2010年11月14日

トラウマと私 22

やがて、お料理が次々と運ばれてきました。
そのたびに、やよい先生が小皿に取り分けてくれています。
自分では、あまりお腹が空いていないと思っていたのですが、サラダのドレッシングとパスタのトマトソースがすっごく美味しくて、意外にぱくぱく、たくさん食べてしまいました。
お食事の間は、バレエの技術や好きな曲のことを話題にしていました。

メインのお料理があらかた片付いて、二人でフーっと一息つきました。
やよい先生は、お食事をしながらワインを2杯くらい飲んでいましたが、顔が赤くなったり、酔っ払った素振りは全然ありません。

「森下さんって、お母さまからは、なおちゃん、って呼ばれてるのねえ。さっき電話したとき、聞いちゃった」
トイレに立って、戻ってきたやよい先生が自分でデカンタからワインを注ぎながら突然、言いました。
「・・・は、はい」
私はまたちょっと、恥ずかしい感じです。
「あたしもそう呼んでいい?」
やよい先生がまた、冷やかすみたいに笑いながら言います。
「はい・・・いいですけど・・・」
私の頬が急激に染まってしまいます。

「それじゃあ、なおちゃん。さっきの話のつづきを聞かせて。あたしがレズなことと、なおちゃんの悩みとの関係」
「あ、はい・・・えーと、それでですね・・・」

私は、夏休み後半の父の実家での出来事をお話することにしました。
あの出来事を真剣に思い出すのは、久しぶりのことでした。
忘れよう、忘れようとして、うまくいきかけていた時期でしたから。
それでも、私がいかに怖かったかをちゃんと理解してもらおうと、ありったけの勇気を振り絞って、思い出しながらお話しました。

「なるほどねー。とんだ災難だったわねえ」
私の話を黙って真剣に聞いていてくれたやよい先生は、深刻な感じでそう言ってくれました。
「それで、なおちゃんは男性が苦手に思うようになっちゃった、と。どうやら本当にレズビアンにつながりそうね」
少し明るめな声でそう言ったやよい先生は、私をまっすぐに見つめて言葉をつづけます。

「でもね。話を進める前に、今の話について一つだけ、なおちゃんに言っておきたいことがある」
やよい先生の口調が少し恐い感じです。
「はい?」
私は姿勢を正して、やよい先生を見つめます。

「そのバカな男が逃げ出した後、なおちゃんは、すぐにお母さまなり、お父さまなりに言いつけて大騒ぎにするべきだったのよ」
「そりゃあ、そんなことがあったら、なおちゃんは気が動転しているだろうし、恥ずかしさもあるしで泣き寝入りしちゃうのもわからないではないけどね」
「でもそれは、結局一番悪いことなのよ。どうしてかわかる?」
やよい先生の真剣な口調に、私はお説教をされているみたいに感じて、うなだれてしまいます。
「あ、ごめん。別に怒っているわけじゃないのよ」
やよい先生があわてて笑顔になります。

「ただね、なおちゃんならたぶんわかってくれると思うからさ」
「つまりね、そこでその男に何の負い目も背負わさずに逃がしちゃうと、次また絶対どこかで同じことするのよ、そのバカが」
「それで、また誰か別の女の子がひどい目にあっちゃう可能性が生まれるワケ」
「そのときに大騒ぎになれば、たとえそいつが捕まらなかったとしても、騒ぎになったっていう記憶がそのバカの頭にも残るから、ちょっとはそいつも反省するかもしれないし、次の犯行を躊躇するかもしれないでしょ?」
「ノーリスクで逃がしちゃうと、味を占めちゃって、つけあがって、また同じようなことをするの。バカだから。あたしの経験から言えば100パーセント!」
やよい先生は、まるで自分が被害にあったみたいに真剣に憤っています。
私は、やっぱりやよい先生は、からだも心もカッコイイなあ、ってうつむきながらも考えていました。

「なおちゃんのケースは、もう流れが出来ちゃってるから今さら騒ぎにしてもしょうがないけど、もし、万が一、また同じようなメにあうようなことになったら、そのときは絶対泣き寝入りしないでね。盛大に騒ぎ立てて。他の女性のためにもね。なおちゃんならできるでしょ?」
うつむいている私の顔を覗き込むようにして、やさしい笑顔を投げてくれます。
「はいっ!」
私は、その笑顔を見て、今度からは絶対そうしようと心に決めました。
「よしよし。いい子だ」
やよい先生が目を細めて、右腕を伸ばして、私の頭を軽く撫ぜ撫ぜしてくれました。
ひょっとするとやよい先生、やっぱり少し酔ってきているのかもしれません。

「まあ、今さら蒸し返してご両親に言う必要はないけれど、もしもまた、お父さまのご実家になおちゃんも行かなくてはならないときがあったら、行く前にその出来事のこと、ちゃんと言ったほうがいいわね」
やよい先生は、この話題を締めくくるみたいにそう言って、ワインではなくお水をクイっと飲みました。

少しの沈黙の後、やよい先生は片腕で頬杖ついて、好奇心に満ちた思わせぶりな目つきで私を見ながら、唇を動かしました。
「それでつまり、その出来事でなおちゃんは男性が怖いと思うようになって、レズビアンに興味を持った、っていうこと?」
お酒のせいか、目元がほんのり色っぽくなったやよい先生にじっと見つめられて、どぎまぎしてしまいます。
「えーと、まあ、そうなんですけど、まだつづきがあるんです・・・」
ここからが私の本当の、やよい先生への告白、になります。
私の胸のどきどきが急激に早くなってきました。

残っていたジンジャーエールを一口飲んで大きくフーっと息を吐き、意を決して話し始めます。
「それで・・・夏休みが終わった頃は、その出来事のショックで落ち込んでいたんですけど、そのうち・・・」
「そのうち私、できなくなっちゃってることに気がついたんです・・・えーっと・・・」

私は、やよい先生に向けて、オナニー、という言葉を口に出すことが、どうしてもできませんでした。
その言葉を告げるのが、すっごく恥ずかしくって、はしたなくて・・・
でも、それをちゃんと告げないと、お話が先に進みません。
やよい先生は、また黙って、じっと私の次の言葉を待っています。

「私・・・自分のからだをさわって・・・気持ち良くなること・・・知ってたんです・・・」
「いろいろさわって、気持ち良くなること・・・でも、あの出来事で、それが・・・それができなくなって・・・」

私の耳たぶが、さわったら火傷しそうなくらいに熱くなってくるのが自分でもわかります。
身悶えするような恥ずかしさ・・・
いいえ、実際私のからだは、微かにですが、こまかくプルプル震えていました。
ブラの下で両乳首が少しずつ起き上がって、尖っていくのも感じていました。


トラウマと私 23

2010年11月13日

トラウマと私 21

やよい先生が口元まで持っていっていた、ケーキの欠片を刺したフォークが空中で止まりました。
「えっ?」
私の顔をまじまじと見つめながら、やよい先生がかすかに首をかしげます。

「あ、ご、ごめんなさいっ!突然すごく失礼なことを聞いてしまって、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
私は、あわてて何度もペコペコお辞儀しながら、必死に謝ります。
やよい先生を怒らせちゃったかな・・・・

うつむいている私は、上目使いでおそるおそるやよい先生を見てみました。
やよい先生は、止まっていたフォークをゆっくりと口の中に運び、しばらくモグモグした後、フォークをお皿に置いてニッコリ微笑みました。
「あなたが謝る必要は無いわよ。いきなり思いがけないことを聞かれたから、少しビックリしただけ」
「失礼なこと、でもないわ。だって、それは本当のことだから。答えはイエスよ」
やよい先生は、そう言うと私に向かってパチンとウインクしました。

「でも、森下さん?あなた、誰にそれ、聞いてきたの?」
「は、はい・・・それは・・・」
私は、曽根っちから聞いたお話をほとんどそのままやよい先生にお話しました。

「なるほど。そういうワケだったのね。ナカソネさんね、覚えてる。あの子もけっこうスジ良かったけど・・・そう、今はレイヤーやってるの・・・」
懐かしそうに遠くを見る目付きになっています。
「それで、川上さんが、みんなに広めないように、って言ってくれたのね。あの子もいい子よね。あなたとずいぶん仲がいいみたいだけど・・・」
「でもね、あたしは別に隠すつもりもないの。まあ、かと言って自分からみんなに宣伝することでもないけどさ」
やよい先生がクスっと笑いました。
「そのとき一緒にいたのは、今のところあたしが一番大好きなツレ。でも先週いろいろあって、今ちょっと喧嘩中・・・」
やよい先生のお顔がちょっぴり曇ります。

やよい先生は、コーヒーを一口啜ると、あらためて私の顔をまっすぐに見つめてきます。
「だけど、私がビアンなことが、あなたの悩みに何か関係あるの?」
少し眉根にシワを作って怪訝そうなお顔です。
私は、そのお顔を見て、ズキュンと感じてしまいました。
すごくセクシーなんです。

「あ、は、はい・・・いろいろと関係していて、そのお話はまだまだ入口のところなんです・・・うまくご説明できるかわからないんですけど・・・」
なぜだかうろたえてしまった私は、すがるようにやよい先生を見つめてしまいます。
「ふーん。長い話になりそうね・・・」
やよい先生は、しばらく宙を見つめて何か考えるような素振りでした。

「ねえ?あなた、門限あるの?」
何かを思いついたらしく、一回うなずいてから、やよい先生が明るい声で問いかけてきました。
「えーと、とくには決まってません・・・バレエの日なら、7時くらいまでには帰ってますけど・・・」
「森下さんのお母さま、あたしも何度かお会いしたけど、やさしそうなかたよね?」
「はい・・・」
「あなたのお母さま、話がわかるほう?」
「えっ?うーんと、そう・・・そうだと思いますけど・・・」
「あなたの家の電話番号教えて」
私は、何をするつもりなんだろう?と思いながらも、家の電話番号を教えました。
やよい先生は、私が数字を告げるのと同時に自分のケータイのボタンを押していきます。
最後の数字を押し終えると、ケータイを自分の耳にあてて立ち上がり、スタスタとお店の入口のほうに歩いて行きました。
席に一人、取り残された私は、ワケがわからず、疑問符をたくさん頭の上に浮かべたまま、半分になったケーキをつついていました。

三分くらい経って、やよい先生がテーブルに戻ってきました。
「交渉成立。あなたと夕食一緒に食べに行っていいって、あなたのお母さまにお許しをいただいたわ。次の課題曲を決めるんで、少し込み入った話になるから、って嘘ついちゃったけど」
やよい先生は、ニコニコしながら私の前に座り直して、コップのお水をクイっと飲み干しました。
「さあ、あなたもそのケーキ食べちゃって。そしたら、このお店出て、あたしのお気に入りのお店に連れていってあげる。そこでゆっくりお話しましょ」
「あ、それから、ここ出たら、あなたからもお家のほうに電話入れるようにって。あなたのお母さま、キレイな声してるわね」
やよい先生、なんだかすごく楽しそうです。
私は、残りのケーキをモグモグと大急ぎで口に入れ、冷めたレモンティーで流し込みました。

お店から出ると、やよい先生がちょこっとケータイを操作してから私に渡してくれました。
私はそれを耳にあてて、やよい先生から少し離れます。

母は、やよい先生にご迷惑をおかけしないように、ってしつこく言ってから電話を切りました。
「お母さま、何だって?」
「はい。帰るときになったらもう一度電話しなさいって。今日はホームキーパーの人が来ているので家を空けられるから、帰りは、母が駅まで車で迎えに来てくれるみたいです。それから、先生にくれぐれもよろしく、とのことです」
「ふーん。森下さん、大事にされてるねえ」
やよい先生が冷やかすみたいに笑って言います。
私は少し恥ずかしい感じです。

やよい先生が連れて行ってくれたのは、バレエ教室があるほうとは駅を挟んで反対側の出口のそば、大きな雑居ビルの地下にある、洋風の居酒屋さんみたいなお店でした。
「うーん。さすがにそのブレザーじゃちょっとマズイかなあー」
お店の入口を通り越して立ち止まり、やよい先生が学校の制服姿の私を見てそう言ってから、自分のバッグの中をがさごそしています。
取り出したのは、薄でのまっ白いロングパーカーでした。
うっすらと何かローズ系のパフュームのいい香りがします。
「そのブレザーは脱いで手に持って、このパーカーを着てちょうだい。それと、もちろん、あなたにはお酒、飲ませないからね」
やよい先生は、私が着替えるのを待って、お店のドアを開けました。

「このお店はね、個室みたいに各テーブルが完全に仕切られているから、内緒な話にはうってつけなのよ。それとラブラブなカップルにもね」
席に案内されるのを待つ間、やよい先生が私の耳に唇を近づけて、こっそりという感じで教えてくれました。
やよい先生の息が私の耳をくすぐって、ゾクゾクっと感じてしまいます。

メイド服っぽいカワイイ制服を着たウェイトレスさんに案内された席は、四人用らしくゆったりしていて、三方が壁で仕切られていて、入口の横開きの戸をぴったり閉めてしまえば完全に個室になります。
ウェイトレスさんを呼ぶときは、テーブルに付いているチャイムを押せばいいみたいで、これなら確かに誰にも邪魔されずにゆっくりできます。

「このお店はね、けっこう本格的なイタリアンなの。何か食べたいもの、ある?」
メニューを熱心に見ていたやよい先生が、メニューから顔を上げずに、もの珍しそうにまわりをキョロキョロしている私に声をかけてきます。
「いいえ、こういうとこ初めてなんで、先生にお任せします」
「あなた、何か食べられないものとかは、ある?」
「あ、いえ、なんでもだいじょうぶです」
「それなら、あたしがテキトーに選んじゃうわよ」
やよい先生はチャイムを押して、現われたウェイトレスさんに、サラダとスープとパスタとあと何かおつまみみたいなものをテキパキと注文していました。

ウェイトレスさんが去って、私とやよい先生は二人きり、テーブルを挟んで向き合います。
「先生は、このお店、よく来られるんですか?」
「よく、ってほどじゃないけどね。他の先生たちとたまあにね。こうして座っちゃえばもう、まわりを気にしないでいいし、あたしは気に入ってるんだ。味もいいほうだと思うよ」
そんなことを話していると、戸がトントンとノックされ、さっきのウェイトレスさんが飲み物を持ってきてくれました。
やよい先生は白ワインをデカンタで、私はジンジャーエールです。

「はい、それじゃあとりあえずお疲れさま。カンパーイ」
やよい先生のワイングラスと私のカットグラスが軽く触れ合って、チーンという音が室内に響きました。


トラウマと私 22

トラウマと私 20

その日のバレエレッスン。
私は、内心どきどきしながらも、なんとか無難にレッスンを受けることができました。

「ありがとうございましたーっ!」
生徒みんなでいっせいにやよい先生にお辞儀をしてから、さあ、早く着替えてやよい先生に会ってもらうお願いしなくちゃ、ってレッスンルームの出口に急ごうとすると、
「森下さん?」
やよい先生のほうから、声をかけてきました。
私は意味もなくビクっとして足を止めます。
「は、はい・・・?」
ゆっくりと振り返ると、やよい先生が薄く微笑みながら私を見つめていました。
「少しお話したいことがあるから、着替え終わったら講師室に来てくれる?」
やよい先生のほうから、私を誘ってくれています。
私は、なんだかホっとして、
「はいっ!」
と元気よく返事しました。

やよい先生のほうから講師室に呼んでくれるなんて、ひょっとして今日はツイてる日なのかもしれません。
私は、少しだけ気持ちが軽くなって、講師室のドアをノックしました。

「失礼しまーす」
声をかけながらドアを開くと、目の前にやよい先生とは違うキレイな女性が横向きに座っていて、どーぞーっ、って答えながらニコっと笑いかけてくれました。
その女の人もブルーのレオタードを着ているので、きっと次のクラスのレッスン講師のかたなのでしょう。
初めて入った講師室は、思っていたよりちょっと狭くて、真ん中に大きめのテーブルが置かれ、まわりに椅子が四脚。
お部屋の三分の二くらいがパーテーションで仕切られていて、着替えの場所になってるみたいです。
やよい先生は、レオタードの上に薄物のスタジアムコートみたいなのを羽織って、奥の椅子に座っていました。
「森下さん、いらっしゃい。ごめんね、呼びつけちゃって・・・」
やよい先生が言いながら椅子から立ち上がり、近くにあった椅子をひきずってきて、自分の前に置きました。
「たいしたことじゃないんだけどね。まあ、ここに座って・・・」
私が座ると同時に、入り口のところにいた青いレオタの女性が、いってきまーす、って言いながらお部屋を出ていきました。
やよい先生も、お疲れでーす、と声をかけます。
ドアがパタンと閉じて、お部屋にはやよい先生と私の二人きりになりました。

「そんなにかしこまらなくてもいいんだけどさ。森下さん、夏休み終わってからこっち、なんだかヘンでしょ?」
うつむいてモジモジしている私の顔を覗き込むようにやよい先生が聞いてきます。
「は・・・い・・・」
「だから、なんか悩み事でもあるのかなあ、って思ってさ。あたしで良ければ相談に乗るよ、って言いたかったの」
「・・・は、はい・・・」
私は、すっごく嬉しくなって、大げさではなく、感動していました。
やよい先生は、私のことを気に掛けていてくれたんだ・・・

「あ、ありがとうございます。じ、実は私も今日、先生にご相談したいことがあって、レッスンの後、お願いに伺おうと思っていたんです・・・」
上ずった声になってしまいます。
頬もどんどん火照ってきます。
「そうなんだ。やっぱり何か悩みがあるの?」
「は、はい。それで、良ければ近いうちに先生にお時間がいただけないかなって・・・」

私の顔をじーっと見つめていたやよい先生は、ニコっと笑って、
「それなら、これからどう?今日はこの後の個人レッスンの予定がキャンセルになったんで、あたし、この後ヒマだから。グッドタイミングね。あたしとデートしましょ?」
やよい先生がイタズラっぽく言って、魅力的な笑顔を見せてくれます。
「は、はい・・・先生さえ良ろしければ・・・」
私は、あまりにうまくお話が進み過ぎて少し戸惑いながらも、やよい先生とゆっくりお話できる嬉しさに舞い上がってしまいます。

「それじゃあ、あたし着替えたり退出の手続きとかするんで少し時間かかるから、そうね・・・駅ビルの2階の本屋さんで立ち読みでもしながら待っててくれる?本屋さん、わかるよね?」
「はいっ!」
私も愛ちゃんと帰るときにたまに寄るお店です。
「20分くらいで行けると思うから」
言いながら、やよい先生が立ち上がりました。
「はいっ!」
私も立ち上がって、やよい先生に深くお辞儀をしながら、
「ありがとうございますっ!」
と大きな声でお礼を言って講師室を出ました。
心臓のどきどきが最高潮に達していました。

本屋さんの店内をブラブラしながら、どこから話そうか、どう話そうかって考えるのですが、胸がどきどきしてしまって考えがうまくまとまりません。
そうしているうちに、やよい先生の姿が本屋さんの入口のところに見えました。
私は小走りに入口のところに急ぎます。

私服のやよい先生は、からだにぴったりしたジーンズの上下を着ていて、ヒールのあるサンダルだから背も高くなって、いつにもましてスラっとしていてカッコイイ。
胸元のボタンは3つまであいていて、中に着ている黄色いTシャツが覗いています。
「お待たせー」
駆け寄ってきた私にニコっと白い歯を見せてくれます。

「お茶でも飲みながらお話しましょう」
連れて行かれたのは、同じフロアの端っこにあるお洒落なティーラウンジでした。
お客さんはまばらで、ショパンのピアノ曲が静かに流れています。
レジや調理場から遠い一番隅っこの席に向かい合って座りました。
「何でも好きなもの、頼んでいいわよ」
やよい先生は、そう言ってくれますが、私は全然お腹が空いていません。
「えーと・・・レモンティーをお願いします」
「あら?ここのケーキ美味しいのよ?一つくらいなら食べられるでしょ?」
「あ・・・は、はい・・・」
やよい先生は、自分のためにコーヒーと、ザッハトルテを二つウェイトレスさんに注文しました。

飲み物が来るのを待つ間、やよい先生は、今日キャンセルされた個人レッスンの生徒さんが習っている課題曲が、いかに難しい曲であるかについてお話してくれていました。
私は、相槌を打ちながらもお話の中味が全然頭に入ってきません。
今日のお話次第で、やよい先生と私の今後の関係が決まってしまうんだ・・・・
心臓がどきどきどきどきしていました。

ウェイトレスさんが注文の品々をテーブルに置いて去っていくと、やよい先生はコーヒーカップに一口、唇をつけてから、私の顔をまっすぐに見つめました。
「さてと・・・それじゃあ、お話を聞かせてちょうだい」
「は、はい」
私は、ゴクンと一回ツバを飲み込んでから、考えます。
何から話始めるか、まだ決めていませんでした。
えーと・・・
どうしようか・・・

考えがまとまらないうちに、勝手に口が動いていました。
「えーと・・・やよいせ・・・ゆ、百合草先生は、レズビアン、なんですか?」
自分でも思いがけない言葉を、やよい先生につぶやいていました。


トラウマと私 21