「まだぜんぜん足りない、って顔をしているわね、あなた。そうよね、ここでは大きな声も出せないし、思いっ切り乱れること、出来なかったものね」
「すごくスケベな顔になっているわよ。見る人が見たらわかっちゃう。あなた、今だったら相手、誰でもいいのじゃなくて?」
「あなたが帰り道でヘンな男に襲われでもしたら大変だし・・・」
確かに私のからだ中に、欲求不満が渦巻いていました。
何回かはイったのに・・・
欲望どおりに声が出せない状況が、こんなにつらいものなのだとは知りませんでした。
男の人と、いう選択肢は私にはありえませんが、今だったら駅のおトイレかどこかで、後先考えずに大きな声を出して本気オナニーくらいしちゃいそうです。
なんとかお家まで、私の理性が欲望に勝てればよいのですが・・・
それに、これ以上お姉さまにご迷惑をおかけしてはいけない、予想以上の良い思いが出来たのだから、感謝して、笑顔でさよならを言わなければいけない、ということも、心の底ではわかっているのですが、疼くからだの欲求が大きすぎて、言い出せずにいました。
何よりも、素敵なお姉さまと、このままあっさりお別れしたくない、という想いが、わがままとわかっていても抑え込めませんでした。
何も言えず深くうつむいたままの私。
気まずい沈黙がしばらくつづきました。
「そうだっ!」
突然、お姉さまの大きなお声が試着室に響きました。
「今日、日曜日だったわね?」
「えっ?あ、はい」
「日曜だったらあそこが使えるはず」
お姉さまが私の両手を取りました。
「だいじょうぶ。あなたにたっぷり声を出させて、乱れさせてあげられる」
「あたし、ちょっと準備してくるから、あたしが帰って来るまで、ここで待っていて」
そうおっしゃってから、あらためて私の顔を覗き込んできました。
「それにしてもあなた、ひどい顔になってる」
「髪の毛もヨレヨレ。トイレでお化粧直してきなさい。ブラシとか持ってる?」
「はい、一応・・・」
お姉さまが私の手を取ったまま試着室のカーテンを開けて、お店のフロアに連れ出しました。
レジの前には、来たときとは違う小柄でカワイイ感じな女の子、たぶんサトミさんという人、が立っていました。
「長い時間、お疲れさまでしたー」
ニッコリ笑いながら明るくお声をかけてくれました。
皮肉とかからかいのニュアンスは感じられなかったのですが、お疲れさま、という言葉が、ヘンな意味に聞こえてしまって、見透かされているようで恥ずかしい。
店内フロアにはお客さまがちらほら。
時計を見ると、そろそろ4時になろうとしていました。
どれくらいの時間、試着室の中にいたのだろう?
考えてみますが、入った時間が思い出せません。
レジブースの奥でしばらくガサゴソやっていたお姉さまがフロアに出て来て、私にツバの広いベージュのキャスケットをかぶせ、細いセル縁で淡いピンクのサングラスを手渡してくれました。
「これつけて、このフロアの女子トイレに行って顔を直してきなさい。場所は、そっちの壁沿いを行って右に折れたところ」
このフロアに着いたとき、私が直行した女子トイレのほうを指さしました。
私、知っています、お姉さま。
そのおトイレの場所。
だってお姉さまに逢う少し前に私、そのおトイレの洗面台の鏡の前で、さっきお姉さまが脱がせてくれたピンクのパンティを膝まで下ろしていたのですもの。
そう言ったら驚くだろうな・・・
「身づくろいが終わったら、ここに戻って待っていて。あんまり待たせないようにするつもりだけれど」
お姉さまは再びレジブースへ入っていかれました。
レジ前のベンチのところに置いておいた自分のバッグから、お化粧ポーチを取り出して、おトイレへ出かける前に、なんとなくお姉さまの姿を追ってみます。
お姉さまはレジブースの奥で、さっき私の恥ずかしい液体をたっぷり吸い込んだバスタオルを、お店のロゴが入ったビニールのショッパーに入れているところでした。
そう言えばあの試着室、きっとまだ匂いが残っているよね?
今の私は、馴れてしまっているからわからないけれど、外から来た人は、牝臭さ、と言うか、何かいやらしい臭いに気づいているかも。
淫臭・・・
そんな言葉が浮かんで、字面の恥ずかしさに、性懲りも無く下半身を疼かせる私。
上気してきた顔を隠すように、キャスケットを目深にかぶり直してサングラスをかけ、お店を出て女子トイレに向かいました。
女子トイレの鏡の前で顔を洗い、薄めのお化粧で整えてパフュームをふり、入念に髪をとかしました。
試着室でのことをなるべく思い出さないようにつとめながら鏡に向かっていると、このビルに着いてすぐのときとはうって変わって、入れ替わり立ち代り、たくさんの人がドアを開けて用を足しに来ます。
妄想アソビのときは、本当にラッキーだったんだなあ・・・
のんきなことを考えたのもつかの間、私、こんなにたくさんの知らない人が行き来するファッションビルの試着室で全裸になって、あんなことしちゃったんだ、って今更ながら思い出し、恥ずかしさがドドッとぶりかえしてきてどうにかなりそう・・・
隣の洗面台で手を洗っていたご中年の派手な身なりのおばさまが、鏡を見るともなく頬を染めてボーッと立っている私の横顔をジロッと一瞥した後、スタスタとおトイレを出て行くのが鏡に映っていました。
身づくろいに15分くらいかかって、お店に戻るとお姉さまはいませんでした。
レジ前のサトミさんが、
「おかえりなさあーい」
って笑いかけてきました。
「これ、ありがとうございましたー」
私も精一杯ニッコリ笑って、キャスケットとサングラスをレジカウンターの上に置きました。
それから自分のバッグが置いてあるベンチに座り、お財布を取り出して2万円抜きました。
「お代金、お支払いしまーす」
サトミさんに呼びかけます。
「あっ、はいはーい」
サトミさんの明るいお返事、机の上を何か探しています。
みつけたメモを片手に、
「えーっと、5千円ですねー」
とサトミさん。
「あのー、それは、困りますー」
レジカウンターに2万円置きました。
「いいえ、チーフから言われていますからー」
サトミさんも譲らず、1万円札を一枚取り、レジを打って5千円札とレシート、それに残った1万円札を差し出してきました。
「あの、それでは悪いですしー」
「いえいえ。チーフの命令ですからー。またぜひここにお買い物に来てくださいねー」
サトミさんのニッコリ笑ったお顔を見ると、それ以上言えなくなり、あきらめてお札をお財布に戻しました。
店内にお客さまはいません。
手持ち無沙汰になったので、立ち上がって思い出の試着室のほうへ歩いてみました。
すると、さっきまでは香っていなかった、フローラル系のパフュームのいい香りが漂っていました。
それをかいだ途端、私はまた、カーッっと熱くなってしまいます。
やっぱり、臭っていたんだ・・・
淫臭・・・
私がいなくなった後、サトミさんがパフュームをふりまいてくれたんだ・・・
サトミさんがこちらを見ている気配を感じますが、恥ずかし過ぎてそちらを向けません。
でも、いつまでもそうしていることも出来ず、恐る恐るレジのほうをうかがいました。
サトミさんと目が合うと、サトミさんはとってもやさしげな笑顔でうなずいてくれました。
私がとぼとぼとベンチに戻り、腰を下ろそうとしたとき、
「お待たせー」
大きめなお声でおっしゃりながら、お姉さまが戻られました。
さっき、私が貸していただいたのと同じデザインのサングラスをかけています。
サトミさんがまた、
「おかえりなさーい」
と明るく答えました。
「ごめんごめん、ちょっと準備に手間どっちゃって」
お姉さまは、手に持っていたペットボトルの冷たいスポーツドリンクをくださいました。
すっごく喉が渇いていたので、すっごく嬉しかった。
「それゆっくり飲んで、一息ついたら行くからね」
「でもその前に、もう少しここでやることがあるから、もうちょっとだけ待ってて」
そうおっしゃってお姉さまはまた、レジブースの奥に消えました。
ドリンクを一気に半分くらいゴクゴク飲んで、一息つきます。
美味しいーっ。
残ったドリンクにちびちび口をつけながら、どこへ連れて行ってくれるのだろう?何をしてくれるのだろう?なんてワクワク考えていたら、いつの間にかお姉さまが目の前に立っていました。
「それじゃ行こうか?」
お姉さまが私の右手を取って、立たせてくれました。
「忘れ物は無い?」
自分のトートバッグを肩にして、うなずきます。
「おっと、これはしたほうがいい」
さっきカウンターの上に戻したサングラスを取って、私の顔にかけてくださいました。
そして、再び私の右手を取り、手をつないだままレジの前のサトミさんに、
「サトミ、あたし休憩、はいりまーすっ!」
おどけたお声で告げました。
サトミさんも、
「ごゆっーくりーどーぞー」
おどけて答えています。
そしてお姉さまは、不意に私のほうにお顔を向け、素早くその唇を私の唇に重ねてきました。
ごく軽く。
私の心臓が、トクン、って大きな音を立てました。
視界の隅に見えていたサトミさんは、相変わらずニコニコ笑っていました。
*
*ランジェリーショップ 09へ
*
0 件のコメント:
コメントを投稿