2013年10月14日

コートを脱いで昼食を 15

「ほら、直子?あなたもちゃんとご挨拶なさい」
 シーナさまが肘で私の脇腹をつっつきますが、私は恥ずかしさで顔を上げることが出来ません。
 今のシーナさまのお言葉を聞いて、アンジェラさんたちがどんなお顔をされているのか・・・
 うつむいたままモジモジするだけです。

 助けてくださったのはアンジェラさんでした。
「大丈夫よ。心配しないで。わたくしたちは、ミス・シーナがとてもイジワルな人だということを、みんな知っていますから」
 すっごくやさしいお声で、でもちょっぴりクスクス笑いながらおっしゃいました。
「親子ほども年の離れたマダムにイジワルしているところ、今まで何度も見ていますから、ね?」
 私がそっと顔を上げると、アンジェラさんももう一人の女性も、たおやかな笑顔を浮かべて私を見つめていました。

「ところで直子はさ、ここがどんなサロンなのか、わかっている?」
 シーナさまがニヤニヤしながら聞いてきます。
 私は首を小さく左右に振りました。
「あら、ミス・シーナは、ミス・ナオコに何も教えずに、ここにお連れしたの?」
 アンジェラさんが呆れたお顔でシーナさまを見ています。
 シーナさまはアンジェラさんには答えず、さらに私に聞いてきました。

「じゃあさ、想像でいいから、このサロンは、何をするところだと思う?」
「えっと・・・」
 言っちゃっていいのか、少し迷いましたが、正直に思ったことをお答えしました。
「あの・・・よくはわかりませんが、たぶん・・・な、なにか、えっちなことを、するところ?」
 本当は、SMプレイのサロンで、アンジェラさんたちは、おやさしそうなお顔をされているけれど、実は女王様なのじゃないかな、って考えていたのですが、それではあまりにストレート過ぎるので、少しぼかしました。

「ほらね。聞いたでしょ?直子、それは想像じゃなくて、あなたの願望よ」
「この子はね、こういう子なの。こんな澄ました顔してても、頭の中では年がら年中、いやらしいことばっかり考えているのよ」
 すかさずのシーナさまのツッコミに、私は再びうなだれてしまいます。
 うなだれる寸前に、アンジェラさんが苦笑いを浮かべているのが見えました。

「いい?直子。このサロンはね、知る人ぞ知る、とっても評判のいいエステティックサロンなの」
「それも富裕層のマダムやその子女限定で、完全紹介会員制。表立っては一切広告宣伝していなくて、ある種のステイタスがなければ施術を受けるどころか、この場に入ることさえ出来ない、隠れ家的な高級エステなの」
「こちらにいるアンジー、アンジェラ先生が、このサロンのチーフ・エステティシャンで、スゴイのよ。世界中の美容業界を飛び回って、最新の技術をいつも研究されているの」
「その上、看護師やら美容師やら整体師やら、あと何だっけ?とにかくその手の資格全部持っているから、美容関係のことは何でも出来ちゃうの」
「エンヴィって英語で、妬む、とか、羨む、っていう意味なのだけれど、ここに来れば誰でも、人から羨まれて妬まれるくらい美しくなれる、っていう意味が込められているんだって」
 シーナさまがまくしたてるみたいに説明してくださいました。

「わたしのアレのひとりがここの会員だったからさ、わたしも出入り出来るようになって、いろいろお世話になっているのよ」
「ミス・シーナには、良いお客様を何人もご紹介いただいて、感謝しているわ」
 アンジェラさんが嬉しそうにうなずきながらおっしゃいました。

「そう言えばミス・シーナ。マダム・ワカバヤシはお元気かしら?」
「あら?二週間前くらいに来なかった?わたし、バンコクにいたときにメールで命令を出しておいたのだけれど」
「ああ、ご存知だったのね。それならいいわね。確かにいらしたわ。いつものコースで」
「そうでしょう?キレイになっていたもの。相変わらずよ。あのメス犬の貪欲なド淫乱さには、わたしのほうが疲れちゃうくらいだわ」
「あらあら。だけどマダム・ワカバヤシがあのお年になっても若々しくてお綺麗なのは、80パーセントくらいはミス・シーナのおかげよね」
 シーナさまとアンジェラさんが楽しそうに笑っています。

 マダム・ワカバヤシさんて、たぶん私のマンションの一番上の階を所有している、シーナさまのドレイ兼パトロンなおばさまのことでしょう。
 楽しそうにお話されるシーナさまに、私はなんだかフクザツな気分。

「それにアンジー、さすがだわ。うちのメス犬とわたしとの関係は知っているクセに、無闇に顧客の情報を漏らさない、その姿勢はたいしたものよ」
 シーナさまが私のほうに向きました。
「アンジーはね、スペイン系のクォーターでね、日本語以外も5、6ヶ国語くらいペラペラなのよ」
「それでね、会員制とは言っても、めんどくさいお客も少しは来るのよね」
「なまじお金が有り余っているから傲慢になりがちなのよ、そういうマダムは」
「そんなときアンジーはね、そのお客に絶対わからない言葉、ドイツ語とかスペイン語とかでね、ちっちゃな声でヒドイ悪態ついてたりするのよ、その客の目の前でニコニコ笑いながら」
 愉快そうに笑うシーナさま。
「あらやだ!ミス・シーナ、気づいていたの!?困ったわ、あなたの前だったら何語で悪態をつけばいいのかしら?」
 ひとしきり、楽しげな笑い声が響きました。

「そんなわけで、今日は直子に、このサロンの超一流の技術で、よりいっそうキレイになってもらおうと思って連れてきたのよ」
「ここのエステのモットーはね、お客様が喜ぶことを全力でしてさしあげること、なんだって。直子が喜ぶこと、って、わかるでしょ?」
「だから安心して、わたしの言う通りにしなさい」
 シーナさまの目が一瞬、妖しく光った気がしました。

「そうそう、ご紹介が遅れてしまったわ。わたくしの隣のこの女性は、うちのスタッフの一人で・・・」
 アンジェラさんのお言葉が終わらないうちに、その女性がスクッと立ち上がりました。
「夏目蘭子です。どうぞよろしくお願いいたします」
 スッと私に名刺が差し出され、私も慌てて立ち上がりました。

 夏目蘭子さんは、三人の中では一番肉感的なタイプでした。
 と言っても決してふくよかなのではなく、出るところは出て、引っ込むべきとことは引っ込んでいる、つまりすっごくプロポーションが良いのです。
 薄手のカシミアらしいベージュのロングセーターに包まれたその肢体は、まさにボンキュッボン、見蕩れちゃうほどセクシー。
 細面に涼しげな目元、少しカールしたボブカットでニッコリ微笑んだ姿は、まるでファッションショーの一流モデルさんのようでした。

「蘭子さんのマッサージはね、本当、魔法みたいなのよ」
 シーナさまが嬉しそうに、お口をはさんできました。
「それはもう、からだ中が蕩けちゃうくらい気持ち良くて、終わったら何もかもがスッキリ。肩凝りでも筋肉痛でもストレスでも、跡形もなく消えちゃうの。まさにマジックね」
「あとでわたし、蘭子さんにマッサージしてもらうんだ。それで指名して、わざわざ今日来てもらったのよ」
 シーナさま、本当に嬉しそう。

「そして、あそこに座っているのがわたくしの秘書、小野寺梓さん。事務関係全般とスケジューリングなんかをやってもらってるの」
 アンジェラさんのご紹介で、受付の美人さんが立ち上がり、私に向かってさっきと同じような完璧なお辞儀をしてくださいました。
 私も丁寧にペコリ。

「さあ、これで今日来ているスタッフの紹介は終わったわね。ミス・ナオコも今日からわたくしのサロンの会員よ。ミス・シーナのご紹介だもの、大歓迎よ。いつでもお好きなときに遊びにいらっしゃい」
 アンジェラさんがニッコリ笑いながらおっしゃってくれました。
「もちろん、ペイのほうは全部、ミス・シーナにツケておくから。何も心配はいらないわ」
「望むところよ。わたしも直子がもっとキレイになるのなら、そんな出費なんてまったく気にもしないわ」
「でも、お振込みの名義はなぜだか、マダム・ワカバヤシなのでしょう?」
 またひとしきり、楽しげな笑い声が響きました。
 シーナさまもアンジェラさんも、どこまで本気なのだか。

「さて、それじゃあそろそろ始めたいと思うのだけれど、その前にやっぱり、もう一度確認しておくわ。ミス・シーナ、例の件だけれど」
「例の件、って・・・ああ、研修のこと?」
「そう。わたくし、てっきりミス・シーナはまた、誰かそういうマダムをお連れになると思っていたから、気軽にお頼みしちゃったのだけれど、お連れになったのはマダムどころか、可愛らしいマドモアゼルじゃない?本当にいいのかな、って」
「大丈夫よ。気にしないでやってちょうだい」
「でも、ああいうところを見られるのって、すごく恥ずかしいのじゃない?それも、年が近い子たちだと、とくに・・・」
 ご心配顔のアンジェラさんが私の顔を覗き込むように見てきます。

「大丈夫よ。モーマンタイ。直子なら、むしろそのほうがいい、っていうくらいよ」
 シーナさまも私の顔をチラチラ見ながら、つづけました。
「この直子はね、こう見えて、かなりのヘンタイ娘なのよ。見せたがり、っていうよりも、視られたがり、ね」
「だからこの後のことも、余計な気遣い、気配りは一切、まったくいらないから。うちのメス犬にするときみたいに、いいえ、もっと大胆な格好をさせてもかまわないわ」
「直子はクラシックバレエをやっているから、からだがかなり柔らかいの。だから研修もやりやすいと思うわよ。言うこときかなかったら遠慮なくお尻叩いちゃっていいから」
「だけどこの子、すごく敏感ですぐ濡れちゃうから、そういう意味ではちょっと、やりにくいかもしれないけれどね」

 えっ!?
 シーナさまったら、普通のお顔でシラッと、スゴイことをおっしゃっていません?
 私の恥ずかしい性癖をどんどんバラしちゃってる。
 それで、アンジェラさんも、それを真剣に聞いていらっしゃる。
 ここってエステなのよね?
 私、これから何されるの?
 再び頭がパニックになって、全身を火照らせたままうなだれてしまいました。

「そう。そういうことなら、お言葉に甘えて予定通りでいきましょう。ミス・ナオコがそれを望んでいらっしゃる、と聞いて安心しました」
 えーーっ!そんなこと私、言ってない・・・
「それなら一応、始める前に研修の子たちにもご挨拶させるわね。小野寺さん、呼んでちょうだい」
 私がうなだれているあいだに、事態はどんどん進行していきました。

「ほら、直子っ」
 シーナさまに肘で脇腹をつっつかれて、恐る恐る顔を上げました。
 新たに、それぞれカラフルな私服を着た可愛らしい系の女性が3人、アンジェラさんの後ろに並んでいました。
 私が顔を上げたと同時に、
「よろしくおねがいしまぁーす!」
 声を揃えて元気良く、ご挨拶されました。

「えーっと、向かって左から、アリナさんとマリナさんとセリナさん。偶然3人とも似たような名前だけれど、こういう名前を付けるのが流行っていた世代なのかしらね?」
「3人ともうちの見習いスタッフで、入ってまだ日が浅いから、アロマテラピーやマッサージはほぼ習得したのだけれど、これからやる施術の現場は初めてなのね」
「だから今日、わたくしがミス・ナオコに施術するところを見せて、覚えてもらおうと思っているの」
「ひょっとすると、実際にこの子たちにもやらせてみるかもしれないけれど、わたくしが付いて細心の注意を払っているから、どうかご安心してご協力くださいね?」
「どうぞよろしくおねがいいたしまぁーす!」
 再び声を揃えて元気良く、お願いされてしまいました。
「は、はい・・・」
 そう答える他ありません。

「それにしても、アンジーのサロンのスタッフって、全員もれなく美人よね?」
 シーナさまが前に並んだ5人をしげしげと見回しながらおっしゃいました。
 私もそう思っていました。
 それもみんなタイプの違う美人さん。
 アンジェラさんは華やかなエキゾティック・ビューティ、小野寺さんはインテリジェント・クール・ビューティ、蘭子さんはグラマラス・ビューティ。
 研修でご一緒されるという3人も、年齢は私とそう変わらない感じで、それぞれ、どこかの美少女アイドルグループや女性ファッション誌の読者モデルさんと言われても信じちゃうくらい、キュートな美人さん揃いでした。

「それはそうよ。わたくしたちは、女性の美を追求するエステティシャンなのですもの」
「ねえ、ミス・シーナ?たとえばあなた、頭に毛がなくなっちゃった社員が何人も働いている製薬会社の育毛促進剤、買う気になる?」
「つまりそういうこと。スタッフが美しくないビューティサロンなんて、誰も来やしないわよ」
「だからわたくしはいつも、スタッフには自分の美しさをキープする努力を、まず一番に要求しているの」
「ミス・ナオコ、あなたもその気があったら、うちで修行させてあげるわよ?」
 アンジェラさんがパチンとウインクをくださいました。

「さあ、それでは始めましょうか?」
 アンジェラさんのひと声で、その場にピーンと緊張感が走りました。
「ミス・ナオコには、あちらのドレッシングルームで準備していただいて、施術するみんなはユニフォームに着替えて・・・」
 アンジェラさんがそこまでおっしゃったとき、遮るようにシーナさまの鋭いお声が響きました。
「ちょっと待って。アンジー?わたし言ったはずよ?余計な気遣いは一切無用だって。直子にはドレッシングルームなんて贅沢なものは、いらないの」
「みなさんも、もう少しそこでラクにしていていいわ。今、面白いものをお見せするから」
 そして、シーナさまが私を見ました。

「直子?」
「は、はい」
「裸になりなさい」
「えっ?」
「今すぐ着ているものを全部脱ぎなさい」
「え、えっと、こ、ここで、ですか?」
「何回言わせるの?早く裸になりなさい」
 シーナさまの瞳にエスの炎がチロチロと揺れ始めていました。


コートを脱いで昼食を 16


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