2021年10月3日

肌色休暇二日目~いけにえの賛美 12

「直子ちゃんにシャワーを急がせたのは、受け持ってもらいたいお仕事があるからなのよ」

 ニヤニヤ笑顔の中村さまが立ち上がりつつおっしゃいました。
 中村さまと同じような笑顔のお姉さまが中村さまのお隣に並ばれ、私をじっと見つめつつ不自然なくらい大げさにご自身の顎を上にしゃくられました。

 ドキン!
 お姉さまからその合図をされたら、私は服従ポーズを取るしかありません。
 恥ずかしさで顔が上気してくるのを感じながらヴィーナスの誕生ポーズだった両手をゆっくりと外し、いったんお腹の前で両手を組んだ後、両腋を徐々に開いて後頭部へ。

 全裸のなにもかもを剥き出しのままみなさまの眼前に。
 お姉さま以外のお三かたのお顔が、一様に唖然とされたお顔に変わります。

「直子にジョセフィーヌのお散歩係を受け持って欲しいそうなの。ここに滞在させてもらっているあいだ、ずっとね」

 中村さまが覗き込まれていたビニールバッグの中から、何か青くて丸い円盤状のものとワンちゃんのリードらしき紐を取り出されたお姉さま。
 円盤状のものを団扇のようにパタパタ揺らしながらつづけられます。

「朝の8時前と夕方の今頃、つまり5時半くらいの一日二回。明日と明後日、つまりあたしたちがおいとまするまでね」
「今日の当番は中村さんだそうだから、最初だけついて行ってくださるって。それで手順を覚えて、明日からはひとりで、ね」

 私の首輪にリードを繋いでくださるお姉さま。
 リードはあるじさまが使われていたのと同じような縄状ロープでしたが、あるじさまのよりも長めで、持ち手が私の脛のところくらいまで垂れています。

 それからお姉さまの手に導かれて服従ポーズが解かれ、右手に渡された青い円盤。
 近くで見てわかったのですが、それはプラスティック製のフリスビーでした。
 滑らかな表面のあちこちに小さな凸凹、たぶんジョセフィーヌさまの歯型、噛み痕でしょう。

「それじゃあさっさと行こうか」

 中村さまがビニールバッグを手に取られ、私を見ます。
 えっ!?あの、ちょ、ちょっと待って…

「あの、あの私、私は、裸のままで、ですか?…」

 私のリードを掴もうと伸ばされてきた中村さまの手より一瞬早く、自分の右手でリードの途中を握って後ろ手に隠します。

「大丈夫よ。ここら一帯は私有地だから一般の人は入って来れないことになっている、って教えたじゃない?」

 お姉さまが、忘れちゃったの?とでもおっしゃりたげなお顔で、私の顔を覗き込んでこられます。

「でもでもあるじさまが、郵便屋さんや宅配便屋さんがいらっしゃることがある、って…」

 全裸でワンちゃんとお外をお散歩する、という行為は露出マゾの私にとって凄く刺激的で魅力的な冒険なのですが、初めて訪れた知らない土地ですし、お姉さまもご一緒してくださらないようなので、生来の臆病が顔を出して怖気づいてしまっています。

「あるじさまって?ああ、先生のことか。配達の人たちは、ここがそういう屋敷だって知っているから、もう慣れっこになってるし、そもそも今日はもう郵便、来てるよ」
「それにもし万が一、知らない誰かに絡まれたとしても、ジョセが守ってくれるって。あの子ああ見えて、不審な人物には敏感で、人が、じゃなくて犬種が変わったみたいに獰猛になるから」

 焦れったそうにおっしゃる中村さまの背後から、寺田さまが近づいていらっしゃいました。
 一見、エプロンの下に何も着ていらっしゃらないように見える妖艶な寺田さま。
 おそらくあるじさまの助手をされていたときに召されていたレオタードのままなのでしょう。

「でもまあ直子ちゃんが尻込みしちゃうのもわかるわ。今日来たばっかりだし、この屋敷の周辺がどんな感じなのかも知らないでしょうし」

 おやさしくおっしゃりながら、着けていたエプロンの紐を解き始められました。

「だから今日はこれを貸してあげる。真っ裸で出るよりも、いくらか気分も落ち着くでしょう?」

 外したばかりのエプロンを私に手渡してくださる寺田さま。
 私の予想は外れて着替えていらっしゃいました。
 エプロンを取られた寺田さまの着衣は、黒のキャミソールにデニムのショートパンツ、変わらずのナイスバディなボン・キュッ・ボン。

「悪いわね、うちの直子がわがままで。ほら、直子、裸エプロンも大好きでしょ?ちゃんとお礼をなさい」

 お姉さまのニヤニヤ笑いが止まりません。

「あ、はい。ありがとうございます…」

「あたしが紐を結んであげる」

 お姉さまが私の素肌にエプロンを纏わせ、首後ろとウエストの紐をきつく結んでくださいました。
 布地にうっすらと寺田さまの体温がまだ残って生温かい。
 エプロンの丈は私の太股半分くらいまで、胸当ての左右から横乳が三分の二くらい覗いています。
 もちろんお尻は丸出し。

「あら可愛い。そのままメイド喫茶で働けるわね」

 からかうような寺田さまのお声。

「ほら行くよ。たぶんもうジョセが焦れて玄関の外で待ってる」

 中村さまがあらためて私のリードを手にされ、グイッと引っ張られます。
 どうやら有無を言わさずこの格好でお外に連れ出されるみたい。

「直子?フリスビーは剥き出して持っていてね。それで空いている手でそのバッグを持って」

 中村さまにご指示され、何やらごちゃごちゃ詰め込まれているビニールバッグを手にします。
 中村さまからも呼び捨てに変わりました。
 そんな中村さまは片手に私のリード、もう片方の手にはお姉さまのハンディビデオカメラ。

「あ、ちょっと待って。ジョセのおやつは入っているけれど、直子用のおやつも入れてあげなきゃだよね」

 寺田さまが出てこられたドアの向こう側に優雅なお足取りで消えられ、すぐに戻っていらっしゃいます。
 手にされた黄色いバナナ三本が連なった房が、私が提げたビニールバッグの一番上に乗せられました。

 意味有りげにお顔を合わせられ、ニッと小さく笑い合わられるお三かた。
 中村さまが玄関方向へと一歩踏み出され、私の首輪も同じ方向へと引っ張られます。

「いってらっしゃーい。気をつけて、ごゆっくりー」

 明らかに愉しまれているお姉さまと寺田さまのお声を背中に聞きながら、ホールを抜けて玄関口へと出て、スリッパからサンダルに履き替えました。

 外開きの扉を開けた途端に、力強く、ワンっ!のひと吠えが。
 ジョセフィーヌさまが尻尾ブンブン、お口ハアハアで待ち構えていらっしゃいました。

 お外は陽射しがずいぶん弱まったものの、まだまだ充分な明るさ。
 裸エプロンがちょうどいいくらいの暑くもなく寒くもなく。
 そよそよそよぐ風が素肌に気持ちいい夏の夕方。

 ジョセフィーヌさまはまず、中村さまのお足元を嬉しそうにグルグル回られてご挨拶。
 それから私のほうを見遣り、持っていたフリスビーに気づかれたのでしょう、尻尾の揺れが一際激しくなられました。

 リードに引かれた私のもとへと飛びかかってこられるジョセフィーヌさま。
 白いエプロンの胸元に前肢をお掛けになり、爪先立ちで私の顔を舐めようと長い舌を伸ばしてこられます。
 
「あぁんっ…」

 それから今度は私の背後に回られ、足元にまとわりつくようにおからだ擦り寄せつつ、剥き出しの背中やお尻をペロペロ舐めてこられます。
 
「そうよジョセ、今日からしばらくはこの人がおまえの遊び相手。仲良くなれるといいね」

 私の数歩先を歩かれつつ振り向かれた中村さまが、ジョセフィーヌさまにそんなふうにお声掛け。
 その右手のお姉さまのビデオカメラのレンズが、私とジョセフィーヌさまに向いています。
 玄関先の庭園を抜け、間もなく私たちが来るときに車で走って来た山道に出ようとしています。

「あのう…お散歩って、お屋敷の外に出るのですよね?」

 先ほどからずっと気になっていたことを、我慢しきれず中村さまのお背中に問い掛けます。

「そうよ。犬のお散歩だもの…」

 あたりまえじゃない、とでも呆れられたようにつづきそうな、振り向かれた中村さまのお顔。

「ジョセフィーヌさまにリードを付けなくてもいいのですか?」

 そうお声がけすると中村さまのお足取りがピタッと止まりました。
 数歩で追いついた私。
 そこからは中村さまと肩を並べて歩くことになりました。

「ジョセはいいのよ。ここでは放し飼い。何度も言うようだけれどここら一帯はワタシらの私有地だから」

 中村さまを真ん中に左に私、右にジョセフィーヌさまという並びで、どんどんお屋敷の建物から離れていきます。
 敷石の舗道もそろそろ終りとなり、もう少しで山道に出るはずです。

「ジョセが夏をここで過ごすのも4年目だからね、ジョセにとってここら一帯はまさに、勝手知ったるなんとやら、なのよ」
「ワタシらが用事で散歩につきあえないときは、時間になるとひとりでここらへんを散策しているみたい。なんか知り合いも増えているみたいだし」

 おひとりで可笑しそうに含み笑いされる中村さま。
 
 お散歩の道順は、まさしく私たちが車でやって来た山道を、逆に辿っています。
 ジョセフィーヌさまは山道に入った途端に、その緩やかな下り坂をタッタッタッと軽やかに駆けていかれ、十数メートルくらい先に行ったところで立ち止まられて振り向かれ、早くおいでよ、とでもおっしゃりたげなお顔で私たちを待つ、というのをくりかえされています。

 同じ首輪の身ながら、自由奔放に振る舞われるジョセフィーヌさまと、中村さまのリードに繋がれたままの裸エプロンの私。
 私ってここではワンちゃんよりも地位の低い存在として扱われるんだ…
 そんなふうに考えた途端、甘美な被虐の電流が下半身をつらぬき、キュンキュン感じてしまいます。

「寺っちから聞いたよ、あなた、先生にずいぶんしつこく虐められたそうじゃない?」

 中村さまがビデオカメラのレンズをこちらへ向けながら尋ねてこられます。

「あ、いえ、そんな…」

「四つん這いでずいき咥えさせられて、シャワーでイカされて、イラクサでイカされて、ジョセにイカされて。本気のビンタで涙まで落としてたって」
「エミリー、それ聞いてとても嬉しそうにしてたわよ?あなたたちって本当に理想的な主従カップルなのね」

 なんてお答えしていいのかわからず、ただモジモジうつむくだけの私。

「あなたと遊んで先生もノッちゃったみたいで、あれからずっと仕事部屋に籠もりっきりよ」

 そのお言葉をお聞きした途端、私が一番知らなくちゃいけないことがあったことを思い出しました。
 ここに着いてからのあれこれがいちいち強烈で、すっかり失念していました。

「あのう、教えて欲しいことがあるのですが…あるじさま…先生って、何の先生なのですか?…」

 私が中村さまにそう単刀直入にお尋ねすると、中村さまのおみ足が再度ピタリと止まりました。
 それまで私のからだのあちこちに向けられていたビデオカメラのレンズも下ろされます。

「呆れた。そんなことも知らずに今まで先生に好き放題にされていたんだ?てっきり知っててファンだから悦んでいるんだと思ってた。エミリー教えてくれてなかったの?」

「はい…お姉さまからは、とにかく偉い先生ということだけで…あと、容赦無く責める怖い人、だとも…」

「ふーん、エミリーらしいわね。当たらずとも遠からず、ってとこ」

 私たちが立ち止まってしまったのでご心配されたのでしょう、ジョセフィーヌさまが私たちの足元まで戻って来られ、怪訝そうに見上げられています。
 そのお顔に促されるように中村さまが再び歩き始められました。
 
 左右に立ち並ぶ木々の葉っぱで翳った陽光が遮られ、昼間のときよりずいぶん薄暗く感じます。
 でも却ってそれが神秘的と言うか幽玄な感じと言うか、非日常っぽい絵画の世界に迷い込んでしまったかのようでもあり、幻想的。
 この感じなら私の裸エプロン、意外と合っているかも、なんて…

「あなた、百合薔薇学園サーガ、っていう小説シリーズ、知ってる?」
 
 中村さまからの妙に具体的なご質問で現実に引き戻されます。

「あ、はい。学生の頃に何冊か読んだことがあります。確か…鬼百合と姫小百合…っていうタイトルだったと思いますけれど、あのお話の印象が鮮烈で…」

 その小説は私が受験を控えた高三のとき、ピアノを個人レッスンしてくださっていた妙齢の女性が貸してくださったものでした。
 全寮制の女子学院を舞台にした百合小説で、そのお話は寮長である美貌の女性教諭が新入生の可憐な美少女をSM的な展開で言いなりドレイに調教していく、という、私の性癖のド真ん中をジャストミートなものでした。
 
 お借りした当時、そのピアノの先生との甘酸っぱい関係性とも相俟って大いに感化され、夜毎ページを繰ってはオナニーに耽ったものでした。
 何年かぶりに思い出して、自然と顔が火照ってしまいます。

「ははーん、その顔は直子もあの話でオナってたくちでしょ?あのシリーズの作者先生よ」
「ライトノベルがまだジュブナイルなんて呼ばれていた頃から少女小説の連載を何本も持たれ、その後はSFや時代小説、BLやエッセイなど手広く手掛けて、近年は正統的な甘酸っぱい百合小説と女性主従のレズビアン官能小説をメインに執筆されている名塚毬藻先生」

 お名前をお聞きしても申し訳ないのですが、ああ、あのお話はそんなお名前の作者さまだったな、くらいの印象でした。
 教えていただいて思い出したくらいな…
 
 なにしろ、そのピアノの先生がその頃の私くらいのご年齢のときにご感銘を受けた作品です。
 ピアノの先生と私に10歳くらいの年齢差がありましたから、その頃には新品が本屋さんには売っていませんでした。
 お借りした本も夜毎の酷使でだいぶくたびれていましたので、もう一冊買っておこうとご近所の古本屋さんをこまめにチェックしてやっと買えたくらいでした。
 
 そのときシリーズの他の巻も数冊一緒に買いました。
 それらは百合小説として普通に充分面白かったのですが、えっちな描写はどれもなぜだか控えめで、私にとっては一冊目ほどのインパクトはありませんでした。
 
 それでも、あのお話を書かれた先生、というのは驚きで、何か運命の綾みたいなものを感じます。
 そんな先生って、今おいくつなんだろう?…

「ワタシは某出版社に勤めていて先生の担当編集者だったの。でも連載している文芸誌の編集長が変わって、先生の担当も変えるって言い始めて揉めて。先生も、中村とじゃなきゃ書かない、っておっしゃってくださって」
「それで編集長と喧嘩みたいになって出版社飛び出して今はフリーの編集。文芸誌にはきっちり連載終わりまで半年分の原稿を先生が預けてくれた」

「先生は毎年夏はここに来て、読み切りの作品をいくつか仕上げるの。出版社からの依頼じゃなくてご自分で書きたいと思う小説ね」
「今年は女子校の女教師転落陵辱ものとご令嬢誘拐のサスペンスもの、あと大奥を舞台にした時代物を何か書きたいって言ってる」

「女教師ものは先週来ていたM女がいいインスピレーションになったみたい。で、今日はご令嬢もので臨まれたみたいね。それで直子のドマゾっぷりが見事にツボに嵌ったみたい」

 先生、あるじさまのことになるとご饒舌になられる中村さま。
 もう10分くらいは歩いたでしょうか、気がつけば見覚えのある道、来る途中のランチタイムでお姉さまに虐められた芝生広場から車へと戻る際にお姉さまと手を繋いで歩いた細い脇道、に入っていました。
 ということは、お散歩のゴールもあの広場なのかな。

「それにしても、レズビアンでSM寄りの性癖持ちって、もれなく、鬼百合と姫小百合、の洗礼を受けているみたいね。ワタシや寺っちとイガちゃんはもちろんだけど、直子もだって言うし、先週のM女だって…」

 中村さまがそこまでおっしゃったとき、あの広場の入口に着きました。
 木々が途切れた四角形のただっ広い芝生広場なので、陽光もまだ充分に射して山道とは段違いの明るさ。
 一足先に辿り着いていたジョセフィーヌさまが私たちの顔を見上げてワンッ!

「ああ、いいよー、いっといでー」

 中村さまがおやさしくおっしゃり、広場の入口から真向かいのほうをまっすぐ指さされます。
 その指さされたほうへとまっしぐらに駆け出して行かれるジョセフィーヌさま。

 ジョセフィーヌさまは広場中央の木陰も突っ切られ向こう側の草むらにお姿を消されます。
 私たちは入って左手の屋根が付いた東屋でひと休み。

 私が持っていたビニールバッグをテーブルの上に置き、中村さまが中からいろいろ取り出されます。
 バッグの中に入っていた学校の体操着入れくらいな大きさの巾着袋に、何かチューブみたいなものやらをいろいろ詰め込まれ、それを手首に掛けられてその手には園芸用みたいな金属製のシャベル。

「ジョセはね、ここに来たら真っ先にさっきみたいに草むらに飛び込んでうんちするんだ。どうやらお気に入りの場所があるみたい。直子はフリスビーだけ持ってついてきて」

 笑いながらおっしゃる中村さまが、シャベルを持たれた手の指先に私のリードの持ち手も引っ掛けられ、ジョセフィーヌさまが先ほど消えられた草むらのほうへと私を引っ張っていきます。
 中村さまの空いたほうの手にはしっかり、お姉さまのビデオカメラ。

「明日からは直子もジョセと一緒に、したかったらしちゃっていいからね」

 途中振り向かれた中村さまがイタズラっぽく、そうおっしゃいました。


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