即席のメイクルームとした場所は、リビングルーム中央にあるダイニングテーブルのすぐ脇。
リビングへ入った途端、真っ先に視界へと飛び込んでくる場所で、私はご丁寧にもリビングの入口のほうに向いて立っていました。
先頭を歩いていらした早乙女部長、いえ、綾音さまと目が合うと同時に、ガヤガヤがピタリと止まり、お部屋の中が静まり返りました。
綾音さまだけが笑みを浮かべられ、他の4名の方々は、立ち止まったままギョッとしたようなお顔で私を見ていました。
咄嗟に胸と股間を隠そうと、両手がピクッと動いたのですが、訪れた沈黙の重さにそのまま固まってしまい、結局、元の立ち尽くし姿勢のままでいました。
「すごくいいじゃない?しほりさん」
綾音さまがツカツカと近づきながら、私の横のしほりさまにお声をかけられました。
「ええ。わたし自身も納得のいく出来栄えです」
しほりさまが満足そうにおっしゃって、私を視ました。
綾音さまから数歩遅れで、恐る恐るという感じでこちらへとジリジリ近づいてこられる他のみなさま。
「ナオっち・・・だよね?」
私の顔を穴が空くほど見つめたまま、リンコさまが尋ねてきました。
「あっ、しほりん、オハヨー」
取ってつけたようにしほりさまに小さく手を振るリンコさま。
「違うわよ。わたくしが東奔西走してようやくみつけてきた、代役のモデルさんよ」
綾音さまがご冗談ぽくおっしゃる横で、コクンと首を縦に振る私。
「やっぱりナオちゃんなんだ。すごい、見違えちゃったじゃない」
間宮部長、いえ、雅さまのお顔がパッとほころび、私に駆け寄ってきました。
いつものように抱きつこうとされたのでしょうが、私が全裸なことに今更ながらお気づきになったようで、50センチ手前くらいで立ち止まると、嬉しそうなお顔であらためて、私の全身を吟味するようにしげしげと見つめてきました。
ほのかさまとミサさまはまだ、信じられない、という微妙なお顔つき。
不躾な視線、好奇の視線、気まずそうな視線・・・
それらをいっぺんに集中放火され、私、どうにかなっちゃいそう。
それも昨日までは普通に、同じオフィスでお仕事をご一緒してきたかたちから。
「みんな揃ったわね。早乙女部長から聞いたと思うけれど、そういうことになっちゃったの。今日は破れかぶれでいいから、イベントが成功するように、一丸となってがんばりましょう」
いつの間にか背後にいらしたお姉さまが、私の頭越しにみなさまにおっしゃいました。
それから私の正面に来られ、顔をじーっと見つめられました。
「いい感じじゃない、しほりさん。これなら直子を知っている人が見ても、絶対、直子とは思わないはずよ」
お姉さまのご登場で、ようやく場が和み始めたようでした。
「そうですよね。アタシ、部屋に入った途端、なんだ、絵理奈さん来ているんじゃない、って思いましたもの。ウイッグ変えたんだ、って」
リンコさまのお言葉に雅さまも大きくうなずかれました。
「うんうん。ワタシは絵理奈さんをよく知らないから、単純に、ずいぶんセクシーなモデルさんがいるな、って思った」
さすがに晴れのイベントの日。
みなさま、とてもおめかしされていました。
シックな黒のタイトスーツでビシっとキメたお姉さま。
光沢のあるワインレッドのイブニングドレスを艶やかに着こなした綾音さま。
ストライプのパンツスーツがマスキュリンかつエレガントな雅さま。
ミルキーベージュのアフタヌーンドレスで清楚に佇むほのかさま。
いつもの服装からは想像できないベアトップのパーティドレスで超フェミニンなリンコさま。
本番でパソコンや機材をを駆使しなくてはならないミサさまは、動きやすそうなミリタリーっぽいオシャレな制服風、きっと何かのアニメのコスプレなのでしょう。
しほりさまも含めて、そんなオシャレに着飾ったレディたちに取り囲まれた私だけ、一糸も纏わぬ丸裸。
顔だけは綺麗に飾っていただいたとは言え、女性として普段みなさまに隠しておかなければいけない、性的な箇所はすべて剥き出しのまま立ち尽くす、みじめな私。
今日何度目かわからない、ほろ苦くも甘酸っぱい羞じらいと屈辱に、全身が熱く火照りました。
「ねえ、ナオっちの顔って、なんか、ゴーゴー、って感じがしない?」
リンコさまが誰に、というわけでもなさそうな感じでポツンとおっしゃいました。
「わかる。キルビルでしょう?」
逸早く応えられたのは、雅さまでした。
「ワタシ、あの女優さん、大好きなんだ」
「ハーイ!」
突然ミサさまに向けて、お顔の横で小さく手を振るリンコさま。
「ゴーゴーダネ」
すかさずミサさまが、外国人さんぽいカタコトな発音で受けられました。
「ビンゴ。そっちはブラックマンバ」
そこまでつづけたリンコさまが、ミサさまとお顔を合わせてクスクス。
雅さまもほのかさまもしほりさまもお姉さまも、知ってる、というふうにうなずく中、ただおひとり、綾音さまだけが怪訝そうなお顔。
「なにそれ?」
そのお顔のまま綾音さまが、傍のリンコさまに尋ねられました。
「キル・ビルっていう、そこそこ話題になったヘンテコな映画がありまして、それに出てくるゴーゴー夕張っていう女子高校生の殺し屋が、今の森下さんの顔によく似ているんです」
「へー、そうなの?わたくしは、こんなヘアスタイルを見ると真っ先に、山口小夜子さんを思い出してしまうけれど」
「ああ。パリコレに日本人モデルで初めて出演されたっていう、伝説のモデルさんですね」
一同が深く頷かれました。
「なるほどね。それじゃあ直子のモデルとしての芸名は、夕張小夜、にしましょう。ちょうどさっきひとりで、どんな芸名にしようか考えていたところだったの」
お姉さまが私の顔を見ながらおっしゃいました。
「ゆうばりさよ、なんだかカッコいいじゃない?」
「ええ。この容姿にぴったりな、聞いた途端、なるほど、って思う、らしい名前ね。いいと思うわ」
ひとしきり、いいねいいね、のざわめきが立ちました。
私の顔についての議論が一段落してモデル名が決まる頃には、みなさまの視線は当然の事ながら、私の顔以外に散らばり始めていました。
とくに、胸のふくらみの先端と下腹部に、興味津々な好奇の視線が頻繁に突き刺さってきます。
誰も何もおっしゃらず、しばし決まりの悪い沈黙がつづきました。
「さあ、本番前の最終確認をするから、みんなホワイトボードの前に集まって」
沈黙のあいだ、ずっとニヤニヤとみなさまのご様子を眺めていたお姉さまが、ふと時計を見てあわてたようにパンッとひとつ拍手をし、少し離れたホワイトボードの方へとみなさまを誘導されました。
ホワイトボードには、今日のイベントの段取りや会場の見取り図が書かれていて、結婚式の二次会パーティみたいに着飾った華やかなみなさまが、ぞろぞろそちらへと移動していきました。
「さ、わたしたちも仕上げてしまいましょう。座って」
しほりさまに促されて座ると右手を取られ、マニキュアが始まりました。
ホワイトボードの前では、お姉さまと綾音さまを中心にキビキビと、最終打ち合わせをされています。
時折お姉さまがこちらを指さし、みなさまが一斉にこちらを振り向きます。
みなさまから見ると横向きに座っている私は、相変わらず尖りきっている乳首が恥ずかしくてたまりません。
マニキュアが終わり、つづいてペディキュアのために両脚を向かい側のソファーへ投げ出すように指示されたとき、打ち合わせが終わったようでした。
みなさまが再びこちらへ集まってこられ、私は座ったまま、右足を向かいのソファーの上に、股を30度くらい開いた左足をしほりさまの手に取られた格好で、みなさまを迎えました。
立っているみなさまから、私の30度くらいに開かれた両腿の無毛な付け根を、ちょうど真下に見下ろされるような姿勢でした。
当然のことながら、みなさまからの視線はソコに集中していました。
ちょっと離れたところでは、お姉さまとリンコさまがおふたりで、私のほうをチラチラ見ながら何かヒソヒソとお話しされていました。
その他のみなさまは私としほりさまを取り囲み、ペディキュアされつつある私の足先を含む下半身全体を、じっと無言で見守っていました。
おそらくみなさまも、裸の私に内心ではドギマギされていたのだと思います。
おちゃらけて冷やかしたり、からかうワケにもいかないし、かといって、会社のためにごめんね、とか、がんばって、ていうのもなにか違うし。
かける言葉がみつからないから、黙っている。
そんな、何て言うか、お気遣いをされているような重苦しい雰囲気でした。
少しして、お話しが終わったらしいお姉さまとリンコさまが輪に加わりました。
「直子、じゃなくて夕張小夜さんは、開演時間、つまり3時になったらここを出て会場に向かって」
戻ってこられたお姉さまがみなさまにもお聞かせするみたいに、少し大きめなお声でおっしゃいました。
ようやく沈黙が破られ、私はホッ。
「えっ!?そんな時間で大丈夫なのですか?」
再び場が沈み込むのが怖かったのと、実際、段取りが不安になったので、間髪を入れずにお尋ねしました。
「もうそろそろお客様が集まって来る頃だからね。開場して、お客様を会場に収容し終わってからのほうがいいと思って」
「入場待ちのお客様がゾロゾロいるところにノコノコ出て行って、せっかくのシークレットモデルが開演前に顔バレしちゃったらつまらないじゃない」
「大丈夫よ。最初はあたしの挨拶だし、早乙女部長の挨拶もあるし。それに、しょっぱなのアイテムは着付けに手こずらないシンプルなやつだから」
「直子も、楽屋入ってスグ本番、無駄にドキドキする時間が無いほうが気がラクでしょう?3時20分見当でお願いね」
「という訳で、あたしたちは先に会場に入っているから。夕張さんの付き人はリンコね。もともと絵理奈さんだったとしてもリンコがする役目だったから、問題無いわよね?」
「はい。もちろんです」
リンコさまが、なぜだかずいぶん嬉しそうにうなずかれました。
「夕張さんは、あとはリンコの指示に全面的に従って。しほりさんは頃合いを見計らって楽屋でスタンバってください。それじゃあみんな、無事終演までがんばりましょう」
「おーーっ」
お姉さまの後ろをみなさまがゾロゾロとついて、玄関へと向かわれました。
私の傍を離れるとき、ほのかさまが私の右耳に唇を寄せてきました。
「なんだか大変なことになっちゃったけれど、がんばってね。今日の直子さん、とっても素敵よ」
ヒソヒソ声で早口におっしゃってからニコッと微笑まれ、あわててみなさまの後を追っていかれました。
雅さまとミサさまは笑顔で振り向きつつ、大げさに手を振ってくださいました。
玄関ドアが閉じる音がして、再び静寂が訪れました。
「ふぅー。これにてすべて終了。乾くまであと5分くらい、動かず、触らずでお願いね」
私の右足をソファーに戻され、しほりさまが立ち上がられました。
私の両手両足の爪はすべて、艶やかなローズピンクに染まっていました。
「わたしも大急ぎで片付けて、楽屋でまたお店を広げなくちゃだわ」
しほりさまがお道具のお片付けを始められました。
「アタシも手伝うよ」
リンコさまが姿見をどかしたり、散らばったティッシュを拾い始めます。
「ありがと」
リンコさまに向けてニコッと微笑むしほりさま。
「しっかし驚いたよねえ。ナオっちがこんなことになっちゃうなんて」
テキパキとお片づけしながらも、おしゃべりは止まらないリンコさま。
興味津々なご様子が、全身からほとばしっています。
「わたしだって驚いたわよ。いきなり全裸の女の子に出迎えられて、社長さんからは、この子マゾだから、って紹介されたのよ?」
「そうなんだ。それはびっくりするよねー」
おふたりでキャハハと屈託なく笑い合うお姿は、どうやらとっくに仲良しさんのようでした。
「ナオっちがマゾっちていうのは薄々感じていたけれど、チーフとSMスールの関係だったなんて、アタシには晴天の霹靂だったよー」
「ロープもローソクも楽しんでいらっしゃるご関係だそうよ」
そのへんはとっくに取材済みよ、とでもおっしゃりたげな、しほりさまのお得意げなお顔。
「さっきもナオコ、じゃなくて夕張さんにボディローション塗っていたら、どんどん感じちゃって苦しそうだったの。だから、イカセてあげようか?って聞いたら、とても嬉しそうだったわ」
「うわー。しほりん大胆。って言うか、しほりんまで、ナオコって、呼び捨てなんだ?」
「うん。社長さんがそう呼べって。それにナオコも自分から、わたしに絶対服従するって宣言してくれたのよ」
「うわー。なんだかエロ小説の世界だね。でもアタシも、さっきチーフに言われたんだ。ナオっちを好きにオモチャにしていい、って。スタッフ全員に絶対服従って言い聞かせてある、って」
そうおっしゃって、私の顔をイタズラっぽく覗き込んでくるリンコさま。
ペディキュアが乾くまで動くなというご命令ですから、私は同じ姿勢のまま、気弱に微笑み返すくらいしか出来ません。
「それに、もしナオっちがサカっているようだったらイカせちゃってくれ、って頼まれちゃった。裸を視られているだけで感じちゃうような子だから、本番でヘマをしないように、って」
「それが賢明よね。今だって、ほら」
しほりさまが呆れたようなお顔で、私の股間を指さされました。
しほりさまは、気心の知れたリンコさまとおふたりきりになってリラックスされているのか、私に対する口調や表情、態度にエス度が露骨に増していました。
その指さされた股間は、自分で形容するのがためらわれるくらい、はしたない状態でした。
しほりさまとリンコさまの、私の性癖に関する情け容赦無いあけすけな会話をお聞きしていて、羞恥と被虐が股間に蓄積された結果でした。
脚を30度くらいにしか開いていないのに、ラビアがパックリ開ききり、溢れ出た淫液が合皮のソファーにこんもり水溜りを作っていました。
「うわー。これってつまり、感じちゃっているんだよね?ナオっち、インラーン」
「わたしは仕事だから、もう行かなくちゃだけれど、リンちゃんは役得ね、いいなあ」
「ガンガンイカせちゃっても大丈夫よ。メイクもボディも、イベント中保つように強力なウォータープルーフにしたから、ちょっとやそっとじゃ崩れないはず」
臨時のメイクルームはすっかり片付き、テーブルの上にはしほりさまの大きなバッグだけ。
「ナオコももう動いていいわよ。ただ、まだあんまり塗った所をさわらないこと」
お言葉に促され、投げ出していた両脚をそっと床に下ろしました。
潤んだ股間を閉じるとひんやり。
「おおー。しほりん女王様、っていう感じじゃん」
リンコさまのからかうお声に、ニッと微笑むしほりさま。
「もっと面白いもの、見せてあげる。ナオコ、立ちなさい」
すっかりエスモードとなった冷たいお声のご命令に、私はゾクゾクしながら立ち上がりました。
「わたしの真正面に」
しほりさまが照明の真下の明るい場所に移動され、私もついていきました。
もちろんリンコさまも。
「いい?よく見ていてね」
斜め後ろのリンコさまを一度振り向いて念を押し、再び私と向き合います。
あれだろうな、と思ったら、やっぱりあれでした。
正面に立たれたしほりさまが私を無表情で見つめ、一瞬間を置いて、少し上を向くような仕草をされました。
お綺麗に尖った顎が私に向けられます。
同時に私は、下ろしていた両手をまず、降参、みたいな形に肩のところまで上げ、それから頭の後ろ側に回して重ねました。
「なにそれ?なにそれ?なんかヤバイ。ゾクッとした」
リンコさまが身を乗り出してこられ、私としほりさまを交互に見比べています。
「マゾの服従ポーズ、っていうみたいよ。恥ずかしい箇所を無防備にして、服従の意志を表わしているんですって」
「もともとは社長さんとナオコのあいだだけの取り決めだったらしいけれど、なぜだか今日、わたしも使えるようになっちゃった」
しほりさまが可笑しそうにおっしゃいました。
「顎をしゃくるだけでいいの。もちろんリンちゃんも使えるはずよ。そうよね?ナオコ?」
「・・・はい、もちろんです・・・よろしくお願いいたします、リンコさま」
私はこんなふうにして、社員のみなさまに服従を誓い、全員の共有マゾドレイになっていくんだ・・・
そんな想いに全身を震わせながら、すがるようにリンコさま見つめました。
すっごく嬉しそうなお顔のリンコさま。
「ああん、もうこんな時間。早く行って準備しなくちゃだわ」
しほりさまが時計をご覧になって、残念そうにショルダーバッグに手をかけました。
「開演まであと一時間ちょっと。わたしにはギリギリだけれど、リンちゃんにはたっぷりよね?羨ましい」
しほりさまが右肩にバッグを担ぎ終え、私を正面から見つめたままつづけました。
「あたしの代わりにナオコをたっぷり可愛がってあげて。本番でサカッちゃわないように」
「うん。任せといて。あ、カートは玄関までアタシが引いていってあげるよ」
弾んだお声のリンコさまが、しほりさまのカートに手をかけました。
「それじゃあ、また後ほどね、ドマゾの夕張小夜さん。それと、さっきの約束、忘れないでよ」
背中を向けたしほりさまをリンコさまが追いかけました。
私はマゾの服従ポーズのまま、おふたりのお背中を眺めていました。
この後ふたりきりになったら、リンコさまは私を、どう扱われるおつもりなのだろう?
人懐っこくて気さくで、いつも明るいリンコさまをよく知っているだけに、お姉さまや綾音さま、そしてしほりさまのように、エスに傾いたリンコさま、というのが、ちょっと想像しにくい感じでした。
心の中で期待と不安が半分ずつ、シーソーのようにギッタンバッコンしていました。
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*オートクチュールのはずなのに 48へ
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