2015年1月3日

彼女がくれた片想い 02

 彼女とは一般教養でのクラス分けが同じだったので、語学やコンピュータの講義で必ず顔を合わせていた。
 トイレでの一件以来、彼女のことを気に留めていた私はそれからしばらく、顔を合わせるたびにそれとなく彼女に注目していた。
 
 彼女はたいてい数人の決まった友人たちと行動を共にしていた。
 その中での彼女は人当たり良さそうな笑みをいつも浮かべ、おっとりした雰囲気を醸し出していた。
 
 天然ボケ気味いじられキャラだけれど決して苛められはしないタイプ。
 髪も染めず、ファッションもどちらかと言えば地味目な少女趣味。
 野暮ったさと紙一重ながら自分に似合う服装がわかっているようで、コーディネートのセンスがいいなとは思った。
 
 ざっくりまとめるなら典型的なミッション系女子高出身者。
 共学の学校だったらクラスの異性数人はファンになるであろう、お育ちの良さそうなプチお嬢様という印象だった。

 トイレでの一件から数日経った体育の授業の日。
 テニスを選択していた私は体育館の更衣室で着替えを始めていた。

 体育の授業は提示されたいくつかのスポーツからひとつを選択する仕組みで、クラス分けとはまた別の集団となる。
 すなわち、すべての一年生のうちテニスを選択した人たちの一群。
 
 鍵付きロッカーが整然と並ぶ広めの更衣室内では、同じクラスなのであろう人たちと小さな群れを作ったいくつものグループが姦しく嬌声をあげながら着替えに勤しんでいた。
 私はどのグループにも属さず、隅のロッカーの陰でひとり黙々と着替えた。
 入学以来、誰に話しかけられても無愛想に生返事を返しつづけてきた報いだった。

 その日はジーンズを穿いていた。
 脱ぐためにうつむいてボタンに手をかけた時、誰かのからだが私の肩に触れ、顔を上げると彼女の顔があった。

「あ、ごめんなさいっ…」
 
 身体をぶつけてしまったことを詫びているのであろう彼女と一瞬目が合った。
 軽く会釈してはにかむように微笑み、すぐに目を逸らした彼女はそそくさと私より奥のロッカーへと歩いていった。
 あの様子だと私が彼女と同じクラスなことさえ認識されていなさそう。

 私はその場で、あからさまにならないよう横目で彼女を窺がった。
 彼女は壁際一番奥のロッカーに荷物を入れ、壁のほうを向いて、すなわち皆に背を向けて着替えを始めようとしていた。
 私は自分の着替えをスローペースに切り替えて彼女の着替えをそっと観察することにした。

 彼女は妙にこそこそとしていた。
 ロッカーと壁のあいだの狭い空間に小さく背中を丸め、授業の開始時間が迫っているわけでもないのに何か急いでいる風のせわしなくもひそやかな挙動。
 
 ブラウスのボタンを全部外し、脱ぐと同時に間髪を入れずポロシャツ風のウェアをかぶる。
 セミロングのスカートを穿いたままアンダースコートを着け、スカートを取ると同時にウェアのスコートを大急ぎでたくし上げる。
 
 自分の着替えもあったので一部始終すべてを見ていたわけではないが、まるで一瞬たりとも素肌を外気に曝したくないという決意で臨んだような、ずいぶんあわただしい着替え方だった。

 更衣室には同性の目しかないし、自分のプロポーションを誇示したいのか無駄に下着姿のままいつまでもキャッキャウフフじゃれ合っている子たちさえいる中で、彼女の内気な中学生のような着替え方は新鮮だった。
 ひょっとしたら、他人に素肌を見られたくない理由、たとえば傷跡とかタトゥとかがあるのだろうか。
 それとも単純に極度の恥ずかしがりやなのか。
 私の中で彼女に対する興味が一層増していた。

 授業後の更衣室。

「私、あっちのロッカーだから…」
 
 友人たちに小さく手を振って彼女がひとり、自分の使用ロッカーへと近づいてきた。
 私はすでに着替えを済ませ、ウェアをたたむフリをしながらじっくり彼女の着替えを見てやろうと待ち構えていた。

 壁向きになって、まず上のウェアを脱ぎ始める彼女。
 両腕を袖から抜き、首からも抜いた後、手早くブラウスを羽織る。
 束の間見えた白くて綺麗な背中、そして純白のブラのベルト。
 背中にはタトゥや傷跡は無いみたい。

 それからスコートを床に落とし、一瞬のアンダースコート姿。
 手早くしゃがんでスカートに両脚を入れ、白くしなやかな脚線美がブルーの生地に隠される。
 前屈みのままスカートの中に両手を入れ、アンダースコートがひきずり下ろされる。
 
 これで彼女の着替えは終了。
 と思った瞬間、彼女が思いがけない行動に出た。

 アンダースコートから両脚を抜いた彼女は一度背筋を伸ばしてロッカーのほうへ向き直り、右手をロッカーの中に入れて何かを取り出した。
 彼女がロッカーに向いた時、私はあわててうつむき、自分のウェアを丁寧にたたみ直しているフリをした。
 私が見つめつづけていたことには気づかなかったらしく、彼女は再び背を向けて前屈みになった。

 真っ白な三つ折ソックスの右足、つづけて左足をくぐらせた布片は紛れも無く下着、純白のショーツだった。
 その布片はスカート内に潜らせた彼女の両手によって所定の位置まで一気に引きずり上げられたようだった。

 その後、彼女は再びロッカーのほうへ向き直り、テニスウェア一式が丁寧にたたまれてバッグの中にしまわれた。
 ラケットケースを抱えバッグを肩に提げた彼女はそそくさと私の横を素通りし、出口の方へと向かっていった。
 その間、おそらく3分にも満たない、あれよという間の出来事だった。

 今見たことについて考えてみた。
 彼女はアンダースコートの意味を理解していない。
 身に着けている下着の上に重ね穿きし、下着を隠すいわゆる見せパンとして活用するのが本来のアンダースコートの役目。
 わざわざ下着を脱ぎ、素肌に直接アンダースコートを着けていた彼女はアンダースコート自体を下着として認識しているのだろうか。

 さっきまでのテニスの授業。
 ほとんどラケットの素振りだけに一時限が費やされた。
 
 数十名の学生たちがコートに並び、講師の号令の下、ラケットを振るたびに翻る色とりどりのスコート、露になるアンダースコート。
 ほとんどの人たち、いや、おそらく彼女以外の全員が下着の上にアンダースコートを着けていたはず。
 誰に見られても構わないユニフォームの一部、ファッションの一部として。
 だけど彼女だけは下着を丸出しにしている感覚だったのではないか。

 傍から見ている分には、彼女のアンダースコートと他の人たちのアンダースコートにまったく差異は無い。
 ただ、彼女がわざわざ下着を脱ぎ、その代わりにアンダースコートを着けていたことを知ってしまった私は頭が混乱してきていた。

 これも彼女の天然ボケのひとつなのだろうか。
 それとも意図的に行なったものなのだろうか。
 だったらそれは何のために…

 気がつけば人影もまばらになった更衣室。
 彼女のはにかんだような笑顔が頭に浮かんだ。
 
 ついさっき見た、裸の白い背中としなやかな脚線美。
 それらに先日のトイレでの出来事が加わり、結果として私の思考はどんどんエロティックな方向に流されていった。


彼女がくれた片想い 03


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