閉ざされたドアを見つめたまま、チーフがポツリとおっしゃいました。
「仕方ないのにね、急病なんて誰のせいでもないわ。不可抗力よ。盲腸なんて、当人にだって気をつけようが無いもの」
ご自分に言い聞かせるみたく、独り言っぽくつぶやかれました。
そして気を取り直すようにお紅茶を一口飲まれ、再び視線が私に戻りました。
「さっきあたしが言った、代わりのモデルさんを探すのがとても難しい理由、って、直子は何だと思う?」
早乙女部長さまが退室されたからでしょうか、チーフの雰囲気が幾分柔らかくなり、その口調は、私たちがプライベートで会っているときに近い感じがしました。
「あの、えっと、よくはわかりませんが、みなさま口々に、今日ご披露するアイテムはどれも、何て言うか、とてもキワドイ、っておっしゃっていたので、そのため、ですか?」
思っていたことを正直に、お答えしました。
「うん。まあ、確かにそれもあるけれど、でもそれだけだったら、どうとでもなったのよね」
私の答えは想定内だったらしく、待ち構えていたような、さもつまらなそうなチーフからのご返事。
「そんな理由だったら、あたしたちにはアユミっていう最終兵器がいるからさ」
アユミさまというかたは、チーフや早乙女部長さまの学生時代のお仲間で、今はグラビアアイドルをやっていらっしゃる、私と同じような性癖をお持ちのかたです。
私はまだ、お会いしたことはないのですが。
「去年のイベントは、アユミにモデルやってもらって大好評だったのよ。でも残念ながら今回は、アユミは使えないの」
なぜだかわかる?と尋ねるように、私の顔を覗き込んできました。
お答えが浮かばず、無言のまま見つめ返していると、チーフはまた、フッと笑ってお言葉をつづけました。
「正解は、今日のために用意したアイテムは全部、絵理奈さんが身に着けるためにデザインしたものだから」
学校の先生がクラス全員お手上げな難問のお答えを発表するときみたいに、厳かな中にもちょっぴり得意げなご様子で、チーフがおっしゃいました。
「絵理奈さんの体型に合わせて、絵理奈さんのからだ、そのプロポーションがより綺麗に、よりエロティックに見えるように工夫を重ねて作ったアイテムたちなのよ」
「トールとウェイト、スリーサイズはもちろん、脚や腕の長さや肌の感じ、お顔の雰囲気まで全部、絵理奈さんに合わせた、言うなれば、絵理奈さんだけが着こなせるオートクチュールだったの」
「もちろん、イベントを観てご注文くださるお客様たちが絵理奈さんと同じ体型でないのは、あたりまえ」
「アイテムのデザインが気に入って、ご注文くだされば、それを身に着ける人の魅力が最大限に引き出されるよう、親身になって懇切丁寧に取り組む会社です、って」
「今回のイベントは、お客様がたに、その点をアピールしたい、っていう思惑があったの」
「だからこそ今回は、まず絵理奈さんを輝かせるようなアイテムを揃えたの。オーダーメイドの一点ものは今までも少しは請け負っていたけれど、より広く、うちのオートクチュール受注システムと、その高品質ぶりを知らしめるために」
「それが裏目に出ちゃったのよ。一般的な常識に沿ったドレスとかスーツなら、まあまあ似た体系のモデルさんでもごまかせたかもしれないけれど、今回のアイテムは、非常識なのばかりだから」
チーフは、ご自分でおっしゃった、非常識という単語が可笑しかったのか、クスッと小さく笑われました。
「絵理奈さんのプロポーションで、絵理奈さんみたいな肌でないと、今回のアイテムたちは、受け取る印象が変わってしまうような気がするの」
「だからどうしたって、絵理奈さんそっくりなモデルさんを探さなければならないのよ」
「アヤはね、ひとりだけ、絵理奈さんに体型も雰囲気も似たモデルさんに心当たりがあったんだって。それで、その子の所属事務所に連絡は取ってみたのだけれど」
「今、沖縄にいるんだって、イメージビデオの撮影で。もっともスケジュールが空いていたとしても、やってくれたかはわからないけれどね」
「その子は、そういう仕事、始めたばっかりで、水着のお仕事も、今回の沖縄が初めてなんだって。そんなにウブな子では、まあ無理よね」
自嘲気味におっしゃって、お紅茶を一口。
座っているのに飽きられたのか、突然スッとお席から立ち上がられたチーフは、私の前を右へ左へと5歩づつくらいで往復しつつ、お話をつづけられました
「そんな感じで、ふたりしてここで煮詰まっていたら、アヤがフッと、何か閃いたような顔になったの」
右へ左へ、思索中の哲学者さんのように移動されるチーフのお姿。
「何?って聞いたら、もうひとり、絵理奈さんの代わりが出来るであろう人物に思い当たった、って」
「誰?って聞いたら、なかなか教えてくれないの。ひどく真面目な顔で考え込んじゃって」
「黙っていたって、状況は何も変わらないわよ?うちの会社の存亡に関わる一大事なのよ?って強く迫ったら、やっと教えてくれた」
「アヤの、見た目でプロポーションを数値化出来ちゃう神ワザ測定能力については、直子に教えたわよね」
「アヤが言うには、身長も体重もスリーサイズもほとんど同じはず、なんだって。もちろん肌の感じも」
「細かく言うと、おそらくその人は、バストが絵理奈さんよりも1センチくらい大きくて、脚は絵理奈さんのほうが数ミリ長い。その他は足のサイズまで、まったく同じだと思う、ですって」
「以前から、似ている、とは思っていたのだけれど、あんまり身近すぎて、今回のトラブルとすぐには結び付けられなかった、って言っていたわ。その人のこと」
チーフが私の目の前に立ち止まり、こちらを向いていました。
テーブルを挟んだ向こう側から、座っている私を瞬きもせず、じーっと見下ろしていました。
いくら鈍い私でも、わかりました。
早乙女部長さまが、そしてチーフがおっしゃる、その人、が私を指していることに。
確かに自分でも絵理奈さまを見て、背格好が同じくらいだな、と親近感を覚えていたようなところがありましたし、オフィスに着ていらっしゃるファッションを見て、私にも似合うかも、なんて思うこともありました。
だけど、そんなに同じだったなんて・・・
でも、早乙女部長さまは、着衣の私だけではなく、裸に近い格好の私の姿もご覧になってらっしゃるので、見間違うはずもありません。
絵理奈さまと私を見比べた上で、おそらく本当にそっくりなのでしょう。
そして・・・
それがつまり、どういうことかと言うと・・・
絵理奈さまの代わりに、私なら、今日のイベントのモデルが出来る、ということ・・・
えーーーーーっ!?
声にならない叫びの代わりに、口を半開きにしてチーフのお顔をまじまじと見つめ返しました。
「気がついたようね?そう。それがあたしから、直子へのご相談」
お姉さまが再び、私の目の前にストンと腰かけられました。
「どう?やってくれないかな?今日のモデル。やってくれるとあたし、すっごく嬉しいのだけれど」
私にとっては、あまりにとんでもないご相談なのに、チーフはなぜだか茶化すみたいに、ご冗談ぽい笑顔で迫ってきました。
「あの、えっと、モデルなんて私、まさか本気で?だって私・・・」
青天の霹靂?寝耳に水?鳩が豆鉄砲?・・・もう頭の中が大パニック。
モデルって・・・この私が?昨日見た、あんなオシャレな会場で?たくさんの人たちの前で、ランウェイを行ったり来たりするの?まさか、ムリムリムリムリ・・・絶対にあがって、つまづいて転んじゃう、それに、お話によると、アイテムはみんな、えっちなものばかりだっていうし・・・
あ、そうだ、それも確かめなきゃ!
「あ、あの、わ、私がモデルって、多分、無理だと思います。そんな度胸がないですし、そ、それに今日のイベントって・・・キ、キワドイアイテム、ばっかりなのですよね?」
申し訳ないけれどお断りする気マンマンで、チーフをすがるように見ながら早口に言いました。
「ああ、そう言えば直子は、今日本番でビックリするために、イベントアイテムの事前情報をシャットアウトしていたんだっけ。はい。これが今回の出品アイテム」
私が表紙だけしか見ないようにしてきた今日のイベントパンフレットを一冊、テーブルの上に滑らせてくださいました。
「あ、ありがとう、ございます」
チーフから目線を切り、うつむいて手に取って、恐る恐る表紙をめくりました。
1ページ目を開いた途端、心臓がドッキンと跳ね上がりました。
その、あまりにキワド過ぎる下着だか水着だかわからないアイテムの仕様に、あっという間に頬が火照り、あっという間にファッショングラスが曇りました。
ページをめくるたびに心臓がドキドキ跳ね、頬だけでなく全身まで、カッカと熱くなってきました。
ひとつひとつのアイテムをいつまでもじっくり見ていたいような、逆に、早くページをめくらなくてはいけないような・・・
絵理奈さま、こんなのを身に着けて、みなさまの前に出るはずだったんだ・・・
これだったら、いっそ全裸のままのほうが、かえって健全かも・・・
えっち過ぎ、エロ過ぎ、卑猥過ぎ・・・
そして今チーフは、私にこんなのを着てショーに出てくれない?と、ご相談されているんだ・・・
自分がイベントモデルをしているところを想像してみます。
華やかな会場、着飾った大勢の人たち、鮮やかなレッドカーペット。
その上を、キワド過ぎる衣装の数々を身に着けて、行ったり来たりする私。
シーナさまや里美さま、それにほのかさま他スタッフのかたたちという、見知ったかたたちからの視線。
その他の、全く知らないお客様の方々の視線。
更に、スタンディングキャット社の、ダンショクカの方々とは言え、男性たちからの視線。
そんな視線のシャワーを一身に浴びせられる、私のあまりに恥ずかしい姿。
そんな状況になったら、マゾな私は絶対、股間を濡らしてしまうでしょう。
世にも淫乱な露出狂のヘンタイマゾ顔を、みなさまに晒してしまうことになるでしょう。
ひょっとしたら、ランウェイを往復しているだけで、みなさまからの視線だけで、イッてしまうかもしれません。
そんなことになったら、その後、オフィスでスタッフのみなさまと、どう接すればいいの?
今後もオフィスに来るお客様がたや、スタンディングキャット社のみなさまにも、私のヘンタイ性癖が知れ渡ってしまう。
その後の私の社会人生活は、どうなってしまうの?
そんなの無理無理絶対無理、と心と頭が全力で拒んでいるのに、両内腿のあいだがジュクジュクヌルヌル潤ってくる、私のはしたないマゾマンコ。
今、ちょっと妄想しただけなのに。
「どうやらお気に召したみたいね、お顔が真っ赤よ?直子なら、着てみたいって思うのばかりだったでしょう?」
私がパンフを閉じると、すかさずチーフがお声をかけてきました。
いつの間にか私の右隣の席に移動してきていて、横からパンフに見入る私を観察されていたようです。
「あの、いえ、私が、こんなのを着て、みなさまの前に出るなんて・・・」
どうやってお断りすればいいのかわからず、駄々をこねるような言い訳しか出来ません。
「うふふ。額にじっとり汗かくほどコーフンしているクセに。素直じゃないわね」
チーフがイタズラっぽく、私の左頬をつつきました。
「いいわ。結論は急がずに、別の話をしましょう」
チーフが再び立ち上がり、今度は窓際を右へ左へ、哲学者さん歩きでゆっくり優雅に往復され始めました。
「アヤと絵理奈さんて、デキているんですって。恋人同士」
「へっ!?」
あまりに予想外な方向に話題が突然ブレたので、思わずマヌケな声が出てしまいました。
「あれ?あんまり驚かないのね?直子のことだから、えーーーーっ!?ってもっと盛大な、大げさなリアクションを期待していたのに。ひょっとして、何か、気づいていた?」
「あ、いえ、すっごく驚いています。あまりに驚いて言葉を失なってしまっただけで・・・」
そのことを知った経緯が後ろめたいので、必死に驚いているフリをしました。
「彼女をモデルに決めたのとほぼ同時だったのだって。アヤの一目惚れ。公私混同はよくないよ、ってアヤには言っちゃったけれど、絵理奈さんて、仕事はきちんとされるプロフェッショナルなことも、見ていてわかったし、そういう意味では、似た者同士のお似合いカップルとも思うかな」
「おふたりで打ち合わせとかされているときは、何て言うか、親密な感じがありましたし、おふたりともお綺麗で華がありますから、私もお似合いだと思います」
チーフにお話を合わせた訳ではなく、本心からそう思っていました。
あんな現場を盗聴してしまったおかげで、羨ましくも感じていましたし。
ただ、年上の早乙女部長さまのほうが、受け、だとは思ってもみなかったのですが。
「最近はずっとアヤんちで同棲生活だったらしい。だから今日もアヤは、絵理奈さんの隣で寝ていたの。救急車呼んだのも、手術に立ち会ったのも、全部アヤ」
「そうだったのですか」
「だからなおさら落ち込んじゃっているのよね。最愛の恋人は急病で、そのせいで自分の会社は大ピンチ。踏んだり蹴ったり。昨夜ふたりで食べたお刺身のせいかしら、とかつまらないことをいつまでもグジグジと・・・」
薄い苦笑いを浮かべつつ、そんな憎まれ口をおっしゃるチーフ。
古くからのご親友同士だからこその、辛口なのでしょう。
「絵理奈さん入院の一報を、朝の5時頃、私に電話くれたの、しどろもどろで。これから手術、っていう頃ね。あんなに取り乱したアヤなんて、長いつきあいで一度も見たことなかった」
「さっき直子には、6時頃知った、って言ったけれど、あれは横にアヤがいたから嘘ついたの。アヤもきっと、あの電話のことは思い出したくないだろうし」
「そのとき、あたしはひとり、部室で寝ていたのね。で、これは一大事だけれど、朝の5時じゃ何も出来ないでしょう?でも二度寝なんて出来るワケもないし、ひとまずシャワー浴びて、6時頃にここに来たの」
「知り合いに電話入れたり、まあ、繋がらない人が多かったけれど。中止の場合の損失計算したりね。アヤがここに来たのは8時過ぎくらいかな」
「来るなり、絵理奈さんとの関係をあたしに白状してきたの。ちょっと目がウルウルしていたけれど、泣きながらっていうほどではなかったな。手術が無事終わって、少しホッとしていたのでしょうね」
「それで、その後はふたりで対策会議。アヤは私に会う前に、モデル選びが一筋縄ではいかないことに気づいていて、さっき言った絵理奈さん似のモデルさんが在籍する事務所にも、ここから電話したの」
「それでフラれて、直子の名前が出たのが8時半くらいだったかな。でもアヤは、直子を巻き込むこと、ずっと反対していたのよ。せっかく入った優秀な社員に、エロティックな衣装のモデルを強制することなんて出来ない、って」
チーフは、そこでいったんお言葉を切り、同時に立ち止まられました。
窓からお外を眺めているようです。
「まあ、正論よね?直子の本性を知らないのだから」
お外を眺めつつそうおっしゃったチーフは、それからもしばらくお外を眺めていらっしゃいました。
私も横を向き、チーフの肩越しにお外へ視線を向けました。
どんより曇ったガラス窓を、細かい雨粒がポツポツ叩いては流れ落ちていました。
「だから、あたしも白状しちゃったの」
お外を見たままのチーフがポツリとおっしゃり、クルッとこちらを振り向いてニッと笑われました。
その笑顔は、プライベートな遊びで私に何かえっちなイタズラを仕掛けるときにお見せになる、エスの快感に身を委ねて嗜虐的になった、マゾな私が一番好きな、お姉さま、の笑顔でした。
「直子があたしのランジェリーショップに来たときの馴れ初めから、初デート、面接、このあいだの連休のことまで、何もかもね」
「公私混同って、あたしもひとのこと、言えないわね」
私の隣の席に舞い戻ったチーフが、ニコニコお顔をほころばせて、嬉しそうにおっしゃいました。
とうとう私のヘンタイ性癖が、早乙女部長さまに知られてしまった・・・
束の間、どうしていいかわからないほど、性感が昂ぶり、股間がジュンと潤みました。
そんな私におかまいなく、チーフがお話をつづけました。
「アヤも最初は驚いていたけれど、だんだんと、ああ、そういう子なんだ、っていう顔になっていったわ」
「それに、何よりも直子が、モデルやります、って言ってくれれば、イベントを中止せずに済むのだもの、デザインから完成まで、アイテムの総責任者であるアヤが嬉くないはずがないわよね」
「あたしが思うに、そろそろ潮時だったのよ、社内に直子のヘンタイ性癖をカミングアウトする」
「今回のアクシデントは、その時期が直子に来たことを知らせる、カミサマの思し召しなのかもね」
「ここでスタッフみんなに直子の本性を知ってもらえば、今後、直子だって、ここで働くのがいろいろと愉しくなるはずよ」
「直子がそういう子だってわかっていれば、みんなだって弄りやすいじゃない?うちのスタッフは、多分みんな、直子が好きそうな虐め方、上手いと思うわ。学生時代、アユミ相手にいろいろやっていたから」
「それに何よりも、このモデルの話は直子の性癖にとって魅力的でしょう?エロティックな衣装を身に纏った直子の姿を、ほとんどが見ず知らずの50人以上の人たちに視てもらえるのよ?」
「直子が夜な夜な妄想して、ノートに書き留めていたことが、現実になるのよ?直子がやりたくないなんて思う理由がないわ」
「もちろん、メイクとウイッグで、うちのスタッフ以外には、直子だとわからないようにしてあげる。あくまでもモデル、としてね。お客様にモデルが社員だったってわかっちゃうと、後々いろいろめんどくさそうだもの」
「でも、直子のからだを知っているシーナさんや里美の目は、ごまかせないかな。まあ、口止めしとけば大丈夫でしょう」
「直子がモデルをしてくれれば、みんなめでたく丸く収まるのよ。ためらう部分なんて、どこにもないと思うけどな」
チーフが立て板に水の饒舌さで、私を説得にかかってきました。
おっしゃることも、いちいちごもっともでした。
確かに私には、自分の本性を曝け出したい、という願望がありました。
早乙女部長さまが私の性癖を知った、とお聞きして、ショックな反面、部長さまは今後、私にどんなふうに接してくださるのだろう、とワクワクを感じている自分がいました。
私はやっぱり、真正のドマゾ。
虐げられたくて、自分を虐めたくて仕方ないのです。
やる、という方向にどんどん傾いていました。
「と、そういう訳で、直子の名前が出たときから、あたしは、直子なら絶対やってくれる、と思っていたの。だからあたし、あんまり焦っていないでしょう?」
「もしも・・・」
自分に踏ん切りをつけるためにも、お聞きしておきたいことがありました。
「もしも私が、それでもお断わりしてしまったら、私とチーフの関係は、そのあとどうなりますか?」
「えっ?変なこと聞くのね。別に、どうともならないわ。イベントが中止になって、うちの経済事情が悪化して、その分仕事がいっそうハードになって、今にも増して遊んであげられなくなったりはするかもしれないけれど」
「断ったことによって、直子とあたしの縁が切れるのでは、っていう意味なら、答えはノーよ。あたしはヘンタイマゾな直子も大好きだけれど、普通のときの直子も同じくらい愛しているもの」
チーフが至極真面目なお顔で、私をまっすぐに見つめておっしゃってくださいました。
それをお聞きして、私も決心がつきました。
「さあ、そろそろ結論を出しましょう。そんな感じで、経営者としてのあたしは、あくまでも直子に、お願い、しか出来ないの。ダメと言われれば仕方ないわ。あたしに運が無かっただけ」
さばさばした口調でチーフがそうおっしゃった後、フッと表情が消え、瞳を細めて、こうつづけられました。
「でも、もしもここがあたしのオフィスではなくて、うちの会社とは何の関係もない誰かのイベントでのアクシデントで、あたしが知り合いから頼まれたのだとしたら・・・」
「あたしは直子のお姉さまという立場で、おやりなさい、って一言、命令したい気分なのは確かね」
おやりなさい、のご発声が、背筋がゾクゾクっとするくらい冷たい響きでした。
「わ、わかりました。ご命令してください。会社とは関係なく、私のお姉さまのお望みとして、私にご命令ください。それが大好きなお姉さまのお望みであるのなら、私は何でも従います」
意志とは関係なく、口だけが勝手に動いている感じでした。
自分でもびっくりしていました。
でも、それが私の本心から出てきた言葉なのは確かでした。
「ふふ。いいマゾ顔だこと。そういうことで直子がいいのなら、お姉さまとして命令させてもらうことにするわね」
嗜虐的なお姉さま、のお顔でおっしゃいました。
「ここから先、イベントが終わるまで、あたしが直子に言うことは全部、会社とは関係の無い、直子のお姉さまとしての言葉、すなわち全部が直子への命令。そういうことでいいのよね?」
「・・・はい」
「それにすべて、従う覚悟があるのね?」
「・・・はい」
「嬉しいわ。良い妹を持って、あたしはシアワセものよ」
「それでは最初の命令よ。直子はモデルをやりなさい。モデルになって、ご来場のお客様がたに、直子のからだの隅々まで、存分に視姦してもらってきなさい」
「・・・はい。わかりました。やらせていただきます、お姉さま・・・」
お姉さまが右手を差し伸べてくださり、それに縋って私も立ち上がりました。
「これで、絵理奈さんの代役モデルとしての契約成立ね。それじゃあまず手始めに・・・」
相変わらずのゾクゾクくる冷たいお声で、唇の両端を少し上げて薄い笑みのようなものを作ったお姉さま。
静かに、こうつづけられました。
「着ているものをここで全部、お脱ぎなさい」
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*オートクチュールのはずなのに 41へ
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