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2011年2月5日

メールでロープ 01

結局、やよい先生が東京へ発つ日のお見送りはできませんでした。

やよい先生からは、あのお泊りの翌日別れて以来、連絡はありませんでした。
私が訪ねたとき、まだ家具類や日常品の荷造りなどがまったく手つかずでしたから、きっと、お引越しの準備で忙しいのだろうと思い、がまんしてがまんして、その5日後の夜遅くに、電話をしてみました。

「ごめんねー。全然電話できなくて。いろいろ忙しくてさー。でもおかげさまですっかり片付いたよ」
やよい先生のお元気そうな声が返ってきます。
「えっ?東京行く日?あさって。8月最初の日。引越し屋さんや現地での手配の関係で昼の1時には新居にいなきゃいけないから、朝の10時頃に出発かな?」
その日は、間の悪いことに高校の夏休み登校日で、午前中はつぶれてしまいます。
私は、半泣き声になっていました。

「いいよ、お見送りなんて。もう二度と逢えないワケじゃないんだから。あたしもヒマができたらこっちに来るよ。なお子の家に泊めてくれる?」
「・・・もちろんです。母もますます先生のファンになっちゃってるし・・・」
「それは光栄。だからその日、なお子は学校にちゃんと行きなさい。これは先生命令よ」
少し沈黙してから、やよい先生がつづけました。

「それになお子、その日もし逢ったら絶対泣くでしょう?あたし、そういうのちょー苦手だし。あっち行って落ち着いたらスグ電話入れるから。そしたらメール課題開始ね」
「・・・」
「あたしは、なお子のことずーっと好きだよ。今までも、これからもずーーーっと。だからなんかあったら、あたしを身内だと思っていつでも頼ってきてね」
「・・・」
「あ、ごめん。家電鳴ってる。たぶん引越し屋さん。それじゃあ切るからね。なお子、愛してるよ。ありがとね」
プチっと電話が切れました。
私は、ベッドに倒れこんでくすんくすん泣きました。

その夜はよく眠れず、次の日も朝早くに目が覚めてしまいました。
東京に行ってしまう前にやよい先生のお顔をもう一度見るとしたら、今日がラストチャンスです。
どうにもいてもたってもいられなくなってしまい、母に、お友達のところに行って来る、と言って家を出て、やよい先生のマンションがある駅に降り立ちました。

あの日のような快晴でした。
駅に降り立ったものの、考えてみるとあの日はやよい先生の愛車で連れて行かれたので、マンションへの道順がまったくわかりません。
やよい先生やユマさんにも電話してみたのですが、両方とも電波が届かないと言われて通じませんでした。
電話が通じないとなると、たとえマンションの前にたどりつけても、逢えるかどうかもわかりません。
それでもいい、と思いました。
やよい先生とユマさんに、今の時刻と、このメールに気がついたらご連絡ください、ってメールを入れてから、記憶と勘を頼りに駅周辺をあちこちさまよいました。

ようやくやよい先生のマンションの前にたどりついたのは、午前10時前。
約一時間以上、炎天下の町中をさまよっていたことになります。
汗びっしょりで、着ているTシャツが肌にペッタリ貼りついていました。

たどりついたものの、今度はどうやってやよい先生を呼び出したらいいか、わかりません。
お部屋にいるのかどうかも。
ケータイも相変わらずつながらないし、メールの返信もありません。

でも、せっかく来たんです。
たとえやよい先生が今、お部屋で寝ていたり、どっかにお出かけ中だとしても、夕方までには起きてケータイをチェックするはずです。
私は覚悟を決めました。
やよい先生が姿を現わすまで、あの日、やよい先生がお話ししてくれたミーチャンさんのように、マンションの前で待つことにしました。

マンションの入口から少し離れた塀際に、マンションのお庭にある大きな木の葉っぱが道路にはみ出て日陰を作っている場所があって、その下にちょうど飲み物の自動販売機がありました。
お茶のペットボトルを一本買い、その日陰に入って涼をとりながら、自販機の脇にもたれてしばらくボーッとします。
ときどき、やよい先生のお部屋のあたりを見上げます。
正確にどれがやよい先生のお部屋の窓かはわからないのですが。
刑事ドラマの刑事さんの張り込みみたいだな・・・
一人でクスッと笑います。
って言うよりも、これってなんだか、今流行のストーカー?

マンション前の通りは、ほとんど人通りが無く、時おり、自転車に乗った子供たちがワイワイ通り過ぎたり、自動車がブーンと走り去っていったり。
真夏日にどこの窓もピッタリ閉ざされて、ジージジジジジとアブラゼミの声だけが遠く近く響いています。

20分くらいして、駅へつづく曲がり角のほうから4~5人の人影が現われました。
だんだんこちらに近づいてきます。
私は、自販機の陰から身を乗り出して目を凝らします。

全員女性で6人いました。
道一杯に広がっておしゃべりしながら近づいてきます。
みなさん、何て言うか、結婚式の二次会帰りみたいなセミフォーマルで肩や胸元が露出した服装をされていますが、なんだか疲れているようで、少しだらだらとした歩き方でした。

右手に大きな花束を持って真ん中を歩いているのが、やよい先生でした。
両耳と胸元のアクセサリーが陽射しを受けてキラキラ光っているのが、遠くからでもわかりました。
母がプレゼントしたネックレスと私があげたイヤリング、着けてくれてるんだ。
私は、すっごく嬉しくなりました。

きっと、やよい先生のさよならパーティをした朝帰りなんでしょう。
ユマさんとシーナさんの姿もわかります。
二人とも裾の長い綺麗なドレスを着て、見違えています。
やよい先生と腕を組んだ青いドレスの女性は、ミーチャンさんでしょう。
やよい先生が見せてくれたビデオの女性に髪型や雰囲気が似ています。
その他に知らない女性が二人。
そのうちの、やよい先生よりも背の高い女性が伸びをしながら口元も押さえずに大きな欠伸をしました。
誰もこちらには目を向けず、お互いの顔に視線を向けながらガヤガヤと親しげにおしゃべりしつつ、こちらにだんだんと近づいてきました。

私は、なぜだかもう一度、自販機の陰に身を隠しました。
6人の姿を見ていたら、急に怖気づいてしまいました。
知らない女性が二人いることもあったのでしょう。
私がまだ知らない、やよい先生たちの世界・・・

これからみんなで、やよい先生のお部屋でもう一騒ぎするのでしょうか?
それとも、みんなで眠るのでしょうか?
今、やよい先生のお部屋は何も無くてガランとした状態のはずです。
明日がお引越しの日なのですから。
どうするんだろ?
ひょっとすると、あの中にもう一人、このマンションに住んでいる人がいるのかもしれない・・・

自販機の裏でそんなことを考えているうちに、おしゃべりの声がはっきり聞こえるほど、やよい先生たちは近づいてきていました。
「ふぁーあっ、と。やっとついた、ついたー」
「今日はさすがに疲れましたねー」
「さ、はやくこんなドレス脱いで、寝るべ寝るべ・・・」
「悪いねー、クーコ・・・」

私は、またそーっと顔だけ出してやよい先生たちを窺い、すぐ引っ込めます。
やよい先生たちは、ワイワイ言いながらマンションの門をくぐるところでした。
やがて、足音がマンションのエントランスのほうへゆっくり遠ざかっていきます。
私は、もう一度そーっと門のほうを窺います。

目が合いました。
青いドレスの女性。
ビデオで見たのと同じお顔をしたミーチャンさんが一人だけ、門の前にポツンと立って私のほうを見ていました。
ニッコリやさしそうに微笑んで。
私がびっくりして固まっていると、ミーチャンさんが小さくおいでおいでをするように、右手をヒラヒラさせました。
深く切れ込んだ胸元の白い肌がセクシーに揺らぎます。
私は、一瞬迷いましたが、腰を90度曲げて深くお辞儀してから、踵を返してその場を逃げるように立ち去りました。
間近で見たミーチャンさんのお顔は、大人の女性の愁いと気品と色気がある上に小さく儚げで、アンティークなフランスの貴婦人のお人形のように、すっごく綺麗でした。

私は、やよい先生たちの前に姿を現わすことができませんでした。
やよい先生のお仲間さんたちは、みんなステキでした。
それぞれ、ちょっとセクシーなドレスを堂々と着こなして、全員が夏の陽射しの中でキラキラ輝いて見えました。
高校生の私とは、まったく違う世界の住人。
自分の仕事で自分で生活している自信と余裕、みたいなものに私は、今の自分とは決定的に違う何か、を感じていました。
みんなステキな大人の女性でした。
私がその輪の中に入るのは、まだまだおこがましいと思ったんです。

私ももっといろいろとしっかりして、やよい先生たちみたいなステキな大人の女性にならなきゃ・・・
電車に揺られながら、私の気持ちはすっかりスッキリしていました。
今度、やよい先生に会ったとき、びっくりさせちゃうほどステキな女性になれるように精一杯努力しよう・・・
そう決めました。

私が降りる駅に着いたとき、ケータイがブルブルっと震えました。
やよい先生からのメールでした。
近くに来ていたなら、一緒に来ればよかったのに、みたいなことの最後に、
「ずーーーっと愛してるよ」
って書かれていました。
私は、短かくこう返信しました。

「ありがとうございます。またお逢いしましょう。ずーーーーーーっと愛しています。」


メールでロープ 02