「あなたはあんなこと、しょっちゅうやっているの?」
とある居酒屋さんの衝立で仕切られた小さな個室。
私の対面に座っている絵美さまの唇が、そう問いかけてきました。
あのランジェリーショップでの出来事から約ひと月後、桜の蕾もほころび始めた、3月がもう終わりそうな頃。
私は、絵美さまと再会することが出来ました。
もちろん、横浜から戻ったその日の夜、自宅から絵美さまにお電話しました。
目を閉じればまぶたの裏にはっきりと浮かぶ、絵美さまの端正なお顔を思い出してドキドキしながら。
ツーコールも鳴らないうちにつながりました。
「待っていたわ、電話」
絵美さまは、私が名乗る前に、少し掠れ気味のハスキーなお声でそうおっしゃり、電話に出てくださいました。
「先日は、本当に失礼いたしました・・・」
から始めて、緊張しつつ慎重に言葉を選びながら、もう一度お逢いしたい、という意味のことをなんとか伝えました。
絵美さまは、つっかえつっかえな私の言葉にも気さくな感じで答えてくださり、ぜひ会おうということになりました。
でも、絵美さまのお仕事のご都合や、私が卒業を控えた時期であったこともあり、ふたりのスケジュールが合う日は、ずいぶん先のことになってしまったのでした。
絵美さまが待ち合わせに指定された場所は、意外なことに池袋でした。
私は、当然またあの横浜のショップに伺うことになるのだろうと勝手に思い込んでいたので、思わず、えっ!?って聞き返してしまいました。
「あなたのおうちからは遠い?」
「いいえ。ぜんぜん逆です。私今、東池袋に住んでいるんです」
「あら、それならなおさら好都合じゃない?」
「あなたに会えるの、楽しみに待つことにするわ」
電話を終えるとき、絵美さまは艶っぽいお声で、そうおっしゃってくださいました。
ステキな絵美お姉さまにもう一度逢える・・・
それからの毎日は、遠足の日を心待ちにしている子供みたいに、ルンルンワクワクな気分で過ごしました。
絵美さまはもうすでに、私がどういう性癖を持つ人間なのかご存知です。
だからお逢いしたらきっと、あのときみたいなえっちなアソビで、私を辱めてくれるはず・・・
ルンルンとムラムラがごちゃ混ぜになったルラルラ気分。
お約束の日を指折り数えながら私は、文字通り毎日、思い出しオナニーをくりかえす日々でした。
ランジェリーショップでの出来事から日が経つにつれ、あの日のあれこれを客観的に考えることが出来るようになっていました。
そして考えれば考えるほど、あの日、私がしでかした数々のはしたない行為は、どんなに言葉を繕ってみてもくつがえらない、あまりに異常でヘンタイな露出マゾそのものの痴態だったという事実と、それを行なったのが紛れもなく自分だった、という現実を確認することとなり、そのいてもたってもいられない恥ずかしさが、私を更にどんどん欲情させました。
前の年の夏休み以降、やよい先生とシーナさまが、お仕事、プライベート共に一段とお忙しくなり、ほとんどお会い出来ない日々がつづいていました。
そのあいだはずっとひとりアソビばかりだったので、誰かとリアルに会話しながら辱めを受けたのは、すごく久しぶりでした。
そのせいもあってあの日の私は、自分でも信じられないくらい大胆になり、後先も考えられないほど発情していました。
日曜日のお買い物客が大勢行き来しているファッションビルの、薄い壁で仕切られただけの試着室。
そんな危うい場所で全裸になり、ほぼ初対面の絵美さまに視られ、虐められながら、声を押し殺して何度か絶頂を迎えた私。
関係者しか入れないビルのスタジオに忍び込み、たくさんのいやらしいお道具を使って、性癖丸出しオナニーショーをご披露した私。
現実にやってしまった、あまりにも破廉恥な行為の数々に今更ながら凄まじい羞恥を感じ、その恥ずかしさが、子供の頃から私のからだを蝕んでいる、自己制御不能な被虐心を強烈に疼かせました。
「あなたは正真正銘の露出マゾ。ヘンタイ性欲者なのよ、直子」
自分で自分を蔑む心の声に支配された私の両手。
からだをまさぐる10本の指は、いつまでも止まることがありませんでした。
快感の余韻の中て少し気持ちが落ち着くと、今度は、絵美さまと再会出来る喜びが、みるみる心を満たしていきます。
当日は何を着ていこうかな?
あのお話もこのお話も聞いてもらおう。
また手をつないでくれるかな?
またキスしてくれるかな・・・
自分にとって大きなイベントのはずな大学の卒業式当日も上の空、絵美さまのことばかりを考えていました。
中でも大いに頭を悩ませたのが、当日どんな服装をしていくか、でした。
本当に真剣に、すっごく迷いました。
出会いのときは、駅ビルのおトイレでえっちめな下着に穿き替え、ファッションビルのおトイレでは、わざわざミニスカートをクロッチギリギリまで無理やり短かくしてからショップを訪れました。
そんな服装が功を奏して、絵美さまもすんなり私の性癖に気づいてくれたような面があったような気もします。
絵美さまは、そういう私を期待されているかもしれない。
まだ街中では春物コートを着た女性も目立つ頃でしたから、いっそ裸コートで行っちゃおうか・・・
確か絵美さま、あの日の別れ際、次回もあたしがびっくりするような格好でいらっしゃい、っておっしゃていたし・・・
そんな大胆なことを考えてはドキドキ昂ぶるのですが、一方では、私の中に生まれたひとつの決意が、そのような浮わついた気持ちにブレーキをかけていました。
当日、私は絵美さまに、ぜひ自分とおつきあいして欲しい、とお願いするつもりでした。
私だけのパートナーになってください、と。
私にとっては一大決心でした。
思えば今まで私が好きになったり、実際に性的なお相手をしてくれた人たちは、そのときすでに私とは別の決まったお相手がいたり、私がぐずぐずしているうちに別のお相手をみつけてしまったりで、誰ともちゃんとした、と言うか、ステディなパートナー関係にはなれずじまいに、今まできていました。
そういうのは終わりにしたい。
もう一歩踏み込んだ、私と誰か、ふたりきりの親密な関係が欲しい、と切実に願っていました。
そして何よりも私は、あの日の出来事を通して、絵美さまのこと以外考えられなくなっていました。
私が絵美さまに、こんなにも恋焦がれてしまう最大の理由。
ひと月近く、ずーっと絵美さまのことだけを考えて導き出された結論。
それは、私のあられもない行為の一部始終を、まるでご自分の頭の中のビデオカメラで記録しているかのように、冷ややかに、かつ真剣に目撃されていた絵美さまの瞳でした。
絵美さまが私をじっと見つめる、その視線・・・
それは、やよい先生やシーナさまとのアソビでも感じられたものではあるのですが、絵美さまのそれは、もっともっと強力に私を惹きつけました。
その視線に晒されているだけで、心の奥底からジンジン感じてしまう、絵美さまの瞳の光がちょっと変化しただけで性的興奮が異様に昂ぶってしまう、私にとって特別な視線でした。
視姦、という言葉は、知識としては知っていましたが、あの日初めて身をもって体験した気がします。
とにかく視ていて欲しい。
一瞬でも視線が私からそれると、それだけで言いようも無い寂しさに襲われてしまう。
そんな魔力を、絵美さまの視線は持っていました。
哀れむような、呆れているような冷たい瞳の中に、チロチロとゆらめいていた絵美さまの官能。
私が恥ずかしがれば恥ずかしがるほど大きくなっていく、絵美さまの愉悦の炎。
私は、その炎をより燃え立たせたくて、絵美さまに悦んでいただきたくて、どんどん自らを恥辱の果てに追い込みたくなるのです。
もう一度、あの視線で私のからだをつらぬいて欲しい。
からだの隅々までを、あの視線で舐められたい、責められたい、嬲られたい・・・
もちろん視線だけではなく、絵美さまのお声や振る舞いも、何もかもが私のマゾ心の琴線を激しく震わせてくださいました。
絵美さまは私にとって、心から本当に理想的と思えるパートナー。
いいえ、マゾな私がパートナーなんて、そんな生意気なことを言ってはいけません。
主従関係、ご主人様と奴隷、飼い主とペット・・・
絵美さまが悦ぶことであれば、なんでも、どんなに恥ずかしいことでも出来る。
絵美さまが私を視ていてくださるなら、他には何もいらない。
そのくらい私は、絵美さまに心を奪われていました。
絵美さまにだけは嫌われたくない、と思いました。
魅力的な絵美さまですから、すでに誰かとおつきあいしている可能性も大きいとは思いましたが、その場合は、その次のポジションでもいいから、私とも遊んで欲しい、と頼み込むつもりでした。
そしていつか、私だけの絵美さまになれば・・・
やよい先生にもシーナさまにも感じたことの無かった、私にしては珍しく、独占欲、までもが芽生えているみたい。
そんなことをごちゃごちゃ考えているあいだも、私の粘膜は絵美さまの視線を思い出して疼き始めます。
自分の指で疼きを鎮め、少し冷静になった頭でまた考えます。
結局、臆病さゆえなのでしょう、嫌われたくない、という想いばかりがどんどん募っていきました。
絵美さまは、社会人で教養もおありだろうし、普段はちゃんと常識をわきまえているかたのはず。
今回お逢いするのはショップではなくて、人通り多い街中だし、あんまりだらしのない格好で行くと失望されちゃうかもしれない。
それに、私がおつきあいをお願いする大事な日なのだし・・・
そう考えるようになって、やっぱり普通に無難な格好で行くことに決めました。
お約束の日は、金曜日でした。
絵美さまは、お仕事を早めに終わらせて駆けつけてくださるということで、夕方6時40分の待ち合わせでした。
当日は、4月間近にしては少し肌寒い曇り空。
お出かけ前にウォークインクロゼットで、手持ちのお洋服をあれこれ引っ張り出し、長い時間悩みました。
少し厚めな純白コットンのフリルブラウスにベージュのジャケットを羽織り、膝上丈の濃いブルーのボックスプリーツスカートに黒ニーソックス。
悩んだワリには、普通の真面目な学生さん風になっちゃいました。。
下着だけは、あの日絵美さまが選んでくださったピカピカピンクのストラップレスブラと紐パンにしました。
すっかり薄暗くなった繁華街を抜け、灯りが煌々と灯るデパートのショーウインドウ前。
待ち合わせ時間に少しだけ遅れて現われた絵美さまは、濃いグレーのパンツスーツ姿でした。
仕立ての良いやわらかそうな生地に包まれたウエストからヒップのラインがすっごく綺麗。
大きめに開けたシャツブラウスの襟元から覗く白い肌がセクシー。
お仕事が出来そうなオトナの女性っていう感じ。
ごあいさつも忘れてしばし見蕩れてしまうほどカッコイイお姿でした。
「こ、こんにちは。きょ、今日はわざわざおこしいただいて・・・」
すっかりアガってしまい、ごにょごにょご挨拶する私に、ニッと笑いかけてくださる絵美さま。
ズキューン!
絵美さまは気さくに、元気にしてた?みたいなお言葉をかけてくれながら、ズンズンと大股で歩き始めました。
さすがにいきなり手をつないではくれないようなので、半歩くらい後ろを追いかけます。
案内してくださったのは、雑居ビルの上のほうにあるオシャレな居酒屋さんでした。
予約してあったらしく、すぐに通された場所は四方を和風な格子戸のような衝立で仕切った完全個室でした。
真ん中に正方形のテーブルがあって、足元が掘りごたつみたく凹んでいて床にお座布団を敷いて座るタイプ。
絵美さまは、私に奥を勧め、ご自分は入り口格子戸に背を向け、私と差し向かいにお座りになりました。
ほどなく店員さんが来て、絵美さまが慣れた感じでお料理をいくつか注文され、私は梅酒のソーダ割を注文しました。
絵美さまは白ワイン。
しばらくは、お食事をいただきながら、絵美さまのお仕事についてのお話になりました。
絵美さまは、その服装のせいか、ショップでお逢いしたときとはまた少し違った印象で、なんて言うか、知的できりりとした感じで、まさしくクールビューティという言葉がぴったり。
私は、お話をお聞きしながらも、絵美さまの綺麗なお姿にうっとり見蕩れていました。
絵美さまは、横浜のランジェリーショップの店長さんが本職というわけではなく、普段は、アパレル系のデザイン事務所を経営されているのだそうです。
「新作が出たときとか、お客様のニーズを調べたいときなんかに、懇意にしているお店に頼んでマヌカンの真似事させてもらったりしているの。いわゆる市場調査」
「そんなにしょっちゅうではないけれど、新宿とか渋谷、銀座、いろいろなところでね」
「あの横浜のお店は、うちも多少出資しているから、アンテナショップみたいなものかな」
絵美さまが、生ハムを器用にフォークで丸めながら説明してくださいました。
「それはつまり、会社の社長さん、ということですか?」
「そうね。らしくないのだけれど、行きがかりでそうなっちゃったのよ」
絵美さまが照れくさそうに笑いました。
そのお顔がとてもコケティッシュで、キュンとしてしまいます。
「少人数だけれど、けっこう手広くやっているの、アパレル全般ね」
美味しいお料理をいただきつつ、梅酒ソーダをちびちび飲みながら絵美さまのお話に耳を傾けていると、ふいにデジャヴを感じました。
こんな感じの場面、ずっと前に体験したことがある・・・
すぐに思い出しました。
中学生のとき、私のトラウマとなった事件のことでやよい先生にご相談したとき、連れて行かれた居酒屋さん。
あのときの感じにそっくり。
私が少しのあいだ、遡った時間に思いを馳せていたとき、不意にお言葉を投げかけられました。
「ところであなたはあんなこと、しょっちゅうやっているの?」
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