2015年3月8日

面接ごっこは窓際で 04


「あたしの左隣でツンと澄まして写っているのがサオトメアヤネ=早乙女綾音。企画・開発の責任者兼デザイナーよ」
 
 お姉さまが指さした先には、ウエーブがかった長い髪をきっちり真ん中で分け、左側はふうわりと肩に垂らし、右側はぺったりと撫で付けて後ろ髪を左へと流した、意志の強そうな理知的なお顔立ちの美人さんが、私をまっすぐ見つめていました。
 
 シックなグレイのスレンダードレス姿で美しくスクッと立たれていて、見るからに自信たっぷりな感じが伝わってきます。
 デザイナーさんて言うより、むしろモデルさんみたい。

「うちのアイテムは、ほとんど彼女がデザインを決めているの。うちの大黒柱」
「彼女はね、採寸しなくても見ただけで、相手の身体的なスペック、つまりサイズとかがね、わかっちゃうのよ。身長とか体重、スリーサイズや股下まで」
「初対面で着衣でも八割がた、下着や水着になってくれれば誤差数ミリの世界。あれは神業だわ」

「へー。それって、なんだか怖いですね。少しでも太ったらすぐバレちゃう。でも、そう言えばお姉さまも、私がお店に買いに行ったとき、採寸なさらないでブラのサイズがぴったりでした」
「あたしなんかぜんぜんまだまだよ。アヤには絶対かなわない」
 お姉さまがとっても嬉しそうにおっしゃいました。

「それで、あたしの右隣がマミヤミヤビ=間宮雅。優雅のが、って書いてミヤビね。彼女は営業担当。とにかく顔が広いの」
 
 次にお姉さまが指さしたのは、西洋の写実的な貴婦人肖像画を思い出させるような、小顔で目鼻立ちクッキリなレイヤーカットの美人さん。
 グリーンがかった黒のストライプスーツをきっちり着こなされて、大きめに開いた胸元から覗くレースのインナーと白い肌のコントラストが女性らしくて超セクシーです。

「あっ、このかたがひょっとして、デヴィッドボウイさん?」
「あたり。今は髪も伸びちゃってけっこう女性ぽい感じだけれど、高校の頃はベリーショートでもっと痩せていて、まるで某歌劇団の男役みたいだったの」
「小売の取引先はもちろん、製縫をお願いしている工房や問屋さんにも彼女のファンは多くてね、ずいぶん助けられてる」
「アヤと雅、ふたりとあたしが学校の同期で会社の共同創業者。つまり取締役。ちなみにあたしは、生産管理ともろもろのディレクションが主な仕事」

「アヤの隣のボーイッシュな子はオオサワリンコ=大沢凜子。愛称はリンコ。超優秀なパタンナー」
 
 やや小柄なベリーショート、瞳が大きくて唇が小さくて、どこかネコさんを思わせるお顔立ちなそのかたは、とあるアニメでオトコの娘だったキャラの制服コスプレ姿でした。
「ちなみに彼女、一年中ノーブラだから。会ったら直子、彼女のこと羨ましく思うかも」
 お姉さまがクスッと笑いました。

「その隣がコモリミサキ=小森美咲。愛称はミサミサ。彼女はCADが使えるから、リンコが描いたパターンをパソコンに取り込んで3Dモデリングしたり、あと広告やリーフレットのデザインとか、デジタルデザイン全般をやってもらっているの」
 
 このかたも大沢凜子さんが着ているのと同じアニメの女子用制服コスプレ姿でしたが、制服の上からでも、ナイスバディなのがよくわかりました。
 出るべきところは見事に出ていて、引っ込むべきところはキュッとくびれて、短いスカートから覗く弾力のありそうな太腿が眩しいくらい。
 ふんわりロングへアーの小さくて可愛らしいお顔とグラマラスなからだとのアンバランスさが、妙に艶っぽいです。

「この子たちふたりは、あたしたちの部活の後輩で、今はアヤの部下。この3人でうちの商品開発を受け持っているの」
「そうそう、直子はこのふたりときっと気が合うはずよ。リンコもミサミサもマンガとアニメのものすごいオタクだから」

「ヒマをみつけてはコスプレイベントとかに参加して、それなりに人気もあるみたいよ。ヴィヴィアンガールズとか名乗って」
「でも、普段はたいていデザインルームにこもりきりだから、なかなか顔を合わす機会が無いかもしれないわね。このあいだ直子も泊まった部室に、一番泊まりこんでいるのもこのふたり。のめりこむと寝食忘れるタイプね」

「それで最後はこちら、雅の隣で微笑んでいるのがタマキホノカ=玉置穂花。愛称はたまほの。彼女が直子とは一番年齢が近いわね。四大卒で去年の春入社だから、直子の3つ上かな」
 
 このかたは、ごく普通な濃紺のビジネススーツ姿なのですが、背筋をスッと伸ばして立っているその佇まいがすっごく優雅と言うか、気品に溢れていました。
 柔らかそうな巻き毛にフランス人形を思わせる整ったお顔立ち、その唇にたおやかな笑みをたたえて私を見つめてきます。

「お綺麗なかたですね・・・」
 思わずポツンと、独り言みたくつぶやいてしまいました。
「でしょ?彼女は、雅が連れてきたの。たぶん雅がどこかで会って、惚れちゃったのじゃないかな」
 愉快そうなお声でおっしゃるお姉さま。

「雅に言われて会ってみたら、人目を惹く容姿に似合わず物腰はおっとり優雅な感じで、そのくせ頭の回転は早そうで、この子、出来る、って、ちょっと話しだけで即決しちゃったわ」
 お姉さまが宙を見据えて、何かを思い出すような感じでおっしゃいました。

「彼女は営業志望で、雅の部下になるはずだったのだけれど、その頃あたしが抱え込んでいた仕事を手伝ってもらったら、何でもテキパキこなしちゃったから、いつの間にかあたしの補佐みたいな立ち位置になっちゃたの」
「だから直子にはまず、今たまほのがやっている仕事を引き継いでもらって、たまほのを雅に返してあげるのが当面の目標ね」
「直子が入社したら、当分はたまほのと一緒に行動することになると思うから、しっかり仲良くなりなさい」 
 ニッコリ笑いかけてくるお姉さま。
「はい。がんばります」

「そう言えば、サトミさんは、同じ会社ではないのですね?」
 サトミさんというのは、私が横浜のランジェリーショップでお姉さまと出逢ったときに、いろいろお世話になったショップのマヌカンさんです。
 ふと思い出して、お尋ねしてみました。

「ええ。サトミはまた別の会社なの。うちとも深いおつきあいのある、別の会社」
「サトミは、派遣マヌカンで近郊のショップをまわったり、ウエッブの通販サイトを手がけたり、小売関連で手広くやっているの」
「うちのブランドのウエッブサイトも彼女の担当だから、いつか直子も再会することになると思うわ。会いたいでしょう?」
 
 お姉さまにイタズラっぽく尋ねられ、なぜだか頬が火照ってしまいます。
 だってサトミさんは、私とお姉さまの破廉恥過ぎる出会いの詳細をご存知な、唯一の生き証人なのですから。
「はい。ぜひお会いして、あの日のお詫びとお礼をしたいです」
 サトミさん、驚かれるだろうなあ。

「それで、前にも言ったけれど、うちのスタッフは全員、異性にはまったく興味が無いレズビアン。制服とか服装規定も無いし、細かい規則とかもほとんど無し」
「取引先も発注先も女性スタッフばかりのところだから、直子も絶対、居心地がいいはずよ」

「そうそう、社内でスタッフを呼ぶときは、役職名じゃなくて名前にさん付けが基本ね。まあ、実際に会って打ち解けたら、愛称でも呼び捨てでも、好きに呼べばいいわ」
「ただし、第三者が同席している場合は、あたしのことはチーフ。アヤと雅はそれぞれ早乙女部長、間宮部長って呼ぶのが無難だわね」

「みんなには直子のこと、シーナさんご推薦の有能新人秘書候補、って紹介するつもりだから。雅が仕事柄シーナさんと仲がいいから、たぶんすでにシーナさんから雅には話が行っていると思う。たまほのを営業に返すためだってね」
 パチンとウインクされるお姉さま。

「あと、あたしたちの仲は当分のあいだ伏せておくつもり。オフィスでのあたしたちは、あくまでもいわゆる社長と社長秘書の関係。まあ、いずれバレちゃうとは思うけれど」
「だから間違ってもオフィスであたしのこと、お姉さま、なんて呼ばないでね。勤務中はずっとチーフで通すこと。社長、って呼ぶのもダメだからね」
 照れ臭そうに笑ったお姉さまが、写真と会社の冊子を手に取り、その端をテーブルで軽くトントンと叩いて揃え、テーブルの一番右端に置きました。

「さあ、これでうちの会社の説明はひとまず終わりね。あとは初出勤のときのお楽しみ」
 そこでちょっと一息ついてから、お姉さまがあらためて姿勢を正し、まっすぐに私を見つめてきました。
「今度は直子個人のことについて、少し質問させてもらうことにするわ」
 テーブルの上、差し向かいのふたりのあいだには、私の提出した履歴書が置いてあります。
「はい?」
 何を今更、というニュアンスで、私は怪訝そうな顔をしたと思います。

「うちのスタッフは知り合いや、紹介ばっかりで、入社試験とか面接とかしたことないからさ、一回やってみたいと思ったんだ」
「つきあってよ、面接ごっこ。ほら、よく聞くじゃない?圧迫面接とかセクハラ面接とか」
 お姉さまの瞳が妖しく揺れているのに気づきました。
 
 セクハラ面接・・・
「あ、はい。わかりました。よろしくお願いいたします」
 お姉さまが虐めモードに入ったのを察知して、私の中のマゾ性が悦び勇んでムクムク起き上がってきました。

「さっきあなたの履歴書にざっと目を通したのだけれど、あなた、ずいぶん資格持っていらっしゃるのね」
「幼稚園教諭免許、図書館司書は知っていたけれど、英検2級とか簿記3級も持っていたのね?」
「あ、はい。幼稚園への就職に自信が無くなったときに、何か資格を取らなくちゃって、あわてて勉強しました」
「ふーん。簿記は使えるわね。あなたにやってもらいたことのひとつが、そっち関係だから。一から教えないで済むわ」

 私への呼びかけが直子からあなたに変わったお姉さまは、親密さ、と言うか馴れ合いっぽさがなくなり、お仕事されているときはきっとこんな感じなのだろうな、と思わせる、理知的で、どこか冷たい印象の事務的なお声になっていました。
 なんだか本当に面接を受けているみたい。

「学歴も資格も申し分無いのだけれど、一箇所だけひっかかるところがあるのよね。どこだかわかる?森下直子さん?」
 お姉さまが私の履歴書を鉛筆のお尻でコツコツ叩きながら、まっすぐ見つめてきます。
 その瞳はイジワルそうに細まっていました。

「あの、えーと、ごめんなさい。わかりません」
「ここよ、ここ」
 お姉さまが履歴書の右側の下のほうを鉛筆で指し示しました。
 そこは、趣味・特技、の欄でした。

「趣味・特技。クラシックバレエ、音楽鑑賞、映画鑑賞、読書。バレエ以外はありきたりなものが並んでいるけれど、あなたにはもっと、あなたらしい特殊な趣味がなかったっけ?」
 お姉さまのお声にイジワル度が増しています。
「あの、えっと・・・」
「紹介してくれたかたからのお話だと、こんなのよりもっと独特な、あなた以外にはあまり見かけない面白い趣味をお持ちのはずなのだけれど」
「そ、それは・・」
 お姉さまがすっごく愉しそうに、ニヤッと笑いました。

「森下直子さん。立ちなさい」
 有無を言わさぬ冷たいお声。
「は、はいっ!」
 あわてて立ち上がると、木製の椅子がガタンと大きな音をたてました。
「きをつけ!」
「は、はいっ!」
 両腕をからだ側面にピタッとつけて、直立不動になります。

「さっきから気になっていたのだけれど、あなた、ブラジャーを着けていないのね?バストの頂点がニットに浮き上がっていてよ?」
「あ、は、はい・・・」 
 お姉さまのお芝居がかったお声に、下半身がキュンキュン疼いちゃっています。

「それは、あなたが好きでそうしているの?つまり、何て言うか、見る人にこんなふうに、おっぱいの形とか、尖った乳首の形を見せびらかせたくて」
「いえ、そんなわけでは・・・」
「ふーん。それなら、その場で両手を真上に挙げて、うーんって伸びをしてみなさい、思いっきり」
「あ、えっと、は、はい」

 お姉さまの意図がわかってしまい、恐る恐る両手を上に挙げ、爪先立ちになるようにゆっくり伸びを始めました。
「んーーっ」
「もっともっと。思いっきりよ」
「は、はいっ!んーーーっ!」
 両手を挙げ始めたときから、ニットワンピースの裾が徐々に太腿をせりあがり始めていました。
 バレエのポワントのように伸びきったときには、裾はもはや、腿の付け根ギリギリまでせり上がっていました。
 お姉さまの視線が、その部分に張り付いています。

「ほらね、思ったとおり。あなた、下も着けてないじゃない?」
「あの、これは・・・」
「だめよ!そのままキープしてて!」
 私が伸びを解こうとすると、鋭い叱責がとんできました。
「あ、は、はいぃ」

「それじゃあもう一度聞くけれど、あなたは好きでそうしているの?」
「あ、あの、えっと・・・」
 両手の指を組んで頭上にまっすぐ上げたポワント姿勢のまま、どうお答えして良いのか戸惑いながらも、下着を着けていない下半身が今にも露になりそうな状況に、盛大な恥ずかしさで全身が小さく震えてきました。

「見たところ、あなたはそのニットの下には何も身に着けていないようだけれど、そうやって、少しからだを動かしたら性器までも見えてしまうような、すぐに裸にされてしまうような、はしたなくてふしだらな格好を、あなたは、あなたの意志でしているのですか?って質問しているの。正直に答えなさい」
 お姉さまの丁寧過ぎるお言葉遣いが、私の恥辱感をぐんぐん煽り立ててきます。

「は、はい・・・そうです。わ、私は、こういう格好で、お、お外に出ることが、す、好きなんです・・・」
 私の声が途絶えがちなのは、苦しい姿勢のためだけではありません。
 からだをモジモジさせるたびに裾は更にせり上がり、アソコのスジの割れ始めまでもが露になっていました。
 指ひとつ触れられているわけでもないのに、座ったまま下からまじまじと見上げてくるお姉さまの舐めるような視線に、全身がグングン感じていました。

「つまり、あなたはそうやって、からだのラインや乳首の隆起、性器までもが見えてしまいそうな服装で外出することが好きなのね?そして、それを誰かに見られることも」
「は、はい・・・その通りです」
 腿の付け根を通り越し、プックリした土手のふくらみまで露になるくらいせり上がってしまったニットワンピの裾が、座っているお姉さまの目前にあります。
 スジの隙間から溢れ出した、恥ずかしい液体の滴りまで見えているはずです。

「そういう行為を何て呼ぶのだっけ?」
「え?えっと、ノーパンとかノーブラとか?・・・」
「うん。そういうのをまとめて、何て言うの?」
「えっと、視姦、あ、いえ、露出です。お外でえっちな格好になりたがるのは、や、野外露出行為です」
「そう。あなたはそれが、好きなのよね?」
「はい・・・好きです・・・」

「おーけー。腕を下ろしていいわ。でも裾を戻してはダメ。そのままにしておきなさい」
 お姉さまのお許しが出て、ポワントを解き、両腕を下ろしました。
 ボディコンシャスなニットは姿勢を戻しても、たわんだまま肌にピッタリと貼り付いて、腰近くまでせり上がったままの状態でした。

「好きなことなら、それは立派に趣味と呼べるものだわ。ほら、そこに自分で書き足しなさい」
 お姉さまがテーブルの上の履歴書と鉛筆を私の前に滑らせてきました。
「書き終わったらこちらに戻してね。まだ面接はつづくから」

 テーブルに向かって中腰になります。
 ニットのせり上がりで覆いきれなくなった裸のお尻を、夜空が見えるガラス窓に向けて、突き出すような姿勢です。
 鉛筆を握る手が小刻みに震えていました。
 
 リクルートスーツを着てうっすら微笑む、半年以上前の自分の写真が貼ってある履歴書。
 その趣味・特技の欄。
 読書、で終わっている空白部分にゆっくりと丁寧に、ノーブラ、ノーパン、野外露出行為、と書き加えました。
 一文字書くごとにヌルッと潤んで、内腿を透明な液体が一筋、滑り落ちていきました。

 書き終えた私は、元の位置に戻り、自発的に両手を頭の後ろで組みました。


面接ごっこは窓際で 05


2015年3月1日

面接ごっこは窓際で 03

 お店を出て、エスカレーターでもう一度、一階まで戻りました。
 ショッピングモールの営業時間は、すでに終わっていて、モール内はまだ明るいのですが、どのお店もシャッターを閉じていました。
 それでも、けっこうな数の人たちがブラブラ行き交っています。
「繁華街のほうへ抜ける地下道があるからね。閉店後でも普通に通り道として使われているのよ」
 ヒールの音をカツカツ響かせて颯爽と先を行くお姉さまが、教えてくださいました。

 高層ビルの階下、オフィス部分のエリアに入ると、雰囲気が変わりました。
 照明が少し暗めになって、人影もまばら。
 階数ごとに分けてあるエレベーターエントランスのうち、お姉さまは30台から40台の階数が示されているエリアに進みました。

「働き者は少ないみたいね、土曜日だから」
 お姉さまがニッと笑い、エレベーターの呼び出しボタンを押しました。
 私たちの他に、エレベーター待ちをしている人はいません。

「直子は、このビルの上のほうへ上がったことある?」
「あ、はい。こっちに来てしばらくしてから、学校のお友達と一番上の展望台に遊びに行きました」
「ふーん。眺めはどうだった?」
「夏の始めのお天気のいい日だったので、青空で、景色が遠くまで見えてすっごく綺麗でした。その後、水族館に行ってクリオネさんを見て・・・」
 そんな会話をしているあいだに、1基のエレベーターの扉が開きました。

 エレベーター内に一歩足を踏み出すと、正面に大きな鏡。
 からだのラインをクッキリ浮き上がらせた等身大の自分の姿に、ビクッと一瞬、怯えてしまいました。
「これからは、否が応でも毎日、下界を見下ろすことになるわよ」
 お姉さまが冗談ぽくおっしゃり、横の壁の操作盤みたいなのにカード状のものをかざしました。
 エレベーターの扉がスーッと閉じて、音も無く動き始めました。

「わかっているとは思うけれど、この中でヘンなことしちゃダメよ。あれが防犯カメラで、ずっと管理室で記録されているから」
 薄く笑って鏡の壁の左上隅に顎をしゃくるお姉さま。
 階数を示すデジタル数字が凄い勢いで変わっていくのを唖然として見上げている私。
 軽快な電子音と共に、本当にあっという間に、目的階に到着しました。

「うちは、西側奥の角部屋だから、あたしの部屋からなら西南も西北も見えるのよ」
 土曜日だからなのでしょう、フロア内はしんと静まり返り、人っ子一人いないようです。
 磨き上げられたリノリュームの通路を無言で歩き、やがてひとつの扉の前で、お姉さまが再びカード状のものをかざしました。

「やっぱり今日は、誰も来ていないようね。リンコくらい、いるかと思ったけれど」
 お姉さまが壁のスイッチを弄ると、室内がパッと明るくなりました。
「どうぞ。靴のままでいいから」
 目の前には、紛うこと無き、オフィス、の空間が広がっていました。

 今までそういう場に自分の身を置いたことが無かったので、ドラマや映画で目にしただけでしたが、机が整然と並び、机の上には電話とパソコン、壁には予定表のホワイトボード、さりげなく置かれた観葉植物・・・
 まさに大人がお仕事をする空間、つまりオフィスの風景でした。

 広い空間がいくつかに仕切られ、それぞれにドアがついています。
 いつの間にか、ショパンのピアノ曲、確か子犬のワルツ、がお部屋の中に小さく流れていました。
「勤務中はずっと、クラシックをBGMで流すようにしているの。まったくの静寂より雰囲気が良くなる気がするから」

「ここがオフィスのメインフロア。そこが更衣室で、こっちがゲスト用の応接。そっちのドアはデザインルームで、あっちのドアが社長室、つまりあたしの部屋」
「トイレは室外で共用。このフロアには他にも2、3社入っているけれど、あまり大人数の会社はないみたいだから、待たされたりはしないはずよ」
「給湯室とか水周りも外だから、その辺が不便と言えば不便ね。そのドア開ければすぐそこだけれど。だからウエットティッシュは欠かせないの」
 
 お姉さまがいちいち指をさして教えてくださりながら、窓際の応接ルームに案内してくださいました。
「ちょっとそこに座って待ってて。あ、それと上着はもう脱ぎなさい」
 濃いエンジ色のソファーを指示し、ウエットティッシュをひとつくださり、応接ルームのドアは開け放したまま、お姉さまはメインフロアに戻られました。

 窓と思われるところにはグレーのロールカーテンが下ろされていて、残念ながらお外は見えません。
 応接の隅には、フリージアらしき黄色いお花のアレンジメントが置かれ、良い香りを放っています。
 窓を挟むように、ブロンドで美しいお顔立ちな二体のマネキン人形さんが、片方は、私と同じようなビッタリフィットな黒のニットワンピースを、もう片方は、ハイウェストな花柄ノースリミニワンピに、可愛い麦藁帽子を頭にチョコンと乗せて、お澄まし顔で私を見ていました。

 座る前にショートジャケットを脱ぎました。
 バスト頂点の左右の突起は、相変わらず露骨な存在感でニットを押し上げていました。
 腰を下ろそうとからだを屈めると、ニットの裾がスススッと腿の皮膚を滑ってせり上がってきます。
 内腿のあいだがスースーする。
 これを一枚脱いだけで裸なんだ・・・
 今更ながら、現在の自分の服装の淫らな無防備さに、ゾクゾク感じてしまいました。

「お湯沸かすのもめんどいからさ、缶コーヒーでがまんしてね」
 お姉さまが私の対面にお座りになり、テーブルに小さな缶コーヒーを2本置きました。
「うん。やっぱり似合うね、そのニット。エロっぽいオーラがビンビン出てる」
 私の胸をじっと見つめてくるお姉さまの視線。
 私は思わず、両手を後頭部に組んでしまいそう。

「だけどお愉しみは後に残しておいて、まずは仕事、仕事っと。あたし、これから明日のこととかあれこれ、ちゃちゃっと片付けちゃうから、直子はそのあいだ、これでも見てヒマ潰していて」
 テーブルの上に厚めな冊子風の印刷物が置かれました。

「我が社の今シーズンのラインアップ資料。いずれイヤでも覚えなくちゃいけないものだけれど、まあ、予習を兼ねてね」
「オフィスの中も自由に歩き回っていからね。もちろんデスクの上のものとか抽斗の中はいじっちゃダメよ。常識だけれどね。あと、デザインルームにも入ってはダメ。それ以外は自由に見てていいから」
「30分くらいで終わると思うからさ、いい子で待っていてね」
 缶コーヒーを開けて一飲みしてから、お姉さまが立ち上がりました。

「あ、あのぅ・・・」
「ん?」
「お外、見ていいですか?カーテン開いて」
「あ。開けてなかったんだ。そんなの遠慮することないのに」
 お姉さまが手馴れた手つきで、ロールカーテンをスルスルッと巻き上げてくださいました。
「うわーっ!」
 思わず窓辺に駆け寄りました。
 窓の外に綺麗な夜景が広がっていました。

 思っていた以上に高い位置からの、地上に散らばった無数の小さな光の風景が見えました。
 幻想的で、すごく綺麗。
 まさに、地上の星座、っていう感じ。

「この位置の窓からだと見えるのは南西の方向ね。あのへん一帯の一際暗いのが護国寺の森。左のほうにある白丸が東京ドーム、明るいから今日は野球の日みたい」
「それ以上遠くは、もう暗くてよくわからないわね」
 後ろに立たれたお姉さまのお声が、私の左耳の後ろをくすぐります。

「それで多分、あの辺の光の中のどれかが、直子が住んでいるマンションのはずよ。住人の誰かが灯りを点けていればの話だけれど」
 背後から覆いかぶさるようにからだをくっつけてくる、お姉さまが指さす方向に目を向けると、確かに、光の配置的にそれっぽい一画がありました。
「こっちから見ると、あんなにちっちゃいんだ・・・」
 つぶやくと同時に、お姉さまがお泊りに来たとき、オフィスから私のお部屋を天体望遠鏡で覗くご計画をお話されたこと、を思い出しました。

「でも、サンルームの窓もこちら向きだから、きっと本当に、望遠鏡なら覗けちゃいそうですね?」
 その計画では、そのときに私はバルコニーに出て、お外を向いてオナニーをしなければいけない約束でした。
 考えただけでアソコの奥がヌルッと潤みました。

「そうね。愉しみだわ」
 夜の窓ガラスは半分鏡となり、私と、背後に立つお姉さまの姿もクッキリ映し出していました。
 お姉さまの視線がガラスに映った私のバストに注がれ、やがて両腕が背後から交差して、それぞれの手でひとつづつを包み込むように、バストを抱きしめてきました。

「あぁんっ!」
「直子のおっぱい。柔らかくて大好きよ」
 私の左肩に顎を乗せ、耳元でささやくお姉さま。
 両方の手のひらに、おっぱいがやさしく揉みしだかれます。
「ぅんんぅぅっ、お姉さまぁ・・・」
 ガラス窓に、私の淫らに歪んだ顔が映ります。

「あっ、いけないいけない。まずは仕事を終わらせなくちゃ。待っててね。さっさとやっつけてきちゃうから」
「あっ、はい・・・」
 
 唐突にからだを離したお姉さまが、そそくさとメインフロアのほうへ消えていきました。
 取り残された私は、すごすごとソファーに戻り、お言いつけの通り、テーブルの上のカタログのような冊子を、缶コーヒー片手にめくり始めました。

 そこにはブランド名別に、ブラウスやスカート、ワンピース、スーツ、ブランドロゴバッグやアクセサリーなど、あらゆる種類の女子向けファッションアイテムが、春・夏物、秋・冬物に分けて紹介されていました。
 私が買ったことのあるブランドもいくつかあって、デザインも好みなものが多く、モデルさんもみなさまお綺麗で、見始めたら夢中になり、じっくりと見入ってしまいました。

 ひと通り見た後、下にもう一冊、薄めの冊子があることに気づきました。
 こちらのほうは、インナーと水着がメインのようで、セクシーなのばかりが並んでいました。
 紐状のティアドロップス型マイクロビキニや、メッシュを大胆にあしらったワンピース水着などを身に着けた、すっごくプロポーションのいいモデルさんの唇から下にトリミングされた肌色ばかりの写真が、延々とつづいていました。
 こちらもさっきに負けず劣らず、うわー見えそう、とか思いながら、真剣に見入ってしまいました。

 こういう下着を作っているということは、私も社員になったら社内割引とかで普通よりお安く、こういう大胆なのを買えちゃうっていうことなのかな?
 て言うよりも、お姉さまからのご命令で、新作の大胆水着を試着させられて、プールとか海に連れて行かれたりして・・・
 ティアドロップス型マイクロビキニのページを食い入るように見つめながら、えっちな妄想に耽っていたとき、お姉さまからお声がかかりました。

「おっけー。仕事はやっつけたわよ。こっちへいらっしゃい」
 応接ルームのドアからお顔だけ覗かせたお姉さまに呼ばれて立ち上がり、メインルームに戻ります。
「あたしの部屋でゆっくりいろいろお話しましょう。これから直子のメインの仕事部屋になる場所だし」
 お姉さまは、応接ルームを片付けた後、私の手を引いて社長室へと連れ込みました。

 そのお部屋は、白を基調としたきわめてシンプルな内装の八帖くらいの空間で、大きめのデスクの上にデスクトップ型のパソコンと電話、脇の小さなデスクにラップトップパソコン、あとは大きな金庫がひとつと、窓際に会議テーブル風な楕円形の机を挟んだ応接セット、そしてロッカー数台だけしか置いてありませんでした。
 一般的に社長室、と言われて連想される、社訓の書かれた額とか、大理石の置物とか、お高そうな絵画とか、革張りのごついチェアーとか、は一切無し。
 電器製品と金庫以外はすべて木製で、シックな色合いに統一されていました。
 金庫の脇に置いてある、透明のビニールシートを掛けられた大きな天体望遠鏡の存在が、唯一異彩を放っていました。

 角部屋なので奥まった壁2面ほとんどが大きな窓になっていて、ロールカーテンもすべて上げられていたので、その窓一杯に夜空が見えていました。
 物があまり置いてないゆったりスペースとも相俟って、すごく開放感があります。

「うわーっ。いいお部屋ですね」
「でしょ?せっかくだから、なるべく窓を潰さないようにレイアウトしたの。社長室って言うよりラウンジっぽいイメージで」
「ここでする仕事は、ほとんど世知辛いお金勘定だけだから、せめて雰囲気はおおらかにしたいと思ってさ。実際、スタッフはここを社長室じゃなくて、金庫部屋って呼んでいるのよ」

「こっち側の窓からだと、西北方向、新宿や渋谷のほうも見えるわよ。ほら、あの辺が西新宿の高層ビル群。けっこう近いでしょう?」
 確かに、闇の中に一際輝いている一帯が、かなり近くに見えました。
 電車の光が走っていくのも目で追えます。
「夏になると窓の外が真っ青で、空に囲まれているみたいで気持ちいいわよ。さ、そこに掛けて」
 楕円テーブルの向こう側、西南向きの大きな窓を背にした椅子を勧められました。
 そこに腰掛けると、私の左側にも地上百数十メートルの夜空が窓から覗いています。

「さてと、その資料は見てくれた?」
 私の対面に腰掛けたお姉さまは、そうおっしゃってから、テーブルの上にさっきの冊子と、今日出かけるときにお渡しした、私の履歴書を置きました。
 右手に長い鉛筆を持たれています。

「はい。すごいですね。色々な有名ブランドさんとお取引されていて。私の好きなブランドさんもありました」
「うん。それはね、デザインを売っているの。大手のアパレルさんに売りこんだり、逆に企画をもらったりしてね」
 どうやらお姉さまはまず私に、この会社のお仕事の概要をレクチャーしてくださるおつもりのようです。

「たとえば、春物のミニワンピースっていうお題が出たとするでしょう?実際の発注は、もっと細々とした条件付きだけれど」
「そしたらうちのデザイナーがデザイン数種類出して、細部をクライアントといろいろどんどん煮詰めていくの」
「サイズごとのバターン起こして、希望があれば、素材の仕入先や縫製工場まで決めて、最終的にはその一切合財ひっくるめてを、発注元に売っちゃうわけ」
「だからもちろん、小売店に出るときはうちのブランド名にはならないけれど、デザインしたのは紛れも無く、うちなわけなのよ」
「会社始めた頃から細々とそうやっていたら、意外に評判良くてリピート多くて、今ではそれだけで会社がまわるくらいになっちゃったの」

「うちみたいな人数だと、何もかも自分たちで、とはいかないからね、分相応なのよ。マンネリにならないし、嫌な相手だったらこちらから切れるし」
「これはひとえに、うちの優秀なデザイナーとパタンナーの実力の賜物なの」

「そっちの薄いほうの資料のインナー関係も、その方式が多いけれど、ちょっと過激なやつは、自社ブランドにして、主にネットで売ってる。これも意外に動くのよ」
「下着って、布少なくて済むから原価は安いのよね。でもあまり安くするとかえって売れない」
「過激なデザインのやつほど上代高めに設定するの。もちろん布質とか縫製には拘って、それなりの付加価値を付けてね」
「そうすると驚くほど出たりするの。面白いわよ」
「直子も、着てみたいの、あったでしょう?えっちなやつ、遠慮しないで言ってね。どんどん着せてあげる」
 からかうようにおっしゃるお姉さま。

「あと、もうひとつの主軸が、一点物の受注生産。ドレスから和服まで、なんでもござれがモットー。こっちはかなり大きなお金が動くの」
「これはたとえば、テレビや映画、舞台での衣装とかの受注ね。もちろん予算さえ合えば個人の注文でも受けるし、それなりにファンも付いているの」

「うちの営業、顔が広いから、思いがけないところから仕事もらってくるのよ」
「このあいだは、イメージビデオのプロダクションから、かなりキワドイ感じなデザインの水着を数着頼まれて、みんなノリノリでやってた。ちょうどいい透け具合とか、真剣に考えて」
 お姉さまが思い出し笑いのようにクスクスされました。
 私は感心しきりで、ふんふん頷くばかり。

「それで、これがうちのスタッフ全員。直子がこれから一緒に働く仲間ね。一応会う前に、教えておく」
 冊子の下からB5判くらいの写真を一枚取り出して、私の目の前に置きました。
 何かの発表会ぽい明るいステージの上で、6人の女性が肩を並べてにこやかに映っていました。
「去年の6月にやった新作プレゼン開始前の集合写真。もうあれからそろそろ一年経つんだなあ」
 お姉さまがしみじみとした口調でおっしゃいました。


面接ごっこは窓際で 04

2015年2月22日

面接ごっこは窓際で 02

 濃茶のビジネススーツにペッタンコになったバーキンを肩に提げたお姉さまと、ピッタリフィットなニットワンピースにウエスト上までのショートジャケットだけ羽織った私が手をつないで歩き始めたとき、時計は夜の7時を半分近く過ぎていました。
 
 昨日のお姉さまとの待ち合わせが夕方の6時40分でしたから、すでに丸一日以上、片時も離れず、お姉さまと一緒に過ごしたことになります。
 お姉さまを我が家の玄関にお迎えしたのが昨夜の8時頃だったので、ほぼ24時間ぶりのお外の空気、ということにもなります。
 あ、でも着いてすぐに、全裸でバルコニーに出たっけ。
 それをきっかけに丸一日分、お姉さまとシーナさまからされたあれこれをどんどん思い出してきて、急に火照り始めたからだを、まだ少しだけ肌寒い春の夜風が心地よく撫ぜてくれます。

「直子ったら、手が少し汗ばんできてるわね?また何かいやらしいこと考えているの?」
 住宅街の薄暗い路地をゆっくり歩きながら、お姉さまがイジワルっぽく尋ねてきます。
「あ、いえ、あの、ちょっと、昨夜のことを思い出しちゃって・・・」
「すごかったわよね。昨日一日だけで、直子、何回くらい気持ち良くなったの?」
「えーと、わ、わかりません・・・たくさん過ぎて・・・」
「でしょうね。ひっきりなしにイっていた印象だもの」
 愉快そうに微笑むお姉さま。

「それで今、下着も着けずにニット一枚だけで素肌覆って、外を歩いているご感想は?」
 からかうように弾んだお声。
「も、もちろん、恥ずかしいです・・・」
「だけど気持ちいいんでしょ?見せたがりマゾだから」
「それは、いえ、は、はい・・・」
「丈がもっと短いほうが良かったわね、せっかくノーパンなのだから。ねえ?もう垂れてきた?」
「あん、いえ、大丈夫です・・・」
「今度、キワドイ長さに改造してあげる。あ、でも新しく作っちゃったほうが早いか」
 人通りが少ないのをよいことに、お姉さまのお言葉責め、絶好調です。

 住宅街が終わり、車が行き交う広い通りに出ると、お姉さまがつないでいた手をそっと解きました。
「ここらへんからは、あたしのビジネステリトリーだから、スール関係はいったん忘れて、チーフと新入社員の関係らしく振舞ってね。フリだけでいいから」
「ビル内にはそれなりに知っている顔が多いから、つまらないウワサとかたてられたくないの。ごめんね」

 お姉さまの背筋が心なしかシャキッとして、歩き方が変わった気がしました。
 颯爽と歩くお姉さまの半歩後ろくらいを追いかけながら、大人の女性って凄いな、って感心していました。
 一方で、外灯も歩行者も増えた明るい通りを、こんなボディコンニット姿で歩いている自分に、アソコがウズウズし始めるのも感じていました。

 お姉さまとの初デートのとき、裸ブレザーにノーパンミニスカートで深夜バス待ちの団体さん前を横切った、あのターミナルから、今回はビル内へと入りました。
 お外とは比べものにならない眩しいくらいの明るさ。
 ショッピングモールは閉店間際とは言え、週末を楽しむ大勢のお客さまが行き交っていました。

 モールの左右にあるショップのショーウインドウに、私とお姉さまの姿が映ります。
 確かにこのコーディネートだと、ピッチリした私の白いお尻の丸さがすごく目立ちます。
 行き交う人、とくに男性がすれ違いざまに振り返り、私のお尻をじーっと見つめてくるのに気がつきました。
 下着を着けていない、ニットの下はモロに素肌な私のお尻。
 昨夜はそこに、柘榴石の珠を何個も埋め込まれた私のお尻。
 からだの奥がジンジン痺れてくるのがわかりました。

 エスカレーターを乗り継いでレストラン街へ。
 こちらは10時までなので、もっとたくさんの人たちが楽しげに行き交っていました。
 お姉さまは迷いの無いご様子で、スタスタとあるお店に入っていきます。
 昨日のイタリアンとは違うお店。
 店内に漂う香りから推測すると、どうやらエスニック系お料理のようです。

「あら?社長さん。いらっしゃいませ。珍しいわね、土曜日のこんな時間に」
 アジアンな民族衣装っぽいいでたちの、お顔立ち派手系美人なご中年のおばさまがニコニコ迎えてくれました。
「うん。今日はちょっとね。これから上に行くから、その前の腹ごしらえ」
「それとママさん、その、社長、っていうのやめてってば。ナベちゃんとかエミちゃんでいいからさ」
 お姉さまが笑いながら抗議されます。
「いいじゃない。だって本当に社長さんなのだもの。立派なものよ。知ったときはびっくりしたけれど」
 ママさんも笑顔で応酬です。

 入口から遠い、一番奥のテーブルに案内されました。
 他のテーブルは8割がた埋まっていて、女性だけのグループやカップルさんばかり。
 少し暗めの店内には、聞き慣れない言葉の軽快なポップスがうるさくない程度に流れていました。

「カオパットふたつとトートマンクンひとつ。あとソムタムを辛くしないでひとつ」
「こちらのお客さまは、パクチー、大丈夫?」
 注文を取りにいらしたママさんが、突然私に聞いてきました。
「えっ?あの、えっと・・・」
「パクチーよ。香菜。この手のお料理によく入っているエスニックな香りの」
「あ、はい。大丈夫です。て言うか、大好きです」
 以前、お友達に連れて行ってもらった台湾料理のお店で遭遇して、最初はなんだかヘンな感じでしたが、いつの間にかクセになっちゃう香りで、今では大好きになっていました。

「オーケー。お飲み物は?とりあえずシンハでいい?」
 ママさんがニコニコしながら、お姉さまに尋ねます。
「あ、ごめん。今日はこの後、上行ってちょっと仕事して、車で帰るから呑めないんだ。チャーイェンふたつちょうだい」
「オーケー。すぐに作るから、待っててね」
 ママさんが厨房のほうへ戻るすがら、現地語らしき言葉で注文を通していました。

「ここはね、うちの御用達みたいなお店なの。打ち上げや、ゲストや下請けさんとの打ち合わせでも使っているから」
 ママさんがアイスティのような飲み物のグラスをふたつ置いて去った後、お姉さまが教えてくださいました。
「へー。あのママさんは、そちらの国のかたなのですか?さっきそれっぽい言葉で流暢にお話されていましたよね?」
「ううん。彼女は日本人。顔立ちはエキゾチックだけれどね。旦那様兼料理長が現地の人なの」
「へー」

「なんかこうシャキッと刺激のあるものが食べたくなって、何も考えずにここを選んじゃったけれど」
 お姉さまがイタズラっぽく私を見つめてきました。
「よく考えると、直子は昨日、ずっとお尻を虐められつづけていたのよね」
 お姉さまがクスクス笑っています。

「えっと、どういう意味でしょう?」
「注文するときに、急に思い出して、急遽あんまり辛くないものに変更したの。これ以上虐めると直子のお尻が可哀想だから」
「ほら、あまりにも辛いものって、食べた後、お尻にくるじゃない?それ以上ヒリヒリしたくないでしょ?」
 笑いを堪えきれないご様子のお姉さま。
「あ、そ、それは、ありがとうございます」
 何とお答えしていいかわからず、とりあえずお礼を言って一口飲んだ飲み物は、とっても甘くて美味しいアイスティでした。

 やがてママさんが、大きなトレイにお料理を満載してやって来ました。
「はい、カオパット。これがトートマンクン。海老のすり身を揚げたもの。こっちがソムタム。パパイヤとライムのサラダね。そっちの赤いタレはかなり辛いから気をつけて」
 初対面の私にお気を遣われたのか、お料理の解説をしつつ、並べてくださいました。
 テーブルの上から立ち上るエスニックな香り。
「あと、これはわたしからのサービス。うちの一推し特製生春巻きね」
 美味しそうな生春巻きが1本づつ載った小さなお皿をお姉さまと私の前に置いてから、ママさんが私の顔をじっと見つめてきました。

「こちらは、やっぱりモデルさんとかされているかたなの?」
 私をじっとみつめつつ、お姉さまに尋ねるママさん。
「へっ?」
 思わず素っ頓狂な声を出してしまった私に苦笑いしながら、お姉さまがご説明してくださいました。
「この子はね、これからうちで働いてもらうことになった新入社員。これからちょくちょく、このお店にもお世話になると思うから、ママさん、今後ともよろしくしてあげて」
 おっしゃってから私の顔を見るお姉さま。

「あっ、あの森下直子といいます。よろしくお願いいたします」
 急いで立ち上がり、ぺこりとお辞儀をひとつ。
「あらあらそうだったの。可愛らしいお顔でスタイルもよろしくていらっしゃるから、てっきりモデルさんかな、って思ったのよ。それはそれは、どうぞこちらこそよろしくね」
 立ち上がった私のウエストから腰くらいまでに視線を走らせた後、ニッコリ微笑むママさん。

「社長さんが連れてこられる女の子は、みんな可愛くてお綺麗なのよね。女のわたしでも羨ましくなっちゃうほど」
「そういうかたたちがいらっしゃると、うちのお店も華やぐから、あなた、えっと森下さん?じゃんじゃん通ってちょうだいね。お金なくても社長さんのツケで食べさせてあげるから」
 冗談ぽくオホホホって笑いながら、厨房のほうへ戻っていかれました。

「新作のプレゼンやショーで頼んでいるモデルの娘たちも、たまに連れてくるからね」
 ハーブの香る美味しいエスニックチャーハンに舌鼓を打ちながら、お姉さまとの楽しいおしゃべり。
「ああいう娘たちはさ、見られることに慣れているし、目立ちたい欲求も強いからね。仕事絡みで会うとき、凄い格好で来るのとか、いるよ」
「夏場だと、胸元からバスト半分くらい出しちゃってたり、背中丸開きだったりね」
「ミニスカートだって、中が見えちゃう前提で当然、見せパン穿いているしね。ノーブラだって、むしろ誇らしげに見せているわ」
「そういう娘たちを、あのママさんも何度か見ているから、もし今、直子がそのジャケット脱いでワンピ一枚になっても、たいして驚かないと思うよ」
 そこまでおっしゃって、お姉さまがニッて笑いました。

「やってみる?」
「えっ?あの、いえ、それは・・・」

 お箸でつまんだ生春巻きを落としそうになり、あわてて口に運んで、もぐもぐしながらそっと周りを見回しました。
 着飾って幸せそうにお食事しているカップル、お酒のせいなのかキャッキャと嬌声をあげて盛り上がっているグループ。
 週末のお店は、相変わらずの大繁盛です。
 私に注目している人たちなんていないでしょうけれど、この場で恥ずかしいノーブラ突起を見せびらかせる勇気はありません。
 
 でも一方では、お姉さまのご命令でボディコンワンピ一枚になり、周りの人たちから、ふしだらとか露出狂とかヘンタイとか、蔑まされてみたい欲求もありました。
 だけどここは、これから何度も訪れることになりそうなお店だし、一度レッテルを貼られたら、ずっと私=見せたがりのヘンタイのままになっちゃいそうだし。
 頭の中は混乱し、胸はドキドキ脈打ち始め、せっかくのお料理のお味もわからなくなっちゃう。

「ほらね。直子の新鮮なところは、そうやって、モジモジ恥ずかしがるところなのよ」
 嬉しそうなお姉さまのお声で、我に返りました。

「モデルの娘たちだと、どう?わたしってキレイでしょ?セクシーでしょ?たまんないでしょ?って感じで、肌を出しても羞じらいがほとんど無いのよね。異性にも同性にも」
「それだけ自分の容姿に自信をもっているからこそだし、自分の肉体の商品価値を認識しているという意味でプロらしいとも言える」
「でもそれって、ある意味高慢だし、逆に媚びているとも言えるわよね。だからちっともエロティックに感じない。まあ、男性だったら、そんなことどうでもよくて、可愛い女の子がキワドイ格好していれば、それだけでラッキーって大喜びなのだろうけれどね」

「直子の場合は、少し過敏すぎる気もするけれど、あたしが辱めると、いちいち真剣に羞じらってくれるから、萌えちゃうのよね」
「今、あたしが直子に、ジャケット脱いでみる?って聞いてからの、直子の仕草や表情を見ているだけで、あたし疼いちゃったもの」
 確かにお姉さまの瞳に、妖しい炎が灯っているような気もしました。

「今日のところは、ここでは脱がないで、普通に食事して早くオフィスに行きましょう」
 お姉さまが少しだけ残っていたお料理を取り分けてくださいました。
「あたし今、直子のことしゃべっていて、自分でどんどん興奮してきちゃった。香辛料とかハーブのせいなのかな?からだがムズムズしちゃって、なんだかえっちな気分が再燃しちゃっている」
「直子の裸がすごく見たくなっちゃった。早くふたりきりになりましょう」
「は、はい」
 お姉さまのお言葉が嬉しくって、ひとつ残っていたトートマンクンを急いであんぐりと頬張りました。


面接ごっこは窓際で 03