2011年11月12日

ピアノにまつわるエトセトラ 12

「先生とのSMなレッスンは、高校3年の秋ごろまでずっとつづいたの。もちろんわたしの受験もあるから、3年生の頃は月2回ぐらいだったけれど、わたしと先生は会うたびにいろいろえっちなアソビをして、お互いが満足するまで快楽を貪り合っていたの」
「それが、あることを境にガラッと状況が変わってしまったのね」
 
 ゆうこ先生が久々にワイングラスのほうに唇を触れさせました。

「先生がピアノを教えていた生徒さんの一人が、ヨーロッパの、フランスだったかベルギーだったか、のコンクールで入賞しちゃってね」
「しちゃってね、っていう言い方も失礼だけれど、それも、18歳の男の子。わたし、あの先生が男の子にもレッスンしていたなんて、想像もしなかったし、出来なかったな」

「その子が中学生だった頃から、っておっしゃっていたから、わたしと同じくらいの期間、並行してずーっとレッスンしていたことになるの」
「その子がまた、あ、でも、コンクールのビデオを見せていただいただけで、実際には会ってはいないのだけれど、その子がまた、何て言うか、らしくないルックスなの」

「180センチはあるがっしりした体格で坊主刈り、顔はまあ普通。少し田舎くさい純朴な感じ?」
「高校では陸上部で幅跳びかなにかをやっていたんだって。もろ体育会系。先生が言うには、その子は、一人きりで黙々と作業するのが大好きなタイプだったそう」

「でも、彼のピアノ、確かに凄かった。ダイナミックでいながら情感に溢れていて、繊細なタッチもちゃんと出せていて」
「向こうでは、彼のその求道的な雰囲気から、ブシドーピアニスト、とかニックネームつけられて大人気だったそうよ」
「先生ったら、その子にはずっとちゃんと、真剣にピアノ教えていたのよね。わたしとは、えっちなことばかりしていたのに」
 
 ゆうこ先生が小さく笑いました。

「その男の子のビデオを見て、わたしは少なからずショックだった。わたしも、ちゃんとピアノをレッスンしてもらっていたら、彼の代わりに今頃ヨーロッパで歓声を浴びていたかもしれないのかな、なんて、しょーもない想像をして」
「もちろん先生に問い詰めちゃったわ。まさか先生、彼にもわたしとやっているようなこと、しているのじゃないでしょうね?って」
「先生は笑いながら、わたくしはまったく男性には興味がありません。だからむしろ遠慮なくビシビシしごけるから、やりがいがあるわ、ですって」

「それで、それ以降、先生のお仕事が格段に忙しくなってしまったの」
「東京やら海外に長い間行ったきり、帰って来れない日々がつづいて」
「その年の10月以降は、まったく会えなくなってしまっていたの」

「それまで、わたしは地元の大学に進んで、今のバンドメンバーとバンドつづける気だったのね。もちろんプロデビューを狙って」
「だけど先生に会えないのなら地元にいることもないかな、って考え始めて」
「それで急遽、東京の大学を受験することに決めたの」

「それで、東京で初めて男性とヤって、同じ頃にタチバナさんと出会うことになるのだけれど…」
 
 おっしゃりながら、ゆうこ先生がご自分の腕時計をチラッと見ました。

「あらやだ。もうこんな時間。そろそろ素子さんがお迎えにきちゃうわね」
「えーっ?もうそんな時間ですか?」
 
 ゆうこ先生のお話のつづきが聞きたくて聞きたくて仕方なかったのですが、母が同席しているところで、そんなお話をつづけるわけにもいきません。
 がっかりした気持ちを隠さずに、黙ってゆうこ先生のお顔を見つめていたら、ゆうこ先生がスススッとソファーの上のお尻をすべらせて20センチの距離を詰め、私の横にピッタリと寄り添ってきました。

「つづきは次の機会にまたゆっくりとお話することにして、とりあえず今日の結論を急ぐわね」
 
 ゆうこ先生が至近距離から、私の顔をじーっと見つめてきます。

「今までのわたしの話を聞いた限りでも、わたしが直子ちゃん以上のヘンタイだって、わかったでしょ?」
 
 そんなにストレートに聞かれても、私は肯定していいものか悪いものか、判断に困ってしまいます。
 確かに私と同じくらいの、ヘンタイさんだとは思うのですが。
 どちらとも答えずに、ゆうこ先生の綺麗なお顔を見つめていました。

「わたしはね、女性に対してはエムで、男に対してはエスになってしまう、いやらしいヘンタイバツイチ女なの」
 
 ゆうこ先生の潤んだ瞳が射るように私を見つめてきます。
 私の胸は、ワクワクドキドキ最高潮。

「そんなわたしの、今、一番の願いはね…」
 
 ゆうこ先生がご自分の左右の指を合わせてお腹の辺りで組んだあと、そのままご自分の後頭部に持って行きました。
 ゆうこ先生が身に着けているニットが全体的に上にずり上がって胸元に貼りつき、モヘア越しにもバストの頂上部がこれみよがしに突起しているのがわかりました。
 
 それは、ある意味を持つ、私も大好きなポーズ…
 私の心臓がドキンと跳ね上がりました。

「直子ちゃん?」

「は、はいっ!」
 
 私のうわずった声に、ゆうこ先生がクスリと笑いました。
 でもまたすぐに、真面目なお顔に戻りました。
 この後につづくゆうこ先生のお言葉が、なんとなくわかる気がしてドキドキがいっそう高鳴ります。

「直子ちゃんに、虐めて欲しいの」

「えっ!?」
 
 両手を後頭部に回してバストをこちらに突き出しているゆうこ先生が、哀願するような、媚びるような、何かを期待する目つきで私を見つめてきます。
 私は、直子ちゃんと気持ちいいことしたいの、もしくは、直子ちゃんと一緒に恥ずかしいことしたいの、みたいな言葉を予想していたので、かなり、心の底から、ビックリしていました。
 
 私が、この私が、虐める側?

「レッスンで直子ちゃんと会うたびにそういう欲求が膨らんで、もう抑えられなくなってしまったの。直子ちゃんにわたしの恥ずかしい姿を見られたり、わたしのいやらしいからだを虐めたりして欲しいの。どうかお願い。お願いします」
 
 ゆうこ先生は、頭の後ろに組んでいた両手を解き、私が腿の上に置いていた両手をやんわり握ってきました。

「で、でも…私が、ゆうこ先生を、虐める、のですか?」
 
 ゆうこ先生の汗ばんだ両手の感触にボーッとしながらも、私は困惑していました。
 ゆうこ先生とえっちな遊びが出来るのは、それはもう願ったり叶ったりなのですが…
 ドMな私が虐める側なんて…

「だいじょうぶ。直子ちゃんなら出来るわ!」
 
 ゆうこ先生は、私の手を握ったまま、覗き込むように私を見つめてつづけます。

「直子ちゃん、さっき、いつも自分が虐められるのを妄想して遊んでいる、って教えてくれたでしょう?」
「その、直子ちゃんが自分にされたいこと、を、わたしにしてくれればいいの」

「直子ちゃんが、自分にされたい、って思っていることは、イコール、わたしが直子ちゃんにされたいと思っていることと、たぶん、いえ、絶対同じなの」
「有能なエムの人は、必然的に優秀なエスの素質を持っているものなの。だって自分と同じようなエム気質の人なら、どんなことをされると嬉しいのか、全部わかっているのだから」
 
 そう諭されて、パーッと霧が晴れるように、おっしゃっていることの意味が理解出来た気がしました。

 確かに私は、自分をどういう風にいやらしくえっちに虐めようか、いつもいろいろ妄想しています。
 それをそのまま、ゆうこ先生にしてあげればいいのか。
 出来そうな気がします。

「私、やってみます!」
 
 ゆうこ先生に握られている自分の手に力を込めてギュッとして、私は決心しました。

「よかったー。ありがとう。すごく嬉しい!」
 
 握り合った手にいっそう力を込めて、私の顔にご自分のお顔をゆっくり近づけてきました。

「次のうちでのレッスンのとき、また少し早めに集合して、もちろん普通のレッスンはちゃんとやった後、二人でヒミツのアソビをしましょう、ね?」
 
 私の耳元で低くささやくゆうこ先生の唇が徐々に私の顔正面に近づいてきて、私の唇に触れそうになったとき、キンコーンってチャイムの音がお部屋に鳴り響きました。
 
 ガタッガターン!
 ソファーとテープルを盛大に揺らして、それぞれソファーの両端へと飛び退く二人。
 お互いお顔を見合わせて、すぐに大きな声をあげて笑い転げました。

「残念。お迎えが来てしまったわ。次の直子ちゃんちでのレッスンのときに、こっそり細かいことを決めましょう」
 
 インターフォンに応答した後、ゆうこ先生がキッチンでお茶の準備をしながらおっしゃいました。

「はい。それで先生、ちょっと、おトイレをお借りしていいですか?」

「はーい。どうぞ」

 母と顔を合わせる前に自分の気持ちを落ち着けておきたくて、母がお部屋まで上がってくるのを待たずに、おトイレに篭りました。
 オシッコをした後、流しっぱなしの冷たいお水に両手をさらして深呼吸。

 今更ながら、ゆうこ先生は母のお友達、ということを思い出し、なんだか後ろめたいフクザツな気分も湧き起こっていました。
 でもそれは、たとえば幼い頃にこっそりやったお医者さんごっこの後、お家に帰って母の顔を見たときに感じたような、禁断のヒミツを持っている後ろめたさ、に似ていて、どちらかというとワクワクする気持ちのほうが強い感情。
 
 そして、今日の、期待以上の急展開。
 いよいよゆうこ先生との新しい関係が始まるのです。
 それも、私が虐める側。
 少しの不安と大きなワクワク。

 懸命に気を落ち着かせようと思うのですが、ドキドキとワクワクが次から次へと湧いてきてしまいます。
 でも、いつまでもおトイレに篭っているのも怪しいので、もう一度深く深呼吸してから、思い切ってリビングに戻りました。

 リビングでは、母がさっきまで私が座っていたソファーに腰掛けて、ゆうこ先生は対面の椅子に座り、お紅茶のカップ片手におしゃべりをしていました。
 母の隣にも新しいお紅茶の用意。
 
 私は母の隣にいつものように腰掛けて、ゆうこ先生と母のとりとめもない世間話を上の空で聞きながら、そう言えばまだ、初めて会ったときの水着のお話、出来ていなかったな、なんてふと思い出していました。
 そうだ!

 それではそろそろおいとましましょう、となったとき、母がおトイレを借りました。
 再び束の間のふたりきりの時間。
 ゆうこ先生が私に、書店カバーがついてタイトルがわからない文庫本をササッと手渡してくれました。

「読んでみて。参考になると思うから」
 
 ひそひそ声。

「早くバッグにしまっちゃって」
 
 足元に置いていた自分のバッグに文庫本を押し込んだ後、私もゆうこ先生のお耳に自分の唇を近づけました。

「ゆうこ先生?」
 
 さっき思いついたことを、思い切って口にしました。

「今度のここでのレッスンのときは、私が中学生だった頃の夏休み、先生たちが我が家へいらっしゃったときに着ていたあの水着…えっと、あの夏の日、憶えていらっしゃいます?」

「えっ?う、うん…」
 
 ゆうこ先生のお顔がみるみる赤く染まっていきます。

「あの水着を着て、レッスンしてください」
 
 真っ赤になったゆうこ先生が上目遣いに潤んだ瞳で私を見つめてから、しばらくして、小さくコクンとうなずきました。

 私は早くも、自分にあてがわれたエスな役割を愉しみ始めていました。


ピアノにまつわるエトセトラ 13

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