2011年11月6日

ピアノにまつわるエトセトラ 11

「えっ?」
 
 ゆうこ先生の立場を自分に置き換えて想像しながらお話を聞いていたので、今のご質問にはすぐお答え出来たのですが、私は少し考えるフリをしてから、おずおず、という感じで言いました。

「やっぱり下から、ですね。理由は先生がおっしゃったスカートのときのと同じです…それに…」
 
 私は、自分がその状態になったときを想像して、真っ赤になって付け加えました。

「おっぱい、あ、いえ、バスト丸出しで、誰かにそれを見られながらピアノを弾くなんて、は、恥ずかしすぎますっ!」
 
 私の全身の皮膚温度がグングン上昇していました。

「そうよね?わたしもやっぱりそう思ったの」
「だから座ったままショーツのゴムに手をかけて、ちょっと腰を浮かせて、ためらいながら太股の付け根あたりまでずり下げたの」

「そしたら背後にいた先生が突然、わたしのブラの背中のホックをパチッてはずしちゃったのね」
「ブラが緩む感覚がして、間髪を入れずにわたしの膝にブラのカップが落ちてきた」

「肩紐はまだ両腕にひっかかったまま。わたし思わず、いやっ、て叫んで左腕で胸を隠したわ」
「乳首が痛いくらいとんがっちゃっててね、自分の腕に擦れたときにビクンって背中がのけぞっちゃた」

「冷たい声の先生が、立ちなさい大貫さん、って命令するの。わたしがもたもたしていると定規で背中をパチンって」
「仕方ないから背を向けたまま立ち上がったの。左腕で胸を、右手で股間を隠して」

「ブラは両方の肩紐のところがそれぞれ両手首にまだひっかかっていて、カップがお腹を隠してた。ショーツは腿の付け根までずり下げたまんまだったから、後ろから見たらお尻が半分見えていたはず」

「ピアノののほうに前屈みになって立っているわけでしょう?結果的に、先生に自らお尻を突き出すような姿勢になっていたのね」
「すかさず先生が定規でお尻をパチンッ!」
「早くわたくしの前まで出て来なさい、ってお尻を何度も叩きながら言うの。わたし、お尻を叩かれて、お尻が熱くなって、なんだかせつない気持ちになっちゃって」

「それで、そのままの格好で先生の正面に立ったの。前屈みで胸とアソコを隠した格好で」
「そんなの先生が許してくれるはずはなくて、先生の定規が私の両腕を叩いて、隠すことを禁じられて、気をつけ、って言われて、まっすぐに立ったわ。ブラは床に落ちちゃった」

「両方の乳首が自分でも覚えの無いくらい大きくなって、ピンッて尖っているの。ショーツは付け根で留まったまま。視線を下げると陰毛が半分くらい覗いていた」
「先生は、1メートルくらい前のところに立って、わたしのからだをジロジロと見つめているの。右手に持った定規で自分の左手のひらを軽くペシペシ叩きながら」
「後ろを向いて、って言われて、おとなしく従って、また、こっちを向いて、って言われて、従ったの」

「そしたら先生が、こうおっしゃったの」
「思っていた通り。本当に綺麗だわ。大貫さん、あなた、本当にステキよ、って」

「そこで初めて先生がニッコリ微笑んだのね。ゾクッっとするほど綺麗で、それでいて淫靡な笑顔」
「わたし、それまで恥ずかしくて恥ずかしくてしょうがなかったのだけれど、その笑顔見たら、先生がすごく愛おしく思えて」

「先生に、その中途半端なショーツもさっさと脱いじゃいなさい、って言われて自分で脱いだの。クロッチがすごく湿ってた」
「脱いだショーツを差し出された先生の手に乗せた瞬間に、先生がガバッと覆いかぶさってきて、きつく抱きしめられた」

 ゆうこ先生の視線は、遠い過去を慈しんでいるように、宙空の一点を見つめていました。
 少しの沈黙の後、ゆうこ先生の視線が私に戻りました。

「世界中のあらゆる神様に誓って言うけれど、わたし、それまで自分で自分を慰めたこと、一度も無かったのよ」
「性的な意味でね。オナニーのこと。なんだかモヤモヤすると、乳首が尖ったりアソコがヌメヌメすることには気づいていたけれど、わたし、それが何なのか、深く考えたこと無かったの」
 
 ゆうこ先生の瞳を見れば、それが真実だと信じられました。

「その日、先生はいろんなことをしてくれたの。丸裸のわたしのからだのいろんなところをさわって、愛撫して、舐めてくれた」
「尖った乳首を軽く噛まれたときのしびれるような快感とか、ぬるんだアソコにもぐりこんだ指がやさしく掻き回す感触とか、一番敏感な場所をそっと撫でる疼痛とか」

「耳や首筋にキスされて、脇腹や内腿を爪で軽くひっかかれたり、手の指や足の指をしゃぶられたり」
「何もかもがすごく気持ち良くて、これは後から思えばのことだけれど、5回以上はイっちゃったみたい」

「その日、先生は服を脱がなかったの。ノーブラでTシャツとジーンズのショートパンツ。たぶん最初だから、わたしを悦ばせることだけに専念したのでしょうね」
「でも、わたしも先生の乳房をTシャツの上から揉んだりもしたわ。学校でときどき友達とふざけてさわりっことかはしていたけれど、女性のおっぱいの感触があんなに気持ちいいと思ったのは、あのときが初めてだった」
 
 ゆうこ先生の視線がまた、宙空の一点に固定されました。

 お水を一口含んで席を立ち、ゆうこ先生は食器のお片づけを始めました。
 私もつられて立ち上がり、食器を持ってキッチンのほうまでゆうこ先生の後をついていきながら、お話を聞きつづけます。

「それからはもう、ピアノのレッスンなんて虹の彼方へさようなら。会うたびにえっちな遊びばっかりしていたわ」
「レッスンルームに入ったら服を脱ぐのがあたりまえのような関係。あっ、それはシンクに置いてくれればいいわ」
「おかげでその後もしばらくは、わたし、オナニーしなくてすんでたもの。先生がしてくれるから、する必要ないの」

「それで、そのうち先生が提案する遊びがどんどんSMのほうに向いていったのね。手錠かけたり、洗濯バサミで挟んだり、丸いボールギャグを口に押し込まれたままピアノ弾いたり、柱に縛り付けられたり」
「わたし、そういうのにも自然に順応していたの。先生から痛いことされるの、好きだった」
「その頃になると、SMっていう概念もちゃんと勉強して理解していたから。わたしはやっぱりマゾのほうだなあ、ってわかっていた。ひどい仕打ちをされて耐えている自分に酔っていたの」

「先生はめったに裸にならなかったけれど、たまに私に先生のアソコを舐めるようにいいつけるのね。先生のオマンコはビラビラが派手だったわ」
「あ、ごめん直子ちゃん。ついお下品な言葉使っちゃった」
 
 ゆうこ先生が私を振り向き、テヘッっていうお顔をしました。
 その可愛らしい仕草に思わず頬がゆるみます。

「だいじょうぶです。私もヘンタイですからそういう言葉、嫌いじゃないです。つづけてください」
 
 そんなことより、お話のつづきが聞きたくてたまりません。

「わたしのとずいぶん違うんだなー、なんて思いながら一所懸命ご奉仕したわ。先生はご機嫌が良くなると、わたしをヘンな道具でいっぱい虐めてくれるから」
「それでね、ある日先生が、こんなことをおっしゃったの」
 
 お片づけが一通り終わり、ゆうこ先生と私はリビングのソファーに並んで腰掛けました。
 ゆうこ先生は私に、相変わらず20センチほどの距離を保っています。

「ゆっこは、あ、その頃はわたし、先生にそう呼ばれていたのね。ゆっこはもちろん、男との関係はまだ無いだろう。出来ればわたくしとつきあっている内は、男と関係はしないで欲しい、って」
「男っていうのは、女を見ればセックスのことしか考えていないし、いざしてみても文字通りひとりヨガリで、たいして気持ち良くも無い。ゆっこのこんなに素晴らしいからだを、バカな男どもに味あわせるのは絶対もったいない、って」

「わたしは、ようやくその頃になって、セックス全般に興味が湧き出した頃だったから、機会があれば男ともシてみたいかな、くらいは思っていたの」
「でもこちらから積極的に、っていうほどの欲求じゃなかった。先生との関係で充分満足出来ていたからね。でもつまり、レズビアン一筋、っていうワケでも無かったの」
「なにしろ、そういう関係になったのは先生がワンアンドオンリーなわけだから。情報量も経験値も絶対的に不足していたのね」

 私の前にはレモンジュース、先生の前には白ワインのグラスとお水が入ったコップが置かれています。
 ゆうこ先生は、あまり酔ってはいけない、と思っているのか、お水のコップにばかり唇をあてていました。

「高校生活のほうでは、お勉強のほうはさすがにトップクラスは維持出来なかったけれど、相変わらずしっかりものの勝気な女生徒として、楽しく過ごしていたの」
「1年のときに同じクラスになった、ちょっと派手めなグループの子たちがいてね。その子たちは、高校生になったらバンド組もうと思っていたんだって。自己紹介のときにわたしが、特技はピアノです、って言ったら目をつけられちゃって、早速アプローチされて」

「やりたいのはハードロックだって言われて、生まれて初めてそういう種類の音楽を聴いたわ。すごいわよね、あれ」
「でも、中にはヨーロッパ中世のバロック音楽の影響を受けているようなメロディもあって、わたしもちょうどシンセを買ったばかりだったから、引き受けちゃったの」

「軽音部に入って、その子たちとバンドを始めて。その子たちがまた面白い子ばっかりで」
「全体的に、男?ふざけんな!みたいなノりの威勢のいい子ばかりで。実際話してみると可愛らしいところもあったりするのだけれど」
「みんな真剣に練習したし、ヴォーカルの子の声も良かったから、2年生の頃には校内でも有名なバンドになっていたの」

「実際、贔屓目ナシにしても先輩を含めた男子たちのバンドとかより断然上手かったし、華もあったし、いいバンドだったと思うわ」
「それでほら、ステージ衣装って、普段着れないような大胆でセクシー系の衣装でも許されちゃうじゃない?わたしにとって、それがすごく魅力的で」

「これも自分で言うのはどうかとは思うけれど、わたし、その頃から自分のからだにかなり自信があったのね。ほら、セクシーでしょ?見て!っていう感じで」
「2年の文化祭のとき、胸の部分が大きく割れて谷間が見えているコケティッシュなタンクトップに、見せパン穿いて超ミニスカ。普段なら恥ずかしくてとても着れないような衣装で出たの」

「ステージ上ではキーボードはドラムの隣あたりの奥で立ったままだから、超ミニスカもあんまり意味無いのだけれど、最後のほうではショルダーのキーボード抱えてステージ前に出れるのね。ワザと脚を大きく上げたりすると男子からもうヤンヤの喝采」
「そんなとき、わたしは心の中でこう思っているの。どう?タマンナイでしょ?わたしとヤりたい?ボケッ!おまえらなんか百年はえーんだよ!」
 
 ゆうこ先生がご愉快そうに笑いました。

「でも、楽屋代わりの体育館の倉庫で、その衣装を着て出番を待っているときは、めちゃくちゃに恥ずかしいの」
「進行係の女生徒とか、次の出番らしい男の子とかの視線がチラチラとだけどピンポイントで、私の胸元と太股に、それこそ吸い付くように注がれるのがわかるの」

「わたしは、あーーん、そんなに見ないでー、でももっと見てー、みたいな露出狂の心境。他のメンバーたちも似たような格好だったけれど、彼女たちはあんまり気にしていなかったみたい」
「それよりも演奏へのプレッシャーでそれどころじゃなかったのね。彼女たちは」
「わたしは演奏面は余裕ありすぎて、煩悩のほうばっかり気にしてた」

「そんな格好で出たものだから、文化祭後、あのバンドのメンバーならヤらせてくれるんじゃないか、なんて一部男子の間で噂になって、ヘラヘラ笑いながらからかいにくる男子もいたけれど、私たちは、フザンケンナ!私らの衣装は純粋に音楽の表現の一環なんだよ。誰がおまえらみたいな下衆と寝るかよ!なんて、めいっぱい突っ張っていたな」

「私も衣装着ていなければ勝気に戻るからね。実際は、バンドメンバー5人のうち2人はまだ処女だったのだけれど」
「わたしは一応、処女膜は先生の指に破られていたから、ね?」
 
 ゆうこ先生がまた、愉快そうに笑いました。


ピアノにまつわるエトセトラ 12

2011年11月5日

ピアノにまつわるエトセトラ 10

「わたしはね、小学校2年生からピアノを習い始めたの」
 
 ゆうこ先生は、ワイングラスではなくて、傍らのコップに入ったお水を一口含んだ後、私を見つめてお話し始めました。

「その頃は近所の音楽スクールに通ってね。なんだかわたしとピアノは相性良かったみたいで、すんなり順調に上達していったの」
「わたし、負けず嫌いだから、わたしより上手な子がいると、絶対あの子より上手くなってやろう、みたいな気持ちでがんばって練習してね」

「親の躾が良かったのか、その頃のわたしは、自分で言うのもアレだけど、優等生でね。お勉強も運動もそこそこの苦労で難無く出来たし、ほとんどの学年でクラス委員に推薦されるような、勝気で活発な子供だった。生意気な男子とかやりこめたりして」
 
 小さく笑うゆうこ先生。

「それで、中学生になったら、音楽スクールの先生の熱心な紹介で、偉い先生の本格的な個人レッスンを受けることになったの」
「コンクールの優勝も狙える、なんて親も含めて大人たちが本気になっちゃってね。わたしもノせられて、その気になっちゃった」
 
 ゆうこ先生のフクザツそうな苦笑い。

「中学校でもわたしは相変わらず優等生で、お友達もたくさん出来て、女子とも男子ともそれなりに楽しくやっていたの」
「男子からラブレターとかももらっていたけれど、まだそいういうことにはぜんぜん興味を持てなくて、全部断ってたな」
 
 ゆうこ先生が言葉を切って、私を見つめていた視線をフッとはずしました。

「一方で幼い頃からわたしは、テレビのドラマや映画なんかで、誘拐されて椅子に縛り付けられた女の人とか、悪い魔物にさらわれて洞窟に鎖で繋がれたお姫さまとかを見ると、異常にドキドキしてしまう、ヘンな子供でもあったの」

「その女の人に感情移入してしまうのね。わたし、これからどうされちゃうんだろう?助けが来なかったら、どうなっちゃうんだろう?って」
「まだ性的な知識なんて、ほとんど無かったけれど、なんとなくモヤモヤとした気分になっちゃうの。なんだか気持ちのいいモヤモヤ」

「もしも助けが来なかったら、あのお姫さまは、たぶんわたしがまだ知らない、とんでもないことをされちゃうのだろう、それで、その、とんでもないことはきっと、すごく恥ずかしいことなのだろうな、って想像してた」
「それで、そのモヤモヤを感じることは、わたしにとって、とても気持ちいいことだったの。お姫さまに感情移入して、まだ見ぬ恥ずかしさにドキドキすることがね」

「小学生の女の子にとって、容易に想像出来るすごく恥ずかしいことって、人前で裸にされちゃうことじゃない?自分だけ丸裸にされて誰かにジロジロ見られちゃうこと」
「だから、幼いわたしの感情移入の行き着く先は、誰も助けが来なくって、お姫さまは、その魔物や手下どもの前で真っ裸にされてしまう、っていうものだったの。その先は、当時はまだ想像も出来なかったけれど」
「でも、裸にされちゃう、ってことまででも、想像して充分モヤモヤ出来たの」

「もっとも、現実のドラマでは、ってヘンな言い方だけれど、ドラマでは確実に誰かが助けに来てくれて、我が家のテレビの中に美しいお姫さまの裸が映し出される、なんてことは絶対無かったのだけれどね」
 
 そこでまた、ゆうこ先生の小さな笑顔。

「わたしの個人レッスンの講師は、当時20代後半の女の先生で、すごく綺麗な人だった」
 
 お話が突然大きく跳びました。

「スレンダーで、スラッっとしていて、ちょっと長めな栗色のウルフカットで、大きめの唇がポッテリしていて」
「やっぱり子供の頃からピアノを期待されて、それなりのところまで行った人らしい。その当時は、けっこう有名な大人向けミュージックスクールの講師が本職だったのかな?」

「レッスンは先生のご自宅でやるのだけれど、そのご自宅がまた、ご近所でも有名な高級マンションでね。ピアニストって儲かるんだなー、なんて子供心に思ったもの」
「わたしの見た限りでは、お独りで暮らしているみたいだった。一室がレッスンルームになっていてね。隣のわたしのレッスンルームを数倍豪華にした感じ」
 
 ゆうこ先生は、テーブルの上で両手の指をピアノを弾くみたいにパタパタ動かす運指のストレッチをしながら、お話をつづけます。

「その先生のレッスンは厳しくってね。いつも30センチくらいのプラスティックの定規を片手に持って、わたしがちょっとでも運指を間違えたら、すかさず手首のあたりをピシッて」
「勝気なわたしは、最初のうちはかなり憤慨した。叩かなくてもわかりますっ!なんて大声あげたりして」

「でも、ちゃんと弾けたときは、正面からわたしを抱きしめてくれて、ほっぺにチューとかしてくれるの。それがすごく気持ち良くってね」
「スキンシップも激しい先生で、背後から覆いかぶさるみたいにからだをくっつけて、私の腕に自分の腕を重ねたり、耳元でささやいてきたり」

「中学生のわたしにとって、その先生は10いくつも年上だから、いわゆるオトナの人よね。言うことは聞かなくちゃいけない、みたいな」
「その上、先生は基本やさしくて、ときには姉みたいに、ときには母親みたいな感じで接しているうちに、わたしはその先生には、どうにも逆らえなくなっていたの」

「ピアノは先生のほうが何十倍も上手いし、先生の言う通りにすれば確かに上手く弾けるのも事実だったし」
「わたしの背中に当たる、先生の少し硬めなバストの感触、今でもはっきり憶えてる…」
 
 ゆうこ先生がうっとりしたお顔つきになりました。

「でも高校進学間近になって、ちょっとした事件が起きちゃったの」
「その先生は、わたしを有名な音大の付属高校に進ませたかったのね。より音楽にのめりこませるために」

「でもわたしは、その頃ちょっと挫折した、って言うか、先が見えちゃった気がしていて」
「ピアノを弾くのは好きだし、先生のことも大好きだったのだけれど、音大に進んでまでピアノを極めたいかな、って考えたら疑問に思えて」

「普段の中学校生活もすごく楽しかったから、出来れば普通に公立高校に入って、お友達といろいろ楽しくやりながら、ピアノは趣味の一つでもいいかな、って」
「両親も先生も、せっかくの才能なんだから、みたいなことを言ってくれたのだけれど、わたし、たぶん飽きちゃってたんだと思う」

「今思うと、わたしと同年代くらいで、わたしより少し上手い子とかが周りにいれば、負けず嫌いでつづけられたのかもなのだけれど、中学校でもわたしよりピアノ上手い人いなかったし、先生は、わたしの手が届かないほど上のほうにいるしで、ピアノに対してモチベーションを上げるための刺激がみつからなくて、満足しちゃってたんだろうな」
 
 ゆうこ先生の瞳が、少し寂しげに翳りました。

「結局、一時は先生とかなり気まずくなったのだけれど、さっきも言ったけど、わたし、ピアノを弾くのも好きだし、先生のことも好きだったから」
「だから、先生とのレッスンはつづける、っていう条件で、わたしの希望通り、公立高校に進んだのね。先生もそれで最終的には納得してくれたの」

「当時ですでに3年のおつきあいだから、わたしと先生はかなり親密になっていたし」
「わたしは、さっき言った、さらわれたお姫さまの話とかもしていたし、先生は、自分に女性の恋人がいることを教えてくれてた」
 
 ゆうこ先生がワイングラスに唇をあてました。

「そこから、わたしと先生のレッスンがミョーな方向に変わっちゃったのね」
「先生はたぶんもう、わたしを一流のピアニストに育てるのはあきらめちゃったみたい」
「あ、でもわたし、中2のとき、県のコンクールの中学生部門で優勝したんだぞっ!」
 
 ゆうこ先生が突然おどけて胸を張りました。
 もう一度ワイングラスに唇をあててから、ゆうこ先生の唇が再び動き始めます。

「それから先生は、わたしとのレッスンのときに、自分の趣味って言うか性癖?をあからさまにしてきたの」
「レッスンに行くと、先生がなんだか肌の露出が多い服を着ていることが多くなって、スキンシップも激しくなってきて」

「すごく難しい課題曲ばかり用意して、リストかなんかだったかなで、ペシペシ腕を定規で叩かれて」
「なんだか、主従関係のはっきりしたお芝居をやっているようなレッスン。わたくしの言うことには絶対服従よ、みたいな雰囲気」

「言葉ではわたしを虐めたり蔑むようなことばかり言うのに、その割には、やたらにわたしを抱き寄せたり、からだをすり寄せたりしてくるの」
「わたしも、最初は戸惑ったけれど、そんなレッスンが段々なんだかワクワク楽しみになってきちゃったのね」

「ちょうど性的なものに関心が芽生えてきた頃でもあったし」
「先生が着ているピッチリしたニットに浮いたノーブラの尖りとか、これ見よがしに組み替える短いスカートから伸びた太股とかに、すごくドキドキしてた」

「忘れもしない、高校一年の夏休み前のレッスンのこと」
「先生がいきなり、これからミスするたびに、大貫さんは服を一枚ずつ脱がなきゃいけないルールにします、って宣言したの」

「何それ?って思うと同時に、わたし、その言葉が意味する行為に、ドキンって胸が破裂した」
「ストラヴィンスキーのペトリューシュカだったな。あの曲難しくて、それまでさんざんペシペシ定規でぶたれて、わたしの心の中では、悔しいような、狂おしいような、もっとして、みたいなワケのわからない感情がずーっとモヤモヤ疼いていたの」

「当時、自分ではわからなかったけれど、わたしの心の奥底に眠っていた、被虐願望、みたいなものがパチンて弾けた瞬間だったと思う」

「わたしには、先生に逆らう、なんて選択肢はまったく浮かばず、黙ってコクンとうなずいちゃった」
「たぶん、そのときのわたしの目は、すごく淫らだったと思う」
 
 ゆうこ先生がまっすぐに、私を見つめてきました。
 今のゆうこ先生の瞳もウルウル潤んでて、充分淫らです。

「学校帰りの夏服の制服姿だったから、まずソックスから脱ぎ始めて」
「とても難しい曲だから、下着姿になっちゃうまで時間はかからなかった」

「セーラー服かスカートか、どっちを先に脱ぐかは迷ったな。ピアノ弾くときは座っているから、見えにくいだろう、ってスカートを先に脱いだの」
「先生は背後に立って見下ろしているのだから、意味無いのにね」

「脱いだものはそれぞれ、先生が丁寧にたたんでくれて、たたみ終わるとわたしのほうを向いて、黙ってわたしのからだをじーっと見るの。上から下まで、文字通り舐めるように」
「恥ずかしいです、先生、って言っても、その先を弾くように促すだけなの」

「そんな、裸に近い格好で上手く弾けるワケないじゃない?恥ずかしくて集中出来ないし、股間はムズムズしてきちゃうし」
「結局すぐにミスタッチしちゃって、ブラジャーかショーツのどっちかを脱がなきゃならないことになっちゃったのね」

「ねえ?直子ちゃん?」
 
 不意にゆうこ先生が私に問いかけてきました。

「直子ちゃんだったら、どっちを先に脱ぐ?」


ピアノにまつわるエトセトラ 11

2011年10月30日

ピアノにまつわるエトセトラ 09

 6時ちょっと過ぎにゆうこ先生にインターフォンで呼ばれ、お隣のお部屋に戻ると、美味しそうないい匂いがお部屋中に充満していました。

「一人暮らしをしていると、凝ったお料理とか、めんどくさくてなかなか作らなくなっちゃうから、ね?」
 
 ニットの上にライトブルーのエプロンを掛けたゆうこ先生が、ダイニングテーブルにお料理を並べながら、私に語りかけてきます。

「これでも昔は、お料理教室にも通っていたことあるの。その頃習ったのを久しぶりに試したくなっちゃって」
「今日のテーマは、フランス一般家庭のおもてなしっぽいお夕食、って感じかな。ポトフは昨日仕込んで、じっくり煮込んであるから」
 
 お部屋には小さく、ラヴェルのピアノ曲集が流れていました。

 テーブルの上に、ポトフとラタトゥイユ、それに切ったフランスパンやチーズやサラダなどが並べられました。

「お夕食には少し時間的に早いけれど、ゆっくり食べながらおしゃべりしましょ」
 
 正方形のテーブルの向かい側に座ったゆうこ先生が、当然のようにシャンパンのグラスを私に手渡して注いでくれました。

「カンパーイ!」
 
 チンッ!

 お料理は、どれもとても美味しくて、私にしてはけっこうたくさん食べたと思います。
 おしゃべりも、ピアノのこと、音楽のこと、文化祭のこと、お友達のことなどなど、尽きることなくつづきました。
 それでもお料理があらかたなくなって、ゆうこ先生のグラスの中身が白ワインに変わった頃、束の間の沈黙が訪れました。

 そろそろ切り出さなきゃ・・・
 もう7時過ぎ。
 お迎えが来るまで2時間くらいしか残っていません。
 
 何て切り出せばいいのかはわかりませんが、とにかくそっちのほうに話題を持っていかなくちゃ。
 こういうときは、率直なほうがいいよね?
 私は、ありったけの勇気を振り絞りました。

「あのぅ…先生が以前、私のお家に…」
「直子ちゃんこの間、男の人はなんだか怖い気がするって…」
 
 私とゆうこ先生が同時に口を開いて、お互いの言葉がかぶってしまいました。
 あれ?
 これってなんだか、デジャヴ。

「あ、ごめんなさい。直子ちゃんからどうぞ。なあに?」

「あ、いえ、いいんです。先生からお先におっしゃってください」

「そう?じゃあ、わたしから…」

「直子ちゃん、男の人が苦手ってこないだ言っていたでしょ?だったら女の子でなら、誰か好きな人、いるのかな?って聞きたかったの」

「えっ?えっと…」

「あ、ううん。別に深いイミはないから、無理して答えなくてもいいのよ」
 
 ゆうこ先生は、緩い笑みをうかべたまま頬杖をついて、私をじーっと見つめていました。

「えっと…以前はいたのですけれど、その人は同じ部活の先輩とおつきあいを始めちゃって…って、えっ?」

 言った自分が驚いてしまいました。
 なんでこんなにスラスラと、正直に答えちゃったんだろう。
 言ってから、自分の言ったことの意味に気づいて、途端にドキドキしてきてしまいました。

「ふーん。それは残念だったわねー」
 
 ゆうこ先生は、私の動揺に気づいているのかいないのか、普通の感じで会話をつづけてきます。

「フられちゃったんだ?かわいそうに。それじゃあ今は、パートナーの人とかいないんだ?」

「は、はい…」

「片想い中の人、とかは?」

「…」
 
 それは、目の前のゆうこ先生、あなたです…
 言ってしまおうか?

「だったらやっぱり、アレは独り遊びなのかな?」
 
 独り言みたいにポツンとつぶやいたゆうこ先生。

「えっ?アレってなんですか?」
 
 ゆうこ先生の謎な一言、独り遊び、という言葉に私の心がひっかかり、ザワザワし始めました。

「うーんとね。ちょっと言いづらいのだけれど、この間のレッスンのとき、直子ちゃん、Vネックのワンピース着ていたじゃない?可愛らしいやつ」

「はい、先週のレッスンですね…」

「あのとき、わたし、直子ちゃんの後ろに立って弾いている手元を見ていたら、たまに直子ちゃんのワンピースの胸元が浮いて、隙間が出来るのね。それでピンクのブラが見えたりして」

「…」
 
 私は、瞬きも忘れてゆうこ先生の唇を凝視していました。
 心がいっそう、激しくざわめいています。

「それで、胸元の白い肌に、縄で縛った痕みたいのがあったような気がしたの、あと、何かに挟まれたような痣もいくつか」

「…」

「だから、ひょっとして直子ちゃんも、そういう独り遊び、しているのかなー、って思ったり思わなかったり…」

「せっ!先生っ!」
 
 バレてた!?
 
 私は、全身の血がすごい勢いで駆け巡るのを感じていました。
 恥ずかしさと、なぜだか怒りみたいな感情と、あと、パニックになったときみたいな思考停止がないまぜになって、思わず大きな音を立てて席から立ち上がり、ゆうこ先生をにらみつけていました。

「あ、ごめんごめん。言い方が少しストレート過ぎたよね?まあ落ち着いて、ね?直子ちゃん」
 
 ゆうこ先生はたおやかな微笑を浮かべ、両手のひらを下に向けて小さく振って私に、座って、のジェスチャー。

「つまり、わたしも同類なの。だから、肌に残ったその痕がロープとか麻縄で縛ったから、ってわかるし、たぶんあの痣は、洗濯バサミとかクリップとかでしょ?」
 
 私にはまだ、ゆうこ先生の言葉が届いていません。
 ゆうこ先生は相変わらず余裕の表情で、私をじっと見つめていました。

「だから、さっきわたし、直子ちゃんも、って言ったじゃない?」

 しばしの沈黙。
 
 ゆうこ先生が今おっしゃった言葉の意味することが、ようやく正しく私の脳に伝わり始め、私はヘナヘナと椅子にお尻を落としました。
 今、ゆうこ先生、わたしも同類、っておっしゃった?
 
 ゆうこ先生も、ロープや洗濯バサミで遊んでいる、ってカミングアウトされた?
 事の次第を、私の脳がやっと正常に理解しました。
 ワナワナしていた私の胸が、またたくまにドキドキワクワクに変わっていきました。

 これは、予想、いえ期待していた以上の大きな一歩です。
 ゆうこ先生と私は同じ、ってゆうこ先生も認めてくださったのです。

「何も心配しなくていいわよ、直子ちゃん。素子さんには絶対内緒って、約束するから」
 
 ゆうこ先生がイタズラっぽく笑って、私にパチンとウインクをくれました。

 それからしばらくは、私の独演会でした。
 相原さんとのことやしーちゃんとのこと。
 そして、しーちゃんとクリスさんのことを、大体正直に、全部お話しました。
 言葉が堰を切ったように、止まりませんでした。

 相原さんが図書室で裸になっていたことや、その後の顛末。
 しーちゃんとクリスさんのなれそめや恥ずかしいご命令遊びのこと。
 そういうことを体験したりお話を聞いて、コーフンしちゃったりうらやましいと感じてムラムラしてしまう私のこと。
 恥ずかしいことやみじめな状況を妄想して、独り遊びをしてしまう自分のこと。

 でも、トラウマの原因と、やよい先生とのことについては、全部隠しておきました。
 自分でも理由はわからないのですが、なぜだかまだ、そうしておいたほうがいいような気がしたんです。

「だからきっと、私はヘンタイなんです…」
「それで、そんな自分が無性にイヤになるときがあって、そうするともっともっと自分を虐めたくなって…」
「強く縛ってしまったり、いっぱい痛い思いをしてみたり…」
「そんなことをくりかえしてばかりで…」
「そんな私はやっぱり、ヘンタイなんです…」

 告白をしながら私は、例えようも無いほどの恥ずかしさと同時に、ずーっと胸に隠していた秘密をやっと解放出来た、ある種の爽快感も感じていました。

「ふーん、なるほどねー。直子ちゃんにも意外と、いろいろあったのね」
 
 ずーっと、時折相槌を打つくらいで、黙って真剣に私の告白を聞いてくれていたゆうこ先生は、うつむいて少し涙ぐんでるみたいになってしまった私に、テーブル越しに両手を伸ばしてきました。
 
 私も両腕を伸ばし、テーブルの中央でお互いの両手をやんわり握り合いました。
 まっすぐに顔を上げて、相変わらずたおやかな笑みを浮かべているゆうこ先生と見つめ合います。

「でもね、直子ちゃんは、自分をイヤになる必要なんか、ぜんぜん無いのよ」
 
 ゆうこ先生のやさしいお声。

「性癖なんて、人様に迷惑を掛けない限りとやかく言われるようなものではないし、普通、って言われている人と多少異なっていたとしても、それってその人の個性だから、ね?」
「それに…」
 
 そこでいったん言葉を区切って、ゆうこ先生は握り合っていた両手をやさしく解き、そのままご自分の胸の前で交差して、ご自分を抱くような仕草をされました。
 そして、私をまっすぐ見つめて、真剣なお顔でこうおっしゃいました。

「わたしは、直子ちゃんより、もっともっと、数十倍、ヘンタイだから…」


ピアノにまつわるエトセトラ 10