2015年5月3日

オートクチュールのはずなのに 02

「さあ、カップを洗ってしまいましょう。うちの給湯室はね、室外にあるの。水周りもそこだから。ついてきて」
 使用済ティーカップをすべてトレイに乗せ、テーブルを拭き終えたほのかさまが、私の傍らにいらっしゃいました。
「あ、社員証ね。オフィスフロアの出入りに必要だから失くさないでね」
 テーブルの上に置かれたままの裏向きカードホルダーをみつけたほのかさまが、カードと私の顔を交互に見ています。

「さっきチーフが、履歴書の写真をスキャンして貼っておいた、なんておっしゃていたわね。見ていい?」
「あっ!それは・・・」
 動揺している私の右手がカードホルダーに届くより一瞬早く、ほのかさまの右手がカードを取り上げていました。
「なあに?写真が恥ずかしいの?確かにこの手の証明写真て、気合入れすぎて力んじゃって、変な感じで撮れちゃうことが多いのよね」
 ほのかさまがイタズラっぽく微笑んで、手に取ったカードを表向きにしようとしています。

 ああ、見られちゃう・・・
 社長室の窓際のテーブルの上で、乳首とラビアとクリトリスに繋がったチェーンをお姉さまに引っ張られながらイキまくった、はしたない私のアヘ顔写真。
 今すぐこの場から消え去りたい衝動に駆られ、晴天の青空が覗いている窓を見ました。
 あっ、でもここの窓って、開かないんだった。

「なーんだ。悪くないじゃない。これって一年位前?今よりちょっと幼い感じだけれど、それも可愛い」
 ほのかさまが社員証を手渡してくださいました。
 そこには、私が履歴書に貼った、本来の写真が付いていました。
 お姉さまが、ちっともあなたらしくないもの、とおっしゃった、今日と同じリクルートスーツ姿での証明写真。

「はい、かけてあげる。市民証も一緒に入れて、こうしておくのが基本ね」
 ほのかさまがストラップを私の首にかけてくださいました。
「だけど、出歩くときはカード部分を胸ポケットに入れるとか、いっそ外したほうがいいわ。好き好んで個人情報を見知らぬ人たちに見せびらかすことはないもの」
「大人数の会社なら、社員かお客様かわからなくなるから常にぶら下げておかなければいけないのでしょうけれど、うちは全員、顔見るだけでわかるものね」
「ただ、失くすとそれこそオフィスにさえ入れなくなっちゃうし、再発行の手続きも面倒だから、管理はしっかり、ね?」
「はぁい」
 極度の緊張状態から、盛大に安堵して、腑抜けになったような声でお答えしました。

 ほのかさまと室外の給湯室まで行き、ポットとカップを洗いながら、お客様が見えたときのお茶の出し方などのレクチャーを受けました。
 それからふたり揃って社長室へ。
 社員証を胸にぶら下げている私を見て、チーフがイタズラッ子みたく愉快そうに、唇の端を歪めました。

 でも、そこから先はずっと本気お仕事モードで、チーフとほのかさまのおふたりがかりで、私に任されるお仕事について丁寧に教えてくださいました。
 覚えなくてはいけないことが沢山。
 必死にノートをとりました。

 ただ、ほのかさまがお仕事のお電話でお席を外されたその隙に、どうにも我慢出来ず、姉さまにお尋ねしてしまいました。
「あのぅ、私の履歴書、ひょっとして早乙女部長さまにお見せになったのですか?」
 恐る恐る尋ねる私の不安気な表情が、お姉さまのツボにはまったのでしょう、唇が、うふふ、の形になるのをこらえるみたく、ワザとらしく無表情を作っておっしゃりました。

「うん。そのほうが話が早いからね。一昨日、この履歴書見せながらアヤと雅とで打ち合わせしたの」
 お姉さまのデスクの上に無造作に置かれた一枚の裏向きの書類を掴み、私の目の前でヒラヒラさせてきます。
「あ、それは・・・」
 手を伸ばす私を左腕で制し、焦らすみたいにゆっくりと、その書類を表に返しました。

「イタズラ書きする前にコピーとったのよ。わざわざ履歴書と同じような紙でね」
 してやったりの表情で、お姉さまに履歴書を手渡されました。
 私が提出したときのままのオリジナルな履歴書でした。
「直子が書き足したのはそのコピーのほう。そっちもその金庫の中に大事に保管されているけれどね。あの写真付けたままで」
 にんまり微笑まれるお姉さま。
 そのお顔は、会社のチーフとしてのオフィシャルなお顔ではなく、私だけが知っているエスっ気たっぷりなプライベートでのお姉さまの、それでした。

「だいたい、あんなふざけた履歴書をアヤに見せたら、激怒ものよ。即却下されちゃう。彼女、一見さばけているように見えるけれどシモネタ耐性は低めだから」
 再び私の手から履歴書を奪い取ったお姉さまは、ご自分のデスクの抽斗にそれをしまいながらつづけました。
「それに、そういうのって、周りがだんだんわかってくるほうが愉しいじゃない?まさか、こんな子だったなんて、って」
「うちに勤めて、直子が自分のえっちな嗜好をずっと隠し通せるなんて、あたしはこれっぽっちも思っていないの」
 お姉さまが立ち上がり、エスの瞳で私を見つめてきます。

「うちはエロティックなアイテムも少なからず扱っているから、そういうのに接したときの直子の反応が凄く愉しみ」
「うちのスタッフもそのへんの嗅覚は鋭いからね。遅かれ早かれ直子の恥ずかしい性癖が全員に知れ渡るときが来るはずよ。ちょうど、あたしと直子があの試着室の中で、だんだんとお互いを知っていったようにね」
「それで何が起こるか、が、あたしにとって一番愉しみなことなの」
 ゾクッとするほど艶っぽく微笑むお姉さま。

「だからまずは、仕事を普通にこなせるように一生懸命頑張ること。仕事も一人前に出来ないような人には、愉しむ権利なんてないから」
「しばらく見てみて、使えないなと思ったら即クビよ。あたしの性格から言って、そういう人には個人的な興味も薄れちゃうから、おつきあいもご破算、ジエンド。いい?わかった?」
「はいっ!一生懸命がんばりますっ!」
 おっしゃっている最中に、お姉さまのお顔がプライベートからオフィシャルなチーフのお顔に変わっていき、最後の、わかった?は、取り付く島も無いほどの冷たさ。
 それだけはイヤ、と思った私は、背筋をピンと伸ばし、心の底からお答えしました。

「お待たせしましたー」
 ちょうどそのとき、お電話を終えたほのかさまが社長室に戻っていらっしゃいました。
「あら、おふたりともなんだか怖いお顔されて。何かありました?」
 ほのかさまがチーフと私を交互に見て、少し戸惑ったご様子。
「ううん。森下さんにちょっと、社会人の心得みたいなものを説明していただけ。森下さんもがんばるって張り切っているから、たまほのも指導、よろしくね」
「あ、はい。わたしも早く直子さんに引き継いでもらって、営業のお仕事に力を入れたいですから」
 ほのかさまがはんなりと微笑まれ、その場の空気が和らぎました。

 それからしばらく、慌しい日々がつづきました。
 私に任されたお仕事は、事務職全般、メインはお金の管理でした。
 もちろんお金そのものではなく、その流れの管理って言うのかな。
 仕入れと納品の出納、送られてくる請求書、小口現金、ネット通販の売上げ、エトセトラ・・・
 ありとあらゆるお金の流れをパソコンで管理し、その数字を日々チーフと部長おふたりにメールでご報告することでした。
 それに加えて、郵便物の仕分け、ご来客の対応、お電話取次ぎ、お買い物のお使い・・・
 ほのかさまのご指導の下、チーフから見捨てられないよう、必死でがんばりました。

 覚えることが多すぎて、頭の中では桁数の大きな数字と計算式とアパレル業界用語がおしくらまんじゅう。
 家に帰っても、ほのかさまからお借りした本で勉強しなければいけないことが多く、本当に大変でした。
 そんな感じでも一週間が過ぎた頃から、ようやく周りにも目を遣る余裕が少しづつ出てきました。

 間宮雅営業部長さまは、初出勤から3日目の月曜日、朝のミーティングのときに初お目見えしました。
 第一印象は、本当に格好いい人。
 デヴィッドボウイさん、という先入観もあったせいで中性的な二枚目イメージを思い描いていたのですが、実際にお会いしたら、ぜんぜん違っていました。

 襟足長めのウルフカットに細面の端正なお顔立ち、背もスタッフの中でもっとも高く、長いおみあしにパンツスーツがスラリと似合って、と、見た目は某歌劇団の男装の麗人そのものなのですが、とても人懐っこいご性格のよう。

「あなたが森下のナオちゃん?へー、カッワイイねえ。写真よりぜんぜん可愛いじゃん」
 私を見ての第一声が、これでした。
 そしてその後、立ち上がって自己紹介しようとした私の傍らにいらっしゃり、先に自己紹介してくださいました。

「営業の間宮雅です。ナオちゃんみたいに可愛い子が我が社に加わってくれるのは大歓迎。よろしくね」
 間髪をいれず、そのしなやかで長い両腕が伸びてきて、ギュッとハグされちゃいました。
 スタッフのみなさま全員が見ているその目の前で。
 ひたすらびっくりしている私の鎖骨の下辺りに、間宮部長のシルクのブラウス越しの、そのしなやかな体躯にしては意外に豊かなバストの感触がありました。

 そんな間宮部長は、ほとんどオフィスにいらっしゃることは無く、毎日どこかへ出かけれられていました。
 全スタッフの業務スケジュール、ご自身の出張やご来客の予定などは、決まり次第逐一私宛てにメールや口頭で連絡が入り、それを私がスケジュール表としてまとめ、会社のSNSみたいな場所にアップ、更新することになっていました。
 そこにアクセスすれば、いつ誰がどこにいるのか、いつ誰が来社するのか、が一目でわかる仕組みです。
 間宮部長のスケジュール表は、3ヶ月先くらいまで、お取引先や仕入先、顧客様のお名前と共に日本全国、いいえ、アジア諸国やヨーロッパをも含めた地名であらかた埋まっていました。

 これはチーフも同じことで、チーフのスケジュールも、海外を含めた広範囲のご予定が、ずいぶん先まで書き込まれていました。
 したがってこのおふたりは、たとえ朝出社されてもずっとオフィスにいらっしゃることはまず無くて、そのまま数日お顔が見れない、なんてこともままありました。

 反対にずっとオフィスに入り浸りなのは、開発部のヴィヴィアンガールズコンビ、リンコさまとミサキさま。
 このおふたりは、ほとんどずっと開発のお部屋に篭りきりで、おふたりで何かされているようでした。
 チーフから、開発のお部屋には立ち入り禁止と言い渡されていたので、入ってみたことが無い分、内部への好奇心も湧きました。

 早乙女部長さまは、オフィスを出たり入ったり。
 オフィスにいらっしゃるときの、そのほとんどの時間は、ご来客のお相手かお電話に費やされていました。
 たまに開発室の中にも入られて、長いあいだ出てこないこともあります。
 いつも品の良いエレガントな感じのスーツ姿で、テキパキと優雅に業務をこなされていました。

 ほのかさまとは、初出勤から三日間くらい、ずっと一緒に行動を共にしたので、すっかり打ち解けていました。
 ほのかさまからの業務引継ぎのご説明はとてもわかりやすく、何のためにそれをやるのか、なぜそうするのか、間違うとどんなリスクがあるのか、まで丁寧に教えてくださるので、飲み込みの遅い私でも、与えられたお仕事のノウハウをひとつひとつ着実に身に付けることが出来ました。

 ランチタイムは、ほのかさまと一緒に社長室や応接で、それぞれ持参のお弁当を食べました。
 最初のうちは、オフィスビル市民専用の合同社員食堂?や階下のレストラン街に連れて行ってくださいました。
 もの珍しさも手伝ってワクワクもしていたのですが、やっぱりお昼時はどこも混んでいますし、それに外食のランチだと私には量が多すぎる感じでした。
 外食慣れしていない私が思い切ってそのことをほのかさまに告げると、ほのかさまはほのかさまで私に気を遣っていたらしく、それまでずっとお弁当持参だったのを、新社会人なら、そういうのにも憧れているだろうと思い、無理して外食に誘ってくださっていたのでした。

「わたしも実はあんまり、お昼時の外食は好きではないの。量が多いし、がやがやしているし」
 というわけで、私とほのかさまはお弁当仲間となり、私は毎朝のサンドイッチ作りが楽しみのひとつとなりました。

「このビルの隣に公園があるでしょう?あの公園にはね、人懐っこい野良ネコがいっぱいいるの。お弁当食べていると寄ってくるのよ。あ、直子さんはネコ好き?」
「はい、大好きです。飼ったことはないけれど」
「よかった。今日はそこでお昼にしない?」

 お勤めを始めて2回目の週末、きれいに晴れ上がったポカポカ陽気のお昼時、ほのかさまに誘われて初めての屋外ランチタイム。
 公園には、あちこちにお弁当をまったりつつく、OLさんやサラリーマンさんたち。
 そのあいだをウロウロする10匹以上のネコさんたち。
 私たちも空いているベンチに腰を下ろし、お弁当を広げました。

「直子さんもだいぶ慣れてきたみたいよね。どう?うちの会社」
 ほのかさまのお弁当はいつも、ちっちゃくてオカズぎっしり、ご飯少な目。
 オカズは和風なものが多く、ひじきとかおひたしとか和え物とか、愛らしい見た目に似合わず渋い感じでした。
「わたし、濃い味の食べ物ってだめなの。すぐお腹いっぱいになっちゃって」
 可愛らしくおっしゃるほのかさまに、こういうかたこそ本物のお嬢様なのかもしれないな、なんて思いました。

「慣れたなんて・・・まだまだです。みなさんおやさしいし、親切に良くしてくださるので、一日も早く追いつきたいです」
「ううん。直子さんはよくやっているわよ。昨日も早乙女部長が褒めていたの、直子さんが作った試算表見て」
「本当ですか!?それは嬉しいけれど、あのかた、ちょっと怖いですよね?いつも冷静で、あまり笑われないみたいだし」

「そう?お話してみるとけっこう楽しいかたなのだけれど。でも確かに、仕事には厳しいわね」
「はい!このあいだなんかお電話で、どれだけ時間がかかったかは、こちらの問題ではありません。結果が出せないのであれば、他を当たるしかありませんね。なんて、平然とおっしゃっていました」
「ふふ。あのかたらしい言い方だわ」
「それも、別に怒っているふうではなくて、さも当然、ていう感じだったんです。私、それを聞きながら、このかた、怖いなーって」

 お答えしながら、ほのかさまがなぜ私をお外へ誘ってくださったのか、わかったような気がしました。
 私のガス抜きをしてくださっているんだ。
 オフィス内ではこんなお話、出来ませんから。

「間宮部長は?」
「あのかたも、つかみどころのないかたですよね。すごくお優しいのだけれど、接し方が独特と言うか・・・」
 めったにお会い出来ない間宮部長さまには、初顔合わせのあと2回だけ出勤され、そのたびに私に抱きついてきてペタペタ触られていました。
 あーいい匂い、気持ちいいなー、とかおっしゃりながら。

「あのかたは、誰にでもあんななのですか?その、ボディコンタクトと言うか、スキンシップと言うか・・・」
「そうね、誰にでも、ということはないわ。そういう意味で直子さんは好かれちゃったみたいね」
 なぜだか嬉しそうに、ほのかさまが微笑まれました。
「あのかた基本、博愛主義者だから」
 お弁当を食べ終わったほのかさまが、足元でうずくまる黒ぶちネコさんの背中をやさしく撫ぜながらおっしゃいました。

 そう言えばチーフは、間宮部長さまとほのかさまが惹かれあっているようなことをおっしゃっていたっけ。
 そうすると私は、あまり間宮部長さまに馴れ馴れしくしてはいけないのかも。

「開発のおふたりとは、すっかり仲良くなれたみたいね?」
「はい。アニメのお話で気が合ったので。今度コスプレ衣装も作ってくださるって。たまに息抜きしたくなると、社長室へもおふたりで遊びにいらっしゃいます」
「へー。わたしも直子さんに教えてもらって、アニメ仲間に入れてもらおうかしら。シャイな美咲さんのほうとは、未だにあまりお話したことないから」
「はい。いつでもおっしゃってください。ミサキさんも、好きな作品のお話になると、かなりおしゃべりになりますよ」

 そんなこんなで、初出勤から2週間を過ぎた頃には、ほのかさまのお手を煩わせなくても、どうにかひとりで業務がこなせるようになっていました。
 それと同時に、それまでムラムラのムの字さえ感じる暇も無かった緊張感が、ゆっくりと解けていくのがわかりました。
 考えてみればそのあいだ、お姉さまとのイチャイチャはおろか、オナニーさえ一度もしていませんでした。
 そんなこと、東京に出てきて以来、初めてのことでした。

 お姉さまがおっしゃった通り、この会社が扱っているアイテムの中には、私のえっちな妄想を駆り立てるエロティックなアイテムがけっこうありました。
 ボディコンシャスなドレス、ローライズジーンズ、マイクロビキニの水着、シースルーの下着、キャットスーツ、ヌーディティジュエリー・・・
 そういうものを目にするたびに、お姉さまが冷たい瞳で言い放った、ジエンド、というお言葉を思い出し、気を抜けば広がり始めるえっちな妄想を必死にシャットアウトしてきました。

 そんな我慢もそろそろ限界に達しそうな頃、世間は春の大型連休を迎えようとしていました。


オートクチュールのはずなのに 03


2015年4月26日

オートクチュールのはずなのに 01

 お姉さまの会社に伺ってえっちな面接ごっこをした翌週、お約束通りにご連絡をいただき、その週の木曜日からお世話になることになりました。

 木曜日の午前10時前、一階のエレベーターホールでお姉さまと待ち合わせ。
「うちは服装自由だけれど、せっかくの新入社員なのだから初々しい感じで、しばらくリクルートスーツで来るっていうのはどう?」
 お電話越しにイタズラっぽいお声でのお姉さまからのリクエストにお応えして、就職活動時期に着ていた黒のリクルートスーツに身を包み、待ち合わせ時間の10分前にはオフィスビルに到着しました。

 土曜日に訪れたときとは打って変わって、スーツ姿の男性やOLさんたちがたくさん、忙しく行き交っています。
 普段穿き慣れていないパンティストッキングの圧迫感とも相俟って、なんだか不安ばかりが増してきます。
 私、お姉さまのご期待通り、ちゃんとお仕事が出来るだろうか・・・

 目の前をさまざまな人たちが通り過ぎていきます。
 溌剌とした人、憂鬱そうな人、だらけている人、怒っているみたいな人・・・
 エレベーターホールの隅でじっとひとり立ち尽くしていると、お電話の切り際にお姉さまから釘を刺されたことを思い出しました。

「それと、このあいだのことは超特別な例外的事例だからね?会社は仕事をするところ。社員になったら、オフィスでヘンなことしたい、なんてくれぐれも考えないで、ひたすら仕事だけがんばること」
 大丈夫です、お姉さま。
 私にそんな余裕なんて、当分生まれそうにありません。

「ずいぶん緊張しているみたいね?」
 エレベーターから降りてきたお姉さまにお声をかけられました。
「あっ、お姉・・・」
 いつもの調子でお答えしようとしてお姉さまのお顔を見た途端、あわててつづきの言葉を飲み込んだ私。

 プライベートのときとは明らかに違う、キリッと引き締まったご様子のお姉さまに、ドギマギしつつ深々とお辞儀をしました。
 何て言うのか、真剣に働いている大人の女性オーラ、みたいなもので、お姉さまがいつもの何倍も眩しくカッコ良く見えたのでした。

「やっぱりリクルートスーツって独特よね。着馴れていないのがすぐわかって、思わず、がんばって、って応援したくなっちゃう」
 そんなお姉さまは、メンズっぽいシンプルな白シャツブラウスにグレーのパンツ。
 広めに開けた胸元から覗く白い肌が超セクシーです。

「うちのスタッフはみんな気さくだから、そんなに身構える必要は無いのよ?」
「あ、はい・・・」
 お姉さまの物腰もなんとなくよそよそしい感じがして、いつものように気安く、でも、だって、ってお答えすることが出来ません。
 エレベーター内でもふたりきりでしたが、それ以上の会話は無く、直通で目的のフロアに着きました。

「あなたはあそこの応接で座って待っていて。区切りのいいところで、皆に紹介するから」
 オフィスに入ったところで、お姉さまはそう言い残し、スタスタとご自分のお部屋のほうへと向かわれてしまいました。

「お邪魔しまーす」
 入口から応接ルームへ向かうあいだに、オフィス内の様子をそっと窺がいました。
 お部屋の奥の大きめのデスクにおひとり、パソコンのモニターを見つめている後姿の女性しか、人はいないようでした。
 クラシックのピアノ曲、これは確かプーランク、が優雅に低く流れています。

「失礼しまーす」
 無人の応接ルームに入ってドアを閉じ、さて勝手に座っちゃってもいいものか、と迷っていると、コンコンとノックが聞こえました。
「あ、はいっ!」
 いったん座りかけた椅子を大あわてで戻し、直立不動になりました。
「失礼しまーす。こんにちはー」
 ティーポットとティーカップの載ったトレイを手にしたスラッとした女性が、にこやかに入ってきました。

「あなたが森下直子さんね?」
「はいっ」
「あ、どうぞお掛けになって。すぐにチーフたちも来ると思うので」
 おっしゃりながら優雅な手つきで、次々にティーカップを満たしていきます。
 
 私より少し背が高く、それなのに私よりも腕も脚も細くてしなやか、全体的にすごくスラッとされているスレンダー美人さん。
 土曜日に写真で拝見した、愛称たまほのさん、ってすぐわかりました。
 写真でもお綺麗でしたが、実際はその数十倍、お綺麗です。

 八人くらい掛けられそうな楕円形の応接テーブルの、窓を背にした真ん中の席を勧められ、ご自分は私の隣に、チョコンという感じで軽く腰掛けました。
「はじめまして。わたしは玉置穂花。あなたがわたしのお仕事を引き継いでくれるのよね?」
「あ、はい、はじめまして。えっと、あの、チーフさま、あ、いえ、チーフから、そのように承っておりますが・・・」
 緊張し過ぎてしどろもどろな私。

「これから引継ぎで、当分のあいだご一緒することも多いと思うから、よろしくね」
 はんなりした笑みで真横から見つめられ、胸がドキンドキン。
「はいっ!こちらこそよろしくおねがいしまっす」
 大げさなお辞儀と共に、ヘンに力が入った声でのお答えになってしまいました。
 
 その様子を苦笑まじりのおやさしげなまなざしで見守ってくださる玉置穂花さま。
 シンプルな白いカットソーにピンクのカーディガンを羽織り、ボトムも茶色のコットンパンツっていういたってラフないでたちなのに、動作や物腰に品があって、すごく優雅に見えます。

「森下さんは、今年新卒なの?」
「あ、はい、一応」
「四大?」
「いえ、短大です」
「そっか。わたしも新卒でここに来て一年だけれど、四大だったから年齢的には少し差があるのね」
 ちょっぴり残念そうに首を傾げられると、柔らかそうな巻き毛がふうわりと揺れました。

「あなたのこと、直子さんて呼んでいい?うちの会社ではみんな、下の名前で呼び合うのが普通だから。もちろん身内のあいだでだけだけれど」
「あ、はい、もちろんです。呼び捨てだってかまいません、みなさま先輩ですから」
「うーん。わたし個人的には、そのセンパイっていう呼び方はしないで欲しいの。学生の頃はかまわなかったけれど、社会人になって、部活一緒だった年下の子たちからセンパイって呼ばれると、わたしのほうが年上、っていちいち指摘されているように感じちゃってなんだか落ち着かないの」
「ヘンに思うでしょう?事実なのにね」
 いたずらっぽく微笑みながら、私の目をじっと見つめてきます。

「いえ、ぜんぜんヘンじゃないと思います。でしたら私、絶対センパイは付けません」
 こんなに魅力的な人がイヤがっていることなんて、私に出来るはずがありません。
「わたしのことは、たまほのとかたまちゃんとかほのかとか、みんな好きに呼んでいるから、直子さんも、気に入ったのを使えばいいわ」
「では私は、ほのかさんて呼ばせていただきます。これからもよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくね、直子さん」
 すごくチャーミングな笑顔で差し出された右手におずおずと自分の右手を差し出しながら、心の中では、ほのかさま、とお呼びすることに決めました。

「お待たせー」
 ほのかさまとの固い握手の手が離れたとき、ノックも無しに応接のドアがいきなり開き、お姉さまを筆頭にゾロゾロと女性たちがお部屋に入ってこられました。
 ほのかさまがさりげなくお席を立つのを見て、私もあわてて立ち上がりました。

「紹介するわね。こちらが開発部部長の早乙女綾音。それと開発部スタッフの大沢凜子と小森美咲。あ、たまほのとはもう自己紹介済んだみたいね」
「それで、あちらが今日から我が社に加わる期待の新人、森下直子さんよ」
 ざっくばらんなご紹介の後、お姉さまにまっすぐ指をさされ、腰を直角に折るくらいの大げさお辞儀。
「森下直子です。未熟者ですが、みなさまよろしくお願いいたします」
「まあ、立ち話もなんだから、座りましょう」
 お姉さま、いえ、チーフの一言で、みなさま席にお着きになりました。

 私の斜め右前にチーフ。
 そのお隣、つまり私の真正面に、早乙女部長さま。
 そのお隣にスタッフのおふたりが座り、ほのかさまは私の隣に残ってくださいました。
「あともうひとり、営業部長がいるのだけれど、昨日から出張で出社するのは来週月曜だから、そのときあらためて紹介するわね」
 チーフが私を見ながら教えてくださいました。
 そっか、デヴィッドボウイさまは、今日はご不在なんだ。

「はじめまして。この会社の企画・開発部門を担当している部長の早乙女です」
 あらためてご挨拶くださる部長さま。
 見れば見るほどお美しいかたでした。

 肩から袖がシースルーになったスクープネックの黒いシフォンブラウスにウエーブヘアがふわりとかかり、ツンと通った鼻筋とキュッと締まった理知的なお口元が高貴な雰囲気さえ醸し出して、女優さんよ、って言われれば、やっぱりそうですよね、って迷うことなくお返事しちゃいそうなほど。

「そして、こちらのふたりが、わたくしの優秀なスタッフ、大沢凜子さんと小森美咲さんコンビ」
 早乙女部長さまに促されて、部長さまの左隣の女性が会釈してくださいました。

「大沢です。主にパターン関係、デザイン画とか造形全般を担当してます。よろしくね」
 ベリーショートのボーイッシュなネコさん顔、という印象は写真と同じでしたが、こちらも実物は数段チャーミング。
 ヨーロッパの名門少年合唱団とかにひとりはいそうな、おめめクリクリのソプラノ美少年、みたいなキュートなお顔です。
 ボートネックでゆったりしたネイビーの長袖ロングTシャツ姿で、胸元に小さな音楽プレイヤーをチェーンでぶら下げています。
 あまり目立たないバスト部分に布地が当たると、うっすら突起が出来るので、確かにノーブラみたいです。

「小森美咲。担当はコンピューター関係全般。よろしく・・・」
 こちらは人見知りさんのようで、うつむきがちの小さなお声でした。
 立ち襟フリルのロリータな純白ブラウスが絵に描いたようにお似合いな幼顔ながら、フリルのラインが大げさにカーブしちゃうほどバーンと張り出したバストとの、見事なアンバランスさがコケティッシュ。
 上目遣いにじーっと見つめられると、そのあどけない可愛さになんだかドギマギしてしまいます。

「それで、森下さんは、幼稚園教諭が志望だったのよね?免許もちゃんと学校で取って。なぜやめたのかしら?」
 先ほどから私の顔と上半身をじっと交互に見つめていた早乙女部長さまが、世間話でもするような自然な感じで、投げかけてきました。
 どうやらここからは、私への質問タイムのようです。
 そんなこともあるかもしれないと思い、お家でシミュレーションはしてきました。

「あ、えっと、それは、何て言うか、よそさまのお子様をお預かりする、という責任の重さに怖気づいてしまった、と言うか・・・」
「なるほど。ちっちゃい子の相手って大変だし、最近は口うるさい保護者も増えているらしいからね。内定は、あ、幼稚園の場合内定ってあるのかは知らないけれど、そういうのはあったの?」
「はい。実習もして試験も受けて、来てくださいっておっしゃっていただいた園はあったのですが、ずいぶん悩んでお断りしました」

「あらもったいない」
 部長さまがポツリとおっしゃり、周りの方々が一斉にクスッと笑われました。
「でもまあ、それだけ真剣に考えた、っていうことなのね。お顔が真っ赤で暑そうだから、上着取ったほうが良いのではなくて?」
 部長さまのお言葉に、ほのかさまがさっと立ち上がり、ほどなくハンガーを持ってきてくださいました。
「あ、ありがとうございます」
 私も立ち上がり、大急ぎでスーツのジャケットを脱ぎました。

「森下さんて、クラシックバレエがご趣味なのよね?立ち上がったついでに、ちょっとその場でクルッと回ってみせてくれるかしら。その靴ではポワントは無理でしょうから、そのへんは適当でいいから」
 私の全身をじーっと見つめてくる部長さまに、お姉さまがおっしゃっていた、着衣でも見ただけでその人の身体サイズを把握してしまう、という、部長さまの神業のことを思い出していました。

 テーブルから離れて充分なスペースを確保し、ドゥミポワントで膝と背筋を伸ばしてからグランフェッテぽく、クルリと回ってみました。
 みなさまが、おおっ、って小さくどよめかれます。
 ペコリとお辞儀して自分の席に戻りました。
 おそらく今の一連の動作で、私のスリーサイズから体重や股下の長さまで、部長さまに全部把握されてしまったことでしょう。

「森下さんはその他にも、英検とか簿記とか、いろいろ使えそうな特技を持っていらっしゃるようだから、頼もしいわ。ぜひともこの会社のために、がんばってください」
 部長さまの表情が和らぎ、初めて笑顔らしきものを見せてくださいました。
 ホッとする反面、私にとっては恐ろしすぎる、とある懸念が脳裏に浮上していました。
 ひょっとしたら部長さまは、私の、あの履歴書、をご覧になったのではないか、チーフがお見せしてしまったのではないか、という懸念。

 今までのご質問で、事前にチーフから部長さまへ、私についての何らかのご報告があったであろうことは推察出来ました。
 でも先ほど、いろいろ使えそうな特技、とおっしゃったときの部長さまの口ぶりに、見透かしているような、すべて知っているのよ的なニュアンスが含まれているように、感じられたのです。
 
 まさか・・・
 思わずチーフのほうを見ると、チーフ、いえ、私のイタズラ好きでイジワルなお姉さまは、薄い笑みを唇にたたえ、目を細めて愉しそうに私を見ていました。

「そう言えば森下さんがうちにいらしたのは、シーナさんからのご紹介なのよね?シーナさんとはどういうご関係なのかしら?」
 一度懸念を抱いてしまった私の耳には、部長さまからのご質問すべてがもはや、何かしらの意図があってのものなのではないか、と勘ぐってしまいます。

 シーナさま、この会社とも少なくないおつきあいがあるらしいけれど、スタッフのみなさまは、どのくらいシーナさまのことをご存知なのだろう?
 シーナさまって、ご自分の嗜好を誰にでもあけすけにお見せ出来ちゃうタイプみたいだから、ここでも有名だったりしたら・・・
 あのシーナさまからの紹介なら、きっと子飼いのマゾドレイのひとりに決まっているって、最初からみなさまにバレバレだったりして・・・
 急激に高まってきたドキドキでよく働かない頭を無理矢理動かし、一生懸命無難なお答えを探しました。

「あの・・・地元が同じで、地元に居た頃からいろいろとよくしていただいていて・・・」
 捉えようによっては、そんな頃からシーナさまにいろいろされていたことを自白しているような言い方になってしまいました。
 本格的にいろいろされたのは、東京に出てきてからなのに・・・

「ああ、なるほどね。あのかた、面倒見が良いかただから。うちも、彼女から良い仕入先を教えていただいたり、腕の良い工房を紹介してくださったり、ずいぶん助けていただているの」
 部長さまの普通なリアクションにも、もはや心底安心出来ない私の懸念。

「それと森下さんには、リンコたちが大好きなアニメやマンガのご趣味もあるの。コスプレもされるみたいだし。あなたたちは、そのへんから仲良くなるといいのではないかしら」
 部長さまがスタッフのおふたりに向けておっしゃいました。
「へー、そうなんだ。ねえねえ、何のコスプレしたの?今シーズンのアニメは何チェックしている?」
 大きな瞳をキラキラさせて、ボーイッシュ美少女の大沢凜子さまが、部長さまのふった話題に即座に飛びついてきました。

 パン!パン!
 それまでずっと黙って微笑んでいたチーフが、びっくりするほど小気味の良い高音の拍手をふたつ。

「はいはいはい。そういう個人的友好は仕事が終わってからゆっくりやってね。とりあえず森下さんとの顔合わせはこんなところでいいわね。各自、仕事に戻って、今日も一日がんばりましょう」
 チーフの鶴の一声でみなさま、がたがたと席をお立ちになります。
 大沢凜子さまは去り際に、あとでゆっくりねー、とおっしゃって私に手を振ってくださいました。
 その陰に隠れるようにして、小森美咲さまの右手も小さく揺れていました。

 応接ルームに残ったのは、私とチーフとほのかさま。
 チーフが私の正面にいらして、何か差し出してきました。
「はい。まずこれが、このオフィスのカードキー。使い方は後で説明します。こっちは、このビルで働いている人全員に配られる市民証。これを提示すれば、上の水族館や展望台が半額になったり、レストラン街で割引があったりの優れもの」

 目の前に定期券大の2枚のカードが置かれました。
「あ、はい。ありがとうございます・・・」
 そのカードを手に取って、しげしげと見つめました。
 だけど私の目には、何も見えていませんでした。
 頭の中は、お姉さまに今すぐ投げかけたい、ひとつの疑問だけでいっぱいになっていました。
 あの履歴書を部長さまに、お見せになったのですか?という。

「それから・・・」
 お言葉を区切ったチーフが、私をしばらくじっと見つめ、愉しそうにニッと笑いかけてきました。
 私もすがるように、チーフを見つめ返します。
「これが、森下さんの社員証ね。IDカード」
 首から提げる用のストラップが付いたカードホルダーが、テーブルの上に裏向きで置かれました。
 見えているのは裏側ですから、もちろん真っ白。

「顔写真は、先日預かった、履歴書の写真をスキャンして、勝手に、貼っておいたから」
 ワザとのように、ゆっくりハッキリ区切るようにおっしゃって、意味ありげに私を見つめ、再びニッと笑うチーフ。
 私は、チーフのお口から、履歴書、という単語が出たときにズキンと鼓動が跳ね、それからは早鐘のよう。
 意味も無く辺りをキョロキョロ見回すと、ほのかさまがテキパキとテーブルに残されたティーカップを片付けられています。

「森下さんは、たまほのの後片付けの手伝いをして、終わったらふたりであたしの部屋にきてください。あ、それと、これからは来客のお茶の用意は、森下さんの仕事となりますから」
「はいっ」
「はいっ」
 ほのかさまに一呼吸遅れて、なんとかお返事は出来ました。
 チーフが満足そうにうなずいて、スタスタと応接ルームをあとにしました。

 大きなテーブルの上にポツンと置かれた、裏向きの社員証。
 私は、どうしてもそれに、手を伸ばすことが出来ないでいました。


オートクチュールのはずなのに 02


2015年4月19日

面接ごっこは窓際で 10

 ハンガーに掛かったまま手渡されたのは、シックなワインレッド色のロングカーディガンでした。
 ふうわりとしたルーズなシルエットで、たぶんウールかな。
 太めの毛糸をざっくり手編みした感じが、とても素敵でした。

「昨シーズン、けっこう出た人気アイテムよ。これは素材を選ぶために作らせた試作品でウールだけれど、製品版はコットンになったの。クリーニングがラクだからね」」
「これ羽織っておけば監視カメラも問題ないでしょう?直子の大好きな裸コートのニット版よ。着てみて」
 お姉さまに促され、カーディガンを注意深くハンガーからはずし、袖に腕を通しました。

 丈は膝上5センチくらい、袖も一折すれば問題ありません。
 でも、それ以外は問題山積みでした。

 前合わせがおへそのちょっと上くらいの、かなり深めなVネックなので、胸元がほとんどはだけて覗いてしまいます。
 ボタンはふたつ、おへその少し上と腿の付け根あたり、だけ。
 透かし編み、と言うのでしょうか、隙間を多用したざっくりした編み方なので、全体にそこはかとなくシースルーな感じ。
 その上、ルーズフィットなだぶっとしたつくりなので、少しからだを屈めただけで生地と素肌に大きく隙間が出来、胸元からおっぱいが丸見えになってしまいます。

「あの、お姉さま、これ、少し私には大きいような・・・」
「あら、いい感じよ。甘えんぼ袖でかわいいじゃない」
「それに、胸元が開きすぎでは・・・」
「だってカーディガンって、本来何か着ている上に羽織るものだもの、仕方ないわ。チェーンネックレスが胸元を飾っているから、それはそれでセクシーな感じになっているわよ」
 確かに首からかけたチェーンが胸の谷間で三方に分かれ、左右の乳首へと繋がっているであろうことまでバッチリ丸わかりでした。

「安心なさい、ボタンは留めちゃダメ、なんてイジワルは言わないから。さ、行きましょう」
 ロッカーを閉じ、バーキンを肩に提げてモップ片手のお姉さまが、ツカツカとドアに向かいます。
 私もあわててショートジャケットとハンドバッグをショッパーに押し込み、もう片方の手に重いバケツを持って、お姉さまの後を追いました。
 からだを動かすと裏地が肌に擦れ、ウールのチクチクが尖った乳首を挑発してきて私はモヤモヤ。
 股下以降ボタンが無いスリット状態な裾は、歩くたびに大きく割れ、太股から付け根まで、大胆にキワドク覗いてしまいます。

「あっ!いっけなーい!」
 オフィスの電気を全部消して、あとは廊下に出るだけ、とドアノブに手をかけたお姉さまが、真っ暗な中で小さく叫びました。
「えっ!?」

「直子の履歴書、あたしの机の上に出しっ放しだったわ」
「えーーーっ!?」
「あたし、出張から帰るの火曜日の予定だから、そのあいだずっと置きっ放しになっちゃうわね」
「あの、そのあいだに誰か社長室に入ったりはしないのですか?」
 焦ってお姉さまに尋ねました。

「もちろん入るわよ。今はたまほのがあたしの仕事の補佐だから、あたしの代わりにね」
 何言っているの、この子は?みたいなニュアンスの笑いを含んだお声が、暗闇から聞こえました。
「でも、たまほのなら気を利かせて、黙って机の抽斗にでもしまってくれるだろうから、まっ、いっか?」

「いくないですっ!!」
 お姉さまの語尾が消えないうちに、覆いかぶせるように抗議の声をあげました。
 私のイキ顔が添付された、あんな破廉恥な履歴書を早々と社員のかたに見られちゃったら、私はどんな顔をして初出勤すればいいのでしょう。

「あんな履歴書、早くどっかにしまっちゃってください!いえ、会社に置いておかないで、お姉さまがお家へ持って帰ってください!」
 お姉さまとの面接ごっこで自分の恥ずかしい性癖をひとつひとつ、自筆で書き加えさせられたときの恥辱感が全身によみがえり、いてもたってもいられなくなって、強い調子で抗議してしまいました。
「おー怖い。でも直子って、怒ったときさえマゾっぽい感じなのね。嗜虐心をくすぐるって言うか。あたし、そういうのも好きよ」
 余裕のお姉さまが再び灯りを点けました。

「わかったわ。そんなに言うならしまってくる。可愛いスールからの切羽詰ったお願いだもの」
 社長室に向かうお姉さまを、私も追いかけます。
「でもね、社員の履歴書を持って帰ることは出来ない決まりなの。社外秘書類は持出禁止。これは会社のルールだから」

 ご自分のデスクの上に無造作に置いてあった履歴書をつまみ上げ、一瞥してからクスッと笑い、たくさんある抽斗のひとつに、これまた無造作に放り入れました。
「今は金庫の鍵持っていないから、とりあえずね。大丈夫よ。たまほのはこの抽斗、絶対に開けることはないから」

「あの・・・もしも社員のかたが、私の履歴書を見たい、っておっしゃってきたら、お姉さま、あ、いえ、チーフは、お見せになるおつもりですか?」
「そうねえ・・・取締役のアヤか雅が見たいって言ってきたら、断る理由は無いわね。もっとも今までそんなこと、ふたりとも言ってきたこと一度もないけれど」
 とりあえず少しだけホッとする私。
 だけど私のあの破廉恥な履歴書は、この会社の正式な社外秘書類になってしまったようでした。

 なんとなくモヤモヤしたままオフィスを出て、給湯室に用具を戻し、片手が空くとすぐにその手でカーディガンの大きく開いているVゾーンの襟端を両方握って隠しました。
 そのままエレベーターホールへ向かいます。

「こうしてあらためてよく見ると、全体にけっこう透けるのね、それ。でも色っぽくて、いい感じよ」
 お姉さまが私を振り返り、しげしげと見ながらおっしゃいました。
 手をどけなさいって叱られるかな、と思ったのですが、胸元Vゾーンを隠していることについては、とくに何も触れられませんでした。

 エレベーターの箱はみんな一階で待機しているようでした。
 お姉さまが呼び出しボタンを押し、やって来るのを黙って待ちます。
 ここには監視カメラがあるはずなので、お姉さまの陰に寄り添うようにくっつきました。

 やがて1基のエレベーターがやって来て、扉が開きました。
 正面に大きな鏡。
 そこに映った自分の姿に思わず息を呑みました。

 エレベーター内の明るい光に照らし出されたワインレッド色のストンとしたシルエット。
 その内側に私のからだのライン全体がハッキリわかるほど、白くクッキリ透けていました。
 その上、網目が詰まった部分と粗い部分で交互に、忙しくボーダー模様になっているデザイン。
 私が着るとちょうどバスト部分と土手部分が粗いほうの網目に当たっています。
 なので、バストに目を凝らせば、私の乳首の位置も色も、ちゃんとわかります。
 下半身も、両腿の付け根部分が、見事に透けています。

 お姉さまをにぴったり寄り添い、来るときに教えていただいた監視カメラに背を向けるように、横歩きで乗り込みました。
 お姉さまのおからだが監視カメラの盾になるような位置で背中を向け、じっとちぢこまります。
 この際、お尻ぐらいは映っちゃっても、仕方ありません。

「お姉さまの会社って、こういうえっちなお洋服ばかり作っているのですか?」
 ヒソヒソ声で少し嫌味っぽく愚痴ってしまいました。
「あら失礼ね。直子だからそうなるのよ。サイズがちょっと大きめだから。あたしが着たらちゃんと、見せたくないところは見えないデザインよ」
 愉快そうなお姉さまのご反論。
 お姉さまったらやっぱり、計算されてこのカーディガンを選ばれたんだ。

 エレベーターはどの階にも停止することなく、あっという間に地下の駐車場に到着しました。
 駐車場内は、フロアに較べればずいぶん暗めで一安心。
 人っ子一人いないようで、しんと静まり返っていました。
 コンクリートをカツカツ叩くお姉さまのヒールの音。
 私も早く自動車内に逃げ込みたい一心で、ショートブーツの底をパタパタ鳴らしました。

 やがて一台の乗用車の前で立ち止まったお姉さま。
 それがお姉さまの愛車のようです。
 薄暗いので紺色なのか青色なのかハッキリしませんが、割と大きめな車でした。
 ずっと昔からある美味しいサイダーのマークに似たエンブレムを、お顔に付けていました。
 自動車のことはほとんど何も知らない私でさえ、そのマークが付いた車は高級外国車であるということは知っていました。

「すごいですね。さすが社長さん、っていう感じです」
「それって皮肉?これ、実家から借りているのよ。こっちに出てきて借りっ放し。ナンバー見てごらん、横浜でしょ?」
「あ、本当だ。ご実家もすごいのですね」
「うーん、どうだかね。そんなことより、早く乗りなさい」
 お姉さまが運転席のドアを開けてローファーみたいなお靴を取り出し、履き替えられています。

 助手席のドアを開けて乗り込もうとしたとき、躊躇いが生じました。
 私は今ノーパン。
 そしてもちろん、今の自分の恥ずかし過ぎる格好で、充分に潤んでいます。
 このまま座ればカーディガンのお尻を汚してしまうし、生尻じか座り、するならタオルを敷かなくちゃ。
 懐かしい言葉を久しぶりに思い出して、ちょっと顔がほころびました。
 それから持っていたショッパーを覗き込んで、キレイめのタオルを探し始めました。

「どうしたの?早く乗りなさい」
 訝しげなお声でお姉さまが尋ねてきます。
「えっと、あのですね、私は今ノーパンで濡れているので、このまま座ったらカーディガンを汚してしまうし、お尻をまくって直に座ったらお車のシートを汚してしまうし・・・」

「へー。ずいぶんな気配りさんなのね。それで直子はどうしようとしているの?」
「なので、シートの上にタオルを敷いてから、生尻じか座りをすれば、カーディガンもシートも汚れないから・・・」
「生尻じか座り、って面白い表現ね。あたしは別に、そのカーディガンは直子にあげたつもりだし、助手席に直子のおツユが染み込んで車内が直子臭くなっちゃっても、別に構わないのだけれど」
 そこまでおっしゃって、少し考えるふうに視線を宙に向けるお姉さま。

「おっけー。決めたわ。生尻じか座り、っていう言葉が気に入ったから、それでいきましょう」
「タオルも敷かなくていいわ。どうせその中のタオルはみんな、直子の愛液がたっぷり染み込んでいるのだもの、敷いたって同じよ。文字通り、生尻じか座り、でいいわ」

「でも、これって本革では・・・」
「そうかもしれないけれど、いいわよ。どうせ乗ったら、ものの5分もしないうちに着いちゃうもの」
「それとも直子は、何か期待しているの?車に乗って家に着くまでに、車内中が直子臭くなっちゃうほどおツユが溢れちゃうような出来事を」
「いえ、そ、そんなことないです。わ、わかりました」
 お姉さまのイジワル口調にキュンとなってトロリ。

 車に乗り込んで腰を下ろす前に、お尻側の裾に両手を遣って思い切りまくり上げました。
 それからストンと、裸のお尻をシートに沈めました。
「ひゃぁっ」
 ひんやり冷たい感触と、ちょうど良い柔らかさの革の肌触りがお尻を包みました。
 お姉さまは、そんな私の一挙一動をじーっと見つめていました。

「直子?」
「あ、はい?」
「左のおっぱいが襟から全部零れ落ちていてよ。それともワザと?」
「あ、いえ!」
 からだを折り曲げた拍子におっぱいがはみ出てしまっていたようです。
 あわててカーディガンの前をかき合わせました。

「タオルを敷くとか、そんな気配りが出来る、っていうことは、似たような格好で誰かの車に乗ることが過去に何回かあったのよね?」
 私が座り終え、助手席側のドアをバタンと閉めても、お姉さまはまだエンジンをおかけにならず、私に質問してきました。

「はい。やよい、あ、いえ、百合草先生と、あとシーナさまのお車にも」
 かき合わせた胸元をギュッと握り締めてお答えしました。
「ふーん。そのときはいつも、生尻じか座りのタオル敷き、だったわけね?」
「はい・・・」
「ふーん」

 意味ありげに私の顔を覗き込んでから、やおら前を向き、車のエンジンをおかけになるお姉さま。
 車内を低くエンジン音が包み込み、その中を綺麗なバイオリン曲が小さく漂い始めました。

「直子?」
「はい?」
「シートベルトをしたら、そのニットのボタン、全部外しなさい」
「えっ?」

「直子さっき、そのニットに絡めて、あたしの会社に対して失礼なこと言ったわよね?それに、この車見たときも、何か皮肉っぽいことを」
「あ、いえ、決してそんなつもりでは・・・」
「ううん。言ったことは間違いないわ。あたしに馴れ過ぎて直子は、自分の立場を忘れかけているのよ。だからこれは躾。お仕置きよ」
「直子とあたしがどういう関係なのか二度と忘れないように、命令します。ボタンを外しなさい」
 私の顔をじっと見据えて、冷たいお声でおっしゃいました。

「は、はい・・・申し訳ございませんでした・・・」
 おずおずと右手を下腹部に伸ばし、ボタンを外し始めました。

 カーディガンの裾はまくり上げているのでお尻に敷かれていず、シートの背もたれと私の背中のあいだでクシャクシャになっています。
 そんな状態でボタンを外せば、前合わせはそこに留まっていることが出来ず、左右にハラリと簡単に割れてしまいます。
 一個外すと土手と割れ始めのスジが覗き、2個目で太腿から下腹部まで、完全に露になってしまいました。
 その影響は上半身にも及び、左側はシートベルトでも押さえられているので無事でしたが、右側は襟部分までペロリとめくれて、右おっぱいがチャームをぶら下げた乳首まで顔を出していました。

「そのまま、絶対直しちゃだめ。これはお仕置きなのだから」
 おっしゃりながらお姉さまの左手が背後から、私の左肩を抱くように伸びてきて、左おっぱいを覆っていた布地が肩先から引っ張られ、せっかく隠れていた左乳首も、こんにちは、してしまいました。
 左おっぱいの上部分を斜めにシートベルトが締め付け、少し歪んだ肌の先に、尖った乳首にチャームをぶら下げた左乳首。
 つまり、私の肌でニットに隠れているところは両袖だけ、という状態になってしまったのでした。

「そのまま夜のドライブよ。もう深夜だから、いくら土曜の夜でも、人も車もたいしていないでしょう。直子の家までなら大通りを通るわけでもないし」
「ずっとこのままで、ですか?」
「そう。おっぱいも下も丸出しで。と言っても外から下半身は見えないでしょうけれどね。どう?ドキドキしちゃう?シート、思う存分汚していいわよ」

「あの、あの、えっと、以前、やよい先生に教えていただいたのですけれど・・・あ、えっと百合草先生です」
 お姉さまご提案の大冒険にワクワクしつつも、万が一の危険性がどんどん脳内で膨らんできて、動揺と共に言い出せずにはいられませんでした。

「んっ?」
 お姉さまの眉がピクリと動いて、先を促す仕草。
「えっと、こういう車の中での露出では、みんな周りばかり気にするけれど、一番注意しなくちゃいけないのは前を走っている車だ、って」
「前?どういうこと?」
「あの、これ、えっとバックミラーでしたっけ?これで後ろの車の運転席のことは丸見えだから、もし前の車が覆面パトカーだったりしたら・・・」
 フロントグラスの上真ん中くらいに付いている小さな鏡を指さしながら、おずおずとご説明しました。

「ああ、なるほど。確かにね。あたしも以前、信号待ちのあいだキスしてるバカップルをルームミラー越しに見たことあるわ」
「さすが百合草女史ね。あたしそんなこと考えたこともなかったわよ」
 心底感心されたご様子のお姉さま。
「もっともあたしは今まで、助手席で裸になりたがるようなヘンタイを、自分の車に乗せたこともなかったけれどね」
 お姉さまの左手の指が、私の右乳首のチャームをチョンとつつきました。
「やんっ」

「おーけー。それならこうしましょう。前の車との車間距離が詰まっているときと、狭い道で対向車とすれ違うときは、直子は腕でバストを隠してもいいわ。腕組むみたいにして」
「車を降りるまで、それ以外の動作は一切禁止ね。まっすぐ前を見て、大人しく座っていること」
「それにせっかくのチャンスなのだから、まるべく隠さないように努力しなさい。視られたって一過性なのだから」
「直子だって誰かに視られたほうが興奮するのでしょう?あたしが隣にいるのだから、大丈夫よ」
「は、はい・・・」
 なんとなく覚悟が決まりました。

 ヘッドライトがパッと点いて、車が音も無く動き始めました。
 薄暗い駐車場に人がいる気配はまったく無く、音楽はクライスラーの愛の喜びに変わっていました。
 段差を乗り越えるたびに車が少し揺れて、私の剥き出しのおっぱいもチャームごとタプンと弾みました。
 長いスロープをゆっくり登りきると、駐車場の出口が見えました。

 駐車場出口で一旦停止。
 ここから先は、私が慣れ親しんだ生活圏内の一帯です。
 そんな場所を、車の中とは言え、おっぱい丸出しの上半身をガラス窓から覗かせて走っていくのです。
 喩えようのない恥ずかしさと背徳感が全身をつらぬきました。

 出口から出て左折したお姉さまの車は、数秒も走らないうちに最初の信号に捕まりました。
「ここは右折できないから、ビルをぐるっと一周することになるわね」
 幸い交差点には人も車もいません。
 と、思う間もなく対面からヘッドライト。
「大丈夫よ。もう信号変わるから」
 腕を組みたくてムズムズしている私を制するように、お姉さまのハンドルがゆっくりと左に切られました。

 片側二車線の右寄り路線をゆっくりと直進するお姉さま。
 そのあいだ、2台の対向車がけっこうなスピードですれ違っていきました。
 私は呆気に取られ、腕で隠すヒマもありませんでした。
 やがて見えてきたのは、通い慣れたアニメ関係のお店が立ち並ぶ通りです。
 お姉さまが車を左へ寄せていきます。
 この辺りははまだ少し人通りもあり、私の腕がまたムズムズし始めますが、今度は信号に捕まることも無く左折出来たので、隠すタイミングを失なっていました。

「そう言えば、さっきの信号の手前あたりに交番があったはずよね。もう通り過ぎちゃったけれど。ちょっとヤバかったかな」
 愉快そうにおっしゃるお姉さま。

 お姉さまのお言葉で、その交番の佇まいが瞬時に思い出せるほど、しょっちゅうその前を歩いていました。
 私、あの交番の前でも、おっぱい丸出しだったんだ・・・
 右に目を遣れば立ち並ぶ、見慣れたアニメショップ群。
 自分が今していることのあまりのヘンタイさに、からだがどんどん熱くなってきます。

 次の交差点も捕まらずに左折すると、今度は24時間スーパーがある通りです。
 スーパー側、つまり対向車線側の舗道には、けっこう人が行き来していますが、お姉さまが選んでくださったこちら側の舗道側路線は、照明も暗く、人もぜんぜんいません。
 この通りを抜ければ住宅街。
 人も車もガクンと減るはずです。

 その信号を抜ければ住宅街、という交差点で信号待ちに捕まりました。
 片側2車線道路の右寄りに車が一台信号待ち。
 お姉さまの車は左寄り車線を進んでいます。

「どうしよっか?後ろにつくか、隣に並ぶか」
 信号待ちをしている車は、黄色くて可愛らしい感じの車でした。
「あの車の感じだと、女性ドライバーぽいわね。それなら後ろについてみましょう。直子はまだ隠しちゃだめよ」
 お姉さまが右寄りに車線変更して、ゆっくりと黄色い車の後ろに近づいていきます。

「ああ、やっぱり女性みたい。それもけっこう若そう。初心者マークまで付けているし」
 お姉さまが身を乗り出すようにして、黄色い車のリアウインドウ越しの車内に目を凝らしています。
「これも何かの縁だわ。これは直子、見せてあげるしかないわね。いい?絶対隠してはだめよ」
 おっしゃりながら、黄色い車の後ろにゆっくりと、ご自分の車を停車させました。

「あ、なんだか気がついたみたい。ルームミラーを弄って角度変えている」
 気にはなりますが、私はそれどころではありませんでした。
 うつむいてギュッと目を閉じ、胸を庇いたい欲求と一生懸命戦っていました。
 自分の乳首にグングン血液が集まってきているのがわかります。
「視てる視てる、信号が変わったのも気づかないみたいね」

 パァッ!
 お姉さまが鳴らしたのであろう短く鋭いクラクションの音に、私もビクンとして顔を上げ、自然と前を見ました。
 なんだかあわてたみたいに黄色い車がよたよた発進して、交差点を渡りきったところでウインカーを左に出し、路側帯に停車しました。
 その脇をお姉さまがゆっくり通過していきます。
 通過するとき、黄色い車のドライバーさんと助手席の私とのあいだは1メートルも離れていませんでした。

 お姉さまがおっしゃった通り、まだお若そうな学生さんぽいボブカットの女性ドライバーさんは、運転席脇の窓ガラスに顔をくっつけるようにして、私を見送ってくださいました。
 私のバストに、目を皿のようにした好奇の視線が、2枚のガラスを隔ててまっすぐに浴びせられるのを肌に感じていました。

「やれやれ。あの黄色い車の彼女、びっくりし過ぎちゃって、このあと事故ったりしなきゃいいけれど・・・」
 黄色い車を追い越して住宅街の路地に入った頃、お姉さまが苦笑い気味にポツンとつぶやきました。

 いつの間にか車は、私のマンションの入口前に横付けされていました。
「ほら直子、着いたわよ?おっぱい出しっ放しでいいの?」

 私も黄色い車との一件でなんだか呆けてしまい、おっぱい丸出しのままボーっとしていました。
 お姉さまのお声で、あわてて前をかき合わせました。
 まわりをキョロキョロ見渡すと、さすがに住宅街、しんと静まり返って人影はありません。

「直子もずいぶん度胸が据わってきたのかしら、一度もおっぱい隠さなかったわね。偉かったわ」
 お姉さまが私のほうを向いて、ニッと笑いかけてくださいました。
「でも、あの女の子ドライバーだけではなくて、他にも舗道からとか、けっこう注目されていたみたいよ?こっちを二度見してくる人が数人いたもの」
「えーっ!?」
「その様子じゃ気づいていなかったみたいね。露出マゾの境地に達していたみたいだったし」
 うふふと笑ったお姉さまが、私のシートベルトをカチッと外してくださいました。

「少し腰を浮かせてごらんなさい?」
 おっしゃるままに従うと、股間は身悶えして逃げ出したいほどヌルヌルで、革のシートにもベッタリ垂れていました。
「うわー、予想以上の大洪水。これじゃあ拭き取ったくらいじゃ直子臭さは取れないかしら?」
 お姉さまが笑いながら私の頬を軽くつつきました。

「ああん、ごめんなさい、お姉さま・・・」
「いいのよ。それだけ気持ち良かったのでしょう?どう?車での露出の思い出で、あたしとのが一番になりそう?」
「もちろんです。こんなにすごかったの、初めてです」
 自分の生活圏内の街で、こんなに大胆なことが本当に出来るなんて、思ってもいませんでした。
 ああん、今すぐお姉さまに抱きつきたい!

「さあ、名残惜しいけれど、今夜はここでお別れね。出張から帰ってきたら電話入れるから、そのとき初出勤の日時を決めましょう。無論、早いほうがいいからね」
「はいっ!」
「ほら、一応お股拭いて、自分の部屋に入るまではきちんとしておいたほうがいいのではなくて?もっとも、そのニットではあまりきちんとは出来ないけれど」

 お姉さまの笑顔に促され、ショッパーからタオルを取り出し、まず自分の股間を拭いて、それから裏返して車のシートを拭いて、再びショッパーにしまおうとしたら、お姉さまの手で阻まれました。
「それはまだ、しまわなくていいから、ボタンを留めて先に身繕いしちゃいなさい」
 背中の裏でくしゃくしゃになっていたカーディガンの裾を引っ張り出し、今度はその中にお尻を隠してから、ボタンをふたつ留めました。

「いいみたいね。忘れ物もないわね?」
「お姉さまったらなんだか、ママ、あ、いえお母さんみた・・・」
 いですね?って軽口を叩こうと思ったら、お姉さまに唇を塞がれました。
 お姉さまの唇で。
「むぅぐぅう・・・」

 お姉さまの両手が私を抱きしめ、お姉さまの舌が私の口腔すべてを舐め尽してくる、そんな情熱的なくちづけでした。
 もちろん私もお姉さまに縋りついてお応えし、お互いの舌をニュルニュル絡ませ合いました。
 長い長いくちづけでした。

「はぁー・・・気持ち良かった。これでスッキリ仕事モードに入れそうだわ。直子はどうせ部屋に着いたら、すぐに始めちゃうのでしょうけれど」
 ご自分のお口の周りをテカらしているふたり分のよだれを、タオル、私のおツユがたっぷり染み込んだタオルで拭いながら、笑顔のお姉さま。
 その後、私の口の周りも、そのタオルで丁寧に拭いてくださり、指で髪を軽く梳いてくださいました。
「このタオルはあたしが持って帰るわね。出張中に直子に会いたくなったら、クンクン嗅ぐの」
 冗談めかしておっしゃって、丁寧にたたんでからバーキンの中にしまい込みました。

「それじゃあごきげんよう。おやすみ。良い夢を」
「はい。おやすみなさい。くれぐれもお家までの運転、お気をつけてください」
「うん。わかっているわ。直子の初出勤、楽しみね」
「はいっ!」

 テールランプが見えなくなるまでお見送りしてから、マンションに入りました。
 幸いにも、そのあいだずっと路上に人影はありませんでした。
 今更ですが今の私は、知っている人に見られたら絶対に言い逃れ出来ない、ヘンタイ過ぎる格好なのです。

 エレベーターに乗り込むと監視カメラに背を向けてうつむきます。
 管理人さんがこんな時間まで起きていらっしゃるとは思わないけれど、たぶん録画もされているはずなので。

 エレベーターから降りて扉が閉じると同時に、カーディガンのボタンを外し始めました。
 お部屋のドアの前に立ったときは、カーディガンも脱ぎ去っていました。
 バッグから鍵を取り出すのももどかしく、ショートブーツを脱ぎ始めます。
 扉を開けたときには、両乳首から垂れ下がったチェーンのリングを左手で引っ張り始めていました。
 もう一方の右手は、ショッパーの中にあるはずのあるものを、一生懸命探しています。
 みつけて引っ張り出すと同時に、玄関ホールの上がり框に全裸で倒れ込みました。

 私がその夜、と言うかもはや朝方、何時頃に眠りに就いたのかは、ご想像にお任せします。


オートクチュールのはずなのに 01