2011年10月22日

ピアノにまつわるエトセトラ 06

 その週の金曜日は、10月最後のピアノレッスンでした。
 レッスンが終わって、私のお部屋でしばし雑談。
 
 その頃には、ゆうこ先生ともかなり打ち解けて仲良くなれて、いろんなお話を和気藹々としていました。
 私の部活のこととか、お友達のこととか、ゆうこ先生の学生時代のお話とか、最近のお仕事のお話とか。
 
 母ももう、私のお部屋でのレッスンには同席しないようになっていて、キッチンで篠原さんと一緒に、美味しいお夕食を作るのに張り切っているはずです。
 ゆうこ先生と二人きりのレッスンタイム。
 
 それでも私は、ゆうこ先生にえっち関係のご質問、とくに、遠い夏の日の水着をめぐる謎、については、出来ないままでいました。
 それを言い出しちゃうと、ゆうこ先生との楽しい関係のバランスが崩れてしまうような気がして、どうにも言い出せないままでいました。

 レッスンのとき、ゆうこ先生は私の背後に立ち、ときどき私の背中に覆いかぶさるようにからだをくっつけてきて、私の運指の間違いやタッチのミスをやさしく正してくれます。
 
 背中に感じるゆうこ先生のやわらかい胸。
 両手に触れるゆうこ先生のしなやかな指。
 鼻腔をくすぐるゆうこ先生のパフュームの甘い香り。

 鍵盤に集中していた緊張感がフッと緩み、何とも言えない気持ち良さを感じながら、急に胸がドキドキし始めます。

「ほら、こうしたほうが弾きやすいでしょ?」
 
 私の手の甲に、ご自分の手のひらを重ねて運指を教えてくれた後、私の顔を覗き込むように見つめてニコッと笑いかけてくださるゆうこ先生。
 私は、その笑顔を見るたびに、振り向いて正面から、ゆうこ先生を思いっきり抱きしめて、胸に顔を埋めたい衝動に駆られ、抑え込むのが大変でした。

「来週のレッスンのことなのだけれど…」
「それでですね、私、来週は…」

 私の部活のお話が一区切りして、会話が途切れて一呼吸置いた後、私とゆうこ先生が同時に口を開いて、お互いの言葉がかぶってしまいました。

「あ、ごめんなさい。直子ちゃんからどうぞ。なあに?」

「あ、いえ、いいんです。先生からお先におっしゃってください」

「そう?じゃあ、わたしから・・・」

「直子ちゃん、予想以上に上達が早いから、そろそろ次のステップに移ろうと思うのね」
「デジタルピアノとアコースティックピアノは、やっぱり鍵盤のタッチが違うから、打鍵の強弱による音の響かせ方とか、あと、足元のペダルの使い方なんかも、そろそろ知って、慣れておいたほうがいいと思うの」

「試験のとき、デジピかアコピかは、たぶん半々くらいだと思うけど、アコピに当たったときにまごつかないように」
「それに、幼稚園もきっと、アップライトのアコピのところが多いと思うし」
「だから、これからは月に一、二回くらい、わたしの家に来てアコピでのレッスンもしたらどうかな?なんて考えているの」

 ゆうこ先生のお宅におじゃましてのレッスン!
 それは、願ってもない嬉しいお誘いでした。
 
 母たちに気兼ねすることなく、ゆうこ先生と二人きりで親密に、何時間か一緒に過ごせるんです。
 考えただけでどんどん胸が高鳴ってきます。

「どう?」

「もちろん、お願いします!先生さえご迷惑でなかったら」
 
 小首をかしげて私を見つめるゆうこ先生に、私は即答しました。

「でも…」
 
 答えてから、さっき私が言おうと思っていたことを思い出して、盛り上がったテンションが一気に降下しました。

「さっき、私が先生に言おうと思っていたことなのですけれど、来週は、文化祭の前日なので、準備とかで夕方まで忙しいと思うのでレッスンお休みにしてもらいたい、って…」

「あら、そうだったの。文化祭かあ、懐かしいなあ」
 
 ゆうこ先生が遠くを見るような目で宙を見つめました。

「それなら、再来週の金曜日にしましょう。そうか。あそこの女子高、文化祭なんだ」

「はい」

「直子ちゃんたちは何をやるの?」

「クラスではクレープ屋さん。文芸部では毎年恒例の機関紙作りとバザー、です」

「へー。楽しそうね。わたしも高校の頃の文化祭では、毎年体育館のステージで演奏していたわ。高校の頃は、いわゆるハードロック」

「えっ、そうなんですか?先生がハードロック!?見たかったなー」

「たぶんビデオが残ってるから、うちに来たら見せてあげる。直子ちゃんビックリするよ。すんごいステージ衣装だから」
 
 ゆうこ先生が、うふふ、って笑いました。

「先生もよかったら来てくださいよ、うちの文化祭。ご案内しますよ?」

「そうねえ。近くだから行きたいのはやまやまなのだけれど、仕事の一つの締め切りが迫っているからなー。行けるかどうか、って感じだから、お約束は出来ないの」

  ゆうこ先生が残念そうに言って、私はがっかり。

「あの高校にはね、私の昔からの友達が今、先生やっているのよ。美術の先生」

「へー。そうなんですか」

「だから何度か、文化祭に遊びに行ったことはあるの。けっこう人が集まるのよね?」

「はい。なんかお祭りみたいで、すっごく楽しいです」

「だって直子ちゃん、文化祭って、お祭りよ?」

「あ、そっかー」
 
 二人でアハハと笑いました。

「そうだっ!先生!文化祭の翌日、月曜日は学校お休みなんですよ。だから金曜日のレッスンを月曜日にする、っていうのはどうでしょう?」
 
 私は、我ながら名案を思いついた、って、またテンションが上がってきました。

「それはかまわないけれど・・・でも直子ちゃん、お祭りの翌日で疲れていない?」

「ううん。ゆうこ先生に会えるなら、疲れなんてぜんぜん感じません!」

「それはそれは。嬉しいお言葉をありがとう。レッスンは月四回ってお約束だったから、一回飛ばすのは心苦しかったけれど、それならお約束もクリア出来そうね」

「あ、でも先生、お仕事の締め切りが…」

「それは大丈夫。そういうことならなんとか、早々に仕上げちゃうから、直子ちゃんのために」

「ねえ、直子ちゃん。どうせなら早い時間から、わたしのお家に来ない?その日」

「いいんですか?」

「うん。わたし、レッスンのたびに直子ちゃんちでご馳走になりっぱなしだから、その日は直子ちゃんにご馳走してあげる。それに、直子ちゃんとは、もっとゆっくりたくさん、おしゃべりしてみたいから」
 
 ゆうこ先生が私をじっと見つめてから、お花が咲く瞬間みたいな綺麗な笑顔を私にくれました。

 ピンポーン。
 そのとき、お夕食の準備が出来たという、母からのコールが私のお部屋に届きました。

「それじゃあ直子ちゃん、月曜日のこと、もとこさんにはわたしからご説明するから、ね?」
 
 ゆうこ先生がゆっくり立ち上がり、私に一つ、パチンとウインクをくれました。
 あっ、そうそう。
 もとこさん、っていうのは素子って書いて、私の母の名前です。

 文化祭二日目に、私はまた、しーちゃんがいる、名物!!喫茶 白百合の城 美術部、に、ご招待されていました。

 今回のコンセプトは、砂漠の民と王室のハーレムパーティ、だそうで、お部屋のあちこちにエジプトというか中近東あたりというか、ピラミッドやスフィンクスやラクダさんっぽいオブジェが飾られ、全体にゴールドと赤とベージュなキラキラした雰囲気のお部屋になっていました。
 
 部員の人たちは、みんなお鼻の下からをシースルーのシルクみたいなペラペラな一枚の布で覆い、目のまわりのお化粧が派手め。
 
 服装も、ビキニまではいかないセパレートの水着にツヤツヤなガウンを羽織っている人や、金の紙で作ったらしい王冠やアクセサリーで飾り立てた人、ギリシャの哲学者みたく白いカーテンをからだに巻きつけただけみたいな人など、全体的に昨年よりキンキラ&セクシーな感じになっていました。

「ねえ、しーちゃん。去年より、みなさんのお肌の露出度が上がっていない?」
 
 大きめな男物のストライプなワイシャツに黒いスカーフ、薄茶色のスカートに大きめの黒縁メガネとヒール、っていう、この空間ではかなり地味めな、でも見ようによっては、インディジョーンズとかに出て来そうなインテリ歴史研究家、みたいなたたずまいのしーちゃんに尋ねました。

「去年まで風紀を細かくチェックされていた高齢の先生が退任されたからネ。今年は少し羽目が外せるんだヨ。井上先生のおっけーももらってるし」
「その代わり、今年はカップルさんでも先生でも男子禁制入室不可。完全無欠な女の園なんだヨ」
 
 しーちゃんが笑いながら説明してくれました。

「それから、これはインディージョーンズじゃないヨ。ハムナプトラのエヴリンのイメージ、ネ?」
「それで、こちらがアナクスナムーンっ!」

 長い髪を左右に分けて前に垂らし、おっぱいのふくらみは髪に隠れていますが、その下はビキニの水着でしょう。
 黒い布地が髪の隙間から少し覗いています。
 まっすぐで真っ白なお腹におへそがちょこん。
 
 下半身はさすがにビキニはまずいのか、黒いパンストに黒いハイレグな短パン。
 スラッと伸びた足がすっごくセクシー。
 目元パッチリでキラキラ光るメイクを施した端正なお顔は、まさに砂漠のお姫さまなクリスさんが、ニッコリ微笑んでくれました。

「ごきげんよう。お久しぶりね、森下さん」

「あっ、ごきげんよう、えっと、クリスさん、じゃなくて二宮先輩」
 
 クリスさんの艶やかなお姿にボーッと見蕩れていた私は、声をかけられて盛大にアタフタしてしまいました。

「あら、ごきげんよう森下さん。お変わりなくて?」
 
 クレオパトラ風おかっぱソバージュに金の飾りを付けて、衣装も胸元が大胆に開いたエナメルっぽいテカテカなボディコン姿の村上先輩や、金ぴかアクセサリーを山ほど身に着けて、一歩歩くたびにジャラジャラ音がしそうな小川先輩にお声をかけられて、しばらくおしゃべりタイムに花が咲きました。
 
 そんな格好をしていても、口調は基本、マリみてなのがなんだかミョーに微笑ましいです。

 そのうちに、卒業された鳥越先輩と落合先輩もお顔を見せ、他にも去年知り合った先輩がたや、しーちゃんと仲がいい同級生や後輩の人たちも入り乱れて、楽しい時間が過ぎていきました。


ピアノにまつわるエトセトラ 07

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