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2016年4月24日

オートクチュールのはずなのに 47

 即席のメイクルームとした場所は、リビングルーム中央にあるダイニングテーブルのすぐ脇。
 リビングへ入った途端、真っ先に視界へと飛び込んでくる場所で、私はご丁寧にもリビングの入口のほうに向いて立っていました。

 先頭を歩いていらした早乙女部長、いえ、綾音さまと目が合うと同時に、ガヤガヤがピタリと止まり、お部屋の中が静まり返りました。
 綾音さまだけが笑みを浮かべられ、他の4名の方々は、立ち止まったままギョッとしたようなお顔で私を見ていました。
 咄嗟に胸と股間を隠そうと、両手がピクッと動いたのですが、訪れた沈黙の重さにそのまま固まってしまい、結局、元の立ち尽くし姿勢のままでいました。

「すごくいいじゃない?しほりさん」
 綾音さまがツカツカと近づきながら、私の横のしほりさまにお声をかけられました。
「ええ。わたし自身も納得のいく出来栄えです」
 しほりさまが満足そうにおっしゃって、私を視ました。

 綾音さまから数歩遅れで、恐る恐るという感じでこちらへとジリジリ近づいてこられる他のみなさま。
「ナオっち・・・だよね?」
 私の顔を穴が空くほど見つめたまま、リンコさまが尋ねてきました。
「あっ、しほりん、オハヨー」
 取ってつけたようにしほりさまに小さく手を振るリンコさま。

「違うわよ。わたくしが東奔西走してようやくみつけてきた、代役のモデルさんよ」
 綾音さまがご冗談ぽくおっしゃる横で、コクンと首を縦に振る私。

「やっぱりナオちゃんなんだ。すごい、見違えちゃったじゃない」
 間宮部長、いえ、雅さまのお顔がパッとほころび、私に駆け寄ってきました。
 
 いつものように抱きつこうとされたのでしょうが、私が全裸なことに今更ながらお気づきになったようで、50センチ手前くらいで立ち止まると、嬉しそうなお顔であらためて、私の全身を吟味するようにしげしげと見つめてきました。
 ほのかさまとミサさまはまだ、信じられない、という微妙なお顔つき。

 不躾な視線、好奇の視線、気まずそうな視線・・・
 それらをいっぺんに集中放火され、私、どうにかなっちゃいそう。
 それも昨日までは普通に、同じオフィスでお仕事をご一緒してきたかたちから。

「みんな揃ったわね。早乙女部長から聞いたと思うけれど、そういうことになっちゃったの。今日は破れかぶれでいいから、イベントが成功するように、一丸となってがんばりましょう」
 いつの間にか背後にいらしたお姉さまが、私の頭越しにみなさまにおっしゃいました。
 それから私の正面に来られ、顔をじーっと見つめられました。

「いい感じじゃない、しほりさん。これなら直子を知っている人が見ても、絶対、直子とは思わないはずよ」
 お姉さまのご登場で、ようやく場が和み始めたようでした。

「そうですよね。アタシ、部屋に入った途端、なんだ、絵理奈さん来ているんじゃない、って思いましたもの。ウイッグ変えたんだ、って」
 リンコさまのお言葉に雅さまも大きくうなずかれました。
「うんうん。ワタシは絵理奈さんをよく知らないから、単純に、ずいぶんセクシーなモデルさんがいるな、って思った」

 さすがに晴れのイベントの日。
 みなさま、とてもおめかしされていました。

 シックな黒のタイトスーツでビシっとキメたお姉さま。
 光沢のあるワインレッドのイブニングドレスを艶やかに着こなした綾音さま。
 ストライプのパンツスーツがマスキュリンかつエレガントな雅さま。
 ミルキーベージュのアフタヌーンドレスで清楚に佇むほのかさま。
 いつもの服装からは想像できないベアトップのパーティドレスで超フェミニンなリンコさま。
 本番でパソコンや機材をを駆使しなくてはならないミサさまは、動きやすそうなミリタリーっぽいオシャレな制服風、きっと何かのアニメのコスプレなのでしょう。

 しほりさまも含めて、そんなオシャレに着飾ったレディたちに取り囲まれた私だけ、一糸も纏わぬ丸裸。
 顔だけは綺麗に飾っていただいたとは言え、女性として普段みなさまに隠しておかなければいけない、性的な箇所はすべて剥き出しのまま立ち尽くす、みじめな私。
 今日何度目かわからない、ほろ苦くも甘酸っぱい羞じらいと屈辱に、全身が熱く火照りました。

「ねえ、ナオっちの顔って、なんか、ゴーゴー、って感じがしない?」
 リンコさまが誰に、というわけでもなさそうな感じでポツンとおっしゃいました。
「わかる。キルビルでしょう?」
 逸早く応えられたのは、雅さまでした。
「ワタシ、あの女優さん、大好きなんだ」

「ハーイ!」
 突然ミサさまに向けて、お顔の横で小さく手を振るリンコさま。
「ゴーゴーダネ」
 すかさずミサさまが、外国人さんぽいカタコトな発音で受けられました。
「ビンゴ。そっちはブラックマンバ」

 そこまでつづけたリンコさまが、ミサさまとお顔を合わせてクスクス。
 雅さまもほのかさまもしほりさまもお姉さまも、知ってる、というふうにうなずく中、ただおひとり、綾音さまだけが怪訝そうなお顔。

「なにそれ?」
 そのお顔のまま綾音さまが、傍のリンコさまに尋ねられました。
「キル・ビルっていう、そこそこ話題になったヘンテコな映画がありまして、それに出てくるゴーゴー夕張っていう女子高校生の殺し屋が、今の森下さんの顔によく似ているんです」

「へー、そうなの?わたくしは、こんなヘアスタイルを見ると真っ先に、山口小夜子さんを思い出してしまうけれど」
「ああ。パリコレに日本人モデルで初めて出演されたっていう、伝説のモデルさんですね」
 一同が深く頷かれました。

「なるほどね。それじゃあ直子のモデルとしての芸名は、夕張小夜、にしましょう。ちょうどさっきひとりで、どんな芸名にしようか考えていたところだったの」
 お姉さまが私の顔を見ながらおっしゃいました。

「ゆうばりさよ、なんだかカッコいいじゃない?」
「ええ。この容姿にぴったりな、聞いた途端、なるほど、って思う、らしい名前ね。いいと思うわ」
 ひとしきり、いいねいいね、のざわめきが立ちました。

 私の顔についての議論が一段落してモデル名が決まる頃には、みなさまの視線は当然の事ながら、私の顔以外に散らばり始めていました。
 とくに、胸のふくらみの先端と下腹部に、興味津々な好奇の視線が頻繁に突き刺さってきます。
 誰も何もおっしゃらず、しばし決まりの悪い沈黙がつづきました。

「さあ、本番前の最終確認をするから、みんなホワイトボードの前に集まって」
 沈黙のあいだ、ずっとニヤニヤとみなさまのご様子を眺めていたお姉さまが、ふと時計を見てあわてたようにパンッとひとつ拍手をし、少し離れたホワイトボードの方へとみなさまを誘導されました。
 ホワイトボードには、今日のイベントの段取りや会場の見取り図が書かれていて、結婚式の二次会パーティみたいに着飾った華やかなみなさまが、ぞろぞろそちらへと移動していきました。

「さ、わたしたちも仕上げてしまいましょう。座って」
 しほりさまに促されて座ると右手を取られ、マニキュアが始まりました。

 ホワイトボードの前では、お姉さまと綾音さまを中心にキビキビと、最終打ち合わせをされています。
 時折お姉さまがこちらを指さし、みなさまが一斉にこちらを振り向きます。
 みなさまから見ると横向きに座っている私は、相変わらず尖りきっている乳首が恥ずかしくてたまりません。

 マニキュアが終わり、つづいてペディキュアのために両脚を向かい側のソファーへ投げ出すように指示されたとき、打ち合わせが終わったようでした。
 みなさまが再びこちらへ集まってこられ、私は座ったまま、右足を向かいのソファーの上に、股を30度くらい開いた左足をしほりさまの手に取られた格好で、みなさまを迎えました。

 立っているみなさまから、私の30度くらいに開かれた両腿の無毛な付け根を、ちょうど真下に見下ろされるような姿勢でした。
 当然のことながら、みなさまからの視線はソコに集中していました。

 ちょっと離れたところでは、お姉さまとリンコさまがおふたりで、私のほうをチラチラ見ながら何かヒソヒソとお話しされていました。
 その他のみなさまは私としほりさまを取り囲み、ペディキュアされつつある私の足先を含む下半身全体を、じっと無言で見守っていました。

 おそらくみなさまも、裸の私に内心ではドギマギされていたのだと思います。
 おちゃらけて冷やかしたり、からかうワケにもいかないし、かといって、会社のためにごめんね、とか、がんばって、ていうのもなにか違うし。
 かける言葉がみつからないから、黙っている。
 そんな、何て言うか、お気遣いをされているような重苦しい雰囲気でした。

 少しして、お話しが終わったらしいお姉さまとリンコさまが輪に加わりました。

「直子、じゃなくて夕張小夜さんは、開演時間、つまり3時になったらここを出て会場に向かって」
 戻ってこられたお姉さまがみなさまにもお聞かせするみたいに、少し大きめなお声でおっしゃいました。
 ようやく沈黙が破られ、私はホッ。

「えっ!?そんな時間で大丈夫なのですか?」
 再び場が沈み込むのが怖かったのと、実際、段取りが不安になったので、間髪を入れずにお尋ねしました。

「もうそろそろお客様が集まって来る頃だからね。開場して、お客様を会場に収容し終わってからのほうがいいと思って」
「入場待ちのお客様がゾロゾロいるところにノコノコ出て行って、せっかくのシークレットモデルが開演前に顔バレしちゃったらつまらないじゃない」

「大丈夫よ。最初はあたしの挨拶だし、早乙女部長の挨拶もあるし。それに、しょっぱなのアイテムは着付けに手こずらないシンプルなやつだから」
「直子も、楽屋入ってスグ本番、無駄にドキドキする時間が無いほうが気がラクでしょう?3時20分見当でお願いね」

「という訳で、あたしたちは先に会場に入っているから。夕張さんの付き人はリンコね。もともと絵理奈さんだったとしてもリンコがする役目だったから、問題無いわよね?」
「はい。もちろんです」
 リンコさまが、なぜだかずいぶん嬉しそうにうなずかれました。

「夕張さんは、あとはリンコの指示に全面的に従って。しほりさんは頃合いを見計らって楽屋でスタンバってください。それじゃあみんな、無事終演までがんばりましょう」
「おーーっ」
 お姉さまの後ろをみなさまがゾロゾロとついて、玄関へと向かわれました。

 私の傍を離れるとき、ほのかさまが私の右耳に唇を寄せてきました。
「なんだか大変なことになっちゃったけれど、がんばってね。今日の直子さん、とっても素敵よ」
 ヒソヒソ声で早口におっしゃってからニコッと微笑まれ、あわててみなさまの後を追っていかれました。
 雅さまとミサさまは笑顔で振り向きつつ、大げさに手を振ってくださいました。

 玄関ドアが閉じる音がして、再び静寂が訪れました。
「ふぅー。これにてすべて終了。乾くまであと5分くらい、動かず、触らずでお願いね」
 私の右足をソファーに戻され、しほりさまが立ち上がられました。
 私の両手両足の爪はすべて、艶やかなローズピンクに染まっていました。

「わたしも大急ぎで片付けて、楽屋でまたお店を広げなくちゃだわ」
 しほりさまがお道具のお片付けを始められました。
「アタシも手伝うよ」
 リンコさまが姿見をどかしたり、散らばったティッシュを拾い始めます。
「ありがと」
 リンコさまに向けてニコッと微笑むしほりさま。

「しっかし驚いたよねえ。ナオっちがこんなことになっちゃうなんて」
 テキパキとお片づけしながらも、おしゃべりは止まらないリンコさま。
 興味津々なご様子が、全身からほとばしっています。

「わたしだって驚いたわよ。いきなり全裸の女の子に出迎えられて、社長さんからは、この子マゾだから、って紹介されたのよ?」
「そうなんだ。それはびっくりするよねー」
 おふたりでキャハハと屈託なく笑い合うお姿は、どうやらとっくに仲良しさんのようでした。

「ナオっちがマゾっちていうのは薄々感じていたけれど、チーフとSMスールの関係だったなんて、アタシには晴天の霹靂だったよー」
「ロープもローソクも楽しんでいらっしゃるご関係だそうよ」
 そのへんはとっくに取材済みよ、とでもおっしゃりたげな、しほりさまのお得意げなお顔。

「さっきもナオコ、じゃなくて夕張さんにボディローション塗っていたら、どんどん感じちゃって苦しそうだったの。だから、イカセてあげようか?って聞いたら、とても嬉しそうだったわ」
「うわー。しほりん大胆。って言うか、しほりんまで、ナオコって、呼び捨てなんだ?」
「うん。社長さんがそう呼べって。それにナオコも自分から、わたしに絶対服従するって宣言してくれたのよ」
「うわー。なんだかエロ小説の世界だね。でもアタシも、さっきチーフに言われたんだ。ナオっちを好きにオモチャにしていい、って。スタッフ全員に絶対服従って言い聞かせてある、って」

 そうおっしゃって、私の顔をイタズラっぽく覗き込んでくるリンコさま。
 ペディキュアが乾くまで動くなというご命令ですから、私は同じ姿勢のまま、気弱に微笑み返すくらいしか出来ません。

「それに、もしナオっちがサカっているようだったらイカせちゃってくれ、って頼まれちゃった。裸を視られているだけで感じちゃうような子だから、本番でヘマをしないように、って」
「それが賢明よね。今だって、ほら」

 しほりさまが呆れたようなお顔で、私の股間を指さされました。
 しほりさまは、気心の知れたリンコさまとおふたりきりになってリラックスされているのか、私に対する口調や表情、態度にエス度が露骨に増していました。

 その指さされた股間は、自分で形容するのがためらわれるくらい、はしたない状態でした。
 しほりさまとリンコさまの、私の性癖に関する情け容赦無いあけすけな会話をお聞きしていて、羞恥と被虐が股間に蓄積された結果でした。
 脚を30度くらいにしか開いていないのに、ラビアがパックリ開ききり、溢れ出た淫液が合皮のソファーにこんもり水溜りを作っていました。

「うわー。これってつまり、感じちゃっているんだよね?ナオっち、インラーン」
「わたしは仕事だから、もう行かなくちゃだけれど、リンちゃんは役得ね、いいなあ」
「ガンガンイカせちゃっても大丈夫よ。メイクもボディも、イベント中保つように強力なウォータープルーフにしたから、ちょっとやそっとじゃ崩れないはず」

 臨時のメイクルームはすっかり片付き、テーブルの上にはしほりさまの大きなバッグだけ。
「ナオコももう動いていいわよ。ただ、まだあんまり塗った所をさわらないこと」
 お言葉に促され、投げ出していた両脚をそっと床に下ろしました。
 潤んだ股間を閉じるとひんやり。

「おおー。しほりん女王様、っていう感じじゃん」
 リンコさまのからかうお声に、ニッと微笑むしほりさま。
「もっと面白いもの、見せてあげる。ナオコ、立ちなさい」
 すっかりエスモードとなった冷たいお声のご命令に、私はゾクゾクしながら立ち上がりました。

「わたしの真正面に」
 しほりさまが照明の真下の明るい場所に移動され、私もついていきました。
 もちろんリンコさまも。

「いい?よく見ていてね」
 斜め後ろのリンコさまを一度振り向いて念を押し、再び私と向き合います。
 あれだろうな、と思ったら、やっぱりあれでした。

 正面に立たれたしほりさまが私を無表情で見つめ、一瞬間を置いて、少し上を向くような仕草をされました。
 お綺麗に尖った顎が私に向けられます。
 同時に私は、下ろしていた両手をまず、降参、みたいな形に肩のところまで上げ、それから頭の後ろ側に回して重ねました。
 
「なにそれ?なにそれ?なんかヤバイ。ゾクッとした」
 リンコさまが身を乗り出してこられ、私としほりさまを交互に見比べています。

「マゾの服従ポーズ、っていうみたいよ。恥ずかしい箇所を無防備にして、服従の意志を表わしているんですって」
「もともとは社長さんとナオコのあいだだけの取り決めだったらしいけれど、なぜだか今日、わたしも使えるようになっちゃった」
 しほりさまが可笑しそうにおっしゃいました。

「顎をしゃくるだけでいいの。もちろんリンちゃんも使えるはずよ。そうよね?ナオコ?」
「・・・はい、もちろんです・・・よろしくお願いいたします、リンコさま」

 私はこんなふうにして、社員のみなさまに服従を誓い、全員の共有マゾドレイになっていくんだ・・・
 そんな想いに全身を震わせながら、すがるようにリンコさま見つめました。
 すっごく嬉しそうなお顔のリンコさま。

「ああん、もうこんな時間。早く行って準備しなくちゃだわ」
 しほりさまが時計をご覧になって、残念そうにショルダーバッグに手をかけました。
「開演まであと一時間ちょっと。わたしにはギリギリだけれど、リンちゃんにはたっぷりよね?羨ましい」
 しほりさまが右肩にバッグを担ぎ終え、私を正面から見つめたままつづけました。

「あたしの代わりにナオコをたっぷり可愛がってあげて。本番でサカッちゃわないように」
「うん。任せといて。あ、カートは玄関までアタシが引いていってあげるよ」
 弾んだお声のリンコさまが、しほりさまのカートに手をかけました。

「それじゃあ、また後ほどね、ドマゾの夕張小夜さん。それと、さっきの約束、忘れないでよ」
 背中を向けたしほりさまをリンコさまが追いかけました。

 私はマゾの服従ポーズのまま、おふたりのお背中を眺めていました。
 この後ふたりきりになったら、リンコさまは私を、どう扱われるおつもりなのだろう?
 人懐っこくて気さくで、いつも明るいリンコさまをよく知っているだけに、お姉さまや綾音さま、そしてしほりさまのように、エスに傾いたリンコさま、というのが、ちょっと想像しにくい感じでした。
 心の中で期待と不安が半分ずつ、シーソーのようにギッタンバッコンしていました。


オートクチュールのはずなのに 48

2016年4月17日

オートクチュールのはずなのに 46

「ふーん。マゾね。裸を視られるだけで感じちゃうんだ?」
 しほりさまが、私の背後に立たれ、正面の鏡越しに視線を合わせてきました。

「あの、えっと・・・」
「でも、相手が男ならともかく、女同士じゃない?そんなのでいちいち感じていたら、お友達と温泉旅行にも行けないんじゃない?」
 私の頭からウイッグを外しながら、しほりさまがからかうようにおっしゃいました。

「だけど興奮しているのは、本当みたいよね。さっきからあなたの乳首、見ていて痛々しいくらい起き上がっちゃってる」
「そういう反応って、なんだか新鮮だわ。わたしが呼ばれるイメージビデオとかの現場って、羞じらいとか、ほとんどないから」

「場数を踏んだグラビアアイドルなんて、カメラが向いているときこそ、えっちな衣装着せられてハズカシー、なんて顔しているけれど、撮影の合間は、平気でスッポンポンで食事とかケータイ弄ったりしているもの」
「撮影スタッフや裏方なんて、それが男でも女でも、人とも思っていないのじゃないかしら?ビジネスライクと言えば、そうなのだけれど」

 しほりさまが私の髪からウイッグ用のネットを外してくださり、半乾きの髪をブラッシングしつつドライヤーをかけてくださっています。

「絵理奈さまも、そうなのですか?」
 ふと気になって、お尋ねしました。

「彼女も堂々としたものよ。一昨日のゲネプロでも、ずっと裸かガウン一枚羽織っただけで、キワドイ衣装を取っ換え引っ換え、淡々とこなしていたわ」
「まあ、自分のからだに自信があって、それが売り物だっていう自覚もあるからでしょうね。そういう現場にも慣れているし」

「わ、私も、そんなふうにもっと、何て言うか、堂々としなくては、いけないでしょうか?」
 絵理奈さまのお話を聞いて、不安になってきました。
 今だってこんなに恥ずかしくてドキドキしている私に、沢山の人たちを前にしたイベントのモデルなんて務まるのでしょうか・・・

「あなた?あなたには無理なんじゃない?だって、視られるだけで感じちゃうマゾなのでしょう?」
「今だって、鏡の中でわたしと目が合うたびにビクビク感じているみたいじゃない?肌もずいぶんと火照っているみたいだし」

 おしゃべりされながらも、しほりさまの両手はテキパキ動き、乾いた髪を再び頭上にまとめられ、ネットをかぶせられました。
「あなたは、そういう人なのだから、そのままでいいんじゃない?」

「でもでも、モデルするときは、不機嫌なくらいのポーカーフェイスにして、決して表情を出してはダメ、って言われているんです。お姉さまから」
「ああ。それは正論だわね。ショーの最中ずっとモデルがそんなエロい顔してランウェイを行ったり来たりしていたら、見ているお客様のほうが困っちゃうもの」

「安心して。わたしが精一杯、生意気そうな顔に仕立ててあげるから。そんなエロ顔さえ怒っているみたいに見えるくらいにさ。それじゃあ、顔に移るわよ」
 しほりさまが愉快そうにおっしゃり、私の顔にファンデーションを塗り始めました。

 しほりさまの少しひんやりとしたしなやかな指が、私の顔を満遍なく撫ぜ回してきます。
 目尻が引っ張られ、鼻先を押し上げられ、唇をなぞられ、耳の穴を穿られ。
 なんだか、やさしく顔面嬲りをされている気分。

「あなたがさっきしたポーズ、社長さんが顎で指図したら取ったポーズって、よくアメリカのドラマとかで、ポリスがハンザイシャにやらせるポーズよね?抵抗するな、っていう感じで」
 しほりさまが私の顔を撫ぜ回しながら、尋ねてきました。

「はい。そう言われてみれば、そうですね・・・」
「ふたりのあいだで、そういう決まりがあるんだ?ああしたら、あのポーズになる、っていう」

「はい・・・あ、あれは、マゾの服従ポーズ、って呼んでいて、何もかも露わにして言いなりになりますから、このからだをご自由にされてください、っていう服従の気持ちを表わしています」
 お答えするために自分で言葉に置き換えながら、その被虐な内容にキュンとなりました。

「ふーん。マゾの服従ポーズかあ。マゾって言ったら、痛いのとか、縛られたりも好きなの?」
「はい・・・」
「縛られて、鞭とか、ローソクとか?」
「・・・はい」
「社長さんと、そういうことして遊んでいるんだ?」
「はい・・・たまにですけれど」
「ふーん」

 しほりさまの両手が私の顔から離れ、あらためて私の顔を鏡越しに、じーっと見つめてきました。

「決めた。やっぱりわたしもあなたのこと、呼び捨てることにするわ。いいわよね?」
「は、はい・・・もちろんです」
「そのほうがあなたも嬉しいみたいだし。本当に根っからのマゾなのね、ナオコって」
「は、はい。ありがとうございます」
 しほりさまから初めて、ナオコ、って呼び捨てにされて、ゾクゾクッとしちゃいました。

 しほりさまの手で、テーブルの上のさまざまなお道具が取っ換え引っ換え選ばれ、本格的なメイクアップが始まりました。
 至近距離にお顔を近づけられ、真剣な眼差しが私の顔面を刺してきます。
 私はずっとされるがまま、鏡の中の自分を見つめていました。

 眉はいつもよりクッキリ太めに。
 マスカラをフル盛りして、更に目尻に毛足の長いつけまつげ。
 アイラインもハッキリ、目尻を上げてシャドウも濃いめ。
 ノーズシャドウにチークも強め。
 リップは濡れたようにぽってりなチェリーレッド。

「はい。こんな感じで、どう?」
 鏡の中の私は、確かに別人になっていました。
 
 連休のとき、オフィス街での露出遊び用にお姉さまがしてくださったメイクより、もっともっと生意気風。
 小生意気じゃなくて、大生意気。
 試しにウイッグをかぶせてもらったら、顔の輪郭まで変わって、本当に別人。
 そして、自分で言うのもはしたないのですが、すいぶんキリッとした美人さんに見えました。

「我ながらうまくいったと思うわ。ほら、こうしても・・・」
 唐突に、しほりさまの両手が背後から、私のおっぱいを両方鷲掴みにしてきました。

「あぁんっ!そんなぁ!」
 生おっぱいを乱暴にギュッと掴まれ、思わずいやらしい声をあげてしまいました。

「ね?悶えてるっていうより、イヤがってるみたいな顔に見えるでしょう?」
 両手をニギニギ動かして私のおっぱいを揉みしだきながら、しほりさまが嬉しそうにおっしゃいました。

 確かに、眉間にシワを寄せて半眼になって身悶える自分の顔が、いつもなら媚びるようなだらしないアヘ顔になってしまうのですが、このメイクだと不快そうにジトッと睨むような顔になっていました。

「それにしてもナオコの乳首、すごい尖りよう。コリッコリに硬くなってる」
「あっ、あっ、あっ・・・」
 指と指のあいだで乳首を挟まれ、ギュギュッと絞られると、もうダメ・・・
 強く弱くおっぱいをもてあそばれ、瞬く間に下半身がムズムズ熱くなってきました。

「会ったときからずっと気になっていたのだけれど、ナオコって、見事に綺麗なパイパンよね?ひょっとしてそれって、生まれつき?」
 私のおっぱいを虐める手は止めず、しほりさまが尋ねてきました。
 鏡に映るしほりさまの視線が、両腿をピッタリ閉じて座った私の、その逆Yの字の部分を凝視しているのがわかりました。

「あんっ、い、いえ、あの、生まれつきではないです・・うぅぅ、薄かったけれど・・・」
「処理しているんだ。でも剃った感じじゃないわよね?抜いたの?永久脱毛?」
「あんっ、あっ、あっ、はいぃ、一年くらい前から、えっ、エステサロンに何度か通って、や、やんっ、やっていただきましたぁ・・・」

「へー。本格的なのね。グラドルにだってそんな子、なかなかいないわよ?ずっと一生パイパンでいいんだ?」
「あぁ・・・は、はいぃぃ・・・」
 しほりさまがおっしゃった、一生パイパン、というお言葉に、私のマゾ性が盛大に疼きました。
 始まったときと同じように、しほりさまの両手が私のおっぱいを、唐突に開放してくださいました。

「ねえ、ちょっと脚、開いてみてよ」
「はぁ、はぁ、はぁ・・・」
「あ、そっか。ナオコには、こういう言いかたじゃダメなんだ。こうかな?ナオコ、脚を開きなさい」
 しほりさまが、後半は学校の先生のような無表情になって、ご命令口調でおっしゃいました。

「はぁ、はいぃ・・・」
 お答えしたものの、今、脚を広げるのはすごく恥ずかしい。
 だって、今のおっぱい嬲りで私の下半身にはジンジン血液が集まり、ヌルヌルなことは明白でしたから。
 それでもご命令には逆らえません。
 揃えていた両足を左右に滑らせ、ゆっくりと両腿を開き始めました。

「もっと」
「もっともっと」
「もっともっともっと」
 しほりさまのお声に煽られて、私の両腿は180度近くまで開いていました。

「ここから見ても、中がヌレヌレなのが一目瞭然じゃない?鏡の中で粘膜がキラキラ光ってる」
「ラビアが開ききって、中がヒクヒク蠢いているわよ?いやらしい子」
「わたしに視られて、触られて、そんなに濡らしてくれちゃっていたんだ。なんだか嬉しい」
 しほりさまの恥ずかしすぎるご指摘に、私はビクンビクン震えてしまいます。

「ナオコの反応見ていると、社長さんがナオコを虐めたくなる気持ちがわかる気がする。人の嗜虐欲を絶妙にくすぐる、いちいちエロい反応なのよね。虐め甲斐があるって言うか」
 鏡に映った私の開ききったマゾマンコをじっと見つめながら、しほりさまが愉しそうにおっしゃいました。

 ふと鏡の中で目が合うと、しほりさまはニッとイタズラっぽく笑ってから、軽く顎を上に向けられました。
 それを合図に、もちろん私の両手は頭の後ろへ。
 ご満足そうなしほりさまの笑顔。

「おーけー。それじゃあ立って。今度は全身にファンデーションするから」
 しほりさまから次は、どんなご命令が下されるのか、とドキドキしていた私は肩透かし。
 でもすぐに、そのお言葉の意味に、えっ!?となりました。

「からだにも、ですか?」
「あたりまえじゃない。モデルのからだっていうのは、ショーで身に着けるアイテムを最大限に引き立てるためにあるのだから」

「とくに今回のイベントは、あえて裸を見せる方向のアイテムが多いのだから、からだも綺麗に見せるように、メイクするのはあたりまえなの」
「まあ、ナオコは、素肌も綺麗なほうではあるけれどね。でも、しておけば、汗を抑える効果もあるし。知らないでしょうけれど、舞台照明、とくにスポットライトって、浴びると、かなり暑いのよ」

 両手を後頭部に当てたまま、姿見の前で立ち上がりました。

「わたししかいないのに、そのポーズをしてくれるということは、わたしにもマゾとして絶対服従するつもり、ということよね?」
「はい。その通りです」
「うふふ。嬉しいわ。なんだかすごくいい気分。手、下ろしていいわよ」

「これからわたしがナオコのからだを隅々まで撫ぜ回すけれど、ナオコは絶対、感じてはいけない、ということにしましょう。声を出したり、顔をしかめるのもダメ」
「ショーのときの、社長さんから言われているポーカーフェースのいい練習になるでしょ?どんなに気持ちよくても我慢すること。いい?」
「・・・はい」
 ドキドキしながら、しほりさまの手の感触を待ちました。

 最初にウイッグが外され、すぐに背中にひんやりとした感触がきました。
 クリーミーな粘液が肌を滑るのがわかります。
 しほりさまの手のひらが背中を満遍なく滑っていきます。

 一度首筋まで登った手のひらは、やがて脇腹までいったん下がり、腋の下から右腕へ。
 こそばゆい感覚でやんわり愛撫され、そのもどかしい感触に思わずトロンとしちゃいそう。
 左腕も終わると今度は正面へ。
 鎖骨から胸元、そしておっぱいへと。

 うなじや脇腹、背骨の上など、私が弱いところを優しく撫ぜられるたびに、淫らな声が出そうになって、必死で耐えました。
 全身がポカポカ火照って、クネクネ身悶えたくて仕方ありませんでした。
 でも、我慢するようにとのご命令。
 鏡の中の自分の顔を睨みつけながら、一生懸命堪えました。

 だけど、おっぱいを両手でやさしく包み込まれたとき、とうとう唇が開いてしまいました。
 さっきのような、強く揉みしだくような感じではなく、ふうわりと慈しむような絶妙なタッチ。
 しほりさまの手のひらに、尖った乳首がやさしく押し潰されます。
 それがすっごく気持ち良かったんです。

「あふうぅ・・・」
 喉の奥が鳴ってしまってから、しまった、とあわてて口をつぐみました。
「こらあ。感じちゃダメだって言ったでしょ?」
 そうおっしゃるしほりさまの口調は、怒っているというより、面白がっている感じでした。

 しほりさまの両手は休むことなく下半身へ。
 私の足元にひざまずかれ、左足首からふくらはぎ、そして太腿。
 同じように右脚も太腿途中まで撫ぜてから、唐突にお尻へ。
 お尻の割れスジを抉じ開けるようにして隅々にまで、クリーミーな粘液に覆われました。

 おへそから下に塗るときは、いったんタオルで股間を拭かれました。
 溢れ出しそうな私の愛液を拭ってくださったのでしょう。
 それは、とても恥ずかしいことでした。

 しほりさまの真正面、目と鼻の先に私の股間。
 その部分に右手をあてがい、私の股間を撫でさするしほりさま。
 私は歯を食いしばって、湧き上がる快感に抵抗しました。

「こんなところでいいでしょう」
 立ち上がられたしほりさまが濡れタオルで両手を拭い、私にまたウイッグをかぶせてくださいました。

「うん。なかなかの仕上がりだわ」
 私の全身をしげしげと眺め、ご満悦な表情のしほりさま。
 鏡の中の私は、全身がツヤツヤ、テラテラと輝いていました。

「ナオコって、肌スベスベなのね。ずいぶん念入りにお手入れしているのでしょう?」
「あ、いえ、そんなには・・・」
「それって謙遜にならないわよ?本当だったら、ほとんどの女性を敵に回す発言ね」
 ご冗談ぽくおっしゃるしほりさま。

「そんなことを言うから虐めたくなるのよね。ナオコのクリトリスって、ずいぶんご立派だこと、とか」
 笑いながらおっしゃるしほりさまに、私は全身がたちまちカーーッ。

「テカテカになって爆ぜちゃいそうなくらいに飛び出ていたわよ?ずいぶん感じてくれちゃったみたいね」
「そ、それは・・・」
「今、すごくウズウズしているんじゃない?いっそのこと、ここでわたしが弄って、一度発散してあげようか?」
「あ、あの、えっと・・・」

「なんてね。期待した?でももう、あんまり時間がないから、ちゃっちゃと最後の仕上げをしなくちゃなのよね。残念ながら」
 相変わらずの笑顔で、テーブルの上の他のお道具を物色し始めました。

「でも今のは本心よ。時間があったら、ナオコが乱れるところ、この目で視てみたいと本心から思ったの」
「イベントが無事終わったら、機会作ってよ。社長さんも一緒でいいからさ。ナオコが社長さんに虐められてイッチャウとこ、すごく視てみたいのよ」
 背中を向けたまま、しほりさまがおっしゃいました。

「約束して。わたしからも社長さんにお願いしておくから」
「・・・はい・・・」
 
 そうお答えする他ありません。
 そしてきっとお姉さまも、しほりさまのご提案にご同意されると思いました。
 あたしじゃなくて、しほりさんが存分に虐めちゃっていいわよ、なんておっしゃって。

 私の性癖がみなさまに知られ、これからどんどん、私はそういう扱いの、みなさまの慰み者マゾドレイになっていく・・・
 そんな予感がありました。

「最後は、ペディキュアとマニキュアね。腰掛けていいわよ」
「あ、はい」

 私が座ろうと腰を落としかけたとき、玄関のほうで鍵を開けようとする、ガチャガチャという音がしました。
「えっ?」
 反射的に時計を見ると、午後1時を少し回ったところ。

 社員のかたたちがいらっしゃったんだ!
 開場が2時、開演は3時。
 時間的に、そろそろ集合して会場へ向かうべき頃合いとなっていました。

 とうとう社のスタッフ全員に、私の全裸姿を視られてしまう・・・
 ほのかさまに、リンコさまに、ミサさまに、そして雅部長さまに。

 今すぐどこかへ逃げ出したい、という羞恥と、遂にそのときがきてしまった、という被虐が、恥辱という塊になって全身を駆け巡り、それらは結局、ほろ苦くも甘酸っぱい、ある種の性的快感に姿を変えて全身を麻痺させ、座るのも忘れて立ち尽くしました。

 やがて、玄関のドアが開いて閉じるバタンという音につづき、女性声の華やかなガヤガヤという喧騒が、こちらへと近づいてきました。


オートクチュールのはずなのに 47


2016年4月11日

オートクチュールのはずなのに 45

 盛大にあわてました。

 えっ!?ど、どうしよう・・・私今、裸だし・・・メイクの人って?お会いしたこと、たぶんないし・・・あっ、今私、頭にタオル巻いたままだった・・・取ったほうがいいかな?でもまだ全然乾いていないし・・・
 初対面でタオル巻いたままなんて、失礼よね?でも、濡れ髪のザンバラじゃ、もっと失礼かも・・・ううん、失礼って言ったら、裸が一番失礼よね・・・
 そうだ、何かお飲み物のご用意もしなくちゃ・・・お湯は沸いているのかな?今から沸かしていたら遅くなっちゃうな・・・

 ピンポーン!

 ただただあたふたしているうちに、ご来訪を告げるチャイムが鳴り響きました。
 あ、はいはいーっ!
 反射的に大急ぎでインターフォンに飛びつきました。

「はいっ」
「あ、ヘアメイクの谷口と申します。早乙女部長様から、ここへ来るように言われまして・・・」
「は、はい。お待ちしておりました。少々お待ちください」
 
 受話器を戻して、今度は盛大にうろたえます。
 落とした視線のすぐ先に、剥き出しの乳房がプルプル震えていました。

 と、とにかくお出迎えしなくちゃ。
 左腕で胸を庇うように隠し、右手で股間を押さえた格好でペタペタと、玄関まで走りました。
 沓脱ぎで片足にサンダルをつっかけ、ドアノブに右手を伸ばして鍵を開けます。
 
 カチャン。

 自分でたてた音にビクンとしつつ、そーっと外開きのドアを開けていきます。
 左腕はずっとバスト、右手は伸ばしてドアノブにかけているので、股間は隠しようがありません。
 なので、内股でお尻だけ後方に突き出すように腰を引いた、絵に書いたような屁っ放り腰の私。

「このたびは、うちの絵理奈が大変なご迷惑をお掛けしてしまい、本当に申し訳ありませんでしたっ!」
 
 ドアを半分くらい開けたところで、ドア前で黒ずくめな女性が、深々とお辞儀をされているのが見えました。
 両脚と上半身が腰で直角になるくらい折り曲げた、それはそれはご丁寧なお辞儀。
 そのかたの頭頂部のつむじを、私が見下ろすような格好で数秒が過ぎました。

「あ、いえ、あの、えっと、ど、どうぞ、とりあえず中へお入りください・・・」
 下を向きっ放しのそのかたへ、そうお答えする他ありません。
「はい。それではお邪魔させていただきます」
 多分そのかたも緊張されているのでしょう、ずいぶんと堅苦しい口調でおっしゃって、上半身をゆっくり起こし始めました。

 まだ沓脱ぎ内には入ってくださらないので、私の右手はドアノブを掴んだまま。
 股間を隠すことは出来ません。
 完全に上体を起こしたそのかたは、一瞬、呆気にとられた表情で私を見つめたまま固まりましたが、すぐにニッと白い歯を見せて微笑まれました。
 セシルカットっぽいショートヘアがよくお似合いな、人懐っこい感じの素敵な笑顔でした。

 身長は私と同じくらい。
 シンプルな黒のラウンドネックカットソーにブラックジーンズで、スリムなプロポーションがスラっと決まっています。
 胸元にゴールドの細いネックレスがキラキラ揺れて、いかにも仕事が出来そうな、華やかなギョーカイの人、という感じ。

「あ、ごめんなさい。間が悪かったみたいですね。シャワーの途中でしたか?」
「あ、いえ、そうじゃないんですけれど、あ、そうだ、スリッパ、スリッパ」
 なんとなくそのかたが、私が裸なことをさして気にされていないようなご様子だったので、私もなんとなく気がラクになり、バストを隠すのをやめ、しゃがみ込んでスリッパをご用意しました。

「えっと、とりあえず、こちらへおかけください。お荷物はテーブルの上にどうぞ」
 裸のお尻に強い視線を感じつつ先に立ち、お部屋の奥へと誘導しました。
 お部屋の真ん中にあるダイニングテーブルの椅子をひとつ引き、お勧めしました。
 そのかたは、右肩に大きなショルダーをかけ、アンティークなトランク風のオシャレなカートを引いていました。

「あ、今何か、お飲み物ご用意しますので、しばらくおくつろぎください」
「あ、いえいえ、おかまいなく。渡辺社長様は、まだお見えではないのですか?」
「あ、えっと、お姉さ、あ、いえ、社長、じゃなくてチーフは、今ちょっと別室で・・・あ、すぐに出てくるとは思います」
 ふたりでぎくしゃくした会話をした後、私はキッチンへと逃げ込みました。

 冷蔵庫にペットボトルの緑茶があったので、グラスに注いでお出しすることにしました。
 トレイにグラスを並べて注いでいると、リビングのほうからお声が聞こえてきました。

「わざわざありがとうね、しほりさん。今、ちょっと着替えていたところだったから、ご挨拶が遅れちゃった」
「あ、社長!」
 ここで、おそらくヘアメイクのかたがお席を立たれたのであろう、ガタガタッという物音。
「このたびは、うちの絵理奈がご迷惑をお掛けしてしまって・・・」

「いいっていいって。急病じゃ、仕方ないわよ。盲腸なんて、予防のしようがないもの」
「おかげで、うちとしても、思いがけなく面白そうな展開になってきたのよ。まあ、ある意味ギャンブルでもあるけれど」

「あのアイテムを着こなせる代理のモデルさん、よくみつけることができましたね?昨日の今日、いえ、今朝の今なのに」
「ラッキーだったわ。モデルを絵理奈さんに決めていたからこそ、みつけられたとも言えるのよ。絵理奈さんにそっくりな体型の子が、たまたま身近にいたから」

 ヘアメイクのかたの恐縮されたお声と、お姉さまの愉しそうなお声が交互に聞こえ、私は、お茶をお持ちするタイミングを掴めずにいました。

「そう言えばさっき、驚いたでしょう?いきなり真っ裸の子に出迎えられて」
「あ、はい。ちょっと焦りました。でもわたし、絵理奈とか、イメビの現場でそういうのは慣れていますから。それに、たまにアダルトの現場にも呼んでいただいていますし」
「へー。そういうお仕事もされるんだ。面白そうね。興味あるから、後でゆっくりお話聞かせて?」
「ええ。それはいいのですけれど、さっきの裸のかたが絵理奈の代役を務めてくださるのですね?確かにプロポーションがほぼ同じに見えました」

「そう。絵理奈さんに合わせたオートクチュールを、奇跡的に着こなせそうな、我が社を救ってくれる今回のイベントの救世主なの」
 お姉さまがご冗談ぽくおっしゃってから、声量を上げてこちらへお声をかけてきました。
「ほら、直子?早くこっちへ来てご挨拶なさい」

 グラスを載せた銀盆を両手で持って、しずしずとお姉さまたちに近づきました。
 お姉さまも、頭にはまだタオルを巻いたままで、ゆったり気味なマリンブルーのロングTシャツ一枚のセクシーなお姿。
 ファンデーションとアイブロウまでは終わった、みたいな、お化粧真っ最中なお顔でした。

 お姉さまもヘアメイクのかたも、にこやかなご様子でこちらを向いて、じーっと私を見つめてきます。
 両手が塞がっているので、おっぱいも股間も、もちろん隠せません。

「直子、こちらが今回お世話になる、ヘアメイクアップアーティストの谷口しほりさん」
 私がトレイをテーブルに置くのを待って、お姉さまがご紹介してくださいました。
「しほりさん、この子が今日、絵理奈さんの代わりをする、臨時モデルの森下直子」

「あ、はい。森下さん、はじめまして。よろしくお願いします」
 しほりさまが立ち上がられ、私に向けてペコリとお辞儀をしてくださいました。
「あ、こ、こちらこそ、どうぞよろしくお願いいたします」
 私もあわててお辞儀を返します。
 おっぱいがプルンと揺れました。

「あら、いいのよ、しほりさん。この子のことは、直子って呼び捨てにしちゃって。うちの社員なの。今日いらっしゃる他のお客様がたには内緒にして欲しいのだけれど」
「えっ!?でも今日、モデルをやられるのですよね?ぶっつけ本番で」
 私とお姉さまのお顔を交互に見つつ、信じられない、というお顔をされるしほりさま。

「この子にしか、今回のアイテムは体型的に着こなせないから、苦肉の策なの。幸い本人もやる気になってくれたし、まあ、素養もあるみたいだから」
「そうだったのですか」
「だから、ショーのモデルのノウハウに関しては、ドが付くくらいの素人なの」

 そこまでおっしゃって、お姉さまがしほりさまに、再び腰掛けるよう促しました。
 しほりさまはお座りになられましたが、私にはご指示がないので、そのまま立っていました。

「それで今日はね、この子をメイクの力で、出来るだけ別人に仕立て上げて欲しいのよ。イベントにいらしたお客様が後日、素の直子に会っても気づかないくらいに」
「ああ、なるほど。あくまで実在する架空のモデルさん?あれ?変な言い方でしたね、だと思わせちゃうわけですね?」
 しほりさまが興味津々のお顔でうなずかれました。

「確かに、今日絵理奈が着るはずだったアイテムですと、ショーのモデルが社員さんてわかったら、後々のお仕事が、いろいろとやりづらいかもしれませんね、お取引先さんとか」
「でしょ?」
「絵理奈も本来なら今日は、名前は売らないイレギュラーなお仕事として、過剰気味なメイクで臨むはずでしたので、その点は用意もしてあるし、大丈夫と思います」

 腰掛けられたおふたりが、私をジロジロ眺めながら会話を弾ませていらっしゃいました。
 視線が来ているのはわかっていたのですが、今更バストや下を隠すのもヘンなので、両手をだらんと下げたまま、手持ち無沙汰で立っていました。
 ちゃんとお洋服を召したおふたりの前にひとり全裸で立ち尽くしている、というのは、見世物にでもされているようで、なんだかみじめで、とても恥ずかしいものでした。

 しほりさまは、とくに私の下半身を熱心にご覧になられているような気がしました。
 恥丘のあたりをじっと視て、それから顔を視て、私に向けてニッと微笑まれる。
 そんなことが数回、ありました。
 そのたびに私の頬は、どんどん火照っていきました。

「それで、直子の扱い方、なのだけれど、この子って、マゾなの」
 お姉さまが世間話するみたいに、サラッと言い放ちました。
「へっ?」
「それも、ドがつくほどのヘンタイマゾ」
「はあ・・・」
 しほりさまがリアクションに困られています。

「だから、何て言えばいいのかな、恥ずかしがりのクセに視られたがりで、人がたくさんいるところで裸になりたがり、って言うか」
「つまり、恥辱願望。露出狂女。恥ずかしいメに好んで遭いたがる、みたいな。そんな種類のドマゾなの」
「・・・」
「そうよね?直子?」

 お姉さまがこちらを向いて、冷たい瞳でニヤッと微笑まれ、一瞬間を置いて、顎を軽く上にしゃくられました。
 私とお姉さまにしか、わからない秘密の合図。
 その合図があったら、私は直ちに、あるポーズを取らなくてはいけません。

 両手を合わせて頭の後ろへ、両足を、やすめ、に広げ、顔はまっすぐお姉さまに向けて。
 おっぱいも腋の下もマゾマンコも、すべてを包み隠さずお姉さまにご覧いただく、マゾの服従ポーズ。
「・・・はい。おっしゃる通りです、お姉さま」

「ね?」
 お姉さまがしほりさまに微笑まれました。
 マゾの服従ポーズな私をまじまじと見つめ、唖然としたお顔のしほりさま。

「直子にとって、あたしはお姉さまで、あたしの言うことは何でも聞かなくてはいけないの。あたしたちは、そういう関係」
「それで、今日のイベントモデルは、そんな直子のヘンタイ性癖を、堂々と仕事として、たくさんのお客様がたにご披露出来る、直子にとってご褒美イベントでもあるの」

「その代わり、失敗は許されないから、イベントが終わるまで、あたしのどんな命令にも絶対服従。ううん。あたしだけではなく、早乙女部長にも、他のスタッフ全員にも。そう言い渡してあるの」
「そこに今、しほりさんも加わったというワケね。しほりさんのご命令にも絶対服従よ、いいわね?直子?」

「・・・はい。よろしくお願いいたします、しほりさま」
 マゾの服従ポーズのまま、しほりさまをすがるように見て、お辞儀をしました。
「好きなように弄っちゃって、もしも何かわがまま言ったら、ひっぱたいちゃっていいからね。多分それで、直子は悦んじゃうでしょうけれど」
 お姉さまがイジワルっぽくおっしゃって、しほりさまは困ったような苦笑い。
 でも、なんとんなく嬉しそうなご様子でした。

「とりあえずわかりました。それではまず、ウイッグから決めちゃいましょう」
 苦笑いが引っ込むと、抑えきれない好奇心で、そのおふたつの瞳が爛々と輝き始めたしほりさま。
 私の全身を遠慮無い視線で舐めるみたいにじっくりと眺められてから、お姉さまにお尋ねになられました。

「大きめな鏡ってありますか?違うお部屋にあるなら移動してもよいですけれど」
「ああ、洋間に姿見があったわね。ここに移動してくるから、そこのソファーのところを使いましょう」
 お姉さまが答えられ、席をお立ちになりました。

「ほら、直子も手伝って。しほりさんのお荷物をお持ちなさい」
「は、はい」
 マゾの服従ポーズを解くお許しが出て、テーブルに駆け寄りました。

「それじゃあ直子さん、これ、持ってくれる?」
 しほりさまが肩から提げられていたショルダーバッグを指さされました。
 なんだか急に気安くなったそのおっしゃりかたで、しほりさまも私を蔑むことに決めてくださったのだとわかりました。

「重いから、落とさないように気をつけてね」
 両手で持ち上げてもかなり重い。
 しほりさま、あの細い肩にこんなに重いバッグを提げられていたんだ。
 思わず尊敬の眼差し。
 両手で持ってヨタヨタとソファーまで運びました。

 お姉さまが洋間からキャスター付きの姿見を転がしてこられ、いったんソファーのところに置きましたが、壁際でちょっと暗い、ということになり、それからソファーごといろいろ移動して、最終的には中央のテーブルから少し離れた、照明下の明るい場所に落ち着きました。

 私の座るソファーを中心にして、周りにソファーやテーブルを囲むように置き、即席のメイクルームが出来上がりました。
 テーブルの上には、しほりさまのメイクアップお道具がズラリと並べられました。

「これが絵理奈が着けるはずだったウイッグです」
 しほりさまが黒髪がツヤツヤなウイッグを取り出しました。
「ちょっと失礼するわよ」
 鏡に向かっている私の背後に立ったしほりさまが、私の髪に巻いたタオルをスルスルッと解きました。

「あっ、まだ濡れているかもです」
「大丈夫よ、今は試すだけだから」
 地毛を手際よく頭上にまとめられ、慣れた手つきでネットをかぶせられました。

「こんな感じですね」
 明らかにお姉さまだけに向けられた、しほりさまのお言葉。
 緩いウエーブのサイド分け、胸に届かないくらいのセミロング。

「へー。なんだかゴージャスだけど、ちょっと重いかしら」
「もうひとつは、こんな感じです。黒髪限定ということだったので、今日は黒髪しか持ってきていませんが」
 スポッと外され、スボっとかぶされました。
 もっとウエーブの派手めな、もっとゴージャスなセミロング。

「ふーん。なんかピンとこないかな。あとは無いの?」
「あとは、これですね」
 目の上で前髪をまっすぐパッツン、ストレートセミロング。
「あっ!」
 思わずお姉さまと鏡の中で目が合いました。

「これね。これで決まりだわ」
 お姉さまと私の様子に、しほりさまは目をぱちくり。

 あれはまだお姉さまとおつきあいする前、大学一年の初秋の頃。
 ひとりで街に出て裸コート遊びをしていたら、偶然シーナさまにみつかってしまい、連れて行かれた西池袋のオシャレなアパレルセレクトショップ。
 そこではスキンアートという、素肌に絵を描くサービスをされていて、コートを脱がされ、当然のようにおっぱいやお尻を出すはめになりました。
 見知らぬお客様がたが頻繁に出入りする白昼の店内で、丸裸同然の姿で晒し者になった私。

 そのときシーナさまが、距離的には離れているとはいえ地元の駅でもあることだし、と私の身バレを心配してくださり、変装のためにかぶせてくださったウイッグ。
 もっと短かいフレンチボブタイプのウイッグでしたが、鏡に映った前髪パッツンな私の正面顔は、そのときのふしだら露出狂女にそっくりでした。
 お姉さまもシーナさまから、そのときの写真を見せてもらっているはずですから、瞬時に思い出されたようでした。

「このウイッグに合わせてメイクをお願い。そうね、かなり小生意気風に、ね」
 お姉さまが愉快そうにおっしゃいました。
「生意気風、とすると、キツネ顔っぽく、がいいのかな?でも直子さんて、どちらかと言えばタヌキ顔ですよね?」
「ああ、そう言われれば、そうね」

「絵理奈は、どちらかと言えばキツネ顔で、雰囲気変えるために今回、タヌキ顔っぽくしようとしていましたから、直子さんの場合、素の絵理奈に寄せればいいのかな。要は素顔から離れれば離れるほど、いいのですよね。」
「ええ、それでいいと思うわ。何て言うか、お高くとまりやがって、っていう感じ?それで、思わず虐めたくなっちゃうような」
 お姉さまがご冗談ぽくおっしゃいました。

「なんとなくわかりました。それでは、そういう方向で努力してみます」
「うん。あとはしほりさんに任せるから、お願いね。あたしも急いでメイクして、着替えもしなくちゃいけないし」

 お姉さまがチラッと壁の時計に目を遣りました。
 つられて見ると、お昼の12時を10分ほど過ぎていました。

「何かあったら、あたしはそこの部屋にいますから。直子は、ちゃんとしほりさんの言う通りにするのよ」
 それだけ言い残して和室に戻るお姉さま。

 お姉さまが引き戸の向こう側に消えると、しほりさまが好奇に溢れた、ちょっとイジワルそうなお顔で鏡の中の私を視つめ、嬉しそうにニッと微笑まれました。


オートクチュールのはずなのに 46

2016年4月3日

オートクチュールのはずなのに 44

「凄いわね。最初はギクシャクしていたけれど、今はもう、歩きかたも仕草も、プロのモデル顔負けじゃない?」
 マンションに着き、部室の階まで昇るエレベーターホールで、やっとお姉さまと向き合いました。
「後ろから見ていて、惚れ惚れしちゃった。すれ違う人のほとんど、男も女も、みんな直子に見蕩れていたわよ」

「そ、そうですか?」
 お姉さまのおやさしいお声に、フッと我に返るような感覚があり、同時に、過剰なほど張りつめていた背筋と心の緊張が解けていくのがわかりました。
 
 やがてエレベーターが到着。
 降りる人はなく、乗り込むのもお姉さまと私だけ。

 エレベーターの箱内に足を一歩踏み出したとき、とんでもないものが視界に飛び込んできました。
 私の真正面に、等身大以上の大きな鏡、そして、そこに映った自分の姿・・・

 鏡に映った私は、胸のVゾーンが乳首寸前まで大きくはだけ、裾もワレメギリギリまでせり上がった、目のやり場に困り過ぎるほど破廉恥な、裸コート姿でした。
 
 こんな姿で自信満々で前から歩いてこられたら、注目するのはあたりまえです。
 心の片隅に無理やり追いやっていた羞恥心が一気によみがえり、火照りとなって全身を駆け巡りました。

「わ、私・・・私、こんな姿でモールやお外を歩いてきたのですね・・・」
「そうよ。みんなの注目の的だったじゃない。でも直子もひるまずに堂々と歩き切って、偉かったわ」
 それって単に、驚いていたのか、呆れていたのだと思います。

「でもでも私、よく行くお店もあるし、知っている店員さんもたくさんいるし、どうしよう・・・もう恥ずかしくてお店に行けない・・・」
 やってしまったことの重大さに今更、からだが震えてきました。

「ううん。その点は大丈夫と思うな。注目の的は首から下だったし」
 お姉さまのからかうようなお声。

「まず服装に目が行って、それからあわてて顔を確認する、って具合だったわ」
「こんな格好したがる女って、どんな顔なんだろう、って感じでね。だけど、そのド派手なメガネでしょ?顔が半分以上隠れているから、知り合いだってわかりゃしなかったわよ」
 今度は真面目に、諭すみたいにおっしゃいました。

「それを貸してくれたアヤに感謝しなくちゃ、ね?」
 最後はおやさしくおっしゃり、不意にギュッと抱きしめてくださいました。
「あんっ!?」

「だから、さっきの感じでいいの。さっきの感じでイベントもしっかり頑張って。やっぱり直子はやれば出来る子なのよ。あたしのパートナーが直子で、本当に良かった」
 耳元でそうささやかれ、唇に甘いキス。
 
 それだけでさっきまでの不安が、綺麗サッパリ吹き飛んでしまうのですから不思議です。
 お姉さまが悦んでくださっているのだから、これでいいんだ・・・
 唇が離れたとき、タイミング良くエレベーターのドアが開きました。

 手をつないでエレベーターを降りました。
 目の前には、ホテルみたいな間接照明のオシャレな廊下が、シンと静まり返っています。
 エレベーターのドアが完全に閉まるのを待って、お姉さまがおっしゃいました。

「ここまで来たら、そのコートももう、脱いじゃって大丈夫でしょう」
「えっ!?」
「さっきのあたしのキスで気が緩んじゃった?直子には今日一日、でも、や、だって、は許されていないはずよ」
「あ、はい・・・ごめんなさい・・・」

 お姉さまからのキスで引っ込んだはずの羞恥心が、まだ少し、心のどこかでくすぶっていました。
 私にはイベントまで服は一切着せない、って、オフィスでお姉さまも断言されたじゃない?
 むしろ、ここまでコートを着せていただけたことに、感謝しなくちゃダメ。
 自分に叱るように言い聞かせ、コートの残りのボタン3つを、思い切るように手早く外しました。

 脱いだコートはニヤニヤ顔のお姉さまにお渡しし、今度はマンションの廊下で全裸。
 サングラスも一緒に外されました。
 お部屋へたどり着くまでに通り過ぎる、他所様のドアふたつが開きませんように、とドキドキお祈りしながら、携帯電話のカメラをこちらへ向けているお姉さまを追いました。

 お部屋へ入るとすぐ、お姉さまが着ていたスーツをスルスルと、お脱ぎになり始めました。
 そのとき、きっと私は、不思議そうな顔になっていたのでしょう。
 お姉さまが照れ隠しみたいに微笑みつつ、おっしゃいました。
「言ったじゃない?部室に着いたらご褒美上げる、って」

 ブラジャーも取り、ストッキングもショーツもお脱ぎになって、生まれたままのお姿になられたお姉さまが、そのままギュッと私を抱きすくめてくださいました。
「はぅぁぁー」
 お洋服を着ていらっしゃらなくても、いい匂いなお姉さま。

「これから直子を、シャワー浴びながらとことんイカせてあげる」
 耳元をくすぐる甘いささやき。
「今日は、あたしをイカせようとか、余計なことは考えないで、自分がイクことだけ考えていなさい」
 おっしゃるなり、お姉さまの右手人差し指が私のマゾマンコへズブリ。
「はぅっん!」

「相変わらずグッショグショなのね。スケベな子。モールでの注目がそんなに良かった?」
「イベントでは、それ以上の熱い視線が待っているからね」
「あうっ!あっ、あっ、あーっ}
 しばらくグチョグチョ掻き回されてから、唐突に指が抜かれました。

「おっと、その前にすることがあった。直子、今日のお通じは?」
「あん、えっ・・・お通じ、ですか?えっと、普通ですけれど・・・」
「いつしたの?」
「えっと、起きて、シャワーして、朝ごはん食べて、その後、です」

「朝食は何?」
「あのえっと、レタスとキュウリのサラダにジャムトースト一枚。あとミルクティで、食後にバナナを一本・・・」
「ふーん。ヘルシーね。今日は、イベント終わるまで何も食べられないけれど、我慢してね」
「はい。それは、構いません・・・」

「終わったら何食べてもいいから。あたしが何でもご馳走してあげる。だけど今はお腹の中、すっからかんにしちゃいましょう」
 おっしゃりながら全裸のお姉さまは、ご自分のバッグの中を物色されていらっしゃいました。

 バッグから引っ張りだされたのは、オフィスを出るときに綾音さまから手渡された小さなショッパー。
 その中から出てきたのは、私もお姉さまも見慣れている青地に白十字の箱に入ったあのお薬でした。

「そこに四つん這いになりなさい」
 お姉さまの右手が、ご自分の足元のフローリングの床を指しました。
「は、はい・・・」
 冷たさが戻ったお姉さまのご命令口調に、ゾクゾクっと鳥肌を立たせつつ、床に手を着きました。

 確か綾音さまは、あのショッパーをお姉さまに渡されるとき、絵理奈さまのためにご用意された、とおっしゃっていたっけ・・・
 ということは、本来なら絵理奈さまがイベントの前に、綾音さまの手でお浣腸されるはずだったんだ・・・

 ふと、そんな考えが浮かび、思わずその図を妄想していました。
 絵理奈さまの急病が無かったら今日の綾音さまは、盗聴のときとは打って変わって、絵理奈さまに対してエスのお役目をされていたんだ・・・
 その妄想は、私を凄く興奮させました。

「さっきアヤに診せていたときも思ったのだけれどさ、直子の肛門、確実に拡がっているわよね?少なくとも連休のときよりは」
 ギクッ!
 お姉さまのその一言で、綾音さまと絵理奈さまについての妄想が消し飛びました。

「連休明けからずっと、アヌスばっかり弄ってオナニーしていたんじゃない?凄い開発具合だもの」
 からかうようなお姉さまのあけすけなお言葉に、身を縮こませながらもキュンキュン感じちゃう私。
「・・・は、はい・・・そ、その通りです・・・」
 お姉さまに嘘をつくことは出来ません。

 アヌスばっかり、というワケではありませんが、ムラムラがひどくて激しくオナニーするとき、シャワーしながらお浣腸をして、がまんしながらイクこと、イッた後、シーナさまから就職祝いでいただいた柘榴石のアナルビーズを出し挿れすることが、ルーティーンワークとなっていました。
 
 さすがにまだ、直径40ミリの珠が付いたランダムなほうのアナルビーズは無理でしたが、直径10ミリから5ミリづつ大きくなるほうのであれば、8個の珠全部を収められるようにまでなっていました。
 あのなんとも言えない、もどかしい圧迫感がクセになっちゃったみたいなんです。

 そんなことを途切れ途切れに白状しました。

「ほら、もっと高く、お尻突き上げなさい、このヘンタイ女」
「はうっ!」
 ピシャっとお尻を叩かれて、ビクンとお尻が突き上がりました。

 お姉さまの指が私のマゾマンコから愛液をすくい取り、お尻の穴周辺になすりつけられます。
「あっ、はぅぅぅっ」
 お尻の穴が抉じ開けられ、指が内部へと埋没してくるのがわかります。
「ずいぶん挿れやすくなっているわよ?淫乱ケツマンコ」
「あう、あう、あうぅ」

「あたしにも開発の余地、残しておいてよね。一番大きな珠は、あたしの手で挿れるんだから。今度すっごく太いアナルバイブでも、買ってあげるわ。この穴が引き裂かれちゃうくらいのやつ」
 指がしばらくグリグリしてからスポンと抜け、代わりに今度は、何かもっと細いものが奥深く挿入されたのがわかりました。

「あああぁぁ・・・」
 間髪を入れず、直腸の中に冷たい刺激が注ぎ込まれてきます。
「今日は念のため、3つ入れておくわね」
 代わる代わるに細いものを突き立てられ、最後に何か柔らかいもので穴を塞がれました。

「うふふ。アナルプラグまで用意しちゃって、あのふたりも、かなりヘンタイな遊びを日常的にしているみたいね?」
 愉快そうなお姉さまのお声。
「そっか。あたしのプレゼントもアナルプラグにしようっと。これの2倍位太いやつ」

 挿入されたものは、柔らかいのですが中で膨らんでいる感じで、その圧迫感が妙に心地良くムズムズするものでした。
 でも、これの2倍って言ったら・・・
 本当に私の、裂けちゃうかも。

「直子って、マゾマンコにならあるでしょうけれど、ケツマンコに何か挿れっ放しで歩いたことって、あったっけ?」
「あ、いえ、お尻には、ないです・・・」
「今日のアイテムの中には、アナルにプラグ挿れっぱのものもあるから、それならいい練習にもなるわね。さ、バスルームへ行きましょう」

 お姉さまが差し伸べてくださった右手にすがって立ち上がり、手を引かれてバスルームに向かいました。
 お浣腸されたお尻の穴に、プラグを挿し込んだたままで。

 バスルームでのお姉さまとの行為は、いつもとちょっと違ったものになりました。
 ぬるめのシャワーを勢い良く全開にして、まず、その下で抱き合いました。
 髪の毛が顔にベッタリ貼りつくのもおかまいなく、唇を貪り合いました。
 湯気で曇る前の鏡に映った私のお尻には、赤ちゃんのおしゃぶりの先っちょのような輪っかが、滑稽に覗いていました。

 抱き合った胸元にボディソープを垂らし、からだを擦りつけ合います。
 やがて泡立つと、いったんシャワーの雨から避難して、お姉さまが私を愛撫し始めました。
 シャワーは出しっ放しで、相変わらず激しい水音がふたりを包んでいました。
 
 お姉さまは、これからモデルをする私の肌に痕を残してはいけない、と思われたのでしょう。
 いつものように叩いたりつねったり、もちろん縛ったりも無く、マッサージするみたいにやんわりジワジワとした愛撫がつづきました。
 おっぱいが念入りに揉みしだかれ、腋やうなじなど私が弱い場所を集中的に弄られたり。
 
 私の大好きな、痛い、という刺激は皆無なものの、お姉さまのおやさしいマッサージは執拗につづき、私が人肌に飢えていたこともあって、どんどん高揚してきました。
 焦らされていた乳首への責めで、最後はあっという間に昇りつめました。

 一度私がイッてからは、お姉さまの右手が、ずっと私の股間に吸い付きっ放し。
 最初から私の腫れた肉芽を執拗にいたぶってきました。
「んぐっ、んぐぅーーーっ!!!」
 お姉さまの唇で塞がれた自分の喉奥から、くぐもったような歓喜の嗚咽。
 それをかき消すような、激しいシャワーの水音。

 私がビクンビクンとイクたびに、お姉さまは攻撃の仕方を変えてきました。
 指が2本、マゾマンコ奥まで潜り込んで掻き回され、尖った乳首が噛み切られるくらい歯を立てられました。
「あああーーっ、あんあんっ、いぃぃーーーっ!!!」

 私の両手もお姉さまの乳房や秘唇をまさぐってはいるのですが、お姉さまは気にも留めていらっしゃらないご様子。
 ひたすら私を責め立てて、そして私はどんどん、お腹が痛くなってきました。

「あん、お姉さま、そ、そろそろダメです・・・出、出ちゃいそうですぅ・・・」
「うん、知っているわ。さっきから直子のお腹、グルグルゴロゴロ、煩いくらい鳴っているもの」
「だ、だから、あんっ、いったん離れてくださいぃ・・・でないと、お姉さまのおからだまで、わ、私の汚いもので汚してしまいますぅ・・・」

 私の膣壁をしたい放題いたぶってくる、お姉さまの指が与えてくださる快楽に飲み込まれそうになりながらも、なんとか必死に訴えました。
 そのあいだ下半身はずっと、プルプル震えっ放し。

「大丈夫よ、お尻に栓をしているのだから。直子の意志や諦めだけでは、派手に漏れだしたりしないはず」
「それに、出してもシャワーがすぐに流しれくれるから、あたしのことも気にしなくていいわよ」
 お姉さまが激しいシャワーの下で私のマゾマンコを責める手は止めず、クールにおっしゃいました。

 おっしゃる通りでした。
 一生懸命ガマンはしているのですが、お姉さまがくださる快感に気を許すと、どうしてもガマンのほうの力が緩んでしまうのです。
 栓をしていなかったら、もはやとっくに垂れ流してしまっていたはずでした。

「それに、もうちょっとがんばってみなさい。ほら、アヌスに力を入れて」
 ご命令通り、キュッと肛門を締め上げると、同時にお姉さまの指に陵辱されている穴の方も締め上げることになります。

「そう、その調子。あたしの指が奥へ奥へと咥え込まれていくわ。もう一本挿れちゃおうかしら、ほら締めて」
「んんーーっ!」
 膣壁がパンパンに圧迫され、尿意みたいなものまで催してきました。
 耐え難いお腹の痛みさえ、快感に変換されています。
 もちろん昂りも、頂上まであと一息のところまで。

「あうっ!お、お姉さま・・・もう、もうダメです・・・もう、もう・・・いやぁーー」
「なあに?イキそうなの?いいわよ、イっちゃいなさい、ヘンタイ直子らしく、あたしの目の前でウンチ垂れ流しながら、イっちゃいなさい」
 
 お姉さまの左手でグイッと抱き寄せられると同時に、膣内への摩擦も最高潮になりました。

「いやーーーっ、あっ、あっ、いや、いや、だめ、はぁっ、はぁっ、でちゃう、イッちゃぅぅぅ」
 膣内への刺激が一瞬途切れ、同時に肛門に筆舌に尽くし難い爽快な開放感が訪れました。
 栓を抜かれた瞬間、スポンという音さえ聞こえたような気がしました。
 間髪を入れず膣内への摩擦が戻り、昂りが何十倍にも増幅して戻ってきました。

 すさまじい快感が全身を駆け巡っていました。
 私の肛門は、自分でも制御不能。
 からだ中の穴という穴から、何かしらの液体が放出されているような感じでした。
 自分自身が液体となって、溶け出しているような絶頂感でした。

 集中豪雨のようにけたたましいシャワーの水音の中でも、自分の下半身から断続的に発せられた、はしたない破裂音は聞こえていました。
 そして、そこはかとなく香ってくる、懐かしくも不穏な臭い。
 それらの恥ずかしささえ、そのときの私には快感の増幅を呼ぶスパイスに過ぎませんでした。

「ああああーーーごめんなさいぃ、イキます、イキます、もうイキますうぅぅぅぅ!!!」
 お姉さまのおっぱいに顔を擦りつけ、シャワーの音に負けないくらいに叫びました。
 シオなのかオシッコなのか、マゾマンコからも何らかの液体がほとばしる感覚がありました。

 いつの間にか両膝が崩れ、シャワーの下で四つん這いに力尽きたまま、それでもたてつづけに何度もイキました。
 シャワーが背中に、お尻に当たる、その打擲の刺激だけで、果てしなくイッちゃいそう。
 そのくらい全身の肌がビンカンになっていました。

 シャワーの勢いがだんだん弱まり、やがて止まりました。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・」
 水音が消えたバスルームに、自分の荒い息遣いだけがエコーしていました。

「どうだった?あたしからのご褒美」
 裸のお姉さまがしゃがみ込んで、四つん這いでうなだれている私の顔を覗き込んできました。
「は、い・・・ありがとう、ございます・・・さ、サイコーでした・・・」
「これで底無しな直子のムラムラも、いくらかは落ち着いたでしょう。からだ拭いちゃって、イベントの準備に移りましょう」
「は、はい・・・」

 ぐったり疲れきったからだをお姉さまに助け起こされ、フラフラたどり着いた脱衣場では、ただ立ち尽くす小さな子供状態。
 お姉さまにからだの隅々まで丁寧に拭いていただきました。
 ブラジャーの跡もパンストのゴム跡も、跡形もなく消え去り、両手の指なんてもうシワシワ。

 頭にタオルを巻いてもらい、私は裸、お姉さまは真っ白なバスローブ姿で部室のメインルームであるリビングルームに移動しました。
 お姉さまがグラスに冷たいスポーツドリンクをたっぷり注いで、持ってきてくださいました。
 
 お部屋壁際のソファーにタオルを敷いて裸のお尻で腰掛け、最初はそれをグイッと、残りはゆっくりといただきました。
 お姉さまは、脱ぎ散らかしたご自分のスーツ類を拾い集めてはハンガーやトルソーに掛け、それからバスローブのまま和室に入られました。

 バスルームで、何回くらいイッたのかしら?
 さすがに今は大人しくなっている自分の乳首を見下ろしながら考えました。
 数えてみようか、とも思いましたが、イキグセがついてからはずっと、頭の中が真っ白に吹っ飛んでいて正確には思い出せないことに、すぐ気づきました。
 そのぐらいたくさんイッたはずです。

 だんだん冷静になるとともに、この場でまだ自分が全裸であることを恥ずかしく思い始めた頃、ご来客を告げるチャイムが室内に鳴り響きました。
 すぐにバスローブ姿のお姉さまが和室から出てこられ、インターフォンの受話器を取られました。

「はい。あ、どうも。わざわざありがとうございます・・・」
 その後、フロア階数とルームナンバーを告げられ、受話器を置かれました。

「メイクのしほりさんがみえたわ。今エントランスだから、ほどなく上がってこられるはず」
「あたし今、手を離せないから、次にチャイムが鳴ったら、直子、玄関でお迎えしてあげて」

 それだけ告げて、再び和室に戻られるお姉さま。
 和室の引き戸がピシャリと閉じられます。

 私、どうやら全裸のまま、見知らぬお客様をひとりで、お出迎えしなくてはいけないみたいです。


オートクチュールのはずなのに 45


2016年3月27日

オートクチュールのはずなのに 43

「あたし今、本気で外に出るところだった!」
 ご自分でもびっくりされたようなお顔で、お姉さまが私の顔をまじまじと見つめてきました。

「なぜ直子も何も言わないのよ?あなた今、真っ裸なのよ?普通は、何か着せてください、とか、あたしを引き留めるものでしょ?まさか、そのまま外に出ても構わなかったの?」
「いえ、あの、だって・・・」

 お姉さまにあまりに自然に手を引かれ、戸惑いながらも抗議出来る雰囲気でもなく、ただただパニクっていたのでした。
 あのままお外へのドアを開けようとされたら、さすがに声をあげていたことでしょう。
 だけど、それをどうお伝えすればいいのか適切な言葉が浮かばず、黙って顔を左右にブンブン振って否定の意思を表しました。

「ねえ・・・」
 やれやれ、というお顔をされたお姉さまが、ご自分のデスクでこちらに背を向けている綾音さまに呼びかけようと、お声をかけかけたのですが、綾音さまがお電話中とわかり尻すぼみで終わりました。
 すぐにお電話は終わり、綾音さまが受話器を置くのを待って、もう一度呼びかけるお姉さま。

「ねえ?デザインルームに何かガウンみたいな羽織れるもの、なかったかしら?コートとかジャケットとか。この際カーディガンでもバスローブでも、何でもいいわ」
 お声に呼ばれてこちらをお向きになった綾音さまが、私を見てニッと笑いました。

「あら?ナオコはこれから本番までずっと、裸で過ごさなくてはいけないのではなかったかしら?」
 イタズラっぽい目つきでからかうようにおっしゃる綾音さま。

「なーんてね。いくらなんでも、このビルからマンションまでオールヌードで歩き回らせる訳にはいかないわよね。大騒ぎになってイベントどころじゃなくなっちゃう」
 立ち上がった綾音さまがデザインルームに向かいかけ、すぐ立ち止まりました。

「そうだわ。今日わたくし、レインコート着てきたから貸してあげる」
 おっしゃってから、綾音さまのお顔が少し曇りました。
「夜明け前からずっとシトシト降りつづけているのよ、このイヤな雨」

 絵理奈さまは今日の明け方に苦しみ出したと、お姉さまがおっしゃっていたので、きっとそのときのことを思い出されているのでしょう。
 小さくお顔をしかめながら綾音さまが、更衣室のほうへと向かわれました。

 ほどなく戻られた綾音さまから、少しくすんだグリーンのオシャレなコートを手渡されました。
 裏地を見たら一目でわかる、イギリスを代表する有名なブランドものでした。

「あ、ありがとうございます・・・」
 うわー、このコート、おいくらぐらいするのだろう・・・なんて下世話なことを考えながら恐縮しつつ、おずおずと袖に腕を通しました。

 見た目よりもぜんぜん軽い感じのトレンチコート。
 綾音さまのほうが私より5センチくらい背がお高いので、ちょっぴりブカブカ気味なのはご愛嬌。
 羽織ると、いつも綾音さまがつけていらっしゃるミント系のフレグランスが香りました。

「ショートコートだからギリギリかな、と思ったけれど、ナオコだと股下5センチくらいは隠れるのね」
 綾音さまがからかうみたいにおっしゃいました。

 確かに、6つあるボタンを全部留めると、ミニのワンピースを着ているような着丈でした。
 うっかり前屈みにはなれないくらいの、微妙なキワドさ。
 生地が薄めで柔らかいので、乳首の出っ張りも微妙にわかります。

「おお。いい感じ。じゃあ行こうか」
 お姉さまが再び私の右手を握りドアへ向かおうとすると、綾音さまに止められました。
「待って。これもしていくといいわ」

 差し出されたのは、見覚えのある派手なサングラス。
 絵理奈さまがオフィスへお越しになるときいつも着けていた、いかにもタレントさんがオフのときにしていそうな、茶色いレンズでセルフレーム大きめなサングラスでした。

「昨日から東京に来られている地方のお客様が、イベントまでの暇つぶしに、下のショッピングモールとか観光されているかもしれないでしょ?」
「ナオコはともかく、絵美の顔は知られているから、みつかったらちょっとはお相手しなきゃ。そのときナオコの顔も覚えられちゃったら、後々マズイじゃない?」
「もしそうなったら、ナオコは失礼して、先に部室に行っちゃいなさい。くれぐれもお客様に、うちの社員とは思わせないこと」

 綾音さまのご説明に、はい、とうなずいてはみたものの、こんな目立つサングラスに、ミニワンピ状態のトレンチコートって、かえって人目を惹いちゃうのでは?と思いました。

「それと、メイクのしほりさんは、今原宿だから、大急ぎでこちらへ向かうって。3、40分てところね」
「おっけー。それじゃあ、後のことは任せたから。行こう、直子」

 期せずして、こんな平日のお昼前に勤務先のビル内で裸コートを敢行することになってしまった私は、お姉さまに右手を引っ張られ、オフィスを出ました。

「思いがけず、面白いことになっちゃったわね」
 エレベーター内はふたりきりでした。
 お姉さまが私の全身をニヤニヤ眺めながらおっしゃいました。

「まさかこんなことで、直子のヘンタイ性癖をうちのスタッフにカミングアウトすることになるなんて、思ってもみなかった。その上、ショーでうちのアイテムを身に着けるモデルまで直子になっちゃうなんて」
「こんなに大っぴらに、勤務中にみんなの前で堂々と直子を辱められるなんて、あたしもう、愉しくって仕方ないわ。ある意味、こんな機会を作ってくれた絵理奈さまさまね」

 本当に嬉しそうなご様子のお姉さまを見ていると、私も嬉しくなります。
 ただし、心の中は不安で一杯ですが・・・
 ほどなくしてエレベーターが一階へ到着しました。

 オフィスビルのエレベーターホールは、ずいぶん賑わっていました。
 お昼が近いからかな?
 大部分はスーツ姿のビジネスマンさんやOLさんたち。
 右へ左へ、忙しそうに行き交っていました。
 サングラスをかけるときに思ったことは杞憂に終わらず、エレベーターを降りた途端に、いくつもの不躾な視線が私に注がれるのを感じました。

 今までいた身内だけの空間から、見知らぬ人たちが大勢行き交う、公共、という場にいきなり放り出され、裸コートの私は途端に怖気づいてしまいました。
 こんな場所に私、コートの下は全裸で、短かい裾から性器まで覗けそうな格好で、立っているんだ。
 東京に来てから、頻繁にショッピングやお食事で立ち寄り、会社に入ってからは毎日通勤している、こんな場所で。
 怯えながらも甘く淫らな背徳的官能に、被虐マゾの血がウズウズ反応していることも、また事実でした。

「何早くもビビッているのよ?」
 私の緊張をいち早く察したお姉さまが、エレベーターホールの柱の陰へ私を連れ込みました。
「このくらいで怖気づいていたら、ショーのモデルなんて到底務まらないわよ?」
 壁ドンの形でヒソヒソ諭されました。

「いい?今日の直子はいつもの直子じゃないの。このビル内のオフィスに勤める一介のOLじゃなくて、これからファッションイベントで主役を務める、デザイナーから選ばれたモデルなの」
「直子にショーモデルとしての心得を教えてあげる。まず、モデル、つまり服を魅せるマネキンになりきりなさい。一流のモデルは人前で喜怒哀楽を出してはダメ。高飛車なくらいのポーカーフェイスが基本よ」

「恥ずかしさに照れ笑いとか困惑顔は、見ているほうがかえって気恥ずかしくなっちゃうの。それでなくても今日直子が着て魅せるアイテムは、一般論で言えば恥ずかし過ぎるようなものばかりなのだから」
「心の中では、どんなにいやらしく感じていてもいいから、表の顔はポーカーフェイスをキープ。不機嫌なくらいでちょうどいいわ」

「練習のために、ここから部室まで、ふたりでモデルウォークで歩いていきましょう。あたしもつきあってあげるから」
「当然、人目を惹くけれど、臆してはダメ。逆に人目を惹かなければ、モデルとしての価値なんて無いのだから。注目浴びて当然、あたし綺麗でしょ?って感じで澄まして颯爽と歩くこと」

「昨日、ランウェイでふざけてやっていたじゃない?雅と一緒に。上手いものだったわ。あの感じで歩けばいいから」
 そこまでおっしゃって、お姉さまの目が私の着ているコートへと移りました。

「それにしてもずいぶんキッチリとボタン留めたのね?こんなジトジト湿度なのに」
「それ、かえって不自然だわ。暑苦しい。上のボタン、二つ外しなさい」

 でも・・・と思ったのですが、ご命令口調には逆らえません。
 お姉さまのお顔をすがるように見つつ、首元まで留めていたボタンとその下を、そっと外しました。

「ほら、すぐそんなふうに嬉しそうな顔する。どんな命令にも淡々と無表情で従いなさい。内心はどんなに悦んでもいいから」
 叱るようにおっしゃりながら、ボタンを外した襟を開いて、整えてくださるお姉さま。
 視線を落とすとコートのVゾーンが、おっぱいの谷間が覗けるくらい、肌色に開いていました。

「うん、トレンチはやっぱり、この襟を開いた形が一番恰好いい。胸元が風通し良くなったでしょう?」
 いえ、お姉さま、前屈みになると隙間から乳首まで覗けちゃいそうなのですけれど・・・

「ついでに裾のほう、一番下も、外しましょう」
 えっ!?と思っても、表情に出してはいけないのでした。
 こんなに短かくて、生地が柔らかいから裾だって割れやすそうなのに、モデルウォークで歩いたら足捌きで・・・と思いつつも、努めて無表情で外しました。

 6つあるボタンのうち3つを外してしまいました。
 今留まっているのは、下乳の辺りからおへその辺りまでの3つだけ。
 何かの拍子で、いとも簡単にはだけてしまいそうな、なんとも頼りないコートになってしまいました。

「大丈夫よ。トレンチだからダブルだし内ボタンも留めているのでしょう?それにベルトもしているし、おいそれと全開にはならないわ」
 コートの裾をピラッとめくるお姉さま。
 内腿の交わりに外気が直に当たりました。

「うん。エレガントだし肌の見え具合もちょうどいい。やっぱり老舗のブランドものはシルエットが違うわね」
「直子も負けないでちゃんと着こなしているじゃない。そのド派手なメガネといい、もう立派なスーパーモデルね」
 お姉さまから、からかわれ気味に褒められても無表情。
 だけど心臓はドキドキで、今にもバクハツしそうでした。

「準備万端。モデルウォークの練習は、と・・・せっかくだし、こっちから行きましょう」
 えっ!?
 お姉さまが選んだのは、ショッピングモール側の通路。
 エレベーターホールから近い、道路沿いの通路のほうが人通りが少ないのに。

「せっかくの裸コートなのだから、見物人が多いほうが直子も嬉しいでしょ?」
 私の戸惑いを見透かしたみたいに、耳に唇を寄せてささやくお姉さま。

「さあ、行きましょう。ここからは手はつながないからね。まっすぐ前を見て視線は散らかさず、大きめのストライドで颯爽とね」

 おっしゃるなり、お姉さまが胸をスッと張った美しい姿勢で、颯爽と歩き始めました。
 うわー。
 お姉さまのモデルウォーク、なんて華麗で優雅。

 見惚れている場合ではありません。
 あわてて私も背中を追います。

 視線を前方一点に定め、軽くアゴを引いて背筋を伸ばすこと。
 足を前に出すのではなく、腰から前に出る感じ。
 体重を左右交互にかけ、かかっている方の脚の膝を絶対に曲げない。
 両内腿が擦れるくらい前後に交差しながら、踵にはできるだけ体重をかけない。
 肩の力を抜いて、両腕は自然に振る・・・
 
 お姉さまのお背中を見つめ、一歩下がる感じで着いていきました。

 これからショッピングモールが本格的に始まる、という地点でお姉さまが立ち止まれました。

「ここからは、直子が先に歩きなさい。あたしは後ろに着くから」
 耳元でささやかれ、背中を軽く押されました。
 ご命令には絶対服従。
 そこからは、数メートル先の宙空に視点を置き、極力周りを見ないようにして進みました。
 
 ショッピングモールは、オフィスビルよりもっと賑わっていました。
 週末平日のお昼前。
 小さなお子様連れの若奥様風のかたたちが多いようでした。
 他には学生さん風とか、隣接のホテルの外国人宿泊客さんたち。
 モールのお店が若い人向けばかりなので、お年を召されたかたはあまり見かけません。

 そんな中を、場違いに気取ったモデルウォークで進んでいく女性ふたりの姿は、明らかに異質でした。
 前を行くのは、タレント然としたド派手なサングラスに、妙に肌の露出が多いトレンチのレインコートを着た若い女。
 その後ろに、仕立ての良いビジネススーツを優雅に着こなしたスラッとした美人さん。
 芸能人の端くれとそのプロダクションのマネージャー、くらいには、見えたかもしれません。
 
 すれ違う人たちの視線を惹きつけていることが、みなさまの頭の動きで如実にわかりました。
 私たちに気がつかれたみなさまは誰も、首がこちらのほうへぐるっと動くのです。
 私たちの姿を数メートル先で見つけ、すれ違うまでその場で固まったまま不思議そうに見つめつづける若い男性もいました。

 一歩進むたびに短かい裾を腿が蹴り、そのたびに裾が不安定に、股間ギリギリで揺れているのがわかりました。
 歩き始めると、ウエストで絞ったベルトを境に、下部分は少しづつせり上がり、上部分は胸元がたわんで広がってきました。
 見下ろす形の自分の視界的には、胸元のVゾーンからおっぱいのほとんどが見えていました。
 かと言って、必要以上に胸を張ると、乳首が裏地に張り付き、布を押し上げるのがわかります。

 いったい私の姿、周りの人にどんなふうに見えているのだろう・・・
 胸の谷間は?浮き出た乳首は?裾のひるがえりは?

 一番気になるのは裾でした。
 コートの布地が末広がりなので、自分では確認出来ませんが、歩いている感じでは、両腿のあいだを空気が直に通り過ぎていました。
 正面から見たら、すでにもうソコが露になっちゃっているのかもしれない・・・

 視線をまっすぐに定めていても、視界にはこれから通り過ぎる場所の情報が飛び込んできます。
 あそこのお店は、先週ワンピースを買ったところ、あそこのお店のマヌカンさんとは顔見知り、あそこのカフェのケーキは美味しかった・・・
 そんな日常的な場所を私は、キワドイ裸コート姿で、何食わぬ顔で歩いているのです。

 心の中はもう、収拾のつかないくらいの大混乱でした。
 視ないで、と、視て、の相反する想い。
 視られたくないのに視られているという被虐と、視せつけたいから視せているという自虐。
 ヘンタイマゾの願望を実践している自分に対する侮蔑と賞賛。
 それらが一体となった羞恥と快感のせめぎ合いで、全身にマゾの血が滾っていました。

 歩きつづけて周囲の視線に慣れてくるほどに、羞恥よりも快感が上回ってきました。
 あそこでふたり、こちらを見てヒソヒソしている。
 あの人、すごく呆れたお顔をされている。
 こっちの人は、なんだか嬉しそう・・・
 視線を動かさなくても、周りの雰囲気を肌で感じ取ることが出来ました。

 両腿のあいだは、自分でもわかるほどヌルヌルでした。
 このまま溢れ出た雫が腿を滑り落ちても構わないと思いました。
 むしろそのほうが、マゾな自分にはお似合いです。

 視ないで、と思うより、もっと視て、と思うほうがラクなことにも気がつきました。
 そのほうが私自身が悦べるし、皮膚感覚がどんどん敏感になって、ちょっとした視線の動きだけで、触れられたのと同じくらいに感じられるのです。
 どんどん視ればいい、舐めまわすように私を視て、ふしだらなヘンタイ女って蔑めばいい、それこそが私の望みなのだから。
 そんな気持ちになっていました。

 それは、ある種の開き直りなのかもしれません。
 恥ずかしさが極まり過ぎて、そこから逃げ出すよりも、いっそ身を委ねてしまおう、という選択。
 その選択をしてからの私は、人とすれ違うたびに、そのかたに、視てくださってありがとうと、と心の中でお礼を言いつつ、マゾマンコの奥をキュンキュン疼かせていました。
 
 いつの間にかモールを通り過ぎ、ビルの出口まで来ていました。
「いい感じよ直子。いい感じにトロンとして、すごく色っぽい無表情になっている」
「さあ、ここからは外、あと一息ね。部室に着いたらご褒美あげるわ」

「はい。ありがとうございます、お姉さま」 
 最愛のお姉さまにも褒められた、ということは、私の選択は間違っていなかった、ということ?
 
 思わずほころびそうになる口元を引き締めて無表情に戻り、再び歩き始めます。
 高速道路の高架下の薄暗い広場を抜け、スーパーマーケットのある通りへと。
 その裏が部室のあるマンションです。

 お外には、ビルの中とはまた違った種類の人たちが行き来していました。
 ご年配のスーパーへのお買い物客らしきおばさま、疲れた感じの初老なサラリーマンさん、何かの工事の人たち、宅配便の配達員さん・・・
 いっそう日常的となった空間を再び、場違いなモデルウォークで歩き始めました。
 視て、もっと視て、って心の中でお願いしながら。

 スーパーマーケット側へ渡るための横断歩道で、赤信号に止められました。
 お姉さまの傍らで、うつむかずまっすぐに立ち、信号が変わるのを待ちます。
 向こう側にも数人のかたたちが待っていて、そのあいだを時折、トラックやタクシーが走り抜けていきます。
 
 強めのビル風がコートの裾を乱暴に揺らしても、いつもみたいにあわてたりしません。
 もっと吹いて、マゾマンコが露わになっちゃえばいい。
 そう考える、私の中にいるもうひとりの私、自分を辱めたがる嗜虐的なほうの私の声が、思考を支配していました。

 道路の向こう側にいるご中年のサラリーマン風男性は、明らかに私のコートの下のことに気づいているようでした。
 遠くから、たとえ目を瞑っていてもわかるほど強烈に、熱い視線が私の下半身へと突き刺さっていました。
 信号が変わり、お互いが歩き出してからも、じーっと粘っこい視線が私の胸元と下半身にまとわりついていきました。
 
 私はそれを、身も心もとろけちゃいそうなほど、心地良く感じていました。


2016年3月20日

オートクチュールのはずなのに 42

「せっかく直子のために手に入れたのに、ずっと使いそびれていたのよ」
 
 お姉さまが魔法少女の変身シーンみたいに、魔法のステッキならぬ乗馬鞭を軽やかに振り回すと、ヒュンヒュンッ!と空気が切り裂かれる煽情的な悲鳴が私の鼓膜を揺らしました。
 私はもうそれだけで、全身鳥肌立つほどゾックゾクッ!

「あら、それって老舗のブランドもの、それもレアものじゃなくて?」
「うん。そうらしい。エイトライツの竹ノ宮さんから譲っていただいたの」
「ああ。あのかた、乗馬がご趣味だったわね」
 お姉さまから乗馬鞭を手渡された早乙女部長さまも、物珍しげにその場でヒュンヒュンさせています。

「彼女、乗馬に興味を持つ人が増えるのが、嬉しくて仕方ないみたい。あたしも鞭を一本、手元に置いておこうかな、って何気に言ったら、喜々としてこれを譲ってくださったのよ」
「まさか、馬じゃなくて人間の躾で使う、なんて思ってもいないのでしょうね」
 おっしゃってから、クスクス笑うお姉さま。

「でもまあ、これからお客様の前に出るモデルのお尻を、真っ赤に腫れ上がらせちゃうのもどうかと思うから、今日もちゃんと本格的には、使えないけれどね」
「あら、少しくらいなら、アクセントになっていいのではなくて?何て言うか、デカダンスなムードが出るかも」
 部長さまが、鞭の先のベロの部分を指先でプルプルさせながら、真面目なお顔でおっしゃいました。

「以前どこだったかで、そういう写真を見たことがあるのよ。真っ白なお尻のアップに一か所だけ、鞭のこのフラップの形の赤い痕がクッキリと残っている写真」
「形のいい綺麗なお尻の割れスジ付近に一か所だけポツンて。それはそれは耽美で退廃的で、ゾクッとするくらいエロティックだったわ」
 
 そのお写真を思い出しておられるのでしょう。
 両目を瞑って夢見るようなお顔つきで、部長さまがおっしゃいました。

 すぐに目を開けて、冷えた視線に戻られた部長さま。
「少なくとも、そのウエストにある忌々しいパンストのゴム跡とか、背中のブラのストラップ跡とかよりは、数倍マシだわ」
 視線と同じく冷えた口調で、そうおっしゃいました。

 確かに自分でも気になっていました。
 慣れないパンストを久しぶりに穿いたせいなのか、締め付けられていたゴムの跡が、薄っすらしつこくお腹に赤く残っていました。
 下乳には、ブラのカップ跡もクッキリあるし。

「うん、わかってるって。それはこの後、シャワーでも浴びさせて消すわ。それに、これから本番まで、直子には一切、下着も服を着せないつもりだから」

 お姉さまが冷静なお声で助け舟を出してくださいました。
 だけど、その後半部分にドッキン。
 えーーっ!?お姉さま、そんなおつもりなの!?
 私、裸のままで、イベント会場まで移動することになるのかしら・・・

「それはそれとして、今は直子のアヌスの話だったわよね?」
 早乙女部長さまから乗馬鞭を返してもらったお姉さまが、乗馬鞭の先を私のほうへと伸ばしてきました。
 おふたりに背を向けたまま、顔だけひねって会話に聞き耳を立てていた私は、またもやドッキン。

「ほら、その机のほうへ前屈みになって、お尻をこちらへ突き出しなさい」
 ご命令と同時に、鞭の先のベロが私の左の尻たぶを、スススッと撫でました。
「あはぁっ・・・」
 瞬間、総毛立つほどゾクゾク感じてしまい、思わず淫らな声が漏れてしまいました。

「脚はもっともっと開いて、もっと前屈みになって、お尻を高く突き上げるのっ」
「は、はい・・・」
 
 鞭の先が私の両脚のあいだに入り込んで左右に揺れ、両方の内腿を軽くペチペチ叩いてきます。
 それにつれてどんどん広がる私の両足の幅。

 最初はデスクの上に突いていた両手もデスクを離れ、今は床に着くほどの前屈姿勢。
 両足幅も1メートル近く広がり、腰高の四つん這い、と言ってもよい姿勢になっていました。

 お姉さまが操る鞭の先端ベロは、絶えず私のお尻周辺を這い回っていました。
 お尻の割れスジに沿った、と思ったら尻たぶへ。
 そこから内腿へと滑り、だんだんと左右が交わる地点へと。

 早乙女部長さまもいらっしゃるのだから・・・
 しきりに声帯を震わせたがる淫らな昂ぶりを、唇を真一文字に結んで一生懸命がまんしました。
 今は優しく撫で回すだけのベロが、いつ牙を剥いてお尻にキツイ一発がバチンとくるか、気が気ではなく怯えていました。

「ほら。これがお待ちかねの直子のアヌス」
 ベロの感触が消えた、と思ったら、お姉さまのお声。

「へー、アヌスと性器のあいだにも、まったくヘアが生えていないのねえ。毛穴さえわからないくらいツルツル」
 部長さまの弾んだお声がすぐに追いかけてきました。

「それに森下さん、絵理奈より上付き気味なのね。アヌスも少し後ろめで、穴と穴のあいだ、会陰が広いわ」
 私のお尻に微かに息がかかっているような気がするのは、部長さまがそれだけ、お顔をお近づけになっているのでしょう。

「ふふふ。それにしても、こんな午前中の明るいオフィスで、うちの社員の裸のお尻をこんなに近くで覗き込んでいるなんて、何だかキマリ悪くて照れちゃうわね」

 それは、覗き込まれている私のほうのセリフです、部長さま。
 大開脚状態ですからスジも割れ、濡れそぼった肉襞まで全部見えてしまっているはず。
 私の顔が真っ赤に火照っているのは、窮屈な前屈姿勢のせいだけではありませんでした。

「ちょっと触ってみてもいいかしら?」
 私にではなくお姉さまにお伺いを立てる部長さま。

「どうぞどうぞ、もちろん。ちょっとと言わず、いくらでも、お好きなだけ」
 半分笑っているような、お姉さまのお声が聞こえました。

 お尻に何か触れた、と思ったらいきなり割れスジが左右に割られ、肛門が押し拡げられたのがわかりました。
「ああんっ、いやんっ」

「あら、可愛らしい声だこと。驚いちゃった?」
 私の返事は期待されていないらしく、すぐにお言葉がつづきました。

「見た感じ、穴がこのくらいまで広がるなら大丈夫そうね。柔らかいし、皺の放射も慎ましくて美しいわよ、森下さんのアヌス」
 穴は押し拡げられたまま、前と後ろの穴と穴のあいだを、何かでツツツツと撫ぜられました。
 たぶん指の爪の先。

「ひゃんっ!」
 思わず膝がガクンと落ちるほど感じてしまい、悲鳴に近い声まであげてしまいました。

「あらあら。姿勢が崩れちゃったわね?ここは誰でも弱いものね?いい鳴き声を聞かせてもらったわ」
 部長さまのからかうようなお声で、あわてて元の姿勢に戻ろうとすると、部長さまに手で制せられました。
「ううん、お尻はもういいから。もう一度わたくしのほうを向いてくださる?」

 絵理奈さまとの秘め事を盗聴したときは、オフィスでのお仕事ぶりがらは想像できないほど、完全に絵理奈さまの言いなりエムだったのに、今日の早乙女部長さまは打って変わって見事なエスっぷりでした。
 部長さまって、お相手次第でエムにもエスにもなれる人なんだ・・・
 おずおずと振り向くと、同じ種類の妖しい光を湛えたお姉さまと部長さまの瞳が待ち構えていました。

「最初は両脚揃えて、気をつけ、の姿勢ね。はい、気をつけっ!」
 学校の朝礼での先生みたいなきっぱりとした部長さまの号令に、あわてて直立不動になりました。
 その瞳はずっと一点、私の両腿の付け根が交わる部分、を凝視しています。

「はい、やすめっ!」
 反射的に両足を軽く開き、両手は背後へ。
 部長さまの瞳は、定位置で不動。

「最後に、その机の上にお尻乗っけて座ってみてくれる?」
「あ、はい・・・」
 振り向かずに後ずさりして、手探りでデスクにぶつかり、縁に両手を掛けてお尻を持ち上げました。

「座ったら、両足も机の上に引き上げて」
「はい・・・」
 両脚を出来るだけ閉じたまま膝を曲げ、デスクの上に体育座りするような格好になりました。

「ふふん。さすがに長年バレエをやっていただけあって、からだが柔らかいのねえ。脚閉じたまま机の上に上げられちゃうんだ」
 なぜだか愉快そうな部長さまのお声。
 だけどその瞳には、嗜虐の炎がユラユラゆらめいていました。

「だけどそれではダメなの。両脚は思い切り開きなさい」
 部長さまの、開きなさい、のお言葉が終わるか終らないかのときに、部長さまの横で成り行きを見守っていたお姉さまが、ヒュンと乗馬鞭を素振りされました。
 
 鞭は宙空を切り裂いただけでしたが、私は盛大にドッキーン!
 あわてて両腿をガバッと、盛大に開きました。
 同時にお姉さまのほうを見ると、すっごく愉しそうに笑っていました。

「もうちょっとわたくしに性器を突き出すみたいに後ろにのけぞって、アヌスまで見えるようにね」
「膝が閉じないように、両手で自分の太腿をそれぞれ、押さえておくといいわ」
 
 部長さまのご命令通りにすると、なんとも破廉恥なM字大股開脚姿になりました。
 それも、自分の両手で左右の膝を押し拡げ、大きく開いた内腿の中心に楕円の粘膜を見せて息づくマゾマンコを、自らすすんで見せつけているような。

「あたしが知っている直子に、これ以上無いくらい、お似合いな格好になっているわよ」
 お姉さまが鞭をヒュンヒュン素振りしながら、嬉しそうにおっしゃいました。

「今、直子が言いたいこと、あたしにはわかるわよ?部長さま、あ、違うな、アヤネさま、か。アヤネさま、どうぞ直子のいやらしいマゾマンコを、じっくりご覧ください、でしょ?」

 でしょ?と問われてうなずく訳にもいきませんが、まさに心の中でつぶやいていたことでした。
 お姉さまは、その先は何もおっしゃらず、薄い笑みを浮かべて私の顔をジーッと見つめていました。
 部長さまと同じ種類の炎にゆらめくその瞳が、ほら、早く言っちゃって、ラクになっちゃいなさい、とそそのかしていました。

「・・・ア、アヤネさま・・・」
 
 いつしか私の思いは声帯をか細く震わせ、唇が言葉を紡ぎ始めでいました。

「アヤネさま、ど、どうぞ、どうか直子の・・・直子のいやらしい・・・いやらしいマゾ、マゾマンコを・・・」
 
 さすがに最初は驚いたご様子だった部長さまのお顔が、私の言葉が進むうちにどんどん、嬉しそうなお顔へと変わっていきました。

「・・・マゾマンコをじっくり、じっくりとご覧になられて、く、くださいませ・・・」
 
 言い終えた途端に左の内腿をドロリと、溢れ出た愛液が滑り落ちたのがわかりました。
 部長さまのふたつの瞳は、その一部始終を、まるで脳内で録画でもされているかのように、じっと凝視されていました。

「森下さんて、本当に凄い子だったのねえ。何て言うか、ここまで性的に貪欲な子だったなんて・・・」
 
 私の恥部からやっと視線を外され、少し呆然とされたような部長さまのお声。
 だけど私にはまだ、お赦しのご命令が下されないので、自ら両内腿を押し拡げている姿勢のままです。

「絵美がさっき言っていた、部長さまじゃなくてアヤネさま、っていう呼び方の違いって、何なの?」
 部長さまがお姉さまにお尋ねられました。

「ああ、それはね、見ての通り直子はドマゾなのだけれど、肩書にかしずくのではなくて、人にかしずいて、その人のドレイになるの。そういう志の高いマゾなの」
 お姉さまが茶化すみたいに、薄い笑顔でおっしゃいました。

「よくわからないのだけれど、今さっき、森下さんはわたくしにかしずいてくれたのかしら?」
「そう。さっきはっきり直子は、アヤネさま、って言ったのだから、ダブルイーの早乙女企画開発部長にではなくて、早乙女綾音っていう個人のマゾドレイになることを宣言したのよ」

「ふーん」
 今一ご納得されていないご様子の部長さま。
 矢面の私でさえ、何が何やら・・・

「だから、アヤもいつまでも森下さんなんて他人行儀に呼んでいないで、直子!って呼び捨てにしちゃいなさい。今日からあなたのドレイでもあるのだから。そうよね?直子?」
「えっ?あっ、はいっ!」
 突然私に振られ、条件反射で肯定しちゃいました。

「絵美がそう言うのなら、そうするけれど・・・森下、あ、いえ、ナオコもそれでいいのね?」
「あ、は、はい・・・お願いします」
 部長さまのお見事な虐めっぷりに、私があがらえるはずがありません。

「直子はアヤのこと、これからは、綾音さま、と呼びなさい。今日一日直子はイベントのモデルとしての別人で、うちの社員でもないのだから。他のスタッフについては、来たら後でまた考えるから」
 お姉さまがキッパリとおっしゃり、部長さま、いえ綾音さまも、うなずかれました。

「ところで絵美?わたくし、ずっと観察して思ったのだけれど、森下、いえ、ナオコって、つくづく今日のイベントモデル、いえ、今後のうちの開発モデルとしても、まさにピッタリな人材だと思うの」
 綾音さまが姿勢解除のお赦しを出してくださらないので、私はまだデスクの上で大股開き状態。

「ナオコって性器が上付き気味で、真正面からだと割れ始めが少し表に出るじゃない?まず、そこが妙にエロティック」
「この通り、ハイジーニーナも毛穴さえわからないくらい会陰まで完璧、ツルツルスベスベでしょう?恥丘も綺麗だし、清潔感だって申し分無し」

「大陰唇はぷっくりしていてラビアの外へのはみ出しが皆無だから、見た目がとてもシンプルで、ヘンに目を引く余分なアクセントが無いの」
「それにどういう意味があるかと言うと、隠しやすいのよ。幅が8ミリくらいの紐があれば、あ、パールのロザリーとかでもいいわね、そんなのがあれば、スジからアヌスまでキレイに隠せちゃう」

「こういう品のいいヴァジャイナを、オシャレに、綺麗に見せるアイテムを作って発表したら、それを見た人も、自分の性器周辺の身だしなみに、気を遣い始めると思うのよね」

 綾音さまが突如として、私の恥ずかしい箇所に関して、お姉さまに熱く語り始めました。
 服飾デザイナーをされていると、普通の人とは違うフェティシズムが生まれるのかもしれません。
 
 いまだに大開脚の体勢で見せつけている部分へ、それを指さしながらの論評でした。
 それは当然、ものすごく恥ずかしいことだったのですが、基本的には褒められているようなので、不思議と悪い気分はせず、こそばゆい感じもしていました。

「ほら、これ見てよ。この子のラビアって、アジア系にしては色素沈着が少なくて、少しも黒ずんでいないのよ。膣内が綺麗なピンクの薔薇みたいでしょ?それが柏餅みたいにぷっくりした大陰唇に包まれているの」

「だからワレメがこそっと割れたとき、中の襞のピンクが眩しいくらいで、凄くエロティックなの。初めて見たとき、驚いちゃったもの。ワザと膣内を見せちゃうのもアリだな、なんて思っちゃう」
 私がさらけ出しているマゾマンコを前に、綾音さまの熱弁がつづきました。

「ナオコの裸視ていたら、エロティックなアイテムのデザインがいくつも浮かんできたわ。来年は、もっと凄いのが作れそう」
「わたくしが知る限り、この裸と同じくらいエロティックなのって、絵理奈くらいのものね」
 最後の最後に、綾音さまがノロケられました。

「でも今回は、そのステキな絵理奈ちゃんがドジ踏んだのを、マゾドレイの直子に助けられるのよね、ダブルイーの早乙女部長さんは?」
 お姉さまにしては珍しく、わざとらしいくらい憎たらしい感じでからかうように、綾音さまを冷やかしました。
 私もハッとしたくらいですから、綾音さまもムッとされたお顔でお姉さまを睨みつけられました。

「ふんっ!来年は、ナオコを素材にどんどん凄いアイテムをデザインして、絵理奈に着せるわよ。見ていなさい。ショーでは絵理奈が完璧に着こなしてくれるはずよっ!」
 綾音さまがたたきつけるようにおっしゃり、しばらくお姉さまの涼しげなお顔を睨みつけていらっしゃいました。
 やがて、ふっと眉間の皺を緩められた綾音さま。

「でも絵美?わたくし、ひとつだけ、とても心配なことがあるのだけれど・・・」
 真顔に戻られた綾音さまが、お姉さまと私を交互に見ながらおっしゃいました。

「ナオコって、ちょっと敏感過ぎやしない?」
「正真正銘のマゾって、こういうものなの?さっきからずっと、乳首もクリットも腫らしっ放しじゃない」
 
 綾音さまの視線は、私が押し拡げている楕円形の襞の頂点で、萼をすっかり脱ぎ捨ててツヤツヤ輝いている小豆大の突起を見つめていました。

「それに、この愛液。机の上まで溢れ出しちゃって。感じちゃっているから濡らしているのでしょう?」
「ナオコはつまり、今わたくしたちに裸を視られて、まあ、こんな恥ずかしい格好もさせられて、それで感じちゃって、興奮しちゃってこうなっているのよね?そういう種類のマゾなのよね?」
「今でさえこうなのに、うちのアイテム身に着けて、たくさんのお客様の前に出たとき、この子、正気でいられるのかしら?興奮しすぎちゃって、何か大変なことになったりしないかしら?」

「うん。それはあたしも一抹の不安があるのだけれど・・・」
 お姉さまが少し動揺されたように私を見ました。
 でもすぐに、無理矢理な明るいお声で、こうつづけました。

「でもきっと大丈夫。これから直子を部室に連れて行って、あたしなりに対策も取るからさ」
「今回のアイテムに関してのアヤのお墨付きももらえたし、直子をモデルにして行けるところまで行きましょう。何か起きたらその都度の現場主義でいいじゃない?」
「本番は待ってくれないから、どうなるかわからないことで悩んでいるよりも、とにかく動きましょう」
 
 お姉さまが私に右手を差し伸べてくださり、私のマゾマンコさらけ出しタイムがようやく終わりました。

「絵理奈さん担当のヘアメイクさんは、手伝ってくれるのだったわね?」
「ええ。呼べば30分以内に駆けつけてくれるはずよ」
「じゃあ、すぐ電話して直接部室にきてもらって。黒髪のウイッグを何種類かお願いね」
「わかったわ」

「これからあたしは、直子と部室にふたりきりでこもるから、他のスタッフが来ても、こちらからいいと言うまで部室には来させないで、ここで待機していて。メイクさんだけ寄越して」
「わかったわ。うちのスタッフには経緯を、わたくしから説明しておくわ」

「あたしがアヤに教えたことは、全部言っちゃっていいから。直子がどんな女なのかも含めてね。それで、対外的には、直子は本日、急な家庭の事情で欠勤ね。里美たちやスタンディングキャットの連中にも、そう伝えて」
「シーナさんにはバレちゃいそうだから、頃合い見てあたしから言うわ」
「それも了解。これ、持っていくといいわ。今日、絵理奈に使うはずだったものだけれど」
 
 綾音さまが小さめのショッパーをお姉さまに手渡されました。
 お姉さまは中身も見ずに、それをショッパーごと、ご自分のバッグに詰め込みました。

「アヤもちゃんとお召かししなさいよ?ヘアサロンは残念だったけれど、ドレスは持ってきているのでしょう?」
「ええ。わかっているわよ。絵美もね」

 急にあわただしく時間が動き始めました。
 時計を見ると午前11時を5分ほど過ぎたところでした。
 でも、お姉さまと綾音さまの会話をお聞きするだけで、全裸の私は何も出来ません。

「おっけー、直子?それじゃあ、部室に行こうか」
「えっ!?」
 
 私の右手を握って引っ張って、強引に一歩ドアへと向かいかけ、不意にお姉さまが振り向いて私をまじまじと見てきました。
 全裸の私をオフィスの外へ連れ出そうとしていることに、今更ながら気づかれたようでした。


オートクチュールのはずなのに 43


2016年3月14日

オートクチュールのはずなのに 41

「・・・はい、お姉さま」
 私がコクンとうなずくと、お姉さまが私のそばまで寄ってこられ、応接テーブルの傍らで向き合うような形になりました。

 お姉さまにじっと見つめられながら、おずおずと両手を動かし始めます。
 まず、スーツの上着から両腕を抜きました。
 お姉さまが無言で右手を差し伸べてくださり、その手に脱いだ上着をお渡ししました。

 次にブラウスの襟元に結んだタイを外し、ブラウスのボタンを外し始めます。
 ひとつ、またひとつとボタンを外して素肌が露わになるにつれ、私は、自分がどこか遠いところへと連れ去られるような感覚に陥っていました。

 今、私はここで裸になろうとしています。
 これまでも、オフィスで裸になったことは幾度かありましたが、それは、お姉さまとふたりきりのときだけでした。
 
 でも今回は、応接ルームの閉じたドアの向こう側に、早乙女部長さまがいらっしゃいます。
 平日のまだ午前中、それに何よりも勤務中なのです。
 私が裸になったら、間違いなくお姉さまは裸の私を、早乙女部長さまの前に連れ出すでしょう。
 そして、やがて他のスタッフのみなさま、更にもっとたくさんのみなさまの前へ。

 今ならまだ引き返せる・・・
 頭ではそう思うのですが、両手の指はためらいながらも義務のようにせっせと動き続け、いつの間にかブラウスのボタンは、全部外れていました。

 ううん、もう引き返せない。
 行けるところまで行くしかないの。
 迷いを断ち切るようにブラウスの両袖から腕を抜くと、スッとお姉さまの右手が私のブラウスを取り上げました。

 自分の胸元に視線を落としてみます。
 上半身で肌色でないのは、お気に入りの淡いピンクレースのブラジャーに包まれた部分だけ。
 固くなった乳首がブラジャーの薄い布を押し上げているのがわかりました
 先にスカートを取ろうと両手をウエストへ伸ばします。

「違うでしょ?」
 ずっと無言だっお姉さまから、低く短く、叱責されました。
「先にブラ」
「は、はい・・・」

 おっぱいが丸出しになることを少しでも先延ばしにしたいという、私の上っ面の羞恥心を見事に粉砕するお姉さま。
 勤務中のオフィスで裸になる、という非日常的な行為に反応しまくりな私のふたつの乳首は、窮屈なブラが外れるのを待っていたかのように勢いよくお外へ飛び出し、その尖り切った切っ先をお姉さまに向けて、媚びるように揺れました。

 上半身丸裸になって、スカートを脱ぎます。
 ホックを外してパンプスを脱ぎ、上半身を屈めると、おっぱいが重力に引かれてだらしなく垂れ下がりました。
 そのとき視界に入ってきたパンティストッキングの股間は、あまりにもはしたないありさまになっていました。
  
 床に落としたスカートを拾うと同時に、それもお姉さまの手によって素早く攫われました。
 上体をゆっくり起こし、そっとお姉さまを盗み見ました。

 お姉さまは、私が脱いだお洋服をすべて、慣れた手つきでたたんでくださっていました。
 上着、タイ、ブラウス、ブラジャー、そして今脱いだスカート。
 
 どれも、これからお店のディスプレイに並べて売り物にするかのように、丁寧に綺麗にたたまれていました。
 その行為を見て、お姉さまが無言の背中で、もはやあなたには、こんな服なんて必要ないものね、とおっしゃっているような気がしました。

 残るはパンストと、その下のショーツだけ。
 ただ、その股間がある意味、裸よりも生々しく破廉恥な状態となっていたので、逆にさっさと脱ぎ捨てたい気分でした。
 お姉さまが背中を向けているうちに、と、パンスト内側のショーツもろとも、思い切って一気にずり下げました。
 
 再び前屈みになり、片膝を上げると内腿も開きます。
 妙に滑りの良い肌同士がヌルヌル擦れ、クチュクチュッという淫靡な音さえ聞こえてきそう。

 まず右足から抜こうと、更に膝を深く曲げたとき、お姉さまが振り向きました。
 膝で引っかかっているショーツの内側と私のマゾマンコのあいだを、透明で粘性のあるか細い糸が数本伸びては切れ、どちらかの端に収束していました。
 そんな私の無様な姿を見て、お姉さまが嬉しそうにニッと笑いました。

「あらあら。ずいぶんと濡らしちゃったのねえ。パンストの表面にまでたっぷり愛液が滲み出ちゃってる」
 お渡ししたくなかったショーツ入りパンストを私の手から奪い取ったお姉さまは、わざわざそれらを大きく広げ、私のマゾマンコが包まれていた部分を私の鼻先に突き付けてきました。

「ショーツなんて、前のほとんどがヌルヌルベチョベチョ。モデルの話で、そんなにサカっちゃったんだ?」
「いえ・・・そ、それは・・・」
「それにすごい匂いよ?サカった牝の臭い。あーあ。あたしの指もベットベト」

 ついに全裸になってしまった上に、自分が汚した下着類を見せつけられ、その臭いにまで言及されてしまった私は、ますます被虐的に興奮し、すがるようにお姉さまを見つめました。

「いいのよ。どんどん感じちゃって。どんどん感じて、どんどんエロくなりなさい」
 汚れたパンストとショーツも丁寧にたたんでテーブルに並べ終えたお姉さまは、ウエットティッシュで指を拭ってから、私にまた一歩、近づいてきました。
 間髪を入れず、お姉さまの右手が私の下腹部へ。

「あっ!お姉さまっ!な、何を?・・・」
「うわっ、お尻のほうまでぐっしょぐしょ。それに熱もって、ほっかほか」
 お姉さまの人差し指と中指が無造作に、ズブリと私の膣に突き挿さりました。

「はぁうぅっ!!」
 思わず淫らな声が出て、あわてて口をつぐみました。
 お姉さまの指たちが膣内でウネウネと動き回り、私の官能をいたぶってきます。

「あぅ、お姉さま・・・ダメです、ダメですってば・・・む、向こうには、ぶ、部長さまも・・・」
 喘ぎ喘ぎの掠れ声で赦しを乞いましたが、お姉さまは知らん顔。
 指の動きがどんどん激しくなってきました。

「アヤのことなら気にしなくていいわ。あたしと直子の関係、もう知っているもの。それより今は、直子のサカったからだを鎮めるのが先決。ほら、イッていいのよ」
「ほらほら、いつもみたいにいやらしい声あげてイキなさい。中だけじゃダメ?ならここも」

 ずっと腫れっぱなしだったクリトリスを擦られ、ぐぐっと頂上に近づきました。
 それでも早乙女部長さまに気が引けて、悦びの声を洩らすまいと唇を真一文字に結び、必死に我慢します。
「んーーっ、んーーっ、んんーーっ、んんんーっ!!」

「喘ぎ声、我慢しているんだ?ふーん。アヤに聞かれるのが恥ずかしいの?ま、好きにすればいいわ。ほら、もう一度イク?」
「直子のマゾマンコが、あたしの指を逃がしたくないって、すごい力で締め付けてるわよ?」
「ほら、ほら、何度でもイッていいから。もっと?もっと?」
「んんーーーーーっ!!!」

 お姉さまが、絵理奈さまの代わりを私にやらせるおつもりらしい、とわかったときから、被虐と恥辱の予感に打ち震え、疼きっ放しだった私のからだは、お姉さまの本気の指技の前に呆気なく、ほんの数分のあいだに立て続けに5回、昇りつめました。

「はあ、はあ、はぁ、はぁ・・・・」
 崩れ落ちそうになる腰を、なんとか両脚を踏ん張って支え、荒い吐息の中、私の股間から離れていくお姉さまの右手を見送りました。
 いつの間にか両手は、後頭部で組んでいました。

「見て、あたしの指。マゾマンコの熱気とよだれのせいで、フニャフニャにふやけちゃった」
 お風呂上りみたいな指先を、私の鼻先に突き付けてくるお姉さま。
 紛れもない私の臭いが、プーンと漂ってきました。
 自分の臭いなのだもの、顔をそむける訳にもいきません。

「うん。ますますいい顔になった。今日は、イベントのショー本番まで、直子を好きなだけイカせてあげるわ。イジワルな焦らしとか、一切なしでね」
 お姉さまがウエットティッシュで私の股間を拭いてくださりながら、おっしゃいました。
 ティッシュがまだ腫れの引かないクリトリスにちょっとでも触れると、途端にビクンと性懲りも無くまた感じてしまいます。

 お姉さまにオフィスでイカせていただいちゃった・・・
 この後も好きなだけイカせてくださるって・・・
 それは何て、夢のようなお言葉・・・

「ショーまでに、直子のムラムラを出来るだけ解消しておいたほうがいいと思ってさ。溜め込んだまま本番になって、とうとう我慢出来なくなってお客様におねだりなんてし始めたら、目も当てられないから」
 ご冗談めかして、そんなことをおっしゃるお姉さま。

「でも逆に、何度イッたとしても、直子の淫欲の泉が枯れることは無いとも思っているの。今だって乳首もクリトリスも相変わらずビンビンだものね」
 クスッと微笑んでから、不意に真面目なお顔に変わったお姉さま。

「直子って、イクたびにエロくなるから、それが狙いかな。今だってからだじゅう、ものすごく敏感になっているでしょう?その、ひとの嗜虐性を煽るような妙な色気が、ひとの目を惹きつけるのよね」
「その感じで今日のモデルをしてくれれば、今回のアイテムの特徴もより引き立ちそうだし、お客様の心が掴めるような気がするのよ」

「今日のイベントで直子が体験することは、あたしが知っているヘンタイドマゾな直子の妄想をも、軽く超えるものになると思うの。何て言うか、露出マゾとしての新しい扉を開く、みたいな?」
「だから、直子も自分の性癖に素直になって、さらけ出して、愉しみながら頑張って、って言いたいかな?お姉さまとしては」
 この場をまとめるみたいなお言葉をおっしゃりながら、私が脱いだ衣服をひとまとめにして小脇に抱えました。

「さあ、次は早乙女部長に、そのからだを隅々まで、存分に視てもらおっか。彼女、きっとお待ちかねよ」
 さも当然のことのように、イタズラっぽくおっしゃるお姉さま。
 お姉さまがイジワルでワザとおっしゃったのであろう、早乙女部長、というお堅い呼びかたで、私は性的快感の余韻から現実へと、一気に引き戻されました。

 ここは現実のオフィス。
 早乙女部長さまがいらっしゃるのも現実。
 私が今、全裸なことも現実。
 そして今日、キワドイ衣装を着てショーのモデルをしなくてはいけないのは、紛れもなく現実の私でした。
 
「おっけーお待たせーっ。交渉成立。イベント決行よ!」
 私の衣服一切を持ったお姉さまだけ、スタスタと応接ルームのドアへ向かわれ、何の躊躇無く開け放つと、大きなお声でメインルームに向けて宣言されました。
 そのままメインルームへと消えるお姉さまのお背中。

 取り残された私には、開け放たれたままのドアの向こう側が、前人未到の奥深いジャングルのように思えました。
 出来ることなら出たくない。
 今更ながら、急に怖気ついてしまいました。
 あのドアからメインルームへと一歩踏み出したとき、現実の私の、この会社での立場がガラッと変わってしまう・・・
 それがわかっていたからでしょう。

 あらためて自分のからだを見下ろしました。
 今日はチョーカーも着けてこなかったので、文字通りの一糸纏わぬ姿。
 私が着てきたお洋服は全部、お姉さまに没収されていました。
 そして、当然のことながら、お姉さまとお約束した私は、いつまでもここに隠れている訳にはいかないのです。

 唯一床に残されていたベージュのパンプスを裸足に履き直し、ゆっくりとドアに近づいていきました。
 なんだか慣れない感じがする。
 考えてみると、全裸にハイヒールだけで歩くの、って初めてかも。
 
 そんなどうでもいいようなことを考えて現実から目を逸らしつつ、おずおずとドアの外へと足を踏み出しました。
 早乙女部長さまがいらっしゃるということで、さすがに、堂々と、とは出来ず、左腕で胸を、右手で股間を隠しながらしずしずと歩みました。

 あらま、というお顔になってお口を軽く押さえていらっしゃる早乙女部長さまのお姿が、視界に飛び込んできました。
 お隣には、薄くニヤニヤ笑いを浮かべたお姉さまのお姿。
 おふたりとも応接ルームのドアすぐ近くまでいらっしゃっていました。
 私が近づくたびに早乙女部長さまは、一歩一歩後ずさりされました。

「ほら直子、こっちのもっと明るいところまで来なさい」
 お姉さまに窓際の、たまに私がメインルームでお仕事するときに使っているデスクのほうへと誘導されました。
 左腕で胸を右手で股間を押さえた姿の私は、そのデスクの前に立たされました。
 
「森下さん、イベントのモデル、引き受けて、くださったのね?」
 ドアのところでお見せになった、あれま、のお顔は引っ込んだものの、それでもまだ、信じられない、という雰囲気のままの早乙女部長さまが、ゆっくりとワンセンテンスごと区切って、お声をかけてくださいました。
 区切りの合間には、ゴクリと唾を飲み込まれる音が聞こえてきそうでした。

 それはそうでしょう。
 お仕事柄、女性の素肌には慣れていらっしゃるでしょうが、昨日まで普通にオフィスで顔を合わせていた社員のひとりが、パンプスだけの全裸姿で目の前にいるのですから。
 それも、チーフとの応接ルームでの話し合いの後、ひとりだけ全裸で出てきたのです。

 私も、部長さまのお顔をまともに見ることは出来ませんでした。
 全裸ということに加えて、私の顔は今さっき、お姉さまの指で立てつづけにイカされた直後、という、ふしだらなオマケ付きなのです。

「はい・・・わ、私しか、身代わりになれないとお聞きしましたので、僭越ながら、やらせていただきます・・・」
 胸と股間を押さえたまま視線を合わさずに、ペコリとお辞儀をしました。
 
「そう、ありがとう・・・このイベントの責任者のひとりとして、お礼を言わせてもらうわ」
 瞳を宙空に泳がせたままそうおっしゃり、私にひとつお辞儀を返してくださった部長さまを、お姉さまが嬉しそうに見ていました。

「さあ、そういうことだから、いつまでもグズグズしていないで、イベントに集中しましょう」
 なかなか本来のお姿にお戻りになれない部長さまに焦れたのか、お姉さまがワザとらしいくらい明るいお声でそう宣言され、早乙女部長さまの肩を励ますように軽くポンとお叩きになりました。
 それで部長さまも我に返られたのか、何か呪縛が解けたようなため息を、小さくホッとつかれました。

「そうね。集中しましょう。せっかくイベントが中止にならずに済むのだから」
 ご自分に言い聞かせるようにおっしゃった部長さま。
「それにしても、森下さんて、本当にそういう、女の子だったのね・・・」
 心の中のお気持ちがついお口から出てしまったようにポツリとつぶやかれ、あらためて私を見てくる部長さまの呆れたような瞳。
 部長さまの頭の中で、私という人物に対する認識が、ギュンギュン書き換えられているのが、手に取るようにわかりました。

「まずは早乙女部長に、モデルのからだを確認してもらわないと・・・」
 おっしゃりながら、私の顔を睨みつけてくるお姉さま。
「直子?あなたの両手は、そこではないでしょう?あなたのすべき、あなたも大好きなポーズが、あるのじゃなくて?」
 お姉さまったら、急なエスモード全開で、私はビクン!

「は、はい・・・ごめんなさい・・・」
 いずれは注意されると覚悟はしていたものの、見知った部長さまに初めてすべてをお見せすることは、気恥ずかしさの上に肉体的な恥ずかしさ、更に自分の性癖をお披露目する恥ずかしさまで重なって、普通の何倍もの恥ずかしさでした。

 両足は、休め、の広さに開き、両手は重ねて後頭部へ。
 両腋の下からおっぱい、そして両腿の付け根まで、すべてが露わになって隠せない、マゾの服従ポーズ。
 部長さまがグイッと身を乗り出してくるのがわかりました。

 早乙女部長さまの射るようなプロの視線が、私の全身を隅々まで舐めるように、吟味していくのがわかりました。
 頭の天辺から爪先まで、5度6度と往復して、最後は下半身に留まりました。

「ずいぶんと綺麗なハイジニーナなのね?永久脱毛かしら?」
 部長さまの口調は、いつものお仕事のときと変わらない、クールな感じに戻っていました。
 私のからだをプロの目で吟味することで、いつものペースを思い出されたのでしょう。

「あ、あの、えっと・・・」
 私が、どうお答えしようか、と口ごもっていたら、お姉さまがお口を挟んできました。
「この子、エンヴィでやってもらったのよ」

「エンヴィって、あのアンジェラさんのところ?それはまたずいぶんと、お金がかかっているのねえ」
 部長さまが呆れたようなお声でおっしゃいました。

「この子は、シーナさんのお気に入りだったからね。あたしのモノになる前に、シーナさんからいろいろと仕込まれているのよ」
「高校生の頃から、自分で剃ってパイパンにしては、学校や街でこっそりノーパン遊びして悦に入っていたっていうから」
 きっとワザとなのでしょうが、お姉さまが思い切り蔑み切った口調でおっしゃいました。

「ふーん。そんなに以前からハイジニーナがお好きだったのね。いったいなぜなのかしら?」
 お姉さまの口調に引きずられるように、部長さまのお言葉にもイジワルな響きが混じり始めていました。
「そう言えば以前、森下さんにここでバレエを踊ってもらったとき、薄いな、とは思ったのだけれど、まさかここまでツルッツルとは思いもよらなかったわ」
 部長さまが薄い笑みを浮かべ、私の顔と股間を不躾に見比べながらおっしゃいました。

「ほら、直子?部長さんに、正直にお答えなさい」
 お姉さまに薄いニヤニヤ笑いで促されます。

「は、はい・・・それは、私が、マ、マゾだからです・・・」
 自分でお答えして、自分でゾクゾク感じていました。

「そう。マゾなの。マゾって、虐められたり、イタい思いをワザとしたがるような人たちのことよね?それと、ハイジニーナと、どうつながるの?」
 わたくしそんなこと、まったく存じません、みたいな感じで、シレッと私に問い返す部長さま。
 
 だけど、これは部長さまからの、私をからかうためのお言葉責め。
 いくら知らないフリをされたって、現に今、部長さまだって絵理奈さまのために、ご自分でヘアを処理されて、そのパンツスーツの奥がパイパンなこと、知っているんですから・・・
 心の中ではそんなふうに、部長さまに反撃してみるのですが、もちろん言える訳ありません。
「そ、それは・・・」

「露出狂のマゾだから、毛なんてジャマで、中身までよーく視てもらいたいのよね?」
 お姉さまの茶化すような合いの手。
「は、はい・・・その通り、です・・・ろ、露出狂マゾには、ヘアはいらないんです・・・」
「あらあら。露出狂でもあるんだ?それはそれは、多趣味だこと」

 おふたりで私を虐めにかかっている雰囲気がありました。
 部長さまから、最初の戸惑ったようなご様子は掻き消えていました。
 おふたりとも嗜虐的な瞳で、私を見下していました。
 それはきっと私が、そうさせるようなオーラを放っているからなのでしょう。

「身が美しいって書いて躾、って言うけれど、本当に良く躾けられた、美しいからだだこと。合格よ。あなたなら今回のモデル、絵理奈と遜色ないわ」
 部長さまが薄く微笑み、それからお姉さまを見ました。

「絵美ったら、いつの間にかこんな面白そうな子と愉しんでいたのね。わたくしに内緒で」
「アヤだって、いつの間にか絵理奈ちゃん、たらしこんでいたんでしょう?お互い様よ」
 束の間のおふたり、学生同士みたいな和気藹々な会話。

「でもまあ、直子の場合は、イベント終わったら本性バレで、うちの社員の共有ペットみたいになっちゃいそうだけれどね。とにかくこの子、恥ずかしがりたくて、虐めてほしくて仕方ないドマゾだから」
「今日のモデルの件は、あたしのプライベート調教ということになっているから、アヤも躊躇せず、どんなことさせてもいいからね。すべて従う約束だから」
 そこまでおっしゃって、お姉さまが私のほうを向きました。

「直子もここからは、アヤも含めてスタッフ全員の言葉は、すべてあたしからの命令だと思うこと。誰のどんな言葉にも絶対服従よ。それでイベントを必ず成功させましょう」
 傍に部長さまがおられて張り切っていらっしゃるせいでしょうか、お姉さまのエス度がいつにも増してストレートに感じられました。
「はい・・・わかりました。精一杯、やらせていただきます・・・」
 
 もはや私は、取り返しのつかない地点まで足を踏み入れたことを、今の一連のお姉さまのお言葉で実感しました。
 会社のスタッフ全員の共有ペット・・・
 ポイント・オブ・ノーリターン、というやつです。
 
「そうそう。どんなことでも、で思い出したけれど、この子、アヌスのほうは、どうなの?使えるの?」
 部長さまが、私の股間から視線を外さず、お姉さまに尋ねました。
 普段の部長さまなら、とてもお使いにならなそうな、お上品とは言い難い単語が、そのお口からスルッと出たので、妙にドキッとしました。

「ああ。プラグを使うアイテム、あったわね、大丈夫よ。直子、お見せしなさい」
「えっ?」
「こちらにお尻向けて前屈しなさい。あっ、その前に、ちょっと待ってて」

 ご命令通りお姉さまたちに背中を向けているあいだに、お姉さまは、社長室のほうにとっとっとっと駆けて行き、すぐに戻られました。
 その右手にはあの、ピンクのブランドもの乗馬鞭が握られていました。


オートクチュールのはずなのに 42


2016年3月6日

オートクチュールのはずなのに 40

「責任感じちゃっているのよ。絵理奈さんをモデルに決めたの、アヤだから」
 閉ざされたドアを見つめたまま、チーフがポツリとおっしゃいました。

「仕方ないのにね、急病なんて誰のせいでもないわ。不可抗力よ。盲腸なんて、当人にだって気をつけようが無いもの」
 ご自分に言い聞かせるみたく、独り言っぽくつぶやかれました。
 そして気を取り直すようにお紅茶を一口飲まれ、再び視線が私に戻りました。

「さっきあたしが言った、代わりのモデルさんを探すのがとても難しい理由、って、直子は何だと思う?」
 早乙女部長さまが退室されたからでしょうか、チーフの雰囲気が幾分柔らかくなり、その口調は、私たちがプライベートで会っているときに近い感じがしました。

「あの、えっと、よくはわかりませんが、みなさま口々に、今日ご披露するアイテムはどれも、何て言うか、とてもキワドイ、っておっしゃっていたので、そのため、ですか?」
 思っていたことを正直に、お答えしました。

「うん。まあ、確かにそれもあるけれど、でもそれだけだったら、どうとでもなったのよね」
 私の答えは想定内だったらしく、待ち構えていたような、さもつまらなそうなチーフからのご返事。

「そんな理由だったら、あたしたちにはアユミっていう最終兵器がいるからさ」
 アユミさまというかたは、チーフや早乙女部長さまの学生時代のお仲間で、今はグラビアアイドルをやっていらっしゃる、私と同じような性癖をお持ちのかたです。
 私はまだ、お会いしたことはないのですが。

「去年のイベントは、アユミにモデルやってもらって大好評だったのよ。でも残念ながら今回は、アユミは使えないの」
 なぜだかわかる?と尋ねるように、私の顔を覗き込んできました。
 お答えが浮かばず、無言のまま見つめ返していると、チーフはまた、フッと笑ってお言葉をつづけました。

「正解は、今日のために用意したアイテムは全部、絵理奈さんが身に着けるためにデザインしたものだから」
 学校の先生がクラス全員お手上げな難問のお答えを発表するときみたいに、厳かな中にもちょっぴり得意げなご様子で、チーフがおっしゃいました。

「絵理奈さんの体型に合わせて、絵理奈さんのからだ、そのプロポーションがより綺麗に、よりエロティックに見えるように工夫を重ねて作ったアイテムたちなのよ」
「トールとウェイト、スリーサイズはもちろん、脚や腕の長さや肌の感じ、お顔の雰囲気まで全部、絵理奈さんに合わせた、言うなれば、絵理奈さんだけが着こなせるオートクチュールだったの」

「もちろん、イベントを観てご注文くださるお客様たちが絵理奈さんと同じ体型でないのは、あたりまえ」
「アイテムのデザインが気に入って、ご注文くだされば、それを身に着ける人の魅力が最大限に引き出されるよう、親身になって懇切丁寧に取り組む会社です、って」
「今回のイベントは、お客様がたに、その点をアピールしたい、っていう思惑があったの」

「だからこそ今回は、まず絵理奈さんを輝かせるようなアイテムを揃えたの。オーダーメイドの一点ものは今までも少しは請け負っていたけれど、より広く、うちのオートクチュール受注システムと、その高品質ぶりを知らしめるために」
「それが裏目に出ちゃったのよ。一般的な常識に沿ったドレスとかスーツなら、まあまあ似た体系のモデルさんでもごまかせたかもしれないけれど、今回のアイテムは、非常識なのばかりだから」

 チーフは、ご自分でおっしゃった、非常識という単語が可笑しかったのか、クスッと小さく笑われました。

「絵理奈さんのプロポーションで、絵理奈さんみたいな肌でないと、今回のアイテムたちは、受け取る印象が変わってしまうような気がするの」
「だからどうしたって、絵理奈さんそっくりなモデルさんを探さなければならないのよ」

「アヤはね、ひとりだけ、絵理奈さんに体型も雰囲気も似たモデルさんに心当たりがあったんだって。それで、その子の所属事務所に連絡は取ってみたのだけれど」
「今、沖縄にいるんだって、イメージビデオの撮影で。もっともスケジュールが空いていたとしても、やってくれたかはわからないけれどね」

「その子は、そういう仕事、始めたばっかりで、水着のお仕事も、今回の沖縄が初めてなんだって。そんなにウブな子では、まあ無理よね」
 自嘲気味におっしゃって、お紅茶を一口。

 座っているのに飽きられたのか、突然スッとお席から立ち上がられたチーフは、私の前を右へ左へと5歩づつくらいで往復しつつ、お話をつづけられました

「そんな感じで、ふたりしてここで煮詰まっていたら、アヤがフッと、何か閃いたような顔になったの」
 右へ左へ、思索中の哲学者さんのように移動されるチーフのお姿。

「何?って聞いたら、もうひとり、絵理奈さんの代わりが出来るであろう人物に思い当たった、って」
「誰?って聞いたら、なかなか教えてくれないの。ひどく真面目な顔で考え込んじゃって」
「黙っていたって、状況は何も変わらないわよ?うちの会社の存亡に関わる一大事なのよ?って強く迫ったら、やっと教えてくれた」

「アヤの、見た目でプロポーションを数値化出来ちゃう神ワザ測定能力については、直子に教えたわよね」
「アヤが言うには、身長も体重もスリーサイズもほとんど同じはず、なんだって。もちろん肌の感じも」

「細かく言うと、おそらくその人は、バストが絵理奈さんよりも1センチくらい大きくて、脚は絵理奈さんのほうが数ミリ長い。その他は足のサイズまで、まったく同じだと思う、ですって」
「以前から、似ている、とは思っていたのだけれど、あんまり身近すぎて、今回のトラブルとすぐには結び付けられなかった、って言っていたわ。その人のこと」

 チーフが私の目の前に立ち止まり、こちらを向いていました。
 テーブルを挟んだ向こう側から、座っている私を瞬きもせず、じーっと見下ろしていました。

 いくら鈍い私でも、わかりました。
 早乙女部長さまが、そしてチーフがおっしゃる、その人、が私を指していることに。

 確かに自分でも絵理奈さまを見て、背格好が同じくらいだな、と親近感を覚えていたようなところがありましたし、オフィスに着ていらっしゃるファッションを見て、私にも似合うかも、なんて思うこともありました。
 だけど、そんなに同じだったなんて・・・

 でも、早乙女部長さまは、着衣の私だけではなく、裸に近い格好の私の姿もご覧になってらっしゃるので、見間違うはずもありません。
 絵理奈さまと私を見比べた上で、おそらく本当にそっくりなのでしょう。

 そして・・・
 それがつまり、どういうことかと言うと・・・
 絵理奈さまの代わりに、私なら、今日のイベントのモデルが出来る、ということ・・・
 えーーーーーっ!?
 声にならない叫びの代わりに、口を半開きにしてチーフのお顔をまじまじと見つめ返しました。

「気がついたようね?そう。それがあたしから、直子へのご相談」
 お姉さまが再び、私の目の前にストンと腰かけられました。

「どう?やってくれないかな?今日のモデル。やってくれるとあたし、すっごく嬉しいのだけれど」
 私にとっては、あまりにとんでもないご相談なのに、チーフはなぜだか茶化すみたいに、ご冗談ぽい笑顔で迫ってきました。

「あの、えっと、モデルなんて私、まさか本気で?だって私・・・」

 青天の霹靂?寝耳に水?鳩が豆鉄砲?・・・もう頭の中が大パニック。
 モデルって・・・この私が?昨日見た、あんなオシャレな会場で?たくさんの人たちの前で、ランウェイを行ったり来たりするの?まさか、ムリムリムリムリ・・・絶対にあがって、つまづいて転んじゃう、それに、お話によると、アイテムはみんな、えっちなものばかりだっていうし・・・
 あ、そうだ、それも確かめなきゃ!

「あ、あの、わ、私がモデルって、多分、無理だと思います。そんな度胸がないですし、そ、それに今日のイベントって・・・キ、キワドイアイテム、ばっかりなのですよね?」
 申し訳ないけれどお断りする気マンマンで、チーフをすがるように見ながら早口に言いました。

「ああ、そう言えば直子は、今日本番でビックリするために、イベントアイテムの事前情報をシャットアウトしていたんだっけ。はい。これが今回の出品アイテム」
 私が表紙だけしか見ないようにしてきた今日のイベントパンフレットを一冊、テーブルの上に滑らせてくださいました。

「あ、ありがとう、ございます」
 チーフから目線を切り、うつむいて手に取って、恐る恐る表紙をめくりました。

 1ページ目を開いた途端、心臓がドッキンと跳ね上がりました。
 その、あまりにキワド過ぎる下着だか水着だかわからないアイテムの仕様に、あっという間に頬が火照り、あっという間にファッショングラスが曇りました。
 ページをめくるたびに心臓がドキドキ跳ね、頬だけでなく全身まで、カッカと熱くなってきました。
 ひとつひとつのアイテムをいつまでもじっくり見ていたいような、逆に、早くページをめくらなくてはいけないような・・・

 絵理奈さま、こんなのを身に着けて、みなさまの前に出るはずだったんだ・・・
 これだったら、いっそ全裸のままのほうが、かえって健全かも・・・
 えっち過ぎ、エロ過ぎ、卑猥過ぎ・・・
 そして今チーフは、私にこんなのを着てショーに出てくれない?と、ご相談されているんだ・・・

 自分がイベントモデルをしているところを想像してみます。
 華やかな会場、着飾った大勢の人たち、鮮やかなレッドカーペット。
 その上を、キワド過ぎる衣装の数々を身に着けて、行ったり来たりする私。

 シーナさまや里美さま、それにほのかさま他スタッフのかたたちという、見知ったかたたちからの視線。
 その他の、全く知らないお客様の方々の視線。
 更に、スタンディングキャット社の、ダンショクカの方々とは言え、男性たちからの視線。
 そんな視線のシャワーを一身に浴びせられる、私のあまりに恥ずかしい姿。

 そんな状況になったら、マゾな私は絶対、股間を濡らしてしまうでしょう。
 世にも淫乱な露出狂のヘンタイマゾ顔を、みなさまに晒してしまうことになるでしょう。
 ひょっとしたら、ランウェイを往復しているだけで、みなさまからの視線だけで、イッてしまうかもしれません。

 そんなことになったら、その後、オフィスでスタッフのみなさまと、どう接すればいいの?
 今後もオフィスに来るお客様がたや、スタンディングキャット社のみなさまにも、私のヘンタイ性癖が知れ渡ってしまう。
 その後の私の社会人生活は、どうなってしまうの?

 そんなの無理無理絶対無理、と心と頭が全力で拒んでいるのに、両内腿のあいだがジュクジュクヌルヌル潤ってくる、私のはしたないマゾマンコ。
 今、ちょっと妄想しただけなのに。

「どうやらお気に召したみたいね、お顔が真っ赤よ?直子なら、着てみたいって思うのばかりだったでしょう?」
 私がパンフを閉じると、すかさずチーフがお声をかけてきました。
 いつの間にか私の右隣の席に移動してきていて、横からパンフに見入る私を観察されていたようです。

「あの、いえ、私が、こんなのを着て、みなさまの前に出るなんて・・・」
 どうやってお断りすればいいのかわからず、駄々をこねるような言い訳しか出来ません。
「うふふ。額にじっとり汗かくほどコーフンしているクセに。素直じゃないわね」
 チーフがイタズラっぽく、私の左頬をつつきました。

「いいわ。結論は急がずに、別の話をしましょう」
 チーフが再び立ち上がり、今度は窓際を右へ左へ、哲学者さん歩きでゆっくり優雅に往復され始めました。

「アヤと絵理奈さんて、デキているんですって。恋人同士」
「へっ!?」
 あまりに予想外な方向に話題が突然ブレたので、思わずマヌケな声が出てしまいました。

「あれ?あんまり驚かないのね?直子のことだから、えーーーーっ!?ってもっと盛大な、大げさなリアクションを期待していたのに。ひょっとして、何か、気づいていた?」
「あ、いえ、すっごく驚いています。あまりに驚いて言葉を失なってしまっただけで・・・」
 そのことを知った経緯が後ろめたいので、必死に驚いているフリをしました。

「彼女をモデルに決めたのとほぼ同時だったのだって。アヤの一目惚れ。公私混同はよくないよ、ってアヤには言っちゃったけれど、絵理奈さんて、仕事はきちんとされるプロフェッショナルなことも、見ていてわかったし、そういう意味では、似た者同士のお似合いカップルとも思うかな」
「おふたりで打ち合わせとかされているときは、何て言うか、親密な感じがありましたし、おふたりともお綺麗で華がありますから、私もお似合いだと思います」

 チーフにお話を合わせた訳ではなく、本心からそう思っていました。
 あんな現場を盗聴してしまったおかげで、羨ましくも感じていましたし。
 ただ、年上の早乙女部長さまのほうが、受け、だとは思ってもみなかったのですが。

「最近はずっとアヤんちで同棲生活だったらしい。だから今日もアヤは、絵理奈さんの隣で寝ていたの。救急車呼んだのも、手術に立ち会ったのも、全部アヤ」
「そうだったのですか」
「だからなおさら落ち込んじゃっているのよね。最愛の恋人は急病で、そのせいで自分の会社は大ピンチ。踏んだり蹴ったり。昨夜ふたりで食べたお刺身のせいかしら、とかつまらないことをいつまでもグジグジと・・・」

 薄い苦笑いを浮かべつつ、そんな憎まれ口をおっしゃるチーフ。
 古くからのご親友同士だからこその、辛口なのでしょう。

「絵理奈さん入院の一報を、朝の5時頃、私に電話くれたの、しどろもどろで。これから手術、っていう頃ね。あんなに取り乱したアヤなんて、長いつきあいで一度も見たことなかった」
「さっき直子には、6時頃知った、って言ったけれど、あれは横にアヤがいたから嘘ついたの。アヤもきっと、あの電話のことは思い出したくないだろうし」

「そのとき、あたしはひとり、部室で寝ていたのね。で、これは一大事だけれど、朝の5時じゃ何も出来ないでしょう?でも二度寝なんて出来るワケもないし、ひとまずシャワー浴びて、6時頃にここに来たの」
「知り合いに電話入れたり、まあ、繋がらない人が多かったけれど。中止の場合の損失計算したりね。アヤがここに来たのは8時過ぎくらいかな」

「来るなり、絵理奈さんとの関係をあたしに白状してきたの。ちょっと目がウルウルしていたけれど、泣きながらっていうほどではなかったな。手術が無事終わって、少しホッとしていたのでしょうね」

「それで、その後はふたりで対策会議。アヤは私に会う前に、モデル選びが一筋縄ではいかないことに気づいていて、さっき言った絵理奈さん似のモデルさんが在籍する事務所にも、ここから電話したの」
「それでフラれて、直子の名前が出たのが8時半くらいだったかな。でもアヤは、直子を巻き込むこと、ずっと反対していたのよ。せっかく入った優秀な社員に、エロティックな衣装のモデルを強制することなんて出来ない、って」

 チーフは、そこでいったんお言葉を切り、同時に立ち止まられました。
 窓からお外を眺めているようです。

「まあ、正論よね?直子の本性を知らないのだから」

 お外を眺めつつそうおっしゃったチーフは、それからもしばらくお外を眺めていらっしゃいました。
 私も横を向き、チーフの肩越しにお外へ視線を向けました。
 どんより曇ったガラス窓を、細かい雨粒がポツポツ叩いては流れ落ちていました。

「だから、あたしも白状しちゃったの」
 お外を見たままのチーフがポツリとおっしゃり、クルッとこちらを振り向いてニッと笑われました。
 その笑顔は、プライベートな遊びで私に何かえっちなイタズラを仕掛けるときにお見せになる、エスの快感に身を委ねて嗜虐的になった、マゾな私が一番好きな、お姉さま、の笑顔でした。

「直子があたしのランジェリーショップに来たときの馴れ初めから、初デート、面接、このあいだの連休のことまで、何もかもね」
「公私混同って、あたしもひとのこと、言えないわね」
 私の隣の席に舞い戻ったチーフが、ニコニコお顔をほころばせて、嬉しそうにおっしゃいました。

 とうとう私のヘンタイ性癖が、早乙女部長さまに知られてしまった・・・
 束の間、どうしていいかわからないほど、性感が昂ぶり、股間がジュンと潤みました。
 そんな私におかまいなく、チーフがお話をつづけました。

「アヤも最初は驚いていたけれど、だんだんと、ああ、そういう子なんだ、っていう顔になっていったわ」
「それに、何よりも直子が、モデルやります、って言ってくれれば、イベントを中止せずに済むのだもの、デザインから完成まで、アイテムの総責任者であるアヤが嬉くないはずがないわよね」

「あたしが思うに、そろそろ潮時だったのよ、社内に直子のヘンタイ性癖をカミングアウトする」
「今回のアクシデントは、その時期が直子に来たことを知らせる、カミサマの思し召しなのかもね」

「ここでスタッフみんなに直子の本性を知ってもらえば、今後、直子だって、ここで働くのがいろいろと愉しくなるはずよ」
「直子がそういう子だってわかっていれば、みんなだって弄りやすいじゃない?うちのスタッフは、多分みんな、直子が好きそうな虐め方、上手いと思うわ。学生時代、アユミ相手にいろいろやっていたから」

「それに何よりも、このモデルの話は直子の性癖にとって魅力的でしょう?エロティックな衣装を身に纏った直子の姿を、ほとんどが見ず知らずの50人以上の人たちに視てもらえるのよ?」
「直子が夜な夜な妄想して、ノートに書き留めていたことが、現実になるのよ?直子がやりたくないなんて思う理由がないわ」

「もちろん、メイクとウイッグで、うちのスタッフ以外には、直子だとわからないようにしてあげる。あくまでもモデル、としてね。お客様にモデルが社員だったってわかっちゃうと、後々いろいろめんどくさそうだもの」
「でも、直子のからだを知っているシーナさんや里美の目は、ごまかせないかな。まあ、口止めしとけば大丈夫でしょう」
「直子がモデルをしてくれれば、みんなめでたく丸く収まるのよ。ためらう部分なんて、どこにもないと思うけどな」

 チーフが立て板に水の饒舌さで、私を説得にかかってきました。
 おっしゃることも、いちいちごもっともでした。

 確かに私には、自分の本性を曝け出したい、という願望がありました。
 早乙女部長さまが私の性癖を知った、とお聞きして、ショックな反面、部長さまは今後、私にどんなふうに接してくださるのだろう、とワクワクを感じている自分がいました。

 私はやっぱり、真正のドマゾ。
 虐げられたくて、自分を虐めたくて仕方ないのです。
 やる、という方向にどんどん傾いていました。

「と、そういう訳で、直子の名前が出たときから、あたしは、直子なら絶対やってくれる、と思っていたの。だからあたし、あんまり焦っていないでしょう?」
「もしも・・・」
 自分に踏ん切りをつけるためにも、お聞きしておきたいことがありました。

「もしも私が、それでもお断わりしてしまったら、私とチーフの関係は、そのあとどうなりますか?」

「えっ?変なこと聞くのね。別に、どうともならないわ。イベントが中止になって、うちの経済事情が悪化して、その分仕事がいっそうハードになって、今にも増して遊んであげられなくなったりはするかもしれないけれど」
「断ったことによって、直子とあたしの縁が切れるのでは、っていう意味なら、答えはノーよ。あたしはヘンタイマゾな直子も大好きだけれど、普通のときの直子も同じくらい愛しているもの」

 チーフが至極真面目なお顔で、私をまっすぐに見つめておっしゃってくださいました。
 それをお聞きして、私も決心がつきました。

「さあ、そろそろ結論を出しましょう。そんな感じで、経営者としてのあたしは、あくまでも直子に、お願い、しか出来ないの。ダメと言われれば仕方ないわ。あたしに運が無かっただけ」
 
 さばさばした口調でチーフがそうおっしゃった後、フッと表情が消え、瞳を細めて、こうつづけられました。

「でも、もしもここがあたしのオフィスではなくて、うちの会社とは何の関係もない誰かのイベントでのアクシデントで、あたしが知り合いから頼まれたのだとしたら・・・」
「あたしは直子のお姉さまという立場で、おやりなさい、って一言、命令したい気分なのは確かね」
 
 おやりなさい、のご発声が、背筋がゾクゾクっとするくらい冷たい響きでした。

「わ、わかりました。ご命令してください。会社とは関係なく、私のお姉さまのお望みとして、私にご命令ください。それが大好きなお姉さまのお望みであるのなら、私は何でも従います」

 意志とは関係なく、口だけが勝手に動いている感じでした。
 自分でもびっくりしていました。
 でも、それが私の本心から出てきた言葉なのは確かでした。

「ふふ。いいマゾ顔だこと。そういうことで直子がいいのなら、お姉さまとして命令させてもらうことにするわね」
 嗜虐的なお姉さま、のお顔でおっしゃいました。

「ここから先、イベントが終わるまで、あたしが直子に言うことは全部、会社とは関係の無い、直子のお姉さまとしての言葉、すなわち全部が直子への命令。そういうことでいいのよね?」
「・・・はい」
「それにすべて、従う覚悟があるのね?」
「・・・はい」
「嬉しいわ。良い妹を持って、あたしはシアワセものよ」

「それでは最初の命令よ。直子はモデルをやりなさい。モデルになって、ご来場のお客様がたに、直子のからだの隅々まで、存分に視姦してもらってきなさい」
「・・・はい。わかりました。やらせていただきます、お姉さま・・・」
 お姉さまが右手を差し伸べてくださり、それに縋って私も立ち上がりました。

「これで、絵理奈さんの代役モデルとしての契約成立ね。それじゃあまず手始めに・・・」
 相変わらずのゾクゾクくる冷たいお声で、唇の両端を少し上げて薄い笑みのようなものを作ったお姉さま。
 静かに、こうつづけられました。

「着ているものをここで全部、お脱ぎなさい」


オートクチュールのはずなのに 41


2016年2月28日

オートクチュールのはずなのに 39

 翌朝は、いつもより少し遅めの8時過ぎに起床。
 カーテンを開けると、お空はどんよりと曇り、パラパラと小雨まで舞っていました。
 せっかくのイベントなのだから、晴れて欲しかったな。
 梅雨時なので仕方ないことではあるけれど、ちょっとがっかり。

 気を取り直す意味で、ゆっくりバスタブに浸かり、リラックスタイム。
 ボディシャンプーでお肌を磨き、上がったらローションで保湿ケア。
 髪にタオルを巻いてトーストをかじりつつ、これからの段取りを裸のままで考えました。

 まずメイクを先にしてから髪をセットして、最後にお洋服かな。
 でも、リップやシャドーは、スーツを着てから合わせたほうがいいかも。
 となると、まずファンデだけして、ヘア弄って、お洋服着てからメイクの仕上げ、の順番がいいのかな。

 スーツを着るとなると、ストッキングも穿かなきゃ、だな。
 だけど、どうもパンティストッキングって苦手。
 ショーツの上に重ね穿きになるから蒸れるし、腰からずり落ちて、たるんだりもするし。
 ショーツ無しで穿くのは、えっちぽくて好きなのだけれど、さすがに今日はマズイよね。
 確かガーターストッキングも何足かあったはずだから、そっちを試してみよう。
 スーツの色に合うのがあるといいけれど。

 朝食をちまちま摂りつつ、そんなことをうだうだ考えていたら、あっという間に9時を過ぎていました。
 いけないいけない、さっさとやるべきことに取り組まなければ。
 もう一度歯を磨いておトイレを済ませ、いそいそとドレッサーに向かいました。

 顔を弄り始めるとすぐ、傍らに置いた携帯電話が着信を知らせる振動。
 ディスプレイに示されたお名前は、お姉さまのものでした。

「もしもし。ごきげんよう。おはようございます、お姉さま」
「よかったー。つながったー。今、家?」
 ご挨拶無しで、いきなりホッとされたようなお姉さまの早口なお声が、耳に飛び込んできました。

「はい。そうですけれど・・・?」
「いや、ひょっとしたら美容院とか予約していて、外に出ているかな、とかも思って。とにかくつながって良かったわ」
 お姉さまの口調が、いつもの感じに戻りました。

「あ、いえ。生憎そこまで頭が回らなかったので、今、自力でおめかししようとしているところです」
 少しおどけた感じでお返ししました。

 私がお答えした後、少しのあいだ沈黙がつづきました。
 何か、傍らの人とコショコショお話されているみたい。
 ヘアサロンにでもいらっしゃるのかしら?
 
 ひょっとして暇つぶしで、お電話くださったのかな?
 せっかく出張からお帰りになられたのに、一昨日も昨日もほとんどお話し出来なかったから、気を遣ってくださったのかも。
 そうだったら、嬉しいな。

 そんな束の間のシアワセ気分は、お姉さまからの次の一言で、あっさり吹き飛びました。

「緊急事態なの。すぐにオフィスに来て。今すぐ」
 お姉さまの口ぶりが、切羽詰って真剣そのもの、という感じに変わりました。
 その口調の豹変に戸惑う私は、オウム返ししか出来ません。

「えっ!?きんきゅう・・・じたい、ですか?」
「そう。とにかくオフィスに来て。一分一秒でも早く。大至急」

「で、でも私、まだお化粧もお着替えもぜんぜん・・・」
「そんなことどうでもいいのっ。服装も適当でかまわないから、とにかく早くオフィスまで来なさいっ!」
 焦れて怒り始めたような、お姉さまのご命令口調。

「わ、わかりました。オフィスに行けばいいのですね?」
「そう。メイクとか服装とか本当にどうでもいいから、一刻も早くあたしの前に来て、あたしを安心させて。10分で来なさい」
 決めつけるようにそうおっしゃって、プツンと電話が切れました。

 何がなにやらわかりませんでしたが、何か大変なこと起こっているみたい、ということだけはわかりました。
 私はとにかく、お姉さまのご命令通りにする他はありません。

 あたしを安心させて、ってどういう意味なのだろう?
 って言うか、お姉さま、もう出勤されてらっしゃるんだ。
 だったら、さっきコショコショお話されていたお相手は、誰なのだろう?
 
 あ、きっと昨夜、部室にお泊りになったんだ。
 でもまだ集合時間まで2時間以上もあるし・・・
 頭の中はクエスチョンマークだらけでしたが、とにかく急いでお洋服を着ました。

 服装なんて適当で、というご指示でも、やっぱり華やかなイベント当日なのですから、それなりにはしなくちゃ。
 スーツとブラウス、下着類は、前の晩に用意しておいたので、すぐに着れました。
 迷っている暇は無いので、苦手なパンティストッキングをたくし上げました。
 
 髪にブラシをかけつつ戸締りと火の元を点検し、ファンデーションだけの顔にリップだけちょちょいと挿し、アイメイクを諦める代わりにドレッサーに転がっていたボストン風のファッショングラスをかけ、大急ぎでお家を出ました。

 お家からオフィスまで、普通に歩いたら7分くらい。
 出勤、通学時間帯はとっくに終わっているので、歩いている人は、主婦っぽい人とかご年配のかたばかり。

 お化粧ポーチは持ってきたから、本番までには、ちゃんとメイクする時間も取れるはず。
 思い切ってメイクをお姉さまにお願いしたら、やってくださるかもしれないな。
 でも、今日一日パンストで過ごすのは、気が重いなー。
 時間を見計らって、階下のショッピングモールでガーターストッキング買って、穿き替えちゃおうかな。

 そんなのんきなことを考えつつ、それでも出来る限りの早足で、しょぼしょぼ落ちてくる雨粒を青いパラソルで避けながら道を急ぎました。
 雨降りでも肌寒くは無く、梅雨時期特有の生ぬるい空気がじっとり湿った感じ。
 パンティストッキングに包まれた腰が、早くもなんだかムズムズしちゃっていました。
 もちろん性的な意味で、ではなく、正反対の不快感。

 出来る限り急いではみたのですが、エレベーターを降り、オフィスのドアの前に立ったとき、お姉さまのお電話が切れてから二十分近く経っていました。
 叱られちゃうかなー。

「ごめんなさい。遅くなりましたー」
 大きな声で謝りながら、ドアを開けました。

 曇り空なので午前中だけれど明かりを灯したオフィスのメインフロア中央付近に、ふたつの人影がボーっと立っていました。
 お姉さま、いえ、チーフと、早乙女部長さま。
 おふたりとも、普段から見慣れた普通のパンツスーツ姿。
 ヘアもメイクも、ぜんぜん気合の入っていない普段通り。
 そして何よりも、おふたりともなんだか疲れ切った表情をされていました。

「ごめんね。急に呼び出して。びっくりしたでしょう?」
 無理に作ったような薄い笑みを浮かべ、チーフが私に手招きをしています。
 早乙女部長さまも同じような表情で、微かに、ごきげんよう、とつぶやかれました。

 お電話の最後が怒ったようなご命令口調だったので、それなりに緊張していたのですが、気の抜けたようなおふたりのご様子に、なんだか拍子抜け。
 でも逆に、待ちに待ったはずのイベント当日に到底似つかわしくない、混迷しきったおふたりの表情で、どうやらただならぬことが起こってしまったみたい、っていう不穏な雰囲気が察せられました。

「あの、えっと、何かあったのですか?緊急事態って?」
「うん。それがね・・・」
 沈んだ表情でそこまでおっしゃったチーフは、再び作り笑いをニッと浮かべて、無理やり明るくこうつづけました。

「まあ、立ち話もなんだから、座って話しましょう。長くなりそうだし」
 おっしゃるなり、おひとりでスタスタ応接ルームに向かわれました。
 あわてて私も後を追います。
 早乙女部長さまだけ別の方向へ、静かに歩き出されました。

「直子はそこに座って」
 応接テーブルの窓際を指され、チーフは私の向かい側へ。
 少しして、早乙女部長さまがお紅茶を煎れたティーカップをトレイに載せてお持ちになり、3つのうちのひとつを私の目の前へ。

「あっ、あ、ありがとうございます・・・気がつかないで、ごめんなさい・・・」
 早乙女部長さまが自ら、私のためにお茶を煎れてくださるなんて、入社以来初めてのことでした。
 私は萎縮してしまって、恐縮しきり。
 
 早乙女部長さまは、私に向かって淡くニッと微笑まれ、すぐに無表情に戻るとチーフのお隣にストンとお座りになりました。
 応接ルームのドアは、開けっ放しでした。

「実はね・・・」
 ティーカップに一度、軽く唇をつけられたチーフが静かにカップを受け皿に置き、私の顔をじっと見つめながらつづけました。

「今日のイベント、中止しなければならなくなるかもしれないの」

 瞬間、おっしゃったお言葉の意味がわかりませんでした。
 ちゅうししなければならなくなるかもしれないかもしれない・・・・ん?ちゅうし?
 えっと・・・それって・・・つまり・・・えーーーーっ!
 最後の、えーーーっ!は、実際に、私の口から声として出ていました。

「な、何があったのですか?何か手違いとか・・・でも会場だって立派だったし、昨日ちゃんと見ましたよ?それに、えっと、雨降りなのは残念だけれど、つまり、えっと、それはどういう・・・」
 やっと事態を把握して、思いついたことを全部言葉にしようとしている私を、チーフが苦笑いと、私の眼前に差し出した右手のひらで遮りました。

「あたしも最初に聞いたときは、そんな感じだったけれど、まあ落ち着いて」
 苦笑いをひっこめたチーフが、真剣な表情で私を見据え、一呼吸置いてからおっしゃいました。

「今日、モデルをしてくれるはずの絵理奈さんが、今朝方、緊急入院しちゃったの」
「えーーーっ!」
 あまりに予想外な理由に絶句した後、再び、お聞きしたいこと、が堰を切ったように自分の口から飛び出ました。

「じ、事故か何かですか?急病?あっ、交通事故?そ、それで絵理奈さまはご無事なのですか?ご入院て、命に別状は無いのですよね?・・・」
「まあまあまあ」
 再びチーフの苦笑いと右手のひらで、私の大騒ぎが遮られました。

「急性虫垂炎。俗に言う盲腸ね。幸いそんなにひどくはなくて、運ばれた病院に、ちょうど専門の先生がいらしてすぐに手術してくださったから、今は予後。少なくとも四日間くらいは、ご入院ですって」
「腹腔鏡下手術とかいうので、傷跡も小さくて済むそうよ。ああいうお仕事は、ご自分のからだ自体が商品だから、そういう意味でも不幸中の幸いね」
 お姉さまが、ご自分でもひとつひとつ事実をご確認されているような感じで、ゆっくり静かに丁寧に、説明してくださいました。

「明け方、4時くらいに急に苦しみだしたのですって。一緒にいた人が素早く救急車呼んでくださって、手早く診察して即入院、即手術」
 チーフが、一緒にいた人、とおっしゃったとき、私は素早く、早乙女部長さまのほうを盗み見ました。
 早乙女部長さまは、うつむいていたので表情は見えませんでした。

「アヤが実際に病院まで行って、ベッドに寝ている絵理奈さんを確認してきたから、あたしが今言ったことは、紛れもない事実なの」
「そんなワケで絵理奈さんはご無事だったのだけれど、ご無事じゃないのがあたしたち」
 チーフが私を、前にも増して真剣な表情で見据えてきました。

「あたしがそれを聞いたのが、今朝の6時過ぎ。そのときにはもう絵理奈さんの手術は無事終わっていて、それはめでたしなのだけれど、あたしは大パニック」
 チーフが自嘲気味に微笑みました。

「朝早くから、モデル事務所関連の知り合い電話で叩き起こして、絵理奈さんの代わりが出来るモデルさんがいないか、聞いて回ったわ」
「でも、本番数日前ならいざ知らず、ショー当日にいきなり出来る人なんて、そうそういるワケないわよね」
「数人あたってオールNGもらった後、モデル交代する際の一番重大な問題に、やっと気がついたってワケ」
 そこで、チーフがいったん黙り込み、次に唇が開いたとき、話題がガラッと変わっていました。

「もしも今日、イベントを中止したとしたら、残念ながら、会社にけっこうな損害が出ちゃうのね」
「今日、見に来てくださるお客様がたは、みなさん、うちのお得意様でおつきあいも深いから、ちゃんと理由を話して謝れば、おそらくみんな、わかってくださるとは思うの、仕方ないなって」

「でも、今日のためにはるばる北海道や九州から駆けつけてくださるかたもいらっしゃるし、そのために東京でホテルまで取られているお客様もいる」
「そういった方々の旅費や宿泊代は、当然、負担しなくてはならないし、他のお客様にも一応なにがしかのものは、お出ししないと」

「それに、今日の中止を延期にして、日を改めてもう一度、というワケにもいきそうもないの。会場の問題、モデルさんの問題、集客の問題、何よりもわが社のスケジュール的な問題でね」
「7月からは、12月に開く、うちの主力である一般向けアイテムのショーイベントに向けた製作に取りかからなければならないから、日付を延期する余裕が無いのよ」

「今回のイベントが無かったことになれば、イベントで見込んでいた将来的な売り上げ、プラス、イベントの準備に今までかけてきた費用まるまるすべてが、水の泡と消えちゃうの」
「それは、うちにとって、かなり、いえ、そんな曖昧なことじゃなくて、会社の存亡が危ぶまれるくらい、キツイことなのね」
 お姉さまのお顔がとてもお悔しそうで、お話を聞いているだけの私も辛いです。

「8時過ぎにアヤとここで落ち合ってから、いろいろと策を練ってはみたのだけれど、これといった打開策が出なくてさ」
「アヤも絵理奈さん所属のモデル事務所にいろいろ掛け合ってくれたの。でもやっぱり、代役はいなくて。それにアヤも、このイベントの致命的な欠陥に気づいていてね。モデルの代替は利かない、って」
 その早乙女部長さまは、最初からずっとうつむいたきり、一言もお言葉を発していませんでした。

「と、ここまでは今日、あたしたちに起こってしまったことね。今更何をどうしようが、もう無かったことにはならない、冷たい現実」
「いくら予測出来ない、そうそう起こり得ないことだったにせよ、そいういう事態も起こり得ることを想定して、対策を取っておかなかった、この会社の社長である、あたしのミス。全責任は、あたしにある」
 チーフにしては珍しく、ご自分のことをはっきり、社長、とおっしゃいました。

「でも、あたしはどうしても、今日のイベントを中止にしたくないの」
「お金のことだけじゃなくて、今日のイベントで披露するアイテムたちに、何て言うか、すごく自信があるの。お蔵入りさせたくないの」
「うちのスタッフが総力を挙げで精魂込めて作り上げたアイテムたちを、ぜひお客様に、見て、感じて、喜んでもらいたいのよ」
「だから、あなたを呼んだの」

 チーフが熱っぽい口調で一気にそうおっしゃると、早乙女部長さまがゆっくりとお顔をお上げになりました。
 心なしか瞳が潤んでいるようで、そんな瞳で私を、まぶしそうに見つめてきました。

「それで、ここからは、これからのこと。これからあたしが、あるひとつの提案をするから、それを直子と相談したいの」
 チーフが睨みつけるように、まっすぐ私を見つめてきました。
 早乙女部長さまも潤んだ瞳で、なんだかすがるように私を見つめていました。

 相談て・・・なぜ私に?そもそも何の?
「・・・えっと・・・は、はい?」
 おふたりからの、私に返事を促すような視線の迫力に気圧されて、ワケがわからないながらも掠れ気味の声で一応、反応してみました。

 私の声が合図だったかのように、早乙女部長さまがフワッとお席をお立ちになり、静かに応接ルームのドアに向かわれました。
 ドアからお出になるとき、私たちのほうを向いて丁寧なお辞儀をひとつ。
 そして静かに、応接ルームのドアが閉じられました。


オートクチュールのはずなのに 40


2016年2月22日

オートクチュールのはずなのに 38

「うわーっ!」
 思わず感嘆の声をあげてしまうほど、予想外にオシャレな空間が、目の前に広がっていました。
 
 バスケットボールのコートが二面は取れそうな、広い長方形の空間。
 入って真正面が、階段にして三段分くらい高いステージになっていて、大きなお花スタンドが両サイドに飾ってあります。
 ステージの中央から幅二メートルくらいの赤いカーペットを敷いた直線が、入口のほうへと伸びてきています。
 これがショーのとき、モデルさんである絵理奈さまが歩くランウェイとなるのでしょう。

 ランウェイの両サイドには、カーペットから1メートルくらい離して、白いクロスを掛けた3人掛けの長テーブルと椅子が、ステージとランウェイの両方とも見やすいように、少し斜めになるような感じでゆったりと並んでいます。
 壁一面には、濃いワインレッド色の暗幕が張られ、要所要所に艶やかなお花スタンド。

 場内には、洋楽女性アーティストの聞き覚えあるバラードが、耳障りにならないくらいの音量で流れていて、ステージ近くの天井に吊り下げられたキラキラ煌く大きなミラーボールが、その曲に合わせてゆっくりと回転していました。
 ちょうどステージ上の大きなスクリーンの映写テストをされているところらしく、灯りを落として薄暗かったので、ステージ周辺にキラキラ降り注ぐ光がすっごく奇麗で幻想的。

「どう?なかなかのものでしょう?」
 うっとり見惚れていたら、いつの間にかお隣に来ていたリンコさまがお声をかけてくださいました。

「は、はい。凄いです。さっきまでオフィスに居たのに、突然、六本木かどこかのオシャレなクラブに迷い込んでしまったみたい」
「おや、ナオッち、クラブなんて行ったことあるの?」
「あ、いえ、ないですけれど・・・」
「あはは。クラブは、こういう感じではないなー。どっちかって言うと、結婚式場のチャペルに近いイメージ?」
 会場の奥へと進みながら、リンコさまとおしゃべりしました。

「私、会場は会議室、ってお聞きしていたので、なんだかもっとこう、事務的と言うか、学校の大教室みたく無機質なのを想像していたので」
「もうこのイベントも4回目だからね。アタシらも馴れてきたって言うか、どんどん理想に近いレイアウトが出来るようになってはいるんだ」

「本当に凄いです。テレビとかでしか見たことないですけれど、本当のファッションショーの会場みたいです」
「キミは中々失礼な子だねえ。アタシらは明日、本当にファッションショーをやるんだよ?」
 リンコさまが笑いながら私の脇腹を軽く小突き、ふたりで顔を見合わせて、うふふ。

「そっか。ナオっち、ファッションショーをライヴで観たことないんだ。今度、てきとーなのに連れて行ってあげよう」
「うわー。本当ですか?ありがとうございます」
 そんな会話をしていると、不意に場内が明るくなりました。
 スクリーンのチェックテストが終わったのでしょう。

 明るくなると、場内にけっこうな人数の方々がいらっしゃるのがわかりました。
 ステージ上には、チーフと早乙女部長さまが、左端に置いてある司会用の台のところで何かしら打ち合わせされていました。
 ステージ下では、間宮部長さまとほのかさまが、立ったまま仲良さそうに談笑されています。

 あとの方々は、ランウェイ沿いの椅子にポツンポツンとお座りになり、携帯電話されているかた、おしゃべりされているかた、ラップトップパソコンを開いているかた・・・
 オフィスへのお客様として見覚えのあるかたもいれば、まったく知らないかたもちらほら。
 あ、あそこにいらっしゃるのはシーナさま?あっちの女性は里美さま?

「ミサさんのお姿が見当たりませんね?」
「ああ、彼女はたぶん、ステージ裏でパソコン弄っているんじゃないかな。スクリーンに映す映像を作ったの、ミサだから。ライティングの構成やショーの選曲も、全部ね」
「へーー。凄いですね」
「あの子はそういうの、パソコンで全部3D映像で編集して組んじゃうの。本当、たいしたもんよ」
 リンコさまが、ご自分が褒められたみたく嬉しそうにおっしゃいました。

「大沢さんと小森さん。いたら至急、ステージまで来てください」
 突然、マイクを通した早乙女部長さまの澄んだお声が場内に響き渡りました。
「あ、ご指名かかっちゃった。ちょっと行ってくる。またあとでね」
 リンコさまがステージのほうへと駆け出すと、入れ代わるようにシーナさまが近づいてこられました。

「ごきげんよう。お久しぶりね、直子さん」
「ごきげんようシーナさま。お久しぶりです」
「いよいよイベントね。わたし、エミリーの会社のこのイベント、大好きなの。わたし好みなアイテムばかり出てくるから。直子さんなら、わかるでしょ?」

「あの、えっと私、今度のイベントでどんなアイテムがご披露されるのか、他のお仕事にかかりきりになっていて、ぜんぜん知らないんです」
「そうなの?」
「はい。そこまで知らないなら、いっそ本番まで知らないほうが数倍楽しめる、って他の社員のみなさまから勧められて、パンフの中もまだ見ていません」
「ふーん。なるほど、それはそうかもね。じゃあ、本番、愉しみにしていなさい。直子さんなら思わず、着てみたい、って思っちゃうようなえっちなアイテム揃いのはずだから」
 
 シーナさまも、他のみなさまと同じようにイタズラっぽい意味深な笑みを、私に投げかけてきました。
 それから、ふっと真顔に戻り、私におからだを寄せて来て、右耳に唇を近づけ、お声を潜めてつづけました。

「それはそうとして直子、ひょっとして会社のみんなにマゾばれ、しちゃったの?それともカミングアウト?」
「えっ!?それはどういう・・・」
「だって、堂々と首輪デザインのチョーカー着けちゃって、他の人も別に気にしていないみたいだし」
「ああ、これですか。これは何て言うか・・・成り行きで・・・」

 シーナさまに、例のアイドル衣装開発会議のことを簡単にご説明しました。
 もちろん、裸に近い格好にさせられたことや、その姿でバレエを踊らされたことは隠しました。

「ふーん、よかったじゃない。そのおかげで堂々と直子らしい恰好が出来るようになったってワケなのね。みんなが、どういう意味で、似合う、って言ったのかは知らないけれど」
 それから私の右耳にぐっと唇を近づけ、ヒソヒソ付け加えられました。
「わたしのマゾセンサーは、ビンビン反応しているわよ。チョーカー着けている直子は、着けていないときと比べて、マゾ度が約3倍増しね。そんなの着けていたら、ずっとムラムラしっ放しなんじゃない?」

 私がそれについて何か弁解しなくちゃ、と言葉を探していたら、ステージ近くでキャーという歓声が沸きました。
 何事?ってそちらを見ると、グレイのシャープなパンツスーツ姿の間宮部長さまが、赤いカーペットのランウェイの真ん中を、見事なモデルウォークでこちらのほうへと歩いてこられるところでした。

 少し気取ったようなお顔で淡く微笑み、スクッと姿勢良く、優雅に歩いてこられます。
 流れている軽快な音楽のビートに見事に乗って、本物のショーのモデルさんのよう。
 その両脇を、ほのかさまとリンコさま、それに数名の見知らぬ女性が、ヒューヒュー冷やかしながら嬉しそうに着いてきていました。

 途中で間宮部長さまの視線が私たちを捉えたようで、急にランウェイから逸れて、モデルウォークのまま私たちへと近づいてきました。

「やるじゃない?カッコいいわよミャビちゃん。さすがダブルイーのオスカル、男装のシン・ホワイト・デュークって呼ばれるだけのことはあるわね」
 シーナさまが間宮部長さまへ、からかうみたいにおっしゃいました。

「えへへ。こう見えても昔、モデルの真似事をしていたこともありましたからね。昔取ったなんとかっていう」
「どうせなら、明日のモデルもミャビちゃんがやったら?」
「いやいや、とんでもない。あの手の衣装は、もっと若い子じゃなきゃ、お客様にお見せできませんて。ワタシなんて、司会役だけで精一杯でーす」
 どうやらシーナさまと間宮部長さまも、打ち解けた間柄みたいです。

「ナオちゃんも見てくれた?ワタシの華麗なるモデルウォーク」
 間宮部長さまが笑顔で、私にお話を振ってきました。
「はい。すっごくカッコよかったです」
「嬉しいなあ。ありがと。あ、でもナオちゃん、バレエ踊れるんだし、モデルウォークなんか朝飯前の余裕のよっちゃんなんじゃない?」
「ま、まさか・・・いえいえ、そんなことは・・・」

 そうお答えしつつも、バレエ教室の頃、姿勢が良くなるからと、やよい先生からレッスンの息抜きに教えていただいたことを思い出していました。

「あー。その顔は何か、自信ありげじゃない?」
 イタズラっぽく私の顔を覗き込んでくる、間宮部長さま。
「そう言えば、百合草先生も昔、モデルをされていたことがある、って聞いたことがあったけ・・・」
 シーナさまが、若干ワザとらしい独り言、みたいにつぶやかれました。

「そっか、シーナさんて、昔のナオちゃんのことも、ご存じなのでしたね。その百合草先生っていうのが、ナオちゃんのお師匠さん?」
 間宮部長さまが、すかさず食いつかれました。
 でも、間宮部長さまはチーフと違って、やよい先生のことは、ご存じないのかな?

「それなら絶対、教わっているはずよね?さあ、ナオちゃん?もう逃げられないからね。バレエのときは除け者にされちゃったし、部長命令。今度はワタシと一緒に歩きましょう」
 右の手首を掴まれ、強引にステージのほうへと連れていかれました。
 ギャラリーのみなさまもゾロゾロと後を着いてこられます。

「さあ、ナオちゃんから、先に行っていいわよ」
 ステージを降りてすぐの、レッドカーペットの始まり真ん中に立たされました。
 実際に立つと、ランウェイも階段にして一段分、床よりも高くなっていました。

 やよい先生から教わった、モデルウォークの注意点を一生懸命思い出しました。

 視線を前方一点に定め、軽くアゴを引いて背筋を伸ばすこと。
 足を前に出すのではなく、腰から前に出る感じ。
 体重を左右交互にかけ、かかっている方の脚の膝を絶対に曲げない。
 両内腿が擦れるくらい前後に交差しながら、踵にはできるだけ体重をかけない。
 肩の力を抜いて、両腕は自然に振る。
 あと他に、何だったっけ・・・

「ほら」
 考えている途中で、間宮部長さまに軽くポンと肩を押され、仕方なく歩き始めました。
 歩くうちにからだがどんどん思い出して、自分でもけっこう堂々としているかな、という感じになってきました。
 それにつれて、ギャラリーのみなさまが、おおっ、と小さくどよめくお声も。

「ほら。やっぱり上手いじゃない?」
 半分くらいまで歩いて立ち止まると、後ろから来た間宮部長さまにまた、軽く肩を叩かれました。
「そ、そうでしたか?」
「うん。後ろから見ていて惚れ惚れしちゃった。颯爽としていて、とてもエレガントだったわよ」
 周りのかたたちもにこやかに、ウンウンて、うなずくような仕草をしてくださって、なんだかとても嬉しい気分でした。

 そうこうしているうちに、会場設営もすっかり終わり、もうあとは、本番を残すのみ。
 お手伝いのかたたちと、お疲れ様、ありがとう、また明日、のご挨拶を交わして、お見送りしました。

 シーナさまとは、お帰り際にもう一度ヒソヒソ話が出来て、こんなことを教えてくださいました。
「明日は、直子にとってお久しぶりな人たちも来るはずよ。エンヴィのアンジェラと小野寺さんとか、あと、西池の純ちゃんも呼んだから。憶えているでしょ?純ちゃん」
「もちろんです」
 思いがけないお名前が次々に出てきて、懐かしい羞じらいに頬が火照ってきてしまいました。

「そ、それだったら、やよい、あ、百合草先生もお呼びになったのですか?」
 モデルウォークで思い出した懐かしさもあったのでしょう、火照りをごまかすみたいに、焦りながらの勢いでお尋ねしちゃいました。
「百合草女史は、業種が違うから。それに金曜日はお店、お忙しいでしょうしね」
「そうですか・・・」
 期待はしていなかったものの、やっぱりがっかり。

「でも、打ち上げの後、お店に寄る、っていう手はあるわね。エミリーたちと一緒に」
「それ、ぜひお願いしたいです」
 
 お尋ねして良かった・・・瓢箪から駒。
 本当にお久しぶりに、やよい先生にお会い出来るかもしれない・・・
 まだイベント前日なのに、こんなことを言っては、チーフをはじめ、社員のみなさまに叱られるでしょうが、イベントが終わるのが今から待ち遠しくなっちゃいます。

 シーナさまの背中をお見送りしたら、会場に残ったのは社員7人だけの状態となりました。
 チーフと開発部は、最終打ち合わせでステージ裏。
 場内には、私と間宮部長さまとほのかさまが手持無沙汰。
 ここに来たときからずっと気になっていたことを、スタッフの誰かにお尋ね出来るチャンスが、やっとやってきました。

「そう言えば、明日のモデルをされる絵理奈さんは、今日はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、もうそろそろ来るんじゃないかな」
 間宮部長さまが、屈託なく教えてくださいました。

「このイベントで誰がモデルをするか、っていうのは、トップシークレットなのよ。彼女もそれなりにネームバリュー持っているからサプライズ的な、ね」
「だから身内といえども、一応当日まで内緒にするの。お手伝いの人たちがみんなはけた後、こっそり来て最終チェックする手はずになっているの」

「でもまあ、オフィスでの打ち合わせとかで、たまに鉢合わせしちゃってたりしてるみたいだから、知っている人もいるかもしれないけれどね」
「さっきチーフがいらっしゃって、こっちはもう少しかかるけれど、あなたたちはもうあがっていい、っておっしゃっていたの」
「あなたたちって、いうのは、ワタシとほのかとナオちゃんのことね」
 おふたりで口々に教えてくださいました。

 早乙女部長さまと絵理奈さまのツーショットが見れないのは残念でしたが、間宮部長さまの、イベント前祝いに3人でどこかで食事でもして帰ろうか、というお誘いが嬉しくて、ご同行。
 美味しいイタリアンをご馳走になって楽しく過ごし、早めに帰宅しました。
 今日は、早めにシャワーして大人しくベッドに入り、脳内で明日の予習です。

 当日は、お昼の12時にオフィス集合。
 仕出しのお弁当を全員でいただいてから、荷物をまとめて部室へ移動して待機。
 わざわざ高層ビルを上り下りして行き来するより、部室からのほうが7階の会議室に断然近いからです。

 午後2時開場、3時開演、5時終演、6時まで商談会。
 打ち上げパーティは7時から隣接のホテルの宴会場。

 私に割り振られたお仕事は、開場までは、受付の補佐。
 スタンディングキャットの男性のかたと一緒にお仕事することになるので不安でしたが、今日少しお話した感じでは、みなさまとても物腰が柔らかく、やっぱり普通の男性とは違う感じがして、ホッとしました。
 なんとかなりそうです。

 開演してからは、一番後ろで会場全体のチェックという、曖昧なお仕事。
 一応インカムを着けて、スタッフの誰かに呼ばれたらすぐ駆けつけるように、というご指示でした。
 その後は、チーフに着いて回って、社長秘書のお仕事。
 打ち上げの席では、ご来場くださったお客様やお得意様のかたがたに、あらためて私をご紹介くださる、とのことでした。
 
 ちなみにイベントの司会は、間宮部長さまで、アイテムの解説役に早乙女部長さま。
 このおふたりがずっとステージに上がられます。

 リンコさまはスタイリストとして絵理奈さまにつきっきり。
 ほのかさまは、リンコさまの補佐。
 絵理奈さまには、その他に専属ヘアメイクのかたもつくそうです。

 ミサさまは、スタンディングキャットのみなさまを手足として使い、音響、照明、スクリーン映写の指示と大忙し。
 コンピューターにお強い里美さまが、ミサさまのお手伝い。

 チーフは、総監督として始終客席でスタンバイ。
 イベント始まりと終わりのご挨拶のために、ステージにも上がるそうです。

 当日は、フォーマルを基本に、自分で考え得る一番オシャレな服装とメイクをしてくること、と社員全員厳命されました。
 早乙女部長さまと間宮部長さま、それにほのかさまは、明日朝一番でヘアサロンのご予約をされているそう。
 そのせいで、集合時間がお昼になったと、間宮部長さまがご冗談めかしておっしゃっていました。

 私は、服装は買ったばかりのシックな茶系のスーツで、インナーのコーディネートもだいたい決めていましたが、メイクに手こずりそうな予感。
 明日は早めに起きてがんばらなくちゃ。

 いろいろ確認していたら、やっぱり私もどんどんワクワクしてきました。
 リンコさまが以前おっしゃっていた、学生時代の文化祭前みたい、というお言葉が、ぴったりな感じ。

 華やかな会場、着飾った人たち。
 生まれて初めて生で観るファッションショー。
 誰もがみなさまお口を揃えて、キワドイ、とおっしゃるアイテムの数々。
 それを身に着けてたくさんの人たちの前に立つ絵理奈さま。
 明日は、そんな絵理奈さまを見守る早乙女部長さまにも注目しておかなくちゃ。

 フォーマルに着飾ったお姉さま、カッコいいだろうな。
 エンヴィのアンジェラさまや小野寺さま、それに純さまにも再会出来るんだ。
 そしてイベントが終わったら、ひょっとすると、やよい先生にも。
 そして次の日から始まる、お姉さまとの休日・・・

 ごちゃごちゃとまとまりのつかない、楽しみ、の洪水の中で、いつの間にかシアワセに眠りに就いたようでした。


オートクチュールのはずなのに 39


2016年2月14日

オートクチュールのはずなのに 37

 翌日は、明後日に迫ったイベントのゲネラールプローベ、つまり、最終の通しリハーサル。
 チーフと早乙女部長、そして企画開発部のおふたりは、午前中から小石川のアトリエへ直行されました。
 営業部のおふたりは出張中で、ほのかさまだけ、お昼頃にオフィスへ戻られるご予定、間宮部長さまは直帰。
  したがって、ほのかさまがいらっしゃるまで、オフィスには私ひとりきりでした。

 朝、出社してすぐ、デザインルームのドアの前へと直行しました。
 昨日、あんなことがあったお部屋が、どんなふうになっているのか、一目見てみたかったからです。
 ドアノブに手を掛け、ノブを回しながら手前にそっと引いてみました。
 やっぱり思っていた通り鍵がかかっていてドアは開かず、デザインルームの内部を覗き見ることは出来ませんでした。

 それからメインフロアをひと通り見回りました。
 電話機とパソコン以外、余計なものは何ひとつ置かれていない、早乙女部長さまの広々としたデスク。
 塵ひとつ落ちていない、ついさっき磨き上げたようにピカピカなリノリュームの床。
 他のデスクもロッカーも、まったくいつもと同じで、各デスク脇に置かれたトラッシュボックスは、すべて空っぽ。
 昨日、私がオフィスを出てからくりひろげられたであろう、部長さまと絵理奈さまによる秘め事の痕跡は、何ひとつ残されていませんでした。

 そこまで確認してから、各窓のロールカーテンを上げました。
 ひとつ上げるたびに、どんどん明るくなる見慣れた室内。
 今日は良いお天気。
 広すぎるくらいの大きな窓一面に、青い空と薄いうろこ雲が広がっていました。

 昨夜のオナニーは、ずいぶんエスカレートしてしまいました。
 最初は、部長さまと絵理奈さまの会話を思い出しながら、それを再現する程度だったのですが、しているうちに、自分がしてしまった行為、すなわち盗聴という浅ましい行為に対する罪悪感と嫌悪感が、心の中でどんどんふくらんできました。

 そんな卑劣なマネをする社員には、徹底的なお仕置きが必要ね。
 私の中のもうひとりの私が、絵理奈さまの声色を借りて、おっしゃいました。

 久しぶりに麻縄で自分のおっぱいをギチギチに絞り出し、洗濯バサミをからだ中に噛ませました。
 両足首に棒枷、マゾマンコとお尻にはバイブレーター、クリトリスにローター、右手にローソク、左手にバラ鞭。
 マジックミラー張りのお仕置き部屋で夜が深く更けるまで、延々と自分を虐めつづけました。
 頭の中では、イヤーフォン越しに聞いた早乙女部長さまのあられもない悩ましいお声が、ずっとずっと、鳴り響いていました。

 早乙女部長さまと絵理奈さまのことは、誰にも言わない、と心に決めました。
 知ってしまった経緯が個人的にも社内的にも後ろめたいものですから、お姉さまにだって言えるはずもありませんけれど。
 一方で、今まで早乙女部長さまに抱いていたイメージが、大きく変わってしまったのも事実でした。
 今日はお見えにならないけれど、次に部長さまにお会いしたとき、私、普通でいられるのかしら?

 お昼ちょっと過ぎにほのかさまが出社してこられました。
 イベントでお客様にお配りするパンフレットやリーフレットを、会社の封筒に詰める作業をしながらおしゃべりしました。

「今度のイベントって、何人くらいのお客様がお見えになるのですか?」
「そうねー、身内っぽい人たちを除くと4~50人、ていうところかしら」
 少し小首をかしげて、可愛らしくお答えくださるほのかさま。

「身内っていうのは、たとえばシーナさんとか愛川さんとか、よくうちにお手伝いにいらしてくださる方々ね。あとスタンディングキャットの人たちとか」
 あの男のひとたちも、身内なんだ・・・

「だから、社員も含めて総勢6~70名っていうところかな。おかげさまで年々増えているの」
「お客様っていうのは、やっぱりお取引先さまとかなのですか?」
「うーん、この夏前のイベントっていうのは、少し特殊でしょ?誰でも呼べばいい、というワケではなくて、なんて言うか、こちらでも選んでいるのね」
 ほのかさまが、少し困ったようなお顔で、考え考え、説明してくださいました。

「ご披露するアイテムが特殊だから、そういう方面にご興味をお持ちの方々だけにご案内しているの」
「具体的に言うと一番のターゲットは、映像関係のお仕事に絡んでいるタレントさんに付いているスタイリストさんたち。映画やビデオ関係のお仕事ね」
「あと出版とか広告業界で、とくにファッション関連に従事されているデザイナーさん」
「プロダクションに所属されていたり、フリーだったり、いろいろ。カッコイイかたたちばっかりよ」
「もちろん、そういうものも扱っているアパレルの問屋さんやバイヤーさん、小売さんも来るけれど、一番お仕事につながるのは、スタイリストさんたちかな」

「あと、個人的なご趣味で毎回何かしらご注文くださる、個人のセレブなお得意さまもいらっしゃるわね」
「扱うアイテムが、ああいうデリケートなものだから、お客様集めにもけっこう気を遣うのよ。基本的に女性しか誘わないし、もし間違って、男性がいらしても入場出来ないから。あ、スタンディングキャットの人たちは例外ね」
 ほのかさまがお困り顔のまま、小さく微笑みました。

「実は私、開発のリンコさんたちから、すごくキワドイアイテムばっかり、ってお聞きはしているのですが、実際どんなのか、まったく知らないんです」
「あら、そうだったの?じゃあ、このパンフの中身もまだ見ていないんだ?」
「はい。どうせならまったく情報を入れずにイベントに臨んだほうが、絶対数倍楽しめる、ってリンコさんたちに勧められて」
「ああ。それはそうかも。それなら直子さん、パンフは広げてはだめよ。明日までおあずけね。きっと当日びっくりしちゃうから」
 イタズラっぽくおっしゃったほのかさまが、意味深な含み笑いで私を見つめました。

「そう言えば、ほのかさんは、デザインルームの中へ入ったことは、あるのですか?」
 朝からずっと気になっていたことがつい、口をついてしまいました。

「もちろんあるけれど、それが何か?」
「あの、いえ、私、ここに入ってから一度も、あのお部屋に入ったこと、ないんです」
「えっ?そうだったの?」
「はい。入社前の面接で、あ、みなさまがいらっしゃらないときに、ここでしたのですけれど、あのお部屋には無断で入ってはいけない、ってチーフがおっしゃってから、一度も・・・」

「ふーん。そうなの。なぜなのかしらね?別に普通のお部屋よ。いかにも、開発の現場、みたいな感じで、いくぶん散らかってはいるけれど」
「どんな感じなのですか?」
 興味津々、知らずに身を乗り出してしまいます。

「そうね。ミサキさんの立派なパソコンと周辺機器一式がデンとあって、リンコさんが使うミシンとかお裁縫用具が棚に整理されていて・・・」
「中は外からの見た目より意外と広い感じなの。デスクには何かアニメのキャラクターらしい美少女フィギュアが飾ってあったりして・・・」
 少し上をお向きになり、思い出すようにポツリポツリ教えてくださるほのかさま。

「そうそう。お部屋の奥のほうはウォークインクローゼットみたいに、サンプルのお洋服がズラーッとハンガーに架けて並んでるの。今まで作ったアイテムね。あと、等身大の、とてもリアルな女性のマネキンと、トルソーも4体くらいあったかな。奥は、倉庫みたいな感じね」
「そんな感じかな。別にチーフが直子さんに見せたくないものなんて、あるとは思えないけれど・・・」
 そこまでおっしゃって、ほのかさまが何か思いついたようなお顔になりました。

「ひょっとしたら、これが理由なのではないかしら。直子さんがチーフの面接を受けたのって、4月の初め頃よね?」
「はい」
「ちょうどその頃、今度のイベントでメインになるアイテムの開発真っ最中だったの。それは本当に、とてもキワドイデザインなの。普通の人だったら、まず着たいとは思えないくらい」
 苦笑いみたいな表情を浮かべたほのかさま。

「そのデザインの試行錯誤中だったから、きっとデザインルームに、その試作サンプルがたくさん飾ってあったはず」
「チーフは、それを直子さんに見せたくなかったのかもしれないわね」
「だって、これから入社しようっていう人に、いきなりそんなえっちなお洋服見せたら、呆れて逃げ出しちゃうかもしれないもの、ね?」
 愉快そうに微笑まれるほのかさまを、まぶしく見つめました。

「そのお洋服も、明後日のイベントでお披露目されるのですか?」
「うん。もちろんよ。モデルの絵理奈さんが、きっと物凄くセクシーに着こなしてくださるはずよ。直子さんも、楽しみにしていて」

 ほのかさまのお口から、絵理奈さん、というお名前が出たとき、私の心臓はドキンと波打ちました。
 一瞬、昨日の出来事を何もかも、ほのかさまにお話しちゃいたい衝動に駆られました。
 でも、なんとか我慢して、その後は当たり障りのないアニメや音楽の話題などで、楽しくおしゃべりして過ごしました。

 その翌日は、イベント会場設営の日。
 珍しく午前中に、社員スタッフ全員がオフィスのメインフロアに集合しました。
 ものすごくお久しぶりな間宮部長さまは、私の顔見るなり駆け寄ってきて、ギュッとハグしてきました。

「うわー。久しぶりー。相変わらずナオちゃんは可愛いねえ」
 私の髪をクシャクシャしながら、満面の笑みで見つめてくださいました。

「ほのかに聞いたよ。ナオちゃん、みんなの前でバレエ踊ったんだって?ワタシも見たかったなー」
「あ、いえ、そんなたいしたものでは・・・」
 やわらかいおからだにグイッと抱き寄せられながら、ドギマギしちゃう私。

「ワタシだけ見れないなんてズルイじゃない?そうだ。イベントが終わったら打ち上げで、踊って見せてよ。これは部長命令ね」
 ご冗談めかしておっしゃる間宮部長さまを、ほのかさまが嬉しそうに見つめていらっしゃいました。

 早乙女部長さまは、いつものようにご自分のデスクで、パソコンをあれこれ操作されていました。
 横にお座りになったリンコさまとミサさまと、パソコンのモニターを指さしながらなにやら小声でご相談されています。
 いつものようなポーカーフェイスで、いつものように凛々しく優雅に。
 一昨日、私が耳にした会話は全部、私の妄想がもたらした幻の空耳だったのではないかと思っちゃうくらい、いつもの気品溢れる早乙女部長さまでした。
 そんな早乙女部長さまを横目でチラチラ窺がっていると、チーフが私の横にお座りになりました。

「決算終了、ご苦労様。森下さん」
 ちょっとわざとらしいくらいのお声でそうおっしゃってから、私の右耳に唇を近づけられ、コショコショつぶやかれました。

「チョーカー、似合っているじゃない?直子。それをずっとしてるっていうことは、ずっとムラムラなのね?」
 それから、私が開いていたノートパソコンのキーボードに右手を踊らされ、素早くメモ帳を開いて素早くタイピングされました。

「イベントが終われば時間空くから、この週末はたっぷり虐めてあげる」

 スクッと立ち上がったチーフの後姿が社長室のドアの向こう側に消えるまで、ボーっと眺めていました。
 消えてからは、目の前の、たった今チーフがタイピングされた文字列を何度も何度も読み返しました。

 イベントが終われば、私のお姉さまが私の元に戻ってくる。
 大型連休以来、待望のふたりだけの時間。
 今度は、どんなご命令で虐めてくださるのだろう。
 そう言えば、社長室に飾ってあるピンクの鞭も、お姉さまから使われたことはまだなかったのだっけ。
 イベントが終われば、休日にまで出社してオフィスにこもるスタッフもいなくなるだろうから、このオフィスで虐めて欲しい、ってリクエストしてみようか。

 チラッとまた、早乙女部長さまを盗み見ました。
 部長さまと絵理奈さまの淫靡な会話が、頭の中によみがえります。
 私にだって、お姉さまがいるもの。
 ああん、早く明日が来て、早く明日が終わって、早く週末になればいいのに。

 お昼は、みなさまとご一緒に仕出しのお弁当をいただき、午後からはいよいよイベント会場の設営開始。
 イベント会場は、このオフィスビルに隣接されている多目的ホール7階にあるレンタル会議室の一室。
 本番は明日ですが準備のために、今日、明日と二日間借り切っているのだそうです。

「お手伝いの人たちには、午後1時に現地集合って伝えてあるから、そろそろ移動しましょう」
 早乙女部長さまの号令で、スタッフ全員立ち上がりました。
 だけど、ここでも私はお電話番でお留守番。

「イベント間近は、ご招待客からの確認電話がけっこうあるからね。今日、東京来て一泊する地方の方も多いし。しっかりお留守番、頼むわよ」
 オフィスを出て行く直前に、念を押すようにチーフがおっしゃいました。

「2時開場、3時開演、5時終演、6時まで商談会。打ち上げパーティは7時から隣接のホテルの宴会場、会費無料。聞かれたら間違えないでね」
「電話さえしっかり受けてくれれば、あとはマンガ読んでいようがネットサーフィンしていようが、かまわないから」

 チーフにポンと肩を叩かれ、それを聞いたミサさまは、わざわざデザインルームに戻り、大学のオタクサークルが舞台のコメディマンガ単行本を10数冊、私のデスクの上に積み上げてくださいました。
 でもこのマンガ、私、全巻持っているのですけれど・・・

 ときどき電話を受ける以外は、この週末、お姉さまにどうやって虐めていただくかばかりを考えて過ごしました。
 
 オフィスでするとしたら、あの面接のときみたいになるのかな?
 出来ればデザインルームにも入れてもらって、ほのかさまがおっしゃるところの、私が呆れちゃうくらいえっちなお洋服っていうのも着せてもらいたいな。
 それに、やっぱりオフィスの中だけではなく、連休のときみたいに、お外にも恥ずかしい姿で連れ回してもらいたいし。

 でも、そうなると池袋の街ということになるから、変装しなくちゃいけないかな。
 私はいいけれど、お姉さまにとって大事なお仕事の拠点なのだから。
 だったらウイッグも用意しておかなくちゃ。
 確かシーナさまが純さまのお店で買ってくださった、ショートボブのがあったはず・・・
 妄想はとめどなく溢れ出て、今からそのときが愉しみでたまらなくなっていました。

 5時を過ぎたら転送電話に切り替えて合流なさい、と言われていたので、5時過ぎに戸締りをしてオフィスを出ました。

 週末が一番の愉しみでしたが、明日のイベントもやっぱり楽しみでした。
 社員のみなさまがお口を揃えてキワドイとおっしゃるアイテムを、50人以上もの人の前で、あの華やかな絵理奈さまが身に着けて、ご披露するのですもの。
 
 そういうのって、どんな気持ちになるのだろう・・・
 他人事ながらワクワクドキドキしちゃいます。
 エレガント・アンド・エクスポーズ。
 一体どんなに恥ずかしい衣装なのだろう・・・

 エレベーターを乗り継いで、会場のある7階フロアにたどり着きました。
「あっ、ナオっち、おつかれー」
 目ざとく私をみつけてくださったリンコさまがお声をかけてくださいました。

 会場の出入り口ドアとなるのであろう周辺には、見慣れない人たちがガヤガヤとたむろされ、その奥にリンコさま。
「もう大体飾り付けも終わったから、中へ入ってみればー」
 大きなお声で私に手招きくださっています。

 入口にたむろされている方々は男性が多く、その数5~6名くらい。
 なんとなく見覚えがあるお顔も見えるので、おそらくスタンディングキャット社からの助っ人の方々なのでしょう。
 ということは、このかたたち、全員ダンショクカさん?
 モジモジしつつ、リンコさまのほうへ近づいていきました。

「あ、一応紹介しておくね。明日のイベントのお手伝いをしてくださるスタンディングキャットのみなさん。橋本さんと本橋さんには前に会ったことあるのよね?」
「は、はい・・・」
 見覚えのある体育会系マッチョのハンサムさんとインテリ風メガネのハンサムさんが、同時にニッと笑って会釈してくださいました。

「この子は、森下直子さん。うちの期待の新人でバレエの名手。バレーつってもハイキューじゃなくて白鳥とかのほうね」
 ほぉーっ、って感心されたような低めのお声が一斉にあがり、思わずうつむいてしまいました。

「でも、ぜんぜん男馴れしていないお姫様だから、ちょっとでも苛めたりからかったりしたら、このアタシが承知しねーからなっ!」
 リンコさまが、半分冗談ぽくドスの効いたお声で啖呵をお切りになると、そこにいた男性全員が一斉に野太いお声で、
「へいっ、姉御!」
 一瞬、間を置いて、一同がドッと沸きました。
 みなさま、ずいぶんよく訓練された王国民のようです。

「こっちが柏木さんで、こちらが右から阿部さん、道下くん、春日くん」
 がっちりした人や少しナヨッとした人、ドギマギしてしまってまともに視線を合わせられないのでよくはわかりませんでしたが、みなさまビジネススーツがよくお似合いなイケメンさん揃いでした。

「彼らは、明日のイベントの言わばボディガードみたいなもの。興味本位で潜り込もうとするゴシップ雑誌記者とかもいるのよ。そういう輩を見張ってくれるの」
「あと、受付とか音響とかパワポの操作とか。もちろん撤収のときの力仕事もね」

 私に向かって、さわやかスマイルを放ってくださるイケメンさんたち。
「よ、よろしくお願いしまーす」
 小さな声でモゴモゴ言って、ペコペコとお辞儀をしながら、だんだんドアへと近づき、ようやくイベント会場の中に入れました。


オートクチュールのはずなのに 38