ、それはいいわ、そこに置いておいて」

 あるじさまのお飲みかけのティーカップに私が手を伸ばしたとき、あるじさまが振り向かれ、初めて私を視てくださいました。
 私の顔から始まって、首筋、胸の谷間、両乳首の突起、おヘソ、胴を絞る縄目、恥丘を這う縄、股間を覆う四本の縄を濡らす今にも滴りそうな雫…

 そこまで視線が下ろされて、もう一度私の顔に戻られたとき、あるじさまが凄く嗜虐的にお口の両端を歪められ、ニッコリ笑いかけてくださいました。