2016年1月24日

オートクチュールのはずなのに 34

「あら。面白そうなものが映っているじゃない?」
 イベントまであと3日と差し迫った、その日の社長室。
 午前11時過ぎにリンコさまとミサさまが息抜きに訪ねてこられ、お部屋に入るなりパソコンのモニターに映し出された監視カメラの映像に気づかれたミサさまの一言です。

「たまほのがここを担当していた頃にも、こんな画面を見たことがあったな。たまほのに聞いたの?これ」
「あ、いえ。パソコン弄っていて偶然みつけて。あ、でも、ほのかさんに使っていいか、ご相談はしました」

「ふーん。そこの真っ暗な部分はアタシらの部屋なんだよね。アタシらはぜんぜん映されても構わないんだけどな。別に中でコソコソサボってるワケじゃないし」
「ほのかさんによると、来社されて中で着替えられるモデルさんのプライバシーにご配慮されたとか」
「うん。アヤ部長の方針でね。わざわざ外すのもめんどいから、カメラのレンズを黒い布で覆っただけだけど。ちょうど2年前くらいだったかな」
 思い思いの場所に腰を落ち着け、リラックスされたご様子でくつろがれるリンコさまとミサさま。

「でも、見ていてそんなに面白いものでもないでしょう?映っている場所、ずっと同じでしょ?それも見知ったオフィス内なんだし」
「確かにそうですね。でも、ドアのお外の通路が映るカメラだけは、重宝しています。ご来客さまがいらしたのが事前にわかるので。予定がある日は、そのカメラをメインにしています」
 
 そうお答えして、玄関先のカメラ画面だけに切り替えました。
「なるほどね。ナオっちはお茶とかの用意もしなくちゃだしね」
 うなずかれたリンコさまは、それきりモニター画面へのご興味は失われたようでした。

「アタシら今日は、早上がりしていいんだって。イベント準備でやるべき仕事はもうほとんど終わっているから。アヤ部長さまさまからの粋な計らいね」
 リンコさまが持参されたスナックお菓子を私にも勧めてくださいました。
 細長いプレッツェルにチョコレートがコーティングされた有名なお菓子。

「アヤ女史が来たら最終の打ち合わせしてお役御免。まあ、明日はアトリエでゲネプロだから、またコキ使われるんだけどね」
 ウサギさんが野菜スティックを食べるみたいに、前歯だけをしきりに動かしてお菓子をポリポリ齧るリンコさまがとても可愛らしいです。

「明日ゲネプロ、明後日は会場の設営、そんで当日本番。イベント前の雰囲気って浮き足立ってワクワクするよね。学生時代の文化祭前みたい」
 リンコさまのお言葉にミサさまもコクコクうなずいています。
「ボクら、今日の午後は、池袋と秋葉原を満喫してくるんだ」
 ピンクの乗馬鞭をヒュンヒュン振りながら、ミサさまが嬉しそうにおっしゃいました。

 ミサさまは、このお部屋に飾ってある、チーフのフランス製乗馬鞭がたいそうお気に入りのご様子で、ここにいらっしゃると必ず手に取り、もてあそびながらおしゃべりされます。
 ミサさまが乗馬鞭を振るたびに、豊かなお胸も一緒にブルンブルン。

「アタシら、先週もらった休みは、夏コミに向けてのコスプレ衣装の構想に費やしちゃったのよ。前半は、死んだようにひたすら寝てたし」
「だから、街にくりだしてアニメショップめぐりはすごい久しぶり。絶対ハンパなく散財しちゃいそうな予感」
 リンコさまが、ワクワクを抑えきれない表情でおっしゃいました。

「直子も、何か探しものあれば、みつけてきてあげる」
 ミサさまの乗馬鞭のベロが、私のジーンズの太腿を軽くペチペチ叩いてきます。
 うーん、何かあったかな・・・
 それからひとしきり、アニメの話題に花が咲きました。

「そう言えば私・・・」
 何が、そう言えばなのか、自分でも分からないのですが、ふと思いついたことを口にしていました。
「今度のイベントのショーで、どんなお洋服がご披露されるのか、まったく知らないんです」
「ああ。ナオっちは、ずっと決算の仕事だったものね」
 リンコさまがすかさず、うなずいてくださいました。

「だけど、今まで知らないでいられたのなら、いっそ当日まで一切情報を入れないことをお勧めするわ。そのほうが絶対、びっくり出来るから」
 イタズラっぽいお顔になるリンコさまとミサさま。

「明日のアトリエでのゲネプロも、ナオっちはお留守番なのでしょう?」
「はい。ほのかさんとふたりで電話番です。ほのかさんは明日のお昼頃、出張からお戻りになるご予定で」
「そっか。そこまで情報が遮断されているなら、明日上がってくるパンフも敢えて見ないほうがいい。全部当日のお愉しみにしとけば、アタシらの何倍も楽しめると思うわ」
 それからリンコさまが、今回のイベントについての社内的な変遷を、簡単に説明してくださいました。

「今年のテーマは、エレガント・アンド・エクスポーズ。そのテーマに負けないだけの仰天アイテム揃いよ」
「うちの会社名のダブルイーにちなんで、毎年このイベントのテーマは頭文字Eで統一するのね。具体的には、エレガント・アンドなんとか」
「最初の年は、社名と同じエレガント・アンド・エロティック。次の年は、エンヴィ。イーエヌヴィワイ。羨望、みたいな意味ね」

「それで3回目の去年は、エレガント・アンド・エンバラスっていうテーマで、一歩踏み込んだキワドめのアイテムを投入してみたのね。エンバラスってわかる?」
「えっ?あのえっと・・・」
「イーエムビーエーアールアールエーエスエス。当惑、とか、恥ずかしい、っていう意味ね」
「それで、肌色多めになるローライズとかシースルーみたいなイロっぽいアイテムを多めに投入したら大好評だったの。それで今年は、更にもう一歩、踏み出しちゃったワケ」

「エクスポーズは、わかるよね?さらけ出す、とか、暴く、とか。まあ、えっちな意味での、露出、ってことね」
 ノーブラのリンコさまのお口から艶っぽく、露出、というお言葉が聞こえたとき、まるで私の性癖をを見透かされたかのように感じて、心臓がドキンと大きく跳ね上がりました。

「・・・そんなに、凄いのですか?」
「うん。企画して作ったアタシらがこんなことを言ったらアレだけど、着ているほうより見ているほうがいたたまれなくなっちゃうようなキワドイのが何点もある」

「そういう意味では、今回、モデルをしてくれる絵理奈って子も凄い。よくこんな仕事、引き受けたなー、って」
「あれを着て澄ましていられる、そのプロフェッショナルぶりには感心した。ちょっとタカビーなところが鼻についたけど、その点にだけは素直に脱帽」
「タカビーってリンコ、それ死語」
 ミサさまがポツンとおっしゃり、三人でうふふ。

「そういうことで、ナオっちは当日まで情報遮断して、愉しみに待っているといいわ。絶対驚くから。ナオっちのリアクションが今から楽しみ」
 リンコさまとミサさまが意味ありげに見つめあった後、リンコさまは、私にイタズラっぽくウインクされ、ミサさまはまた、私の太腿を乗馬鞭で軽くペチペチ叩かれました。

「あっ!アヤ姉、来たみたい。アタシら戻るね」
 モニターに映った通路の映像に目ざとく早乙女部長さまのお姿をみつけたリンコさまがおっしゃり、お菓子を置き去りに素早くおふたりとも社長室を飛び出していきました。

 出社された部長さまと小一時間くらい打ち合わせされた後、リンコさまとミサさまは笑顔で退社。
 そのあいだにお弁当を済ませた私は、社長室でチーフのドキュメントフォルダーの中味を眺めていました。
 
 今日は、この後ご来客の予定も無く、チーフ、間宮部長さま、ほのかさまは出張中で明日のお戻り。
 オフィス内には私と早乙女部長さまだけ。
 かかってきたお電話を部長さまにお繋ぎする以外、これといったお仕事も無く、なんとも手持ち無沙汰でした。

 そろそろ3時になろうとする頃、内線が鳴り、部長さまに呼び出されました。
「森下さん、決算書類一式はすでに、すべて先生にお送りしたのよね?」
「はい。先週末にすべて終わりました」
「ご苦労様。それなら今日は早めに上がってください。明々後日のイベントに向けて、ゆっくりからだを休めるといいわ」

 繊細な白レースでシースルー気味のシックなブラウスを召された部長さまが、私を見ながらおやさしく微笑まれました。
 肩と胸元が程よく抜けて白いブラのストラップが微妙に透けているそのお姿が、いつもよりいっそう艶やかに感じられたのは、私の気のせいだったのでしょうか。

「お気遣いありがとうございます。だけど私、まだ帰れないのです」
 私が恐縮しつつお答えすると、部長さまは一瞬、意表を突かれたようなご表情をされました。
 間単に言えば、えっ!?っていうご表情。
 それからちょっと宙空を見上げ、何か考えるようなそぶりをされた後、落ち着いたお声で尋ねられました。

「帰れない、とは?」
「あ、はい。あの、今日中に税理士の先生から、お電話をいただくことになっているのです。先日お送りした決算書類に関する最終確認ということで」

「ああ、そういうこと」
「はい。書類を吟味してご不明な点をまとめてご質問いただけるということで。もしも何か不足している数字があったら、それを追加したり・・・イベント前に片付けておいたほうが、あなたも気が楽でしょう、って先生がおっしゃってくださって」
「わかったわ。それは席を外すわけにはいかないわね。わたくしでは細かいところまでは答えられないでしょうし」
 部長さまが再び、何かを考えるように両目を閉じられました。

「それで、いつ電話がかかってくるかは、わからないのよね?」
「はい。遅くとも夜の7時頃までには、としか」
「そう。わかりました。お忙しい先生ですからね。それでは森下さんは、その仕事が終わるまでここにいてください」
 部長さまの口調が、なぜだかご自身に言い聞かせているみたいな、覚悟を決めた、みたいなニュアンスに聞こえました。

「はい。せっかくのお心遣いをお受け出来なくて、申し訳ございません・・・」
「何言ってるの?仕事が一番大事だし、その仕事は我が社にとってもとても重要な案件よ。先生としっかり打ち合わせしてください」
「はいっ」
 一礼して社長室に戻ろうとすると、背後から部長さまに呼び止められました。

「あ、それでね、森下さん」
「あ、はい」
 振り向くと部長さまが、何か思いつめたようなお顔で、まっすぐに私を見つめていました。
 大急ぎでデスクの前に戻りました。

「このあと、そうね、たぶん4時ごろまでに絵理奈さんが来社することになっているの。絵理奈さん、わかるわよね?」
「はい。今度のイベントのモデルをやってくださるという、お綺麗な・・・」
「そう。明日アトリエで通しリハーサルだから、その前の大事な最終打ち合わせをすることになっているの」
「はい」

「彼女が来ても、お茶とかは出さなくていいから。わたくしたちはすぐに、デザインルームに入ってしまうから」
「はい」
「それで、わたくしたちがデザインルームに入ったら、もうわたくし宛ての電話は取り次がなくていいわ。不在と言って、お名前とご用件だけ承って、わたくしのデスクの上にメモを残しておいてくれればいいから」
「はい。わかりました」
 部長さまは、時折宙を見つめて、ひとつひとつ念を押すように、丁寧にご指示くださいました。

「それで、森下さんは先生との用件が終り次第、そのまま帰っていいわ。わたくしたちに声をかけなくていいから。社長室だけきっちり片付けていってください」
「はい」
「たぶんわたくしたちのほうが遅くなると思うから、戸締りはわたくしがやっておきます」
「わかりました」
「では、絵理奈さんがいらっしゃったら内線で伝えるから、その後は今言った通りにしてちょうだい」
「はい。わかりました」

 部長さま、なんだか今日はご様子が違うな。
 社長室に戻り、モニター画面を四分割に戻してから、椅子に座って考えました。
 いつものように自信たっぷりの優雅さも残ってはいるものの、なんだかソワソワしていらっしゃると言うか。
 モニターの右上には、どこかへお電話されている部長さまの後頭部が映っていました。
 お電話を終えられるとお席をお立ちになり、そそくさとドアのほうへ向かわれました。

 あれ?
 部長さまのスカート、いつもより短い。
 いつも絶対膝丈以上なのに、今日は太腿が10センチくらい見えていました。
 お話しているときはずっと、部長さまが座ったままでしたので、今まで気がつきませんでした。
 
 ベージュのストッキングに覆われてピカピカ輝くお奇麗過ぎるスラッとしたおみあしが、モニター越しにもわかりました。
 ドアをお出になった部長さまを追ってモニターの左上に目を移すと、向かわれた方向から、どうやらおトイレっぽい。
 
 やっぱり早乙女部長って、お綺麗だなー。
 そのときは、それ以上深くは考えず、のんきにそんなことを思っていました。

 5分くらいして、部長さまが戻られました。
 そのときの映像を見て、再び、あれ?
 太腿の光沢が消えていました。
 ストッキングを脱がれた?
 解像度の粗い監視カメラの映像ですから、確かなことはわかりませんが、そう見えました。
 でも、なぜ?

 そうしているうちに今度は、左上の映像に見覚えのある大きなサングラスのお顔が見えました。
 絵理奈さまでした。

 いつもファッション誌のグラビアから抜け出してきたような華やかな装いで来社されていたのですが、今日はずいぶん地味めなお姿でした。
 両袖をむしり取ったようなラフなジージャンにインナーは柄物のTシャツかな?
 ボトムは、スリムなダメージジーンズにミュール。
 
 それでも、タレントさんぽさを隠せない特徴あるサングラスと、いつも引いていらっしゃるブランド物のカートで一目瞭然でした。
 絵理奈さまは、インターフォンも押さず無言でドアを開け、いきなりオフィスに入ってこられました。
 ガタンとお席から立ち上がる部長さま。

 その後の光景が信じられませんでした。
 歩み寄ったおふたりが、互いに両腕を広げギューッとハグ。
 それも、部長さまのほうが力が入っているみたいに見えました。
 部長さまのほうが背が高いですから、絵理奈さまが包み込まれている感じ。
 天井からのカメラなのでよくはわかりませんが、おふたりの髪の毛が絡み合うようにくっついていたので、ひょっとしたらキスを交わされていたかもしれません。

 えっ?えっ?えーっ???
 ひとしきり呆気に取られた後、今すぐメインフロアに飛び出して、実際のところを自分の目で確かめてみたくてたまらなくなりました。
 同時に早乙女部長さまが、この監視カメラの存在をすっかりお忘れになられていることも確信しました。
 だって憶えていれば、私が社長室にいることを知っていながらあんなこと、絶対に出来るはずないですもの。
 
 両目でモニターを食い入るように凝視したまま、そこまで考えて思考停止に陥いりました。
 モニターの中の絵面が何を顕わしているのか、理解出来なくなっていました。
 立ちくらみみたいなものを感じて、咄嗟に両目をギュッとつむりました。
 突然、甲高く内線を告げる呼び出し音が鳴り響きました。
 モニターの中では、すでにおふたりのからだは離れていました。

 内線の音に驚き過ぎて本当にキャッと一声鳴いてから、あわてて受話器を取りました。
「森下さん?絵理奈さんがいらっしゃいました。打ち合わせを始めますので、さっき説明した通りにお願いね」
 努めて冷静を装うような、落ち着いた中にもどこか上ずったような、部長さまのお声。

「は、はい。かしこまりましたっ!」
 ドキドキが収まらず、掠れ気味な声を振り絞り、妙にバカ丁寧な応答をしてしまう私。
 すぐに電話は切れ、ツーツーツーという音だけになりました。
 モニターには、部長さまが受話器を戻し、絵理奈さまに何か耳打ちされてから、寄り添うようにデザインルームへと向かうお姿が映し出されていました。

 部長さまと絵理奈さまって、そういうご関係だったの?
 この後、デザインルームで一体何が行なわれるのだろう・・・
 私は、好奇心の塊と化していました。

 モニターには、デザインルームのドアを開き、中へと消える絵理奈さまの後姿が、画面の端っこに辛うじて映っていました。
 でも、それもすぐに消え、ドアが閉じられました。
 ああん、デザインルームの中は見ることが出来ないんだ・・・
 部長さまがご提案されたという、カメラの目隠しを心底怨みました。

 ん?ちょっと待って。
 目隠し?
 そのとき、パッと光明が見えました。
 確かリンコさまは、カメラは外していない、とおっしゃっていたっけ。

 すぐに机の抽斗から、お仕事中に好きな音楽を聴くためにこっそり使っていたイヤーフォンを取り出し、パソコンのイヤーフォン端子に挿しました。
 それを両耳に詰めてからモニター画面を真っ暗闇に合わせ、コントロールパネルのヴォリュームアイコンを上げていきます。
 
 ザザザ、ガサガサ、ゴソゴソ、ザザザ、ガサゴソ・・・
 衣擦れのような物音がハッキリと聞こえてきました。
 やっぱり。
 カメラに付いているマイクが、音だけは拾っているのです。
 場面を見ることは出来ないけれど、音なら聞こえる。

 モニターいっぱいに大映しとなった真っ暗画面に、イヤーフォンを突っ込んだ両耳に両手をあてがい、縮こまるようにして固唾を呑んでいる、自分の浅ましい顔が映っていました。
 これって、立派な盗聴行為、盗み聞き、プライバシーの侵害。
 わかってはいるのですが、溢れ出る好奇心を抑えることは出来ませんでした。

 しばらくガサゴソ音がつづいた後、ふいに明瞭なお声が聞こえてきました。
「ほら、早く見せてよ。ちゃんと約束通りにしているのか、確認するから」
 
 最初に聞こえてきたのは、早乙女部長さまではないお声でした。


オートクチュールのはずなのに 35


2016年1月17日

オートクチュールのはずなのに 33

 6月に入ると、5月末ですべての数字が出揃った期末決算書類の最終チェックに追われる日々が始まりました。
 遅くとも2週間以内に、税理士の先生に数字一式をお渡しすることになっていたので、毎日遅くまでパソコンとにらめっこ。
 その作業では、すべて社長室にあるデスクトップパソコンを使うため、社長室にこもりっきりの孤独な日々がつづきました。

 その日の私の服装は、白無地のスタンドカラーブラウスにモスグリーンのハイウエストなフレアスカート。
 我ながらシックな感じにコーディネート出来たと、気に入っていました。
 そして首には、黒いレザーで細めなベルト型チョーカー。
 もちろん、お姉さま、いえ、チーフからプレゼントしていただいたものでした。

 あのアイドル衣装開発会議のご褒美として早乙女部長さまからチョーカーをいただいて以来、ずっと私は、チョーカーを着けて出社していました。
 チーフとのお約束、私がムラムラ期なときはチョーカーを着けるという、ふたりだけの秘密のサイン、を守るために。

 アイドル衣装開発会議の翌朝、チョーカーを着けてお日様の下、初めてひとりだけで外出するときは、すっごくドキドキしました。
 部長さまやリンコさまから、ファッション的に似合っている、とお墨付きはいただいていたものの、私にとってチョーカーとは、マゾの首輪、以外の意味を考えることが出来ない、特別なアクセサリーでしたから。
 チョーカーを着けて人前に出るということは、見知らぬ人たちに、私はマゾです、と自己紹介しているのと同じことでした。

 前夜の激しい夜更かしオナニーにも関わらず早起きし、鏡の前で悩みました。
 なるべくファッショナブルに、と言うか、オシャレの一環として身に着けているように見えるよう工夫して、ガーリーな雰囲気の襟ぐり広めなフラワーモチーフのワンピースと合わせて出かけました。

 お家からオフィスまで徒歩で10分弱。
 そのあいだ、さまざまな人とすれ違ったり追い越されたり。
 その人たちの視線がすべて、私の首に集中しているように思えました。

 あの女、朝っぱらから首輪なんかして人前に出て、OLみたいだけれど、つまりそういう種類の女なんだ、と道行くみなさまに思われているんだ・・・
 そんな妄想で、人知れずマゾマンコをキュンキュン窄めていました。
 
 でもたぶん、それは自意識過剰。
 ほとんどの人たちは、チョーカーはおろか私自身にさえ目もくれず、お勤めに急いでいたと思います。
 いずれにしても、自分のマゾ性を大っぴらに目に見える形にして人前に出るという行為に、恥ずかしいという気持ちと表裏一体の自虐的な心地良さを感じ、本当の自分をさらけ出しているという、ある種の爽快感をも感じていたことは事実でした。

「今日も着けて来たのね。ずいぶん気に入ってもらえたみたいで嬉しいわ」
 オフィスでは、部長さまを筆頭にみなさま普通に、私のチョーカー姿を受け入れてくださいました。
 リンコさまは、そんなに気に入ったのなら、と、今までコスプレ衣装で作ったチョーカーで私に似合いそうなのをプレゼントしてくださる、とまでおっしゃってくださいました。

 その翌日。
 出張からお戻りになったチーフは、お約束通り、お土産としてチョーカーをくださいました。
 幅1センチちょっとくらいのレザーベルトにこまかくバックルとホールがゴールドの金具で細工された、ワンちゃんの首輪っぽいけれど、ゴージャスでとてもオシャレなチョーカー。
 赤、白、黒の色違いを一本づつ、合計三本も。
 赤のにはハート型、白のには涙方、黒のには星型の小さなゴールドチャームが正面に吊るされていました。

「神戸のセレクトショップでみつけたの。店長さんがモデルと見紛うような奇麗なフランス女性で、扱っているアイテムもすごくチャーミングな品揃えだった」
「三色あれば服装に合わせたコーデもラクでしょう?直子のムラムラ期は長引く傾向があるからね、ずっと同じじゃ可哀相だと思ってさ」
 社長室でふたりきり、ヒソヒソ声でからかうように、そうおっしゃいました。

 シーナさま、部長さま、チーフ、そしてリンコさまからと、私のチョーカーコレクションが一気に充実して、朝のチョーカー選びが楽しくなりました。
 このお洋服だったら、どのチョーカーを合わせようか・・・
 毎日の生活の中で、チョーカーを着けている自分が普通となり、チョーカーを着けていない自分が物足りなくなっていました。

 だけど、チョーカーを着けて出社するということは、私がムラムラしているということをチーフにお知らせする、というサインでもありました。
 ということは、いつもチョーカーを着けていたいなら、いつもムラムラしていなければなりません。

 そのことについては自信がありました。
 だって、私にとってチョーカーは、いつまでも変わらずマゾの首輪で、マゾな私は、いつだってチーフ、つまり最愛のお姉さまに虐めて欲しい、と願っているのですから。
 
 チーフに逢えそうな日は、必ずチーフからプレゼントされたチョーカーを、それ以外の日はコーディネートを考えてコレクションから選ぶようにして、チョーカーは、私にとって欠かせない、毎日身に着けるファッションアクセサリーとなりました。

 そんなふうにして日々は過ぎ、決算書類の提出にも目処が付いた6月第2週の半ば。
 私は、白無地のスタンドカラーブラウスにモスグリーンのハイウエストなフレアスカート、黒のレザーベルトチョーカー姿で社長室にこもっていました。
 翌週末のイベントに向けての準備もほとんど整ったようで、その日はご来客も無く、オフィス内は束の間、平穏な雰囲気に包まれていました。

 開発のリンコさまとミサさまは、それまでのハードスケジュールから開放されて今週末まで一週間のお休み。
 チーフと営業のおふたかたは、相変わらずの外回りでおられず、オフィスには早乙女部長さまと私だけ。
 その部長さまもおヒマらしく、たまのお電話以外は、デスクで読書などをされていました。
 オフィスにはモーツアルトのピアノ協奏曲が、ゆったりと低く流れていました。

 私も決算のお仕事がやっと片付き、今日は早く帰れそうだな、なんて思いながら社長室のデスクトップパソコンをいたずらしていました。
 チーフのドキュメントフォルダーには、ネットから落としたらしきファッション関係の画像やショーの動画がたくさん入っていて、それらを眺めていました。

「この部屋にあるものは、鍵がかかっているところ以外、何をどうしても、どこをあさっても構わないわよ。見られたら困るようなモノは何も無いから」
 入社早々チーフがそうおっしゃっていたので、気兼ねする必要はありません。
 チーフが集めた画像や動画はセンスが良く、どれもエレガントで、中にはかなりエロティックなものも含まれていて、しばらく夢中で見ているうちに、どんどん時間が流れていきました。

 ひとつのフォルダーを見終わり、次のフォルダーへ、というタイミングで不意に電話が鳴り、ドキンと驚いてからあたふたしつつあわててマウスから手を離して受話器を掴みました。
 ふと時計を見ると、夕方の5時近く。
 部長さまへのお電話だったのでお繋ぎし、一息ついてあらためてパソコンの画面に向き直ったら、見たこともない画面になっていました。
 どうやらあわてた拍子に、知らずに何かクリックしてしまったみたい。

 大きなモニター画面が長方形に四分割されて、それぞれに違う画像が映っています。
 左上は、どこかの通路みたいな場所。
 右上は、どこかのオフィスみたいな場所。
 左下は、どこかの会議室みたいな場所。
 どれも天井から映したような、少し粗めの画像。
 そして右下だけ、真っ黒。
 画面の右端には、テレビのリモコンみたいな配置のコントロールパネルらしき画像のイラストが縦に通っていました。

 一見して、守衛室やエレベーターなどでよく見る、監視カメラからのモニター画像みたいでした。
 それにしても、どこの?
 と、思ったとき、ハッと気づきました。
 右上のオフィスのような画面の上のほうに、早乙女部長さまがお電話されているご様子が頭頂部から映っていました。
 ということはつまり、この画像は、このオフィス内?

 試しに各画面の上をクリックしてみると、その画面ひとつだけがモニターいっぱいにズーム出来るようでした。
 左上は、オフィスのドアの向こう側、すなわち、入口前の廊下の様子を、右上は、さっきの通りオフィスのメインフロアを、左下は、今は無人な応接室の様子を映し出していました。
 
 メインフロアを大きく映して、右側のパネルのスピーカーマークのフェーダーを上げると、パソコンのスピーカーからモーツアルトのピアノ曲とともに、部長さまがお電話されているお声も小さく聞こえてきました。
 
 これは画像ではなく、映像なんだ。
 それもライブで、リアルタイムの。
 つまり、監視カメラ。

 へー。
 このオフィスに、こんな仕掛けがあったんだ・・・
 画面を四分割に戻すと、音は聞こえなくなりました。
 四分割の左上では、部長さまがお電話を終え、読書にお戻りになっていました。

 無音の画面をじっと眺めていると、なんだかドキドキしてきました。
 後ろめたさと言うか、してはいけないことをしている感じ。
 盗聴、ではなくて、こういうのは何と言うのでしょう。
 覗き見?盗み見?盗撮?撮影はしていないから盗視?
 とにかく、何かこう背徳的な、罪悪感を感じる行為。
 見慣れたオフィスで、唯一映っている人物である部長さまだって、ただ普通に読書されているだけなのに、何かコソコソ、見てはいけないようなものを見ちゃっているような、後ろめたい感覚。

 チーフはやっぱり、他のスタッフのみなさまがサボっていないか監視するために、こんな装置を付けたのかしら?
 ああ見えて、あまり他のかたたちを信用されていらっしゃらないのかな?
 他のかたたちはこのことを、ご存知なのかしら?
 そんなことをとりとめなく考えていると突然、再び電話の呼び出し音が鳴り響きました。

 ギクッ!
 状況が状況でしたので飛び跳ねるほど驚き、焦って受話器を掴みました。
「お先に失礼させていただくわ。森下さんも適当に切り上げてお帰りなさい。戸締りよろしくね」
 お電話は内線で、部長さまからでした。
「は、はい。お疲れさまでした」
 ドキドキしつつお返事をして、モニターをメインフロアに切り替えました。
 受話器を置いた部長さまがスッと立ち上がり、更衣室のほうへ消えていくのが映っていました。

 部長さまが退社されたのを確認してからメインフロアに出て、カメラが設置されていそうな場所を確かめようと天井を見上げましたが、確かな場所はわかりませんでした。
 応接ルームも同様でした。
 たぶん、照明器具に紛れて付いているのだと思います。
 監視カメラのアプリケーションが、チーフのドキュメントフォルダーの中のCAMERAというフォルダーに入っているのを確認して、その日は私も早めに帰宅しました。

 その翌日。
 社長室に入りデスクトップパソコンを起動させ、カメラも起動させるかどうか迷っていると、軽いノックにつづいてドアが開き、ほのかさまがお顔をお見せになりました。

「おはよう。決算は終わりそう?たてこんでいるようなら、お手伝い出来ると思って。わたし、今日はヒマだから」
「あ、おはようございます。おかげさまで決算関係は昨日で終わりました。あとは先生にお送りするだけです」
「そう。よかった。ご苦労様。わたしも去年は、他の人たちがイベントの準備でてんてこ舞いの中、そのパソコンにつきっきりだったっけ」
 懐かしそうにデスクトップパソコンに近づくほのかさま。

「オフィスにわたししかいないとき、ここにこもっていると不意のご来客に対応出来ないから、画面の裏に監視カメラの映像を常駐させて、チラチラ見ながらの計算だったから、かえって落ち着かなかったなー」
 お顔を少し上に向けて、遠い日を思い出すようにおっしゃるほのかさま。
「へっ?!」
 思わずヘンな声をあげてしまいました。

「ほのかさん、あのカメラのこと、ご存知なのですか?」
「えっ?って、もちろんよ。これのことでしょう?」
 手馴れた手つきでフォルダーを開いていき、モニター画面にあの映像が広がりました。

「あの、実は私、昨日このパソコンをいたずらしていて偶然みつけてしまって、びっくりしちゃったのですけれど・・・」
「あら?チーフ、教えてくださらなかったの?なんでも、このオフィスを始めたときに取り付けたものだそうよ。早乙女部長の発案で」

「えっ?部長さまの?」
「そう。オフィスを起ち上げたとき、チーフと部長たち3人だけが正式な社員で、あとは各個人のお知り合いの人たちに臨時でお手伝いをしてもらっていたそうなの。そのお知り合いのお知り合いとかね」
 
 ほのかさまがマウスから手を離し、私に向き直ってお話してくださいました。
 モニターの四分割画面の片隅には、応接ルームで差し向かいになりお話されている部長さまとお客様の横顔が、斜め上からの映像で、比較的鮮明に映し出されていました。
 
「それで、チーフと部長おふたりの気心は知れているけれど、そのお知り合いとか、お知り合いのお知り合いとかだと、つまりはよく知らない人でしょう?」
「首脳陣がオフィスに誰もいなくて、その人たちだけに任せるようなこともあったから、最低限の防犯のために導入することにしたのだそうよ」

「最初のうちはチーフも面白がって毎日起動していたのだけれど、お手伝いしてくれた人たちもみんないい人たちばかりで、結局、そのカメラが活躍するような事件も、幸い何もおきなくて」
「そのうち飽きて、まったく起動しなくなった、っておっしゃっていたわ」
「へー。そういういきさつがあったのですか」

「わたしが去年、決算のお仕事を担当したときに、ここにこもってしまうとご来客の対応が出来ない、ってチーフにご相談したら、そう言えばこんな装置があった、ってやっと思い出されたくらいだもの。完全に忘れちゃっていたみたい」
「ということは、スタッフのみなさまは全員、カメラのことをご存知なのですね?」

「うん。その右下の黒いところは、デザインルームのカメラなの。数年前に早乙女部長がスカウトしてきたリンコさんとミサさんが入社して、しばらくはそこのカメラも生きていたのだけれど」
「ほら、あの中ではフィッティングとかで、モデルさんが裸になって着替えられたりされるでしょう?だからちょっとマズイんじゃないか、という話になったのですって。モデルさんのプライバシー的に」
「それでデザインルームのカメラには目隠ししたの。だからそこだけ真っ黒」
 ほのかさまが、さも可笑しそうに微笑まれました。

「だから、スタッフで監視カメラのことを知らない人は誰もいないの。チーフみたいに部長たちも、もう忘れてしまっていらっしゃるかもしれないけれど」
「それなら、私がここにこもるときは、このカメラ映像をつけっぱなしにしておいても、いいのでしょうか?」
「良いのではなくて?それで直子さんのお仕事が捗るのであれば。せっかくあるのだし」
「そうですよね」
 ほのかさまのご説明で、得体の知れない後ろめたさがずいぶんやわらぎました。

 それから私は、社長室にいるときはいつも、そのカメラの画面をモニターに映すことにしました。
 確かに、ご来客があればチャイムが鳴る前にどなたかすぐわかるし、部長さまが席を外されているときにお電話が来ても的確にご対応出来て、私のお仕事的に便利なものでした。
 ご来客さまとお話をされているほのかさまや早乙女部長さまをモニターで眺めるのも、イケナイ覗き見しているみたいで愉しく感じました。

 そうこうしているうちに、早くもイベント当日まで残り3日となっていました。


オートクチュールのはずなのに 34


DAVID BOWIE R.I.P. 

2016年1月11日

オートクチュールのはずなのに 32

 踊り始めたら、夢中でした。
 旋律に合わせてからだが勝手に動き始めていました。
 このヴァリエーションをレッスンしていた頃、いつもやよい先生からいただいていた注意点をご指摘されるお声が、頭の中で鮮やかに再生されていました。

「ピルエット・アン・ドゥ・オール、ペアテ、音にちゃんと乗って、膝伸ばして・・・」
「指先と爪先まで気を遣ってデベロッペ、上へ上へ伸ばしてー。脚もっと高くキープ・・・」
「ピケ・ターンでマネージュ。アラベスクはちゃんと一瞬止まって、ジュネは思い切りよく・・・」

 パチパチパチ・・・
 気がついたら踊り終えていました。
 レヴェランス、お辞儀したまま上目使いで窺がうと、早乙女部長さまたちが盛んに拍手をしてくださっています。
 そのまま、自分の胸元に視線を移すと、汗でインナーが肌に貼りつき、乳首の形が露骨過ぎるほどクッキリ浮き出ていました。

 スペースがあまり広くないので全体に動きがチマチマとしてしまったし、裸足なので爪先立ち、ポワントすべき箇所もドゥミ・ポワントまでにしか出来なかったのですが、久しぶりにしては自分でも、うまく踊れたほうだと思いました。
 そして、こんな裸に近い姿でのダンスをじーっと注目されていた状況に、マゾのほうの私もゾクゾク悦んでいました。

「すごいわ。よくあれだけクルクル廻れるものねー。しなやかで、とても美しかったわ」
「表情もとても良かった。誘惑の踊りって言うだけあって、艶やかで、いつもの直子さんとは別人みたいだった」
「そうそう。セクシー過ぎてアタシ、ヘンにドキドキしちゃったもの」
 みなさま、私の全身を遠慮無く眺めつつ、口々に褒めてくださいました。

 右の肩紐が落ちて乳首ギリギリで止まっていた胸元の布をさりげなく直し、もう一度ペコリとお辞儀をしました。
 予想通り、ショーツの布がお尻に食い込んで尻たぶほとんど露出の超ハイレグ状態でしたが、みなさま私から視線を逸らさないので、こっそり直すわけにもいきません。
 踊っている最中に、何度か乳首が風を切る感触がしていました。
 激しい動きで、胸ぐりや腋からときどき露になってしまっていたのは間違いありません。

「それだけ踊れれば、気持ちいいでしょうね。やっぱり森下さんは思った通り、フィッティングモデルに最適だわ」
 部長さまが目を細めて、私の全身をあらためて見返しながらおっしゃいました。

「おかげで、いろいろアイデアも浮かんだし、この衣装が完成したら、もう一度踊ってもらいたいわ。それまでにわたくしも、有名なバレエ音楽を調べて、ライブラリーに揃えておくから」
 嬉しそうに微笑んでから、みなさまを見渡す部長さま。

「ま、今日はこんなところでしょう。たまほのも森下さんも、ご協力、どうもありがとう」
「今日出た問題点を加味した上で、煮詰めていきましょう」
 リンコさまもノートをパタンと閉じ、突然のアイドル衣装開発会議はどうやら終了のようでした。
 私もホッと一息。

「わたくしはこの後、恵比寿寄ってからアトリエに戻るから、リンコは5時過ぎに合流してちょうだい。ミサは、早速Bタイプのインナーのパターンを修正してアトリエにメールで送ってください」
「わかりました」
 リンコさまとミサさまのユニゾンなお答え。
 部長さまはご自分の上着とバッグを掴み、早々とお出かけの態勢です。
 ドアに向かいかけた部長さまが足を止め、私に振り向きました。

「そうそう、森下さん?」
「あ、はい」
「これから着替えるのでしょうけれど、そのチョーカーは外さなくていいわよ」
「はい?」
「それ、とても似合っているから、プレゼントするわ。今日のお礼の意味も込めて」
「えっと・・・」
「モノはいいわよ。レザーもチェーンもジュエリーも。職人さんの手造り。今日頑張ってくれた、お礼」
「あ、はい・・・あ、ありがとうございます」
 部長さまは、ニコッっと笑みをひとつくださり、スタスタとドアの向こうへ消えました。

「よかったじゃん、ナオっち。確かにそれはいいモノだよ」
 部長さまのお姿が見えなくなったらすぐに、リンコさまが寄ってきて私の首のチョーカーを指さしながらおっしゃいました。
「それに確かに、ナオっちに超似合ってる」
 リンコさまの横でコクコクうなずくミサさまとほのかさま。

「そ、そうでしょうか?」
 ドキドキしつつ、首のチョーカーをそっと指で撫ぜる私。
 全身にビビビッと、マゾの電流が走ります。
「うん。さっき、それ着けて飛んだり跳ねたりしているのを見ていたら、フェアリー系?妖精っぽいて言うのかな?とにかくすっごく可憐だった」

 そういう捉え方もあるのか・・・
 私は、首輪、これはチョーカーですけれども、そういった首輪っぽいもの、と言えば、マゾとかドレイとかSM的なイメージしか浮かばないのだけれど、ちゃんとファッション的に捉えて似合っていると言われたことを、嬉しく感じました。
 それなら普段着けていても大丈夫かも、とも。

「首にアクセントがあると全体が引き締まるのよね。ナオっち首細いし。それにやっぱり、そこはかとないエロさも加わる」
 リンコさまが私の胸元をチラ見しつつ、イタズラっぽくおっしゃいました。
「それは今の服装のせいもある」
 ポツンとつぶやくミサさま。
 そんなおしゃべりをしながらゾロゾロと、着替えるために応接ルームへと移動しました。

 テキパキと衣装を脱いで下着姿になってから、スルスルっとワンピースをかぶるほのかさま。
「ふー、やっと落ち着いた。ああ、恥ずかしかったー」
 カワユクおっしゃるほのかさまは、膝下まで届く裾にご満悦。
「あ、ファスナー上げてあげて」
 リンコさまがすかさずミサさまをつつき、ほのかさまの背中を指さしました。
 照れたようにお顔を火照らせて、おずおずとほのかさまに近づくミサさまもカワユイ。
 
 この隙に私もさっさと、と、みなさまに背中を向け、ほとんど役に立たなかったスカートをストンと足元に落とし、大急ぎでジーンズに両脚を突っ込んでずり上げました。
 ショーツのお尻はハイレグ状態のままでしたが、一刻も早くジーンズで覆いたかったので仕方ありません。
 後でおトイレにでも行って直さなくちゃ。
 脱いだ衣装はリンコさまが回収され、丁寧にたたまれました。

 次に上、と思ってテーブルを見ると、白いフリルブラウスはあったのですが、ブラジャーが見当たりません。
「あれ?」
 ブラウスの下にも、ひょっとしてと思いテーブルの下も見てみましたが、どこにもありません。

「直子さん、どうかした?」
 キョロキョロしている私を不思議そうに見ているほのかさま。
「あの、私のブラジャー、知りませんか?」
「あっ!」
 私の質問に、ほのかさまの横にいたリンコさまが大きなお声をあげました。

「さっきあっちでナオっちがブラ外したとき、アタシが受け取ったでしょ?それで部長の傍に戻ったら、部長が手を差し出してきたの、渡しなさい、っていう感じで」
「それで渡したら、部長は丁寧に折りたたんで、当然のことみたいに自分のバッグにしまっちゃったのよね」

「えーっ?本当ですか?」
「アタシも一瞬あれっ?って思ったのだけれど、そう言えば、このブラはサイズが合わないから取り替えてあげます、みたいなことをナオっちに言っていたなーって思い出して」

「それから今まで、ぜんぜん疑問に思わなかった。考えてみれば、今日取り替えるっていう話ではなかったんだよね。止めなきゃいけなかったんだ。アタシって、ほんとバカ」
 リンコさまがすまなそうに、上目遣いで私を見ました。

「余ってるブラとかなかったっけ?サンプルで」
「直子に合いそうなサイズは、たぶんない」
 リンコさまのご質問にミサさまが即答。

 ひょっとして私、これから家に帰るまで、ブラウスにノーブラで過ごすことになるのかしら?
 それはマゾ的には、なかなか蠱惑的なハプニングではありました。
 でも、オフィスを出て家までの帰り道は、ひとりなのでちょっと怖いけれど。

「わたし、下のお店で買ってきてあげましょうか?」
 ほのかさまがおやさしくおっしゃってくださいました。
「あ、いえ、そこまでしていただかなくても・・・」
 私の心は、思いがけずに訪れた、強制ノーブラ勤務の自虐に傾き始めていました。
 みなさまの視線が当然のように、薄いインナーの布を露骨に浮き上がらせている、私の胸元のふたつの突起に集中しているのを感じながら。

「そうだ。いいものがある。ちょっと待ってて」
 いつものようにポツリとおっしゃったミサさまが、デザインルームのほうに駆け出されました。
 すぐに戻ってこられたミサさまの手には、肌色の薄くて小さなゴムっぽい物体。
「ああ。ニップルパッドか」
 リンコさまが少し拍子抜けされたようなお声でおっしゃいました。

「アタシは別に、乳首が浮こうが気にしないけどなー」
 いつもノーブラなリンコさまが、私をからかうみたいにおっしゃいました。
「リンコはそうだろうけど、直子はたぶん気にする。恥ずかしがり屋だから」
 ミサさまの助け舟。
「そうですね。同じノーブラでも、トップを気にしなくていいのは、気分的にずいぶん楽です」
 ほのかさまも同調してくださいました。
「ふーん。そういうもんですかねー」
 ちょっぴり拗ねたように、おふたりのバスト周辺に視線を走らせたリンコさま。

「使い方わかる?」
 ミサさまが手渡しながら尋ねてきます。
「はい。貼る、のですよね?」
「うん。ぺったり」
 手渡していただいたニップルパッドは、池袋でお姉さま、いえ、チーフと再会したとき、居酒屋さんで裸にされて貼られたものと同じ製品でした。

 再びみなさまに背を向けて、インナーのジッパーを下ろしました。
 インナーを脱ぎ去ると、ミサさまが回収してくださいました。
 上半身裸になって、バストトップにニップルパッドを貼り付けます。
 ヘンにコソコソせず、出来るだけ自然な感じで。

 貼り付け終えても、どなたも私にブラウスを手渡してくださいませんでした。
 自分で振り向いて、テーブルの上のブラウスを取り、みなさまの前で袖に腕を通すしかないようです。
 トップは隠れているとはいえ、ついにみなさまに、私の生おっぱい全体をご披露することになりました。
 極力平静を装いながら、内心マゾマンコをキュンキュンさせつつ、ゆっくりとみなさまと向き合いました。

 6つの瞳から放たれた視線が値踏みでもするように、一斉に私ののっぺらおっぱいに群がるのがわかりました。
 私がブラウスを着るあいだ中、どなたも何もおっしゃいませんでした。
 ただただ視線たちが名残惜しそうに、私の全身を縦横無尽に這い回るのだけを感じていました。
 ボタンを留め終えると、肩の荷を降ろしたような、ホッと一息ついた雰囲気が一同に広がりました。

「いけない。もうこんな時間になっちゃった。急いでアトリエ行かなきゃ」
 リンコさまがあわててオフィスを飛び出して行きました。
「直子は、やっぱり総受けだね」
 ミサさまは、謎の科白を残してデザインルームへ。

 ほのかさまとは、しばらくふたりでバレエのお話をしました。
 ほのかさま、ずいぶんご興味をお持ちになったみたい。
「直子さん、さっきヴァリエーションっておっしゃっていたけれど、あれは、ひとつの曲でいろいろ踊り方がある、っていう意味?」
「いえ。ヴァリエーションていうのは、バレエ用語で、ソロの踊りっていう意味で・・・」
 これから少しづつ、初歩的なステップから、ほのかさまにお教えすることになりました。

 結局、最後までどなたも、私の尖った乳首やショーツの濡れジミを話題にしたり、からかわれるかたはいませんでした。
 否が応にも目についたはずの、恥ずかし過ぎる性的反応。
 私のマゾ性が丸わかりだったはずなのに。
 みなさま大人なんだなー。
 安堵した反面、残念に思う気持ちも少なからずありました。

 社長室にひとり戻り、暗くなったガラス窓に自分の姿を映してみました。
 首に赤いチョーカー、ブラウスの下は乳首こそ隠しているもののノーブラ。
 ジーンズの下のショーツは、ヌルヌルに濡れそぼっているはず。
 朝オフィスに来たときには、予想だにしなかった私らしい姿に変わり果てていました。
 こんな姿で、オフィスにいることが不思議でした。

 つい数時間前からさっきまで、みなさまの前でご披露した恥辱的行為と、それをすることで味わった自分の昂ぶりを反芻すると、もういてもたってもいられなくなってきました。
 今日は早めに帰らせてもらおう。
 一刻も早くお家に帰って、思い切りオナニーしたくて仕方ありませんでした。

 その日の夜、ひとしきり自分を慰めた後、どうしても我慢出来ずにチーフ、いえ、お姉さまにお電話をして、出来事をすべて包み隠さずご報告しました。
 不意の男性お客さま襲来から、突然のフィッティングモデル抜擢、羞恥のノーブラバレエご披露まで。
 もちろんクチュクチュクチュクチュ、マゾマンコをまだ弄りながら。
 お姉さまは神戸のホテルでリラックスされていたようで、興味津々なご様子で一部始終を聞いてくださいました。

「へー。そんなことがあったんだ。あたしもその場にいたかったなー」
「スタンディングキャットの彼らは、ユニークな連中よ。何も怖がる必要はないわ」
「そう言えば、あたしの前でちゃんと直子がバレエを踊ったことって、なかったわよね?今度見せてもらおうっと。うんと恥ずかしい衣装みつけなくちゃ」
「アヤたちは絶対、直子がサカっているの、気がついていたはず。でも気づかないフリをしたの。オトナの嗜みとしての、見なかったフリね」

 神聖なオフィスでそんなにいやらしく発情して、って叱られるかも、とも思っていたのですが、お姉さまは愉快そうにクスクス笑いながら会話してくださいました。

 中でも一番ウケたのは、部長さまがチョーカーをくださったことと、私のブラジャーを持って帰ってしまったことでした。
「つまり直子は、ノーブラにニプレスで、首輪着けたまま池袋の夜道をひとりで歩いて帰ったのね?濡れすぎちゃって困ったんじゃない?」
 からかうようにおっしゃって、お電話の向こうで愉しげに笑っています。
「そろそろうちのスタッフにも、直子のドマゾバレが時間の問題みたいね。それから直子とみんなの関係がどうなっちゃうのか、とても愉しみだわ」

 そこで少し沈黙があってから、そうだ!というお姉さまの弾んだお声が聞こえてきました。
「アヤがチョーカー似合うって言ったのなら、直子がオフィスに着けて来るのも問題無いのよね?」
「そうだと思います」
「この前、直子、出来ることならずっと首輪を着けて過ごしたい、って言っていたじゃない?それが叶うわけよね?」
「えっと、そう・・・ですか?」
「さすがに犬の首輪という訳にはいかないから、あたしが、直子にピッタリなアクセっぽいチョーカーを探してプレゼントしてあげる。つまりそれが、直子からあたしへの、マゾドレイ服従の証としての首輪となるの」

「直子がそれを着けていたら、私はムラムラ期です、発情しています。っていうサインなワケ。あたしも、虐めて欲しいんだな、ってすぐわかるし。いいアイデアだと思わない?ふたりだけの秘密のサイン」
「えっと・・・」
「決まりね。このへんいい宝石商多いし、明日真剣に探してみるわ」
 ノリノリなお姉さまがどんどん決めてしまいました。

「それまでは、そのアヤがくれたチョーカーをずっと着けていなさい。どうせあたしに会うまでムラムラは鎮まらないのでしょう?」
「はい・・・」
「あたしは明後日戻るから、それまでの辛抱よ。今週末は休めそうだから、たっぷり虐めてあげる」

 お姉さまとの長電話が途切れても私の指は、執拗にマゾマンコを責め立てていました。
 お姉さまと、ふたりだけの秘密のサイン。
 その甘美な響きに、私のからだは何度も何度も、グングン高まっていきました。
 頭の中では、そんな私の淫らではしたない姿を取り囲んで、早乙女部長さま、ほのかさま、リンコさま、ミサさまが、蔑むような冷やかなまなざしで、じっと私を見下していました。


オートクチュールのはずなのに 33