「あたし今、本気で外に出るところだった!」
ご自分でもびっくりされたようなお顔で、お姉さまが私の顔をまじまじと見つめてきました。
「なぜ直子も何も言わないのよ?あなた今、真っ裸なのよ?普通は、何か着せてください、とか、あたしを引き留めるものでしょ?まさか、そのまま外に出ても構わなかったの?」
「いえ、あの、だって・・・」
お姉さまにあまりに自然に手を引かれ、戸惑いながらも抗議出来る雰囲気でもなく、ただただパニクっていたのでした。
あのままお外へのドアを開けようとされたら、さすがに声をあげていたことでしょう。
だけど、それをどうお伝えすればいいのか適切な言葉が浮かばず、黙って顔を左右にブンブン振って否定の意思を表しました。
「ねえ・・・」
やれやれ、というお顔をされたお姉さまが、ご自分のデスクでこちらに背を向けている綾音さまに呼びかけようと、お声をかけかけたのですが、綾音さまがお電話中とわかり尻すぼみで終わりました。
すぐにお電話は終わり、綾音さまが受話器を置くのを待って、もう一度呼びかけるお姉さま。
「ねえ?デザインルームに何かガウンみたいな羽織れるもの、なかったかしら?コートとかジャケットとか。この際カーディガンでもバスローブでも、何でもいいわ」
お声に呼ばれてこちらをお向きになった綾音さまが、私を見てニッと笑いました。
「あら?ナオコはこれから本番までずっと、裸で過ごさなくてはいけないのではなかったかしら?」
イタズラっぽい目つきでからかうようにおっしゃる綾音さま。
「なーんてね。いくらなんでも、このビルからマンションまでオールヌードで歩き回らせる訳にはいかないわよね。大騒ぎになってイベントどころじゃなくなっちゃう」
立ち上がった綾音さまがデザインルームに向かいかけ、すぐ立ち止まりました。
「そうだわ。今日わたくし、レインコート着てきたから貸してあげる」
おっしゃってから、綾音さまのお顔が少し曇りました。
「夜明け前からずっとシトシト降りつづけているのよ、このイヤな雨」
絵理奈さまは今日の明け方に苦しみ出したと、お姉さまがおっしゃっていたので、きっとそのときのことを思い出されているのでしょう。
小さくお顔をしかめながら綾音さまが、更衣室のほうへと向かわれました。
ほどなく戻られた綾音さまから、少しくすんだグリーンのオシャレなコートを手渡されました。
裏地を見たら一目でわかる、イギリスを代表する有名なブランドものでした。
「あ、ありがとうございます・・・」
うわー、このコート、おいくらぐらいするのだろう・・・なんて下世話なことを考えながら恐縮しつつ、おずおずと袖に腕を通しました。
見た目よりもぜんぜん軽い感じのトレンチコート。
綾音さまのほうが私より5センチくらい背がお高いので、ちょっぴりブカブカ気味なのはご愛嬌。
羽織ると、いつも綾音さまがつけていらっしゃるミント系のフレグランスが香りました。
「ショートコートだからギリギリかな、と思ったけれど、ナオコだと股下5センチくらいは隠れるのね」
綾音さまがからかうみたいにおっしゃいました。
確かに、6つあるボタンを全部留めると、ミニのワンピースを着ているような着丈でした。
うっかり前屈みにはなれないくらいの、微妙なキワドさ。
生地が薄めで柔らかいので、乳首の出っ張りも微妙にわかります。
「おお。いい感じ。じゃあ行こうか」
お姉さまが再び私の右手を握りドアへ向かおうとすると、綾音さまに止められました。
「待って。これもしていくといいわ」
差し出されたのは、見覚えのある派手なサングラス。
絵理奈さまがオフィスへお越しになるときいつも着けていた、いかにもタレントさんがオフのときにしていそうな、茶色いレンズでセルフレーム大きめなサングラスでした。
「昨日から東京に来られている地方のお客様が、イベントまでの暇つぶしに、下のショッピングモールとか観光されているかもしれないでしょ?」
「ナオコはともかく、絵美の顔は知られているから、みつかったらちょっとはお相手しなきゃ。そのときナオコの顔も覚えられちゃったら、後々マズイじゃない?」
「もしそうなったら、ナオコは失礼して、先に部室に行っちゃいなさい。くれぐれもお客様に、うちの社員とは思わせないこと」
綾音さまのご説明に、はい、とうなずいてはみたものの、こんな目立つサングラスに、ミニワンピ状態のトレンチコートって、かえって人目を惹いちゃうのでは?と思いました。
「それと、メイクのしほりさんは、今原宿だから、大急ぎでこちらへ向かうって。3、40分てところね」
「おっけー。それじゃあ、後のことは任せたから。行こう、直子」
期せずして、こんな平日のお昼前に勤務先のビル内で裸コートを敢行することになってしまった私は、お姉さまに右手を引っ張られ、オフィスを出ました。
「思いがけず、面白いことになっちゃったわね」
エレベーター内はふたりきりでした。
お姉さまが私の全身をニヤニヤ眺めながらおっしゃいました。
「まさかこんなことで、直子のヘンタイ性癖をうちのスタッフにカミングアウトすることになるなんて、思ってもみなかった。その上、ショーでうちのアイテムを身に着けるモデルまで直子になっちゃうなんて」
「こんなに大っぴらに、勤務中にみんなの前で堂々と直子を辱められるなんて、あたしもう、愉しくって仕方ないわ。ある意味、こんな機会を作ってくれた絵理奈さまさまね」
本当に嬉しそうなご様子のお姉さまを見ていると、私も嬉しくなります。
ただし、心の中は不安で一杯ですが・・・
ほどなくしてエレベーターが一階へ到着しました。
オフィスビルのエレベーターホールは、ずいぶん賑わっていました。
お昼が近いからかな?
お昼が近いからかな?
大部分はスーツ姿のビジネスマンさんやOLさんたち。
右へ左へ、忙しそうに行き交っていました。
右へ左へ、忙しそうに行き交っていました。
サングラスをかけるときに思ったことは杞憂に終わらず、エレベーターを降りた途端に、いくつもの不躾な視線が私に注がれるのを感じました。
今までいた身内だけの空間から、見知らぬ人たちが大勢行き交う、公共、という場にいきなり放り出され、裸コートの私は途端に怖気づいてしまいました。
こんな場所に私、コートの下は全裸で、短かい裾から性器まで覗けそうな格好で、立っているんだ。
東京に来てから、頻繁にショッピングやお食事で立ち寄り、会社に入ってからは毎日通勤している、こんな場所で。
怯えながらも甘く淫らな背徳的官能に、被虐マゾの血がウズウズ反応していることも、また事実でした。
「何早くもビビッているのよ?」
私の緊張をいち早く察したお姉さまが、エレベーターホールの柱の陰へ私を連れ込みました。
「このくらいで怖気づいていたら、ショーのモデルなんて到底務まらないわよ?」
壁ドンの形でヒソヒソ諭されました。
「いい?今日の直子はいつもの直子じゃないの。このビル内のオフィスに勤める一介のOLじゃなくて、これからファッションイベントで主役を務める、デザイナーから選ばれたモデルなの」
「直子にショーモデルとしての心得を教えてあげる。まず、モデル、つまり服を魅せるマネキンになりきりなさい。一流のモデルは人前で喜怒哀楽を出してはダメ。高飛車なくらいのポーカーフェイスが基本よ」
「恥ずかしさに照れ笑いとか困惑顔は、見ているほうがかえって気恥ずかしくなっちゃうの。それでなくても今日直子が着て魅せるアイテムは、一般論で言えば恥ずかし過ぎるようなものばかりなのだから」
「心の中では、どんなにいやらしく感じていてもいいから、表の顔はポーカーフェイスをキープ。不機嫌なくらいでちょうどいいわ」
「練習のために、ここから部室まで、ふたりでモデルウォークで歩いていきましょう。あたしもつきあってあげるから」
「当然、人目を惹くけれど、臆してはダメ。逆に人目を惹かなければ、モデルとしての価値なんて無いのだから。注目浴びて当然、あたし綺麗でしょ?って感じで澄まして颯爽と歩くこと」
「昨日、ランウェイでふざけてやっていたじゃない?雅と一緒に。上手いものだったわ。あの感じで歩けばいいから」
そこまでおっしゃって、お姉さまの目が私の着ているコートへと移りました。
「それにしてもずいぶんキッチリとボタン留めたのね?こんなジトジト湿度なのに」
「それ、かえって不自然だわ。暑苦しい。上のボタン、二つ外しなさい」
でも・・・と思ったのですが、ご命令口調には逆らえません。
お姉さまのお顔をすがるように見つつ、首元まで留めていたボタンとその下を、そっと外しました。
「ほら、すぐそんなふうに嬉しそうな顔する。どんな命令にも淡々と無表情で従いなさい。内心はどんなに悦んでもいいから」
叱るようにおっしゃりながら、ボタンを外した襟を開いて、整えてくださるお姉さま。
視線を落とすとコートのVゾーンが、おっぱいの谷間が覗けるくらい、肌色に開いていました。
「うん、トレンチはやっぱり、この襟を開いた形が一番恰好いい。胸元が風通し良くなったでしょう?」
いえ、お姉さま、前屈みになると隙間から乳首まで覗けちゃいそうなのですけれど・・・
「ついでに裾のほう、一番下も、外しましょう」
えっ!?と思っても、表情に出してはいけないのでした。
こんなに短かくて、生地が柔らかいから裾だって割れやすそうなのに、モデルウォークで歩いたら足捌きで・・・と思いつつも、努めて無表情で外しました。
6つあるボタンのうち3つを外してしまいました。
今留まっているのは、下乳の辺りからおへその辺りまでの3つだけ。
何かの拍子で、いとも簡単にはだけてしまいそうな、なんとも頼りないコートになってしまいました。
「大丈夫よ。トレンチだからダブルだし内ボタンも留めているのでしょう?それにベルトもしているし、おいそれと全開にはならないわ」
コートの裾をピラッとめくるお姉さま。
内腿の交わりに外気が直に当たりました。
「うん。エレガントだし肌の見え具合もちょうどいい。やっぱり老舗のブランドものはシルエットが違うわね」
「直子も負けないでちゃんと着こなしているじゃない。そのド派手なメガネといい、もう立派なスーパーモデルね」
お姉さまから、からかわれ気味に褒められても無表情。
だけど心臓はドキドキで、今にもバクハツしそうでした。
「準備万端。モデルウォークの練習は、と・・・せっかくだし、こっちから行きましょう」
えっ!?
お姉さまが選んだのは、ショッピングモール側の通路。
エレベーターホールから近い、道路沿いの通路のほうが人通りが少ないのに。
「せっかくの裸コートなのだから、見物人が多いほうが直子も嬉しいでしょ?」
私の戸惑いを見透かしたみたいに、耳に唇を寄せてささやくお姉さま。
「さあ、行きましょう。ここからは手はつながないからね。まっすぐ前を見て視線は散らかさず、大きめのストライドで颯爽とね」
おっしゃるなり、お姉さまが胸をスッと張った美しい姿勢で、颯爽と歩き始めました。
うわー。
お姉さまのモデルウォーク、なんて華麗で優雅。
見惚れている場合ではありません。
あわてて私も背中を追います。
視線を前方一点に定め、軽くアゴを引いて背筋を伸ばすこと。
足を前に出すのではなく、腰から前に出る感じ。
体重を左右交互にかけ、かかっている方の脚の膝を絶対に曲げない。
両内腿が擦れるくらい前後に交差しながら、踵にはできるだけ体重をかけない。
肩の力を抜いて、両腕は自然に振る・・・
お姉さまのお背中を見つめ、一歩下がる感じで着いていきました。
これからショッピングモールが本格的に始まる、という地点でお姉さまが立ち止まれました。
「ここからは、直子が先に歩きなさい。あたしは後ろに着くから」
耳元でささやかれ、背中を軽く押されました。
ご命令には絶対服従。
そこからは、数メートル先の宙空に視点を置き、極力周りを見ないようにして進みました。
ショッピングモールは、オフィスビルよりもっと賑わっていました。
週末平日のお昼前。
小さなお子様連れの若奥様風のかたたちが多いようでした。
他には学生さん風とか、隣接のホテルの外国人宿泊客さんたち。
モールのお店が若い人向けばかりなので、お年を召されたかたはあまり見かけません。
そんな中を、場違いに気取ったモデルウォークで進んでいく女性ふたりの姿は、明らかに異質でした。
前を行くのは、タレント然としたド派手なサングラスに、妙に肌の露出が多いトレンチのレインコートを着た若い女。
その後ろに、仕立ての良いビジネススーツを優雅に着こなしたスラッとした美人さん。
芸能人の端くれとそのプロダクションのマネージャー、くらいには、見えたかもしれません。
すれ違う人たちの視線を惹きつけていることが、みなさまの頭の動きで如実にわかりました。
私たちに気がつかれたみなさまは誰も、首がこちらのほうへぐるっと動くのです。
私たちの姿を数メートル先で見つけ、すれ違うまでその場で固まったまま不思議そうに見つめつづける若い男性もいました。
一歩進むたびに短かい裾を腿が蹴り、そのたびに裾が不安定に、股間ギリギリで揺れているのがわかりました。
歩き始めると、ウエストで絞ったベルトを境に、下部分は少しづつせり上がり、上部分は胸元がたわんで広がってきました。
見下ろす形の自分の視界的には、胸元のVゾーンからおっぱいのほとんどが見えていました。
かと言って、必要以上に胸を張ると、乳首が裏地に張り付き、布を押し上げるのがわかります。
いったい私の姿、周りの人にどんなふうに見えているのだろう・・・
胸の谷間は?浮き出た乳首は?裾のひるがえりは?
一番気になるのは裾でした。
コートの布地が末広がりなので、自分では確認出来ませんが、歩いている感じでは、両腿のあいだを空気が直に通り過ぎていました。
正面から見たら、すでにもうソコが露になっちゃっているのかもしれない・・・
視線をまっすぐに定めていても、視界にはこれから通り過ぎる場所の情報が飛び込んできます。
あそこのお店は、先週ワンピースを買ったところ、あそこのお店のマヌカンさんとは顔見知り、あそこのカフェのケーキは美味しかった・・・
そんな日常的な場所を私は、キワドイ裸コート姿で、何食わぬ顔で歩いているのです。
心の中はもう、収拾のつかないくらいの大混乱でした。
視ないで、と、視て、の相反する想い。
視られたくないのに視られているという被虐と、視せつけたいから視せているという自虐。
ヘンタイマゾの願望を実践している自分に対する侮蔑と賞賛。
それらが一体となった羞恥と快感のせめぎ合いで、全身にマゾの血が滾っていました。
歩きつづけて周囲の視線に慣れてくるほどに、羞恥よりも快感が上回ってきました。
あそこでふたり、こちらを見てヒソヒソしている。
あの人、すごく呆れたお顔をされている。
こっちの人は、なんだか嬉しそう・・・
視線を動かさなくても、周りの雰囲気を肌で感じ取ることが出来ました。
両腿のあいだは、自分でもわかるほどヌルヌルでした。
このまま溢れ出た雫が腿を滑り落ちても構わないと思いました。
むしろそのほうが、マゾな自分にはお似合いです。
視ないで、と思うより、もっと視て、と思うほうがラクなことにも気がつきました。
そのほうが私自身が悦べるし、皮膚感覚がどんどん敏感になって、ちょっとした視線の動きだけで、触れられたのと同じくらいに感じられるのです。
どんどん視ればいい、舐めまわすように私を視て、ふしだらなヘンタイ女って蔑めばいい、それこそが私の望みなのだから。
そんな気持ちになっていました。
それは、ある種の開き直りなのかもしれません。
恥ずかしさが極まり過ぎて、そこから逃げ出すよりも、いっそ身を委ねてしまおう、という選択。
その選択をしてからの私は、人とすれ違うたびに、そのかたに、視てくださってありがとうと、と心の中でお礼を言いつつ、マゾマンコの奥をキュンキュン疼かせていました。
いつの間にかモールを通り過ぎ、ビルの出口まで来ていました。
「いい感じよ直子。いい感じにトロンとして、すごく色っぽい無表情になっている」
「さあ、ここからは外、あと一息ね。部室に着いたらご褒美あげるわ」
「はい。ありがとうございます、お姉さま」
最愛のお姉さまにも褒められた、ということは、私の選択は間違っていなかった、ということ?
思わずほころびそうになる口元を引き締めて無表情に戻り、再び歩き始めます。
高速道路の高架下の薄暗い広場を抜け、スーパーマーケットのある通りへと。
その裏が部室のあるマンションです。
お外には、ビルの中とはまた違った種類の人たちが行き来していました。
ご年配のスーパーへのお買い物客らしきおばさま、疲れた感じの初老なサラリーマンさん、何かの工事の人たち、宅配便の配達員さん・・・
いっそう日常的となった空間を再び、場違いなモデルウォークで歩き始めました。
視て、もっと視て、って心の中でお願いしながら。
スーパーマーケット側へ渡るための横断歩道で、赤信号に止められました。
お姉さまの傍らで、うつむかずまっすぐに立ち、信号が変わるのを待ちます。
向こう側にも数人のかたたちが待っていて、そのあいだを時折、トラックやタクシーが走り抜けていきます。
強めのビル風がコートの裾を乱暴に揺らしても、いつもみたいにあわてたりしません。
もっと吹いて、マゾマンコが露わになっちゃえばいい。
そう考える、私の中にいるもうひとりの私、自分を辱めたがる嗜虐的なほうの私の声が、思考を支配していました。
道路の向こう側にいるご中年のサラリーマン風男性は、明らかに私のコートの下のことに気づいているようでした。
遠くから、たとえ目を瞑っていてもわかるほど強烈に、熱い視線が私の下半身へと突き刺さっていました。
信号が変わり、お互いが歩き出してからも、じーっと粘っこい視線が私の胸元と下半身にまとわりついていきました。
私はそれを、身も心もとろけちゃいそうなほど、心地良く感じていました。
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