2024年3月23日

彼女がくれた片想い 08

 彼女に話しかけたのは失敗だった。
 あれ以来彼女は、私を見かけると曖昧な笑顔で会釈してくるようになったのだ。
 それまでモブ扱いだった私が、彼女の中で顔と、おそらく名前まで知る一個人として認識されてしまった。

 普通にコミュ力のある者ならば、それをきっかけに会話して友達とは言えずとも知り合いくらいにはなり、すぐには無理だろうが成り行き次第でもっと核心を突いた話、たとえば、体育の後ノーパンになるのは何故か?とか、講義中のトイレに籠って何をしているのか?とか聞き出すことも出来ただろう。

 その答えによっては、淫靡な秘密を共有する性的友好関係になったり、逆に悪用して私が脅迫者になる世界線もあったかもしれない。
 しかしながらコミュ障をこじらせている私にはそういった普通の対応が出来ず、会釈をくれる彼女からわざと目を逸らすような塩対応をくり返していた。

 それでも彼女が気になる私は、その週の木曜日、二限目の終わった教室を出る彼女の背中を追っていた。
 今日は彼女、どうするのだろう?
 午前中で帰宅するのか、それとも学食で昼食を摂った後、例のトイレに籠もるのか。
 今日の彼女の服装はガーリーな花柄で長めのワンピースなので、もはやすでにノーパンでトイレの線が濃厚かと勝手にワクワクしていた。

 大部分の学生が一階の学食ホールへ向かうのであろうかまびすしい集団の中、彼女の背中を見失わないよう数メートルの間隔を保ち階段を降りる。
 やがて一階の長い廊下へ。
 途中にある正面玄関前の広めなスペースにはけっこうな人溜まりが出来ている。
 後の講義がなくて下校する者や校外で昼食を摂る者などが集っているのであろう。

 数メートル先を歩いていた彼女も、その一群のほうへと方向を変えた。
 一緒にいた数名の友人たちが見送るように対峙して、にこやかに何事か言いつつ手を振り合っている。
 どうやら今日の彼女は学食で昼食は摂らずに学外へ出るらしい。

 そんな様子をゆっくり歩きながら横目で眺めて尾行決定と思っていたら、彼女が近くを通る私に気がついたらしく小さな笑顔で会釈を送ってきた。
 彼女の仕草に彼女の友人たちも振り返り、私のほうを見ている。

 私はそれに気づかないフリをした。
 そんなフリをした以上立ち止まる事も出来ず、そのまま学食方向へ歩き去るを得ない。
 どんどん広がる彼女との距離。
 やれやれ、今日も尾行は出来ないか、と落胆した。

 学食ホールのいつものぼっち飯指定席で美味しいドライカレーをもそもそ頬張りながら、サボりがちだった今日の四限目の講義にも出なくちゃいけないし、と自分を納得させる。
 食後にお茶を一杯飲んでから席を立ち、読書をするために三階のいつもの空き教室へと向かった。

 まだ休み時間中なので三階と言えどもかなりざわついていた。
 早々と次の講義の教室へと入る者、廊下で立ち話に花を咲かせるグループ、トイレへの入口ドアも引っ切り無しに開け閉めされている。
 そんな中、私はいつもの空き教室ドア際席にひっそりと身を沈め、文庫本を開いた。

 ネットで手に入れて昨日から読み始めた羞恥責めをテーマにした官能小説的ラノベ。
 彼女の一連の行動に触発され、それっぽい単語を検索して買ってみた聞いたこともない著者の作品だ。

 知性も品性も感じられない直接的な描写の羅列にいささかげんなりもしたが、読み進めるうちに、そのあからさまに下劣な嗜虐描写の数々に性的な高揚感も感じていた。
 責める側も責められる側も女性の百合と言うかレズビアンメインの小説で、ヒロインが理不尽な辱めを受け羞恥に染まる描写に彼女の姿を何度も重ねていた。

 読書に没頭しているとチャイムが鳴り三限の講義開始。
 さっきまでの喧騒が嘘のように辺りが静まり返る。
 
 文庫本の章立てもちょうど一段落したところで、うつむいていた顔を上げ何気に送った視線の先にトイレ入口のドア。
 そのときふと思った。
 ああいうところで全裸になったらどういう気持ちになるのだろう、と。
 小説の中でも、ヒロインが街のアパレルショップのカーテン一枚の試着室で全裸になることを命じられる場面があったからかもしれない。

 少し迷ったが意を決して文庫本をバッグにしまい、バッグを提げてトイレの入口ドアの前に立った。
 ドアをそっと開くと五つある個室のドアはすべて開いており、しんと静まり返っている。
 彼女が使っていた入口から一番遠い五つ目の個室のドアへ吸い込まれるように入り込みカタンと鍵を掛けた。

 本当にやる気なの?と私の中の良識が呆れたように問い質すが、未知への好奇心が呼ぶ得体のしれない性的高まりがその声をかき消した。
 蓋の閉じた便座の上にバッグを置いて、一度大きく深呼吸。

 今日の私の服装は濃いグレイの長袖無地ブラウスに黒のスリムジーンズ、そして真っ白なスニーカー。
 彼女を尾行することも考えてあまり目立たないようなコーデにしていた。
 六月に入り少し蒸し始めているので、このくらいの服装がちょうど良い。

 まずはブラウスのボタンを外していく。
 トイレの個室でまず上半身を脱ごうとしているという事実がなんだかヘンな感じだ。
 ブラウスから両腕を抜いたら軽くたたんで便座の上に置く。

 次にジーンズを脱ぐためにスニーカーを脱いだ。
 靴下が汚れるのも嫌なので靴下も脱いだ。
 裸足でトイレのタイル張りの床に立つ。

 ジーンズのボタンを外しジッパーを下げ、少し屈みながら足元までずり下げる。
 左右の膝をそれぞれ曲げてジーンズを足首から抜き去り、こちらも軽くたたんで便座に置いた。

 これで私はブラジャーとショーツだけの下着姿。
 そう思った途端にゾワッとした電流が背筋を駆け抜けた。
 ありえない場所でありえない格好になっている自分。

 誰もが自由に出入り出来る女子大のトイレ。
 個室内はプライベートな場所だけれど、着替えを除けば下着姿になる必然性なんてまったく無い。
 日常的な場所での非日常的行為。
 誰かに命じられたり脅されたりもしていない、勧んで自ら行なうインモラルな秘め事。

 つまり背徳感。

 その浅ましい行為に凄まじいほどの性的興奮を覚えている私。
 この段階でこうだったら、下着まで脱ぎ去ったら自分はどうなってしまうのだろう…
 怯む気持ちが一瞬頭をかすめたが、すでにショーツに少量の愛液を滲ませている私に、ここでとどまる選択肢はなかった。


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