2010年10月25日

トラウマと私 13

土曜日の夜。
考えごとが一段落して一息ついて、ゆっくりお風呂に入ってからお部屋で身繕いしているとき、あるアイデアが浮かびました。

激しいオナニーをして思いっきりイったら、あんな出来事、忘れられるかもしれない・・・

そのとき私は、ブラとショーツを着けてコットンのパジャマの上下を着ていました。
まったくムラムラは感じていなかったのですが、試してみたい気持ちが大きく膨らんできました。
時刻は、夜の11時少し過ぎ。
この時間なら、母も、珍しく家にいる父も、私の部屋に来ることはまずありません。
さっき階下のお風呂から出たとき、すでにリビングの灯りは消えていました。
おそらく父と母は、防音されている寝室にいるはずですから、多少大きな声が出てしまってもだいじょうぶなはずです。

念のためにドアに鍵をかけて、窓の戸締りを確かめてからベッドの縁に腰掛けました。
パジャマの上から、おっぱいをサワサワと撫ぜてみます。
ゆっくり、やさしく撫でまわしていると、だんだんとその気になってきました。

パジャマの上下を脱いで、下着姿でベッドに上がり、仰向けになりました。
電気を消してしまうと、あの日の状況に似てしまうので、明るいままにしておきます。
上半身をやさしく撫ぜつづけます。
ブラの上からおっぱいを軽くもみしだきます。

頭の中では、ミサコさんたちが我が家に来たとき、お昼寝したときに見たオオヌキさんとの夢をイメージしていました。
頭の中をステキなオオヌキさんの、あの大胆な水着姿で一杯にしようと努力しました。
ブラをはずして、おっぱいや乳首をじかにさわり始めます。
あくまでやさしくソフトに、日除け止めを塗ってくれたときのオオヌキさんの指のイメージで・・・

乳首も少し勃ってきたし、ショーツの下のアソコも少しだけ潤ってきたようです。
ゆっくりとショーツも脱いで、足首から抜きました。
全裸です。
右手を徐々に下のほう移動していきます。
あくまでやさしく、あくまでソフトに。
頭の中は、オオヌキさん一色に染まっていました。
これならだいじょうぶ。
気持ちいい。

右手でやさしく薄い陰毛をなぞり、左手で左のおっぱいをやわらかく掴みます。
乳首を軽くつまんで、少しだけひっぱります。
「あんっ」
じらすようにゆーっくりと、右手の指の先がアソコの亀裂の割れ始めまで届いたとき・・・

唐突に思い出しました。
私、あのとき確かにあの男に、アソコも弄られていました。
イヤな夢を見ながら感じたイヤな感触が一気に甦りました。
クリトリスをぞんざいに擦るザラザラとした感触・・・

その途端に、自分でさわっているおっぱいへの愛撫もザラザラとした感触に変わりました。
もう両手は動かせません。
同時に、頭の中のオオヌキさんを蹴散らして、あの場面が大きくフラッシュバックしてきました。
あのイヤな臭いまで漂ってくるように感じます。
「いやっー!」
私は思わず起き上がり、両手で顔を押さえました。

しばらく呆然としていました。
エアコンは効いているのに、じんわりとイヤな汗もかいていました。

かなり長い間、ベッドの上で呆けていたと思います。
ふっと我に返り、そそくさとバスタオルで全身を拭いて、ショーツを穿き、ブラはしないでパジャマの上下を着て、お部屋の電気を消し、ベッドに横になりました。

私、この先、アソコをさわるたびに、あんな悪夢を思い出さなければいけないのでしょうか?
私、これからずーっとオナニーできないのでしょうか?
私、イくことはもう一生できないのでしょうか?
・・・あんまりです・・・

ベッドに寝転んで、天井を見上げながら、頭の中で何度も何度も同じ言葉がくりかえされていました。
それ以外、頭の中は、真っ白でした。
あのフラッシュバックさえ入り込んで来れないのが、救いと言えば救いでした。

いつ眠りに落ちたのか、わかりません。
たぶん明け方近くだと思います。
目が覚めたのは、翌日の午前11時過ぎでした。
晴天でした。
気分はサイテーでした。

日曜日の午後を無気力に過ごして、その夜。
あきらめきれない私は、もう一つの方法を試してみました。

父のお部屋から持ち出してきた2冊のSMの写真集を見て、初心を取り戻そうと考えたのです。
最近は、あの写真集を見ながらオナニーすることは滅多にありませんでした。
気に入った写真はすべて、頭の中に叩き込まれているので、オナニーのときの妄想では大活躍していましたが、もう一度実際に写真を見ることで新鮮に感じられるかもしれません。
写真を見ながら、初めてオナニーで激しくイってしまったときみたいにどんどん興奮できれば、今、私を苦しめているおぞましい出来事の記憶も頭から追い出せるかもしれない、という目論見でした。

勉強机に向かって椅子に座って、あえて自分のからだにはまったく触れず、じっくり写真を見ていきました。
性的に興奮してきたらすぐ、服を脱ぐつもりでした。
2冊を1度づつ、時間をかけて眺めました。
ムダでした。

逆に、こんな風に縛られたところにあの男がやってきたら・・・
なんて、今まで考えたこともなかった妄想が広がって、恐怖のほうが勝ってしまい、性的に興奮するどころではありませんでした。
眉根にシワを寄せたモデルさんたちの表情も、今までは苛められて悦んでいるように見えていたのですが、今日は本当にイヤがっているようにしか見えませんでした。

そのうちに、なんだか自分がやっていること、考えていることがすべて、すごくバカバカしく思えてきて、写真集をしまい、さっさとパジャマに着替えてベッドに寝転びました。

何もかもがつまらなく感じていました。


トラウマと私 14

2010年10月24日

トラウマと私 12

夏休みの残り数日を、煮え切らない悶々とした気持ちと、生理で重くだるくなったからだとで過ごしました。

母や父の前では、なるべく沈んだ素振りを出さないようにしていましたが、お部屋で一人になると、どうしてもあのときのことを考え始めてしまいます。
考え始めると、ちょっと疑問に思う点とか、調べてみたいことがいくつか出てきました。
もちろん、できることなら、きれいさっぱり忘れてしまいたい記憶でした。
瞼に焼きついたように離れないあのおぞましい場面を、なんとか思い出さないように、頭のずーっと隅に追いやろうと努力しました。
でも、一度湧いてしまった疑問や、私の五感に残る感触の真相は、調べずにはいられないものでした。

愛ちゃんたちから、遊びのお誘い電話もあったのですが、生理で体調が良くないから、と母にお断りしてもらいました。

二学期の始業式の日も、まだ生理は終わっていませんでした。
私は、沈んだ気持ちで学校へ行き、帰りの時間になるのをひたすら待ちました。
どこかに寄って遊んで行こう、って誘ってくれる愛ちゃんたちに、ちょっと家庭の事情があって、と嘘をついて、まっすぐに町の図書館に飛び込みました。
翌日の放課後も・・・次の日も。

木曜日は、愛ちゃんと一緒にバレエ教室に行きました。
「なおちゃん、夏休み明けてから、なんだか元気ないみたいねえ」
愛ちゃんが聞いてきてくれます。
「何か悩み事?」
「うーん、そういうワケじゃないのだけれど・・・私、今アレだから・・・ちょっと、ね」
生理は2日前に終わっていました。
「それに、夏休みの終わりに、大好きだったおじいさまが亡くなってしまって、それもちょっとね」
大好きだった、ていうのは嘘です。
「ふーん、そうなんだ・・・」
愛ちゃんも一緒に沈んだ顔になってくれます。

私は、愛ちゃんになら、全部しゃべってしまってもいいかな、とも思っていました。
でも・・・
しゃべったからと言って、どうなるワケでもないし、かえって愛ちゃんを心配させてしまいそうだし・・・

バレエのレッスンにも、やっぱりあまり身が入りませんでした。

金曜日になると、クラスのお友達も心なしか、なんだかよそよそしい感じになっているように思えました。
今の私、陰気だもの・・・
あまり近づきたくないと私でも思うでしょう。
その日の放課後も一人で図書館に行きました。

週末に自分のお部屋で一人、今まで図書館で調べた成果と、私が悶々と考えていた仮説について、真剣に検討してみました。

まず、あのとき私のからだをヌルヌル、ベトベトにしていた液体の正体です。
私は、からだに射精されてしまったのでしょうか?
精液についていろいろ調べました。
図解が付いているページは、その図を他の本で隠しながら、文字だけを追いました。
今の私は、たとえ簡略な図だとしても、アレの形を見たくありませんでした。

精液は、白濁、または薄黄色気味の粘り気のある液体で、栗の花のような匂いがする、ということでした。
あのとき私のお腹を汚していた液体は、ヌルヌルはしていましたが、ネバネバまではしていなかった気がします。
色は、辺りが真っ暗だったのでよくわかりませんが、電気を点けてから見たときは、透明でした。
でも、精液は時間が経つと透明になる、とも書いてありました。
すると、あれは一回射精されて、時間が経ったものなのでしょうか?

同じページに、射精の前に分泌される、カウパー氏腺液、とういうのも出ていました。
こっちは無色透明無臭で、糸を引くほどヌルヌルしていると書いてありました。
いわゆる、感じたとき、にまず出てくる液だそうで、女性の愛液と同じようなものなのかな?
私は、こっちのほうがアヤシイと思いました。

白濁した液、という字面を見て、自分のえっちなお汁のことも思い出しました。
オナニーを何度かして、慣れ始めた頃、少し長めに熱心にアソコを指でクチュクチュしていると、透明だった液がだんだん白く濁ることがありました。
そのときも最初はずいぶんびっくりして、まさかヘンな病気?とか思って、すぐに図書館で調べました。
他のなんとかっていう液が混じって白濁することもあるが異常ではない、と書いてあって安心したものでした。

次に匂いです。
あのとき鼻についたイヤな臭いの正体は?
精液の匂いは、栗の花の匂いに似ている、と書いてありましたが、私は、栗の花がどんな匂いなのかを知りません。
花が咲くのは6月上旬頃だそうなので、嗅ぎにいくこともできませんでした。
カルキの匂い、と書いてある本もありました。
カルキの匂いっていうと、プールの消毒液の匂いのはずです。
あのとき、そんなケミカルな匂いは感じませんでした。
もっと、生々しい、ツンとくる、なんていうか獣じみた臭いでした。

いろいろ調べると、わきが、っていうのがありました。
いわゆる、腋の下の臭い、の強いやつみたいです。
そう言われれば、そんな感じでした。
体育の時間、汗びっしょりの男子から漂ってくる臭いをもっと強烈にした、みたいな。
これが男性の匂いなのでしょうか?
男性にも体臭が強い人と弱い人がいるようですが・・・

私が眠っている間、からだをさわられていたのは確実のようです。
あのイヤな夢の中ででの感触は、リアルすぎました。
Tシャツをめくられても、ショーツを下ろされても気がつかなかったくらいですから、さわられててもしばらくは、気がつかないくらい深く眠っていたのでしょう。
やっぱりワインのせいなのかな?
お酒はもう飲まないほうがいいな、と思いました。

さわられるだけならまだしも、ひょっとすると舐められたりもしていたかもしれません。
あのとき、私の上半身を覆っていたヌルヌルの液体は、よだれっぽくも感じました。

結局、確かなことは何一つわからないのですが、一応こういう結論にしました。
あの日、私のからだを汚した液体は、私の汗と、知らない男の汗と、よだれと、カウパー氏腺液、で、射精はされなかった。
根拠は、精液の臭いを感じなかったことと、男のアレが勃っていたこと。
ひょっとしたら舐められはしたかもしれない・・・

ここまで考える間も、私は、何度も悪寒でからだをゾクゾク震わせていました。

もしも、もう少し目が覚めるのが遅かったら、私はどうなっていたんだろう・・・
そう考えた瞬間、からだをゾクゾクゾクーっと強烈な寒気が襲いました。

男性のモノは、みんなあんなにすごいのか?という疑問もありました。
本には、日本人成年男子の平均は、勃起時13~15センチとありました。
定規を見ると、これでもけっこうな長さです。
そして私が見たのは、そんなものじゃありませんでした。
それに太さも・・・

でも、この疑問は、これ以上真剣には、考えられませんでした。
本気でズキズキと頭が痛くなってきてしまうんです。

最後の疑問は、あの男の正体でした。
と言っても、あの日あの場所にいた男性の中で私が知っているのは、父とワインのおじさまだけなので、わかるはずはないのですが、後になって考えていたら一つだけ、引っかかることがあるのに気がつきました。

母は、ワインに酔った私をお部屋まで連れて行った後、ドアに鍵をかけずに戻ったのか?
普通に考えると、母の性格から言って、鍵はかけていくと思います。
私物のバッグとかも置いてありましたし、母が戻ってきたときも私が鍵をかけていたことに関しては、何も言いませんでしたし。
鍵がかかっていたとすると、あの日、私の寝ているお部屋に入って来れるのは、かなり限られた人だけになるはずです。
すなわち、あのお屋敷に住んでいる身内の人、もしくは使用人の人・・・
その中で、体格が良くて筋肉質で毛深くて体臭がキツイ男性、がいたら、その人は限りなくクロです。
その男が一言だけ発した声は、意外と若い声に聞こえました。
これでかなり絞り込めるかもしれません。

母がうっかり鍵をかけないで戻ったのなら、この仮説はまったく無意味になります。
父と母に聞いてみようか・・・
しばらく真剣に悩みました。

お部屋の中をウロウロ歩きながらさんざん迷った挙句、やっぱり、やめておくことに決めました。
犯人がわかったところで今さら、起こったことが無かったことになるわけでもないし・・・
いずれにしても、父の実家にはもう二度と行かない、と心に決めました。

一通りの結論を一応出したので、ほんのすこーしだけ気持ちが落ち着きました。
そして、この出来事を体験したおかげで、苦手なものがずいぶん増えてしまったことがわかりました。

まず、毛深い男性、がダメになりました。
木曜日に愛ちゃんとバレエ教室に行ったときも、電車の中で吊革に掴まっている男の人の半袖の腕にどうしても目が行ってしまいました。
それで、もじゃもじゃと毛深い人がいると、それだけで背筋がゾワゾワっときてしまいました。

同じように、男の人の体臭にも過敏になりました。
あのときと同じような臭いがちょっとでもすると、逃げ出したくなってしまいます。

筋肉質の男性にもあまり近寄りたくありません。

雷様は、以前から苦手でしたが、輪をかけてダメになりました。
とくに稲妻は、条件反射であの場面を呼び起こしてしまいます。

もちろん、男性のアレに関しては、無条件でパスです。
この先二度と見たくない、と思いました。

一番深刻な被害に気づいたのは、土曜日の夜中でした。

私、オナニーができなくなっていました。


トラウマと私 13

2010年10月23日

トラウマと私 11

シャワーを止めて、そろそろ出ようと思いました。
オシッコがしたくなりました。
隣にあるトイレに行こうか、と一瞬迷いましたが、なんだか面倒になって、はしたないけれどここでしちゃうことにしました。

シャワーを再び強くほとばしらせてから、その場にしゃがみました。
アソコの奥がウズウズっとしました。
オシッコが出てきました。
生理も来てしまいました。

もう一度全身にシャワーを浴びてからバスタオルをからだに巻き、お部屋のドアを少し開いて顔だけお部屋に出しました。
「ママ、生理が来ちゃったの。私のかばんの中からアレ取ってくれる?」
母は、ベッドの縁に浅く腰掛けてボンヤリしていました。
「あらあらそうなの?大変ねー。ちょっと待っててね」
台詞とは裏腹にのんびりと立ち上がると、私のかばんをガサゴソして、ナプキンを手渡してくれました。

ナプキンをあててから新しいショーツを穿いて、母に借りたブルーのTシャツを素肌にかぶります。
胴回りがゆったりしていて、丈が私の膝上まであって、いい匂いがします。
私は、からだがスッキリした開放感と、生理が来てしまったどんより感がないまぜになった、中途半端に憂鬱な気分でお部屋に戻りました。

ヨシダさんは、喪服のワンピースのままベッドに仰向けに、タオルケットを掛けて寝かされて、軽くイビキをたてていました。
「なおちゃん、お疲れさま。シャワー気持ち良かった?ママもやっぱり、シャワーしとこっかなあ」
母が欠伸をしながら、自分のバッグの前にしゃがみ込みました。
「ママがシャワーしている間に、なおちゃん、お布団敷いておいてくれる?今夜は二人、枕並べて寝ましょう」
「はーい」
私は、ちょっとだけ嬉しくなります。

母がバスルームに消えて、私は、髪や顔のお手入れをした後、お布団を並べて二つ敷きました。
そのお布団の上に座って、やれやれ、と一息ついたとき、コンコンとドアがノックされました。
私は、ビクっと震えます。
今は、あんまり知らない大人の人とは、お話ししたくない気分です。
「は、はーい」
一応大きな声で返事します。
「おっ、直子か?ドア、開けてくれ」
父の声でした。

父の後から、やさしそうな感じのキレイなお顔の喪服の女性も微笑みながらお部屋に入ってきました。
「直子、誰だったっけ?って顔をしてるな。忘れちゃったか?オレの妹の涼子」
「直子ちゃん、お久しぶりね」
その女性がニコニコ笑いながら、私にお辞儀してくれます。
私もあわててペコリとお辞儀しました。
 
涼子さんのお顔は、確かに言われてみれば、なんとなく父に似ていました。
くっきりした瞼の線とか、鼻筋とか、細い顎とか。
父がもし女性だったら、こんなお顔になるのかあ。
この人の旦那様がさっきの全体にまんまるい感じのワインのおじさまなんだあ。
私は、そんなことを考えてヘンに感心してしまいます。

「そろそろ直子たちが風呂に入る頃かな、と思って様子を見に来たんだけど、ここのシャワー使ったんだ」
「パパたち、昨日、見張りしてくれてたんだって?」
「ああ、なんかこの辺り、ヘンな奴が出没するらしいからな。でもまあ、シャワーしたんなら、今夜は見張り、しなくていいな」

それから三人で、今敷いたお布団の上に座って、しばらくお話をしました。
質問役は、主に涼子さんでした。
何年生になったの?から始まって、好きな科目は?とか、普段は何してるの?とか、ボーイフレンドいるの?とか。
私がバレエを習っている、と告げるとすごく興味を持ったみたいで、いろいろ聞いてきました。

涼子さんは、本当にやさしそうで、おっとりとしていながら好奇心も強いみたいで、どことなく母に感じが似ている気もしました。
私は、すぐに涼子さんのことが好きになりました。

父は、喪服から着替えて、ワインカラーのポロシャツにカーキ色のバミューダパンツを穿いていました。
お葬式が無事終わってホっとしているみたいで、お酒が入っているせいもあるのでしょうが、ずいぶんリラックスしているみたいでした。
私と涼子さんの会話に、ときどき冗談で茶々を入れて笑っています。

私は、あぐらをかいて座っている父の、バミューダパンツから伸びている脛から上の部分や、ボタンを全部はずしているポロシャツの襟元から覗く肌にチラチラと視線を投げていました。
父は、やっぱりあまり毛深くありません。
私は、心底良かったと思いました。

そうこうしているうちに、母もシャワーから出てきました。
私とおそろいのTシャツを着ています。
でも、母のほうが胸がばいーんと出ていて、数段色っぽいです。

母も交えてしばらく4人で雑談していました。
涼子さんたちも途中まで帰る方向が一緒なので、帰りは、父の車に同乗していくことになりました。
「ねえパパ、私、明日の朝、早くにお家帰りたい。知らない人のお家だから、なんだか疲れちゃった・・・」
私は、思い切って父に言ってみました。
一刻も早く、このお屋敷から立ち去りたいと思っていました。
「そうね、それになおちゃん、アレが来ちゃったから、ね」
母が援護してくれました。
「アレ?」
父が一瞬首をひねってから、あわてて言いました。
「そうだな。オレも帰って揃えなきゃならない資料もあるし、兄キたちと顔合わすとまたゴタゴタした問題を押し付けられそうだしな・・・早めに出るか」
父も賛成してくれました。
明朝6時に出発することになりました。

父たちがお部屋を出て行って少ししてから、ヨシダさんが目を覚ましました。
「なおちゃん、ごめんなさいねえ、ベッド」
「いいえ。だいじょうぶですから。今夜は母とお布団で寝ます」
ヨシダさんは、照れたように笑いながらおトイレに入って、しばらくして戻ってくると、のろのろとワンピースを脱いでゴソゴソと浴衣に着替えました。
「まだ、全然お酒抜けないから、今夜はこのまま先に休ませてもらうわ。おやすみ、なおちゃん」
まだ真っ赤なお顔を私に向けて、ニっと笑ってからベッドに横になると、タオルケットをかぶって横向きに丸くなりました。
すぐに寝息が聞こえてきました。

その夜は、母と枕を並べてお布団に入りました。
母は、しばらく、父と出会った頃の思い出話を聞かせてくれていましたが、やがて先に眠ってしまいました。

取り残されて、お布団の中で目をつぶっていると、やっぱりどうしてもあのときの場面が瞼の裏に浮かんできてしまいます。
私は、他のことを考えようと努力しました。
小学生の頃のことや、バレエのことや、愛ちゃんたちと遊んだことや、オオヌキさんたちのことや・・・
でも、他のことを考えようとすればするほど、かえって鮮明にさっきのあの場面が頭の中を占めてしまって、うまくいきません。
その場面が浮かぶたびに、生理的な嫌悪感に頭もからだも支配されてしまいます。
また、他のことを考えようと努力します。
同じことを一晩中、何度もくり返しました。
眠気をまったく感じなくなって、私は一人、お布団の中に丸まって、ひたすら朝がやって来るのを待ちました。

腕時計を見て、5時半になって、私は、お布団から上半身を起こしました。
あれから一睡もできませんでした。
母ものそのそと起き上がりました。

朝の支度をいろいろ済ませて、6時5分前にお庭に出ると、もう父と涼子さんたちが待っていました。
ワインのまあるいおじさまがニコニコ笑って手を振っています。

母が運転して、私が助手席、父と涼子さんと旦那様が後部座席に座りました。
知らない中年のおじさま二人とおばさま一人が、お庭で見送ってくれました。
私は、どうしてもそのおじさまたちを注意深く観察してしまいます。
体型や腕の毛深さから言って、彼らはシロみたいでした。

車の中では、涼子さんの旦那様が絶え間なく面白い冗談を言ってくれて、和気藹々な感じでした。
途中、ファミリーレストランでゆったりと朝食を取って、高速道路に入ってからは、涼子さんの旦那様のお仕事のお話にみんなで興味シンシンでした。
ワインのまあるいおじさまは、テレビ局の偉いディレクターさんだそうで、いろんな有名タレントさんのウワサ話や大きなニュースになった事件の裏話を聞かせてもらいました。
私は、だんだんと眠たくなってきていたのですが、お話が面白くて、ずっと起きていられました。

高速道路を途中で降りて、涼子さんたちを最寄の駅前まで送っていきました。
駅でお別れするとき、涼子さんが近い内に我が家に遊びに行く、って約束してくれました。
私はすっかり、ワインのまあるいおじさまと涼子さんご夫婦の大ファンになっていました。

来た道を戻って、再び高速道路に乗り直します。
今度は、父が運転して母が助手席。
私は、後部座席に移って、やがてぐっすり眠り込んでしまいました。


トラウマと私 12