2011年10月2日

ピアノにまつわるエトセトラ 01

 高校2年生の二学期が始まって衣替えも近づく頃、私はピアノを習い始めました。
 私の将来の希望、幼稚園の先生になるためには必須だと知り、必要に迫られての選択でした。
 幸い、母の友人にピアノがすごく上手いかたがいて、そのかたが週一くらいのペースで個人レッスンをしてくださるということになりました。

 私は、小学校3年生までピアノを習っていました。
 きっかけは幼稚園のとき。
 幼稚園の建物に隣接して、とある音楽教室があり、母の意向で幼稚園入園と同時にそちらにもお世話になることになりました。
 
 その音楽教室は、今にして思えばけっこう本格的なもので、若めのご夫婦が経営されていて、幼稚園児から大人の人まで、いろいろな楽器のレッスンを手広く幅広くご指導されていました。
 私がずっと教わっていた先生は、そのご夫婦の奥さまのほうで、きよみ先生と呼んでいました。
 長いストレートヘアを真ん中分けにして、いつもキレイなリボンで長いポニーテールに結んだ、丸ぽちゃでえくぼがステキな気さくな感じの女性でした。

 幼稚園のときのレッスンは、幼稚園でやるおゆうぎの延長のようなもの。
 カスタネットやトライアングルを手に持って鳴らしながら、音楽に合わせてヒョコヒョコ踊るような感じのものだったと思います。
 幼稚園がキリスト教系だったので、聖歌のようなお歌の合唱もよくしていました。
 
   母によると、音楽教室での私がすごく楽しそうだったので、幼稚園を卒園しても、その音楽教室にはそのまま籍を置くことにしました。
 小学校1年生になると週に一回、学校が終わった後に母と一緒にその音楽教室に通って、ハモニカやリコーダーのレッスンを受けました。

 クラシックの名曲をかけて、それを聞いて感想を言い合う、みたいなレッスンもありました。
 私は、たとえばプロコフィエフのピーターと狼、とか、ケテルビーのペルシャの市場にて、みたいな楽しげな雰囲気の曲だとニコニコしてご機嫌で、ドヴォルザークの新世界より、とか、ショパンのノクターン、みたいな哀愁を帯びたメロディを聴くとしょんぼりしてしまうような、非常にわかりやすい子供だった、と母が笑いながら話してくれたことがありました。
 
 ドヴォルザークのユーモレスクが大好きで、前半の軽快で優雅なメロディのところでは、すっごく嬉しそうにしてるのに、真ん中へんの暗めなメロディになると途端に泣き出しそうな顔になって、また最初のメロディに戻るとニコニコし始めるのが面白くて、何度もくりかえし聞かせたものよ、って笑いながら懐かしそうに語る母。
 確かに私、今でもユーモレスクを聞くと同じ反応をしてしまいます。
 さすがに今は、そんなにわかりやすく顔には出さないけれど。

 小学2年になると、本格的な楽譜の読み書きと、何か一つ、習う楽器を決めることになりました。
 確か、ピアノ、電子オルガン、ヴァイオリン、フルートが選べたと思います。
 電子オルガンを担当していたのは、きよみ先生の妹さんで、発表会のときの模範演奏が素晴らしくって、まるでオーケストラみたいでした。
 
 すごいなー、と思った反面、見ていると両手両足がめまぐるしくも忙しく動いていて、難しそうだなー、とも思いました。
 かなり迷って、たぶんピアノが弾けるようになれば、あとは足を練習すれば電子オルガンも弾けるのじゃないかな、なんて甘い考えに達し、きよみ先生が教えてくれるピアノにすることにしました。

 母がなぜだか当時、ピアノの音も出せるシンセサイザーを持っていたので、それをアンプに繋げてリビングに据え付け、練習しました。
 楽器の調整は全部、父がやってくれました。
 小学3年の年度末に転校するまで、バイエルの半分くらいまでは進んだと思います。

 転校してしばらく経つと、まったく鍵盤にはさわらなくなってしまい、いつの間にかシンセサイザーも片付けられてしまいましたが、音楽を聞くのは大好きでした。
 もともと父が洋楽好きで、当時の父のお部屋には、今ではめったにお目にかかれない大きなLPレコードやCDがたくさんあって、父のお部屋に遊びに行くと必ず何か音楽が流れていました。
 ビートルズやカーペンターズ、アバやマイケルジャクソンさん…
 それに、そういうのよりもっとギターがギュワーンとうるさいロックな音楽。
 父のお部屋には、真っ黒な平べったいひょうたんみたいな形をしたエレキギターも置いてあって、ときどき爪弾いていた姿もはっきり憶えています。

 母は、クラシックと日本の女性シンガーの曲が好きみたいで、母のお部屋にもそれなりにCDがたくさん並んでいました。
 私が最初に、母にねだって買ってもらったCDは、パフィだったかな。
 母が好きでよく聞いていたスパイスガールズも、プロモーションビデオをテレビで見て、この外国人のお姉さんたち、なんてカッコいいんだろう!って思ったのを憶えています。

 そんな感じの音楽遍歴な私の8年ぶりのピアノレッスン復帰に、森下家は大騒ぎでした。
 母は、アップライトのアコースティックピアノを買う気マンマンだったのですが、定期的な調律の問題や、生音によるご近所迷惑、大学生になったら私が家を出てしまうかもしれない、っていうことも鑑みて、鍵盤がアコースティックピアノのタッチに近くて、夜でもヘッドフォンで練習出来るエレクトリックピアノにしよう、という父の提案が採用されました。
 
 父が妙に生き生きとして、いろいろなカタログや雑誌を集めて検討した結果、日本の老舗メーカーの、ピアノだけでも音色が10個以上もある88鍵の細長いエレピが私のお部屋にやってきました。

 9月中旬の日曜日、お昼過ぎ。
 私のお部屋に親子3人と篠原さん親娘が勢ぞろいして、エレピとアンプを繋げる父の配線が終わるのを待っていました。
 こんな風に勢ぞろいしてガヤガヤするのも久しぶり。
 なんだか心がウキウキしています。

 ピアノの音が出るようになって、早速、父がつっかえつっかえでしたがジョンレノンさんのイマジンを小さな声で弾き歌いしてくれました。

「けっこう忘れてないもんだねー」
 
 弾き終わった後、父が照れ笑いしながら母に席を譲ります。

「もうずいぶん弾いていないから、なんだかドキドキするわー」
 
 なんて言いながら、母もジョーサンプルさんのメロディーズオブラヴを、何箇所かヘンなところもありましたが弾ききりました。

「うわー、すごい!パパもママもなんで楽譜も見ないで弾けるの?」
 
 私は、真剣に驚いていました。
 両親がこうして楽器を弾くところなんて、ずいぶん見ていなかったから。

「ママは大学生のとき、文化祭の野外ステージでこの曲のソロを取ったんだよ」
 
 父が懐かしそうに教えてくれました。

「家にピアノが来るっていうんで、こっそりお友達の家で二、三回練習しておいたのだけどね」
 
 母が白状しました。

 篠原さんちの小学3年生、ともちゃんもずっとピアノを習っていて、もうとっくにバイエルは終わっているそう。
 ともちゃんは、小さなからだでエレピの前にチョコンと座り、ベートーベンのエリーゼのために、を見事に弾いてくれました。
 
 大トリは篠原さん。

「私もフルートばっかりで、ピアノはほとんどさわっていないのだけれど…」
 
 そう言いつつ、ショパンの別れの曲を難なく弾きこなす篠原さん。

「なんだー、みんなピアノが弾けるんじゃない?なんだかズルイーっ!」
 
 私が今、ささっと弾けそうなのって、ネコふんじゃったとチョップスティックスくらい?
 それさえも弾き通せるか、自信はありません。

「篠原さんのお家にもピアノがあったんだ?早く言ってくれたら良かったのにぃ」
 
 なんとなく篠原さんに文句を言ってしまう私。

「ええ…こんなに立派なのじゃないけれど智子のために…」
 
 篠原さんがなんだかすまなそう。

「だってなおちゃん、ともちゃんがピアノの練習している音が聞こえてきても、今までは何の反応もしなかったじゃない?」
 
 母が篠原さんに助け舟を出しました。

「こんなにみんなが弾けるんなら、みんなに教えてもらえばすぐ、上手くなれるかなー?」
 
 篠原さんに申し訳なくなって、その場をごまかそうと愛想をふる私。

「だめよ。わたしたちはみんな昔習ったまま我流になっちゃっているから、ちゃんと筋道たてて教えてくれる先生につかないと」
 
 母がその場をまとめて、うんうんとうなずくみんな。

「でも、わたしは今習っている最中だから、ときどき一緒に練習しよ?」
 
 ともちゃんが私に抱きついて笑いかけてくれました。

「うん。一緒にがんばろうね」
 
 ともちゃんと手を取り合って、私は俄然、ヤル気が出て来ました。

 そして9月三週目の金曜日。
 早めに学校から帰宅した私は、リビングで母と二人、ピアノのレッスンをしてくださる先生をお迎えするべく、ワクワクしながらお待ちしていました。
 先生のお名前は、大貫木綿子さん。

 そう。
 約3年前、私が中学2年で、トラウマもまだ受けていなかった夏休みのある日。
 母の主催で自宅のお庭で開かれたガーデンパーティに、紐みたいなキワドイ水着でめちゃくちゃ恥ずかしがりながら参加されていた、あのオオヌキさんでした。


ピアノにまつわるエトセトラ 02

2011年10月1日

氷の雫で濡らされて 20

シャワーをゆっくり丁寧に浴びて、からだ中の汗やいろんな液体を洗い流してサッパリしました。
白いバスタオル一枚巻いてリビングに戻ると、いい匂いがしていました。
隣接したダイニングのテーブルの上に、美味しそうなお料理がたくさん並んでいました。

シーナさまのおススメで、シーナさまに買っていただいたグリーンのボートネックのチュニックを素肌にかぶり、リビングのソファーに腰掛けて髪をドライヤーで乾かしました。
胸元の布地が2箇所、控えめに浮き出ていてちょっぴり気恥ずかしい。
そうしている間にシーナさまは、お料理をレンジで温めたり、スープをコンロで炙ったり、イチゴを洗ったりキウイを剥いたり、とテキパキお夕食の準備を進めていました。

「いただきまーす」
グラスに注いだビールで乾杯した後、お夕食が始まりました。
4人掛けのテーブルの長いほうの一辺に、シーナさまと隣り合わせに並んで座りました。
BGMはドビュッシーのピアノ曲。
「いろんな種類が食べたくて、たくさんを少量づつ買ってみたの。だから見た目より、そんなに量的には多くないわ」
シーナさまがトマト系のパスタをお皿に取ってくれながら言いました。

テーブルの上には、色とりどりのいろんなお惣菜が、どれも湯気をたてて並んでいます。
シーナさまは、その小柄なからだに似合わず、モリモリと美味しそうにフォークを小さなお口に運んでいました。
私も今まで使った体力の分、正しくお腹が空いていたので、テーブルのあちこちへフォークを伸ばしてモグモグ食べました。

お食事の間中、シーナさまとたくさんおしゃべりしました。
えっち系な話題ではなくて、フツーのおしゃべり。
主にシーナさまが話題を振って、私が答える感じ。
学校ではどんな科目を専攻してるのか、とか、普段はどこで何を食べているのか、とか、お友達はどんな子たちか、とか、東京に来てからどこへ遊びに行ったか、とか。
まるで、昔からのお友達と喫茶店でおしゃべりしているときみたいに、和気藹々と楽しい時間が流れました。
ちなみに、シーナさまが一番好きな食べ物は、以前地元で働いていたファミレスのエビマカロニグラタンだそうです。

「あらら。もうこんな時間!?」
テーブルの上のお料理もあらかた空になってホッと一息ついた頃、壁に掛かかったまあるい時計に目をやったシーナさまが声をあげました。
8時半を少し過ぎていました。

「あんまり居心地が良くて油断しちゃったわ。そろそろ行かないと」
シーナさまが席を立ち、ご自分のバッグのところへ行って何やら点検をし始めました。
確か9時のお約束、って聞いていました。
「だいじょうぶですか?間に合いますか?」
私も席を立ち、意味も無くアタフタしてしまいます。

「うん。それはだいじょうぶ。後片付けのお手伝い、出来なくてごめんなさいね。散らかすだけ散らかしちゃって・・・」
「いえいえ。そんなの私一人でラクショーですから。それより、長々とお引止めしちゃって、美味しいお夕食までご馳走になっちゃって」
オタオタしながらシーナさまの傍に駆け寄った私の言葉を聞いているのかいないのか、シーナさまは、パチンとバッグを閉じて肩に提げてから立ち上がり、私のほうに向きました。

「今日使った鎖とか道具は、みんなキレイに拭いてからこのカートの中に入れたから。このカートは当分、直子さんちに預けておくわ。そのほうがわたしも次来るときラクだし」
「もちろん中身は自由に使っていいわよ。自分で工夫して、セルフボンデージの拘束アイスタイマー遊び、やってみるといいわ」
シーナさまがニッと笑いかけてくれます。
「直子さんの学校もそろそろ夏休みでしょ?わたしも時間作って必ず近いうちにまた、遊びに来るから。そのときはもっとダイタンでいやらしい遊び、しましょーね」
「はいっ!私も楽しみに待ってます!」

期待に満ち溢れた目を爛々と輝かせた私の答えを聞いたシーナさまは、ニコッと微笑んでからテーブルのほうへ戻り、テーブルの上のアイスペールに右手を突っ込み、大きめの氷を一かけら掴んで戻って来ました。

「んー」
シーナさまがその氷をお口に咥えて私のほうにお顔を突き出しました。
「えっ?」
不意をつかれてキョトンとしている私を見て、シーナさまは咥えていた氷をいったん指でつまんではずし、じれったそうなお顔で私を見ました。
「ほら、早くしてっ!」
言ってから、もう一度氷を咥え直します。
「あ。はいっ!」

いささか情緒に欠けてしまった鈍い私。
気を取り直して、ドキドキしながらシーナさまの咥えた氷に唇を近づけていきました。
今度は二人とも、目は開けたまま。
シーナさまと私の視線が至近距離で交わります。
両腕は、お互いの背中にまわり、互いにギュッと自分のほうへ抱き寄せています。
氷の雫がポタリと垂れて、私とシーナさまの胸元を小さく濡らします。
見つめ合ったまま、互いの唇が重なりました。
2秒、3秒、4秒・・・
7秒間、じっと唇を合わせた後、シーナさまのほうからからだを引きました。
私の口の中に、冷たい氷が残りました。

「それじゃあ、またね。ごきげんよう。鍵は全部、閉めていくからねー」
背中を向けたまま右手だけ上げてヒラヒラさせて、シーナさまがリビングのドアの向こうに消えました。
「ほひへんほー」
口一杯の氷を頬張ったまま、私も大きな声でご挨拶。
玄関まで見送ったほうがいいのかな、とも思ったのですが、なんとなくこのまま、シーナさまの唇の感触の余韻に浸っていたい気分でした。
その場にボーッと立ち尽くしたまま、玄関のドアが閉じるバタンという音を聞きました。

「やっぱり一つだけ、謎が残っているよねー」
流しでお皿やグラスを洗いながら、独り言をつぶやいてしまいました。
シャワーを浴びている最中に、ふっと湧いた疑問でした。
お食事のときにシーナさまに聞いてみようと思っていたのですが、あまりにおしゃべりが楽しくて、聞きそびれてしまいました。

その謎とは・・・
いったんお外に出たシーナさまが、どうしてもう一度私のお部屋に戻ってこれたのか?

前にちょこっとご説明した通り、私のお部屋に来るためには、エレベーターの解除キーを私に申請しなければなりません。
4階にエレベーターを止めるためには、マンションのエントランスでエントランスキーで操作するか、部屋番号を押して私へ連絡して、こちらで操作するかしなければならないのです。
たぶんシーナさまは、私がやよい先生にお渡しした私のお部屋の玄関の鍵は、やよい先生から借りてきていたと思います。
でも、その鍵ではエレベーターは操作出来ませんし、エントランスキーの暗証番号は、私の母以外には、誰にも、やよい先生にもお教えしていませんでした。
それなのにシーナさまは、一度外出され、エレベーターの解除キー申請無しでまた戻ってこられました。

まさかシーナさま、一時間以上の間、蒸し暑い4階のドアの外で待っていたとか?
いえいえ、だってシーナさま、その間にお洋服着替えていらしたし、鞭とか一部の私物は持って帰られたみたいだし、それはありえません。
ていうことは、???・・・

いくら考えても納得のいく結論が出なかった謎の答えは、その夜10時頃にかかってきたやよい先生からの電話で氷解しました。

「なんだかずいぶん盛り上がったみたいね?シーナったら、あの子にしては珍しく大コーフンしてたわよ?」
やよい先生のお声にかぶさって、なんだかガヤガヤ猥雑とした雰囲気が感じられます。
お店からみたい。

「ん?そう。ようやくお店の客足が落ち着いて常連さんばっかになったから、他の子に任せて一息ついて休憩中」
「それよりシーナ、なおちゃんのことずいぶん気に入っちゃったみたいだよ?普段のあの子の趣味とはぜんぜん違うのに」
「えっ?シーナ、言ってないの?ま、わざわざ言わないか。シーナはね、フケ専なの。百合的に言うとウバ専?」
「あはは。なおちゃん、わかんないよねー。つまり、自分より年上の女性を苛めるのが大好きなのよ、シーナは。それも親子ほど年上などっかの有名会社の社長夫人とか、お嬢様育ちのゴージャス系なご婦人とか」
「そういうおばさまがたに、あの子、妙に気に入られちゃうんだよねー。あ、おばさまって言っても、それなりの容姿のキレイでお上品系な女性でないとダメなんだけど」

「そういう人たちには独自のネットワークがあるみたいでね。あと、普段きらびやかに着飾って、ある種、傲慢に振舞っているご婦人方って、意外とマゾ性が強い人が多いみたいなんだよね。ほら、そういう人の配偶者ってお金持ちだから外にもいっぱい女囲ってるじゃない?」
「あんまり構ってもらえないから若い男と浮気でもしたいけれど、バレるとややこしいし自分の生活も危うくなる。その点、女性とならいくらでもごまかし効くし、って、どんどんプレイに嵌まっていくみたい」
「で、そんなお金持ちおばさまのネットワークで、シーナは超人気アイドルなの。シーナ自身も年上苛めが大好きだから、お互いハッピー」
「たまに、おばさまたちが連れて来たM男も苛めてるんだって。男の場合は、絶対に素手ではさわらない、さわらせないで徹底的に泣くまでやる、って言ってた」
やよい先生が愉快そうに笑いました。

「そんなシーナがなおちゃんとのこと、すっごく嬉しそうに言ってきたからさ、あたし、さすがなおちゃん、て見直しちゃった」
「だから、今夜のことは許してあげてね。相手のおばさま、シーナのある意味パトロンだから」
「そのおばさま、なおちゃんのマンションの一番上に住んでいるんだよ」
シーナさまが、そのうち説明する、って言葉を濁していた事情を、やよい先生があっさり暴露してしまいました。

なるほど。
それならエレベーターの謎も、なんとなく解けた気がします。
同じマンション内の行き来なら、なんとでもなりそう。
きっと非常階段を使ったんだ。

「一番上の階は、ペントハウス風になっててね、お部屋部分はその分ちょっと狭いけれど、塀も高くめぐらされてるからまわりから見えないし、庭でキワドイ水着とか素っ裸でも日光浴が出来たりするんだ。今度一緒におジャマしよっか?」
「そのおばさまもそこに住んでいるわけじゃなくて、週に2回くらい、シーナと遊びにやって来る程度。もちろんおばさまの持ち物よ。それで普段はシーナが一人で住んでるんだ」
「そのおばさまとは、あたしも何度か会って、もう気心が知れてるから心配いらないよ。なおちゃんも絶対知ってる有名大会社の社長夫人」
「おばさまは40ちょいくらいの、見るからにお上品な感じの美人さんなんだけど、ドMでねえ。いやらしいカラダつきなんだ・・・」
やよい先生は、お酒が入っているのか少しお下品になっているみたいです。

ご機嫌いいみたいで普段より饒舌なやよい先生は、ずっとしゃべりっぱなし。
私は、一々驚きながらそのお話に耳を傾けていました。

わかったことは、シーナさまがおばさま好きなこと。
私が住んでいるマンションの一番上の階に住んでいること。
そのお部屋の持ち主は、お金持ちでお上品な美人さんのドMで、シーナさまのパトロンさんなこと。
シーナさまがお手伝いしているという、やよい先生のお仕事のことを聞くと、それだけはまたいずれ、とお話をはぐらかされてしまいました。

「だから、これからシーナとなおちゃんは、もう勝手に遊んでいいからね。シーナなら信頼出来るから、あたしも安心してなおちゃんを任せられる」
長くなっちゃったから、そろそろ電話切らなきゃ、ってなった後、やよい先生がポツンと言いました。
なんだか、やよい先生から突き放されたみたいで、一気に悲しい気持ちになりました。
「あ、でも、あたしはあたしでまた、なおちゃんちに行くからね。せっかくなおちゃん、東京に来たんだもの、たくさん苛めなきゃもったいない」
私の沈みかかった気持ちに気づいて持ち上げるみたいに、やよい先生が明るく言ってくれました。
途端に晴れ上がる私の気持ち。
単純だなー。

電話が切れた後、私はしばらくボーッとしていました。
今日のお昼過ぎから今までのことが、あれこれいろいろ頭に浮かんでは消えていきました。
なんだかすっごくたくさんのことが起こって、脳が処理しきれていない感じ。
からだの奥からジーンとしてきて、どんどん眠気が高まっていました。
あれだけたくさんイったからだは、さすがにまだまだグッタリ疲れているみたいです。
今頃シーナさまは、4階分離れた頭上のお部屋で、美人なおばさまを苛めているのかな?
そんなことをふっと考えて、あわてて頭をブンブン振りました。
考えても仕方の無いことは、考えないほうがいいですよね。

とにかく私は、シーナさまというステキなパートナーにめぐり会えたんです。
それも、すっごく身近に住んでいて、会おうと思えばいつでも会えるパートナー。
その上、やよい先生も、まだまだ私と遊んでくれそう。
眠いながらも、気持ちがどんどんワクワクしてきました。

今年の夏は、いつもに増して楽しく過ごせそうです。
まずは明日、シーナさまにメールを入れて、次にお会いする日を相談しよう。
明日が早く来るように、今夜はまだ早いけど、ゆっくり休もう。

冷蔵庫から取り出したロックアイスのかけらを一つ、口いっぱいに頬張りました。
シーナさまの唇の感触が鮮やかによみがえりました。
電気を全部消してチュニックを脱ぎ、裸でベッドに潜り込みました。
仰向けになって目を閉じて、唇をチュッと闇に突き出しました。

おやすみなさい、シーナさま。


独り暮らしと私 01 へ

2011年9月25日

氷の雫で濡らされて 19

何かにからだを強く揺さぶられている気がして、目が覚めました。
「・・・と、カゼひいちゃうわよ?」
誰か、女性の声がぼんやりと耳に届きました。

閉じていたまぶたをゆっくりと開けていくと、私の顔を覗き込んでいる誰かと視線が合いました。
「わっ!」
声を出すと同時に意識がハッキリして、私はガバッと上半身を起こしました。
反射的に飛び退く誰か。

「あんまりぐっすり眠っているから、起こすの可哀相とも思ったのだけれど、そんなに汗かいたからだで裸で眠っていたら100%、カゼひいちゃうからさ」
目の前にシーナさまがいました。
ハワイのムームーみたいなカラフルで涼しげなお洋服を着て、私を見てニコニコ笑っています。
「あ、シーナさん!あ、さま・・・なんでここに?」
言ってから私は、意味も無くまわりをキョロキョロ見渡してしまいました。

「直子さんが無事、脱出できたか心配で見に来てあげたのよ。あと、今はプレイ中じゃないから普通にシーナさんでいいって」
シーナさんがまたベッドのほうに近づいてきて、私の枕元の縁にチョコンと腰掛けました。
「一応自力で脱出できたみたいね」

そうだ。
私、最後にイった後、急に眠くなってきて、そのまま眠っちゃったんだ。
私のからだには、大きなバスタオルが2枚、かけられていたみたいでした。
でも、起き上がってしまったから、今はおっぱい丸出し。
タオルの下で開いている膝を閉じようとしたとき、足首の鎖がジャランと鳴って、両脚は鎖に繋がれたままだったことを思い出しました。

お部屋は、心地良い温度に戻っていました。
シーナさんがエアコンを点けてくれたのでしょう。
バスタオルをかけてくれたのもきっとシーナさん。
マイクスタンドも片付けられ、窓にはレースのカーテンだけ引かれていました。
お外はすでに暗くなっていました。

「わざわざありがとうございます、シーナさん。ご心配とお世話をおかけしちゃったみたいで・・・お部屋も片付けていただいたみたいだし・・・」
「いいの、いいの。わたしもおかげですんごく面白いものが見れたから」
シーナさんがイタズラっぽく笑いかけてきました。

「わたしがいつ、ここに戻ってきたのか、知ってる?」
「えっ?」
「わたしがリビングのドアをそっと開けたとき、部屋はカタカタカタカタうるさい音がしてて、この上で直子さんが、すんごい勢いで悶えてた。オマンコいいーっ、なんて、おっきな声で叫びながら」
シーナさんが愉快そうに笑いました。

「えーーーっ!?」
見られちゃってたの?
それも一番見られたくない、恥ずかしすぎる修羅場なワンマンショーを・・・
私の全身を、全血液が逆流しました。

「直子さんたら、ドアを開いても閉じても、ぜんぜん気がつかないんだもの。夢中になってバイブをズボズボ出し挿れして、おっぱいめちゃくちゃに揉みしだいて」
「腰がビクンビクン、いやらしく何度も浮いていたわ。わたし、リビングのドアのところに立って、ずーっと見ていたの」
「そのうち、床に落ちたローターが私の足元まで転がってきたのね」
「カタカタ凄い音だったから、いくら防音とは言え、下に住んでる人が在宅だったら絶対苦情来るなーってハラハラしてたから、思わず拾い上げちゃった」
「そしたらあなたったら、あれだけうるさい音が鳴り止んだことさえ、気がつかないんだから」
シーナさんが苦笑いを私に向けました。
私は、あまりの恥ずかしさに火照ったまま、うつむいて上目遣い。

「とにかくすんごい喘ぎ方だったわねえ。上半身ガクガク震わせて、おっぱいプルンプルン揺らして、両手でからだ中まさぐって。見方によったら悪魔祓いの儀式中、みたいな?」
「潮噴いたのもバッチリ見ちゃったわよ。ずいぶん飛んだわねえ」
「そのうちに、ローターとかスポイトとかを床にぶん投げた、と思ったらぐったりしちゃって、ベッドにひっくり返って。やがて寝息が聞こえてきた」
「部屋はすんごく暑かったけど、固唾を呑んで見守っちゃたわよ。一部始終。それで、直子さんが眠ってから軽く片付けした後、起こした、ってワケ」
「だから、直子さんが眠っていたのは、ほんの15分くらいね。ちなみに、わたしは、出て行ってから1時間20分くらいで戻ってきたの。そのときはもう鍵は落ちていたから、アイスタイマーもだいたい予想通りだったみたいね」

シーナさんは、お話している最中に立ち上がり、お話しながらダイニングへ行って、またすぐ戻ってきました。

「そんなワケでお疲れさま。わたしが目撃した野生の直子さんは、すんごくいやらしくて、すんごくスケベで、すんごく淫乱で、すんごくマゾで・・・」
言いながらシーナさんの指が、依然としてうつむいている私の顎にかかり、クイッと私の顔を上向きに持ち上げました。
シーナさんと見つめ合います。
私は、絶望的な恥ずかしさで、火傷しそうなほど真っ赤に火照っているはずです。

「それで、すんごくセクシーで、すんごく可愛かった」
「目を閉じて、口を大きく開けなさい」
シーナさま、お久しぶりなご命令です。
この冷たい口調を聞くとやっぱり、シーナさん、ではなく、シーナさま、と呼びたくなります。
私は素直に言われた通り従い、両目を閉じて、口を大きく開けました。

私の口の中に何か冷たい雫がポタリと垂れて、思わず目を開けてしまいました。
シーナさまが長さ8センチくらいのゴツゴツした菱形のロックアイスを端から三分の一くらい、ご自身のお口で咥え、そのお顔を私の顔に近づけてきていました。
シーナさまが目を軽く閉じているのを見て、私もあわててまた目を閉じました。
ロックアイスのゴツゴツした感触が私の口中に侵入してきて、一瞬、唇同士が触れた、と思ったら眼前の気配が遠のきました。
「たぶん、すんごく喉が渇いているでしょう?それしゃぶって落ち着いたら、シャワーを浴びてサッパリしちゃいなさい」
シーナさまがやさしくおっしゃいました。

確かに口の中がカラッカラに乾いていて舌がまわらず、しゃべるのにも不自由なほどだったので、シーナさまに口移しでもらった氷の塊は、まさに甘露の味がしました。
その上、今、たしかに触れ合った私とシーナさまの唇・・・
嬉しさに我を忘れて、思わずシーナさまの細い腰に両腕でギューッとしがみつきました。
ずいぶん前にデパートで出会ったときと同じパフュームのいい香りがしました。

「ひーにゃひゃにゃ。ひゃひひゃひょーひょにゃひひゃひゅ!」
氷を口いっぱいに頬張ったまま感激してお礼を言うと、シーナさまが少し照れたようなお顔になり、これじゃイケナイと思い直したのか、キッと真面目なお顔を作って、私の両腕を邪険に払い除けました。
「言っておくけど、今のはキスじゃないからね?喉が渇いてるだろうと思ったから・・・奴隷にあげる飴と鞭の、単なる飴のほうだから・・・」
「それに、直子さん?どうするつもりだったの?この鍵、ずっと向こうのほうまですっ飛んでたわよ?わたしが来なかったら、足の鎖はどうやってはずすつもりだったの?」
シーナさまは、わざと怖いお顔になって、わたしの目の前に輪っかの付いた南京錠の鍵をプラプラさせました。

それは知らなかったけれど、もうそんなことはどうでもいいような気分でした。
私は、シーナさまと唇チューが出来たことで、すっごくルンルンな気持ちになっていました。
もう、シーナさまったらツンデレなんだからー。
シーナさまは、照れると怒った感じになっちゃうみたいです。

シーナさまが私の両脚の鎖もはずしてくれて、ついでに赤いエナメルの手枷と足枷、ショーツとワンピースも脱がせて丸裸にしてくれました。
私はずっとされるがままで、ソファーベッドの上をゴロンゴロン。
口の中の氷は、とっくに溶けて無くなっていました。

「ずいぶんあちこちに痣が出来ちゃったわねえ。見るからにマゾ奴隷って感じでわたしは好きだけど。完全に消えるまで一週間てとこかな?それまでプールとか温泉には、行けないわねえ」
シーナさまはイジワルそうに言いますが、私は、そんなこともどうでもいいと感じていました。
確かに、私のからだのあちこちに、赤紫や真紅やピンクの痣やみみず腫れが痛々しく、白い肌を飾っていました。
でも、それはそれで艶かしく淫靡で、かえってセクシーにも思えました。
シーナさまにぶたれるなら、どんなに痕が残ったって・・・
シーナさまの細い指が気まぐれに、私のおっぱいや太腿やお尻の痕をなぞるたびに、性懲りも無くゾクゾク感じていました。

「さ、ゆっくりシャワーを浴びてきなさい。その間にわたし、お夕食の用意しといてあげる。さすがにお腹、空いたでしょ?」
「あ、はい。でも、いいんですか?」
「さっき、フードコートでいろいろ買い込んできたから。出来合いのお惣菜だけど、美味しいって評判のお店なの。直子さんと一緒に食べようと思って」
「うわー、嬉しいです。今夜は泊まっていかれます?」
「わたしも当初はそのつもりだったんだけど、急に用事が入っちゃってね。夜の9時から」
「9時からお仕事、ですか?」
急激にガッカリしながら聞きました。
「仕事、とも言えるのか、言えないのか・・・奴隷の一人に急に呼び出されてね・・・」
シーナさまが謎なことを言って、言った後また苦笑い。

「奴隷に呼び出されるご主人様、ってのもなんだか可笑しな話だけどね。ま、いろいろあるのよ、長く生きていると」
「直子さんにもそのうち説明する機会があるでしょう。それまでは、今のは聞かなかったことにしといて、ね?」
シーナさまがニッて笑いかけてきました。

「もちろん直子さんとはまた近いうちに時間作って、じっくり遊ぶつもりよ。あなた面白いもの。どんどんアイデアが湧いてくるし、何よりわたしが萌えられる」
「ゆりさまともさっき電話でお話したの。前半戦のご報告がてら。それで、ゆりさまからも直子さんの今後の貸し出し許可もいただいたし、当分わたしからは逃げられないわよ?」
シーナさまがニヤリと笑って、今は普通に戻っている私の右の乳首をピンって人指し指で弾きました。
「いやんっ!」
その途端に私の官能がポッと小さく燃え上がり、背筋がゾクッとしてしまいました。

どうやら私は、本気でシーナさまとのSMアソビを気に入ってしまったようでした。
今夜はダメでも、近いうちにまたシーナさまが遊んでくれる。
そう考えるだけで、心がワクワクして前向きな気持ちになれました。
奴隷の一人、っていう言葉は少し気になったけれど、シーナさまは社会人だし、昔からやよい先生ともお付き合いされていたし、確かにいろいろあるんだろう、って考え直して、そのことについてはそこで思考停止することにしました。

「ほら、早くシャワーしてらっしゃい」
シーナさまに裸の背中をパチンて軽くはたかれました。
「はい。シーナさまとのお夕食、すっごく楽しみです」
確かにお腹も空いていました。
私は、本心からそう言ってシーナさまに深々とお辞儀をしてから、バスルームに駆け出しました。


氷の雫で濡らされて 20