2010年10月18日

トラウマと私 09

目が覚める寸前まで、すごくえっちな夢を見ていました。
それは、ミサコさんたちがお泊りに来た約2週間前のあの日、お昼寝したときに見た夢と似ていました。
ただ、不思議なことに、まったく気持ちいいとは思えない夢でした。

私のからだをさわっているのは、オオヌキさんやともちゃんの手ではなくて、なんだかもっとザラザラした感触の何かでした。
私は全裸で、なぜだかからだが動かせません。
M性の強い私ですから、今までにも何度か同じような状況の夢は見ていました。
からだが動かせなくて身悶えしながらも、いつしかそのやさしい愛撫に負けて気持ち良くなっていく、というのがパターンでした。
けれどこの日見た夢は、違っていました。
私は、必死にもがいて、その手から逃げ出そうとしていました。
ザラザラした何か、による愛撫がすごくイヤな感じだったんです。

動かないからだを必死にくねらせて、その愛撫から逃れようとします。
それでも、その何かは執拗に私のからだを撫で回してきます。
「やめて、やめて、やめて・・・」
声を出そうとしているのですが、なぜだか声も出せません。
「やだ、やだ、やだ、やだ、やだ、やだ・・・」
私はそう叫んでいるつもりなのに、夢の中では、
「うーん、うーん、うーん、うーん・・・」
という呻き声にしかならないのです。
私は、もうそれ以上どうにも耐え切れなくなって、最後の力を振り絞りました。
「やめてーーーーーーーっ!」
叫べた、と思った瞬間、両目がパチっと開きました。

真っ暗でした・・・
今、自分がどこにいるのかわかりません・・・
一瞬の間を置いて、ザーーっというラジオのノイズみたいなのが私の耳にフェードインしてきました。
そうだ、ここは父の実家のお部屋で、聞こえているのは雨の音、私はベッドの上、私はワインを飲んで・・・

次の瞬間、私のからだの異常に気がつきました。
私は、ベッドに仰向けに寝ていました。
掛けて寝たはずのタオルケットがありません。
パジャマ代わりのTシャツが首のところまでまくり上げられていました。
ショーツが両膝までずり下げられていました。
全身汗まみれでした。

えっ!?
ちょ、ちょっと、なに、これ・・・
と、同時に鼻をつく、酸っぱいような、生臭いような、不快な臭いに気がつきました。
愛ちゃんに連れていってもらって覗いた真夏の運動部の更衣室みたいな臭い・・・

私は、からだを起こそうとしました。
その瞬間に何か、たぶん生き物、の気配を近くに感じました。
ベッドの傍らに・・・誰かいる・・・

そのとき、激しい稲妻がピカピカピカーッとベッド脇の窓から射し込んで、ベッド付近を数秒、明るく照らしました。
ベッドの傍らに立っている、誰か、の姿が闇にくっきりと浮かび上がりました。

太い二本の脚は、太腿のいたるところまで毛むくじゃらでした。
がっしりとした腰まわりから脇腹も引き締まった、筋肉質っぽい体型でした。
おへそから上は、窓から射し込んだ閃光の陰になってしまい、よく見えませんでした。
白っぽいTシャツ?ポロシャツ?をおへその上までまくっていました。

そして・・・

軽く開いた両太腿の付け根の間から、お腹とほぼ平行にまっすぐに天を突いてそそり立つ、太いゴツゴツした棍棒のような物体が生えていました。
それは、何か禍々しい爬虫類のように全体にゴツゴツしながらもヌラヌラとぬめっていて、先のほうで一回くびれていました。
根元のほうは、三分の二くらい硬そうなもじゃもじゃの毛でびっしりと覆われていて、その毛は、お腹をつたい、おへその上までつながっていました。
棍棒の先のほうは、まさに大きな亀の頭そっくりで、濡れてテラテラと赤黒く光っていました。
膝から下もよく見えませんでしたが、どうやら下着、たぶんブリーフを自分の膝のところまで下げているようでした。

嫌な生臭さが一段と強くなりました。

稲妻の光が消えてお部屋に暗闇が戻ってきたとき、その何者かが、
「うわっ!」
と小さく低く声をあげました。
それと同時に、私の裸の左脇腹に、傍らに立つ何者かから垂れてきたらしい液体が一滴、ポタりと落ちました。

私がありったけの声で悲鳴を上げるのと、凄まじい音の雷鳴があたり一面に響き渡るのと、同時でした。

雷鳴が響くと同時にまた、鋭い稲光が窓に走りました。
ベッドの傍らにいた男は、ガサガサっと大きな音をたててその場を飛び退き、ズボンをずり上げながら脱兎の如くドアから出て行く後姿が、稲光のおかげで見えました。
上半身は、白いランニングシャツでした。

私がもう一度悲鳴をあげようしたとき、再びバリバリバリと更に大きな雷鳴が轟きました。
私は、盛大にビクっとして、タイミングを逸してしまいました。

それでも、あわてて上半身を起こし、両手で裸の胸をかばいます。
汗なのか、何なのか、おっぱいからお腹にかけてヌルヌル、ベトベトです。
悲しいことに、乳首が勃っています。

急いでアソコに手をやります。
じっとりと湿っています。
でも、アソコに何か入れられたりは、していないみたいです。

ショーツを上げて、ベッドに座り直して、しばらく脱力してしまいました。

頭の中では、今すぐ母のところへ行って今のことを話して、犯人を捕まえてもらわなければいけない・・・
と、わかっていました。
でも、からだが動きませんでした。
ショックが大きすぎました。
初めて間近で見た・・・大人の男性のアレの・・・

あんなにグロテスクなものだとは、思っていませんでした。
私が見たことあるのは、子供の頃見た小学生のと保健の教科書に載っていた解説図。
いわゆる勃起した状態のソレは、見たことありませんでした。

初めて見たソレは、禍々しすぎました。
邪悪で汚らしい、どこか遠い星から侵略に来た巨大水棲生物の触手のよう。
大人になって恋愛したら、愛情の確認として、あんな醜悪な、あんな気味の悪いものを私のアソコに受け入れなくてはならないのでしょうか?
第一、私のアソコにあんな太くてゴツゴツしたモノが入るわけありません。

稲妻がピカッと光るたびに、今さっき見た場面がフラッシュバックします。
鼻をつく臭いまで甦ります。
そのたびに私は、両目をギュッとつぶって両膝に顔を埋めます。
つぶった両方の瞼の裏にも、その場面が鮮明に焼き付けられてしまっていて、私には逃げ場がありません。

とりあえず一刻も早く、この汚されたからだをシャワーでキレイに洗い流そうと思いました。
シャワーを浴びよう、と思ったとき、ここが自分の家ではないことに気がつきました。
あまりに気が動転していて、お部屋の電気を点けることもエアコンを入れ直すことも忘れていました。

手探りで天井の灯りからぶら下がっている紐をひっぱると、見慣れないお部屋が目の前に広がりました。
そう、ここは父の実家の父のお部屋でした。
エアコンもつけます。
エアコンが止まっていたということは、ベッドに入ってから一時間以上は経っているはずです。

そうだ、シャワーだった。
バスタオルを出そうと思って手が止まりました。
お風呂場は昨日、母と一緒に入ったから場所はわかっています。
でも、もしも私が一人で入っているのを知って、あの男がまたやって来たら・・・

私は、Tシャツをまくり上げて、胸とお腹と背中を乾いたバスタオルで入念に拭きました。
それから、ショーツを少し下げて下半身も入念に拭い、またショーツを穿き直しました。
エアコンが効いてきて、汗が引いていきます。

母も同室のおばさまたちの誰も、まだお部屋に帰って来ないということは、まだ宴会がつづいているのでしょう。
さっきのすごく大きな雷鳴も宴会の喧騒に紛れてしまったのでしょうか。
私の悲鳴も・・・

今、母のところに行って、これこれこういうことがあったと訴えたとします。
母の性格ですから、絶対うやむやにはせずに、徹底的に犯人を捜すでしょう。
父は、実家とあまり折り合いが良くないみたいです。
今日は、父のお父様のお葬式です。
そんな状況で、宴会の真っ最中にヘンな騒ぎをおこしてしまったら・・・

私は、どうすればいいのか、まったくわからなくなってしまいました。

窓の外では、雨がザーザー降りのようです。
雷様は、おさまったみたい。
私は、窓のカーテンをピッタリと閉めました。
お部屋のドアの鍵もかけました。

私は、このお部屋から出られなくなってしまいました。
ベッドの上に正座で座りました。
私には今、母だけが頼りです。
「早く帰ってきて・・・ママ・・・」
涙が一粒、ポタリと落ちました。


トラウマと私 10

2010年10月17日

トラウマと私 08

顔を真っ赤にした小柄なおじさまが空のコップ片手に一人、フラフラと私たちのほうにやって来ました。
おばさまたちにビールを注いでもらって、しばらくワイワイやっています。

そのうちに、いつのまにか私と母のお膳の前に座り込んで、声をかけてきました。
「おやぁ、直子ちゃん。大きくなったねえ」
真っ赤な顔をニコニコさせています。
お腹が突き出た小太りの典型的な中年のおじさまです。
まん丸いツルツルした愛嬌のあるお顔で、悪い人ではなさそうです。

「何年生になったの?」
「中二です・・・」
うつむきがちに答える私。
やっぱり、知らない大人の人との会話は苦手です。
「直子ちゃんも、ママに似て美人さんだねえ」
私は、恥ずかしくなってうつむきます。
「おじさんのこと、覚えてる?」
私に顔を近づけて覗き込もうとするおじさまに、まわりのおばさまたちが、
「ほら、なおちゃん、困っちゃったじゃない」
「なおちゃん、酔っ払いは嫌いだってさー」
「あんた、ちょっと飲みすぎだよっ」
と笑いながらおじさまを叱って、助けてくれました。

おじさまは、乗り出していたからだを戻して、照れ笑いをしながら薄い頭を掻いています。
それから、イタズラっぽく笑ってこんなことを言いました。
「そうだ、直子ちゃん。ワイン飲んでみる?美味しいよ」
まわりのおばさまたちは、
「またあんたはっ!何考えてるの?」
「子供にお酒すすめて、どうするのっ!?」
と今度はさっきより真剣な口調で、口々におじさまを叱ってくれました。

私は、飲んでみたいな、ってなぜだか思いました。
母の顔を見ます。
「なおちゃん、飲んでみたい?」
私は小さく頷きます。
ちょっと考える風をしてから母は、
「それなら、いただいてみれば?帰るのは明日だし、今夜はゆっくり寝れるし、ちょっとなら大丈夫でしょう。何事も経験よ」
と言って、私の頭に軽く手を置きました。

嬉しそうな顔になったおじさまは、お部屋の端のほうに置いてあるクーラーボックスから、わざわざまだ口の開いていない白ワインのボトルを持ってきてくれました。
オープナーでコルク栓をくるくると開けてくれます。

「これは、すごくいいワインだよ」
言いながら、大きめのワイングラスに半分くらい注いでくれます。
「これはね、おじさんがケチなんじゃないんだよ。ワインはね、香りも楽しむお酒だから、一度にたくさん注いじゃいけないの」
「ワイングラスの半分ちょっと下くらいがベストやね」
「それで、飲むときは、グラスのこの脚のところ持つんだよ。それがエレガントなレディのマナー」
おじさまが得意げに説明すると、またおばさまたちから、
「あんたの口からマナーなんて言葉、聞きたくないねっ!」
「いつもそんなこと言って、飲み屋で女の子たぶらかしてんでしょ?」
「リョーコさんに言いつけるわよっ!」
いっせいにイジメられています。
このおじさま、おばさまたちに人気あるみたい。

受け取ったグラスを言われた通りに脚のところを持って、母の顔を見ました。
母が頷きます。
私は、おそるおそるグラスを自分の唇に近づけていきます。
その場のみんなが私に注目しています。

葡萄のいい香りが私の鼻をくすぐります。
唇についたワイングラスを少し上に傾けると、冷たい液体が口の中に流れ込んできました。
酸っぱくて、ちょっと苦くて、かすかに甘味もあって。
美味しいと思いました。

「どう?」
おばさまの中の一人が聞きます。
「・・・美味しいです、とても」
小さな声で答えます。
「そう。やっぱりなおちゃん、お母さん似ねー」
「このあと、からだがポカポカして気持ち良くなってくるから」
「でも、本当は20歳になるまで飲んじゃいけないのよ」
おばさまたちがまた、いろいろ言っています。
母も微笑みながら私を見ています。

その間に、グラスに残っている液体をゆっくりと飲み干しました。
「もう一杯飲むかい?」
空になったワイングラスを見て、おじさまが調子に乗って聞いてきます。
私は、また母の顔を見ました。
母は、今度はきっぱり首を左右に振りました。

それが合図だったかのように、その場の話題は私から離れて、おばさまたちがまた違う話題でおしゃべりし始めます。
おじさまも立ち上がって、私にヒラヒラと片手を振ると、またフラフラと他のグループのほうへ歩いて行きました。

その姿を見送りながら私は、顔が急激に火照ってくるのを感じていました。
からだ中がポカポカしてきて暑いくらいです。
そして、なぜだか急激に眠くなってきました。

「あらー、なおちゃん、顔真っ赤」
母の声で、目が開きました。
どうやら、その場で数分間うつらうつらと居眠りしてしまっていたようです。
「あらあら、なおちゃん、お部屋に戻って、しばらく横になってなさい」
「・・・うん」
私は、立ち上がろうとしますが、からだ全体に力が入りません。
胸の鼓動がすごく早くなっている気がします。
「しょうがないわねー。初めてのお酒だし、ま、仕方ないか」
母は、私の片腕を肩にかけて抱き起こしてくれました。
「ちょっと、直子を部屋で休ませてきます」
おばさまたちにそう告げて、私をよいしょっとおぶってくれました。

「なおちゃん、知らない間にずいぶん重くなったわねえ」
母は、そんなことを言いながら、私を背負って渡り廊下をゆっくり歩いていきます。
母におんぶされるのなんて、何年ぶりなんだろう?
私は、猛烈に眠たい頭ながらも、すっごく嬉しく感じていました。

お部屋に着くと、なんとか一人で立てました。
「ちゃんとお着替えしてから、ベッドに入りなさいね。そのまま寝たらワンピース、シワシワになっちゃうから。一人でできる?」
母がやさしく聞いてくれます。
「うん。なんとかだいじょうぶみたい。ママありがとう。ごめんね」
「一眠りして、具合良くなったらまた、一緒にお風呂に入りに行きましょう。ママ、もう少し宴会のお付き合いしてくるから、何かあったら呼びにきなさい」
「はーい。それじゃあとりあえずおやすみなさーい」
「はい。おやすみ」
母は、ゆっくりとお部屋を出て行きました。

私は、少しよろけつつ、ワンピースを脱いで、胸もなんだか息苦しいのでブラジャーもはずしました。
全身がほんのりピンク色に火照っていました。
パジャマ代わりに持ってきていた丈長め、ゆったりめのピンクのTシャツを頭からかぶります。
エアコンのタイマーを一時間にセットして、電気を消してベッドに潜り込みました。
ベッド脇にある大きなガラス窓を、強風に吹かれた雨が時折強く打ちつけているようで、パラパラと音がします。
雷鳴は聞こえませんが、稲妻がときどき光っているみたい。

「カーテン閉めたほうがいいかなあ・・・」
なんて思いながらも、ズルズルと眠りの淵に引き摺り込まれていきました。


トラウマと私 09

2010年10月16日

トラウマと私 07

いろいろと楽しかった夏休みも、終わりが近づいてきた8月下旬、悲しいお知らせが我が家に届きました。
父のお父さま、私から見ればおじいさま、が病気で亡くなったっというお知らせでした。

父の実家は、現在私たちが住んでいる町から車で、高速道路を使って3時間くらいの山間の町にあります。
父は、四人兄弟の3番目。
上の二人はお兄さまで、下は妹さん、年齢はそれぞれ2、3歳づつくらいの差だそうです。

父にちゃんと聞いたことはありませんが、父は、この数年間ずっと実家に帰るのを避けているように見えました。
あまり実家に近寄りたくないみたい。
私が憶えてる限りでは、私を連れて行ってくれたのは、小学校の低学年の頃に一回だけ。
とても広くて立派なお屋敷だったのは、薄っすらと憶えていますが、おじいさまやその他の親戚の人たちのことは、お顔も含めて何も憶えていません。

父も母も、自身の実家のことについては、ほとんど話題にしませんでした。
母がたまに、結婚前の思い出を聞かせてくれるくらい。
私もあえて聞く必要も無かったので、今に至るまで、両親の実家のことは、よく知らないままです。

そんな父でもさすがに、お父さまがご病気だったことは、知っていたのでしょう。
母が父の実家から電話をもらい、すぐに父のケータイに電話をしたら、すごく冷静だったそうです。
その日父は、珍しく夜の8時前に家に帰ってくると、どこかに何本か電話をしていました。
翌日朝早く、親子3人で父の実家へ行くことになりました。

8月最後の金曜日の早朝、父の運転で父の実家に向かいました。
篠原さん親娘もご一緒に、とお誘いしたらしいのですが、ともちゃんがカゼ気味らしく、様子を見て、なるべく明日の告別式だけは参列したい、ということになったそうです。
篠原さんは、亡くなったおじいさまのお姉さまの次男の娘さん、だそうで、私から見ると、はとこ、になるのかな?

途中、サービスエリアでゆったりと朝食を取ったり、高速道路を降りてからは、有名なお城跡に寄り道したりして、その間、まったくおじいさまとは関係の無いお話ばかりしてて、父の実家の門をくぐる頃には、午後の3時を回っていました。
父は、本当に実家に帰るのがイヤなんだなあ、ってよくわかって、ちょっと可笑しかったです。

数年ぶりに訪れた父の実家は、やっぱり広大なお屋敷でした。
丁寧ににお手入れされた立派な樹木が立ち並ぶ石畳を抜けると、広いお庭に出て、何人ものお客様が入れ替わり立ち代り、お庭を右往左往していました。
お家も和風で、一見、大きなお寺みたいな立派な造り。
お庭に面した廊下を隔てた20畳以上ありそうな畳敷きの大広間で、お通夜の準備が始まっていました。

父は、なんだか急に忙しそうで、こっちに着いてからは、知らない男の人たち数人とずっと一緒に行動していました。
母は、幾人かの人たちとご挨拶を交わしていましたが、私は、誰一人として知りません。
私と同じくらいの年齢の男女もちらほらいましたが、誰が誰やら全然わかりません。
なので、私はその三日間ずっと、母にぴったりくっついていました。

着いた日の夕方からお通夜で、すごくたくさんの方々が訪れてきました。
花輪がたくさん飾られて、聞いたことあるような政治家さんの名前もちらほら見えました。
父の会社の名前のもちゃんとありました。
お通夜の仕切りは、専門の人たちがやっているので、私と母は、父のご親戚のかたたちにご挨拶をしてしまうと、まったくヒマになってしまいました。
母も、なんとなく居心地悪そうです。
仕方ないので、大広間の隅っこに並んで座って、二人で小声でテーマ別しりとりをしながら時間が過ぎるのを待ちました。

その夜は、お屋敷に泊まりました。
他にも何人ものかたが、泊まっていくみたいです。
私たちが案内されたのは、大広間から渡り廊下を隔てた離れにある、ベッドが一つだけ窓際に置かれた広い洋風のお部屋でした。
「ここは昔、パパのお部屋だったそうよ」
母が教えてくれました。

そのお部屋に私と母、それに母より年上な知らないおばさま3人と泊まりました。
夕ご飯もお膳をそのお部屋まで運んで来てくれて、そこで食べました。
おばさまたちは皆、気さくな人たちで、
「なおちゃん、本当に大きくなったわねえ」
「この前会ったときは、こんな小さかったのにねえ」
「もうすっかり、女性のからだつきねえ」
などと、口々に言ってくれます。
でも、私は彼女たちが誰なのか全然わかりません。
私にベッドを使わせてくれて、母と3人のおばさまたちは、フカフカの絨毯の上にお布団を敷いて寝ていました。

次の日がお葬式で、車で20分くらいのこれまた大きなお寺に参列者みんなで移動しました。
お屋敷に集まっていた人たちだけでマイクロバス5台が満席、すごい人数です。

「ねえママ、この人たちみんな、あのお屋敷に昨夜泊まったの?」
私がびっくりして聞くと、母は、
「まさかあ。半分くらいの人は今日来られたんじゃない?そう言えば、篠原さんは、来られたのかしら?」
生憎の曇り空で湿気が強く、今にも雨が降り出しそうな蒸し暑い日でした。

お寺では、篠原さんたちと会うことができたので、少しホっとしました。
お葬式の間は、ともちゃんとずっと手をつないでいました。
ともちゃんも黒いワンピースを着ていて、カゼがまだ直りきっていないのか、いつもの元気がありませんでした。

告別式が終わると、篠原さん親娘は、ともちゃんの調子も良くなさそうなので、火葬には立ち会わずにそのまま帰っていきました。
私たち家族は、もう一泊して、明日朝早く帰ることになりました。

夕方からは、お屋敷に戻った人たちが集まり、大宴会になりました。
精進落とし、と言うそうです。
昨夜お通夜をした大広間に、ずらっとお膳が並んでいます。
入りきれなかった人は、廊下に座っています。
100人くらいいるのかな?

大きな祭壇が設えられて、最初は、お坊さんが出てきてブツブツお経をあげていました。
それが終わるとお食事となり、大人たちがお酒を飲み始めて、ワイワイガヤガヤし始めます。
私は母の隣に座り、黙ってお料理をいただいていました。
普段はあまり食べない和食な献立でしたが、お腹が空いていたので、すごく美味しかった。
母は、ビールのグラスを持って知らないおばさまたちとお話しています。
私たちのいる一角は、女性ばかりです。
昨日一緒に泊まったおばさまのうちの一人もいます。
お料理を食べ終わり、退屈になってきた私は、あのお部屋に戻って横になりたいなあ、なんて考えていました。

お外は、空が一段と暗くなって雨が降りだしたみたいで、パタパタと屋根を打つ雨のかすかな音と共に、ときどきピカピカ光る稲妻が天井近くの明かり窓を走っているのが見えました。


トラウマと私 08