2011年6月25日

しーちゃんのこと 14

駅員さんが数人やって来て、一番偉いッぽい人が、駅の事務室に行こう、と痴漢の人に言っているようでしたが、痴漢の人は頑なに拒否しているようでした。
痴漢の人は、今は、体格のいい駅員さん二人に両脇からガッチリと腕をとられていました。
その間に別の駅員さんから、私とカップルさんが事情を詳しく聞かれました。

やがてホームに制服姿のケーサツの人が三人現われ、二人が痴漢の人の腕をしっかり掴み、駅前の交番にみんなで移動しました。
私がいつも使っている改札口とは反対側の改札口前にある交番でした。
愛ちゃんもついてきてくれました。
「なおちゃんのお家に電話して、お母さまにも伝えておいたから。すぐ行くって」
「ありがとう」
本当に愛ちゃんは、頼りになります。
「愛ちゃん、ごめんね。陸上の番組、始まっちゃう」
「いいよいいいよそんなの。ケーサツ終わるまで、なおちゃんと一緒にいてあげるから」
私はまた、涙腺が緩んできてしまい、困りました。

交番では、痴漢の人は奥のお部屋に連れて行かれ、私とカップルさんは、婦警さんからもう一度事情を聞かれました。
愛ちゃんは、心配そうに寄り添っていてくれて、ずーっと私の手を握っていてくれました。
サラリーマンさんは、たとえ裁判になっても目撃者としていつでも証言する、っておっしゃってくださいました。

婦警さんは、私のスカートのさわられていたとこらへんにテープみたいのを貼って、布地の繊維を採取していました。
痴漢の人の指先、爪とかから同じ繊維の破片みたいのが出れば、ほぼ100パーセント有罪なんだそうです。
そうしている間に父と母が車でやって来ました。
父は、珍しく早く帰ってきていたそうで、カップルさんに何度も何度もお礼を言っていました。
両親の顔を見て心底ホッとして、だいぶ気持ちが落ち着いてきました。

カップルさんは、沿線にある同じ会社にお勤めしているそうなのですが、同僚さんたちには内緒でおつきあいしているので、
「今日の騒ぎを同僚の誰かに見られていたら、ちょっとヤバイかもしれないなー」
「でも、そろそろ結婚するつもりだから、バレたらバレたで、それがきっかけになるわよ」
なんて、笑っていました。
なんだかすっごくさわやかな、仲睦まじいカップルさんでした。
ちなみにOLさんのほうが3つ年上なんだそうです。

私は、男性もヘンな人ばっかりじゃなくて、このサラリーマンさんみたいにちゃんとした、カッコイイ人もいるんだな、なんて、ちょっとだけ男性全体を見直したりもしました。

ケーサツの取調べが終わって、カップルさんたちに何度もお礼を言って連絡先を交換してから車に乗り、愛ちゃんをお家まで送って、愛ちゃんのご両親にご挨拶とお礼をして、9時ちょっと前に我が家に戻りました。

痴漢されたことは、すっごくショックでトラウマが甦っちゃうんじゃないか、ってビクビクしていたのですが、今回の痴漢事件は、あんまり後を引きませんでした。
たぶん、みんながすっごく私の行動を褒めてくれたから。

両親からは、怖がらずによくやったと褒められて、愛ちゃんが連絡してくれたらしい、やよい先生からもその夜にお家にお電話をいただいて、盛大に褒められました。
「あたしの言ったこと、ちゃんと憶えていてくれて、実行したんだね」
って言ってくれたときは、嬉しくて泣きそうになりました。

うちの学校の生徒の誰かが、ちょうどあの現場に居合わせていたらしく、翌日の学校でも、うちの生徒が痴漢を捕まえたらしい、と早くもウワサになっていました。
そのときは、その捕まえた生徒が誰だかはまだわからないままで、私もその話題になると、誰なんだろうねー、なんてとぼけていました。
自分から言い出すのがなんだか恥ずかしかったんです。

その日の放課後、担任の先生に呼ばれて、職員室で簡単に事情を聞かれました。
一応ケーサツから学校にも連絡が来たみたいでした。
その後、図書室当番をした帰り道、しーちゃんにだけはお話しました。
しーちゃんもすごく褒めてくれて、私は、なんだか恥ずかしいのでみんなには内緒にしてくれるように頼んでおいたのですが、月曜日の朝、担任の先生があっさりバラしてしまい、クラスのみんなが休み時間に私の席のところに来て、口々に褒めてくれました。

実際に捕まえたのは私ではなく、あのステキなサラリーマンさんなのだけれど・・・

そして、このお話には思わぬオチがつきました。

後日、母がケーサツの人から聞いたところによると、捕まった痴漢の人は、ずっと黙秘をしていたらしいのですが、持っていたカバンを調べたら、どうやら望遠レンズや赤外線レンズで盗撮したらしい、どこかの民家やマンションでの女性の入浴姿や着替えの写真が何枚か見つかったのだそうです。
その後、私のスカートの布地の繊維成分が痴漢の人の爪から検出され、私への痴漢行為も確定しました。
余罪がありそうなので家宅捜索したところ、自分で盗撮したらしいビデオや写真がパソコンとかから大量にみつかったらしいです。
痴漢行為を書きとめた日記みたいのもあったみたい。
盗撮していたのは、全部あの鉄道の沿線のお家やマンションで、そういったことの常習犯だったみたいです。

そしてなんと、この痴漢の人は、私が通っている高校の3つ先の駅にある偏差値高めで進学校として有名な男子高の化学の先生だったのでした。
沿線周辺ではかなりの話題になって、地元の新聞にも結構大きく記事が載ったほどでした。
もちろん、新聞に私の名前は出なかったのですが、少なくとも私のクラスでは、私がその被害者っていうことはすでに知られていました。

記事が出て、一週間くらい後になって、しーちゃんがしーちゃんのお姉さん、うちの学校の生徒会長さん、から教えてもらったお話です。
その男子高のある生徒もその日、たまたま現場に居合わせていて、その男子高でも翌日、化学教師の誰々があの女子高の生徒を痴漢して現行犯で捕まった、っていうニュースが大々的に広まりました。
いつの間にかそのお話にどんどん尾ひれが付いて、その女子生徒が教師の手をグイッとひねり上げて駅員に突き出した、とか、ひねられて教師の右腕の関節がはずれた、なんていう大げさなお話にまでなり、あの女子高つえー、こえー、ってことになって、その男子高生徒と合コンを予定していた、うちの高校の先輩たちに何件も、合コンキャンセルの連絡が相次いだらしいです。
あと、その化学教師は、ネチネチ陰険で粘着質な性格だったらしく、その男子高の生徒からの評判もあまり良くなかったとか。

確かに、その新聞記事が出てからしばらくは、休み時間に知らない先輩たちが私のクラスを訪れて、痴漢捕まえたのってどの子?ってヒソヒソ聞いていたみたいです。
私は、そんな大げさなお話になっているなんてぜんぜん知らず、注目されるのがひたすら恥ずかしくて、ひたすら気づかないフリをしていたのですが・・・
そんな感じで、私は校内で、ちょっとした有名人になってしまっていました。

9月末の中間テストが終わると、その後は体育祭、遠足、文化祭とビッグイベントがつづき、学校内全体が活気づいていました。
とくにこの学校の文化祭は、二日間に渡って大々的に行なわれ、合唱や演劇など毎年趣向を凝らした演目が近隣の一般の人たちにも評判が良く、外来のお客様も多数訪れる地域の一大イベントになっていました。
普段は女子ばかりの学内に、身内以外の男性がたくさん訪れてくる唯一の機会でしたから、慢性のカレシ欲しい病にかかっている大多数の女の子たちがソワソワ盛り上がって、学校全体のテンションが日に日に上がっていくのがわかりました。

私たちのクラスでは、クラスのお教室でヤキソバ喫茶をやることになりました。
お教室内では火が扱えないので、ホットプレートを持ち寄ってヤキソバを作り、ついでにコーヒーや紅茶も出す、ということで、私としーちゃんは、一日目の調理係になりました。

私が所属している文芸部では、機関誌の発行と、図書室で古本のバザーをやります。
中川さんと山科さんがいる演劇部は、講堂のステージで三年の先輩が脚本を書いたオリジナルの演劇をやるのですが、中川さんたち一年生は全員裏方さんで、まだステージには立てないそうです。
軽音部に入った友田さんは、3人組のロックバンドを組んで最終日のステージで2曲歌うそうです。
しーちゃんの美術部は、美術室に部員全員の作品を飾り、喫茶室をやりながらCGで作った絵ハガキなども売るそうです。

文化祭が近づくに連れ、私もクラスのお友達も、毎日部室に顔を出す生活に変わっていきました。
放課後は、クラスでの文化祭準備をしてから、それぞれが所属する部室に向かい、遅くまで部での準備に励むという忙しい日々がつづき、しーちゃんと一緒にまったり下校出来ない日々が何日もつづきました。


しーちゃんのこと 15

2011年6月19日

しーちゃんのこと 13

二学期が始まって少し経ったある木曜日の夜のこと。
バレエ教室のレッスンを終えた私は、愛ちゃんと一緒に帰宅するために駅に向かっていました。
二人、別々の高校の制服姿でした。

「あべちん、はっきりお断りしたみたいだよ」
「へー」
「相手の男、逆ギレ気味だったらしいけど、今後もしヘンなことしたら、あんたの恥ずかしいメール全部、プリントアウトして学校の掲示板に貼り出すからね、って言ってやったら、死ね!ブス!って子供みたいな捨て台詞吐き捨てて、駆け出してったって。なんだかねー」
愛ちゃんが苦笑いを浮かべて教えてくれました。

お教室の発表会が近いため、その準備をお手伝いしていたので、いつもの時間より一時間くらい遅くなって、ターミナル駅に着いたときは7時を少し回っていました。
母にはあらかじめ言っておいたので、門限的な問題はないのですが、別の問題が起こっていました。
駅が大混雑。
2時間くらい前に沿線で人身事故があったらしく、運転再開された直後のようです。
「すごいねー」
「こんな混雑、珍しいねー。乗れんのかなー?」
「ちょっとどっかで時間潰してく?」
「あ、でもあたし今日、8時から絶対見たい番組があったんだ。陸上の大会の総集編」
「そっかー。じゃあ乗っちゃおうか?」

ホームもギッシリ。
こんなに混んでると痴漢とか出そうだから、女性専用車両まで行こうということになったのですが、ホームを進むのもままなりません。
それでも人をかき分け進んでいるうちに、電車がホームに到着しました。
ギッシリ満員状態で、どう見たってこれ以上、乗り込むことは出来そうにありません。
でも、電車のドアが開くと、思った以上にたくさんの人が降りてきました。
ターミナル駅なので、乗り換えのお客さんが多いのでしょう。
ゾロゾロ降りる人の波が途切れると、今度はホームから電車の入口へザザザーッと人が流れ込みます。
人波に押され、私たちも近くのドアに吸い込まれるように飲み込まれてしまいました。
女性専用車両まであと2両というところでした。
愛ちゃんもいるから大丈夫、と思っていたら、いつの間にか隣にいたはずの愛ちゃんの姿が見えなくなっていました。

私は、電車の連結部分のドア横の壁にからだを押し付けられていました。
左手で持っているスクールバッグが壁と自分のからだの腰の辺りの間に挟まれてクッションみたくなっています。
何も持っていない右手は、とりあえず壁にべたっとつきました。
私の左右横は、同じような姿勢の中年サラリーマン。
左肩あたりの背後からぎゅうぎゅう押され、右肩のあたりにかろうじて少し空間がありました。
首を右にひねって見ると、見えるのは誰かの肩や背中ばかり、ドアの窓からの景色さえ見えず、いわんや愛ちゃんの姿をや。
私の右後ろには、OLさんらしいグレイのスーツ姿の女性の背中が見えました。

私が乗り込んだのは、通勤通学時間だけ走っている快速でした。
バレエ教室のあるターミナル駅を出ると、途中駅を二つとばして私の降りる駅まで止まらずに行きます。
こんな混雑ですから、いちいち駅に止まるより一気に走ってくれたほうが時間も短かく済んで助かるかな。
これは、ある意味ラッキー?
そんなことを考えていたら、電車が動き始めました。

電車が揺れるたびに、背後からぎゅうっと押されて、からだが壁に押し付けられます。
さっきから私のお尻、臀部左側に何かがピタッと押し付けられていました。
誰かのカバンか太腿かな?
最初はそう思っていたのですが、そのうち、その押し付けられたものがサワサワと動き始めました。
撫ぜるように、軽く掴むみたいに。
手のひら・・・

痴漢!
一瞬、パニックになりました。
そのスカート越しにお尻を這い回る手の感触は、間違っても気持ちいいなんて種類のものではなく、ゾワゾワと悪寒が何べんも背筋を駆け上ります。
トラウマになっている、あの日の感触にそっくり。
私は、一生懸命腰を引いて、その手から逃れようとしますが、その手はぴったりとお尻に貼り付いて、ますます大胆に動いてきます。
怖い。
助けて。

そのとき唐突に、私がトラウマを受けた後、バレエ教室のやよい先生にご相談したとき、言われた言葉を思い出しました。

「そこでその男に何の負い目も背負わさずに逃がしちゃうと、次また絶対どこかで同じことするのよ、そのバカが」
「それで、また別の女の子がひどい目にあっちゃう可能性が生まれるワケ」
「そのときに大騒ぎになれば、たとえそいつが捕まらなくても、騒ぎになったっていう記憶がそのバカの頭にも残るから、ちょっとはそいつも反省するかもしれないし、次の犯行を躊躇するかもしれないでしょ?」
「もし、万が一、また同じようなことが起きたら、絶対泣き寝入りしないでね。他の女性のためにもね。なおちゃんならできるでしょ?」

逃げちゃだめ。
やよい先生とのお約束、守らなきゃ。

痴漢の対処法は、やよい先生がバレエの合間に教えてくれていました。
大声をあげる。
足を思い切り踏んづける。
さわっている腕を掴まえてひねるようにしながら高く上げる。

足を踏んづけようにも、自分の足もほとんど動かせない状態ですし、私の後ろにある足が痴漢の足とは限りません。
迷っているうちに、お尻を這い回る手は、お尻のワレメのあたりをスリスリし始めました。
まだ電車が走り始めて2分くらい。
次の駅に着くまであと4~5分間もこのままの状態でいるのは耐えられません。

なんとか首を曲げて、左肩越しにいるであろう痴漢の顔を見てやろうと思うのですが、左肩を強く押されていて首が曲げられません。
仕方ないので、反対側の右後方に首をひねりました。

グレイスーツのOLさんの背中肩越しに、OLさんより20センチくらい背の高い、紺のスーツ姿の若いサラリーマンさんが視線を下に落として、こちらを向いていました。
髪をちょっと茶色っぽく染めていて、けっこうヤンチャそうなイケメンさんでした。
OLさんの左手が脇からそのサラリーマンさんの背中に回っていて、OLさんがサラリーマンさんにもたれるように立っているので、二人は恋人同士、カップルさんなのかもしれません。

そのサラリーマンさんがフッとお顔を上げて、私と目が合いました。
サラリーマンさんが私の目をじっと見て、声には出さず、
「ち・か・ん・?」
ていう形に、問い質すようにゆっくり口を動かして、少しだけ首を横に傾けます。
私は、その人の目を見ながら小さくうなずきました。
背の高いあのサラリーマンさんからは、私がさわられているお尻のあたりがきっと見えているのでしょう。
そこに貼りついた手は、今度はスカートの布地をつまんで、ソロリソロリとまくりあげようとしていました。

もうがまんできませんでした。
サラリーマンさんと目があったことで、勇気も湧いてきました。
首を正面に戻して、左手を掴んでいたバッグから離しました。
バッグは私のからだと電車の壁に挟まれているので、下に落ちることはありませんでした。

やめてくださいっ!って大声で叫ぶと同時に、痴漢の腕を掴もう。
そう決めました。

お尻側のスカートの布がスルスルと上に持ち上がっていくのがわかりました。
もう猶予は、ありません。
痴漢の手が中に侵入してきたりなんかしたら・・・

一回深く息を吸って、
「やめてくだいっ!」
ありったけの声をはりあげたとき、
「こいつ、痴漢ですっ!」
後方からも男性の大きな声が聞きこえてきました。
あのサラリーマンさんが、誰かの手首を掴んで高く上に上げていました。
その瞬間、私のスカートも強く引っぱられるようにまくり上げられちゃったみたいでした。

気がつくと、こんなギュウギュウの満員電車のどこにそんな余裕があったのか、私たちのまわりだけ20センチくらいずつの空間が空いていました。
その空間の中にいるのは、私とサラリーマンさんとOLさんのカップルと痴漢の犯人。
サラリーマンさんは素早く痴漢の人を背後から両腕をとって羽交い絞めにしていました。
痴漢の犯人は、白髪まじりで中背、痩せ型の、一見品の良さそうな中年の男性でした。
着ている麻っぽいスーツがちょっとくたびれている感じもしました。

「何するんだっ!冤罪だっ!」
痴漢の人が大声を出して足をジタバタさせています。
「アナタ、お尻さわれてたのよね?」
グレイスーツのOLさんが聞いてきます。
「は、はいっ!」
私は上ずった声をあげて、大きくうなずきました。
「おまえがこの女の子のお尻さわってたの、俺は見てたんだよっ!」
サラリーマンさんが暴れる痴漢を恫喝するように、大声を出します。
「こんなに混んでんだ。もしさわったとしたって不可抗力だ!」
痴漢の人も負けてはいません。
「不可抗力でスカートつまんでまくったりするかい、ボケッ!いい年こいて、恥を知れ!」

まわりの乗客たちが、ある人は驚いたように、ある人は好奇の目で、私たちをジロジロ眺めてきます。
やあねえー、とか、だせーなー、とかヒソヒソ声も聞こえてきます。
みんなに注目されて、すごく恥ずかしいのですが、それ以上にコーフンしていました。
もちろん性的な意味ではなく、何て言うか、正義感的に。

「次の駅でケーサツに突き出すから、覚悟しとけっ!」
サラリーマンさんがもう一度吠えたとき、電車が減速を始めました。
「アナタも一緒に降りてね、面倒だけど」
OLさんがやさしく言ってくれます。
「は、はい。ありがとうございます」
OLさんは、お化粧がちょっと濃い目でしたが、キャリアウーマンぽいお仕事が出来そーな感じのキレイな人でした。

駅のホームに降りると、OLさんが走って駅員さんを呼びに行き、サラリーマンさんは痴漢の人を羽交い絞めにしたまま私と二人で立っていました。
痴漢の人は、観念したのか不貞腐れたのか、大人しくなっていました
ホームに居た人たちが、何事か?みたいな感じで遠巻きに眺めてきます。
愛ちゃんがどこからか駆け寄ってきました。
「痴漢?こいつ?うわー、災難だったねー」
心配そうに私の肩を抱いて、羽交い絞めされている痴漢の人を睨みつけてくれます。
「うん。でも、この人が捕まえてくれたの・・・」
私は、愛ちゃんのお顔を見て、一気に緊張が緩んだみたいで、目頭がジンジン熱くなってきてしまいました。


しーちゃんのこと 14

2011年6月18日

しーちゃんのこと 12

放課後の美術室で強制的にヌードモデルをさせられる妄想、がすっかり気に入ってしまった私は、6月のムラムラ期はずっと、その妄想ばかりで遊んでいました。
妄想の中の美術部先輩がたは、回を重ねるごとにどんどんどんどんイジワルになっていきました。
とんでもなくえっちなポーズを無理矢理とらされたり、写生も兼ねて、と校庭の人目につかない木陰に裸のまま連れ出されたり・・・

ニノミヤ先輩たちとのその後について、しーちゃんからの続報はありませんでした。
あの後、もう一度6人でヌードクロッキー会をやったのか?
すっごく気になっていたのですが、しーちゃんから言ってこない以上、そんなことを唐突に私から聞くのもなんだかいやらしいかな、って思い、聞けないでいました。

そうこうしているうちに学期末のテストが近づき、それが終わるともう、高校生になって最初の夏休みが間近になっていました。

あと数日で夏休みというある日の放課後。
いつものようにしーちゃんと下校しようと一緒にお教室のドアを出たところで、背後から誰かに声をかけられました。
「アナタたち、本当に仲良しなんだねー。いつも一緒じゃん?」
同じクラスの浅野さんでした。

浅野さんとは、ほとんどお話したことはありませんでした。
浅野さんは、中間テストが終わった後、突然、綺麗なウェーブの長い髪を明るめな茶色に染めてきて、クラス中を驚かせた人でした。
先生からは、少し注意を受けたみたいでしたが、テストの成績は優秀だったらしく、それ以上のお咎めはなかったみたい。
学校のバッグの他にブランドのロゴが入った大きなバッグをいつも持ってきていました。

学校には内緒でこっそり雑誌の読者モデルをやっていて、あのバッグには着替えが入っていて、放課後にどこかで私服に着替えて繁華街に遊びに行っている・・・
そんなウワサもある、うちの学校にしては珍しい、遊んでいる系、派手め系の超美人さんでした。
でも、別に怖い雰囲気ではなくて、言葉遣いはちょっと上からっぽいけれど、どちらかと言うと気さくな感じの人でした。
もう一人、同じような感じの本多さんという、これまた美人さんなクラスメイトとよく一緒に行動していました。

「ヒマだったらでいいんだけどさ・・・」
浅野さんが私としーちゃんの顔を交互に見ながら、長い睫をパチパチさせます。
「アナタたち、合コン参加する気、ない?」
思いがけない提案に、私としーちゃんは顔を見合わせます。
「先輩に頼まれちゃってさー。あたしたち、今度の土曜日、夏休み初日ね、ちょっと大規模な合コン企画してんだけど、なるべくカワイイ子、集めてくれって言われちゃってんのよー」
「アナタたちくらいなら、男どもも喜ぶだろーなー、って思ってさ。ちなみに相手は大学生と、社会人でも一流どころ」

男ども、って言われたときに、私は反射的にドキッとしてしまい、たぶんおそらく、一瞬、露骨にイヤな顔をしたんだと思います。

私の右隣に立っていたしーちゃんが左手を伸ばしてきて、私の右腕にスッと絡め、しっかり腕を組んできました。
それからニッコリと浅野さんに微笑みかけて、
「お誘いは嬉しいんだけど、ワタシたち、こういう関係だから、ワタシたちが参加しても男の人たち、しらけちゃうと思うヨー。ネ?」
もう一度ニッコリ浅野さんに笑いかけてから、同意を求めるように今度は私に目を合わせてきました。

「あ、そうだったの?」
浅野さんの大きな瞳がいっそう大きく見開いて、呆気にとられたようなお顔になりましたが、すぐにキレイな笑みに戻りました。
「アナタたち、ガチ百合なんだー?それじゃあしょうがないねー。他あたるかー」
浅野さんは、拍子抜けするほどあっさりとあきらめてくれたみたいです。
そして、また私としーちゃんの顔を交互に見て、長い睫をパチパチさせました。
「アナタたち、イイ感じなんだけど、男に興味ないんじゃーしょうがないねー。お幸せにねー」
浅野さんは、すっごくキレイな微笑を私たちに投げかけてから、右手をヒラヒラ振り、本当にモデルさんみたいな優雅な足取りで、玄関ホールのほうへ去って行きました。

「しーちゃん、あんなこと言っちゃって、いいの?」
浅野さんを見送って、私たちもゆっくりと廊下を歩き始めました。
腕は組んだままでした。
「なおちゃんがなんだか、本当にイヤそうだったからサー、助けなきゃ、と思って咄嗟に言っちゃった」
しーちゃんが照れたみたいにニッって笑います。
「それに、ワタシたちが仲良しなのは本当のことだし」
「しーちゃん、ありがとう」
私は、すっごく嬉しくなって、心を込めて言いました。

「合コン、ってなんだかめんどくさそーだよネー。男がみんなギラギラしてそーで」
しーちゃんがイタズラっぽく笑いながら、私の顔を探るように覗き込んできます。
「それにしてもなおちゃんて、本当に男の人、苦手そうだよネー?」
「うん・・・」
しーちゃんになら、理由、話しちゃってもいいかな・・・
ちょうどそのとき、玄関ホールの靴脱ぎのところに着いてしまったので、どちらからとも無く組んでいた腕をほどき、靴を履き替えました。
しーちゃんは、それ以上、なんで?とか、一切聞いてきませんでした。

「最近、美術部は、どう?」
駅に向かう道で、さりげなくしーちゃんに聞いてみます。
「うん。コンピューターグラフィックがすごーく便利で面白くって、ワタシもずいぶん使いこなせるようになったヨ。夏休みになったらペンタブっていうパソコンにつなぐペンも買うんだ。そしたらマンガもパソコンで描けるんだヨ」
しーちゃんは、とても楽しそうにパソコンでのお絵かきの方法を詳しくお話してくれました。
しーちゃんにCGを教えてくれているのは、確かニノミヤ先輩だったはず・・・

「それって、ニノミヤ先輩が教えてくれてるんでしょ?」
お話の区切りを待って、思い切って聞いてみました。
「うん。ニノミヤ先輩は教え方が上手でネー・・・」
それからしばらく、ニノミヤ先輩は優しくっていい人だ、っていうお話になりましたが、ヌードクロッキー会のその後やニノミヤ先輩の露出症の話題は出てきませんでした。

しーちゃんが遭遇したニノミヤ先輩の一件は、先輩たちが新入生のしーちゃんをからかうために仕組んだ、一回きりの手の込んだオトナなイタズラだったのかもしれません。
私は、もっとえっちっぽい進展を期待していた分のがっかりした気持ち半分と、なぜだかホッとしている気持ちも半分の複雑な気分で、本当に楽しそうに説明してくれるしーちゃんのお話を黙って聞いていました。

その年の夏休みは、8月の頭から二週間、家族でヨーロッパに旅行に行くことになっていました。
私にとっては、初めての海外旅行です。
母の大学の頃のお友達がイギリスとドイツにいるので、その人たちのお世話になりつつ、ヨーロッパ一帯をのんびりと観光することになっていました。
家族で、と言っても、普通だったら父はそんなに休暇が取れないはずなのですが、タイミング良く、と言うより無理矢理、私たちのスケジュールに合わせてフランスへの出張を入れて、二週間のうち10日くらいは、一緒に行動できるようになりました。
それと、父の妹さんの涼子さんとその旦那さま、私が中二のときのトラウマ事件のときにワインを飲ませてくれた、まあるい体型のテレビ局のディレクターさん、も同じ時期にイギリスに居るので、何日か合流する予定でした。

初めての海外旅行にワクワクな私は、その準備で洋服やら何やらのお買い物をしたり、後顧の憂い無く遊び倒すために夏休みの宿題、さすがに進学校だけあって膨大な量でした、を片付けたりで、夏休み前半から、しーちゃんやクラスのお友達とは、ほとんど遊べない状態がつづきました。

二週間のヨーロッパ旅行を満喫した私は、山ほど買ってきたお土産を渡す、という名目で、久しぶりに中学校時代のお友達を我が家に呼んでお泊り会をすることにしました。
夏休みも残すところあと10日となった蒸し暑い日に、愛ちゃん、曽根っち、ユッコちゃん、あべちん、そしてしーちゃんの5人が我が家に勢揃いしました。

愛ちゃんとは、バレエ教室のたびに会っていたので、お互いの近況は知っていました。
愛ちゃんは、高校でもやっぱり陸上部に入って、今は走り高跳びの記録更新に夢中なんだそうです。
夏の間も練習に忙しかったらしく、キレイな小麦色に日焼けしていました。

ユッコちゃんは、名門水泳部に入って毎日プール三昧。
ピッチリしたタンクトップの隙間からところどころ覗く、競泳水着の形の白い肌がセクシーでした。
胸も少し大きくなったみたい。

曽根っちは、中三のときにおつきあいを始めた一つ年上のカレシと順調に交際をつづけているみたいです。
あべちんからえっち関係のことを聞かれて、言葉を濁していましたが、口ぶりからするともうヤっちゃったみたいでした。
言葉の端々に、そんなことは、たいしたことじゃない、みたいな余裕が滲み出ていました。

しーちゃんも元気そうでした。
「ワタシ、あさってから美術部の合宿で湖畔のペンションに行くんだ。二泊三日だって。テニスもできるらしいヨ」
「へー。しーちゃんの口からテニスなんて、なんだかビックリ」
ユッコちゃんが感心したように言いました。
「しーちゃん、高校行ってから、前より明るくなったよねー?」
あべちんも驚いていました。

「あべちんはねー、夏休み前に2年の先輩から告られて、つきあい始めたんだよー」
愛ちゃんがクスクス笑いながら暴露します。
愛ちゃんとあべちんは同じ公立高校に進んで、クラスは別々でしたが、あべちんが告られた日に愛ちゃんの家を訪ねて来て、聞かされたそうです。
私は、夏休み中はバレエ教室もお休みして愛ちゃんとも会っていなかったので、そのお話は初耳でした。

「でもねー。結局タイプじゃなかったんだよねー」
当のあべちんは、浮かない顔をしています。
「始めは、初めてのことだからワクワクしてたんだけどさー・・・」
「何て言うか、チャラくってさー。顔はまあまあなんだけど、やることなすことガキっぽくて、薄っぺらくて」
夏休み中に3回ほどデートしたのだそうですが、話題はテレビのバラエティ番組の受け売りばっかだし、選ぶ映画はミーハー丸出しだし、カラオケでは裏声で女性歌手の歌ばかり歌うし。
「それで、何かとわたしにさわりたがるんだよねー。3度目のデートの別れ際に無理矢理キスしてこようとするから、突き飛ばして、それ以降連絡とってない」
「何て言うか、結局おまえ、ヤりたいだけ違うんか?って感じでさ。あーやだ!」
あべちんが憤懣やるかたない、って様子でつづけます。
「そしたら、今度はやたらメール送ってきてさ。それがまたキザっぽいキモい文面なんだ。似合わねーよって言ってやりたいけど一切返事してない」
「新学期に学校行って会ったら、はっきりお断りすることに決めました」
あべちんは、らしからぬ真面目な調子でしめくくりました。

そんな感じで久しぶりのワイワイガヤガヤ、楽しい夜通しのおしゃべりでした。
一見、中学校のときとまったく変わらない私たちでしたが、やっぱりそれぞれ少しずつ、オトナへの階段を登っているんだなあ、なんて感じていました。


しーちゃんのこと 13