2010年10月17日

トラウマと私 08

顔を真っ赤にした小柄なおじさまが空のコップ片手に一人、フラフラと私たちのほうにやって来ました。
おばさまたちにビールを注いでもらって、しばらくワイワイやっています。

そのうちに、いつのまにか私と母のお膳の前に座り込んで、声をかけてきました。
「おやぁ、直子ちゃん。大きくなったねえ」
真っ赤な顔をニコニコさせています。
お腹が突き出た小太りの典型的な中年のおじさまです。
まん丸いツルツルした愛嬌のあるお顔で、悪い人ではなさそうです。

「何年生になったの?」
「中二です・・・」
うつむきがちに答える私。
やっぱり、知らない大人の人との会話は苦手です。
「直子ちゃんも、ママに似て美人さんだねえ」
私は、恥ずかしくなってうつむきます。
「おじさんのこと、覚えてる?」
私に顔を近づけて覗き込もうとするおじさまに、まわりのおばさまたちが、
「ほら、なおちゃん、困っちゃったじゃない」
「なおちゃん、酔っ払いは嫌いだってさー」
「あんた、ちょっと飲みすぎだよっ」
と笑いながらおじさまを叱って、助けてくれました。

おじさまは、乗り出していたからだを戻して、照れ笑いをしながら薄い頭を掻いています。
それから、イタズラっぽく笑ってこんなことを言いました。
「そうだ、直子ちゃん。ワイン飲んでみる?美味しいよ」
まわりのおばさまたちは、
「またあんたはっ!何考えてるの?」
「子供にお酒すすめて、どうするのっ!?」
と今度はさっきより真剣な口調で、口々におじさまを叱ってくれました。

私は、飲んでみたいな、ってなぜだか思いました。
母の顔を見ます。
「なおちゃん、飲んでみたい?」
私は小さく頷きます。
ちょっと考える風をしてから母は、
「それなら、いただいてみれば?帰るのは明日だし、今夜はゆっくり寝れるし、ちょっとなら大丈夫でしょう。何事も経験よ」
と言って、私の頭に軽く手を置きました。

嬉しそうな顔になったおじさまは、お部屋の端のほうに置いてあるクーラーボックスから、わざわざまだ口の開いていない白ワインのボトルを持ってきてくれました。
オープナーでコルク栓をくるくると開けてくれます。

「これは、すごくいいワインだよ」
言いながら、大きめのワイングラスに半分くらい注いでくれます。
「これはね、おじさんがケチなんじゃないんだよ。ワインはね、香りも楽しむお酒だから、一度にたくさん注いじゃいけないの」
「ワイングラスの半分ちょっと下くらいがベストやね」
「それで、飲むときは、グラスのこの脚のところ持つんだよ。それがエレガントなレディのマナー」
おじさまが得意げに説明すると、またおばさまたちから、
「あんたの口からマナーなんて言葉、聞きたくないねっ!」
「いつもそんなこと言って、飲み屋で女の子たぶらかしてんでしょ?」
「リョーコさんに言いつけるわよっ!」
いっせいにイジメられています。
このおじさま、おばさまたちに人気あるみたい。

受け取ったグラスを言われた通りに脚のところを持って、母の顔を見ました。
母が頷きます。
私は、おそるおそるグラスを自分の唇に近づけていきます。
その場のみんなが私に注目しています。

葡萄のいい香りが私の鼻をくすぐります。
唇についたワイングラスを少し上に傾けると、冷たい液体が口の中に流れ込んできました。
酸っぱくて、ちょっと苦くて、かすかに甘味もあって。
美味しいと思いました。

「どう?」
おばさまの中の一人が聞きます。
「・・・美味しいです、とても」
小さな声で答えます。
「そう。やっぱりなおちゃん、お母さん似ねー」
「このあと、からだがポカポカして気持ち良くなってくるから」
「でも、本当は20歳になるまで飲んじゃいけないのよ」
おばさまたちがまた、いろいろ言っています。
母も微笑みながら私を見ています。

その間に、グラスに残っている液体をゆっくりと飲み干しました。
「もう一杯飲むかい?」
空になったワイングラスを見て、おじさまが調子に乗って聞いてきます。
私は、また母の顔を見ました。
母は、今度はきっぱり首を左右に振りました。

それが合図だったかのように、その場の話題は私から離れて、おばさまたちがまた違う話題でおしゃべりし始めます。
おじさまも立ち上がって、私にヒラヒラと片手を振ると、またフラフラと他のグループのほうへ歩いて行きました。

その姿を見送りながら私は、顔が急激に火照ってくるのを感じていました。
からだ中がポカポカしてきて暑いくらいです。
そして、なぜだか急激に眠くなってきました。

「あらー、なおちゃん、顔真っ赤」
母の声で、目が開きました。
どうやら、その場で数分間うつらうつらと居眠りしてしまっていたようです。
「あらあら、なおちゃん、お部屋に戻って、しばらく横になってなさい」
「・・・うん」
私は、立ち上がろうとしますが、からだ全体に力が入りません。
胸の鼓動がすごく早くなっている気がします。
「しょうがないわねー。初めてのお酒だし、ま、仕方ないか」
母は、私の片腕を肩にかけて抱き起こしてくれました。
「ちょっと、直子を部屋で休ませてきます」
おばさまたちにそう告げて、私をよいしょっとおぶってくれました。

「なおちゃん、知らない間にずいぶん重くなったわねえ」
母は、そんなことを言いながら、私を背負って渡り廊下をゆっくり歩いていきます。
母におんぶされるのなんて、何年ぶりなんだろう?
私は、猛烈に眠たい頭ながらも、すっごく嬉しく感じていました。

お部屋に着くと、なんとか一人で立てました。
「ちゃんとお着替えしてから、ベッドに入りなさいね。そのまま寝たらワンピース、シワシワになっちゃうから。一人でできる?」
母がやさしく聞いてくれます。
「うん。なんとかだいじょうぶみたい。ママありがとう。ごめんね」
「一眠りして、具合良くなったらまた、一緒にお風呂に入りに行きましょう。ママ、もう少し宴会のお付き合いしてくるから、何かあったら呼びにきなさい」
「はーい。それじゃあとりあえずおやすみなさーい」
「はい。おやすみ」
母は、ゆっくりとお部屋を出て行きました。

私は、少しよろけつつ、ワンピースを脱いで、胸もなんだか息苦しいのでブラジャーもはずしました。
全身がほんのりピンク色に火照っていました。
パジャマ代わりに持ってきていた丈長め、ゆったりめのピンクのTシャツを頭からかぶります。
エアコンのタイマーを一時間にセットして、電気を消してベッドに潜り込みました。
ベッド脇にある大きなガラス窓を、強風に吹かれた雨が時折強く打ちつけているようで、パラパラと音がします。
雷鳴は聞こえませんが、稲妻がときどき光っているみたい。

「カーテン閉めたほうがいいかなあ・・・」
なんて思いながらも、ズルズルと眠りの淵に引き摺り込まれていきました。


トラウマと私 09

2010年10月16日

トラウマと私 07

いろいろと楽しかった夏休みも、終わりが近づいてきた8月下旬、悲しいお知らせが我が家に届きました。
父のお父さま、私から見ればおじいさま、が病気で亡くなったっというお知らせでした。

父の実家は、現在私たちが住んでいる町から車で、高速道路を使って3時間くらいの山間の町にあります。
父は、四人兄弟の3番目。
上の二人はお兄さまで、下は妹さん、年齢はそれぞれ2、3歳づつくらいの差だそうです。

父にちゃんと聞いたことはありませんが、父は、この数年間ずっと実家に帰るのを避けているように見えました。
あまり実家に近寄りたくないみたい。
私が憶えてる限りでは、私を連れて行ってくれたのは、小学校の低学年の頃に一回だけ。
とても広くて立派なお屋敷だったのは、薄っすらと憶えていますが、おじいさまやその他の親戚の人たちのことは、お顔も含めて何も憶えていません。

父も母も、自身の実家のことについては、ほとんど話題にしませんでした。
母がたまに、結婚前の思い出を聞かせてくれるくらい。
私もあえて聞く必要も無かったので、今に至るまで、両親の実家のことは、よく知らないままです。

そんな父でもさすがに、お父さまがご病気だったことは、知っていたのでしょう。
母が父の実家から電話をもらい、すぐに父のケータイに電話をしたら、すごく冷静だったそうです。
その日父は、珍しく夜の8時前に家に帰ってくると、どこかに何本か電話をしていました。
翌日朝早く、親子3人で父の実家へ行くことになりました。

8月最後の金曜日の早朝、父の運転で父の実家に向かいました。
篠原さん親娘もご一緒に、とお誘いしたらしいのですが、ともちゃんがカゼ気味らしく、様子を見て、なるべく明日の告別式だけは参列したい、ということになったそうです。
篠原さんは、亡くなったおじいさまのお姉さまの次男の娘さん、だそうで、私から見ると、はとこ、になるのかな?

途中、サービスエリアでゆったりと朝食を取ったり、高速道路を降りてからは、有名なお城跡に寄り道したりして、その間、まったくおじいさまとは関係の無いお話ばかりしてて、父の実家の門をくぐる頃には、午後の3時を回っていました。
父は、本当に実家に帰るのがイヤなんだなあ、ってよくわかって、ちょっと可笑しかったです。

数年ぶりに訪れた父の実家は、やっぱり広大なお屋敷でした。
丁寧ににお手入れされた立派な樹木が立ち並ぶ石畳を抜けると、広いお庭に出て、何人ものお客様が入れ替わり立ち代り、お庭を右往左往していました。
お家も和風で、一見、大きなお寺みたいな立派な造り。
お庭に面した廊下を隔てた20畳以上ありそうな畳敷きの大広間で、お通夜の準備が始まっていました。

父は、なんだか急に忙しそうで、こっちに着いてからは、知らない男の人たち数人とずっと一緒に行動していました。
母は、幾人かの人たちとご挨拶を交わしていましたが、私は、誰一人として知りません。
私と同じくらいの年齢の男女もちらほらいましたが、誰が誰やら全然わかりません。
なので、私はその三日間ずっと、母にぴったりくっついていました。

着いた日の夕方からお通夜で、すごくたくさんの方々が訪れてきました。
花輪がたくさん飾られて、聞いたことあるような政治家さんの名前もちらほら見えました。
父の会社の名前のもちゃんとありました。
お通夜の仕切りは、専門の人たちがやっているので、私と母は、父のご親戚のかたたちにご挨拶をしてしまうと、まったくヒマになってしまいました。
母も、なんとなく居心地悪そうです。
仕方ないので、大広間の隅っこに並んで座って、二人で小声でテーマ別しりとりをしながら時間が過ぎるのを待ちました。

その夜は、お屋敷に泊まりました。
他にも何人ものかたが、泊まっていくみたいです。
私たちが案内されたのは、大広間から渡り廊下を隔てた離れにある、ベッドが一つだけ窓際に置かれた広い洋風のお部屋でした。
「ここは昔、パパのお部屋だったそうよ」
母が教えてくれました。

そのお部屋に私と母、それに母より年上な知らないおばさま3人と泊まりました。
夕ご飯もお膳をそのお部屋まで運んで来てくれて、そこで食べました。
おばさまたちは皆、気さくな人たちで、
「なおちゃん、本当に大きくなったわねえ」
「この前会ったときは、こんな小さかったのにねえ」
「もうすっかり、女性のからだつきねえ」
などと、口々に言ってくれます。
でも、私は彼女たちが誰なのか全然わかりません。
私にベッドを使わせてくれて、母と3人のおばさまたちは、フカフカの絨毯の上にお布団を敷いて寝ていました。

次の日がお葬式で、車で20分くらいのこれまた大きなお寺に参列者みんなで移動しました。
お屋敷に集まっていた人たちだけでマイクロバス5台が満席、すごい人数です。

「ねえママ、この人たちみんな、あのお屋敷に昨夜泊まったの?」
私がびっくりして聞くと、母は、
「まさかあ。半分くらいの人は今日来られたんじゃない?そう言えば、篠原さんは、来られたのかしら?」
生憎の曇り空で湿気が強く、今にも雨が降り出しそうな蒸し暑い日でした。

お寺では、篠原さんたちと会うことができたので、少しホっとしました。
お葬式の間は、ともちゃんとずっと手をつないでいました。
ともちゃんも黒いワンピースを着ていて、カゼがまだ直りきっていないのか、いつもの元気がありませんでした。

告別式が終わると、篠原さん親娘は、ともちゃんの調子も良くなさそうなので、火葬には立ち会わずにそのまま帰っていきました。
私たち家族は、もう一泊して、明日朝早く帰ることになりました。

夕方からは、お屋敷に戻った人たちが集まり、大宴会になりました。
精進落とし、と言うそうです。
昨夜お通夜をした大広間に、ずらっとお膳が並んでいます。
入りきれなかった人は、廊下に座っています。
100人くらいいるのかな?

大きな祭壇が設えられて、最初は、お坊さんが出てきてブツブツお経をあげていました。
それが終わるとお食事となり、大人たちがお酒を飲み始めて、ワイワイガヤガヤし始めます。
私は母の隣に座り、黙ってお料理をいただいていました。
普段はあまり食べない和食な献立でしたが、お腹が空いていたので、すごく美味しかった。
母は、ビールのグラスを持って知らないおばさまたちとお話しています。
私たちのいる一角は、女性ばかりです。
昨日一緒に泊まったおばさまのうちの一人もいます。
お料理を食べ終わり、退屈になってきた私は、あのお部屋に戻って横になりたいなあ、なんて考えていました。

お外は、空が一段と暗くなって雨が降りだしたみたいで、パタパタと屋根を打つ雨のかすかな音と共に、ときどきピカピカ光る稲妻が天井近くの明かり窓を走っているのが見えました。


トラウマと私 08

トラウマと私 06

バスタオルと新しい下着とお風呂セットを入れた布袋を持って階段を下り、バスルームに入ろうとしたら、電気が点いていて、誰かが先に使っているみたいでした。
喉も渇いていたので、ダイニングに飲み物を取りに行くことにします。
リビングに通じるドアが開いていて、リビングでは、母とミサコさんだけが並んでソファーに座っていました。
二人とも湯上りのようで、母は黒の、ミサコさんは白のゆったりしたTシャツに、ボトムは二人とも黒のスパッツ。
テレビには、フラを優雅に踊っている外国の女性の映像が映っていて、ハワイアンな音楽が低く流れていました。
たぶんDVDでしょう。

「あら、なおちゃんお風呂入りたいの?今は、タチバナさんたちが入っているから、もう少し待っててね」
母が私を見て言います。
「夕ご飯は、篠原さんがおソーメン茹でていってくれたから、それを適当にね。おツユとか全部冷蔵庫にあるから。あとは、ダイニングのテーブルにあるものをお好きに」
「ともちゃんが、お帰りにおねーちゃんにご挨拶するってきかないから、なおちゃんのお部屋行ったけど、ぐっすり眠ってたから、起こさなかったって言ってたわ」

私は、リンゴジュースを注いだコップを持って、母たちの正面に座りました。
タチバナさんとオオヌキさん、一緒にお風呂入ってるんだ・・・
あ、でも女性同士だしお友達同士だし、何にもおかしくはないか・・・
寝起きのボーっとした頭でそんなことを考えていると、ミサコさんが聞いてきました。

「ねえ、なおちゃん。あなたボーイフレンドとか、いるの?」
「えっ?」
私は、ちょっとあたふたしてしまいました。
「えーと、私は、今は、そういうの、ぜんぜん興味ないって言うか・・・」
「あらあ、そうなの?でもなおちゃん、カワイイからもてるでしょ?アナタも心配よねえ?」
母に話を振っています。
「そうねえ・・・でもまあ、そういうのって、なるようにしかならないから、ね」
母は、のほほんとそう言って、視線をテレビに戻しました。

リビングのドアが開いて、タチバナさんとオオヌキさんが戻ってきました。
「あーさっぱりしたあ」
タチバナさんはピッチリしたブルーのタンクトップにジーンズ地のショートパンツ姿。
胸の先端がポチっとしていて完璧ノーブラです。
でも全然隠す素振りもありません。
オオヌキさんは、バスタオルを胸から巻いたままの姿です。
湯上りのためか、上気したお顔で相変わらず、もじもじと恥じらっています。
脱衣所にお着替えを持って入るの、忘れちゃったのかしら?

「それじゃあなおちゃん、お風呂入っちゃえば?」
母がのんびりと言いました。
「はーい」
私は、コップを戻すために一度ダイニングに戻って、ついでに洗ってシンクに置いてから、今度はリビングを通らず廊下に出て、リビングのドアの前を通ってバスルームに向かいました。

リビングの前を通ったとき、
「今度は、どれを着てもらおうかなあ?」
という、ミサコさんかタチバナさんらしき声が聞こえてきました。
えっ?どういう意味?
やっぱりオオヌキさんって、誰かの言いなりな着せ替えごっこ、させられてるのかなあ?
私は、またドキドキし始めてしまいます。

バスルームに入ると、いつもとあきらかに違う香りが充満していました。
香水というか、シャンプーというか、体臭というか・・・
それらが一体化した、我が家のとは違う、まったく知らない女性たちの香り。
今日のオオヌキさんの一連の行動や、さっき見た夢、今リビングの前で聞いた言葉・・・
それらが頭の中で渦巻いて、ムラムラ感が一気に甦ってきました。
私は、強いシャワーでからだを叩かれた後、バスタブにザブンと飛び込んで、声を殺して、思う存分自分のからだをまさぐってしまいました。

ずいぶん長湯をしてしまいましたが、ムラムラ感もあらかた解消されて、お腹も空いてきました。
夜の8時ちょっと前。
自分の部屋で丁寧に湯上りのお手入れをしてから、パジャマ姿でダイニングに行きました。
リビングへのドアは閉じていましたが、母たちは、どうやらお酒を飲み始めたようで、DVDのBGMの音量とともに話す声のトーンも上がっていました。
誰かの噂話とか、お仕事関係のお話のようでした。
聞くともなく聞きながら、おソーメンをズルズルと食べました。
冷たくて美味しかった。

食べ終えて、お片付けしてから、一応みなさんにご挨拶しておこうとリビングに顔を出しました。
テーブルの上にワインやブランデーの瓶やアイスペール、缶ビールが乱雑に置いてあります。
「あらーなおちゃん、うるさかった?」
ミサコさんがトロンとした目で言います。
「いえ。だいじょうぶです。楽しんでください」
オオヌキさんは、どんな格好をしてるのかなあ、ってワクワクしながら見てみると・・・
昼間のと同じような、乳首がかろうじて隠れるだけなデザインの白い、たぶん今度のは下着で、上にグレイっぽい渋いアロハを羽織っていました。
下半身は、床にぺタっと座り込んでいるので見えません。
私は、ちょっと期待はずれでした。
「直子ちゃん、本当にカワイイわねえー」
私と目が合ったオオヌキさんが黄色い声で言います。
オオヌキさんは、もうけっこう酔っ払っているみたいです。
今は全然恥ずかしそうでもありません。

「ママ、私は明日、愛ちゃんたちと電車で遊園地に遊びに行くから、朝の九時頃には出かけちゃうから・・・」
「あらー?、もしかしてデート?」
タチバナさんが聞いてきます。
「い、いえ、女の子6人で、です」
「へー、それじゃあナンパされちゃうかもしれないわねー」
ミサコさんも嬉しそうに言ってきます。
私は、苦笑いを浮かべてから、
「だ、だから、もしもママたちが起きてなかったら、そのまま行っちゃうからね」
「はーい。了解ー。楽しんでいらっしゃーい」
母も陽気です。
「それでは、みなさんおやすみなさい。ごゆっくりー」
「はーい、おやすみー」
皆が口々に言ってくれます。
私は、自分の部屋に戻りました。

明日、遊園地に着て行く服の準備や、日記を書いていたら10時をまわっていました。
寝る前にトイレに行ったついでに、今日着たレオタードをバスルームの脱衣所にある洗濯カゴに入れに行くと、リビングの灯りは点いているのに、しんとしていました。
覗いてみようかと一瞬思いましたが、やめときました。

さっきお昼寝したから、なかなか寝付けないかなあとも思っていましたが、ベッドに寝転んで、村が発展すると町になるから、ムラムラが強くなるとマチマチだ、って書いてたのは誰の本だっけかなあ、なんてくだらないことを考えていたら、いつの間にか眠っていました。

翌朝、顔を洗うために階下に降りると、しんとしていました。
リビングを覗くと、テーブルの上もすっかり片付けられています。
歯を磨いたり身繕いを整えてから、一応母の部屋を小さくノックしてみました。
返事はありません。
鍵もかかっていなかったので、そーっと開けてみました。
誰もいませんでした。

愛ちゃんたちと待ち合わせている駅に向かいながら、考えました。
母たち4人は、おそらく父と母の広い寝室で一緒に寝たのでしょう。
それはそれで、別におかしなことではありません。

でも、オオヌキさんの存在が私のイケナイ妄想を駆り立てます。
昨日一日、ほとんど裸のような格好で過ごしていたオオヌキさん。
いえ、過ごすことを命じられていた、なのかもしれません。
そんなオオヌキさんとあの寝室に入ったら、少なくともミサコさんとタチバナさんは、大人しく眠るはずがない、と思えて仕方ありませんでした。

オオヌキさんと私は似ている・・・
ということは、今、私が考えているようなことをオオヌキさんも期待していた?

駅の切符売り場の壁にもたれて、そこまで考えたとき、おはよう、って愛ちゃんが声をかけてきました。
私は、あわててその妄想を頭の片隅に追いやり、愛ちゃんにニコっと笑いかけました。


トラウマと私 07