2016年12月25日

非日常の王国で 10

 その手錠は、黒光りするスチール製の本格的なもので、両手にかけられると、ずっしりとした重みが両腕に伝わってきて拘束感を増幅させ、私の被虐心を徒に煽りたてました。

「同じ鍵で外せる南京錠や足枷と棒枷も、シリーズであるのよ」
 テーブルの上に置かれた凶々しい拘束具を、みなさまにお勧めになる里美さま。
 それらを手に取り、興味深そうにためつすがめつされるお三かた。
 里美さまは、両手が不自由となった私に何かイタズラを仕掛けてくるでもなく、やがてジーっと機械音が鳴り、ボックスのロックが解除されたようでした。

 里美さまが蓋を開き、手錠の鍵を取り出します。
「はい、これ」
 手錠のままの右手に鍵を渡された私は、左手首に嵌められた手錠の鍵穴を探し、自分で手錠を外しました。
 何かされちゃうかな、とドキドキしていた分、ちょっと拍子抜け。

「いいですね、これ」
 倉島さまが蓋の開いたボックスに手を伸ばしながらおっしゃいました。

「これ買って、ヨーコんちに置いておこうよ。いろいろ使えそうじゃない?」
「うん。試験期間中にマンガやゲーム封印するのにも重宝しそう」
「バイブや電マ入れてオナ禁とかね」
 ワイワイ盛り上がるお三かた。

「これ、輸入品でパテントものだから、定価はけっこうお高いのだけれど、サンプル品のこれでよかったら、値引き出来ますよ?今みたいにお客様にデモンストレーションを数回披露しただけのお品だから、ほぼ新品同様よ」
 ご商売上手な里美さま。

「うわー。ありがとうございます。ぜひお願いします。これはサークルの備品としてサークル費で落としちゃおうよ」
 倉島さまのお言葉の後半は、他のおふたかたへのご提案でした。

「他に何か、気になるものはあります?」
 里美さまがみなさまにお尋ねしました。
「あ、さっきの、輸入品、っていうワードで思い出したのですけれど・・・」
 倉島さまがノリノリな感じで手を挙げられました。

「ネットで見れる外国のボンデージものの動画とかでよく、何て言うのかな、機械仕掛けのえっち道具があるじゃないですか?棒の先端にバイブが付いていてピストン運動をくりかえす機械、みたいな・・・」
「ファッキングマシーン?」
 メグさまがポツリと語尾を上げた疑問形。

「そう!それ。ファッキングマシーン。でも、挿入するみたいな直接的なのじゃなくて、あたしが気になるのはスパンキングの機械なんです」
 倉島さまが若干照れたようなお顔でおっしゃいました。

「セルフボンデージして、自らお尻を突き出して機械仕掛けの鞭にお仕置きを受ける、っていう絵面にすごくウズウズしちゃうんです」
「スパンキングってひとりじゃ出来ないじゃないですか?出来ないこともないけれど、自分ですると打たれるタイミングわかっちゃうからいまいちつまらないし。だからああいう機械、欲しいなって」

「扇風機の羽根を外して自分で作ってみようかな、と思っちゃうくらい欲しいんです。でも扇風機だと一定速度の乱れ打ちしか出来なそうだし。改造しようにもあたし、機械関係、疎いし」
「打つ強さを調節出来たり、打つタイミングをランダムに設定出来たらいいですよねー」

 うっとりしたお顔の倉島さまの視線が、なぜだか同意を求めるように私を視ています。
 私も、そんな機械があったら、絶対欲しいな、とは思いますけれど・・・

「なんだ、そんなにお尻叩いて欲しいなら、言ってくれればいつでもやってあげるのに」
 ヨーコさまがニヤニヤしながら、倉島さまの肩を軽く小突きました。

「そういうんじゃないの。何て言うかな、えっちな妄想を巡らせて、その世界観の中で囚われの身となって拘束されて、延々とお仕置きされるのが気持ちいいと思うのよ。お赦しくださいー、って哀訴懇願しながら。それこそがセルフボンデージの醍醐味じゃない?」
 熱く語る倉島さま。

「生憎うちのラインアップは、まだそこまで充実していないの。ごめんなさいね」
 申し訳なさそうにおっしゃった里美さまのお顔が、すぐにほころびました。

「でも安心して。うちのショップはその辺もちゃんと視野に入っていて、今開発中だから。海外では市販しているメーカーもあるけれど、輸入ものはやっぱり値が張っちゃうのよね」
「仕組みは単純なものだし国内で作ったほうが、より使い勝手の良いものが安価で出来そうだから、今、ある精密機器メーカーと共同開発中なの。さっきおっしゃったファッキングマシーンみたいなのも含めて、その手のマシーン類全般をね」

「完成したらネットに載せるよりも早く、真っ先にお知らせするから、またここに遊びにいらっしゃい」
「はーい!」
 
 元気良く響いた、お三かたのお返事。
 私もそれは、とても愉しみ。
 ただ、このショップで売るのであれば、きっと試作段階から私が呼び出され、実験台にされることになるのでしょうけれど。

「それじゃあそろそろ、自縛の講義に移りましょうか。マゾ子ちゃん?よろしくね」
 唐突なバトンタッチに心臓がドキン。
 とうとう、このかたたちの前で全裸になるんだ・・・
 鼓動が口から飛び出しそう・・・

 でも、ずっとみなさまのお話をお聞きしていて、お三かたに性癖的な親近感も湧いていたので、同じくらいのワクワクゾクゾクを感じているのも事実でした。

「自縛の前に、まずお買い上げいただいた麻縄のメンテナンス方法から教えてあげて」
 里美さまのお言葉で、倉島さま以外のおふたりもそれぞれ、ご自分のバッグからノートとペンを取り出されました。

「へー。現役の学生さんはさすがに真面目ね。ノート取るほど真剣に聞いてもらえるなら、マゾ子ちゃんも講義のやり甲斐があるわよね」
 からかうみたいに私を見る里美さま。

 私は緊張しつつ、ご説明のために昨夜まとめておいた自分のノートをバッグから取り出しました。
 それと、愛用のロープを入れた大きな巾着袋。
 これは、中学校のとき母が作ってくれた麻布の体操服袋でした。

「そう言えばみなさんて今、何年生なの?」
 里美さまのお言葉に、すぐヨーコさまが応えました。
「アタシとメグは2年で、レイちゃんが3年。耽美研的には、もうひとりづつ2年生と3年生がいます」

「へー。みんなマゾ子ちゃんとそう歳が変わらないのね。むしろ歳下かも」
「えーーーっ!?」
 久しぶりのお三かたのユニゾン疑問形。

 私がもしも四大に行っていたら今3年生ですから、倉島さまとは同級生、他のおふたかたは一年歳下です。
 そっか、同級生や下級生の前で私はこれから、自分のヘンタイ性癖をひけらかすために、ひとりだけ全裸になるんだ。
 学生時代に果たせなかった妄想が現実になるような気分になり、その頃にひとり遊びしながら想像していた恥辱と被虐の感覚がまざまざと脳裏によみがえりました。

「どうしよっか?このまま始めてもいけれど、自縛の実演もするのだから、このままだとこのテーブルが邪魔になって、マゾ子ちゃんの下半身が見えにくいわよね?」
 里美さまがお三かたに問いかけました。

「うーん。そうかな・・・そうかも、ですね・・・」
 想定外のご質問だったらしく、戸惑ったようなご反応の倉島さま。

「あちらへ移動しましょう。せっかくいらしたのだから、かぶりつきで観ていただいたほうがいいもの。机が無い分、ノートが取りづらいかもしれないけれど」
 
 里美さまが指さされたのは、長方形のテーブルの短いほうの辺の先、マネキンの林とは反対側の壁際でした。
 そこだけショーケースの並びが途絶え、ヘンな形をした大きめの椅子以外何も置かれていない、ちょっとしたスペースになっていました。

「さあみなさん、ご自分の椅子とノートだけ持って集合!」
 里美さまが立ち上がりました。

「マゾ子ちゃんは、あそこの壁際、椅子の脇辺りで、悪いけれど立ったまま講義してね。荷物はあの椅子の上に乗せておけばいいわ」
 
 里美さまが指さされたヘンな形の椅子には、なんとなく見覚えがありました。
 ずっと以前、やよい先生とミイコさまに連れられてローソクプレイをするために訪れたSM専用ラブホテル。
 そこにあった、えっちな仕掛けがたくさんある椅子によく似ている気がしました。

 そんなことを考えてゾクゾクしているうちに、みなさまが私の前に集まってきました。
 テーブルを背に私を扇型に囲むように腰掛けたみなさまと私の距離は、ほんの2メートルに満たないくらい。
 こんな至近距離で・・・
 
おまけに私の右側は真ん中分けカーテンで可愛らしく飾られた素通しの窓。
 もう夕方5時近いのに、梅雨明けし夏に向かってどんどん伸びる明るい西日が射し込む中、路地を隔てた向かい側のビルの壁と窓が見えていました。

「さあ、これでいいわね。それではマゾ子先生、お願いしまーす」
 里美さまの茶化すようなお声に促され、ペコリとお辞儀をひとつ。

「えっと、麻縄っていうのは、普通の荷物を縛る用とか園芸用のを買うと、工業用のタールとかお肌に良くない成分を使って固めている場合があるので、一度煮詰めて洗い流し、再度なめす必要があります・・・」

 自宅でまとめてきた要件のメモをチラ見しながら、我ながらぎこちなくお話を始めました。
 私から見て、右から順番にメグさま、ヨーコさま、倉島さま、里美さま。
 至近距離から真剣な瞳たちがジーーっと私を見つめています。

「でも、今日お買い上げいただいたロープは、ちゃんと人間を縛る用に作ってありますから、この工程はいりません。すぐ使うことが出来ます・・・」
 私が、人間を縛る用、と言ったとき、みなさまクスクスと笑われました。
 それを聞いて私も幾分リラックス。

「麻縄は植物由来ですから、湿気でカビが生えたり腐ったりもしちゃいます。なので、もしも濡らしちゃった場合は、水分をよく拭き取ってから充分に陰干しします。直射日光で乾かすと縄が硬くなってしまうので、縛り心地が悪くなります・・・」
「縄が乾燥したら油を縄全体に塗りこんでなめします。ベトベトにするのではなくて、極少量を手に取って縄を滑らせて揉み込む程度で大丈夫です。これで縄がより柔らかくなります・・・」

「塗る油は、馬油とかオリーブオイルとか、人それぞれ違っているようですが、私は、動物性よりも植物性のほうがいいかな、と思ってホホバオイルを使っています。これならお化粧品でもありますし、お肌に悪いということは無さそうですから・・・」
「保管するときは、緩めにまとめて、通気性のいい布袋に入れておくのがいいです。ギュッと縛っておくと、その形のまま折れグセがついちゃいますし、ビニールの袋だと蒸れて湿気てカビることがあるらしいので・・・」

 私の説明を真剣にノートに書き取るお三かた。
 私とノートを交互に見つめ、ときどき視線がチラチラ股間に集まるのは、私のスカートが短か過ぎるためでしょう。
 お話の合間に姿勢を変える動きだけで、明るいグレイの裾からあっさり黒い下着が覗いちゃっているはずです。
 その視線が恥ずかしいのに気持ち良くて、クロッチ部分がべったり粘膜に貼り付いているのが自分でわかりました。

 その後、縄の表面が毛羽立ったときの処理の仕方や、短く切ったときの両端の処理の仕方、などをご説明して、まとめにかかりました。

「縛り終わった後は、縛られた人の汗やいろんな体液が縄に滲みついていますから、今ご説明したようなお手入れの工程を施してあげてくださいね」
 言いながら、自分の巾着袋から愛用の麻縄二束を取り出しました。

 いよいよです。
 いよいよ私は、みなさまの前で自縛ショーを行わなければならないのです。
 自分の麻縄を手に取った瞬間に、自分の中のマゾ性がジンワリと増殖し、頭の中の理性が隅っこに追いやられるイメージが見えました。

「ちょっと見せて」
 里美さまが右手を伸ばし、私の手の内から一束の麻縄を攫っていきました。
「うわー。ずいぶん年季が入っているのね。柔らかくってテラテラして。縛り心地良さそう」
 横並びのみなさまに私のロープを回して触らせる里美さま。
「やっぱり新品とは、かなり色合いが違うんですね。縄が生きているみたいに艶めかしい感じ。手触りもしなやか」
 倉島さまのご感想。

 里美さまが後を引き取ってつづけました。
「そうね。このテラテラどす黒い艶光りは、今までマゾ子ちゃんが自分でとか、お姉さまとかに緊縛された、その苦痛と快楽の証拠が蓄積されているんだよね。ほら、ここなんか赤い蠟が点々と滲みついてる」
 ワザととしか思えないあからさまに恥辱的なご指摘に、私のマゾ感度がグングン上昇しちゃいます。

 今日持ってきたロープは、やよい先生から高二の頃プレゼントしていただいて以来ずっと愛用してきたものでした。
 このロープでやよい先生に縛られ、シーナさまにいたぶられ、お姉さまに辱められ、もちろんそのあいだ数えきれないくらい自縛しました。
 私の汗とよだれと淫らな愛液がたっぷり滲み込んだロープ。
 そんなロープを同い年くらいのかたがたに、じっくりと見られている恥ずかしさと言ったら・・・

「さあ、それではマゾ子ちゃんご愛用の麻縄での熟練のロープ捌きを、じっくり見せていただきましょうか」
 ロープを返してくださった里美さまがからかうようにおっしゃり、ご自分の膝の上のハンディなビデオカメラを手に取られました。
 椅子に乗せたお尻を浮かし、一斉にグイッと身を乗り出してくるお三かた。

「あのう、ちょっとその前に、あそこの窓のカーテン、閉めませんか?」
 ずっと気になっていたことを、おずおずと懇願する私。
「えっ?ああ、あの窓?大丈夫よ。向かいのビルの窓、開いたことないもの。ここは2階だし。せっかく日当たりいいのにカーテン閉めたら暗くなって、お待ちかねの実演が見にくくなっちゃうじゃない?」
 にべもなく却下される里美さま。

 期待していなかった分、失望もありませんでした。
 私は言いなりの身。
 カーテンを閉じて欲しいなんて要求すること自体が分不相応なのです。
 窓から誰に視られてしまおうが、不服を言える立場ではないのです。
 被虐が極まって覚悟が決まりました。

「それではこれから、ご要望いただいた、菱縄縛り、の自縛の方法をご説明します」
 正面を向いてみなさまに告げました。
 それから、ロープを椅子の上に一旦置いて一呼吸ついて、つづけました。

「縄の走り具合がみなさまによくわかるように、失礼してここでお洋服を脱がさせていただきますね」
 考えていた科白がスラスラっと口をつきました。
 自分を追い詰め、逃げ道を塞ぐために自から口に出した自虐的な科白に、自分でキュンキュン感じてしまっています。

 私が人前で裸になるときは、ルールがありました。。
 イベント明けの次の日、多汗症のドSで男嫌いな裏生徒会副会長、のコスプレをされたミサさまが、キャラと同じ口調なのであろう、ドS全開でおっしゃったお言葉。

「視られて一番恥ずかしい部分を最初にさらけ出すのがマゾ女の作法ってものだろう?」
「今後貴様はいついかなるときでも、裸になれと言われたら真っ先に下半身から脱いで、貴様が言うところの、剥き出しマゾマンコ、をまっ先に世間様に露出するのだ」
「これは絶対服従の命令だ。わかったな?」

 そう、私が誰かに裸をお見せするためにお洋服を脱ぐときは、必ず下半身から露出しなければならないのでした。
 あの日以来私は、お家でひとり、お風呂に入るときでさえ、このルールを守っていました。
 理不尽なご命令を守り従うことが、マゾ的にとても気持ち良いのです。
 今は、お姉さまの会社から派遣されたマゾペットとしてのお勤め中ですから、当然、このご命令を守らなければいけません。

 みなさまに深々とお辞儀を一回してから、おもむろに両手をウエストへ持っていきました。
 里美さまも含めて、おやっ?というお顔になるみなさま。

 ミニスカートのホックを外し、ジッパーをジジジっと下げます。
 ストンと足元に落ちたグレイの布片。
 黒の小さなショーツが丸出しとなりました。

 つづいて上半身を屈め、両手をショーツの両サイドにかけます。
 チラッと上目遣いにみなさまを窺うと、揃って、えっ!?っていう驚いたお顔。
 被虐度フルの陶酔感と共に、一気にショーツをずり下ろしました。

「えーっ!?下着も?」
「なんで下から先に?」
「あっ、毛が無い」
「キレイなパイパン・・・」
「濡れてる・・・」
「もう濡れてる・・・」
「信じられない・・・」

 至近距離から聞こえてくるヒソヒソ声に辱められ、粘膜がキュンキュン疼くのがわかりました。
 マゾマンコからか細い糸を引いてしとどに汚れたクロッチを見せるショーツが、両足首のあいだで、一文字に伸びきっています。
 ゆっくりと両足首からショーツを抜き、濡れたクロッチ部分を表側にして折りたたみ、椅子の上に置きました。
 もう一度ゆっくり屈んでミニスカートを拾い上げてから、休め、の姿勢でまっすぐみなさまのほうを向きました。

 視線の束が私の恥丘に集中しています。
 里美さまのビデオカメラもそこに向いています。

 みなさまに向いたまま、今度はベストの袖から両腕を抜きます。
 首からベストを抜いた後、今度は右手をブラウスの胸元へ。
 上から順番にひとつづつ、ボタンを外していきます。
 きついブラウスの圧迫が緩み、押し潰されていたおっぱいがプルンと息を吹き返します。

 私、今、同い年くらいの女子大生のかたたちの前で、ストリップをしているんだ・・・
 全裸になったら、自分を縛り付けて淫らに身悶える様を、こんな至近距離から彼女たちに視られてしまうんだ・・・
 内腿を雫が滑り落ちる感触がありました。

 ブラウスを取ると、残ったのは黒いハーフカップブラジャーだけ。
 カップの内側で乳首が痛いほど背伸びしているのがわかりました。
 食い入るような視線のシャワーを浴びながら、背中のホックを外しました。

「乳首、すごく勃ってる・・・」
「やっぱりおっぱい大きい・・・」
「ちょっと垂れ気味・・・」
「全部脱いじゃうんだ・・・」
「水着とかレオタじゃなくて裸で縛るんだ・・・」
「まさか全裸になるなんて、思ってもいなかった・・・」

 驚嘆なのか愚弄なのか、ご遠慮の無いヒソヒソ声を浴びながら全裸で立ち尽くす私。
 右横の窓からかなり傾いた陽射しが、ちょうど私のおっぱいから太腿までを明るく照らしています。
 私、今日初めて訪れた他人様のお店で、今日初めて知り合った人たちの前で全裸になっている・・・
 正確に言うと、白い三つ折りソックスとスリッパだけは履いていましたが、ここにいる五人の女性の中、ひとりだけ裸の私。

「どう?マゾ子ちゃんのからだ、えっちでしょう?」
 呆然とされている風のお三かたをからかうみたいに、里美さまがお声をかけました。
「あ、はい。あんな見事なパイパン、見たことないっす。ひょっとして生まれつき?」
 ヨーコさまが上ずったお声でおっしゃいました。

「ううん。マゾ子ちゃんはマゾだから、オマンコを隠すものは必要ないの。スジもヒダヒダも中のピンク色まで全部、隅々までみんなに視てもらいたくて永久脱毛したそうよ」
「うへー。本当にドエムの露出狂さんなんですねえ。そんなのAVかエロマンガの中だけかと思ったら現実ににいるんだー!」
 ヨーコさまのお声に、好奇からくる嗜虐が混ざってきている感じがしました。

「こんな普通に日常的な公共の場で生身の裸を見せられちゃうと、見ているこっちのほうがなんだか照れちゃいますね」
 倉島さまがお言葉とは裏腹に、私のバスト付近をじっと凝視しながらおっしゃいました。

「マゾ子ちゃんはね、恥ずかしいのが快感なのよ。今日だって、下着姿とかレオタード着て縛ってもいいのよ、って言ったのに、自発的に全裸になっちゃったのだもの」
「見て分かる通り濡れてるわよね?乳首もビンビン。マゾ子ちゃんは、自分を辱めたいタイプのマゾなのよ」

「こんなところで裸になっていること、あなたたちに視られていること、これから自分で自分を縛ること、の全部に感じちゃって、発情しているのでしょうね」
 里美さまが、舌舐めずりまで聞こえてきそうなほどのワクワクなお声で、私を見つめつつおっしゃいました。

「ほら、あのエロく火照ったマゾ顔を見てごらんなさいな。あんな蕩けるような顔していたら、誰だって思わず、もっと虐めてあげたくなっちゃうでしょう?」


非日常の王国で 11


2016年12月18日

非日常の王国で 09

「さあ、どうぞどうぞ。ゆっくり見ていってくださいねー」
 満面笑顔の里美さまにつづいて、ドアの向こうからショールームへと入ってこられたお客様がた。

 最初にお顔が見えたのは、ショートカットで涼しげな目元が理知的な印象の和風美人さん。
 スレンダーな体躯に胸元が大きめに開いたざっくりしたワンピース姿が、アンニュイな色香を漂わせています。

 つづいて、ユルふわヘアーにボストン型メガネでTシャツにジーンズの、見るからに好奇心旺盛そうなキュート系メガネっ娘さん。

 最後に、なぜだか警戒されているような真剣な表情でしすしずと入ってこられた、前髪パッツンのゼミロングでハーフっぽいお人形さんみたいなお顔に、ロリータ系モノトーンの半袖レースワンピをお嬢様風に着こなしたお洒落さん。

 お三かたともお口を、うわー、という形にポッカリ開けて、お部屋を見渡しました。

 里美さまがこちらへ近づいてきて、テーブルの傍らに立っていた私の横に並びました。
 お三かたの視線が、ご遠慮がちながら訝しげに私へと集まります。
 私は、ドキドキしつつもお愛想笑いに努めて小さく会釈し、いらっしゃいませ、とご挨拶しました。

「この部屋にあるものは、どれでも手に取って、気になることがあったら何でもわたしに聞いてください。どうぞごゆっくり」
 里美さまがおっしゃると、はーい、という元気なお声とともに、お三かた共ダダッと壁際のマネキンとトルソーの林に駆け寄りました。

「うわーエロい!このマイクロビキニ、松井先輩とか、超似合いそう」
「こっちのボディスーツはぜひ、レイちゃんに着て欲しいな。ほら、バストとお股のところがジッパーで開くようになってる」
「絶対いやよ。第一あたし、こんなに胸ないもん」
「だったらこっちのアミアミボディスーツは?」

 思い思いにマネキンを指差して、かまびすしいお客様がた。
 そのお姿を背後からニコニコ笑顔で眺めている里美さま。
 私はと言えば、この人たちの前でこれから裸になるんだ、とドキドキとキュンキュンの二重奏。

 お客様がたはそれから、ショーケースを順番に吟味しながらお三かただけでキャッキャウフフと盛り上がっています。
 里美さまと私は、テーブルにお尻を預けて為す術なく見守るだけ。
 このままでは埒が明かないと思われたのでしょう、やがて里美さまが明るくお声をかけました。

「倉島さんご注文のロープは、こちらにご用意してありますよ。あと、スイッチレスバイブがご覧になりたいとおっしゃっていたかたはどなたかしら?」
「あ、はいはいアタシでーす」
 どなたかわからないお声とともにお三かたがテーブルに近づいてこられました。

 高級そうな和紙に包まれた生成りの麻縄をテーブルの上に置く里美さま。
 おずおずと手を伸ばされたのは、ショートカットの彼女でした。
 このかたが、倉島さま、のようです。
「8メートルを2束ね。使用前のなめし方とかメンテナンス方法は、後で説明するわね」
 恐る恐るという感じで和紙の包みに手を伸ばされる倉島さま。

「それで、バイブは?」
「あ、はい。アタシです」
 メガネっ娘さんが元気に手を挙げました。
「これがサンプルね。ご購入されるなら、新品が用意してありますから」
 ミニチュアの雪ダルマさんみたく大きさの違う球体が重なった形状をしたピンク色の物体を、里美さまがメガネっ娘さんに渡しました。

「ギュッと握ってみて」
 里美さまがイタズラっぽくおっしゃいました。
「キャッ!」
 小さな悲鳴をあげたメガネっ娘さんが、握りしめた右の掌をあわてて開きました。

「締め付けると震える仕組みなの。キツク締めるほど震えも激しくなるのよ」
 再び掌を閉じるメガネっ娘さん。
「あー、気持ちいいー」
 握った拳から低く、ヴゥーンという音が聞こえます。

 私は、イベントの最後のほうで着せられたCストリングを思い出していました。
 膣と肛門に突起を挿入して装着する、あの卑猥極まりない悪魔の下着。
 そのCストリングの膣へ挿入するほうの突起が、今メガネっ娘さんが握っているバイブレーターと同じ仕組みでした。

 そして私はステージ上で、実際にそのデモンストレーションをすることを命ぜられ、70名以上のお客様と関係者の方々が見守る前で、淫らに昇り詰める姿をご披露してしまったのです。
 あのときの被虐と恥辱と、それらを上回るほどのからだが消えてしまいそうな快感を全身が思い出し、しばしウットリしてしまいます。

「もしよろしければ、試してみていいですよ。挿入するのなら、この避妊ゴムを被せてね」
 メガネっ娘さんにおっしゃったのであろう、美里さまのお声で我に返りました。
「えっ!?ここでですか?いえ、ま、まさかっ、そんなこと出来ないっすよー」
 メガネっ娘さんが盛大にあわてふためいて、右手をブンブンお顔の前で左右に振っています。

「みんながいて恥ずかしいのなら、そこの右手がおトイレだから、その中でいかが?」
 里美さまがイタズラっぽくニコニコ顔でお薦めすると、他のおふたりも口々に、
「やってみなよ、ヨーコ。せっかく言ってくださるんだから」
「そうだよ。ここに来る途中、すごく楽しみって大騒ぎしていたじゃない?」
 からかうように囃し立てます。
 メガネっ娘さんは、ヨーコさまというお名前みたいです。

「いえいえ、買いますから。実物見て握って良いものだってわかりましたから、お試ししなくても大丈夫ですから」
 ずいぶんと焦ったご様子で弁解されるヨーコさまに、みなさま、あはは、って大笑い。

 そんな和気藹々のおしゃべりのあいだも頻繁に、お客様のお三かたと私で視線が合っていました。
 顔にお愛想笑いを貼り付けたままの私を、おしゃべりの合間合間にチラチラ盗み見てくるお三かたからの視線。
 
 気がつくたびに視線を合わせ、ニコッと微笑みかけました。
 だってみなさま、会社にとって大切なお客様ですし、私は買っていただくほうの側ですから。
 でも、みなさま決まり悪そうに、ササッと目を逸らしてしまわれます。

 そのご様子に気づかれたのでしょう、里美さまが愉快そうにみなさまにおっしゃいました。
「みなさん、ずいぶんこの子が気になるみたいね?ごめんなさいね、紹介が遅れてしまって」
 テーブルのほうに一歩近づかれました。
「立ち話もなんだから、いったん座りましょうか。せっかくいらしたのだから、みなさんといろいろおしゃべりもしたいし」

 里美さま自ら椅子を引いて、立っている私の横の席にお座りになりました。
 テーブルの向こう側に集まっていたお三かたも、つられるように着席されました。
 2対3で向かい合う形になったのですが、先ほど里美さまが、紹介が遅れて、とおっしゃったので、これからみなさまに紹介されるのだろうと、座りそびれる私。

「この子はね、今日これからみなさんに麻縄での自縛を披露してくれる、名前は、うーんと、そうね、エム・・・マゾ子ちゃん」
 身も蓋もない名前で呼ばれ、カッと全身が熱くなる私。

「えーーっ!?」
「マジですか?それちょっと。ヤバイんじゃ・・・」
「うんうん。ハンザイの臭いが・・・」

 口々に驚きのお声をあげられるお三かたに、嬉しそうな里美さまがニッコリ笑ってつづけました。
「やっぱりそう見える?でも大丈夫。安心して。こう見えてもこの子、ちゃんと成人しているから」
「えーーっ!?うそぉ」
 再びあがる驚きのお声。
 年甲斐もないツインテールと学校の制服風衣装に、みなさますっかり騙されてくださったようでした。

「どう見てもJK、下手したらJCに見えますよぉ?」
 引いたお顔の倉島さま。
「そうそう。なんか今にも、ジャッジメントですのっ、とか言い出しそうな感じ」
 ヨーコさまが興味津々の瞳で私を見つめながらおっしゃいました。

「あ、やっぱりわかってくださったのね、コスプレ。同人活動されているってお聞きしたから、ウケるかなと思って、マゾ子ちゃんに頼んで着てもらったの。良かったー」
 悪戯が成功した子供みたいに、心底嬉しそうな笑顔の里美さま。

「でも、キャラよりもこの人のほうが、おムネに存在感が有り過ぎですよね?」
 ロリータさんが小声でポツンとおっしゃり、ウンウンとうなずかれるおふたかた。

「座っていいわよ、マゾ子ちゃん」
 里美さまに促され、里美さまの左隣の椅子に腰掛けました。
「それに、このマゾ子ちゃんにはね、すでにご主人様がいるの。エスとエムの関係のね。一日中裸でご主人様の身の回りのお世話したり、営業中のコインランドリーで全裸にされたり、いろいろ愉しんでいるみたい」

 私のヘンタイ性癖をあっさりみなさまに暴露しちゃう里美さま。
 里美さまが私の痴態をご覧になったのは、最初のランジェリーショップと先日のイベントのときだけでしたが、きっとお姉さまやスタッフのみなさまから、いろいろ聞いていらっしゃるのでしょう。

「そのご主人様がわたしの知り合いで、その人に頼んで今日、来てもらったの。まあ、マゾ子ちゃんにとっては、ご主人様と言うより、麗しのお姉さま、なのだけれど」
 里美さまのお言葉に、ざわつくお三かた。
「キマシタワー」
 ヨーコさまが嬉しそうにおっしゃると他のおふたりも、キマシ、キマシとつぶやかれました。

「あら?そこに反応するなんて、倉島さんたちは、レズビアンではないの?」
 里美さまが不思議そうなお顔で、お三かたにお尋ねしました。

「うーん、とくにそういう意識はないのですが・・・」
 倉島さまが代表するようにおっしゃると、
「ガチなのはメグだけだよね?松井先輩にぞっこん、だもんね?」
 ヨーコさまがからかうようにロリータさんを覗き込みました。
 ロリータさんは、メグさま、というお名前みたい。
 そのメグさまは、照れたように頬を染めてモジモジしていっらしゃいます。

「もちろん興味はあるのですが、そこまで踏み込んでいないと言うか・・・男に期待していないのは確かですけれど」
 倉島さまが、慎重にお言葉を選ぶようなお顔つきで語り始めました。

「あたし、高校の頃に俗に言う官能小説を読んで衝撃を受けて、それからエロいことに興味を持ったのですけれど、最初に読んだのが所謂、調教もの、だったので、緊縛とか拘束とかに憧れちゃって」
「それでネットとかでそういう創作物をこっそり調べたりしていたのですが、自分が興奮出来るものと、すごくドギツイ描写なのに全然濡れてこないような文章があるのがわかって」
「そういうのってほとんどが男性視点じゃないですか?とくにSMものは、女の子を本当に物扱いして男の性欲の捌け口にするだけ、みたいなのが多くて」

「たまに自分に合うシチュがみつかって、それでオナニーすると、すごく気持ち良くて。ただネットでも好みに合うシチュになかなか巡り会えなくて。それで、自分でもこっそり書き始めたんです」
「その頃、男性との経験もしてみたんですけれど、全然気持ち良くなかったんです。粗野だしひとりよがりだし厚かましいし、すぐにオマエはオレのもの、みたいな勘違いするし」

「それで女子大入って、ちゃんと文章の勉強もしておこうと思って文芸部に入ったんです。文章の創作系サークルで学校公認の部がそこしかなかったので」
「でも、文芸部って言うとお堅いイメージだと思うんですけれど、うちはチャラくて。それもヘンに理屈っぽいサブカルかぶれの、鼻につくチャラさなんです」

「たまにケータイ小説みたいなスカスカの文章書いて悦に入って、今度はどこどこの大学と合コン、とか、男の話ばっかりしてるような人が多くて、全然馴染めなくて」
「それで話の合いそうなメンバー誘って同人サークルを立ち上げたんです。非公認サークルってやつですね。それが今日のメンバー。この他にもうふたりいるんですが」

「無理やり連れて行かれた大規模合コンで、白けて先に抜け出したメンバーなんです。その合コン相手が勘違い野郎ばかりで、そこそこ偏差値高いガッコだったけど、誰でもいいからヤラセロオーラ全開って感じで。サイアクだったよねー」
 ヨーコさまがややお下品な注釈を入れてくださいました。

「そうそう。それで抜け出して女性5人だけで飲み直したら、官能小説の話から思春期のヰタ・セクスアリス話で妙に盛り上がっちゃったのよね。なんだ、みんなムッツリだったんだ、って」
 苦笑い気味の倉島さまが、お話を引き継がれました。

「この子」
 とおっしゃってヨーコさまを指差す倉島さま。
「ヨーコの部屋が学校から歩いて10分くらいなんですよ。そこを溜り場にして同人活動しているんです。耽美小説研究会、っていう名称で」

「大きな即売会にも参加して、結構売れるんです。文芸部にはもう幽霊部員状態。他の文芸部員たちからは、G研、なんて陰口叩かれているみたいですけれど」
「ジー研?」
 里美さまが可愛らしく小首を傾げられました。

「自分で慰める、の自慰ですよ。あたしたちの小説は、主人公がひたすら快楽を追求するような話が多いので、オカズ本だ、自慰研究会だって」
「オリジナルもアニメの二次創作も、BLもGLも、何でも書くんですけれどね。男の一方的な陵辱もの以外なら」

「まあ、女性が読んで気持ち良く濡れるような小説を載せたい、って思っているのは事実ですけれど」
「へー。面白そうね。わたしも読んでみたいわ。面白かったらうちのネットショップで扱ってあげてもよくってよ」
 興味津々のお顔でおっしゃる里美さま。

「あ、それは助かります。ありがとうございます。今度持ってきますね。ヨーコのところからここまでも、歩いて15分くらいですから。あ、もちろん、アポ取った上で伺います」
 倉島さまが嬉しそうにお辞儀されました。

「そんな感じなんで、あたしらはレズビアンて言うよりも、男の手を借りない快楽を追求している、っていう感じなんです」
「ヨーコの部屋で会員同士で、ふざけてちょっと縛ったり、愛撫しあったりもするんですけれど、それも同性の手のほうが繊細で気持ちいい、っていう感じですから、レズビアンていうよりも、相互オナニーと言うか、相手のオナニーのお手伝い、と言うか、みたいな感じなんです。仲の良い女子同士のイチャイチャの延長線上ですね」
 
 せっかく倉島さまが里美さまの疑問にお答えを出されたのに、すかさずヨーコさまが嬉しそうにまぜかえしました。
「ただしメグは除く、でしょ?」

 倉島さまのお話をお聞きして、私も学校時代に、このお三かたみたいに自分の性癖を素直に出せるお仲間が周りにいたら、どうなったかなー、なんて考えちゃいました。
 でもすぐ、今のお姉さまの会社での自分の立場が、同じようなものなことに気づきました。
 そのおかげでこれから私は、すっごく恥ずかしいメに遭うことができるのですし。

「なるほどね。それでセルフボンデージ、というわけなのね?」
 里美さまがご納得されたお顔で、倉島さまに微笑みかけました。

「はい。そういう小説も書きたくて、書くなら自分の身で体験してみたいなと思って、ネットで自縛の方法とかいろいろ調べたりもしたのですが、やっぱり動画では細かい所までわからないので、ここなら教えてもらえるかなー、と」
「もちろん、それは後でご披露しますよ。倉島さんは、拘束される側にご興味がお有りなの?」
「そうですね。するのもされるのもやってみたいですね。肌に縄をかけたまま街中を歩いたりも」

「へー、エス側にもエム側にも興味があるんだ。このマゾ子ちゃんは、野外露出もスペシャリストよ」
「そうなんですか!?」
 一斉に向けられた尊敬のような侮蔑のような、好奇心に満ち満ちたお三かたのまなざしが気恥ずかしいです。

「あと、セルボンデージでアイスタイマーってあるじゃないですか?氷が溶けて鍵がリリースされるまで拘束されたままっていう。身動き取れなかったり、すごく恥ずかしい格好のままだったり、バイブ挿れっ放しだったり。あれも一度してみたいですね。気持ちいいんだろうなー」
 うっとり妄想するかのように宙空を見つめる倉島さまに、同意するようにウンウンうなずかれるヨーコさまとメグさま。
 
 お三かたのご様子に私とかなり近い嗜好を感じ、自分のヘンタイ性癖が全面的に肯定されたような気がして、すっごく嬉しくなってきました。

「アイスタイマーもいいけれど、鍵を容器に入れて凍らせたり氷を沢山用意したり、手間がかかるわよね?まあ、その手間も含めて準備するワクワクソワソワまでもが愉しいとも言えるけれど」
 里美さまが、テーブルにあったスチール製の頑丈そうな手錠に手を伸ばしながらおっしゃいました。

「もっと手軽に、鍵を待ち侘びる方法を教えてあげましょう」
 お手に取った手錠を私の右手首にカチャンと嵌めて、ご自分の左手首にもカチャン。
 私の心臓がドキンと跳ねました。

「こういう、嵌めるときには鍵のいらない手錠ね。これを拘束の最後のカギにするの。自縛でもハーネスでも好きに自分を拘束して、最後に両手を使えないように手錠をするわけ」
 右手に持った小さな鍵をみなさまに見せる里美さま。
「あなたがたのお家の郵便受けは、玄関ドアに付いている?それとも外かしら?」

「うちはマンションの4階なので、ポストは1階のエントランスですね」
 と倉島さま。
 倉島さまは、ご自分のバッグからノートとペンを取り出してメモを取り始めました。
「ワタシは2階だけど、エントランスまで降ります」
 とメグさま。
「アタシんとこは建物が古くて2階建ての1階だから、それぞれ戸別にドアに受け口が付いてますね」
 と最後にヨーコさま。
 
「あら、ヨーコさんのところって、みなさんが溜り場にされているお家よね?それならセルフだけじゃなくて、みんなで集まって誰かひとりをえっちに虐めるときとかにもオススメよ」
 手錠の鍵をプラプラさせながら里美さまがつづけます。

「この鍵をね、ご自宅宛てのご住所を書いた封筒に入れて適当な郵便ポストに投函しちゃうの。ご近所のポストからでも翌日まで戻ってこないわよね」
「たとえば投函した日の夜に手錠を嵌めたとしたら、翌日、郵便物が配達されるまで、どう足掻いても絶対外せないわけ。外したくても手元に鍵は無いのだから。拘束の陶酔感と絶望感がたっぷり味わえるわよ」

「玄関の内側で郵便物を受け取れるヨーコさんのお家なら、足まで縛っちゃってもいいわね。心待ちにしていた郵便屋さんが来たら、這いつくばって玄関まで行って、封筒を破って鍵を取り出して開錠」
「みなさんでイチャイチャするときにも、イジワルに応用出来るでしょ?拘束する側もされる側も、ちょっとした拉致監禁気分が味わえるはず」

「あ、でもひとりのときに後ろ手に施錠しちゃうと、手探りで鍵穴に鍵を挿すことになって意外と手こずるから、事前にちゃんと練習しておいたほうがいいわよ。指で鍵穴の感触がわかるように」
「それと、後ろ手錠って思うよりもかなり不便なの。ものを食べるとか日常生活的にね。自分のからだもまさぐれないから、ひとりのときに自慰的にも愉しみたいならリモコンのバイブとか装着しておいたほうがいいわね」

「ポストが外にあるなら、そこに強制露出プレイが加わるの」
「外に出なくちゃならないから足は縛れないけれど、敢えて外に出るには恥ずかしい格好になって手錠をかけちゃうの。キワドイ水着とか、素肌にブラウス一枚だけとかね。もちろん勇気があるなら全裸でもいいけれど」

「それで、お部屋を出て郵便受けまで取りに行ってお部屋に戻る。途中誰かに会っちゃったら手錠もしていることだし、ハンザイに巻き込まれたのか、って大騒ぎになるかもしれないから、真夜中に取りに行くことをオススメするわ」
「もしも大騒ぎになっても、わたしに責任は無いからね?あくまでも自己責任で、覚悟してやってね」
 里美さまがみなさまを見渡し、イタズラっぽく微笑まれました。

「面白そう!」
 真っ先に倉島さまの弾んだお声。
「今度ヨーコんちでやってみよう。うちのマンション、世帯数多くて夜でも出入り多いから、エントランスに手錠姿で出るのヤバそうだし」

「レイちゃんがアタシんちで拘束姿だったら、アタシ、張り切っていっぱいイタズラしちゃうだろうなー」
 ヨーコさまも弾んだお声で、倉島さまに軽く肩をぶつけられています。
 レイちゃんというのが倉島さまのお名前みたい。

 それにしても里美さま、お見かけによらずそういうアソビにお詳しそう。
 そのお口ぶりは、どう聞いてもご経験者のおっしゃりかたでした。
 意外とSMアソビのベテランさんなのかもしれません。
 私もその、手錠の鍵を郵便で送ってしまう、というひとりSMアソビをすっごくやりたくなっていました。

「ポストが外にあって郵便タイマーが危険なら、もっと手軽に鍵を一定時間使えなくする便利アイテムもあるわよ」
 里美さまがご自分の手首の手錠だけを外して立ち上がり、ショーケースのほうへスタスタと向かって、隣の棚から大きめのダンボール箱を取り、すぐに戻られました。

「これ。タイマー付き収納ボックスゥー」
 青い猫型ロボットさんがひみつ道具を取り出すときのような声色と共に里美さまがダンボール箱から取り出されたのは、20センチ四方位のほぼ正方形なジップロックコンテナみたいな形状の、白い蓋以外透明なプラスティックの箱でした。
 ただし、ジップロックコンテナよりもだいぶ厚いプラスティック製で、かなり頑丈そうな感じです。

「本来は、普段生活する中で感じるちょっとした欲望のコントロールをしたい人たちのために考案されたボックスらしいの」
「たとえば禁煙したい人がタバコを入れたり、受験生が勉強すべき時間だけ、携帯電話とかゲームのコントローラーとか気が散りそうなものを遠ざけたり」

「この蓋のタイマーを合わせて封印すると、合わせた時間にならないと絶対蓋が開かない仕掛けなの。1分間から丸10日間まで、分刻みで好きな時間に合わせられるのよ」

 おっしゃってから不意に私の左手首を取り、さっきご自身で外されたもう片方の手錠を、私の左手首にカチャンと嵌めました。
「あっ!」
 文字通り、あっという間に両手を手錠拘束されてしまった私。

「それでこの鍵をボックスの中に入れるでしょう?」
 透明な箱の中に小さな鍵がチャリンと落下しました。
「で、蓋をしてタイマーを合わせるの。そうね、3分位でいいか」
 蓋の上のダイアルを回してデジタルの数字を 3:00min に合わせました。
「最後にここを押す、と」
 里美さまがダイアルを押すと、5,4,3,2,1のカウントダウンの後、蓋の側面のストッパーがジーっと機械音をたててボックスに嵌め込まれ、タイマーのデジタル数字が秒刻みで減り始めました。

「これでマゾ子ちゃんは、少なくともあと3分間は、この手錠を絶対外せない状況になった、というわけ」
 ニッと笑った里美さまの瞳に再び、妖しい光がより色濃く宿ったように見えました。


非日常の王国で 10


2016年12月11日

非日常の王国で 08

 とある日の昼下がり。
 綾音部長さまからお呼び出しがかかり、メインルームの綾音さまのデスクの前で対面していました。

 その日もお昼休み後にリンコさまからメールでご命令をいただき、すでにとても恥ずかしい格好にさせられていました。
 ちょうどその日はインターネットで盛り上がっているナショナルノーブラデーというノーブラ推奨の日だったらしく、ノーブラなことが一目でわかるお洋服ということで選んだそうです。
 私が着ることを命ぜられたのは、おっぱいのところだけまあるくふたつ、ポッカリとくり抜かれたピチピチのタンクトップ。

 ふたつの穴からおっぱい部分だけを放り出すように全部露出させているのですが、タンクトップが濃い紺色なので白い素肌とのコントラストが余計に際立ち、嫌がらせのように飛び出たおっぱいばかりが目立つ姿でした。
 歩くたびにおっぱいが無造作にプルンプルン暴れるのが、自分の視点で嫌というほど見えていました。
 
 おへそまでに満たないタンクトップの下は、当然スッポンポン。
 タンクトップと同じ色のニーハイソックスを穿いているので、おっぱい部分と同じように、剥き出しな下半身の白さも卑猥に目立っていることでしょう。

 全裸よりも恥ずかしい、そんな破廉恥極まりない姿を更に強調するアクセサリーも用意されていました。
 ネットショップの宣伝用にレビューを書かなくてはいけない、ボディジュエリーの新作商品たち。

 紺色のチョーカーからゴールドチェーンで左右の乳首まで繋がれたニップルクリップ。
 乳首を絞るリングの下にはキラキラ光る金色の小さな鈴がぶら下がっています。

 下半身には、裂け目を囲む左右のラビアに挟んで装着するラビアチェーン。
 股間に垂れ下がったチェーンの先端にも、乳首のと同じ鈴がぶら下がり、動くたびに3つの鈴が軽やかにチリンチリンと小さく音をたてていました。

 本来なら秘めておくべき私の敏感な三箇所の恥部、尖った乳首と潤んだ秘唇を、一際目立たせるようにキラキラ金色に輝くチェーンと3つの鈴。
 そんなニンフォマニアックな私の姿をジロリと一瞥した綾音さまは、とくにご感想をおっしゃることもなくフッと艶っぽく微笑まれてから、おもむろにご用件を切り出されました。

「うちのネットショップがショールーム制度を始めたのは、以前ミーティングで伝えたわよね?」
「はい」

 ネットショップ部門がこちらのオフィス近くにお引っ越ししてきてスペースが広くなったのを期に、実際にアイテム実物を見てみたいというお客様向けに予約制でショールームを開いた、というお話でした。
 予約出来るのは、ネットショップでのご購入履歴が一万円以上ある女性のお客様のみ。
 毎週木曜日と金曜日の午後2時以降であれば、メールかお電話で日時をご予約いただき、ご来店いただいてごゆっくりとアダルティなラブトイズをお選びいただけるという、女性限定のサービスです。

「おかげさまで、コンスタントにご予約もいただいて、順調に売上も伸びているのだけれど」
 綾音さまがパソコンのキーを叩きながらおっしゃいました。
「あるお客様からご来店に際してのちょっとしたリクエストをいただいて、愛川さんからわたくしに相談があったの」
 愛川さんというのは、ネットショップの責任者でイベントのときもお手伝いしてくださった里美さまのことです。

「なんでもそのお客様は、セルフボンデージにご興味がおありで、ショールームに行ったときにロープの扱い方や自縛、自分で自分を縛ることね、について詳しく教えて欲しい、っておっしゃっているのだって」
 綾音さまの視線が、私のタンクトップから飛び出している剥き出しのバストに注がれます。

「そのかたは、購入履歴も多い優良なお客様だから無下にお断りするのもなー、って思ったときに、あなたの顔が浮かんだのですって、愛川さんの頭の中に」
「それでわたくしに相談した、というわけ。チーフに聞いてみたらあなた、チーフに教えられるくらいロープ捌きが上手って言うじゃない。よくひとりで自分を縛って遊んでる、って」
「高校生の頃に、百合草女史に仕込まれたのですってね。エリートじゃない?」

 おっしゃってから私の目を、じーっと5秒間くらい見つめてきました。
 綾音さまのお口からやよい先生のお名前が出て、私はドキン。

「次の金曜日、午後3時にショールーム。4時にご来店の約束だから、愛川さんと段取り打ち合わせして。終わったらこちらへ戻らず、直帰していいわ」
 ハナから私の都合やイエスかノーかの返事など聞くつもりもない、決定事項の業務命令でした。

 お電話の呼び出し音が鳴り、ほのかさまがお出になるお声が背後から聞こえます。
 ほのかさまのお席は綾音さまと3メートルくらいの空間を挟んだ向かい合わせ。
 ほのかさまは、私の剥き出しのお尻と、両腿のあいだにキラキラ光るゴールドチェーンを眺めながらお電話のご対応をされていることでしょう。

「そうそう、当日は、自分で使っている緊縛用の麻縄を持ってくること。それと扱い方をわかりやすくレクチャー出来るように頭の中を整理しておくこと」
「いらっしゃるお客様は、沿線の女子大の学生さんだそうだから、そんなにかしこまる必要は無いと思うわ。すべて愛川さんに従いなさい」
 最後に綾音さまがご命令口調でおっしゃられ、開放されました。

 まったく見知らぬ初対面のかたの前で、緊縛のレクチャーをする・・・
 扱い方をお教えしたら、そのかたをちょっと縛ってみたりするのだろうか?
 ううん、セルフボンデージにご興味、っておっしゃったから自縛の方法が知りたいのでしょう。
 そうすると、私がそのかたの前で実演することになりそう。
 やっぱり裸になるのだろうな・・・

 その日までドキドキしっぱなし。
 お家に帰ると、ずっと昔、私がまだ高校生の頃にやよい先生からいただいた、やよい先生のパートナーであるミイコさま主演の自縛講座DVDを何度も見返し、実際に自分を縛りながら復習しました。
 縛っているうちに自虐オナニーが始まり、ついついキツく縛りすぎて二の腕やおっぱいに縄の痕が残ってしまい、翌日オフィスでリンコさまたちにからかわれました。

 いよいよ当日。
 トートバッグの一番下に愛用の麻縄の束をひっそりと詰め込み、出社しました。
 その日のオフィス勤務者は、綾音さま、リンコさま、ミサさま、ほのかさま。
 黒い首輪型チョーカーを着けているのにお昼過ぎになっても珍しく誰からもえっちなご命令は無く、みなさまから、がんばって、とからかうような激励を受けつつ、3時15分前にオフィスを出ました。

 里美さまのオフィスは歩いて10分くらい。
 大きな通り沿いの地下鉄出入口から裏道に入り、少し歩いた雑居ビルの2階。
 訪問するのは初めてでした。

 一階がセレクトショップの店舗になった小洒落た外観のビル2階に到着したのは3時4分前。
 River of LOVE と書かれた可愛らしい小さな看板が掛かったえんじ色の鉄製ドアの前でインターフォンを押しました。
「ダブルイーの森下です」
 はーい、というお声とともにドアが開き、里美さまがニッコリ、可愛らしいお顔を覗かせました。

「直子ちゃん。わざわざありがとうね。さ、入って入って」
 普通のお家みたく玄関は沓脱ぎになっていて、フワフワしたスリッパを勧められました。
「お客様にゆっくりくつろいでいただきたいと思って、靴を脱いでいただくようにしたの」
 短い廊下の向こうにもう一枚ドアがあり、それを開くとカラフルな空間が広がっていました。

 一見、ファンシーショップのようなポップでキュートな印象。
 明るい壁紙、アートなポスター、整然と並ぶガラスショーケース、ゴージャスなマネキン人形たち。
 ただし、ショーケースに並ぶ色とりどりのグッズたちは、よく見るとみんな卑猥な形状。
 マネキンたちが着ているのは、布面積が極端に少ない下着だったり、スケスケだったり、ラテックスだったり。
 お部屋の中央に6人掛けくらいの大きなテーブルが置いてあり、その上にもアダルティなラブトイズがいくつか並べてありました。

 それでも全体の雰囲気はファンシー側に踏みとどまっていました。
 スイーツの充実した女子向けのオシャレカフェテラスの感じ?
 通りに面した側に並ぶ窓を飾る、真ん中分けの花柄ドレープカーテンがメルヘンチックな雰囲気を盛り上げています。

「ここって、もともとはけっこう広い喫茶店だったの。ショールーム部分は、その雰囲気を残して、壁で区切った向こう側がオフィスと倉庫ね」
 マネキンやトルソーが並んだ壁を指さして、里美さまが教えてくださいました。
 マネキン人形たちの隙間に、そちらへつづくのであろうドアが見えました。

「今日は、バイトの子達には先に上がってもらったから、今ここにはわたしと直子ちゃんだけ。そのほうがリラックス出来ると思って」
 グラスに注いだ飲み物をテーブルの上に置いて、里美さまが微笑まれます。
 今から見ず知らずの人に自分の恥ずかしい性癖をご披露すると思うと、とてもリラックスどころではありませんが、そのお心遣いが嬉しいです。

「ロープは持ってきた?おっけー。わたしも直子ちゃんの自縛レクチャー、楽しみだわ」
 やっぱり自縛を実演することになるようです。

「あの、えっと、縛るときは、やっぱり裸になったほうが、いいのでしょうか?」
 気になっていたことを恐る恐るお尋ねしてみました。
 里美さまは一瞬びっくりされたようなお顔になり、それからクスッと笑われました。

「そのへんは直子ちゃんに任せるわ。裸でも下着でも。なんならここにある衣装で気に入ったのがあったら、着てもいいわよ」
 そこでいったんお言葉を切り、私の顔をまじまじと見つめる里美さま。

「でも意外ね。そんなこと聞くなんて」
 少し苦笑いが混じったような笑顔を作って私に向け、里美さまがつづけました。
「直子ちゃんなら、こういう機会は喜び勇んで全裸に成りたがるんだろうと思っていたわ。ひょっとして何か常識的なしがらみかなにかで遠慮している?ショールームの運営に迷惑がかかるとか?責任者としてのわたし的にはぜんぜんかまわないのよ?」
 私の目を覗き込むような里美さまの視線。

 それまで里美さまとは、あまり親しくお話したことはありませんでした。
 出会いの場であったお姉さまのランジェリーショップでは、店員さんとお客さんの間柄でしたし、就職してからは、ネットショップのご担当者としてお仕事を通したおつきあい。
 イベントのときも、ミサさま指揮の元、パソコンのオペレーターとして楽屋で常にクールにお仕事されていました。

 ただし、それこそお姉さまとの出会いのときから、先日のイベントまで、里美さまは私のヘンタイ性癖の行状を間近でつぶさに目撃されていました。
 イベントの楽屋や打ち上げの席でのリンコさまたちの会話もすべてお耳に入っていたはず。
 私があの場でスタッフ、関係者全員のマゾペットとなったのは、ご存知のはずでした。
 
 それでも、今日も私のことを呼び捨てではなく、ちゃん、付けで呼んでくださったり、他のスタッフのかたたちみたいに、私を辱めて愉しもうとも思っていらっしゃらないようなご様子に見えました。
 そういうことには淡白なかたなのかな?
 でも、ランジェリーショップのときには、気絶した私の膣に指を挿れてイタズラされていたらしいですし・・・
 里美さまとは、あくまでも別々の会社の社員、という関係でもあり、どう接すれば良いのか、決めかねていました。

 出会ったときは、お姉さまと里美さまの店長と店員の関係を超えていそうな深い信頼関係に、お姉さまとの仲を疑ったりもしちゃったけれど、里美さまの品があって凛々しい佇まいは、ほのかさまと通ずるところもあり、大好きでした。
 里美さまもリンコさまたちのように、興味津々でエスっぽく振る舞ってくださったほうが、気持ち的には楽なのですが。

 まあ、いずれにせよ、綾音さまから今日は里美さまに従うように命ぜられていますので、先ほどの、わたし的にはぜんぜんかまわない、というお言葉が里美さまのご希望と解釈し、今日、お客様の前で裸になることは、私の中で決定しました。

「それでね、直子ちゃん、ちょっと変装しておいたほうがいいと思うのね」
 里美さまが真剣なお顔でおっしゃいました。
「今日来る3人の内のおひとりが、ご近所に住んでいらっしゃるらしくて、よくあのオフィスビルのモールにもお買い物に行かれるそうなの」
「今日のレクチャーの後で、そういうところでバッタリ出くわしてしまったら、お互いに気不味いでしょう?お客様も直子ちゃんも」

「えっ!?3人ですか?」
 びっくりして尋ねました。
「あれ?早乙女部長、教えてくださらなかったの?イジワルだなあ」
 苦笑いの里美さま。

「昨日メールが来たの。友達も連れて行っていいかって。同じ大学のサークルのお仲間らしいわ」
「調べてみたら、そのかたたちもうちで数回の購入履歴があったし、そのうちのおひとりは、どうしても欲しいものがあるっていうことだったからオッケーしたの。ちょうど在庫もあったから」

「倉島さん、っていうかたが予約を入れてくださったお客様ね。女子大で文芸系の同人サークルに所属されているみたい」
 
 唐突に里美さまが座っている私の背後に回り、私の髪を弄り始めました。
 私に変装を施してくださるみたい。
「直子ちゃんの髪って柔らかいのねえ。お手入れも行き届いてるからアレンジしやすそう」
 いつの間にかヘアスプレーまで持ち出してきて、左サイドの辺りをまとめ始めます。

「でーきたっと。うわー。すごく稚くなっちゃった」
 5分位の髪弄りの末にお声があがりました。
 コンパクトを目の前に差し出され、鏡を覗き込みました。

 両サイドの上の方で大きな赤いリボンに左右それぞれまとめられ、緩くウェーブのかかった髪が垂れ下がるツインテール。
 正面は真ん中分け。
 ツインテールなんて多分、小学校のとき以来でしょう。
 確かにずいぶん幼い感じの顔になっていました。

「このあいだの夕張小夜さんと比べたら、雰囲気に親子くらいの違いがあるわね。直子ちゃんて面白い、変幻自在。これなら普通の髪型に戻したら絶対別人」
 ご自分のお仕事にご満足気な里美さま。
「こんないたいけっぽい子が自縛するなんて、考えただけでゾクゾクしちゃう」
 嬉しそうに私をじーっと見つめています。

「そうだ。どうせなら徹底的に変身しちゃいましょう。今の直子ちゃんに、ピッタリのコスプレ衣装があったのを思い出したの」
 いそいそとマネキンの林を掻き分けてオフィスのお部屋へと入っていかれる里美さま。

 待つこと3分くらい。
 そのあいだ、テーブルの上に並んだグッズを眺めていました。
 レザーの首輪、スチールの手錠、棒枷に繋がった足枷、チェーン、ローソク、バイブレーター、ローション、クリップ・・・
 およそファンシーショップに似つかわしくないアブノーマルなものたちが、雑然と並べてあります。
 中には、私にも用途がわからないものも。

 この後、私はお客様の前で裸になって自縛して、それからどんなことをするのか、されるのか・・・
 マゾ気分がどんどん膨らんでいく中、里美さまがスーツカバーと紙袋を提げて戻られました。

「キャラ設定に合わせたサンプルだからサイズが小さいかもしれないけれど、まあ、どうせすぐ脱いじゃうのだし」
 テーブルの上にお洋服を並べながらおっしゃいます。

「同人活動をしているのならきっと、アニメもお好きなはずよね?これもお客様サービスの一環ということで」
「うちはコスプレ衣装のオーダーメイドも承っているから、ひょっとしたら何かオーダーもらえるかもしれないし」

 取り出された衣装は、一見して学校の制服風。
 白のシンプルな半袖ブラウス、茶系のベージュぽいニットベスト、グレイのプリーツミニスカート、そして白い三つ折りソックス。
「着てみて、着てみて」
 里美さまの楽しそうに弾んだお声。

 その日は、脱ぎやすいようにと前ボタン開きのゆったりしたワンピースを着てきました。
 下着は、濡れジミが目立たないように黒の上下。
 里美さまに促されて立ち上がり、ワンピースの前ボタンを外し始めます。

 里美さまの真っ直ぐな視線が注がれる中、ワンピースを脱いで下着姿に。
 今回はここまでで許されますが、お客様がいらっしゃったら、すべてを脱がなければいけないのです。
 乳首と肉芽にグングン血液が集まってくるのがわかりました。

 衣装は全体的に少し小さめでした。
 ブラウスとベストにおっぱいが押し潰される感じ。
 ミニスカートも付け根ギリギリで、少し伸びをしたら黒い股間が覗けそう。

 最後に三つ折りソックスを履いて鏡を覗くとわかりました。
 髪色こそ違いますが大きめな赤いリボンのツインテールに、学校の制服風衣装。
 少し前に流行ったラノベ原作近未来学園都市ものアニメの準主役級キャラクターでした。

「やっぱり似合うわよ直子ちゃん。作品設定通りに中学生って偽っても通っちゃいそう」
 いえいえ、それは絶対ナイです。
「マリみての衣装もあったのだけれど、こっちにして正解ね。マリみてだと今どきの女子大生は知らないかもしれないし」
「どっちのキャラも、お姉様にぞっこん、っていうところが直子ちゃんと一緒よね?」
 里美さま、意外と流行りの深夜アニメにお詳しいみたいです。

「そろそろいらっしゃる頃ね」
 時計を見ると午後4時まであと10分でした。

「いらしたら、接客はわたしがやるから、直子ちゃんはレクチャーまで、そこに座って適当にしていて」
「お客様のご希望を聞いて、アイテムを一通りご紹介したら声をかけるから、直子ちゃんの出番」
「わたしが聞いているのは、菱縄縛りの実演が見たい、っていうことだけなのだけれど、その他にも何かリクエストがあったら、出来る限り応えてあげてね」

「もちろん直子ちゃんの本名とかは教えないし、ダブルイーの社員ていうことも伏せておくわ。わたしの知り合いのドMの子、って紹介するつもり」
「ロープのお手入れの仕方とかも教えてあげて。けっこう高い本格的な麻縄のお買上げは決定しているから」

「それだけじゃなくて、わたしがお客様とセルフボンデージについてお話しているとき、何か気がついたことがあったらどんどん口出ししてきていいから。お客様も実践している人の言葉を聞きたいでしょうし」
「あ、それと、レクチャー中にわたしが写真を撮るけれど、御社の早乙女部長にご報告するためだから、気になさらないでね」
 慈愛に満ちた表情で、おやさしげに笑った里美さま。

 その笑顔を見て私は、里美さまに思い切り虐められたい、と強く思いました。
 こういうおやさしげなかたが、どのくらいイジワルに、残酷になれるのか、それを見てみたい。
 少し前にカフェでほのかさまに虐められたときに感じた、ビタースイートな被虐感が五感によみがえりました。
 そのためには、まずはマゾの私から、里美さまにかしずかなくては。
 
「わかりました。今日は綾音部長さまから、すべて里美さまに従うようにと言いつけられています。でも、そのお言いつけが無くても、私は素敵な里美さまにすべて従うつもりでここに来ました。何でもご遠慮なくご命令ください」
 自分の口から出る被虐的な言葉に、マゾ性がビンビン反応して粘膜が疼くのがわかりました。

「私はどうしようもない露出狂ヘンタイマゾ女ですから、里美さまと、本日いらっしゃるお客様がたのご要望に、どんなに恥ずかしいことでもすべて、お応えすることを誓います」
 里美さまの目をじっと見つめ、期待と不安にゾクゾクしながら、縋るようにそう宣誓しました。

「うふふ。可愛らしいマゾ子ちゃんだこと。愉しみだわ。期待しているわよ」
 里美さまの瞳にチラッと一瞬、妖しい光が宿ったように見えました。

 そのときチャイムがピンポーンと鳴り、インターフォンからお声が聞こえてきました。
「4時、あっと16時に予約を入れている倉島と申します。ちょっと早く着いちゃったのですけれど、大丈夫でしょうかー」
 緊張されて無理やりハキハキしているような、若い女性の上ずったお声が聞こえました。

「はいはーい。ようこそいらっしゃいませー」
 明るいお声でインターフォンに返し、いそいそと玄関へ向かわれる里美さま。

 私は立ち上がり、テーブルの傍らでお出迎えするべく、ドキドキしながらお客様が入ってこられるのを待ちました。


非日常の王国で 09