2015年2月8日

彼女がくれた片想い 03

 次の週の体育の時間。
 私は、休み時間の前から体育館そばのベンチで待機していた。
 彼女の着替えの一部始終を、傍でじっくり目撃してやろう、という魂胆だった。

 体育の授業はニ時限目。
 私は、その曜日の一時限目の講義はとっていなかった。
 いつもなら体育の授業に合わせた時間に登校するのだが、その日は少し早めに来て、体育館への入口が目視出来るベンチに座り、読書するフリをしながら人の出入りをそれとなく監視していた。

 一時限目の講義中にも、キャンパスにはひっきりなしに人影があった。
 登校してくる人、掲示板の脇でじゃれ合うように談笑しているグループ、ベンチに座ってコンパクトミラーを覗く人。
 早々と体育館の中へ消えていく人も数人いた。
 私に見覚えはないが、きっと同じテニスの授業を受けている一年生なのだろう。

 チャイムが鳴り、一時限目が終わった。
 校舎内からキャンパスへと、パラパラと人が散らばり始め、辺りがたちまち賑やかになる。
 何人かが体育館入り口へと吸い込まれる。
 今のところその中に彼女の姿は無かった。

 休み時間が2分、3分と過ぎても、彼女は現われない。
 文庫本を広げ、体育館の入口を伏し目で気にしつつ活字を追っているので、内容はまったく頭に入ってこない。
 意味の無いじれったさが胸に募る。
 その一方で、ふと頭の中に疑問が湧いた。

 なぜ私は、こんなにも彼女のことを気にかけているのだろう?
 入学以来、自分の殻に閉じこもることだけに、ひたすら専心してきたはずなのに。
 わざわざ早くに登校し、彼女を待ち伏せている現在の自分。
 客観的に見ると、ひどく滑稽で可笑しく感じられ、苦笑交じりに顔を上げたとき、彼女の姿が視界を横切った。

 彼女は校門のほうから、小走りに体育館へと向かっていた。
 彼女も一時限目はとっていないようだ。
 ベージュのニットに白のブラウス、オリーブグリーンのミモレ丈スカート。
 なぜだか思いつめたような顔をして、足早に体育館内に消えていった。
 私も立ち上がり後につづく。
 休み時間は、残り5分を切っていた。

 先週とほぼ同じ場所に陣取った彼女は、壁向きになって着替えを始めた。
 先週の観察で、着替え中の彼女は背中を向けたまま、まったく周りを気にしないことを知っている私は、安心して彼女の背中を見つめながら、着替え始める。

 ニットのカーディガンとブラウスを脱ぎ、手早くテニスウェアをかぶる彼女。
 ブラジャーのストラップは薄い水色だった。
 それからバッグに手を入れ、アンダースコートを取り出した。
 ウェアの胸ボタンを留めていた私の手が止まる。
 彼女の両手がスカート内に潜り、やがて小さな水色の布片が踵近くまで下りてきた。
 
 やっぱり。
 布片が彼女の足首から抜かれ、代わりに真っ白ヒラヒラなアンダースコートがスカートの中へと消えていくのを眺めながら、私は明らかに、性的に興奮していた。
 
 ショートラリーの練習でひるがえる彼女のスコート。
 その下のアンダースコートが見えるたびにドキドキしてしまう。
 彼女は素肌の上に、直接それを穿いている。
 それを知っているのは彼女と、そしてたぶん、私だけ。

 心底楽しそうにテニスコートを友人たちと右往左往している彼女を見ていると、その行為に別に深い意味は無く、彼女の勘違い、世間知らずゆえの誤解からきたものであろうことは推察出来た。
 彼女は本当に、アンダースコートとはそう穿くべきもの、と思い込んでいるのだろう。
 もしも何か別の、たとえば性的な思惑とかを含んでしている行為なのであれば、あんなに無邪気に笑っていられるはずがない。
 
 その推論は私を少しがっかりさせたが、それでも私は、彼女のアンダースコートを目で追いかけることを止めることが出来なかった。
 コート中に露見される色とりどりのアンダースコート。
 その中で、彼女のアンダースコートだけに、生々しいエロスを感じていた。
 その理由が、私と彼女の出会いとなったあのトイレでの出来事に起因していることは、明白だった。
 授業のあいだ中、遠巻きに彼女だけを追っていた。

 授業が終わり更衣室へ戻る。
 彼女の着替えを観察する。

 ウェアを脱ぎ、ブラウスを羽織る彼女。
 スコートを取り、素早くスカートを穿く。
 両手がスカートの中へ潜り、アンダースコートが引きずり下ろされる。
 両足首から抜かれ、丁寧にたたんでバッグに仕舞われた。
 それから、脱ぎ去ったウェア類をたたみ、バッグに押し込み始める。

 あれ?

 私は、彼女の挙動を一瞬たりとも見逃すまいと、彼女の背中を見つめている。
 着替えの手も止めたまま。

 ウェア類をバッグに収めた彼女は、ラケットをケースに仕舞い、バッグを肩に提げた。
 両肩に手を遣り、後ろ髪をフワリと一度持ち上げてから、ゆっくりと振り返る彼女。
 あわてて目を逸らし、しゃがみ込んでソックスを直すフリをする私。
 そんな私の傍らを足早に通り過ぎ、彼女は更衣室を後にした。

 私は、混乱していた。
 今見たことをもう一度頭の中で反芻した。
 やはり一行程、抜けている。
 彼女は授業の前、スカート越しに下着を脱いで代わりにアンダースコートを身に着けた。
 授業の後、スカートを着けてからアンダースコートを脱ぎ、そのまま更衣室を出て行った。
 そのことにどんな意味があるのか、わからなかった。

 大急ぎで着替えを終わらせ、更衣室を出た。
 下半身に下着を着けていない彼女が、これからどうするのか、心の底から知りたいと思った。
 振り返るときにチラッと見えた彼女の横顔は、心なしか紅潮しているように見えた。
 からだを動かしたせいかもしれないし、別の理由があるのかもしれない。
 二時限目の後は昼休み。
 私はとりあえず学食に向かった。

 そう言えば、私が彼女をマークした日、彼女がトイレの個室に立てこもっていたのも昼休み後の三時限目だったっけ。
 だけど、曜日が違う。
 体育のある日ではなくて、確か木曜日だったっけか。
 学食へ向かう道すがら、そんなことを考えながら、きょろきょろと彼女の姿を探した。

 学食であっさり、彼女はみつかった。
 いつものグループ5人でテーブルを囲み、ランチを楽しんでいた。
 彼女はクスクス笑いながら、カレーライスのスプーンを唇に運んでいる。
 私は出入り口近くのぼっち飯仲間に相席し、きつねそばをもそもそと啜った。

 三時限目も四時限目も彼女と一緒だった。
 彼女のグループの顔ぶれは若干変わったが、仲間たちの中で、はんなりした笑顔を浮かべて講義を受けていた、
 休み時間のトイレも仲間と一緒に入り、一緒に出てきていた。
 彼女の振る舞いは、普段と何ら変わらないように見えた。

 その日は夕方から用事があったので、放課後までは追えなかった。
 結局、彼女がノーパンになった理由は、分からず終いだった。

 相変わらず私は、混乱していた。
 でもそれは、妙に心地の良い混乱だった。
 普通の女性なら、好き好んで自らノーパンになったりはしない。
 彼女が何かしらエロティックな嗜好を隠し持っているであろうことは、確信していた。
 なぜなら、私自身がそうだから。

 その夜、私は彼女を想い、遅くまで自慰行為に耽った。


彼女がくれた片想い 04


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