2015年12月13日

オートクチュールのはずなのに 28

 応接室へお茶をお持ちすると、ほのかさまとご来客の男性おふたりが熱心にお話しされていました。
 テープルの中央に何かの図面を広げ、みなさまその図面を見るためにうつむいておられました。

「失礼します」
 私の声にほのかさまがお顔を上げました。、
「あら、ありがとう」
 つられるように、お客様おふたりもお顔を上げました。
 かなり緊張しつつ、それぞれの前にお茶を置いていきます。

 お客様の男性おふたりは、テーブルにお茶を置くと私にお顔を向け、座ったまま真面目なお顔で会釈を返してくださいました。
 おひとりは、がっしりした体格で短髪の、俗に言う体育会系タイプ。
 おひとりは、スラッと細身でやや長髪気味なクセッ毛に銀縁メガネの、インテリ理工系タイプ。
 おふたりとも、お歳は30手前くらいでしょうか、イケメンと言って良い男性らしい整ったお顔立ちで、ピッタリめのビジネススーツがそれぞれよく似合っていらっしゃいました。

 お茶を置くために近づいたとき、女性とは明らかに違う匂いが微かにして、それに気づいた途端、急激に胸がドキドキし始めました。
 お茶を置き終えてお辞儀をひとつ、逃げるように応接室を後にしました。
 社長室へと小走りに駆け込み、ドアは開け放したまま入口のところでホッと一息。
 呼吸を整えてお部屋の奥に目を遣ると、私のデスクの椅子にミサさまが座って私を見ていました。

「息抜き」
 ミサさまがポツンとおっしゃり、私の席を立って窓際の応接に移動されました。
「あ、そうでしたか」
 ミサさまの動きに誘われるように、私もミサさまの隣に座りました。

「彼ら、来ているんだ?」
「はい。ほのかさんがお相手されています」
「直子はオトコ、苦手?」
「えっ?」
「さっき入口のところで、動揺してるような、フクザツな顔、していたから」
「あ、はい。入社前のチーフのお話では、お取引先は女性ばかりと聞いていたので、びっくりしてしまって・・・」
 ミサさまがニッと笑ってうなずきました。

「でも、安心して。彼らはぜんぜん、問題無い」
 ミサさまが少し声を落として、その童顔をイタズラっぽくほころばせました。
「えっ?」
「オンナ、という意味で、彼らが直子に興味を持つことはまったく無いから」
「えっと・・・」
「彼らは、うちと提携しているスタンディングキャットっていう会社の社員」
 そう言えば、ご来客の予定表にはSC社と記されていました。

「そのお名前からすると、ペット用品か何かの会社さまですか?」
 ペット用品、と自分で口にした瞬間、唐突に愛用の首輪が頭に浮かび、一瞬ビクン。
 私の質問にミサさまは、愉快そうに首を左右に振りました。

「ううん。寒いダジャレ」
「ダジャレ?」
「キャットは?」
「猫、ですよね?}
「スタンディングは?」
「うーんと、立つ、とか立っているとか・・・」
「立つ、と、猫。そういう種類の男性。つまり、だんしょくか」
「だんしょくか?」
 ミサさまのお言葉を鸚鵡返しして、ハッと気がつきました。

「あっ!」
「そう。彼らはホモセクシャル。タチとネコっていう痛いダジャレの社名」
 愉しそうに微笑むミサさま。

「スタンディングキャットは、うちの会社の男性版。同性愛男性による同性愛男性のためのファッションブランド」
「うちと同じで、社員は全員同性愛者。流通やデザインで以前から相互交流している。生地を共同購入したり」
「だから、彼らが直子に対して異性愛的な興味を持つことは、あり得ない」
「そうだったのですか・・・」
 ミサさまのご説明を聞いて、一気に緊張が解けました。

「イベントの打ち合わせに来たのだと思う。会場の設営や場内整理、主に力仕事を手伝ってもらうことになるから」
 ミサさまは、私を慈しむような柔らかい微笑を浮かべ、私の顔を見つめながら、説明してくださいました。

「彼らは、とてもユニーク。ファッションやメイクにすごく詳しいし、並みの女性より女子力高いのが何人もいる」
「基本、ナルシスト。だけど、コミュ能力も高いから、話すと面白い人が多い。女性に対する人当たりがギラギラしていないから」
「それに、ナマのビーエルを間近でライブで見れるから、とても貴重」
「直子も、彼らをオトコとして意識しないで、ボクらに対するみたく普通に接すればいい」

 ミサさまのご説明で、かなり気が楽になりました。
 そういうことであれば、男性といっても普通程度には接することが出来そうです。
 体臭と体毛は、やっぱり苦手だけれど。

 それに、お休み中のお姉さまとのえっちな冒険で、男性からの視線にずいぶん耐性がついていました。
 えっちな妄想のときに、不特定の男性の視線を思い浮かべることが出来るくらいに。
 もしも、それ以前の私だった頃に今日のお客様が現われたら、怖気づいてしまって、お茶をお出しすることさえ出来ず、ほのかさまに大きなご迷惑をおかけしてしまったかもしれないと思うと、それだけでも、お姉さまとの三日間は有意義なものだったと、あらためて思いました。
 
 不意の男性襲来に対する警戒心が完全に解け、打って変わって、男性同性愛者、という存在に好奇心さえ湧いてきました。
 と同時に、ふともうひとり、最近になって頻繁にオフィスを訪れる謎なお客様のことを思い出しました。
 ついでと言っては失礼ですが、この機会にそのかたのこともミサさまに尋ねてみることにしました。

「お客様と言えば、最近よく、早乙女部長さまを訪ねてこられるお綺麗な若い女性がいらっしゃいますよね?」
「?」
 誰だろう?というふうに可愛らしく小首をかしげるミサさま。

「えっと、背格好は私と同じくらいで、でも、いつもセンスの良いファッションで、何て言うか、華があるって言うか、芸能人ぽいオーラがあって・・・」
「このところ毎日のようにアポ無しでお見えになって、早乙女部長さまとお話しされた後、デザインルームにお入りになったりもして・・・」
 そのかたのお名前は、ご来客予定表にも無く、いつも突然いらしていました。

「ああ。絵理奈のこと?アヤ部長、直子に紹介してない?」
「ええ。いつもお茶をお出しするとき会釈するくらいで」
「彼女は、今度のイベントでモデルしてくれるグラビアアイドル。アヤ部長がどっかからつれてきた」
「へー。やっぱりモデルさんでしたか。お綺麗なかたですものね。絵理奈さんていうんだ」

「元は地方でレイヤーしていたらしい。ボクらは知らなかったけれど。それでどっかの事務所にスカウトされてイメージビデオを違う芸名で数本出してる。絵理奈は着エロビデオのときの芸名。そこそこ売れているらしい」
「歳も、直子と同じか、一個上くらい。ネット界隈ではけっこう人気ある」
 ミサさまが淡々とご説明してくださいます。

「うちのイベントで披露するアイテムはけっこうキワドイから、あまり有名なモデルは使えない。かと言って、AV女優を使うとキワモノっぽいイロがついちゃう危険性がある。そういう意味でアヤ部長はいい人を捕まえたと思う」
「うちのイベントは業者向けで非公開だし、会場で一切写真は撮らせないから、彼女の経歴にも傷はつかない。カタログにも顔は出さないし」
「今回のイベントのアイテムは、すべて彼女のからだに合わせて作った。デザインルームの中では、彼女はいつも、ほとんど裸同然。かなりえっちなからだつき」
 ミサさまが思い出し笑いのような、艶っぽい笑みを浮かべました。

 早乙女部長さまが絵理奈さまとデザインルームにこもっているときは、ミサさまとリンコさまも交えて、そんなことになっていたんだ・・・
 お仕事とは言え、着衣三名に囲まれた裸の美人モデルさん。
 その様子を想像したら、ウルウル疼いてきてしまいました。

「ちょっと生意気だけれど、プロ根性はある。どんなアイテムでもひるまなかったし」
「イベント終わったらリンコと3人で何かコスプレイベントに出ようって話してるから、そのときは直子も誘う」
「あ、はい。って言うか、うちのイベントのアイテムって、プロのモデルさんもひるむ程、キワドイのですか?」
「うふふ。それは当日になってのお愉しみ。今年のテーマは、エロティックアンドエクスポーズ、だから、なおさら」
 イタズラっぽく微笑むミサさま。

「あっ、彼らが帰りそうだから、ボクもそろそろ仕事に戻る」
 応接室のほうがガタガタしているのに気づいたミサさまが、そうおっしゃって立ち上がりました。

「もう少しゆっくりされてもいいですよ。せっかく早乙女部長さまもいらっしゃらないのだし。ほのかさんがミサさんとお話ししたがっていましたよ?」
 そう伝えると、ミサさまの頬にポッと紅が注しました。
「いい。照れ臭い」
 可愛くおっしゃって、逃げるように社長室を後にするミサさま。
 そのお背中を見送ってから、私もテーブルのお片付けをしなくちゃと、応接室へと向かいました。

「お土産いただいたの。先週北海道へ行かれたのですって。後でいただきましょう」
 お客様をドアまでお見送りになり、応接室に戻られたほのかさまがテーブルの上の紙包みを指されておっしゃいました。
 北海道土産として超有名なビスケットに白いチョコを挟んだお菓子の、大きな包みでした。

「あのかたたちは、うちと交流のある会社のかたたちだそうですね。ミサさんにお聞きしました」
「そうなの。ゲイ男性向けアパレルのかたたち。今度のイベントでお手伝いいただくから、直子さんもお顔を憶えておいたほうがいいわ。あ、さっきご紹介すればよかったわね」
 ほのかさま、なんだかとても楽しそう。

「メガネのかたが橋本さん。マッチョなほうが本橋さん。当日は、あと数名つれてきてくださるそうよ」
「ゲイのかたたちのお話って、本当にためになるの。今日も橋本さんから、お肌がスベスベになるドイツのボディシャンプーのブランド、教えてもらっちゃった」
 あくまで無邪気なほのかさまを見て、私も見習わなくちゃと思います。

 応接室を片し終えて一息ついていると、早乙女部長さまとリンコさまがお戻りになりました。
「お帰りなさいー」
 リンコさまは大きなカートを引っ張っていました。

「ああ疲れた。悪いけれどお茶煎れてくれる?その急須の二番煎じでいいから」
 デスクの上に置きっぱなしだった急須をみつけた早乙女部長さまが、おっしゃいました。
「はいはいー。ただいま」
 急須を持って給湯室へ駆け込む私。
 オフィス内のまったり空気が、一気に引き締まりました。

「たまほのと森下さんがオフィスにいてちょうど良かったわ。あなたたたち、今、手空いている?」
 ご自分のデスクでお茶を美味しそうに飲み干した早乙女部長さまが立ち上がり、私たちにお声をかけてきました。
「あ、はい。これといって急ぎの仕事は・・・」
 ほのかさまのご返事。
 使っていたラップトップパソコンを社長室に戻そうとしていた私も、立ち止まって振り返りました。

「よかった。ちょっと応接に集まってちょうだい」
 手招きしながら、部長さまご自身も応接室へ向かいます。
 その後をリンコさまがつづきました。

「今度うちでね、今年の春にデビューした女子アイドルユニットの衣装を担当することになったのよ」
 応接に集まった4人は、部長さまがお座りにならないので突っ立ったまま。
 私たちの顔を交互に見渡しながら、部長さまがご説明してくださいます。

「それの仮縫いサンプルが今日上がって、これからいろいろ煮詰めていくのだけれど、あなたたちの意見も聞きかせて欲しいの」
 リンコさまがカートを開き、ビニールに包まれたその仮縫いサンプルとやらをテーブルの上に置きました。

「大所帯のユニットで、一軍二軍みたいな選抜制もある、っていう何番煎じ?って感じのコンセプトなのだけれど、まあ、それなりに宣伝にお金はかけるらしいから」
 部長さまが苦笑い混じりでつづけます。

「地下アイドルのめぼしい人に片っ端から声をかけて集めたらしいわ。だから年齢にもけっこう幅があるって。もちろんオフレコだけれど」
「メンバーが多いということは、それだけたくさん作るっていうことだから。わたくしたちにとっても良いことではあるわけ」

 リンコさまがビニールを開き、テーブルの上に衣装を広げています。
 赤と緑に白と黒、そこに金と銀を散らしたきらびやかな衣装でした。
 基本的には、ブレザーとインナーにスカートという、学校の制服のような構成。
 それにリボンとか、キラキラしたアクセサリーが加わるようです。

「11月発売のクリスマスターゲットな新曲だから、この色遣い。ありきたりだけれど事務所からの指定だから仕方ないの」
 部長さまの苦笑いはひっこみません。

「これをあなたたちに実際に身に着けてもらって、何でも気づいたことを教えて欲しいの。基本的に踊りながら歌うことを念頭に置いて、とくにそういった機能的な面をね」
 ふと気づくと、ミサさまもいつの間にか、部長さまを囲む輪に加わっていました。

「こっちがたまほので、こっちが森下さん。それぞれの体型に近いはずだから」
 一見、同じように見えるふたつの衣装を、わざわざ指定されました。
「それじゃあちょっと、着替えてくれる?ソックスは履き替えなくていいから」
「はい」
 ほのかさまとユニゾンでお答えしました。

 指定されたほうの衣装パーツをかき集めて両手に持ち、更衣室へ向かおうと背中を向けると、部長さまからお声がかかりました。
「ちょっと森下さん、どこへ行くの?」
 振り向くと呆気にとられたような不思議そうなお顔の部長さま。

「えっ?どこへって、着替えるために更衣室へ・・・」
 お答えしながら他のかたたちを見ると、リンコさまもミサさまも、部長さまと同じように不思議そうなお顔。
 ほのかさまは、さも当然のようにその場でワンピースのボタンを外し始めていらっしゃいました。

「あっ!あの、えっと・・・」
 それで状況が呑み込めて、盛大に焦る私。
「ここには同性しかいないのだから、別にわざわざ更衣室まで行って着替えることないんじゃない?」
 リンコさまが、心底不思議そうにおっしゃいました。

「森下さんて、極度の恥ずかしがり屋さんなのかしら?それとも何か、わたくしたちに見られたくないからだの傷跡とかがあるの?だったら無理には引き止めないけれど」
 部長さまに至っては心配そうに、すごくおやさしく尋ねてくださいました。

「あの、いえ、別にそういうわけではなくて・・・」
 パニクった私はしどろもどろ。
「そ、そうですよね・・・いつものクセでつい・・・お着替えというと更衣室っていう、何て言うか、こ、固定観念があるみたいで・・・」
 弁解しながら、衣装一式をそそくさとテーブルに戻しました。
 幸いみなさま、あはは、と笑ってくださいました。

 どうしよう?
 えっと私、今日、どんな下着、着けてきたのだっけ?
 って言うか、そもそもショーツ、着けてきたっけ?
 パニクった頭では、そんなことさえすぐに思い出せませんでした。

 その日私は、ジーンズに長めのフリルシャツブラウスという軽装でした。
 ブラジャーを着けているのは確実ですが、ショーツの記憶は曖昧。
 ムラムラ期真っ只中の私は、頻繁にノーパンジーンズを愉しんでいました。

 やっぱり、お願いして更衣室へ行かせてもらおうか・・・
 だけどさっき、更衣室へは行かないと宣言したばかり。
 それに、仮に更衣室へ行ったところでノーパンだったら、着替える衣装はスカートで、それもかなりミニっぽいですから、その先はもうごまかせません。
 
 甘美ながらも絶望的な被虐の陶酔が、ツツツツッと背筋を駆け上りました。
 

オートクチュールのはずなのに 29


2015年12月6日

オートクチュールのはずなのに 27

 その日は珍しく早乙女部長が午前中から、リンコさまと一緒に外出されていました。
 オフィスに残っているのは私とほのかさま、そしてミサさまがデザインルームに。

 午前11時頃に来社されたお客様のお相手のために、ほのかさまが応接室にこもったので、私は電話番も兼ねてラップトップパソコンをメインルームへ移動し、空いているデスクでお仕事をつづけました。
 そのお客様がお帰りになって、応接室でランチタイム。
 持参したお弁当を広げ、久しぶりにほのかさまとのおしゃべりを、ゆっくり楽しみました。

「イベントの準備も大詰めみたいですね?」
 私が尋ねると、ほのかさまがニッコリ微笑まれました。
「そうね。アイテムの準備は順調みたい。でも、営業にとっては、これからが正念場なの。ひとりでも多くのお得意様に見に来ていただかないと」
「大変そうですね。間宮部長さまは、今日は仙台ですね?」
「そう。あのかたのおからだも、心配だわ。連日ハードスケジュールだから」
 ほのかさまのお顔が少し曇りました。

「今日、早乙女部長さままでお出かけになられたのも、そういう理由なのですね?」
「ううん。早乙女部長は別件よ。他のお仕事のサンプルが上がるから、都内のアトリエへ行っているはず」
「へー」

「でも、こんなことを言うと怒られちゃいそうだけれど、早乙女部長がいらっしゃらないと、オフィスの空気がなんとなくまったりしちゃうわよね?」
 ほのかさまがイタズラっぽくおっしゃいました。

「はい。いつになくのんびりって言うか、リラックスって言うか」
「うふふ」
 ふたりで顔を見合わせて含み笑い。
「逆に言うと、それだけオフィス内で、あのかたの存在感が大きいっていうことよね。いらっしゃるだけで、背筋が伸びる、みたいな」
 
 確かにそうでした。
 早乙女部長さまが電話や対面でキビキビとお仕事の指示を出されたり、キッパリ駄目出しされたりするのを見ていると、この人には叱られたくない、ミスをしてはいけない、という思いが募り、良い意味での緊張感をもたらしていました。

「直子さんは、ずっとオフィスにいるから、けっこう毎日、気が抜けないでしょう?」
「そうですね。でも私、たいてい午後からは社長室にこもっちゃいますから」
「チーフのお手伝いしていた頃は、わたしもそうだったわ」
 再びふたりで、うふふ。

「いけない。少しまったりしすぎちゃった。この後1時半にまたお客様がいらっしゃるから、急いで食べなくちゃ」
 ほのかさまが少しあわてたように、ちまちまお箸を動かし始めました。

 お休み明けから連日のように、さまざまなお客様がオフィスにお見えになっていました。
 問屋様、小売店様、製縫を請け負ってくださるアトリエのかた、生地問屋様、海外買付のバイヤーのかた、エトセトラ、エトセトラ。
 そんな中に、私が見知ったお顔がおふたり、いらっしゃいました。

 おひとりめは、ちょうど一週間前、早乙女部長を訪ねてこられた里美さま。
 里美さまというのは、私とお姉さまの出逢いの場となった横浜のランジェリーショップで、マヌカンをされていたかたで、フルネームは愛川里美さま。
 
 私とお姉さまが狭い試着室の中で人知れずえっちなことをしていたとき、ずっとお店番をしてくださり、その後に、私がお姉さまに全裸オナニーショーをご披露して、あまりの気持ち良さに気を失ってしまったときには、お姉さまと一緒に介抱してくださった、私とお姉さまとの秘密を共有する、言わば共犯者みたいな存在のかた。
 お姉さまによると、私が全裸で気絶しているとき、膣に指を挿れられるイタズラをされた仲でした。

 その可愛らしい小顔な童顔を応接室でみつけ、呼吸を忘れるほど驚いて、持っていたお紅茶を載せたトレイを危うく取り落としそうになりました。
 ご来客の予定表には会社名しか記してなく、その会社からはいつも別のかたがお見えになっていたので、まさに不意討ちでした。

「うわー。お久しぶりー。三ヶ月ぶりくらい?お元気そうね?」
 里美さまが屈託の無い笑顔を向けてくださいました。
「あら、ふたりは面識、あったの?」
 早乙女部長さまが私たちの顔を交互に見て、訝しげに尋ねます。
 里美さまは、うちと親密なお取引先会社のひとつに勤められていて、うちのブランドのネットショップを担当してくださっているので、お仕事上のメールは何度か遣り取りしていました。

「あ、はい。今年の春先に渡辺社長さまがリサーチで、ショップに五日間ほど詰められたことがありましたよね?あのときにわたくしもご一緒して。そのとき偶然、お客様としてお見えになられました」
 里美さまがスラスラっとお答えになりました。

「そ、そうなんです。あのとき、店長さんをされていたチーフからご紹介いただきました」
 私もすかさず首をコクコク縦に振りました。
「ああ、横浜のショップのマーケティングリサーチね。へー。そんなことがあったの」
 部長さまが心底驚いたお顔をされています。

「人の縁て不思議なものね。だけどよくそんな、一度お店で会っただけの人を憶えていたわね?森下さんが何か印象に残るようなことでもしたの?」
 部長さまは、本当に不思議そうなお顔で、里美さまにお尋ねになりました。

「いえ。とくにそういったことはないのですが、お綺麗なかたでしたし、渡辺社長さまにインナーのことで熱心にご相談されていましたから、印象が深かったのかもしれません」
「だから、森下さんが御社に入られて、更にネットショップのご担当になられるとお聞きしたときは、わたくしも不思議なご縁を感じました」
 里美さまは笑みを絶やさずにシレッと、そんなふうにおっしゃいました。
 私はもう、居心地の悪さに胸がドキドキ。

「そう。やっぱり愛川さんは、マヌカンとしても優秀なのね。接客業で一番大切なのは個々のお客様に対する記憶力ですもの。それがキメ細かい接客につながるのだから。そんなかたがブレーンにいてくださって、わたくしも心強いわ」
 部長さまは、里美さまにそうおっしゃった後、私のほうへ向きました。

「今回のイベント、愛川さんもわたくしたちの側でお手伝いしてくださるのよ。不思議な縁同士のふたりで力を合わせて、がんばってください」
「は、はいっ!精一杯がんばります」
 おふたりに向けて、思わず深々とお辞儀する私。

「それで、当日なのだけれど・・・」
 部長さまが里美さまに向き直ったのを合図に、静々と応接室を後にする私。
 里美さまは、人懐っこい笑顔を浮かべて私を見送ってくださいました。

 その数日後には、シーナさまがお見えになりました。
 シーナさまとお会いするのも、就職祝いをいただいたとき以来でしたから、ずいぶん久しぶりでした。

「あら、直子さん、ごきげんよう。お仕事がんばってる?」
「あ、ごきげんよう。お久しぶりですシーナさま」
 大きなカートを転がして入ってきたシーナさまは、勝手知ったる他人の家みたいな感じで、ズンズン、おひとりで応接室へ入っていきました。

 社内的に私は、シーナさまのご紹介で入社したことになっていますから、こんなふうに親密さを醸し出しても不自然ではないのですが、お姉さまとパートナーになる以前は、私をさんざん虐め抜いた私の元ご主人様であり、つい数ヶ月前にお姉さまへマゾペット譲渡された身からすると、オフィス内でお会いすることに少なからぬ心のざわつきを感じてしまいます。
 その上、間の悪いことにその日私は、湧き上がるムラムラを抑えきれずに、ジーンズの下はノーパンで出社していました。

 お相手をされる早乙女部長さまは、お電話が長引いていて、私にジェスチャーで、シーナさまのお相手するようにと促してきました。
 応接室へお紅茶をふたり分持って行くと、スススッとシーナさまが寄ってこられました。
「直子さん、少し見ないうちに一段とイロっぽくなったんじゃない?」
 ここまでは普通のお声で、その後、私の右耳に唇を寄せてコショコショつづけました。

「イロっぽく、って言うよりはエロっぽく、ううん、むしろドマゾっぽくかな?」
「どう?エミリーにちゃんと虐められてる?彼女、仕事忙しいのでしょう?」
「寂しかったら内緒でわたしに電話して。直子だったらいつでも虐めてあげるから」
 からかうように私の耳に息を吹きかけて唇を離すと、近くにあった椅子にゆっくり腰掛けて、優雅な仕草でティーカップを軽く傾けました。

 ムラムラ真っ最中の私は、そのお声だけでゾゾゾッと背筋に電流が走り、ジンワリ潤んでしまいます。
 座っているシーナさまが目の前に突っ立っている私を見透かすかのように、頭の天辺から爪先まで、全身を舐めるように見つめてきました。
 
 シーナさまのマゾオーラセンサーは優秀なので、私が今ムラムラ期なことは、きっと出会った途端に見抜いていることでしょう。
 ノーパンなこともバレちゃうかもしれない・・・
 そう思ってシーナさまを見ると案の定、シーナさまの視線は私のジーンズの股間に留まっていました。
 
 シーナさまによる耳元でのささやきお言葉責めと不躾な視姦で、私のマゾマンコはキュンキュンむせび泣き、膣壁からは後から後から、歓喜のよだれがヌルヌル分泌されていました。
 自分でも内股がヌメっているのがわかるほどでしたから、至近距離のシーナさまの瞳なら、ジーンズ地に滲み出してインディゴブルーを色濃く湿らせるシミに難なく気づかれたことでしょう。
 もちろんそのお鼻で臭いにも。

「慣れないお仕事で大変でしょうけれど、がんばりなさい。せめて、紹介したわたしに恥をかかせないくらいには、ね」
 シーナさまが少し大きめなお声で、冗談ぽくおっしゃいました。
 たぶん、まだお電話中の早乙女部長さまにお聞かせするため。

「はい。最近段々、お仕事の面白さがわかってきたような気もしています」
 私も調子を合わせて、普通の声でお答えします。
「来月はイベントだものね。わたし、ここのイベント、毎年すごく楽しみにしているのよ・・・」

 そんな当たり障りの無いの会話をしながら、シーナさまの右手が、私のジーンズのジッパーフライ部分をほぼ隠しているライトブルーのチュニックの裾を、ピラッとまくり上げてきました。
 あっ!? とは思ったのですか、私は、されるがまま、突っ立っているだけ。
 やっぱりバレていた、という羞恥と、これからどうされちゃうのか、という期待、万が一部長さまに見られたら、というスリルなどがごちゃまぜとなって、ヘビさんに睨まれたカエルさんのように、身動きが出来なくなっていました、

 座ったままのシーナさまが私を見上げ、見覚えあり過ぎる、妖しいエスな瞳で薄く笑いました。
 そのお顔を見たら私には、もはや一切の抵抗の術はありません。
 それどころか、無意識にマゾの服従ポーズを取ろうとしていて、知らず知らず中途半端に上がりかけていた両腕をあわてて下ろしました。
 
 そんな私の様子を愉快そうに見ていたシーナさま。
 おもむろに左手を私の下半身へと伸ばし、当然のことのように私のジーンズのジッパーをジジジッと半分くらい下げました。
  
 もう一度無言で私を見上げるシーナさま。
 チュニックをめくる手を左手に変え、私の顔をエスな瞳で見据えたまま、開いたジッパーのあいだに右の人差し指と中指を添えました、
 やがて指二本がVサインの形にゆっくりと開き、抉じ開けられた隙間から覗く、私の無毛な肌色の土手。
 私の視線は、ジッパーのあいだから覗く、自分の恥丘に釘付けになってしまいます。

「あ、ちょっとメールチェックしなくちゃ」
 再び大きめのお声でわざとらしくおっしゃりながら、私に隣に腰掛けるよう、右隣の椅子を指さしました。
 無言で腰掛ける私。
 すかさず私の左耳に唇を寄せてきました。

「やっぱりノーパン。そうだと思った。今日の直子の顔、ドマゾ全開だもの」
「社会人になっても相変わらずなのね?エミリー、かまってくれないの?」
 小さく顔を左右に振る私。

「ま、いいや。わたしが帰るまで、そのジッパー直しちゃだめ。これは命令。そういうのが欲しいのでしょう、今の直子は?エミリーには内緒よ」
「こんなところでパイパンマンコ、外気に晒している気分はどう?」
 ジッパーの隙間から指を挿れられ、付け根付近までサワサワ撫ぜられながら、からかうようにささやかれました。
 ジッパーはもはや、ほぼ全開でした。

「ごめんなさい。電話が長引いちゃって。お待たせしましたシーナさん。例の石は手に入った?」
 ごめんなさい、の最初の、ご、のお声が聞こえた刹那、私のジーンズ上にチュニックの裾が戻り、シーナさまの指が去りました。
 早乙女部長さまが書類の束を抱くように持って応接室へ入ってこられ、いきなりシーナさまの左隣に腰掛けられました。
 幸か不幸か、部長さまにとって私の存在は、まったく眼中に無いようでした。

 私はそーっと立ち上がり、火照った顔を部長さまに見られないようにうつむいたまま、トレイの上のもうひとつのティーカップを部長さまの前へそっと置きました。
「それでは、失礼します」
 お辞儀しながらご挨拶すると同時に部長さまたちに背中を向け、応接室のドアへ向かいました。
「ありがとう」
 部長さまのおやさしいお声が、私の背中にかけられました。

 もちろん、その日は帰宅するまで、そのままジッパーほぼ全開で過ごしました。
 辛うじてチュニックで隠れる範囲でしたし、ジーンズのジッパーフライって、しゃがみでもしない限り、たやすく割れちゃうようなものではないですから。
 
 その後はご来客も無く、お仕事はずっと社長室でしました。
 ジッパーの隙間からときどき指を挿し入れて、自分の恥丘のスベスベを指先で味わいながら、ちゃんとお仕事もしました。

 お仕事を終えて帰るとき、部長さまのデスクの前に立ってご挨拶したときは、かなりドキドキして、さすがにチュニックの裾を押さえたままお辞儀しました。
「お先に失礼させていただきます」
「はい。お疲れさま。ごきげんよう」
 部長さまは、いつものようにおやさしくおっしゃって、私の顔をチラッと見上げて微笑まれ、すぐにパソコンのモニターへと視線を戻されました。

 街中を歩いて帰るときは、緊張し放しでした。
 シーナさまのご命令は、シーナさまが帰るまで、だったので、解除されているはずでしたが、陽も暮れていたので、思い切ってやってみました。

 ノーパンなのにわざとジーンズのジッパーを全開にしている、というヘンタイ被虐行為に全身が蕩け出しそうでした。
 うつむいたまま、すれ違う人がいてもチュニックの裾は敢えて押さえず、足早に家路を急ぎました。
 その夜の自宅でのオナニーが普段より数倍、激しかったことは言うまでもありません。

 おっと、ずいぶん脱線してしまいました。
 お話をその日のことに戻します。

 そんなふうに、連日お見えになるお客様の中で、その日の午後、ほのかさまを訪ねていらっしゃったお客様は、明らかに異質でした。
 ドアチャイムが鳴り、インターフォン越しに聞こえてきたその第一声に、私はギョギョッと立ちすくみ、思わずホワイトボードのご来客様一覧を見直しました。
 納品書か請求書で見覚えのある気がする会社ではあったものの、ご来社いただくのは、私にとっては初めてのかたのようでした。

 私が入社以来そのときまで、来社されるお客様はすべて女性でした。
 年齢に多少幅はあるものの、お得意先様でもお取引先様でも、すべて女性のかたがいらっしゃいました。
 お姉さまからの勧誘のときも、お取引先はすべて女性で、女性による女性のためのファッションがポリシーと伺っていたので、安心しきっていましたし、そんな空間を私は、とても居心地が良いと感じていました。

「玉置さまと1時半にアポイントを取りました橋本と申します」
 インターフォンから男性のお声でそう聞こえたとき、私はびっくりし過ぎて、軽くフリーズしてしまいました。
「あ、はいはいー。どうぞ、お入りください」
 ほのかさまが当然のように応答され、私を振り向きました。

「あのかたたちは、確か緑茶がお好みだから、それでお願いね」
 なんだか嬉しそうにおっしゃるほのかさまにも、軽い眩暈。
「あ、は、はい。わかりました・・・」
 そう答えたものの、喩えようの無い理不尽な気持ちが心の中でモヤモヤしていました。

 オフィスへのドアが開き、スーツ姿の紛れも無い男性がおふたり、オフィス内に入ってきました。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
 資料のファイルらしきものを小脇に抱え、いそいそと応接室に向かうほのかさま。

 フリーズしていた私は、男性たちの姿がチラッと見えた途端にフリーズが解け、彼らに背中を向けて社長室から給湯室へ一目散。
 恐れとも不安とも、はたまた怒りとも言い切れない、得体の知れない感情で心の中が盛大にざわついていました。


オートクチュールのはずなのに 28


2015年11月29日

オートクチュールのはずなのに 26

 翌朝からまた、お仕事の日々が始まりました。
 会社内は、あと一ヶ月少しに迫った新作発表イベントに向けて、とてもあわただしい雰囲気となっていました。

 オフィスには連日、数組のお客様が入れ代わり立ち代りお見えになり、すべて早乙女部長さまがお相手をされていました。
 営業の間宮部長さまは、ほとんどお顔を拝見出来ないほど、日本各地を飛び回っているご様子。
 ほのかさまも朝はオフィスへ出社されますが、すぐにどこかへお出かけになり、夜遅くにお戻りになるのがザラでした。
 リンコさまとミサさまは、デザインルームにこもりっきり。
 もちろんお姉さま、いえ、チーフも外出がちで、お話出来るのは一週間に一度あればいいほう、という状態。

 そんな中で私はと言えば、午前中に通常の業務を終わらせ、午後からは、5月末の決算に備えて当期過去分の必要書類や数字の再点検というお仕事を任され、社長室に遅くまで閉じこもる毎日でした。
 
 なので、ずっとオフィスに残っている私と一番頻繁にお顔を合わせるのは、早乙女部長さま。
 その早乙女部長さまもたいていお客様のお相手をされていたので、実質私は、ひとりきりみたいなもの。
 誰かと無駄話もたまにしか出来ず、孤独にパソコンのモニターとにらめっこする毎日がつづきました。

 お休み明けすぐの頃は、久しぶりのお仕事ということもあり、心身を引き締めて余計なことは一切考えずに、ひたすらお仕事に没頭しました。
 一週間くらい過ぎると通常業務の要領も思い出し、余裕が出てきました。
 余裕が出てくると、どうしても思い出してしまうのが、連休中の出来事。
 お姉さまとの濃密な三日間で、私の中の何かが、確実に変わっていました。

 実を言うと私のムラムラは、連休明け以降もずーっと継続していました。
 オフィスにいるあいだは我慢していましたが、帰宅してエレベータを降りるとすぐ、お姉さまからいただいた赤い首輪を嵌めました。
 首輪はずっと通勤バッグにしのばせ、持ち歩いていました。

 首輪がもたらす首筋の異物感が、妙に心を落ち着かせてくれるのです。
 首輪を嵌めている、イコール、離れていてもお姉さまと一緒にいる、ような感覚。
 首輪をしている自分こそが本当の自分、とさえ思うようになっていました。
 それから当然のように全裸になり、リードを付けて鎖を素肌に絡ませ、満足するまで自分を虐めました。

 思い浮かべる妄想にも変化が起きていました。
 それまで、私を妄想の中で虐めてくださるお相手は、今まで私を虐めてくださった知っているお顔の誰か、だったのですが、それがお姉さまに固定しました。
 そして、いつも周りを不特定多数のギャラリーが囲むように変わっていました。
 以前なら絶対に思い浮かべない男性の姿も、虐められている私を蔑む視線として自然に思い浮かびました。

 虐められる場所も、人通りの多い街中ばかり。
 交差点とかレストランとか公園や電車の中とか。
 そういった場所で首輪にリードで全裸の私は、四つん這いやM字姿で、お姉さまの手により徹底的にイカされるのです。
 大勢の見知らぬ人たちが、好奇の視線で見守るその前で。

 つまりは、あの三日間にお姉さまからされたこと、それがもっとエスカレートすることを、私は望んでいるようでした。
 そんなこと出来るはず無いと、イキ疲れて理性が少し戻った頭でなら、臆病者の私が思うのですが、次の日、また自分のからだを虐め始めると、同じ妄想に身を焦がすくりかえし。

 首輪を着けたまま眠りにつき、翌朝、出勤のために首輪を外すときに感じる一抹の寂しさ。
 私の激しいムラムラ期は、生理を迎えてさえ鎮まることなくつづいていました。

 お休み明けに出社したとき、社長室の応接テーブルの上に、一本の乗馬鞭が箱を開けて中身が見える状態で無造作に置かれていました。
 オレンジ色の箱の中、一際目立つ鮮やかな赤色の持ち手とベロ、その他の棒部分はお上品なクリーム色というオシャレな乗馬鞭。

 社長室に入ってロールカーテンを開けようとしたときにそれをみつけ、私の心臓はドキンと跳ね上がりました。
 お姉さまが私のために誰かから譲っていただいた、私を虐めるための高級ブランドもの乗馬鞭。

 お姉さま、どうしてこんなところに無造作に置き放しにしたのだろう?
 あの日、私に見せることが出来なかったから、わざわざ置いておいてくれたのかしら?
 だとしたら、誰かにみつかる前に、どこかに片付けたほうがいいのかな?
 しばし迷っているうちに、ノックとともにドアが開き、出社されたほのかさまが社長室へ入ってきました。

「おはよう、直子さん。おひさしぶりね。チーフのお手伝い、上手くいった?」
 たおやかな笑顔で近づいて来るほのかさま。
「あ、おはようございます。それでえっと、はい。なんとか・・・」
 ほのかさまに向き直り、乗馬鞭を隠すように両手をバタバタ振って、しどろもどろな私。
 かまわずもっと近づいてきたほのかさまが、おやっ?という感じでテーブル上へと視線を遣りました。

「あら?素敵な乗馬鞭。ああ、そう言えばチーフ、信州で乗馬されたっておっしゃっていたわね」
 私の隣に並び、乗馬鞭をしげしげと覗き込むほのかさま。

「あ、はい。ほのかさんもご存知だったのですね」
「うん。空港へ送ってもらう前にここに寄ったとき、おっしゃっていたわ。久しぶりだったけれど、とても気持ち良かったって」
 ほのかさまが乗馬鞭を見つめながらおっしゃいます。
「きっとそこで、手に入れられたのね」
 ほのかさまの手が乗馬鞭に伸び、箱ごと持ち上げられました。

「あら、有名なブランドもの。すごーい。これなら可愛いし、お客様との話題の種にもなりそうだから、インテリアとして飾っておいても良さそうじゃない?」
 おっしゃりながら、すぐにテーブルの上に箱を戻されました。

「きっとチーフもそのおつもりよ、こんなところにわざわざ出しっ放しのまま出張に出かけられたのだもの」
 そうおっしゃると、ほのかさまはあらためてゆっくりとお部屋を見渡し、もはや乗馬鞭への興味は失くされたようでした。

「さあ、今日からイベントの日まで、やることたくさんあるけれど、一緒にがんばりましょうね」
 私の両手を取り、さわやかにおっしゃったほのかさまは、私の返事は待たず、来たときと同じ優雅な足取りで入ってきたドアに向かわれました。

「はいっ!がんばりますっ!」
 ほのかさまに聞こえるように、その背中に大きめな声をかける私。
 出る寸前に振り返り、ほのかさまはニコッと可憐な笑顔を向けてくださいました。
 
 結局、ほのかさまのお言葉で、私はその乗馬鞭をテーブル上から片付ける理由を失くしました。
 お仕事に集中しなくてはいけないあいだは、あえてその乗馬鞭を見ないようにし、存在を忘れるように努めました。

 連休明けから四日後の夜、どうやら私が帰った後にチーフが立ち寄られたらしく、その翌朝、応接の壁際に設えられた、刀剣を飾るような台に恭しく飾られた乗馬鞭を発見しました。
 ほのかさまの推理は、大当たりだったのでした。

 その数日後。
 お仕事に余裕が出来、煩悩の塊となった私は、その乗馬鞭が気になって仕方なくなっていました。
 お姉さまが私を虐めるためだけに手に入れてくださった、私専用の乗馬鞭。
 そんな乗馬鞭が私の仕事場に堂々と飾ってあるのです。
 気にならないわけがありません。
 
 オフィスに早乙女部長さましかいなく、その部長さまもご来客さまと応接にこもっておられるようなときを見計らって、そっとその鞭を手に取り、軽く振ってみたりしました。
 軽く振っただけで、ヒュンという心ざわめかせる被虐的な音が鳴り、マゾマンコがキュンと疼きました。
 扇情的な赤いベロでジーンズの腿を軽くペシペシ叩いたり、股間を撫でたり。
 
 ああん、早くお姉さまの手でこの鞭を振るわれて、剥き出しのお尻が真っ赤になるまでいたぶられてみたい・・・
 そんな妄想で人知れず、ショーツの股間を濡らしていました。

 そのまた数日後のある日の午後。
 今度は、リンコさまとミサさまが息抜きのため、社長室を訪れました。
 おふたりとも乗馬鞭のことは知らなかったようで、最初のいきさつから、ここに飾られるまでを全部、ご説明しなくてはなりませんでした。
 もちろん、私専用というはしたない秘密だけは隠して。

「へー。乗馬なんて優雅な遊び、インドア派のアタシらには縁の無い世界だわねえ」
 おっしゃりながらリンコさまが乗馬鞭を手に取り、力強く一回振りました。
 ヒュンッ!
 と妙に甲高い、私にとっては身震いしちゃいそうなほど官能的な音が室内に鳴り響きました。

「うわっ。なんだかこの音って淫靡な感じしない?アタシらみたいな輩には、鞭っていうと乗馬よりも、どうしてもアッチ関係のイメージが強い道具だからさ」
「ヒュンていう音の後に、キャッとかアウッとかイヤンなんて言葉がつづきそうな感じ」
 そんなことをおっしゃって、ミサさまに乗馬鞭を渡すリンコさま。
「うん。だけどボクの調査だと、乗馬鞭はあまり使えないらしい。プレイならバラ鞭、本気で痛めつけるのなら一本鞭が至高、らしい」
 おっしゃりながらヒュンヒュン良い音を響かせるミサさま。

 ミサさまは、普段、あまりお話しされません。
 お仕事中、チーフや部長さまたちと必要最低限の会話をされるときには、ご自分のことを普通に、私、と称されますが、こういったくだけたお仲間とのおしゃべりのときは、一人称が、ボク、に変わります。
 
 最初にそれに気づいたとき、ボーイッシュなリンコさまではなく、ロリ&ボインなミサさまのほうが、ボク、とおっしゃることに、新鮮な驚きを感じたものでした。
 慣れるとそれがとても可愛らしく聞こえて、私は大好きでした。
 今も、無邪気に鞭を振るうミサさまの豊かなお胸が、ふんわり気味のブラウスの下でもわかるくらい、ブルンブルン揺れています。
 さすがおふたりとも、俗に言う腐女子系なオタク趣味をもお持ちなだけあって、その手のSM的知識も豊富にお持ちのようでした。

「アタシもコスプレの小道具でちゃちいのを何本か持っているけれど、さすがに元馬具メーカーのブランドものだと、作りがしっかりしてるよね。今度そっち系のコスプレするとき、チーフに貸してもらおう」
 ミサさまから戻された鞭を指揮棒みたいに振るリンコさま。
 今日はゆったりめなグレーのTシャツの下で、控えめな乳首が浮き沈みしています。

「でもさ、チーフがこの鞭持ってる図って、かなりお似合いだと思わない?かっちり系スーツ姿で仁王立ち」
 リンコさまの問いかけにコクンとうなずくミサさま。
「早乙女部長も似合いそう。赤フレームのつり目メガネあれば、なおよし」
 ポツンとつぶやいたミサさまにキャハハと笑うリンコさま。
 そんな会話を、ドキドキしながら聞いている私。

「それでさ、ナオっちが何かミスしたら、このテーブルの上に這いつくばらされて、突き出したお尻をペロンと剥かれてペシペシ叩かれちゃうの」
 リンコさまのお言葉に、
「それは、かなり、エロい」
 と、すかさず返すミサさま。

「ねえ?ナオっちって、鞭で叩かれたことある?」
 不意な突然唐突の直球一直線なご質問に一瞬絶句して、ワンテンポ遅れて盛大に首を左右に振る私。
「だろうねえ。普通ないわな。そんな感じにも見えないし。ナオっちとたまほのは、お嬢様まっしぐらっていう感じだもんね」
 私に向けたのかミサさまに向けたのか、独り言ぽくおっしゃったリンコさま。

「でもね、気をつけたほうがいいかもよ?チーフって絶対エスっ気あるから」
 今度ははっきりと私に向かって、からかうようにおっしゃるリンコさま。
「ボクもそう思う。なぜなら、ボクもそうだから」
 ミサさまがまた、ポツンとつぶやきました。

「でもアタシらはさ、妄想を絵や言葉にしているだけじゃん。二次創作で既存のキャラ借りて。最近凝ってるのはね、ビーエルを、敢えて女体化」
「ボクはナマモノも好物。チーフ×直子は、かなり萌える」
 真面目なお顔で答えるミサさま。

「あはは。いいね。うちのスタッフだと雅部長×たまほのとか、アヤちゃん×たまほのとかね。部長同士だと雅ちゃんが受けかな?」
「ボクの中では、間宮部長は誘い受けっぽい。だから、たまちゃんがどうなるか心配。攻めるたまちゃん、たまミヤは想像出来ない」
「あはは、ひどーい。ミサミサ、たまほののこと大好きだもんね?」
「うん。素敵」

「ナオっちは受けだよね?」
 ミサさまに尋ねるリンコさま。
「うん。総受け」
 きっぱり言い切るリンコさま。
 どんな表情をすればいいのかわからない私。

「あはは。でもナオっち、アタシらがこんなこと言ってるなんて、チーフたちに告げ口しちゃイヤよ。あくまで勝手な妄想なんだから」
 イタズラっぽく笑うリンコさまに、あやふやな笑顔をお返しして、コクコク真剣に頷きました。

「ところで先週のアレは見た?」
 そこで話題は唐突に変わり、その後はひとしきり他愛も無いアニメ関係のおしゃべりをした後、おふたりが出て行ってから考えました。
 果たして今の会話は、カマをかけられたのか、それとも単純に乗馬鞭から連想された冗談なのか。

 だけど、いくら考えても正解なんかわかるはずもなく、一抹の不安を頭の片隅に保留して、お仕事に戻りました。
 この日の会話で、リンコさまとミサさまのおふたりに、今まで以上に興味が湧いたのは事実でした。

 お休み明けから二週間過ぎても、私のムラムラは治まるどころか、ひどくなる一方でした。
 そのあいだ、家に帰れば毎晩、遅くまでオナニーしていたにも関わらずです。

 街を歩いていて、コインランドリーや証明写真ブースを見かけると、それだけでからだが反応し、下着を汚してしまうほど。
 公園の公衆トイレやコンビニ、地下鉄の階段、見知らぬマンションのベランダを見上げただけでも、そうなってしまうのでした。
 
 そこでお姉さまがしてくれたこと、いただいたご命令、自分が感じた恥辱感などが鮮明によみがえり、いてもたってもいられなくなってしまうのです。
 今すぐ、あのときと同じ快感を味わいたい、そこで恥ずかしい姿を晒して、たくさんの人に嘲り蔑んでもらいたい、という欲求に呑み込まれそうになってしまうのです。

 ジーンズや長めのスカートを穿いたときは、ノーパンで出社するようになっていました。
 そうでないときでも、お仕事の合間に人知れず、意味も無くブラジャーを外したり、ショーツを脱いでみたり、女子トイレで全裸になってみたり。
 もちろんすぐに元通りにはするのですが。
 社長室に絶対誰も入ってこないとわかっているときは、ノーブラのブラウスのボタンを全部外したまま、パソコンに向かったりもしました。

 過去の納品書や請求書をチェックするために、自社ブランドのカタログをパソコンで照らし合わせていると、エロティックなアイテムがいくつも出てきます。
 ボディコンシャスなドレス、ローライズジーンズ、マイクロビキニの水着、シースルーの下着、キャットスーツ、ヌーディティジュエリー・・・
 それまで極力、それらをそういう目で見ないように努めていたのですが、今の自分には無理でした。
 
 そういったものがモニターに映るたび、それを身に着けた自分を妄想し、そんな恥ずかしい格好の自分を街中へと放り出してみます。
 すると、ふしだらではしたない妄想が頭の中で延々と連らなり、全身の血液が乳首と下半身に集まってしまったかのように、ジンジン痛いくらい火照ってしまうのです。

 それでもさすがに、オフィスでオナニーまでは出来ませんでした。
 チーフから、会社はお仕事をする神聖な場所、と釘を刺されていた私でしたが、その頃のムラムラ状態であれば、もしも出来るチャンスがあったら、ためらわず内緒の行為に及んでいたことでしょう。
 出来なかった理由は単純に、オフィスで完全にひとりきりになることが無かったからでした。

 別室とは言え、必ずデザインルームにはリンコさまかミサさまがいらっしゃいましたし、夜の八時を過ぎてからひょっこり間宮部長さまが現われるようなこともありましたから。
 遅いときは夜の十時過ぎまでお仕事をしていたときもありますが、オフィスには誰かしら、私の他にいらっしゃいました。
 
 私の本性をまだご存知ないスタッフの誰かが一生懸命お仕事をされている、そんなところで構わずオナニー出来るほどの大胆さと言うか僭越さは、持ち合わせていませんでした。
 なので、その日オフィスで育んだ妄想を大事に持ち帰り、お家に帰った途端、何かに憑かれたようにオナニーに励む毎日を過ごしていました。

 チーフ、いえ、最愛のお姉さまとは、そのあいだに二日ほどあったはずの休日も急な出張となり、デートのお約束もお流れ、2週間のあいだ、ほとんどお顔さえ拝見出来ない状態でした。
 連休以降にお姉さまとふたりだけでおしゃべり出来たのは、連休翌週火曜日のランチのときだけ。
 初めてこのオフィスを訪れたとき連れていってくださったエスニックレストランで、小一時間だけおしゃべり出来ました。
 でも、そのときも、お姉さまがひどくお疲れのご様子だったので、無難にお仕事関係のお話しと世間話しかしませんでした。
 その代わり、メールで毎日、オナニーしましたのご報告だけは入れていました。

 そんな悶々とした毎日を送る私に、ちょっとした事件が起きたのは、5月もそろそろ終わろうとする頃のある日。
 とある昼下がりのことでした。


オートクチュールのはずなのに 27