お店を出て、エスカレーターでもう一度、一階まで戻りました。
ショッピングモールの営業時間は、すでに終わっていて、モール内はまだ明るいのですが、どのお店もシャッターを閉じていました。
それでも、けっこうな数の人たちがブラブラ行き交っています。
「繁華街のほうへ抜ける地下道があるからね。閉店後でも普通に通り道として使われているのよ」
ヒールの音をカツカツ響かせて颯爽と先を行くお姉さまが、教えてくださいました。
高層ビルの階下、オフィス部分のエリアに入ると、雰囲気が変わりました。
照明が少し暗めになって、人影もまばら。
階数ごとに分けてあるエレベーターエントランスのうち、お姉さまは30台から40台の階数が示されているエリアに進みました。
「働き者は少ないみたいね、土曜日だから」
お姉さまがニッと笑い、エレベーターの呼び出しボタンを押しました。
私たちの他に、エレベーター待ちをしている人はいません。
「直子は、このビルの上のほうへ上がったことある?」
「あ、はい。こっちに来てしばらくしてから、学校のお友達と一番上の展望台に遊びに行きました」
「ふーん。眺めはどうだった?」
「夏の始めのお天気のいい日だったので、青空で、景色が遠くまで見えてすっごく綺麗でした。その後、水族館に行ってクリオネさんを見て・・・」
そんな会話をしているあいだに、1基のエレベーターの扉が開きました。
エレベーター内に一歩足を踏み出すと、正面に大きな鏡。
からだのラインをクッキリ浮き上がらせた等身大の自分の姿に、ビクッと一瞬、怯えてしまいました。
「これからは、否が応でも毎日、下界を見下ろすことになるわよ」
お姉さまが冗談ぽくおっしゃり、横の壁の操作盤みたいなのにカード状のものをかざしました。
エレベーターの扉がスーッと閉じて、音も無く動き始めました。
「わかっているとは思うけれど、この中でヘンなことしちゃダメよ。あれが防犯カメラで、ずっと管理室で記録されているから」
薄く笑って鏡の壁の左上隅に顎をしゃくるお姉さま。
階数を示すデジタル数字が凄い勢いで変わっていくのを唖然として見上げている私。
軽快な電子音と共に、本当にあっという間に、目的階に到着しました。
「うちは、西側奥の角部屋だから、あたしの部屋からなら西南も西北も見えるのよ」
土曜日だからなのでしょう、フロア内はしんと静まり返り、人っ子一人いないようです。
磨き上げられたリノリュームの通路を無言で歩き、やがてひとつの扉の前で、お姉さまが再びカード状のものをかざしました。
「やっぱり今日は、誰も来ていないようね。リンコくらい、いるかと思ったけれど」
お姉さまが壁のスイッチを弄ると、室内がパッと明るくなりました。
「どうぞ。靴のままでいいから」
目の前には、紛うこと無き、オフィス、の空間が広がっていました。
今までそういう場に自分の身を置いたことが無かったので、ドラマや映画で目にしただけでしたが、机が整然と並び、机の上には電話とパソコン、壁には予定表のホワイトボード、さりげなく置かれた観葉植物・・・
まさに大人がお仕事をする空間、つまりオフィスの風景でした。
広い空間がいくつかに仕切られ、それぞれにドアがついています。
いつの間にか、ショパンのピアノ曲、確か子犬のワルツ、がお部屋の中に小さく流れていました。
「勤務中はずっと、クラシックをBGMで流すようにしているの。まったくの静寂より雰囲気が良くなる気がするから」
「ここがオフィスのメインフロア。そこが更衣室で、こっちがゲスト用の応接。そっちのドアはデザインルームで、あっちのドアが社長室、つまりあたしの部屋」
「トイレは室外で共用。このフロアには他にも2、3社入っているけれど、あまり大人数の会社はないみたいだから、待たされたりはしないはずよ」
「給湯室とか水周りも外だから、その辺が不便と言えば不便ね。そのドア開ければすぐそこだけれど。だからウエットティッシュは欠かせないの」
お姉さまがいちいち指をさして教えてくださりながら、窓際の応接ルームに案内してくださいました。
「ちょっとそこに座って待ってて。あ、それと上着はもう脱ぎなさい」
濃いエンジ色のソファーを指示し、ウエットティッシュをひとつくださり、応接ルームのドアは開け放したまま、お姉さまはメインフロアに戻られました。
窓と思われるところにはグレーのロールカーテンが下ろされていて、残念ながらお外は見えません。
応接の隅には、フリージアらしき黄色いお花のアレンジメントが置かれ、良い香りを放っています。
窓を挟むように、ブロンドで美しいお顔立ちな二体のマネキン人形さんが、片方は、私と同じようなビッタリフィットな黒のニットワンピースを、もう片方は、ハイウェストな花柄ノースリミニワンピに、可愛い麦藁帽子を頭にチョコンと乗せて、お澄まし顔で私を見ていました。
座る前にショートジャケットを脱ぎました。
バスト頂点の左右の突起は、相変わらず露骨な存在感でニットを押し上げていました。
腰を下ろそうとからだを屈めると、ニットの裾がスススッと腿の皮膚を滑ってせり上がってきます。
内腿のあいだがスースーする。
これを一枚脱いだけで裸なんだ・・・
今更ながら、現在の自分の服装の淫らな無防備さに、ゾクゾク感じてしまいました。
「お湯沸かすのもめんどいからさ、缶コーヒーでがまんしてね」
お姉さまが私の対面にお座りになり、テーブルに小さな缶コーヒーを2本置きました。
「うん。やっぱり似合うね、そのニット。エロっぽいオーラがビンビン出てる」
私の胸をじっと見つめてくるお姉さまの視線。
私は思わず、両手を後頭部に組んでしまいそう。
「だけどお愉しみは後に残しておいて、まずは仕事、仕事っと。あたし、これから明日のこととかあれこれ、ちゃちゃっと片付けちゃうから、直子はそのあいだ、これでも見てヒマ潰していて」
テーブルの上に厚めな冊子風の印刷物が置かれました。
「我が社の今シーズンのラインアップ資料。いずれイヤでも覚えなくちゃいけないものだけれど、まあ、予習を兼ねてね」
「オフィスの中も自由に歩き回っていからね。もちろんデスクの上のものとか抽斗の中はいじっちゃダメよ。常識だけれどね。あと、デザインルームにも入ってはダメ。それ以外は自由に見てていいから」
「30分くらいで終わると思うからさ、いい子で待っていてね」
缶コーヒーを開けて一飲みしてから、お姉さまが立ち上がりました。
「あ、あのぅ・・・」
「ん?」
「お外、見ていいですか?カーテン開いて」
「あ。開けてなかったんだ。そんなの遠慮することないのに」
お姉さまが手馴れた手つきで、ロールカーテンをスルスルッと巻き上げてくださいました。
「うわーっ!」
思わず窓辺に駆け寄りました。
窓の外に綺麗な夜景が広がっていました。
思っていた以上に高い位置からの、地上に散らばった無数の小さな光の風景が見えました。
幻想的で、すごく綺麗。
まさに、地上の星座、っていう感じ。
「この位置の窓からだと見えるのは南西の方向ね。あのへん一帯の一際暗いのが護国寺の森。左のほうにある白丸が東京ドーム、明るいから今日は野球の日みたい」
「それ以上遠くは、もう暗くてよくわからないわね」
後ろに立たれたお姉さまのお声が、私の左耳の後ろをくすぐります。
「それで多分、あの辺の光の中のどれかが、直子が住んでいるマンションのはずよ。住人の誰かが灯りを点けていればの話だけれど」
背後から覆いかぶさるようにからだをくっつけてくる、お姉さまが指さす方向に目を向けると、確かに、光の配置的にそれっぽい一画がありました。
「こっちから見ると、あんなにちっちゃいんだ・・・」
つぶやくと同時に、お姉さまがお泊りに来たとき、オフィスから私のお部屋を天体望遠鏡で覗くご計画をお話されたこと、を思い出しました。
「でも、サンルームの窓もこちら向きだから、きっと本当に、望遠鏡なら覗けちゃいそうですね?」
その計画では、そのときに私はバルコニーに出て、お外を向いてオナニーをしなければいけない約束でした。
考えただけでアソコの奥がヌルッと潤みました。
「そうね。愉しみだわ」
夜の窓ガラスは半分鏡となり、私と、背後に立つお姉さまの姿もクッキリ映し出していました。
お姉さまの視線がガラスに映った私のバストに注がれ、やがて両腕が背後から交差して、それぞれの手でひとつづつを包み込むように、バストを抱きしめてきました。
「あぁんっ!」
「直子のおっぱい。柔らかくて大好きよ」
私の左肩に顎を乗せ、耳元でささやくお姉さま。
両方の手のひらに、おっぱいがやさしく揉みしだかれます。
「ぅんんぅぅっ、お姉さまぁ・・・」
ガラス窓に、私の淫らに歪んだ顔が映ります。
「あっ、いけないいけない。まずは仕事を終わらせなくちゃ。待っててね。さっさとやっつけてきちゃうから」
「あっ、はい・・・」
唐突にからだを離したお姉さまが、そそくさとメインフロアのほうへ消えていきました。
取り残された私は、すごすごとソファーに戻り、お言いつけの通り、テーブルの上のカタログのような冊子を、缶コーヒー片手にめくり始めました。
そこにはブランド名別に、ブラウスやスカート、ワンピース、スーツ、ブランドロゴバッグやアクセサリーなど、あらゆる種類の女子向けファッションアイテムが、春・夏物、秋・冬物に分けて紹介されていました。
私が買ったことのあるブランドもいくつかあって、デザインも好みなものが多く、モデルさんもみなさまお綺麗で、見始めたら夢中になり、じっくりと見入ってしまいました。
ひと通り見た後、下にもう一冊、薄めの冊子があることに気づきました。
こちらのほうは、インナーと水着がメインのようで、セクシーなのばかりが並んでいました。
紐状のティアドロップス型マイクロビキニや、メッシュを大胆にあしらったワンピース水着などを身に着けた、すっごくプロポーションのいいモデルさんの唇から下にトリミングされた肌色ばかりの写真が、延々とつづいていました。
こちらもさっきに負けず劣らず、うわー見えそう、とか思いながら、真剣に見入ってしまいました。
こういう下着を作っているということは、私も社員になったら社内割引とかで普通よりお安く、こういう大胆なのを買えちゃうっていうことなのかな?
て言うよりも、お姉さまからのご命令で、新作の大胆水着を試着させられて、プールとか海に連れて行かれたりして・・・
ティアドロップス型マイクロビキニのページを食い入るように見つめながら、えっちな妄想に耽っていたとき、お姉さまからお声がかかりました。
「おっけー。仕事はやっつけたわよ。こっちへいらっしゃい」
応接ルームのドアからお顔だけ覗かせたお姉さまに呼ばれて立ち上がり、メインルームに戻ります。
「あたしの部屋でゆっくりいろいろお話しましょう。これから直子のメインの仕事部屋になる場所だし」
お姉さまは、応接ルームを片付けた後、私の手を引いて社長室へと連れ込みました。
そのお部屋は、白を基調としたきわめてシンプルな内装の八帖くらいの空間で、大きめのデスクの上にデスクトップ型のパソコンと電話、脇の小さなデスクにラップトップパソコン、あとは大きな金庫がひとつと、窓際に会議テーブル風な楕円形の机を挟んだ応接セット、そしてロッカー数台だけしか置いてありませんでした。
一般的に社長室、と言われて連想される、社訓の書かれた額とか、大理石の置物とか、お高そうな絵画とか、革張りのごついチェアーとか、は一切無し。
電器製品と金庫以外はすべて木製で、シックな色合いに統一されていました。
金庫の脇に置いてある、透明のビニールシートを掛けられた大きな天体望遠鏡の存在が、唯一異彩を放っていました。
角部屋なので奥まった壁2面ほとんどが大きな窓になっていて、ロールカーテンもすべて上げられていたので、その窓一杯に夜空が見えていました。
物があまり置いてないゆったりスペースとも相俟って、すごく開放感があります。
「うわーっ。いいお部屋ですね」
「でしょ?せっかくだから、なるべく窓を潰さないようにレイアウトしたの。社長室って言うよりラウンジっぽいイメージで」
「ここでする仕事は、ほとんど世知辛いお金勘定だけだから、せめて雰囲気はおおらかにしたいと思ってさ。実際、スタッフはここを社長室じゃなくて、金庫部屋って呼んでいるのよ」
「こっち側の窓からだと、西北方向、新宿や渋谷のほうも見えるわよ。ほら、あの辺が西新宿の高層ビル群。けっこう近いでしょう?」
確かに、闇の中に一際輝いている一帯が、かなり近くに見えました。
電車の光が走っていくのも目で追えます。
「夏になると窓の外が真っ青で、空に囲まれているみたいで気持ちいいわよ。さ、そこに掛けて」
楕円テーブルの向こう側、西南向きの大きな窓を背にした椅子を勧められました。
そこに腰掛けると、私の左側にも地上百数十メートルの夜空が窓から覗いています。
「さてと、その資料は見てくれた?」
私の対面に腰掛けたお姉さまは、そうおっしゃってから、テーブルの上にさっきの冊子と、今日出かけるときにお渡しした、私の履歴書を置きました。
右手に長い鉛筆を持たれています。
「はい。すごいですね。色々な有名ブランドさんとお取引されていて。私の好きなブランドさんもありました」
「うん。それはね、デザインを売っているの。大手のアパレルさんに売りこんだり、逆に企画をもらったりしてね」
どうやらお姉さまはまず私に、この会社のお仕事の概要をレクチャーしてくださるおつもりのようです。
「たとえば、春物のミニワンピースっていうお題が出たとするでしょう?実際の発注は、もっと細々とした条件付きだけれど」
「そしたらうちのデザイナーがデザイン数種類出して、細部をクライアントといろいろどんどん煮詰めていくの」
「サイズごとのバターン起こして、希望があれば、素材の仕入先や縫製工場まで決めて、最終的にはその一切合財ひっくるめてを、発注元に売っちゃうわけ」
「だからもちろん、小売店に出るときはうちのブランド名にはならないけれど、デザインしたのは紛れも無く、うちなわけなのよ」
「会社始めた頃から細々とそうやっていたら、意外に評判良くてリピート多くて、今ではそれだけで会社がまわるくらいになっちゃったの」
「うちみたいな人数だと、何もかも自分たちで、とはいかないからね、分相応なのよ。マンネリにならないし、嫌な相手だったらこちらから切れるし」
「これはひとえに、うちの優秀なデザイナーとパタンナーの実力の賜物なの」
「そっちの薄いほうの資料のインナー関係も、その方式が多いけれど、ちょっと過激なやつは、自社ブランドにして、主にネットで売ってる。これも意外に動くのよ」
「下着って、布少なくて済むから原価は安いのよね。でもあまり安くするとかえって売れない」
「過激なデザインのやつほど上代高めに設定するの。もちろん布質とか縫製には拘って、それなりの付加価値を付けてね」
「そうすると驚くほど出たりするの。面白いわよ」
「直子も、着てみたいの、あったでしょう?えっちなやつ、遠慮しないで言ってね。どんどん着せてあげる」
からかうようにおっしゃるお姉さま。
「あと、もうひとつの主軸が、一点物の受注生産。ドレスから和服まで、なんでもござれがモットー。こっちはかなり大きなお金が動くの」
「これはたとえば、テレビや映画、舞台での衣装とかの受注ね。もちろん予算さえ合えば個人の注文でも受けるし、それなりにファンも付いているの」
「うちの営業、顔が広いから、思いがけないところから仕事もらってくるのよ」
「このあいだは、イメージビデオのプロダクションから、かなりキワドイ感じなデザインの水着を数着頼まれて、みんなノリノリでやってた。ちょうどいい透け具合とか、真剣に考えて」
お姉さまが思い出し笑いのようにクスクスされました。
私は感心しきりで、ふんふん頷くばかり。
「それで、これがうちのスタッフ全員。直子がこれから一緒に働く仲間ね。一応会う前に、教えておく」
冊子の下からB5判くらいの写真を一枚取り出して、私の目の前に置きました。
何かの発表会ぽい明るいステージの上で、6人の女性が肩を並べてにこやかに映っていました。
「去年の6月にやった新作プレゼン開始前の集合写真。もうあれからそろそろ一年経つんだなあ」
お姉さまがしみじみとした口調でおっしゃいました。
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*面接ごっこは窓際で 04へ
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