夏休みの残り数日を、煮え切らない悶々とした気持ちと、生理で重くだるくなったからだとで過ごしました。
母や父の前では、なるべく沈んだ素振りを出さないようにしていましたが、お部屋で一人になると、どうしてもあのときのことを考え始めてしまいます。
考え始めると、ちょっと疑問に思う点とか、調べてみたいことがいくつか出てきました。
もちろん、できることなら、きれいさっぱり忘れてしまいたい記憶でした。
瞼に焼きついたように離れないあのおぞましい場面を、なんとか思い出さないように、頭のずーっと隅に追いやろうと努力しました。
でも、一度湧いてしまった疑問や、私の五感に残る感触の真相は、調べずにはいられないものでした。
愛ちゃんたちから、遊びのお誘い電話もあったのですが、生理で体調が良くないから、と母にお断りしてもらいました。
二学期の始業式の日も、まだ生理は終わっていませんでした。
私は、沈んだ気持ちで学校へ行き、帰りの時間になるのをひたすら待ちました。
どこかに寄って遊んで行こう、って誘ってくれる愛ちゃんたちに、ちょっと家庭の事情があって、と嘘をついて、まっすぐに町の図書館に飛び込みました。
翌日の放課後も・・・次の日も。
木曜日は、愛ちゃんと一緒にバレエ教室に行きました。
「なおちゃん、夏休み明けてから、なんだか元気ないみたいねえ」
愛ちゃんが聞いてきてくれます。
「何か悩み事?」
「うーん、そういうワケじゃないのだけれど・・・私、今アレだから・・・ちょっと、ね」
生理は2日前に終わっていました。
「それに、夏休みの終わりに、大好きだったおじいさまが亡くなってしまって、それもちょっとね」
大好きだった、ていうのは嘘です。
「ふーん、そうなんだ・・・」
愛ちゃんも一緒に沈んだ顔になってくれます。
私は、愛ちゃんになら、全部しゃべってしまってもいいかな、とも思っていました。
でも・・・
しゃべったからと言って、どうなるワケでもないし、かえって愛ちゃんを心配させてしまいそうだし・・・
バレエのレッスンにも、やっぱりあまり身が入りませんでした。
金曜日になると、クラスのお友達も心なしか、なんだかよそよそしい感じになっているように思えました。
今の私、陰気だもの・・・
あまり近づきたくないと私でも思うでしょう。
その日の放課後も一人で図書館に行きました。
週末に自分のお部屋で一人、今まで図書館で調べた成果と、私が悶々と考えていた仮説について、真剣に検討してみました。
まず、あのとき私のからだをヌルヌル、ベトベトにしていた液体の正体です。
私は、からだに射精されてしまったのでしょうか?
精液についていろいろ調べました。
図解が付いているページは、その図を他の本で隠しながら、文字だけを追いました。
今の私は、たとえ簡略な図だとしても、アレの形を見たくありませんでした。
精液は、白濁、または薄黄色気味の粘り気のある液体で、栗の花のような匂いがする、ということでした。
あのとき私のお腹を汚していた液体は、ヌルヌルはしていましたが、ネバネバまではしていなかった気がします。
色は、辺りが真っ暗だったのでよくわかりませんが、電気を点けてから見たときは、透明でした。
でも、精液は時間が経つと透明になる、とも書いてありました。
すると、あれは一回射精されて、時間が経ったものなのでしょうか?
同じページに、射精の前に分泌される、カウパー氏腺液、とういうのも出ていました。
こっちは無色透明無臭で、糸を引くほどヌルヌルしていると書いてありました。
いわゆる、感じたとき、にまず出てくる液だそうで、女性の愛液と同じようなものなのかな?
私は、こっちのほうがアヤシイと思いました。
白濁した液、という字面を見て、自分のえっちなお汁のことも思い出しました。
オナニーを何度かして、慣れ始めた頃、少し長めに熱心にアソコを指でクチュクチュしていると、透明だった液がだんだん白く濁ることがありました。
そのときも最初はずいぶんびっくりして、まさかヘンな病気?とか思って、すぐに図書館で調べました。
他のなんとかっていう液が混じって白濁することもあるが異常ではない、と書いてあって安心したものでした。
次に匂いです。
あのとき鼻についたイヤな臭いの正体は?
精液の匂いは、栗の花の匂いに似ている、と書いてありましたが、私は、栗の花がどんな匂いなのかを知りません。
花が咲くのは6月上旬頃だそうなので、嗅ぎにいくこともできませんでした。
カルキの匂い、と書いてある本もありました。
カルキの匂いっていうと、プールの消毒液の匂いのはずです。
あのとき、そんなケミカルな匂いは感じませんでした。
もっと、生々しい、ツンとくる、なんていうか獣じみた臭いでした。
いろいろ調べると、わきが、っていうのがありました。
いわゆる、腋の下の臭い、の強いやつみたいです。
そう言われれば、そんな感じでした。
体育の時間、汗びっしょりの男子から漂ってくる臭いをもっと強烈にした、みたいな。
これが男性の匂いなのでしょうか?
男性にも体臭が強い人と弱い人がいるようですが・・・
私が眠っている間、からだをさわられていたのは確実のようです。
あのイヤな夢の中ででの感触は、リアルすぎました。
Tシャツをめくられても、ショーツを下ろされても気がつかなかったくらいですから、さわられててもしばらくは、気がつかないくらい深く眠っていたのでしょう。
やっぱりワインのせいなのかな?
お酒はもう飲まないほうがいいな、と思いました。
さわられるだけならまだしも、ひょっとすると舐められたりもしていたかもしれません。
あのとき、私の上半身を覆っていたヌルヌルの液体は、よだれっぽくも感じました。
結局、確かなことは何一つわからないのですが、一応こういう結論にしました。
あの日、私のからだを汚した液体は、私の汗と、知らない男の汗と、よだれと、カウパー氏腺液、で、射精はされなかった。
根拠は、精液の臭いを感じなかったことと、男のアレが勃っていたこと。
ひょっとしたら舐められはしたかもしれない・・・
ここまで考える間も、私は、何度も悪寒でからだをゾクゾク震わせていました。
もしも、もう少し目が覚めるのが遅かったら、私はどうなっていたんだろう・・・
そう考えた瞬間、からだをゾクゾクゾクーっと強烈な寒気が襲いました。
男性のモノは、みんなあんなにすごいのか?という疑問もありました。
本には、日本人成年男子の平均は、勃起時13~15センチとありました。
定規を見ると、これでもけっこうな長さです。
そして私が見たのは、そんなものじゃありませんでした。
それに太さも・・・
でも、この疑問は、これ以上真剣には、考えられませんでした。
本気でズキズキと頭が痛くなってきてしまうんです。
最後の疑問は、あの男の正体でした。
と言っても、あの日あの場所にいた男性の中で私が知っているのは、父とワインのおじさまだけなので、わかるはずはないのですが、後になって考えていたら一つだけ、引っかかることがあるのに気がつきました。
母は、ワインに酔った私をお部屋まで連れて行った後、ドアに鍵をかけずに戻ったのか?
普通に考えると、母の性格から言って、鍵はかけていくと思います。
私物のバッグとかも置いてありましたし、母が戻ってきたときも私が鍵をかけていたことに関しては、何も言いませんでしたし。
鍵がかかっていたとすると、あの日、私の寝ているお部屋に入って来れるのは、かなり限られた人だけになるはずです。
すなわち、あのお屋敷に住んでいる身内の人、もしくは使用人の人・・・
その中で、体格が良くて筋肉質で毛深くて体臭がキツイ男性、がいたら、その人は限りなくクロです。
その男が一言だけ発した声は、意外と若い声に聞こえました。
これでかなり絞り込めるかもしれません。
母がうっかり鍵をかけないで戻ったのなら、この仮説はまったく無意味になります。
父と母に聞いてみようか・・・
しばらく真剣に悩みました。
お部屋の中をウロウロ歩きながらさんざん迷った挙句、やっぱり、やめておくことに決めました。
犯人がわかったところで今さら、起こったことが無かったことになるわけでもないし・・・
いずれにしても、父の実家にはもう二度と行かない、と心に決めました。
一通りの結論を一応出したので、ほんのすこーしだけ気持ちが落ち着きました。
そして、この出来事を体験したおかげで、苦手なものがずいぶん増えてしまったことがわかりました。
まず、毛深い男性、がダメになりました。
木曜日に愛ちゃんとバレエ教室に行ったときも、電車の中で吊革に掴まっている男の人の半袖の腕にどうしても目が行ってしまいました。
それで、もじゃもじゃと毛深い人がいると、それだけで背筋がゾワゾワっときてしまいました。
同じように、男の人の体臭にも過敏になりました。
あのときと同じような臭いがちょっとでもすると、逃げ出したくなってしまいます。
筋肉質の男性にもあまり近寄りたくありません。
雷様は、以前から苦手でしたが、輪をかけてダメになりました。
とくに稲妻は、条件反射であの場面を呼び起こしてしまいます。
もちろん、男性のアレに関しては、無条件でパスです。
この先二度と見たくない、と思いました。
一番深刻な被害に気づいたのは、土曜日の夜中でした。
私、オナニーができなくなっていました。
*
*トラウマと私 13へ
*
直子のブログへお越しいただきまして、ありがとうございます。ここには、私が今までに体験してきた性的なあれこれを、私が私自身の思い出のために、つたない文章で書きとめておいたノートから載せていくつもりです。
2010年10月24日
2010年10月23日
トラウマと私 11
シャワーを止めて、そろそろ出ようと思いました。
オシッコがしたくなりました。
隣にあるトイレに行こうか、と一瞬迷いましたが、なんだか面倒になって、はしたないけれどここでしちゃうことにしました。
シャワーを再び強くほとばしらせてから、その場にしゃがみました。
アソコの奥がウズウズっとしました。
オシッコが出てきました。
生理も来てしまいました。
もう一度全身にシャワーを浴びてからバスタオルをからだに巻き、お部屋のドアを少し開いて顔だけお部屋に出しました。
「ママ、生理が来ちゃったの。私のかばんの中からアレ取ってくれる?」
母は、ベッドの縁に浅く腰掛けてボンヤリしていました。
「あらあらそうなの?大変ねー。ちょっと待っててね」
台詞とは裏腹にのんびりと立ち上がると、私のかばんをガサゴソして、ナプキンを手渡してくれました。
ナプキンをあててから新しいショーツを穿いて、母に借りたブルーのTシャツを素肌にかぶります。
胴回りがゆったりしていて、丈が私の膝上まであって、いい匂いがします。
私は、からだがスッキリした開放感と、生理が来てしまったどんより感がないまぜになった、中途半端に憂鬱な気分でお部屋に戻りました。
ヨシダさんは、喪服のワンピースのままベッドに仰向けに、タオルケットを掛けて寝かされて、軽くイビキをたてていました。
「なおちゃん、お疲れさま。シャワー気持ち良かった?ママもやっぱり、シャワーしとこっかなあ」
母が欠伸をしながら、自分のバッグの前にしゃがみ込みました。
「ママがシャワーしている間に、なおちゃん、お布団敷いておいてくれる?今夜は二人、枕並べて寝ましょう」
「はーい」
私は、ちょっとだけ嬉しくなります。
母がバスルームに消えて、私は、髪や顔のお手入れをした後、お布団を並べて二つ敷きました。
そのお布団の上に座って、やれやれ、と一息ついたとき、コンコンとドアがノックされました。
私は、ビクっと震えます。
今は、あんまり知らない大人の人とは、お話ししたくない気分です。
「は、はーい」
一応大きな声で返事します。
「おっ、直子か?ドア、開けてくれ」
父の声でした。
父の後から、やさしそうな感じのキレイなお顔の喪服の女性も微笑みながらお部屋に入ってきました。
「直子、誰だったっけ?って顔をしてるな。忘れちゃったか?オレの妹の涼子」
「直子ちゃん、お久しぶりね」
その女性がニコニコ笑いながら、私にお辞儀してくれます。
私もあわててペコリとお辞儀しました。
涼子さんのお顔は、確かに言われてみれば、なんとなく父に似ていました。
くっきりした瞼の線とか、鼻筋とか、細い顎とか。
父がもし女性だったら、こんなお顔になるのかあ。
この人の旦那様がさっきの全体にまんまるい感じのワインのおじさまなんだあ。
私は、そんなことを考えてヘンに感心してしまいます。
「そろそろ直子たちが風呂に入る頃かな、と思って様子を見に来たんだけど、ここのシャワー使ったんだ」
「パパたち、昨日、見張りしてくれてたんだって?」
「ああ、なんかこの辺り、ヘンな奴が出没するらしいからな。でもまあ、シャワーしたんなら、今夜は見張り、しなくていいな」
それから三人で、今敷いたお布団の上に座って、しばらくお話をしました。
質問役は、主に涼子さんでした。
何年生になったの?から始まって、好きな科目は?とか、普段は何してるの?とか、ボーイフレンドいるの?とか。
私がバレエを習っている、と告げるとすごく興味を持ったみたいで、いろいろ聞いてきました。
涼子さんは、本当にやさしそうで、おっとりとしていながら好奇心も強いみたいで、どことなく母に感じが似ている気もしました。
私は、すぐに涼子さんのことが好きになりました。
父は、喪服から着替えて、ワインカラーのポロシャツにカーキ色のバミューダパンツを穿いていました。
お葬式が無事終わってホっとしているみたいで、お酒が入っているせいもあるのでしょうが、ずいぶんリラックスしているみたいでした。
私と涼子さんの会話に、ときどき冗談で茶々を入れて笑っています。
私は、あぐらをかいて座っている父の、バミューダパンツから伸びている脛から上の部分や、ボタンを全部はずしているポロシャツの襟元から覗く肌にチラチラと視線を投げていました。
父は、やっぱりあまり毛深くありません。
私は、心底良かったと思いました。
そうこうしているうちに、母もシャワーから出てきました。
私とおそろいのTシャツを着ています。
でも、母のほうが胸がばいーんと出ていて、数段色っぽいです。
母も交えてしばらく4人で雑談していました。
涼子さんたちも途中まで帰る方向が一緒なので、帰りは、父の車に同乗していくことになりました。
「ねえパパ、私、明日の朝、早くにお家帰りたい。知らない人のお家だから、なんだか疲れちゃった・・・」
私は、思い切って父に言ってみました。
一刻も早く、このお屋敷から立ち去りたいと思っていました。
「そうね、それになおちゃん、アレが来ちゃったから、ね」
母が援護してくれました。
「アレ?」
父が一瞬首をひねってから、あわてて言いました。
「そうだな。オレも帰って揃えなきゃならない資料もあるし、兄キたちと顔合わすとまたゴタゴタした問題を押し付けられそうだしな・・・早めに出るか」
父も賛成してくれました。
明朝6時に出発することになりました。
父たちがお部屋を出て行って少ししてから、ヨシダさんが目を覚ましました。
「なおちゃん、ごめんなさいねえ、ベッド」
「いいえ。だいじょうぶですから。今夜は母とお布団で寝ます」
ヨシダさんは、照れたように笑いながらおトイレに入って、しばらくして戻ってくると、のろのろとワンピースを脱いでゴソゴソと浴衣に着替えました。
「まだ、全然お酒抜けないから、今夜はこのまま先に休ませてもらうわ。おやすみ、なおちゃん」
まだ真っ赤なお顔を私に向けて、ニっと笑ってからベッドに横になると、タオルケットをかぶって横向きに丸くなりました。
すぐに寝息が聞こえてきました。
その夜は、母と枕を並べてお布団に入りました。
母は、しばらく、父と出会った頃の思い出話を聞かせてくれていましたが、やがて先に眠ってしまいました。
取り残されて、お布団の中で目をつぶっていると、やっぱりどうしてもあのときの場面が瞼の裏に浮かんできてしまいます。
私は、他のことを考えようと努力しました。
小学生の頃のことや、バレエのことや、愛ちゃんたちと遊んだことや、オオヌキさんたちのことや・・・
でも、他のことを考えようとすればするほど、かえって鮮明にさっきのあの場面が頭の中を占めてしまって、うまくいきません。
その場面が浮かぶたびに、生理的な嫌悪感に頭もからだも支配されてしまいます。
また、他のことを考えようと努力します。
同じことを一晩中、何度もくり返しました。
眠気をまったく感じなくなって、私は一人、お布団の中に丸まって、ひたすら朝がやって来るのを待ちました。
腕時計を見て、5時半になって、私は、お布団から上半身を起こしました。
あれから一睡もできませんでした。
母ものそのそと起き上がりました。
朝の支度をいろいろ済ませて、6時5分前にお庭に出ると、もう父と涼子さんたちが待っていました。
ワインのまあるいおじさまがニコニコ笑って手を振っています。
母が運転して、私が助手席、父と涼子さんと旦那様が後部座席に座りました。
知らない中年のおじさま二人とおばさま一人が、お庭で見送ってくれました。
私は、どうしてもそのおじさまたちを注意深く観察してしまいます。
体型や腕の毛深さから言って、彼らはシロみたいでした。
車の中では、涼子さんの旦那様が絶え間なく面白い冗談を言ってくれて、和気藹々な感じでした。
途中、ファミリーレストランでゆったりと朝食を取って、高速道路に入ってからは、涼子さんの旦那様のお仕事のお話にみんなで興味シンシンでした。
ワインのまあるいおじさまは、テレビ局の偉いディレクターさんだそうで、いろんな有名タレントさんのウワサ話や大きなニュースになった事件の裏話を聞かせてもらいました。
私は、だんだんと眠たくなってきていたのですが、お話が面白くて、ずっと起きていられました。
高速道路を途中で降りて、涼子さんたちを最寄の駅前まで送っていきました。
駅でお別れするとき、涼子さんが近い内に我が家に遊びに行く、って約束してくれました。
私はすっかり、ワインのまあるいおじさまと涼子さんご夫婦の大ファンになっていました。
来た道を戻って、再び高速道路に乗り直します。
今度は、父が運転して母が助手席。
私は、後部座席に移って、やがてぐっすり眠り込んでしまいました。
*
*トラウマと私 12へ
*
オシッコがしたくなりました。
隣にあるトイレに行こうか、と一瞬迷いましたが、なんだか面倒になって、はしたないけれどここでしちゃうことにしました。
シャワーを再び強くほとばしらせてから、その場にしゃがみました。
アソコの奥がウズウズっとしました。
オシッコが出てきました。
生理も来てしまいました。
もう一度全身にシャワーを浴びてからバスタオルをからだに巻き、お部屋のドアを少し開いて顔だけお部屋に出しました。
「ママ、生理が来ちゃったの。私のかばんの中からアレ取ってくれる?」
母は、ベッドの縁に浅く腰掛けてボンヤリしていました。
「あらあらそうなの?大変ねー。ちょっと待っててね」
台詞とは裏腹にのんびりと立ち上がると、私のかばんをガサゴソして、ナプキンを手渡してくれました。
ナプキンをあててから新しいショーツを穿いて、母に借りたブルーのTシャツを素肌にかぶります。
胴回りがゆったりしていて、丈が私の膝上まであって、いい匂いがします。
私は、からだがスッキリした開放感と、生理が来てしまったどんより感がないまぜになった、中途半端に憂鬱な気分でお部屋に戻りました。
ヨシダさんは、喪服のワンピースのままベッドに仰向けに、タオルケットを掛けて寝かされて、軽くイビキをたてていました。
「なおちゃん、お疲れさま。シャワー気持ち良かった?ママもやっぱり、シャワーしとこっかなあ」
母が欠伸をしながら、自分のバッグの前にしゃがみ込みました。
「ママがシャワーしている間に、なおちゃん、お布団敷いておいてくれる?今夜は二人、枕並べて寝ましょう」
「はーい」
私は、ちょっとだけ嬉しくなります。
母がバスルームに消えて、私は、髪や顔のお手入れをした後、お布団を並べて二つ敷きました。
そのお布団の上に座って、やれやれ、と一息ついたとき、コンコンとドアがノックされました。
私は、ビクっと震えます。
今は、あんまり知らない大人の人とは、お話ししたくない気分です。
「は、はーい」
一応大きな声で返事します。
「おっ、直子か?ドア、開けてくれ」
父の声でした。
父の後から、やさしそうな感じのキレイなお顔の喪服の女性も微笑みながらお部屋に入ってきました。
「直子、誰だったっけ?って顔をしてるな。忘れちゃったか?オレの妹の涼子」
「直子ちゃん、お久しぶりね」
その女性がニコニコ笑いながら、私にお辞儀してくれます。
私もあわててペコリとお辞儀しました。
涼子さんのお顔は、確かに言われてみれば、なんとなく父に似ていました。
くっきりした瞼の線とか、鼻筋とか、細い顎とか。
父がもし女性だったら、こんなお顔になるのかあ。
この人の旦那様がさっきの全体にまんまるい感じのワインのおじさまなんだあ。
私は、そんなことを考えてヘンに感心してしまいます。
「そろそろ直子たちが風呂に入る頃かな、と思って様子を見に来たんだけど、ここのシャワー使ったんだ」
「パパたち、昨日、見張りしてくれてたんだって?」
「ああ、なんかこの辺り、ヘンな奴が出没するらしいからな。でもまあ、シャワーしたんなら、今夜は見張り、しなくていいな」
それから三人で、今敷いたお布団の上に座って、しばらくお話をしました。
質問役は、主に涼子さんでした。
何年生になったの?から始まって、好きな科目は?とか、普段は何してるの?とか、ボーイフレンドいるの?とか。
私がバレエを習っている、と告げるとすごく興味を持ったみたいで、いろいろ聞いてきました。
涼子さんは、本当にやさしそうで、おっとりとしていながら好奇心も強いみたいで、どことなく母に感じが似ている気もしました。
私は、すぐに涼子さんのことが好きになりました。
父は、喪服から着替えて、ワインカラーのポロシャツにカーキ色のバミューダパンツを穿いていました。
お葬式が無事終わってホっとしているみたいで、お酒が入っているせいもあるのでしょうが、ずいぶんリラックスしているみたいでした。
私と涼子さんの会話に、ときどき冗談で茶々を入れて笑っています。
私は、あぐらをかいて座っている父の、バミューダパンツから伸びている脛から上の部分や、ボタンを全部はずしているポロシャツの襟元から覗く肌にチラチラと視線を投げていました。
父は、やっぱりあまり毛深くありません。
私は、心底良かったと思いました。
そうこうしているうちに、母もシャワーから出てきました。
私とおそろいのTシャツを着ています。
でも、母のほうが胸がばいーんと出ていて、数段色っぽいです。
母も交えてしばらく4人で雑談していました。
涼子さんたちも途中まで帰る方向が一緒なので、帰りは、父の車に同乗していくことになりました。
「ねえパパ、私、明日の朝、早くにお家帰りたい。知らない人のお家だから、なんだか疲れちゃった・・・」
私は、思い切って父に言ってみました。
一刻も早く、このお屋敷から立ち去りたいと思っていました。
「そうね、それになおちゃん、アレが来ちゃったから、ね」
母が援護してくれました。
「アレ?」
父が一瞬首をひねってから、あわてて言いました。
「そうだな。オレも帰って揃えなきゃならない資料もあるし、兄キたちと顔合わすとまたゴタゴタした問題を押し付けられそうだしな・・・早めに出るか」
父も賛成してくれました。
明朝6時に出発することになりました。
父たちがお部屋を出て行って少ししてから、ヨシダさんが目を覚ましました。
「なおちゃん、ごめんなさいねえ、ベッド」
「いいえ。だいじょうぶですから。今夜は母とお布団で寝ます」
ヨシダさんは、照れたように笑いながらおトイレに入って、しばらくして戻ってくると、のろのろとワンピースを脱いでゴソゴソと浴衣に着替えました。
「まだ、全然お酒抜けないから、今夜はこのまま先に休ませてもらうわ。おやすみ、なおちゃん」
まだ真っ赤なお顔を私に向けて、ニっと笑ってからベッドに横になると、タオルケットをかぶって横向きに丸くなりました。
すぐに寝息が聞こえてきました。
その夜は、母と枕を並べてお布団に入りました。
母は、しばらく、父と出会った頃の思い出話を聞かせてくれていましたが、やがて先に眠ってしまいました。
取り残されて、お布団の中で目をつぶっていると、やっぱりどうしてもあのときの場面が瞼の裏に浮かんできてしまいます。
私は、他のことを考えようと努力しました。
小学生の頃のことや、バレエのことや、愛ちゃんたちと遊んだことや、オオヌキさんたちのことや・・・
でも、他のことを考えようとすればするほど、かえって鮮明にさっきのあの場面が頭の中を占めてしまって、うまくいきません。
その場面が浮かぶたびに、生理的な嫌悪感に頭もからだも支配されてしまいます。
また、他のことを考えようと努力します。
同じことを一晩中、何度もくり返しました。
眠気をまったく感じなくなって、私は一人、お布団の中に丸まって、ひたすら朝がやって来るのを待ちました。
腕時計を見て、5時半になって、私は、お布団から上半身を起こしました。
あれから一睡もできませんでした。
母ものそのそと起き上がりました。
朝の支度をいろいろ済ませて、6時5分前にお庭に出ると、もう父と涼子さんたちが待っていました。
ワインのまあるいおじさまがニコニコ笑って手を振っています。
母が運転して、私が助手席、父と涼子さんと旦那様が後部座席に座りました。
知らない中年のおじさま二人とおばさま一人が、お庭で見送ってくれました。
私は、どうしてもそのおじさまたちを注意深く観察してしまいます。
体型や腕の毛深さから言って、彼らはシロみたいでした。
車の中では、涼子さんの旦那様が絶え間なく面白い冗談を言ってくれて、和気藹々な感じでした。
途中、ファミリーレストランでゆったりと朝食を取って、高速道路に入ってからは、涼子さんの旦那様のお仕事のお話にみんなで興味シンシンでした。
ワインのまあるいおじさまは、テレビ局の偉いディレクターさんだそうで、いろんな有名タレントさんのウワサ話や大きなニュースになった事件の裏話を聞かせてもらいました。
私は、だんだんと眠たくなってきていたのですが、お話が面白くて、ずっと起きていられました。
高速道路を途中で降りて、涼子さんたちを最寄の駅前まで送っていきました。
駅でお別れするとき、涼子さんが近い内に我が家に遊びに行く、って約束してくれました。
私はすっかり、ワインのまあるいおじさまと涼子さんご夫婦の大ファンになっていました。
来た道を戻って、再び高速道路に乗り直します。
今度は、父が運転して母が助手席。
私は、後部座席に移って、やがてぐっすり眠り込んでしまいました。
*
*トラウマと私 12へ
*
トラウマと私 10
ゴンゴン、とドアを強くたたく音で目が覚めました。
私は、ベッドの上に座ったまま脱力して、またうつらうつらしてしまっていたようです。
「なおちゃーん、ちょっと鍵、開けてくれないー?」
母の大きな声がドア越しに聞こえました。
私はあわててドアに駆け寄り、鍵をはずします。
とりあえず今は、何もなかったフリでいよう、と決めました。
外開きのドアをそーっと開けると、母が誰か女の人と寄り添うように立っていました。
「ヨシダのおばさまが酔っ払ってしまわれて、ね」
母の肩に腕を絡めてしなだれかかっているのは、昨夜このお部屋に一緒に泊まったおばさまがたのうちの一人でした。
「ベッドに腰掛けさせてあげたいから、なおちゃん、ベッドの上、お片付けしてくれる?」
私は急いでベッドの上をささっと手で払い、たるんでいたシーツを伸ばしました。
ヨシダのおばさまは、へべれけでした。
薄目を開いて、ぐでーっとしたまま、なんだか嬉しそうなお顔をしています。
母がおばさまをベッドの縁に座らせると、そのままコテンと上半身をベッドに倒して動かなくなりました。
すぐにかすかな寝息が聞こえてきました。
「雨が小降りになったから、やっとみなさん、お帰りになり始めたわ」
「ママ、鍵持ってるのだけれど、ヨシダさん支えていたからポッケに手を入れられなくて」
「今夜はみなさん、ほとんどお帰りになるみたい。今夜泊まっていくのはパパの親戚筋のかたたちだけみたいね」
「あのワイン、美味しいから、ママもちょっと飲みすぎちゃったー」
母は、着替えをしながら脈絡の無いお話を投げかけてきます。
私の返事は別に期待していないみたいです。
「昼間のマイクロバスで全員、駅まで送ってくださるんだって」
「そうそう、さっきのカミナリさま、スゴかったわねー」
「きっと近くに落ちたのよ」
「今夜このお部屋に泊まるのは、ヨシダさんと私たちだけだって」
お酒のせいでだいぶテンションが上がっているみたい。
黒いワンピースから生成りなコットンのシンプルなワンピースに着替え終えた母は、言葉を切って、まじまじと私の顔を見つめてきました。
「なんだかなおちゃん、ちょっと顔色、悪いわねえ。まだ気持ち悪いの?」
「ううん。そんなことないけど・・・」
母の口から、ほんのりアルコールの香りが私の鼻に届きます。
私は、さっきの出来事を誰にも話さないことに決めました。
今さら話しても、もうしょうがないし・・・
「ねえ、ママ。私、お風呂に入りたい・・・」
「うん?」
「寝る前にエアコンのタイマーかけたから、起きたときは切れていて、汗びっしょりだったのね・・・だから、早くお風呂、入りたいの・・・ママと一緒に」
私は、母の顔を上目使いに見ながら言いました。
「そう・・・ママ酔っ払っちゃったから、今日はお風呂、いいかな、って思ってたのだけれど・・・でも、なおちゃんが入りたいって言うんなら・・・つきあってあげよっかー?」
母がニコっと笑って、そう言ってくれました。
「だけど、もう少し、そうねえ、あと30分くらいがまんしてね」
「今は、お帰りになるかたたちや宴会の後片付けで、お屋敷中がバタバタしてるから・・・」
「身内のかたたちばかりじゃなくて、知らない人たちもたくさんいるから、ね・・・」
それから母は、急にイタズラっぽい顔になって声をひそめました。
「前に、大おじいさまの何回目かの法要のときにも、泊りがけで盛大な宴会をしたことがあったんだって・・・」
「そのときにね、夜にお風呂に誰か女性が入っているとき、お風呂覗こうとした人がいるらしいの・・・」
「パパのご親戚筋の女性のみなさんは、美人さんばっかりだからねえ・・・」
「だから、なおちゃんも今お風呂に入ると、覗かれちゃうかもよ?」
母が冗談めかして笑いました。
私は全然、笑えません。
母は、そんな私の表情には無頓着にお話をつづけます。
「昨夜もリョーコさんたちがお外で見張っていてくれたのよ、私たちがお風呂に入っているとき」
「リョーコさん、て?」
「パパの妹さん。ほら、さっき、なおちゃんにワインを勧めてくれたおじさまがいたでしょう?あの人の奥様。とてもお綺麗なかたよ」
昨夜使わせていただいたお風呂は、すごく広くて立派で、檜造りのすごく大きくていい匂いがする浴槽で、まるでどこかの温泉宿みたいでした。
お庭に面したところが大きな曇りガラスの窓になっていて、開けたら露天風呂みたくなるねー、なんてのんきに母と話していました。
「昨夜もお通夜に来られたお客様が何人か、夜になってもお庭でブラブラされてたでしょう?」
「リョーコさんとパパが窓のところでおしゃべりしながら、ヘンな人が近づかないように見張っていてくれたんだって」
「それにしても、男の人ってお酒入ると子供みたいになっちゃうのねえ」
母が何か思い出したみたいにクスクス笑いながらつづけます。
「さっきも酔っ払った何人かの人たちがワイシャツとか脱ぎ出しちゃって・・・中にはズボンやパンツも脱いじゃう人がいてね」
「ヘンな踊りを踊りだすの・・・もう可笑しくて可笑しくて」
母は口元を押さえてクツクツ笑っています。
「なおちゃん、いなくて正解だったわよ」
「ねえママ、宴会の人の中にランニングシャツの人はいた?」
私は、思わず聞いてしまいました。
「うーんと、みなさんワイシャツ脱いだらランニングシャツだったわねえ・・・でも、ランニングシャツがどうかしたの?」
「・・・ううん・・・なんでもないけど・・・」
その中にスゴク毛深い人はいた?
とは、やっぱり聞けませんでした。
母は少し訝しげな顔をしていましたが、突然、明るい声で言いました。
「そうだ!なおちゃん。シャワーでいいなら、このお部屋で浴びれるわよ」
「えっ?」
「ここのところをね・・・」
お部屋のドアのところまでスタスタ歩いていった母は、お部屋の突き当たりの木製の壁の端っこに手をかけてスルスルっと横に開きました。
今まで壁だと思っていた向こうに、またお部屋があるみたいです。
私も母のところまで歩いていきます。
そこは、一段下がってタイル敷きになっていて、その向こうに8帖くらいの空間があり、半分がトイレとシャワー付きのユニットバス、廊下で仕切って半分が流しやオーブンレンジとか小さな冷蔵庫が置いてある簡易キッチンみたいになっていました。
「なおちゃんに、ここにおトイレがあるの、教えてなかったけ?」
私は、このお屋敷に着いたときに教えてもらった、母屋のお風呂場のそばにあるトイレに、いつもわざわざ渡り廊下を歩いて通っていました。
「そっかー、ごめんね。お湯が出ることは昨夜確認したから、今すぐ入りたいなら使わせてもらえば?」
「うん」
「パパはね、ここに住んでいるときは、ほとんどこの離れにこもってて、よっぽどの用事で呼ばれない限りめったに母屋には顔を出さなかったらしいのよ」
母は、何が可笑しいのか、嬉しそうにまたクスクス笑いながら、冷蔵庫から日本茶のペットボトルを取り出しました。
「ねえママ、何かパジャマ代わりになるものある?このTシャツ、汗かいちゃったから、もう着たくないの・・・」
母は、自分のバッグをガサガサやって、丈長めのあざやかなブルーのTシャツを貸してくれました。
母がいつも付けているコロンのいい香りがします。
私は、それと新しいショーツを持ってバスルームに入りました。
シャワーを最強にして、熱いお湯にしばらくからだを打たれました。
さっきの感触をすべて、できれば記憶ごと、洗い流して欲しくて仕方ありませんでした。
でも、目をつぶっていると瞼の裏に、さっきの場面がまざまざと浮かび上がってきてしまいます。
私は、イヤイヤをするように激しく顔を左右に振ります。
気を取り直して、タオルに石鹸を擦り付けてゴシゴシゴシゴシ、首から下全体をしつこく洗いました。
乳首を擦っても、股間を洗っても、えっちな気分になんて微塵もなりませんでした。
ついでに、さっきまで着ていたピンクのTシャツと穿いていたショーツも丹念にゴシゴシ洗います。
ワインの酔いも、もうすっかり消えてなくなっていました。
髪も洗って、ぬるま湯にしたシャワーを頭から全身に浴びていると、すこーしだけだけど気分が落ち着いてきました。
*
*トラウマと私 11へ
*
私は、ベッドの上に座ったまま脱力して、またうつらうつらしてしまっていたようです。
「なおちゃーん、ちょっと鍵、開けてくれないー?」
母の大きな声がドア越しに聞こえました。
私はあわててドアに駆け寄り、鍵をはずします。
とりあえず今は、何もなかったフリでいよう、と決めました。
外開きのドアをそーっと開けると、母が誰か女の人と寄り添うように立っていました。
「ヨシダのおばさまが酔っ払ってしまわれて、ね」
母の肩に腕を絡めてしなだれかかっているのは、昨夜このお部屋に一緒に泊まったおばさまがたのうちの一人でした。
「ベッドに腰掛けさせてあげたいから、なおちゃん、ベッドの上、お片付けしてくれる?」
私は急いでベッドの上をささっと手で払い、たるんでいたシーツを伸ばしました。
ヨシダのおばさまは、へべれけでした。
薄目を開いて、ぐでーっとしたまま、なんだか嬉しそうなお顔をしています。
母がおばさまをベッドの縁に座らせると、そのままコテンと上半身をベッドに倒して動かなくなりました。
すぐにかすかな寝息が聞こえてきました。
「雨が小降りになったから、やっとみなさん、お帰りになり始めたわ」
「ママ、鍵持ってるのだけれど、ヨシダさん支えていたからポッケに手を入れられなくて」
「今夜はみなさん、ほとんどお帰りになるみたい。今夜泊まっていくのはパパの親戚筋のかたたちだけみたいね」
「あのワイン、美味しいから、ママもちょっと飲みすぎちゃったー」
母は、着替えをしながら脈絡の無いお話を投げかけてきます。
私の返事は別に期待していないみたいです。
「昼間のマイクロバスで全員、駅まで送ってくださるんだって」
「そうそう、さっきのカミナリさま、スゴかったわねー」
「きっと近くに落ちたのよ」
「今夜このお部屋に泊まるのは、ヨシダさんと私たちだけだって」
お酒のせいでだいぶテンションが上がっているみたい。
黒いワンピースから生成りなコットンのシンプルなワンピースに着替え終えた母は、言葉を切って、まじまじと私の顔を見つめてきました。
「なんだかなおちゃん、ちょっと顔色、悪いわねえ。まだ気持ち悪いの?」
「ううん。そんなことないけど・・・」
母の口から、ほんのりアルコールの香りが私の鼻に届きます。
私は、さっきの出来事を誰にも話さないことに決めました。
今さら話しても、もうしょうがないし・・・
「ねえ、ママ。私、お風呂に入りたい・・・」
「うん?」
「寝る前にエアコンのタイマーかけたから、起きたときは切れていて、汗びっしょりだったのね・・・だから、早くお風呂、入りたいの・・・ママと一緒に」
私は、母の顔を上目使いに見ながら言いました。
「そう・・・ママ酔っ払っちゃったから、今日はお風呂、いいかな、って思ってたのだけれど・・・でも、なおちゃんが入りたいって言うんなら・・・つきあってあげよっかー?」
母がニコっと笑って、そう言ってくれました。
「だけど、もう少し、そうねえ、あと30分くらいがまんしてね」
「今は、お帰りになるかたたちや宴会の後片付けで、お屋敷中がバタバタしてるから・・・」
「身内のかたたちばかりじゃなくて、知らない人たちもたくさんいるから、ね・・・」
それから母は、急にイタズラっぽい顔になって声をひそめました。
「前に、大おじいさまの何回目かの法要のときにも、泊りがけで盛大な宴会をしたことがあったんだって・・・」
「そのときにね、夜にお風呂に誰か女性が入っているとき、お風呂覗こうとした人がいるらしいの・・・」
「パパのご親戚筋の女性のみなさんは、美人さんばっかりだからねえ・・・」
「だから、なおちゃんも今お風呂に入ると、覗かれちゃうかもよ?」
母が冗談めかして笑いました。
私は全然、笑えません。
母は、そんな私の表情には無頓着にお話をつづけます。
「昨夜もリョーコさんたちがお外で見張っていてくれたのよ、私たちがお風呂に入っているとき」
「リョーコさん、て?」
「パパの妹さん。ほら、さっき、なおちゃんにワインを勧めてくれたおじさまがいたでしょう?あの人の奥様。とてもお綺麗なかたよ」
昨夜使わせていただいたお風呂は、すごく広くて立派で、檜造りのすごく大きくていい匂いがする浴槽で、まるでどこかの温泉宿みたいでした。
お庭に面したところが大きな曇りガラスの窓になっていて、開けたら露天風呂みたくなるねー、なんてのんきに母と話していました。
「昨夜もお通夜に来られたお客様が何人か、夜になってもお庭でブラブラされてたでしょう?」
「リョーコさんとパパが窓のところでおしゃべりしながら、ヘンな人が近づかないように見張っていてくれたんだって」
「それにしても、男の人ってお酒入ると子供みたいになっちゃうのねえ」
母が何か思い出したみたいにクスクス笑いながらつづけます。
「さっきも酔っ払った何人かの人たちがワイシャツとか脱ぎ出しちゃって・・・中にはズボンやパンツも脱いじゃう人がいてね」
「ヘンな踊りを踊りだすの・・・もう可笑しくて可笑しくて」
母は口元を押さえてクツクツ笑っています。
「なおちゃん、いなくて正解だったわよ」
「ねえママ、宴会の人の中にランニングシャツの人はいた?」
私は、思わず聞いてしまいました。
「うーんと、みなさんワイシャツ脱いだらランニングシャツだったわねえ・・・でも、ランニングシャツがどうかしたの?」
「・・・ううん・・・なんでもないけど・・・」
その中にスゴク毛深い人はいた?
とは、やっぱり聞けませんでした。
母は少し訝しげな顔をしていましたが、突然、明るい声で言いました。
「そうだ!なおちゃん。シャワーでいいなら、このお部屋で浴びれるわよ」
「えっ?」
「ここのところをね・・・」
お部屋のドアのところまでスタスタ歩いていった母は、お部屋の突き当たりの木製の壁の端っこに手をかけてスルスルっと横に開きました。
今まで壁だと思っていた向こうに、またお部屋があるみたいです。
私も母のところまで歩いていきます。
そこは、一段下がってタイル敷きになっていて、その向こうに8帖くらいの空間があり、半分がトイレとシャワー付きのユニットバス、廊下で仕切って半分が流しやオーブンレンジとか小さな冷蔵庫が置いてある簡易キッチンみたいになっていました。
「なおちゃんに、ここにおトイレがあるの、教えてなかったけ?」
私は、このお屋敷に着いたときに教えてもらった、母屋のお風呂場のそばにあるトイレに、いつもわざわざ渡り廊下を歩いて通っていました。
「そっかー、ごめんね。お湯が出ることは昨夜確認したから、今すぐ入りたいなら使わせてもらえば?」
「うん」
「パパはね、ここに住んでいるときは、ほとんどこの離れにこもってて、よっぽどの用事で呼ばれない限りめったに母屋には顔を出さなかったらしいのよ」
母は、何が可笑しいのか、嬉しそうにまたクスクス笑いながら、冷蔵庫から日本茶のペットボトルを取り出しました。
「ねえママ、何かパジャマ代わりになるものある?このTシャツ、汗かいちゃったから、もう着たくないの・・・」
母は、自分のバッグをガサガサやって、丈長めのあざやかなブルーのTシャツを貸してくれました。
母がいつも付けているコロンのいい香りがします。
私は、それと新しいショーツを持ってバスルームに入りました。
シャワーを最強にして、熱いお湯にしばらくからだを打たれました。
さっきの感触をすべて、できれば記憶ごと、洗い流して欲しくて仕方ありませんでした。
でも、目をつぶっていると瞼の裏に、さっきの場面がまざまざと浮かび上がってきてしまいます。
私は、イヤイヤをするように激しく顔を左右に振ります。
気を取り直して、タオルに石鹸を擦り付けてゴシゴシゴシゴシ、首から下全体をしつこく洗いました。
乳首を擦っても、股間を洗っても、えっちな気分になんて微塵もなりませんでした。
ついでに、さっきまで着ていたピンクのTシャツと穿いていたショーツも丹念にゴシゴシ洗います。
ワインの酔いも、もうすっかり消えてなくなっていました。
髪も洗って、ぬるま湯にしたシャワーを頭から全身に浴びていると、すこーしだけだけど気分が落ち着いてきました。
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