隣室の来客が立ち去った後もしばらく物音ひとつしない静寂がつづいた。
私は端の個室の壁に向いて蓋を閉じた便座の上にそっと腰掛け聞き耳を立てている。
幸いなことに尿意も便意も感じていないので、ゆっくりとお付き合い出来そうだ。
壁の向こうで彼女が今、どんな姿なのかを想像する。
3番めの個室の彼女にひとりの時間を邪魔されたのは明白であるから、その間にトイレ本来の目的を済ませたのかもしれない。
そうであれば便座の上でショーツを下ろしたままなのか。
私が見咎めたように彼女の着衣がコンビメゾンであったならばオールインワンゆえ上半身ごと脱がなければならない。
そうなると彼女は上半身も下着姿ということになる。
そんな風に想像を逞しくしていたら端の個室からカタンという小さな音が聞こえた。
3番めの彼女が去ってから二分も過ぎた頃だった。
それからカサコソと衣擦れの音。
彼女はまだ脱衣していなかったようである。
その用心深さがこれからの展開に期待を抱かせる。
私は便座の蓋からそっと離れ、中腰になって端の個室の壁に左耳を密着させた。
どうやら彼女は立った姿勢で衣服を脱いでいるようだ。
衣擦れの音が始め上の方から聞こえ、だんだんと下がっていく。
下の方でコツコツと小さな音がしたのは脱いだ衣服を足元から抜いて完全に脱ぎ去ったのだろう。
やはりオールインワンだったようだ。
ひょっとすると今日のこの行動は計画的で、彼女はトイレで裸になるためにワザと不自由な上下ともに脱がざるを得ない構造の衣服を選んだのかもしれない。
そんないささか彼女に失礼な妄想がふと浮かんだ。
少しの間を置いて上方で小さくパチンと響いたのはブラジャーのホックを外した音。
また少しの間を置いて下方でコツンコツンと小さく響いた足音はショーツをも脱ぎ去った音に思えた。
そして何より私を驚かせたのは次の瞬間だった。
「…脱ぎました…」
押し殺したようなか細い彼女の声が聞こえて来たのである。
彼女は誰かと会話している。
おそらくスマホでであろうが、これで脅迫者の線が一段と濃厚になってきた。
その後長い沈黙がつづき、やがてまた彼女の押し殺した声が聞こえた。
「…はい…」
「…恥ずかしいです…」
テレビ電話機能で送信しながらの行為なのだろうか。
その割に相手の声が一切聞こえて来ないのは彼女がインカムを使用しているからと考えればいいのだろうか。
いずれにせよ彼女がこの薄い個室の壁の向こうで全裸になっているのは確実と思えた。
その割に身体をまさぐるような物音は聞こえてこないな、と思った矢先、再び彼女の押し殺した声が聞こえてきた。
「…だってそれは、この間やよい先生が綺麗に剃り上げちゃったからじゃないですかぁ…」
押し殺しながらも甘えるような媚を含んだ声音。
ゾクゾクっとしながら完全にしゃがみ込んで左耳を壁に痛いほど押し付ける私。
何かを手にしたようなカタカタッという小さな音がしてから今度は少し明瞭な声が聞こえた。
「…ち、乳首にください…」
えっ?何を?
「…痛い、痛いですぅ…」
それと同時に身体をまさぐるようなワサワサした音とンフゥーッという押し殺した溜息がしばらくつづいた。
私は混乱していた。
彼女がつぶやいた、やよい先生、剃り上げちゃった、乳首にください、痛いです、という科白が頭の中を渦巻いていた。
その間も彼女の押し殺した悩ましい溜息が途切れ途切れにつづいている。
やよい先生って、その先生は女性?脅迫者は女性?いやいや名字っていうことも有り得るし、UFO研究で有名な矢追という姓の聞き間違いということも…
剃り上げちゃった、というのは陰毛を指しているはずだから、つまり彼女は今パイパンなのだろうか?
この間というのは、今週の体育後に目撃した鞭の痕、先週末に行われたかもしれないSMプレイ疑惑のことなのだろうか?
痛いって、テレビ電話で物理的に相手に苦痛を与えることは不可能だし、彼女が自分で自分を痛くしているということなのか?
頭の中をクエスチョンマークがグルグル飛び交うにつれて私の下半身はどんどん熱くなっていく。
ジーンズに包まれていても、その一番内側が中の方から濡れてくるのがわかるほどに。
彼女の押し殺した吐息は切なげにつづいている。
そして数分間ほど自分の上半身をまさぐったであろう彼女がつぶやいた、相変わらず押し殺した科白で私はすべてを理解出来た気がした。
「…やよい先生の指をください…指を直子のオマンコに挿れて滅茶苦茶に掻き回してください…」
おおよそ清楚に見える彼女には似つかわしくない女性器の俗称をはっきり口にしたことにも驚いたが、その後につづいた物音が強烈だった。
彼女の懇願に自分ですぐに応えたのだろう、プチュプチュクチュクチュ、どう考えても卑猥な音が聞こえてくる。
十分に濡れそぼった女性器を指で愛撫抽挿蹂躙する自慰行為の音。
声は極力押し殺しているようだが、粘液を掻き回す音は押し殺しようが無い。
激しく掻き回せば水音も激しくなる。
それにつれて押し殺している吐息、溜息もより激しくなってしまう。
「…んふぅーーっ、んぐぅぅーーーーっ…」
最初に彼女と遭遇したときに聞いたような押し殺しきれない嬌声が聞こえ、しばらく沈黙。
達したのだろうか?
壁越しにハァハァハァハァという荒い彼女の息遣いが聞こえてくる。
しばらくしてそれも収まり本当の静寂が訪れたと思ったのだが…
「…あぁんっ、またぁ…」
彼女の少し大きめな声とともにプチュプチュクチュクチュが再び始まる。
いつの間にか私もジーンズのボタンを外しジッパーを下ろし、露わになったショーツの上から自分の陰部をそっとまさぐっていた。
「…もっと、そうそこ、そこを…」
彼女に合わせて自分を慰めながら考える。
彼女はこの行為を嫌がってはいない、むしろ愉しんでいる。
脅迫の線は薄いのではないか、つまり自発的な行為。
だとするとテレビ電話の線も薄れ、これは彼女の独り芝居、妄想に没入しての密やかな自慰行為なのではないか。
恥ずかしいです、も、痛いです、も彼女の妄想の中で自分に課した行為がフッと言葉に出ただけで、実際には彼女の頭の中では妄想の相手と絶えず会話をしている。
やよい先生は女性でおそらく実在の人物、そして妄想の相手。
男性であれば、指をください、ではなくもっと具体的なそのものズバリをねだるであろうから。
ということは彼女はレズビアン?
陰毛を剃り上げられてパイパンとなっていることもおそらく事実だろう。
自宅ではなくこういった日常のパブリックな場所、誰かに気づかれるかもしれないスリリングな場所での行為が好みなのであれば、体育後のノーパンの意味も理解出来る。
つまり彼女は、あんな顔をしてかなりアブノーマルな性癖の持ち主ではないのか。
「…んふぅーっ、あんっ、いいっ、んんーーっ…」
彼女はだいぶ声を抑えきれなくなっている。
私もかなり昂ぶっていた。
「…ああっ、いいっ、いいっ、んぐぅぅーーーっ…」
一際低く唸るような彼女の押し殺した咆哮。
その後ハァハァハァと息を荒くしている。
オーガズムを迎えたようだ。
私もほぼ同時に同じ状態に達した。
左耳を壁に押し付けしゃがみ込んだままジーンズを膝まで下ろし、ショーツの上から腫れたクリトリスを思い切り摩擦して。
口を真一文字に結び、絶対に声を漏らさないと覚悟を決めて。
彼女と一緒に昇り詰められたことが無性に嬉しかった。
徐々に収まっていく彼女の息遣い。
私もまだ肩が大きく上下している。
と、その時唐突に三限めの終了を告げるチャイムが鳴り響いた。
すぐにトイレ内にも教室から解き放たれた廊下の喧騒が聞こえてくる。
彼女の密やかな禁断の時間も終わりを告げた。
トイレ出入口のドアを開くバタンという音がふたつつづき、個室のドアを閉じる音がそれにつづく。
トイレ内の足音やおしゃべりも騒がしくなっていた。
どうしようか迷っていた。
おそらく彼女は休み時間が終了し次の講義が始まるまで個室から出てこない。
あの日のように静けさが戻ってからそっと退散するつもりだろう。
それに付き合って私も彼女と一緒に立て籠もり一緒に個室を出るのも面白いと思った。
彼女が自慰行為をしている間中、隣の個室に誰かがいて一部始終を聞かれていたと知ったら彼女はどんな顔をするだろうか。
でもそれは現実的ではない。
私は今の所、彼女との関係性を変化させる気はないし、休み時間中ふたつの個室が閉じたままなのは大迷惑だ。
現実的には休み時間中の喧騒に紛れて私が先に退出し、尾行を続行するのがベストと判断した。
学校のトイレの個室で人知れずオーガズムに達した彼女がどんな顔で日常に復帰し、どんな風にプライベートを過ごすのか。
学内に残るにしても学外に出るにしても、まだ三時前、時間はたっぷりある。
四限の自主休講が決定した。
そうと決まれば急がなくては。
ショーツが濡れそぼっているので、このままジーンズを穿き直すのは気持ち悪い。
幸いトイレ内はドアの開け閉めやおしゃべりで騒がしいので、私は音を立てることを気にせずにジーンズを脱ぎ去った。
それから濡れたショーツも脱いで小さく畳みフェイスタオルに包んでバッグへ。
最後に濡れた陰部をトイレットペーパーで丁寧に拭った後、ジーンズを穿き直す。
これで私は今から帰宅までノーパンで過ごすことになってしまった。
体育後の彼女とお揃いである。
最後に捨てたトイレットペーパーを盛大な音を立てて水洗に流し、普通にドアを開けて個室を出た。
一番端の個室のドアは相変わらず固く閉ざされている。
外ではふたりの学生がトイレ内に並んで個室が空くのを待っていた。
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興奮します…!!
返信削除チョーカーさま
返信削除いつもコメントありがとうございます
メリークリスマスです
直子