2024年4月7日

彼女がくれた片想い 10

 物音が聞こえたと同時にその場にしゃがみ込んだ。
 ここが誰でも自由に出入り出来る場所だったということをあらためて思い知らされる。
 個室なので中まで入ってこられる恐れはないのに裸を隠すように縮こまってしまう。

 無遠慮な足音がコツコツと響き、個室のドアを閉じたのであろうバタンという音がする。
 少なくとも隣の個室ではないようだが。

 再び静けさが訪れる。
 衣擦れの音も排尿の音も聞こえてこない。
 ここからだいぶ離れた個室、たぶん出入口から一番近い個室に陣取ったのであろう、ホッと安堵の息をついた。

 しゃがみ込んでいるので手の位置が性器に近い。
 闖入者が退出するまで大人しくしていなければとわかっているのだが、考える前にすでに右手が性器に触れていた。
 それくらい身体が物理的刺激に飢えていた。

 下腹部全体がねっとりと熱い。
 陰毛に隠れた割れ始めの包皮が皮を被ったまま、しこりのように腫れている。
 その下の穴の方に中指を滑らせるとヌルッと難なく侵入した。

 思わず、んふっ、と小さな淫声が洩れる。
 ほんの入口に第一関節くらいを挿れただけなのに肉襞がヌメヌメ蠢き奥へと誘い込むようにキュンキュン締め付けてくる。
 これ以上動かしては駄目、と自分に言い聞かせて真一文字に口をつぐむ。

 右手の掌が腫れた包皮に当たっている。
 私はクリトリスがかなり弱い。
 その部分を極力刺激しないように性器を掌で包み込む。
 凄く熱くなっている。

 眉根に深いシワを刻ませたまま一分、二分とそのときを待つ。
 やがてジャーッと水を流す音が聞こえ、しばしの沈黙のあとカタン、ギーッと扉が開く音が聞こえた。
 コツコツという足音、ザーッと手を洗うらしい音が聞こえて再びしばし沈黙。
 またコツコツと足音がしてカタン、バタンでやっとトイレから退出した物音。

 その音が聞こえた瞬間、中指が私の膣を奥深くまでつらぬいていた。
 掌も腫れた包皮に思い切り押し付ける。
 あっという間に深く激しく達していた。

 今まで味わったことのないオーガズムの波が何度も何度も打ち寄せてくる。
 全身がプルプル震え、いつの間にか薬指も加わった二本の指がヒクヒク痙攣している膣壁をこれでもかと甚振っていた。
 つぐんでいるはずの口なのに、んぐぅぅっ、という嗚咽が喉奥からほとばしる。
 やがて最大級のオーガズムで頭の中に火花が弾け飛ぶ。

 やっと本望を遂げた私はこの場から闖入者が去った安堵感もありハァハァと荒い呼吸音を発していた。
 下半身を中心に今だにヒクヒクとあちこちで痙攣する全身の余韻を愉しんでいる。
 これほどまでの絶頂快感は予想していなかった。

 自分の吐息以外は再び静まり返った個室内で私は思いあぐねていた。
 続行してもう一度天国を味わうか、ここで一区切りして四限目に向けて撤収するか。
 けっこう長くこの場にいるのでそろそろ三限目終了チャイムが鳴りそうだとも思うが、スマホはバッグにしまったので時計を確かめることは出来ない。
 私の中の良識はそんなふうに比較的冷静に状況を考えているのだが、身体は勝手に動いていた。

 いつの間にか自分の部屋でいつもしている格好、すなわちお尻を突き上げた四つん這いになって行為を続行しようとしていた。
 四つん這いと言ってもトイレの中なのでいくばくかの制御が効いていた。
 両膝は広げて床に突き、顔面は便座蓋上の脱衣した着衣の上。
 お腹側から股間に伸ばした右腕の中指と薬指がグチョグチョと膣中を捏ね繰り回していた。

 一度達して敏感になっている性器はすぐに過剰反応。
 キュンキュン疼く膣中、グングン昂る性感、クチュクチュ響く膣音。
 さっきよりも強烈に寄せては返すオーガズム波に頭の中は真空状態。
 意識まで飛んでしまうかもと思った瞬間、唐突にチャイムの音が響く。
 ビクンとした拍子に膣壁がギュッと指を締め付けた。

 便座の衣服に頬を埋めてハアハア言っていると講義が終わって廊下に出た学生たちで騒がしくなってきた。
 トイレの出入口ドアも各個室のドアもひっきりなしにどこかしら開け閉めされている。

 そんな中まだ私は起き上がれずにいた。
 便座蓋に突っ伏して個室のドアに両膝を割ったお尻を向けたまま。

 もしも今、切羽詰まった学生が満室な状態に血迷ってこの個室のドアに手を掛け、何かの間違いで鍵が外れて個室のドアが開いてしまったら…
 その人物は白濁液にまみれた陰唇がだらしなくパックリ開いた膣口と、その上の肛門までを真正面からドアップで視ることになるだろう。
 そう考えたらその目撃者として自然と彼女の顔が浮かんだ。
 もっと滅茶苦茶になってみたいと思った。

 休み時間中は我慢した。
 指は挿入せず、口をつぐんで足の付け根から陰唇付近をさするだけで我慢した。
 長い10分間。
 膣内に潜りたがる指をなんとかなだめ悶々とそのときを待つ。

 トイレ内の喧騒が徐々に落ち着き、やがて休み時間終了のチャイムが鳴る。
 耳を澄ましても聞こえるのは、しーん、という自分の耳の神経細胞が活動する音のみ。
 今日も四限目は自主休講となってしまうが、これで心置きなく行為が続行できると思う反面、ひとつの懸念が急浮上した。

 本当に今、このトイレには誰もいないのか…
 万が一、四限目に講義のない学生がまだ個室に籠っていたり、いないとは思うが自分や彼女のような人物が不埒な目的で個室に入っていても今の私にはわからない。
 誰かが残っていた場合、大きな物音や声を発することは当然ながら憚れる。

 懸念は不安へと変化し、どうしても確かめたくなっていた。
 確かめるのは簡単、個室が空いているときは内開きドアが開いている筈なので、そっと覗いて確認するだけだ。
 もし個室がひとつでも閉じていたら、そのときは慎重に行動して退出の物音を待てばいい。

 方針が決まり立ち上がることにした。
 顔を埋めていたジーンズがよだれで少し湿っていた。
 裸足で個室ドアの前に立つ。

 極力音を立てないようにドア鍵のスライドバーを外す。
 そのままそーっとドアを内側に引いて隙間から顔だけ覗かせ、トイレ出入り口の方へと素早く視線を走らせる。
 四つの個室はどれも内側に開いている。
 よしっ。

 安堵と一緒に顔を引っ込め、今度は音を気にせずドアを閉めて再び鍵を掛ける。
 四限目も諦めたことだし、ここでもう少し愉しんでいくことに決める。
 今度はどんな妄想にしようかと考えていたら、ある好奇心が湧き上がってきた。

 トイレ内に誰もいないということは今なら個室の外に出ても大丈夫ということ。
 個室内でこんなにドキドキするのだから、その個室からもっと広い空間に出たら、どんな気分になるのだろう。

 ただし、個室なら鍵を掛けられるがトイレ全体の出入口はオールオッケーの誰でもウェルカム状態。
 でもそれも、廊下の足音に注意深く耳を澄ませていれば大丈夫な気もする。
 危険を察知したら素早く個室に逃げ込めばいいのだから。

 少しの間、不安という理性と好奇心が逡巡していたが結局、猫をも殺す好奇心が天秤を傾かせた。
 再び個室ドアのスライドバーに手を掛ける。

 私は露出狂ではない。
 誰かに自分の裸を見せたいという願望はさらさら無いし、逆に人前では極力ひっそり同化して目立ちたくないタイプだ。
 それなら何故、個室の外に出るというような大胆な行動に惹かれてしまうのか。

 おそらく、視られてしまうかもしれない、というスリルが今まで味わったことの無い興奮を呼ぶからだ。
 自分の浅ましい姿を発見されてしまうかもしれないというリスク。
 もちろん絶対目撃されたくはないのだが、行動しなければスリルは味わえない。
 踏ん切りをつけるために、もう一度想像上の彼女にご登場いただいて命令を待つことにする。

 …ほら、さっさと表に出なさい。誰もいないんだから…

 思い切って個室ドアを開き、裸足で恐る恐る個室の外へ出る。
 この期に及んで今更だが、胸と股間は庇ってしまう。
 しんと静まり返った空間。

 …またおっぱいとオマンコを隠しているの?おまえの腕はそこでは無いでしょう?同じことを何度も言わせないでちょうだい…

 想像上の彼女に叱責された私は渋々両腕を下ろし、トイレ空間の真ん中あたりで後ろ手を組む。
 見慣れた学校の女子トイレの通路で素っ裸になっている自分。
 一時落ち着きを見せていた性感が前にも増してグングンと上がってきている。

 命令されて嫌々トイレ通路で全裸を晒している自分、の屈辱気分に浸りつつ、何気に出入口の方を向くと出入口ドア脇に並んだ洗面台の鏡に私の臍から上くらいの裸が映っていた。
 客観的に見せられる、ありえない場所で晒している自分の裸。
 自慰行為でオーガズムに達したばかりの締りのない顔で上気した裸体を晒している女。
 自分が今、いかに破廉恥な行為をしているのかを問答無用で突き付けられた。

 もはや躊躇いは無かった。
 一刻も早くこの場で性器を弄り倒し、すべてを忘れて性的快楽を貪りたくなっていた。
 後ろ手に組んだ両腕を解いて前に回し、鏡に向かって立ち尽くしたまま右手を性器に近づけていく。

 そのとき、トイレ外のどこかからカツカツと足音のような物音が微かに聞こえたような気がした。
 空耳かとも思ったが、その足音はトイレから見て左側に位置する階段の方から実態を持ったテンポで徐々に音量を上げ、どんどん近づいてくる気配。

 今は四限の講義中でずいぶん時間が経っているし足音も落ち着いていることから遅刻の学生とかではなさそうだ。
 だとすると間違いなくこのトイレが目的地であろう。
 案の定、そのハイヒールらしき靴音は高らかに響きながらこの場に近づいてくる。
 もしかすると非番の教授か講師なのかもしれない。

 慌てて個室に逃げ込んだ。
 個室ドアを乱暴に閉めてカタンと鍵を掛けた三秒後、バタンとトイレ出入口ドアが開く音が聞こえた。

 プルプル震える身体とハアハア押し殺した吐息。
 個室の外で全裸を晒したという背徳感と期せずして鏡によって視せられた自分の裸体のいやらしさ。
 ヒールの足音でなかったらみつかってしまっていただろうという危機一髪のスリルに、一切身体を触ってもいないのにビクンと小さく達していた。
 
 左太股にツツツーと白濁した愛液が滑り、頭の中で想像上の彼女が蔑みきった瞳でニヤニヤ笑っていた。


2024年3月30日

彼女がくれた片想い 09

 両手を背中に回しブラジャーのホックに触れる。
 今日の下着はブラは黒レースのハーフカップ、ショーツもブラと同じ黒レースのビキニタイプ。
 誰に見せるあてもないけれど下着にはけっこう凝るほうだ。

 ホックを外しバスト周りが緩んだ時、再び軽い電流が背筋を走った。
 ストラップを両肩から抜き、ブラジャーも小さくたたんで便座蓋の上に。
 剥き出しになった乳首が外の空気に直に触れるだけでゾクゾクッと感じてしまう。
 その乳首は左右とも今まで覚えもないほど硬く大きく尖立していた。

 トイレの個室内で乳房丸出し。
 言いようのない疚しさ、後ろめたさ。
 視ている者など誰もいないのに思わず両腕でバストを庇ってしまう恥ずかしさ。

 でもここでは終われない。
 ここまで来たら最後まで体験しないと、毒を喰らわば皿まで、の心境だ。
 胸を庇っていた両手を外し、ショーツのゴムに指を掛ける。

 目を瞑って一気に膝までずり下ろした。
 覆うものを失った下腹部が外気に晒される感覚に恐る恐る目を開けてみる。

 最初に視界に飛び込んで来たのは自分の手入れをしていない濃いめの陰毛。
 そして両膝辺りにだらしなく引っかかっている黒い布片。
 こんなところで肌を晒して陰毛を見せている自分がとんでもなく猥雑な存在に思えてきて、その恥辱感に三度めの電流が背筋をヒリヒリと震わせた。

 しばし呆然と佇んでから、ゆっくりと足首まで下ろしたショーツを引き抜いた。
 ショーツのクロッチ部分は当然のようにジットリ濡れていた。
 自慰行為のたびに自分は愛液の分泌が少ないのかも、と悩んでいた耳年増の自分にとっては珍しいことだった。
 これで一糸纏わぬ全裸、大学のトイレの個室の中で。

 気がつくと乳房と陰毛を隠そうとしている自分に苦笑いしてしまう。
 全身がカッカと火照っているのに鳥肌のような悪寒が泡立ち、性器の奥がジンジン痺れている。
 今まで生きてきたうちで最大の性的興奮状態だと思う。

 身体中が更なる刺激を欲しており、このまま自慰行為に移ることにあがらう術はなかった。
 おそらくちょっと性器を弄るだけで全身が蕩けるほどの濃厚なオーガズムに達してしまうことだろう。
 大きな喘ぎ声だけは発さないようにしなければと自分に言い聞かす。

 行為に取り掛かる前にもう一度大きく深呼吸。
 そのとき思いついた。
 記念写真を撮っておこうと。

 もっと自分を惨めに辱めてみたいという欲求があったのかもしれない。
 生まれて初めての浅まし過ぎる変態行為を、そんなことをやってしまう、やってしまいつつある自分への戒めとして記録に残しておきたいと思った。
 もちろんその画像は誰にも見せることなく帰宅したらスマホには残さず家のPCにすべて移しパスワードもかけて厳重に管理するつもりだ。

 バッグからスマホを取り出しインカメラにして右腕を伸ばす。
 ズームアウトが出来ないので立ったままだとバストアップしか映らない。

 少し考えて相撲の蹲踞の姿勢のようにしゃがみ込み、腕を思い切り伸ばすと顔から足までがかろうじて画面に収まる。
 でも下半身まで裸だということがよくわからない。

 試しに踵がお尻につくほど両膝を大きく開いて姿勢をより低くし、なおかつ上半身を縮こまるように丸めたら頭の天辺から爪先まで綺麗に縦長の画面に収まった。
 ただし、綺麗にというのはあくまで構図上の意味で、絵面的には頭を上から見えない力で押さえつけられた全裸の女が大股開きを強要されているといった趣だが。

 自分のヌード写真を自画撮りするのももちろん生まれて初めての経験だ。
 画面には上気しきっただらしない困惑顔で左右の乳房をそれぞれの腿に押し付けるような大股開きで身体を丸めた、見るからに助平そうな下卑た女が映っている。
 恥ずかしげもなく左右に広げた両膝の中心に黒々とした陰毛の茂み、その茂みの隙間にピンクの肉弁が濡れそぼって芽吹いているのまでが見えている。

 最初の一枚を撮った時、カシャッというシャッター音が異様に大きく響いたように感じた。
 大丈夫、今このトイレ内には私以外誰もいないと自分に言い聞かせる。

 カシャッ、カシャッとたてつづけにシャッターを押していると今度は他の誰かに撮影されているような気持ちになってきた。
 いやっ、視ないで、撮らないでっ、と心の中で懇願しつつ、尖った乳首を誇示したり性器を押し広げてみせたり、より扇情的なポーズを取っていた。
 シャッター音が私の心に第三者の存在を想像させている。

 異様な興奮の中で何枚も写真を撮ってからスマホの時計表示を見ると三限目が終わるまでまだ30分くらいあった。
 これなら自慰行為も心いくまで愉しめそうだ。
 スマホにロックを掛けてからバッグにしまう。
 そして、このあいだこの個室で何故、彼女が独り言を口走りながら独り芝居をしていたのかの理由がわかったような気がした。

 言い訳が欲しいのだろう。
 自分の意志で自分の快楽の為に、あえて他人の動向が気になるような場所で変態的な行為を行なっている自分をごまかす為に。
 誰かに強要され嫌々やらされているというエクスキューズを求めて、想像上のご主人様的命令者に従うのだ。
 こんな場所でひとり裸になって自慰行為に耽るのは紛れもなくアブノーマルな行為なのだが、自分がそれほどの非常識な変態性癖者だとは認めたくない葛藤の表れなのかもしれない。

 そういう流れで私も妄想の脅迫者にご登場願うことにした。

 …まあ、なんてはしたない恰好だこと。こんな所で下着まで脱いで丸裸になっているなんて…

 お嬢様風味な口調なのは、さっきまで読んでいた小説に引っ張られたのであろう。
 脅迫者の顔として真っ先に浮かんだのはもちろん彼女である。

 …あなたが悪いのよ。こんな所でこんな破廉恥なことしているのに、ちゃんと鍵を掛けていないのだもの…

 どうやら私は今、この現場を彼女に似た誰かに踏み込まれたようだ。
 便座の前に立ち竦んだ私は右腕でバストを、左手で股間を隠し、想像上の彼女と対峙している。

 …証拠写真も撮ったし、もうあなたはわたくしに逆らえないわね。通っている学校のトイレで真っ裸になっている写真なんてバラ撒かれたくないでしょう?…

 想像上の彼女が愉しげにほくそ笑む。
 羞恥と屈辱を感じながら想像上の彼女を私は睨みつける。

 …誰が隠していいって言ったのかしら?おまえはそのいやらしい身体を隅々まで誰かに見せたくて、こんな所で裸になったのでしょう?両手は後ろに回しなさい…

 あなたからおまえ呼びとなり主従関係が決定した。
 口調にも高圧的なニュアンスが交じり始めたので、あまりお育ちの良ろしいお嬢様ではないようだ。

 庇っていた両手を外して背中に回し、後ろ手を組む。
 乳房も陰毛も剥き出しの全裸。
 両乳首は痛いほど尖り、性器も子宮の奥から疼いている。

 このときふと、自分の性器を覆っているモジャモジャとした陰毛がとても邪魔なもののように感じた。
 少なくともこんな状況に陥ったこの手の女にこんな陰毛はそぐわない気がする。

 ツルツルにしたら、どんな気分になるのだろう…
 いっそのこと私も彼女のように剃り落としてしまおうか…

 …それでおまえは、こんな所で裸になって何がしたかったのかしら?正直に答えなさい…

 想像上の彼女が蔑みきった目で覗き込むように私を見てくる。

「…自慰…自慰行為…」

 実際にその場でつぶやくように声に出していた。
 自分で始めた妄想上の焦らしプレイなのだが、もう我慢しきれなくなっていた。
 今すぐ乳房や性器を滅茶苦茶に弄りたくなっている。

 …自慰?ああ、オナニーのことね。こんな所で真っ裸で発情しているおまえにピッタリな情けない醜態ね。いいわ。ヤりなさい。わたくしがちゃんとおまえのいやらしい姿を視といてあげる。おまえが浅ましくイキ果てる恥ずかしい姿をじっくりと視せてもらいましょうか…

 嘲笑と共に許しを貰いいよいよという時、トイレの出入口ドアが無遠慮に開けられたような物音がした。


2024年3月23日

彼女がくれた片想い 08

 彼女に話しかけたのは失敗だった。
 あれ以来彼女は私を見かけると曖昧な笑顔で会釈してくるようになったのだ。
 それまでモブ扱いだった私が彼女の中で顔と、おそらく名前まで知る一個人として認識されてしまった。

 普通にコミュ力のある者ならば、それをきっかけに会話して友達とは言えずとも知り合いくらいにはなり、すぐには無理だろうが成り行き次第でもっと核心を突いた話、たとえば体育の後ノーパンになるのは何故か?とか、講義中のトイレに籠って何をしているのか?とか聞き出すことも出来ただろう。

 その答えによっては淫靡な秘密を共有する性的友好関係になったり、逆に悪用して私が脅迫者になる世界線もあったかもしれない。
 しかしながらコミュ障をこじらせている私にはそういった普通の対応が出来ず、会釈をくれる彼女からわざと目を逸らすような塩対応をくり返していた。

 それでも彼女が気になる私はその週の木曜日、二限目の終わった教室を出る彼女の背中を追っていた。
 今日は彼女、どうするのだろう?
 午前中で帰宅するのか、それとも学食で昼食を摂った後、例のトイレに籠もるのか。
 今日の彼女の服装はガーリーな花柄で長めのワンピースなので、もはやすでにノーパンでトイレの線が濃厚かと勝手にワクワクしていた。

 大部分の学生が一階の学食ホールへ向かうのであろうかまびすしい集団の中、彼女の背中を見失わないよう数メートルの間隔を保ち階段を降りる。
 やがて一階の長い廊下へ。
 途中にある正面玄関前の広めなスペースにはけっこうな人溜まりが出来ている。
 後の講義がなくて下校する者や校外で昼食を摂る者などが集っているのであろう。

 数メートル先を歩いていた彼女もその一群の方へと方向を変えた。
 一緒にいた数名の友人たちが見送るように対峙してにこやかに何事か言いつつ手を振り合っている。
 どうやら今日の彼女は学食で昼食は摂らずに学外へ出るらしい。

 そんな様子をゆっくり歩きながら横目で眺めて尾行決定と思っていたら、彼女が近くを通る私に気がついたらしく小さな笑顔で会釈を送ってきた。
 彼女の仕草に彼女の友人たちも振り返り、私の方を見ている。

 私はそれに気づかないフリをした。
 そんなフリをした以上立ち止まる事も出来ず、そのまま学食方向へ歩き去るを得ない。
 どんどん広がる彼女との距離。
 やれやれ、今日も尾行は出来ないかと落胆した。

 学食ホールのいつものぼっち飯指定席で美味しいドライカレーをもそもそ頬張りながら、サボりがちだった今日の四限目の講義にも出なくちゃいけないし、と自分を納得させる。
 食後にお茶を一杯飲んでから席を立ち、読書をするために三階のいつもの空き教室へと向かった。

 まだ休み時間中なので三階と言えどもかなりざわついていた。
 早々と次の講義の教室へと入る者、廊下で立ち話に花を咲かせるグループ、トイレへの入口ドアも引っ切り無しに開け閉めされている。
 そんな中、私はいつもの空き教室ドア際席にひっそりと身を沈め、文庫本を開いた。

 ネットで手に入れて昨日から読み始めた羞恥責めをテーマにした官能小説的ラノベ。
 彼女の一連の行動に触発され、それっぽい単語を検索して買ってみた聞いたこともない著者の作品だ。

 知性も品性も感じられない直接的な描写の羅列にいささかげんなりもしたが、読み進めるうちに、そのあからさまに下劣な嗜虐描写の数々に性的な高揚感も感じていた。
 責める側も責められる側も女性の百合と言うかレズビアンメインの小説で、ヒロインが理不尽な辱めを受け羞恥に染まる描写に彼女の姿を何度も重ねていた。

 読書に没頭しているとチャイムが鳴り三限の講義開始。
 さっきまでの喧騒が嘘のように辺りが静まり返る。
 
 文庫本の章立てもちょうど一段落したところで、うつむいていた顔を上げ何気に送った視線の先にトイレ入口のドア。
 そのときふと思った。
 ああいうところで全裸になったらどういう気持ちになるのだろうと。
 小説の中でもヒロインが街のアパレルショップのカーテン一枚の試着室で全裸になることを命じられる場面があったからかもしれない。

 少し迷ったが意を決して文庫本をバッグにしまい、バッグを提げてトイレの入口ドアの前に立った。
 ドアをそっと開くと五つある個室のドアはすべて開いており、しんと静まり返っている。
 彼女が使っていた入口から一番遠い五つ目の個室のドアへ吸い込まれるように入り込みカタンと鍵を掛けた。

 本当にやる気なの?と私の中の良識が呆れたように問い質すが、未知への好奇心が呼ぶ得体のしれない性的高まりがその声をかき消した。
 蓋の閉じた便座の上にバッグを置いて一度大きく深呼吸。

 今日の私の服装は濃いグレイの長袖無地ブラウスに黒のスリムジーンズ、そして真っ白なスニーカー。
 彼女を尾行することも考えてあまり目立たないようなコーデにしていた。
 六月に入り少し蒸し始めているので、このくらいの服装がちょうど良い。

 まずはブラウスのボタンを外していく。
 トイレの個室でまず上半身を脱ごうとしているという事実がなんだかヘンな感じだ。
 ブラウスから両腕を抜いたら軽くたたんで便座の蓋の上に置く。

 次にジーンズを脱ぐためにスニーカーを脱いだ。
 靴下が汚れるのも嫌なので靴下も脱いだ。
 裸足でトイレのタイル張りの床に立つ。

 ジーンズのボタンを外しジッパーを下げ、少し屈みながら足元までずり下げる。
 左右の膝をそれぞれ曲げてジーンズを足首から抜き去り、こちらも軽くたたんで便座蓋の上に置いた。

 これで私はブラジャーとショーツだけの下着姿。
 そう思った途端にゾワッとした電流が背筋を駆け抜けた。
 ありえない場所でありえない格好になっている自分。

 誰もが自由に出入り出来る女子大のトイレ。
 個室内はプライベートな場所だけれど、着替えを除けば下着姿になる必然性なんてまったく無い。
 日常的な場所での非日常的行為。
 誰かに命じられたり脅されたりもしていない、勧んで自ら行なうインモラルな秘め事。

 つまり背徳感。

 その浅ましい行為に凄まじいほどの性的興奮を覚えている私。
 この段階でこうだったら下着まで脱ぎ去ったら自分はどうなってしまうのだろう…
 怯む気持ちが一瞬頭をかすめたが、すでにショーツに少量の愛液を滲ませている私に、ここでとどまる選択肢はなかった。