2020年9月6日

肌色休暇一日目~幕開け 10

「でもまあ、そんなしょーもないハプニングがこの時間帯で良かったわよね?」
「えっ?」
「直子たちの会話、あたしが居た場所でも途切れがちにだったけれど、意外に風に乗って聞こえてきてたわよ。ま、風向きにも因るのでしょうけれど」
「とくにあいつが目に見えてイラつき始めた後、直子でもあんなふうに怒ること出来るんだ、って、感心しちゃった」

 確かに嫌悪感が高まってからは、おのずと声も大きくなってしまっていたと思います。
 
「これが駅に電車到着直後の観光客で混み合った時間帯だったら、直子たちの下ネタ満載な修羅場、もっと大勢のギャラリーに注目されていたでしょうね。お蕎麦屋さんに入る前は、けっこうあちこち人がいたじゃない」
「お店から出た頃は、次の到着列車まで時間の空いている空白期間。駅前広場に人が少ない時間帯に解決出来たのだから、直子にとってはラッキーだったのではなくて?」

「人がいっぱいいるときに、私はマゾだから、なんて宣言していたら、たまたまそばにいて聞きつけたしょーもないオトコどもがゾンビみたいにワラワラ寄ってきたりしていたかもね」

 お姉さまのからかい口調に促され、あらためて広い駅前広場を見渡してみます。
 確かにお蕎麦屋さんへ入る前に比べたらグンとまばらとなった人影。
 サッカーコートが余裕で二面以上取れそうな広い敷地内に、相合い日傘のカップルさんニ組、女性のお二人連れ二組、単独の男女が3名くらい、あちらこちらにそんなもの。
 
 目前に迫ってきた立派な屋根が設えられた足湯処にも、若いカップルさんと、お蕎麦屋さんで出会った外国人さまとはまた違う欧米系らしき恰幅の良いカップルさんしか足を浸していません。

「あのヘタレ男子、どうせカノジョもいなそうだから今晩のオカズは当然、直子でしょうね」
「全裸画像も脳裏に焼き付いているでしょうし、半裸の生身も間近で視たし、声も聞いたし匂いもかいだし」
「おまけにいいようにあしらわれちゃって、おっぱいには触れずプライドも折られたしで、可愛さ余って憎さ百倍。あいつの妄想の中の直子は、目も当てられないくらいひどい凌辱を受けながら犯されちゃうのでしょうね」

 あきらかに面白がっていらっしゃるお姉さまをジト目で見つめてしまいます。
 他人の妄想の中でだって男性に凌辱なんてされたくありませんが、自分が可哀想な目に遭うことになる、とだけ考えると、ジワッとマゾの血が騒ぎ出してしまいます。
 あぁんっ、やっぱり今日の被虐欲求は制御不能ぽい。

 気がつくと足湯処に着いていました。
 神社とかお寺さんを連想させる立派な木造屋根の下の吹き抜けの一画。
 四角く囲った屋根の下、中央に台座を置いて六角形に仕切られた幅4~50センチほどの溝に、温泉なのであろうお湯がヒタヒタと溜まっています。

「この暑さなのに足湯ってなんだかな、とは思うけれど、せっかくあるのだから話のネタにちょっと浸かってみましょう」

 お姉さまがフラットシューズをお脱ぎになり、サブリナパンツの裾を捲くり上げられるのを見て、私も従います。
 座席は木製の一枚板、お湯が流れる溝は大理石みたい。
 
 座ってしまうと日焼け跡のある背中が気になりますが、ちょうど靴箱を背にする位置に座らせてくださったのは、お姉さまのお優しさでしょうか。
 足を浸してすぐは、ちょっと熱いかな、と思いましたが慣れるとちょうどいい感じ。
 屋根下の風通しも良いようで、こんな暑さなのに意外にふわふわリラックス出来て気持ちいい。

 余裕が出来て周辺を見渡すと、座席の余白を充分置いてポツンポツンと二組、寄り添い合うカップルさん。
 どちらさまも私たちのことをじっと窺っていらっしゃいました。
 今更ながらに今している自分の服装の非常識さを思い出し、羞恥が全身を駆け巡ります。

 羞恥心が汗となり、額や首筋を濡らし始めます。
 でもそのせいだけではないみたい。
 足先から吸収された熱は着実に血行を促進し、体温調節に余念のない私のからだ中の毛穴。

 前を見ると、六角形の台座越しほぼ対面にいらっしゃる恰幅の良い外国人カップルさんも、おふたりともお顔からTシャツまで汗みずく。
 私のお隣のお姉さまだって御髪の生え際がジットリですし、私の薄いブラウスは白シャツごと素肌に満遍なく貼り付いてしまっている始末。
 おかげで透け度も格段に上がり、本人の意識としてはまさに裸同然。
 
 そろそろいったん出たほうが、とお姉さまにご提案しようと思ったとき、どこからともない人影が、音も無くスッと背中に寄り添ってきました。
 
「失礼ですが、渡辺さまでいらっしゃいますか?」

 鈴を転がすようなお声のほうを首だけ捻って見上げると、鮮やかなレモンイエロー色の和服を涼しげに着こなされたスラッとした女性がおひとり。

「あ、はい」

 お姉さまが足湯からおみ足を脱出させつつ、お応えになられました。

「お迎えに上がりました。湯乃花屋旅荘で女将を務めさせていただいております、きり乃、と申します」
「わざわざご丁寧にありがとうございます。渡辺です。本日はお世話になります」

 お姉さまが立ち上がられたので私もあわてて立ち上がります。
 立ち上がると、薄いブラウスは満遍なく汗まみれで、私の素肌に肌色露わにぴったりと貼り付いています。
 バスト周りも白シャツもろとも凹凸通りにぴったり貼り付き、私のおっぱいそのものな形を白日下に晒しています。

 思わず胸を庇ってしまいますが、女将さまはそんな私にもお優しい微笑み。
 真正面から拝見した女将さまは、背筋がピン、立ち姿がシュッとされた和風美人さま。
 おそらくお年はお姉さまよりもふたつ三つ、お年上でしょうか、その凛とした佇まいに品の良い色香が薫る艶っぽいご婦人。

「本日はお暑いですからよろしければこちらをお使いください。それにお邪魔でなければこちらも」

 和装によくマッチしたシックなバッグからタオルとよく冷えたスポーツドリンクを、お姉さまへ私へと、おっとり手渡してくださいます。

「ありがとうございます」

 お姉さまと私で少しタイミングはズレてしまいましたが、お礼とともにありがたく頂戴し、顔や手足の水滴を拭います。
 火照った全身に沁み渡る冷たいドリンクの美味しさといったら…
 そのあいだも女将さまは、はんなりとした笑みを浮かべつつ、私たちを眺めていらっしゃいました。

「それではご案内いたしますね、こちらへどうぞ」

 靴を履き終えた私たちが一段落したとご判断され、女将さまの白いお草履がしずしずと足湯処から離れ始めます。
 そんな女将さまのお背中を追う、お姉さまと私。
 少し歩いた車道に、お宿のお名前が大きく書かれたベージュ色のマイクロバスが駐車されていました。 
 こんなふうな可愛らしいマイクロバス、幼稚園の頃に乗った記憶があります。

 女将さまに促され運転席脇から乗り込みます。
 運転手さまはニコニコ愛想の良い、青い半纏を羽織られたご中年の丸顔な男性。
 
 バスの中央付近、通路を隔てて前向きの二人掛けが並ぶ座席の奥窓際に私、通路寄りにお姉さま、通路を隔てたお隣に女将さまの順で腰掛けました。
 他にお客様はどなたも乗られていません。

「ほら、そんなビショビショを羽織っていたら風邪引いちゃうわよ?エアコンも適温だしタオルもあるし、さっさと脱いで汗を拭いておきなさい」

 お姉さまが私の耳元で囁かれ、私は座ったままポシェットを外し、ブラウスからもぞもぞと腕を抜き、濡れそぼったブラウスをお姉さまへとお渡ししました。
 そんな私たちをたおやかな微笑みとともに、お見守りになる女将さま。
 ああん、また下着同然、と身を縮こませつつ素肌にタオルをあてがったとき、ブルンと一際大きくエンジンが唸りました。

「本日は遠路遥々ようこそいらっしゃいました。それでは発車いたします」

 運転手さまの渋めなお声と共にマイクロバスが走り始めます。

「えっ?お出迎えって、あたしたちだけのためだったんですか?」

 私も思っていた疑問をお姉さまがストレートに投げかけました。

「あ、いえ、結果的にはそうなのですが、お気になさらないでください」

 女将さまのご様子に少しの動揺を感じました。

「実はこの時間帯に外国からの団体のお客様もお迎えする予定でスケジューリングしていたのですが、なんでも昨日からお国のほうに台風が直撃してしまって飛行機が飛べなくなってしまったそうで…」
「それで急遽宿泊がキャンセルとなってしまったのですが、わたくしどもの宿は人里離れていますしタクシーでもワンメーター以上はかかってしまいます。それではわたくしどもも心苦しいので、喜んでお迎えに上がった次第です」

 女将さまが深々とお辞儀くださいます。

「でもご心配なさらないでください。代理店からちゃんと所定のキャンセル代金はいただけますし、団体さまの振り替え日時も決まりました。渡辺さまにはご予約いただいたお部屋よりも更にゆったり出来るお部屋に御案内させていただきますし、ご用意していた食材も、よりふんだんに使わさせていただきます」
「余裕が出来た分、より充実したおもてなしが出来ると存じます。もちろんご予約時にお約束した料金以上はいただきません」

 あくまでご丁寧な女将さまが、そこまでおっしゃって一息おつきになられました。

「それで、お手数をお掛けしてしまい恐縮なのですが、宿帳のご記入をお願いします。渡辺絵美さまに直子さま、でしたよね?」

 お姉さまに下敷きを敷いた用紙とボールペンが渡されました。
 窓の外を見ると山間の川縁登り坂を、マイクロバスは快調に進んでいます。

 ほどなくお姉さまがお書き終えたのでしょう、女将さまに用紙をお戻しなりました。
 チラッと覗くと、渡辺絵美、渡辺直子、と書いてあり、住所はふたりともオフィスが入っているビルの番地になっていました。
 もちろん何階何号室までは書かれておらず、違うのはそれぞれの生年月日とケータイ番号だけ。

「それにしてもさっきの足湯で、よくあたしたちが渡辺だっておわかりになられましたね?お約束の時間よりも10分くらい早かったのに」

 お姉さまが女将さまにボールペンをお返しになりながらお尋ねになります。

「あ、それは、先ほどのお電話で、何か目印になるようなお持ち物は?と宿の者がお聞きしたところ、赤い首輪、あ、いえ首飾りをされた女性とご一緒されている、とお答えになったとお聞きしていましたので」
「ブランド物のバッグなどをご指定されると、偶然同じ物を持たれた方が複数いらっしゃって当惑することも偶にあるのですけれど」
 
 首輪、のところで少し言い淀まれたものの、あくまでたおやかに微笑まれる女将さま。
 お姉さまってば、そんなお教え方をされていたんだ。
 
「不躾なのですが、おふたりのご関係は、ご姉妹、ですか?」

 宿帳?にお目を落とされた女将さまが思慮深気なご様子でおっしゃいました。

「あ、いえ、血は繋がっていません。この子はあたしにとっての嫁と言うか、恋人と言うか、そんな関係ということで…」

 照れたようにおっしゃるお姉さまに胸がキュンキュン!
 きゃー、嫁だって!恋人だって!

「あらー、最近話題のエルジービーティーでしたっけ?まあ素敵!」

 心做しか女将さまのテンションが上がられたご様子。

「そう言えば本日、わたくしどもをご利用いただくのはミサキさまからのご紹介でしたよね?やはりそういったご関係のお仕事をされているのですか?」

 女将さまのご表情が興味津々のお顔になられた気がします。

「あ、いえ、直接的にそういう仕事ではないのですが、衣装協力でおつきあいをさせていただいています」
「それで、ミサキさまからお伺いしたところ、御旅荘はそういった点についてはけっこうご寛大でいらっしゃるとお聞きしましたので…」

 お姉さまがイタズラっぽく私を振り向きました。

「直子、ちょっと立って、女将さんにあなたのお尻を見ていただきなさい」
「えっ!?」

 私と女将さまでぴったりユニゾン二重唱。

「あ、お尻って言っても、ここでこの子がパンツを脱ぐとかっていう意味ではありませんから」

 女将さまにお愛想笑いを向けられるお姉さま。

「ほら、早く立って、これから一晩お世話になるのだから、ちゃんとお見せしておきなさい」
「は、はい…」

 バスの窓際で立ち上がり、おずおずと通路側に背中を向けていきます。
 お姉さまを除けば今日初めて、自らすすんで日焼け跡のイタズラ書きをご披露することになります。
 なぜだか両手も後頭部へ。
 ドキドキとムラムラでヘンになりそう。

 お姉さまが背もたれにお背中を押し付けて空間を作り、女将さまによく見えるようご配慮されているご様子。
 私の恥ずかしい性癖を読まれている…下腹部だけにジンジン熱が集まってきています。

「こういう子なもので、出来れば御旅荘のお部屋や露天風呂などで個人的な趣味的に、プレイや撮影が出来たらな、とは考えているのですが…」
 
 横目でそっと窺うと、女将さまに向けて上目遣い、お姉さまにしてはお珍しくおもねるようなお顔。
 対する女将さまは、顎を少しだけお上げになり思慮深気なご思案顔。
 顎から喉元へのラインがキリッとした鋭角を描き出し、もの凄くお美しい。
 きっとイタズラ書きをご覧になった直後は、あらまあ、というお顔だったのでしょうけれど。

「かしこまりました。本日は、先ほどもご説明申し上げました通りお客様も少ないですし、他のお客様の御迷惑にならない程度にならば、ご自由におくつろぎになられてくださいませ。スタッフと仲居たちにもその旨、伝えておきますから」

 フッと目線を上げられた女将さまと、首だけ曲げて通路側を窺っていた私と、バッチリ目が合ってしまいました。
 私に向けて蕩けちゃうくらい妖艶に微笑まれる女将さま。

「ありがとうございます。直子?もう座っていいわよ。良かったじゃない?今日は宿をあげて直子につきあってくださるって。ほら、ちゃんときり乃さまに、マゾらしくお礼なさい」

 満面の笑みのお姉さま。
 艷やかに微笑まれる女将さま。

「わ、私みたいなヘンタイマゾにご配慮いただきまして、本当にありがとうございます」

 言ってしまってからカーッと熱くなります。
 今日の私のマゾテンション、相当舞い上がっちゃってる…

 気持ちを落ち着けようとバスの窓へ目を向けると、草木が青々と生い茂るなだらかな坂の底を、バスとは逆方向へと滔々と流れる川が見えます。
 その川沿いをバスは快調に飛ばしています。

 速度を緩めたバスが広めな川幅を渡る橋で曲がり、橋を渡り終えると傾斜の緩い坂を登る山道に入りました。
 生い茂る木々のトンネルをしばらく走り、やがて見えてきた大きく開けた場所。

「お疲れさまでございました、到着です。お足元にお気をつけてお降りくださいませ」

 足湯で出会ったときのはんなりした雰囲気にお戻りになられた女将さま。
 旅館の正面玄関前にバスが横向きで停まり、私たちが座っている座席のすぐ後ろのドアがスルスルっとスライドしました。

 お姉さま、私、女将様の順に石畳に降り立ちます。
 目前に人影が五、六人。
 
「ようこそいらっしゃいませ!」

 お揃いの鮮やかなオレンジ色の作務衣を召された女性が3名、運転手さんと同じ青い半纏を羽織られた和装の男性2名が、お宿の出入口であろう軒下にズラリと並び、深々としたお辞儀と共にお出迎えしてくださいました。

 お出迎えのみなさまの背後にそびえる建物は、山間の温泉旅館、と言われてパッと思い浮かぶイメージそのものを具現化したような、決してホテルという単語は浮かばない、まさに旅荘。
 カオナシさんが出てくる有名なアニメ映画の舞台となったお風呂屋さんを、上から押し潰して地味めに二階建てにしたような外観。
 玄関先に広がる、木々の一本一本までよくお手入れされた閑麗な庭園とも相俟って、和風レトロテイスト全開のひなびた雰囲気。

 お辞儀からお顔を起こされたかたたちのほとんどが一瞬、えっ!?というお顔になられたのは、私の姿に気づかれたからでしょう。
 赤い首輪と前結びシャツにローライズショートパンツ姿で素肌の殆どを晒している私の姿は、この純和風な郷愁さえ漂う空間の中、著しく場違いなのですから。

 ただ私は、こんなふうに和風レトロな雰囲気の中で、梁や柱に荒縄で、世にも恥ずかしい格好で縛られてお顔を歪ませている和服女性の緊縛写真を何種類も見たことがあり、それが憧れでもあったので、人知れずときめいたりもしていました。

「ご逗留中、渡辺さまの身の回りのお世話をさせていただきます、仲居のキサラギです」

 女将さまのご紹介で、列の真ん中に立たれていたオレンジ色作務衣の女性が、しずしずとこちらへと近づいてこられました。

「キサラギと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

 お姉さまの前で丁寧にお辞儀をされ、お顔をお上げになったそのご婦人は、女将さまよりもお年上っぽい?
 御髪をオールバックでキリリと束ねたご愛嬌のある丸顔のお顔に、人懐っこい笑みが浮かんでいます。
 いくぶんふくよかなその体躯とも相俟って母性を感じさせると言うか、頼り甲斐ありそうですごくいい人っぽい。

 そんなキサラギさまは、お姉さまから私へと視線を移され、私の形丸わかりバストを嬉しそうにじっと見つめた後、再びお姉さまへと視線を戻されました。

「それではお荷物をこちらへ。お部屋へご案内いたします」

 お姉さまから手渡されたバーキンを大事そうに抱えられたキサラギさまを先頭に、お姉さま、私、女将さまの順にお宿入口の自動ドアをくぐり広い三和土に到着、その後を残りの従業員さまたちがしずしずとつづかれました。

 三和土で靴を脱ぐお姉さまと私の背中を、みなさまが見守られています。
 これで私のお尻上の自己紹介、マゾですの、は、お出迎えに出られたみなさま全員に読まれてしまったことでしょう。


肌色休暇一日目~幕開け 11


2020年8月30日

肌色休暇一日目~幕開け 09

「あ、領収書ください。宛名は…」

 お姉さまが伝票の上に一万円札を乗せ、和服のご婦人に手渡しました。
 ご婦人はニコニコ微笑みながらお受け取りになり、正面に座っている私をまじまじと見つめてきます。
 笑みを浮かべたそのお顔の唇両端がわざとらしく不自然に上がっていることで、ご婦人が私の姿に呆れられ凌蔑されているのだとわかります。

「一万円お預かりいたします。お釣りと領収書をお持ちしますので、少々お待ちください」

 ご婦人が再びレジの方へと戻られるのを見届けてから、お姉さまがおっしゃいます。

「ほら、直子も立ってブラウス着ちゃいなさい」

 お姉さまのよく通るお声に促され、背中とお尻を店内に向けないように用心深く立ち上がります。
 鴨居に吊るしていたブラウスは、すっかり乾いていました。
 横向きのまま素早く袖を通してお姉さまのほうへと向き直ったとき、店内のすべてのかたの視線が自分に向けられていることに気づきました。

 それまでぎこちないお箸さばきでお蕎麦を啜っていた外国人さまたちのグループは男性も女性も一様にお箸を止め、こちらに背を向けている女性陣は背中ごと首を捻ってまでして、私の姿を凝視しています。
 
 学生さん風のカップルさんは、頬を寄せて私を見つつ何やらヒソヒソ内緒話。
 作務衣姿のおふたりももちろん厨房からのお料理受け渡し口のところにお立ちになり、じっと私を視ています。
 胃の腑を満たしていたお酒の火照りが瞬く間に全身に広がり、とくに両腿の付け根付近がジンジン熱を帯びていくのがわかりました。

 今やすべてのみなさまから目視できるであろうふたつの乳首突起を、わざと目立たせるみたいに無駄に胸を張り、ブラウスのボタンをおへそ近くのひとつだけ嵌めました。
 ポシェットをパイスラに掛けるとバストの谷間が凹み、なおさら勃起乳首が一目瞭然。
 ダメ押しするみたいにブラウスの裾まで引っ張ってしまう私。
 乳房が布地に押され潰れる感覚にキュンキュン疼く、ローターで蓋をされたマゾマンコ。
 
 お酒のせいでしょうか、理性が被虐願望を抑え込めません。
 快感に耐えつつ極力平然を装う私の視界正面に、和服のご婦人のニコニコ笑顔が再び近づいてきます。

「ありがとうございました。温泉、愉しんでいってくださいね」

 ご婦人からお釣りと領収書を受け取られ、お釣りのお札何枚かをチップとしてご婦人にお渡しになるお姉さま。
 いえいえ、まあまあ、お姉さまとご婦人との束の間の応酬の後、お約束通りお姉さまが私の右手を握ってくださり、手を繋いでゆっくりとお店の出口のほうへと歩き始めます。

 チラリと振り返ると、食べ終えた食器類が乱雑に並ぶお姉さまと私のテーブル。
 その中にポツンと置かれたまっ白い紙ナプキンの存在に、ドクンと跳ねる私の心臓。

 外国人さまたちのテーブル脇を通り抜けたとき、まるでお見送りくださるように私たちを視つづけていてくださったみなさまの中から、ヒュー、シーズソーフォクシー、という感嘆混じりな男性のつぶやき声が聞こえた気がしました。
 ドッという弾けたような笑い声から早口意味不明な外国語ガヤガヤの中、お店の出口までたどり着き、ありがとうございましたー、という男女混声ユニゾンのお声を背にお店の外に出ました。

 相変わらず情け容赦無くギラギラな残暑。
 冷房の効いたお店から野外の炎天下なのでうんざり加減もひとしおなのですが、今の私には大した問題ではありません。
 そんなことよりも…

「お姉さま?私のスマホ、大丈夫でしょうか?」

 お蕎麦屋さんからほどほど離れた、庇の飛び出た日陰でお姉さまが立ち止まられ、私に振り向かれたのをきっかけに、心中の不安を勢い込んで投げかけました。

「大丈夫って、何が?」

 わざとらし過ぎるお姉さまからの素っ気無いご返事。

「何がって、あの、そのまま盗られちゃったり、あ、忘れ物っていうことで交番に届けられちゃったりしたら…」

「そうね。遺失物として警察に届けられでもしたら猥褻物陳列罪で捕まっちゃうかもね。なんてたって直子の無修正女性器丸出しだもの」

 からかうようにイジワルい笑顔で私を見つめてくるお姉さま。

「なーんてね。びびった?でも、テーブルを片付けたらすぐに気がつくはずだし、すぐにお店の人が追いかけて来て返してくれるわよ」

 お姉さまはご愉快そうにそんなフォローをしてくださいますが、それが問題なんです。
 忘れ物スマホに気づいて手に取り、それを持ち上げた途端にディスプレイに浮かび上がる私の恥ずかし過ぎる待受画像。
 どなたかが手にしているあいだは、消えても何度でも呼び戻すことが出来るのです。
 あんな恥晒しな写真を、いったい何人のかたに視られてしまうのか…

「誰があたしたちのテーブルを片付けてスマホを手にするか、でその後の展開が変わりそうよね?あの店員の女の子か男の子か、それともお店の女将さんらしい、あの和服のおばさんか…第一発見者が面白がって店中のみんなに見せて回る、ってことも充分ありうるでしょうし」

 私が一番気になっていることをイジワル笑顔全開でお姉さまがつぶやかれます。
 第一発見者、私の希望としては、女の子、ご婦人、男性の順。
 そして、絶対ありえないとわかってはいるのですが、あの画像を万が一ダウンロードされてご自分のケータイなどに保存され面白半分にネットのSNSなどで公開されてしまったら…という恐怖が頭の中で渦巻いていました。

「まあしばらくこの辺で待ってみて、返しに来ないようだったらあたしから直子のスマホに電話してあげるわよ」

 お姉さまの笑顔が悪魔のよう。
 そんなことをされてしまったら恥辱画像だけではなく、私のヘンタイ過ぎる音声までお蕎麦屋さん店内に鳴り響いてしまいます。

「ま、仕方ないわよね。これは直子があたしとの約束を破った、お仕置きなのだから」

 お姉さまがご自分のスマホ画面にわざとらしく視線を落とされ、私の心臓がドキンッ!
 すぐにお顔を上げられニヤッとされたかと思ったら、あっ!とお声を上げられました。
 私の肩越し、遠くのほうの何かを見つめられています。
 私もつられて振り返ります。

 先ほどのお蕎麦屋さんの引き戸の前で、作務衣姿のどなたかがキョロキョロ周辺を見渡されています。
 その右手には、遠目で小さいながら見覚えのある私のスマホ。
 目を凝らすと作務衣姿のかたは、お料理を運んでくださった男性のようでした。

「ほら、言った通りでしょう?さっきの店員さんよ。さっさと返してもらってきなさい」

 お姉さまがまだ目を凝らしている私の背を軽く小突きました、
 小突かれるのと同時に、私は作務衣姿の男性のほうへと小走りに駆け出していました。

 男性への距離は10数メートルくらい。
 右手に私のスマホをお持ちになり、左手は手ぶら。
 周囲をキョロキョロ見回しつつ、時たま食い入るように私のスマホ画面を見つめています。
 ああん、完璧に視られちゃってる…

「ごめんなさい、私さっき、お店のテーブルにケータイ、忘れちゃったみたいで…」

 男性まであと数メートルと近づいたところで、息せき切ってお声掛けしました。
 まだ駆け寄っている最中なので、薄い布地の下のおっぱいがプルプル上下しています。

「あっ!」

 男性の視線が私へと向き、驚かれたようなご表情で私を見つめ、そして再び視線はスマホ画面へ。
 近づく私の胸はプルンプルン弾み、ブラウスの前立てや裾も風で割れて、おへそも下腹部も太股の付け根まで肌色丸出しのはずです。
 
 男性は何度かその動作をくりかえされていました。
 見比べていらっしゃるんです。
 生身の私とスマホ待受画面の私の画像とを。
 その画像の私は、覆う衣類一枚無い剥き出しのおっぱいと女性器をこれみよがしに晒し、おまけにご丁寧に自ら肉襞まで押し広げて膣内まで視せてしまっているんです…

「あの、わざわざお店の外まで探しに出てくださったのですね?ありがとうございます。お手数をおかけしてしまい申し訳ございませんっ!」

 今すぐどこかへ逃げ去りたいような恥ずかしさと被虐を感じつつ、なんとか作務衣の男性のすぐ傍らまで近づきペコリと頭を下げ、早口でお礼を述べてから右手をそっと伸ばしました。
 私の腕の動きにつられるように、スマホを握っている男性の右手もそろそろと私の差し出した手に近づいてきたのですが、あと十数センチというところでピタッと止まり、ススっと背中側に引っ込んでしまいました。

「えっ!?」

 思わず声が出ると同時に、初めて男性のお顔をまっすぐに見ました。
 街でよく見かける眉にかかるくらいのメンズマッシュ、中肉中背、全体的に小さめ地味めな目鼻立ち。
 一回目線を切ったらもう忘れてしまいそうな、印象薄いよくあるお顔立ち。
 ただ、その小さめな瞳だけが好奇心を抑えきれず、ランランと輝いていることだけはわかりました。

「ねえ、君ってエーブイ女優の人なの?」

 お店でのマニュアル的なご対応とは打って変わって、少し上ずったずいぶん馴れ馴れしい口調で尋ねられました。

「えっ!?ち、ちがいますっ!」

 ご質問があまりにも想定外過ぎて、思わず大きな声で即座に否定してしまいます。
 なんだか脱力してしまい伸ばしていた右腕がだらんと垂れ下がってから、問われたお言葉の意味を反芻し、男性の思考の身勝手さを垣間見た気がして、性的な意味ではなく生理的な拒否感で全身がブルッと粟立ちました。

「だって、そんな首輪なんかしてそんな格好で、こっちの写真なんて、全部見せちゃってるじゃん」

 一歩後ずさった私にお構いなしで待受画像を私に向けてくる男性。
 お言葉羞恥責め、と捉えることも出来るシチュエーションですが、男性の発しているオーラが性的に生々しいというか、生臭過ぎるんです。

 馴れ馴れしいを通り越して図々しさまで感じさせる、軽薄にくだけきった雰囲気。
 繁華街を歩いていると唐突に話しかけてくる種類の男性とも共通する口調、本心は別のところにあるのであろう胡散臭い薄笑み。
 被虐にも傾きかけていた私の中のマゾメーターは一気に、不安感へと揺り戻されました。

「あ、それともあの怖そうな女の人に脅されてるとか?何か弱み握られたとか、パワハラのイジメとか」

 男性が私の肩越し方向を、横柄に顎だけしゃくって指し示します。
 つられて振り返ると、お姉さまはさっきと同じ庇の下でこちらを向き、遠くから私を見守ってくださっているようです。
 右手でビデオカメラを構えてレンズ越しに、ではいらっしゃいますが。

「そ、そんなことありませんっ!お姉さま、あ、いえ、あそこにいるかたは、私の一番大切なかたで、脅したりパワハラするようなかたではありませんっ!」

 見守ってくださっているお姉さまのお姿を確認したことで、俄然勇気が湧いてきました。
 一刻も早くスマホを取り戻して、お姉さまのお傍に戻らなければ。

「そ、そんなことより、早く私のスマホ、返してくださいっ!」

「ふうん。AVでもなくて無理矢理誰かにやらされているんでもないんだったら、なんでそんなエロい格好して、わざわざ人目の多い観光地をウロウロしているんだよっ?」

 私の強気な勢いが癇に障ったのか、もはやフレンドリーな取り繕いも放棄して、野卑な性的好奇心丸出しのぞんざいな口調。
 これほど好色剥き出しでギラついている成人男性のお顔を間近で見るのは、生まれて初めてです。

 そしてやはり私は、男性ではダメだ、と今更ながらに再確認します。
 言葉の端々に滲む高圧的な根拠の無い俺様感、女性とは明らかに違う獣じみた体臭、肉体的にねじ伏せればこっちのもの的な威圧感、…
 その粗野な振舞いの前では、性的興奮や被虐願望など水中に没したワタアメみたいに萎び、恐怖と嫌悪しか感じられません。

「そ、それは…」

 どうやってスマホを取り返そうか、と頭をフル回転させながら、男性のご質問にもお答えしようと口を開きました。

「それは私が、私がマゾだからです…」

「えっ!?」

 自分でも思いもよらなかった答えがごく自然に自分の口から飛び出してしまい、言い終わえた後、心の中で、えっ!?という驚愕を男性とユニゾンしてしまいました。
 自分で言ってしまった言葉で、マゾの血が全身にジワジワぶり返し始めます。

 男性も一瞬、虚を突かれたように固まっていましたが、やがて言葉の意味を理解されたのでしょう、ますます下卑た笑みを浮かべてズイっと私のほうへ一歩、詰めてきました。

「マゾって、やっぱヘンタイ女じゃん。そんなエロい格好やこんなスケベな写真視られて悦んでるってことだよな?マゾってイジメられるのが嬉しいんだろ?」

 その粗暴な振舞いと口調にマゾの血は再びスーッと引き、滾るのは嫌悪感ばかり。

「そんなことはあなたには関係ないことです。早くケータイを返してください。返さないのならお店に入って店長さんとか偉い人に、あなたの失礼な振舞いを言いつけますっ!」

 勇気を振り絞って、頭に浮かんでいた脅し文句を、ありったけの怒りを込めて口にしました。
 男性に言葉を投げつけている最中、フッとやよい先生、中学高校時代私が通っていたバレエ教室の先生で私のSM初体験のお相手の女性、のお顔が脳裏を横切りました。

 男性はいまだに語気荒い私の反撃に少し怯んだようで、いたぶりを愉しんでいたのであろう、にやけた視線が気弱そうにスッと外れました。

「ま、まあそんなにマジになるなよ、ちょっとからかっただけじゃん。わかったから、ちゃんとケータイは返すから」

 男性がいきなり卑屈なお顔つきになり、後ろ手で隠していた私のスマホをおずおずと差し出してきます。
 せっかく暗くなっていたのに動かしたせいでディスプレイに浮き上がる私の裸身。

 受け取ろうと私が手を伸ばすと、再びスイっと腕を引っ込める男性。
 あーもうっ!なんなの?この人…

「ケータイは返してやるからさ、その代わりそのヤラシイおっぱい、触らしてくんない?服の上からでいいからさ。ノーブラ乳首、エロ過ぎ…」
「マゾだったら、そんなのむしろご褒美じゃん?誰でもいいから男にいじられたくて、ヤラれたくてウズウズしてるマゾ女なんだろっ?」

 ドスケベオーラ全開で迫りくる男性の汗臭い体臭。
 瞬時に跳ね上がる憎悪、そしてなぜだか恐怖よりも、必死な男性に対する呆れと侮蔑、そして憐憫。

 そのときでした。
 より縮まってしまった私と男性との物理的距離の、その僅かな空間に響き渡るエロさ全開の淫声。

「これが直子のマゾマンコです…奥の奥まで、どうぞ、じっくり、視てください…」

 男性と私、同時に固まりました。
 私の中のマゾっ気、被虐欲が瞬時に全身を駆け巡ります。

 おそらく着信と同時にスマホが振動しているのでしょう、後ろ手に隠していた私のスマホを怖いものでも見るように恐る恐るご自分の目の前へと持ってくる男性。
 無情にリピートする私のマゾ宣言。

「これが直子のマゾマンコです…奥の奥まで、どうぞ、じっくり、視てください…」

 男性にはくりかえし聞こえてくる着信音が告げる文言の意味が、掴み切れていないご様子。
 唖然とされたご表情で、私の目前で呆然とスマホ画面を凝視される男性。

「あんっ、ダメぇ!いやんっ!」

 先に我に返ったのは私のほうでした。
 無防備に握られていた男性の右手からスマホを文字通りの意味でひったくり、あわてて着信ボタンを押して自分の淫声を遮りました。

「あっ!てめえ…」

 スマホをひったくられてやっと我に返られた男性。
 私のほうへともうニ歩三歩詰め寄ろうとされたときには、私はお姉さまへと一目散に駆け出していました。

「おいっ、ヘンタイマゾ女っ、それじゃ話が違うだろうがっ!」

 男性の遠吠えが小さく届く頃には、私はすっかり頼もしいお姉さまの傍ら。
 今にもこちらへ向けて駆け出して来られそうな勢いでしたが、お姉さまにずっとビデオのレンズを向けられているのに気がつかれたのでしょう、最後に精一杯虚勢を張るように私たちを睨みつけた後、すごすごとお蕎麦屋さんの店内へと戻っていかれました。

「なんだか揉めていたみたいだったからさ、助け舟のつもりで電話してみたのだけれど」

 お姉さまとやっと再び手を繋いで庇を出て、旅館さまとのお約束場所だという足湯の方向へ向かっています。

「ありがとうございます。あれでなんとか私のスマホ、取り返せました」
「で、なんで揉めていたの?」
「それが、あの人がすぐにスマホを返してくださらなくて、AV女優か?なんでそんなエロい格好しているんだ?なんて聞かれて…」
「ふーん。それで直子は何て答えたの?]
「それが…自分でもそんなお答えするつもりはぜんぜん無かったのになぜだか、私はマゾだから、って…」
「あらら、真っ正直に教えちゃったんだ?」

 お姉さまがこれ以上ご愉快なことはない、というくらいの嬉しそうなご表情で私の顔を覗き込んでこられます。

「それで、あの男の子は何て言ってきたの?」
「あ、はい…マゾのヘンタイ女だったら、イジメられるのはご褒美だろう?おっぱいを触らせればスマホを返してやる、って…」
「ふふん。あの年頃の男ってそうよね。画像と生身の直子で下半身もギンギンだったろうし。でも男性苦手な直子にとっては、すごく怖かったんじゃない?」
「は、はい…それでどうしようかと迷っているときにお姉さまからの着信が来て」
「それであの男性ともどもフリーズしちゃって、一瞬早く隙を見つけた私が奪い返すことが出来たんです。これもお姉さまのおかげです、ありがとうございます」
 
 繋いでいる右手を、感謝を込めてギュッと握り返す私。
 お姉さまも私の顔を覗き込み、ニコニコ笑顔をお返してくださいます。

「なるほどね。やっぱりあの店員はあたしの読み通りのヘタレだったんだ。おっぱい触らせろ、ってガキンチョか。あたしは、一発ヤらせろ、くらい言われているんじゃないかって、ちょっとハラハラ心配していたのに」
 
 ご本心なのか、ただのご冗談としてのからかいなのか、お姉さまの少しだけ火照ったお顔からは読み取れませんでした。

「でも、今回のことではっきりわかりました。やっぱり私は、男性とは性的なあれこれは愉しめないんだな、って」
「これまでの色んなアソビで、心もからだもちゃんと気持ち良くなれたのは、全部お姉さまのおかけだったんだな、って」

「ふーん、あたしのお仕置きがちゃんと効いたみたいね」

 照れたようなお困り顔になられたお姉さま。
 繋いでいる手を握る力を、突然あからさまにお緩めになりました。
 私は、離しません、という想いを込めて、いっそう力を込めて握り締めました。


肌色休暇一日目~幕開け 10


2020年8月16日

肌色休暇一日目~幕開け 08

「あ、はい…ごめんなさい…」

 座ってもまだ肩から提げていたポシェットを開き、おどおどとスマホを取り出します。
 手に持った途端に明るく浮かび上がる、自分のオールヌードくぱぁ画像。
 おずおずとテーブルの上に表向きで置くと、しばらく公然に晒されてからスッと暗闇に消えてくれました。

 それを見届けてから、今度はパイスラのポシェットを外し、ひとつだけ留めていたブラウスのボタンも外します。
 こんなスケスケの役立たずなブラウスでも、こんな場所で自ら脱ぐ、という行為には羞恥と躊躇が生まれます。
 これを脱いでしまったら、トップとボトムだけの下着姿も同然なのですから。

 それでもお姉さまからのご命令、意を決して両袖から汗ばんだブラウスの袖を抜きました。
 脱いだブラウスはお姉さまが引き取ってくださり、空席となっているお隣の椅子の背もたれに掛けてくださいました。

「こうしておけば、出る頃には乾くでしょ。さてと、直子は何が食べたい?」

 お店には、軽やかなピアノを中心にしたジャズっぽい音楽が流れています。
 でも、それを掻き消すみたいに、きっと随分年季が入っているのでしょう、店内二箇所に設えられた大きめなエアコンから発せられるブーンという低音もずっと聞こえています。

 私にも読めるようにと横向きでメニューを開いてくださるお姉さま。
 綺麗なカラー写真付きで美味しそうなお料理が満載です。

 美味しそうではあるのですが、今の私はメニューに集中することが出来ません。
 だってブラウスを脱いでしまった私は、素肌の殆どの部分を外気に晒してしまっているのですから。
 それもプライベートなお部屋内ではなく、どなたでもお出入り自由な温泉地のお蕎麦屋さん店内で。

 現に今も新しいお客様、ご年配のおじさまと若い女性のカップルさんがお見えになり、先客のおふたり連れのお隣のお席に着かれました。
 おじさまが私の姿に目を惹かれたようで、たぶん首輪だと思いますが、女性に何やら耳打ちをされ、背中を向けていた形の女性も首だけひねって私を視てきます。

 私は身を固くしてメニューに集中しているフリでうつむきます。
 でもやっぱり気になって、そちらを上目でチラチラ窺ってしまいます。

 今の私は、街中のお蕎麦屋さんにひとりだけキワドイ隙だらけの水着姿で座っているようなもの。
 これがたとえば海水浴場の近く、とかならば、みなさま開放的でさして目立たないのでしょうけれど、ここでは明らかに日常の中の異物。
 
 なんでここでその格好?なんで女連れ?なんでノーブラ?なんで首輪?
 そんな疑問が湧くのは当然です。
 私のマゾ性が理性を、ジワジワ隅っこへと追い詰め始めています。

「やだ、直子にぴったりのお蕎麦があるじゃない。ちくびそば、だって」

 メニューの写真を指さし、はしゃいだお声を上げられたお姉さま。

「えっ?」

 そのお声でフッと理性が戻る私。
 そんなお蕎麦あるの?お姉さまのしなやかな指が置かれているメニュー写真を確認します。
 本当だ、乳首そば(かけ・せいろ)って書いてある…あれ?でもこれって…

「あの、お姉さま、これ、首じゃなくて、きのこっていう字じゃないですか?」

「あ、本当だ。茸っていう字だね。じゃあ何て読むんだろう?ちちだけそば?」

「下にローマ字で小さく書いてあります。Chitake-Sobaって」

「ふーん、ちたけそばね。初めて聞くけど面白いんじゃない?字面が気に入っちゃった。注文お願いしまーすっ!」

 お言葉の後半でお姉さまはまっすぐ高く右手をお挙げになり、お店のかたをお呼びになりました。

「はーいっ!」

 先ほどの作務衣の女の子がいそいそと近づいてこられました。
 あらためて見ると、小柄で目がパッチリ大きくて小さいお顔にひっつめポニーテール、どこかのアイドルグループの一員と言われても信じられるくらい可愛らしいかた。

「この乳茸そばっていうのは、たぶん乳茸っていう茸が入っているのよね?どんな茸なの?」

 お姉さまがメニューを指さしつつ、お尋ねになります。

「あ、はい。具材としても入っていますが、よいお出汁が取れるんです、この茸」

 私の胸にチラチラ視線を飛ばしつつ、お答えになる女の子。

「あたし最初、乳首そばって読んじゃって、ギョッとしちゃった」

「ああ、間違われるかた、たまにいますよ。ご年配の男性とか、嬉しそうにお下品なご冗談をおっしゃるかたも」
「乳茸っていうのはこの辺で夏から秋にかけて採れる茸で、切るとミルクみたいな白い液が出るのでこの名前になったそうです。香りが凄くいいんですよ」

 お姉さまと傍らに立たれた女の子、フレンドリーに会話されています。
 女の子はお愛想よくお姉さまのお相手をされながらも、視線が頻繁に私へ。
 布地を突き上げているふたつの突起がどうしても気になるみたい。
 少しつま先立ちになって、座っている私の剥き出しなお腹の更に奥を覗き込むような仕草も。

「なるほどね。それじゃあこの乳茸そばをせいろで二人分と…」

 お姉さまがご注文を告げつつ、テーブルに置いたご自分のスマホを手に取られます。
 ドキンと跳ねる私の心臓。
 私のスマホは女の子からも、充分に画面を目視出来る位置に置いてあります。

「あと、湯葉刺しと卵焼きをひとつづつ、それと、この地酒の冷酒の2合ボトル1本ね。グラスはふたつ」

 よどみなくご注文を告げられた後、ついでという感じでお手元のスマホをポンとタップされました。

「んっ!」

 吐息を洩らしたのは私。
 股間のローターが緩く振動し始めたのです。

「お酒はすぐにお持ちしていいですか?」

 にわかに挙動が不審になった私を興味津々な瞳で見つめつつの女の子のお尋ね。

「うん。食前に乾杯したいからね。よーく冷えたやつ持ってきて。いいわよね、直子?」

 直子?という呼びかけと一緒に、スマホ画面上のお姉さまの指がスッとスワイプしました。

「あんっ、あ、はいっ、はいぃ…」

 ローターの震えが一段と激しくなり、股間からブーンという音さえ聞こえてそう。
 椅子に座っている姿勢なのでデニム越しの膣穴は椅子の薄いお座布団に密着しています。
 ローターのモーターがその下の民芸風な木製の椅子もろとも震わせているような感じ。
 エアコンの音にうまく紛れてくれていれば良いのですが…

「それでは、ご注文は、乳茸そばをせいろで二人前、単品で湯葉刺しと卵焼き、冷酒二合を食前に、でよろしいですね?」

 テーブルに前屈みになって快感に耐えている私の頭上を、女の子の涼やかなお声が通り過ぎていきます。

「あ、あと氷入りのお水を一杯、お酒と一緒に持ってきてくれる?この子、日本酒弱いから、チェイサーにしたいの」

「はい。かしこまりました。では少々お待ちください」

 女の子がテーブルから離れたとき、やっとローターが止まりました。
 ハァハァ息を切らし、うらめしげにお姉さまを見上げる私。

「お姉さまぁ…あんまりイジメないでください…それでなくてもこんな格好で恥ずかしいのに…」

「あら、何言ってるの?あの可愛い従業員さんが物怖じしないでじっくり直子のこと視てくれるから、あたしもちょっとサービスしてあげただけじゃない」
「直子だって嬉しかったでしょ?あの子の目の前でマゾマンコが震える音、聞いてもらって」

 ヒソヒソ声で、私の抗議を一蹴されるお姉さま。
 私がまだお姉さまをうらめしげに見つめていると、その視界に女の子が再びツカツカと近づいてこられました。

「あの、お客さま?そのお召し物、汗で湿っているのなら、このハンガーをお使いください。高いところに干したほうが乾くのも早いと思いますよ?」

 空席な椅子の背もたれに掛けてあったブラウスを指差し、針金製のハンガーをお姉さまに差し出してくる女の子。

「あら、気が利くのね。遠慮なく使わせていただくわ」

「はい。その壁の上の鴨居に掛けると、ちょうどエアコンの風が当たってイイ感じかな、と」

 私が背にしている壁の上のほうを指さされた女の子。
 相変わらず私のバストをまじまじと見つめてきます。

「そうね。ほら直子、あなたが掛けなさい」

 スケスケブラウスをハンガーに掛け直して一番上のボタンだけひとつ留め、対面の私に手渡そうと右腕を伸ばされるお姉さま。
 受け取るために私も手を伸ばしたとき、いらっしゃいませ~、のご挨拶とともにガヤガヤと数人の方々がご来店。
 今度は欧米系らしき外国人さん4人連れ、男性2女性2のグループさんでした。

 つづけざまに大学生風カップルさんが一組。
 ふと気づくとあまり広くない店内がほぼ満席、私たちの隣の四人掛けのお席以外、全テーブルが埋まっていました。

 忙しくなってきたのに私たちのテーブルからまだ離れない女の子。
 彼女はたぶん、私を立たせたくてハンガーを持ってきてくださったのだと思います。
 私の全身、ブラウスを脱いだらどういう姿なのかを確認したくて。

 ブラウスを鴨居に掛けるために立ち上がるとしても、店内のみなさまに背中を向けてしまうことは絶対に避けなければなりません。
 私のお尻の少し上には、自分の性癖を明記した恥ずかしい日焼け文字が記されているのですから。
 素肌が剥き出しとなっている今、どんなに素早く済ませたとしても、カタカナひらがなの5文字はいともたやすく読めてしまうことでしょう。

「ほら、何をもたもたしているの?さっさと掛けちゃいなさいよ」

 すべてを察していらっしゃるであろうお姉さまが、ご愉快そうに煽ってこられます。
 私は観念して、ハンガー片手に立ち上がります。

 幸いなことに私たちのテーブルはお店の隅、私は壁を背にして座っているので、立ち上がっても横向きでいれば、その背中側も直角を作ってつづく壁面でした。
 お尻をお店の内部側に向けさえしなければ、どなたにもイタズラ書きを読まれる心配は無い位置です。

 ただし、立ち上がるとテーブルは私の腿の位置、剥き出しのお腹から狭すぎるデニム地パンツ下まで、半裸の肌色のほとんどが丸出しとなりました。
 横向きになると、尖った乳首の突起も余計に目立つことでしょう。
 私が立ち上がった途端、お店にいらっしゃるすべてのお客さま、従業員さまの視線が私のほうへと集中するのを感じました。

 晒し者、という言葉が頭の中を渦巻く中、素早くハンガーを鴨居に掛け、素早く着席しました。
 腰を下ろす途中、今しがた見えられた外国人男性のおひとりと目が合ってしまい、そのかたは、口笛を吹くように唇をすぼめられた後、パチンとウインクをくださいました。

 作務衣の女の子もいつの間にかいなくなられて、お姉さまはうつむいてご自分のスマホを何やらいじられています。
 いつまたローターがオンになるか、私のスマホが着信してしまうか、ドキドキソワソワしながら、ふと今しがた鴨居に掛けたスケスケブラウスを見上げました。

 このお店の民芸調渋めインテリアの中でひどく不釣り合いな、ほんのり白いスケスケブラウス。
 お店内のどなたの視界にも入る高さに、これ見よがしなセクシーアンドガーリーな異物。
 それはまるで、こんな破廉恥な服を着ていた女が何食わぬ顔してここにいますよ、と知らしめる目印のようにも思えます。
 お店中のみなさまから、ヘンタイ女と蔑まれる妄想に没入しかけたとき、近づいてくる人影に気がつきました。

「お待たせしました。こちら、冷酒となります」

 えっ?男性?

 お声のしたほうを見ると、先ほどの女の子とお揃いの作務衣を着たお若い男性が、お酒の瓶とコップを乗せたお盆を手に、お姉さまの横にたたずんでいました。

「ありがとう。お水はこの子の前に置いてあげて」

 お姉さまのご指示で、お盆の上のものを次々にテーブルにお置きになる男性。
 その視線がずーっと私に注がれています。

 最初こそ驚いたようなお顔ですぐ視線を逸らされたのですが、それからチラチラと盗み見るように私の首輪、胸やお腹、下腹部へと散らばり、お盆が空になる頃には好奇心丸出しの好色なお顔で、バストの突起や太腿の付け根を凝視してきました。

「あ、それからこれはお通しの季節の山菜で、こちらが湯葉刺しになります。わさび醤油がお薦めですが、お好みでこちらのポン酢、ゴマダレもお使いください」

 すべてをテーブルに並び終え、名残惜しそうに離れていく男性。
 厨房に向かうあいだも何度もこちらを振り返っていました。

「凄い勢いで直子のからだ、ガン見していたわね、今の子」

 お姉さまがお酒をグラスに注いでくださりつつ、ご愉快そうにおっしゃいました。

「見たところウブそうだから大学生のバイトくんってとこかしら。直子のその格好は刺激が強すぎたみたいね。困惑と嬉しさがごちゃまぜになって、どうしたらいいのかわからない、って顔してた」
「必死にお澄まし顔していたけれど直子も気づいていたのでしょう?どうだった?あれだけガン見されて」

「あ、はい、すごく、恥ずかしかった、です」

「でも気持ち良かった?」

「あ、はい…」

「直子が苦手な男性でも?」

「はい…」

 男性とわかった瞬間は少し怯みましたが、チラチラ視られるたびにゾクゾク疼き、好色丸出しなお顔で凝視されると、蓋をされたマゾマンコがキュンキュンと咽び泣くのがわかりました。

「直子今、ちょっとヤバいくらいマゾ顔になっているわよ」

 からかうようにおっしゃってからじっと私を見つめた後、お姉さまが気を取り直すようにつづけられました。

「ま、それはそれとして、あたしたちのバカンスの初日に乾杯しましょう。まずは温泉で直子がたくさん辱められますように、カンパーイ!」

 身も蓋もないお姉さまの音頭で、グラスをチンと合わせます。
 よく冷えた冷酒はフルーティで、冷たい液体が心地よく喉を滑っていきます。
 お店に入ってから緊張の連続で、思いの外喉が乾いていたみたい。

「んーっ、平日の真昼間から温泉地のお蕎麦屋さんで冷や酒なんて、なんだか文豪にでもなったみたい」

 お姉さまの可愛らしいご感想。
 私もお酒が胃の腑に落ちた途端、からだも心もなんだかフワッと軽くなった感じ。
 それにつられるように、ジワッと食欲が高まりました。

「直子は日本酒だとすぐに酔っ払っちゃうんだから、ちゃんと水も飲んでセーブしなさい」
「こんな時間から理性失くされちゃったら、いくらあたしでも面倒見きれないからね」

 お姉さまから釘を刺され、氷の浮いたお水をゴクリと一口くちにしたとき、メインディッシュの乳茸そばが運ばれてきました。
 
 運んで来られたのは先ほどの作務衣の男性。
 再び舐めるように私の全身を視姦しつつ、お盆からお料理をテーブルに置いてくださいます。
 
 お酒のせいかさっきより余裕の生まれた私は、視線を意識してときどきわざと胸を両手で庇ったりして、恥じらいながらも視られるがまま。
 心の中では、ちゃんと視て、イヤらしいでしょ?もっとよく視て、と懇願しています。
 マゾマンコの潤みはとうとう決壊して、腿から垂れたおツユが一筋、ふくらはぎへと伝い滑るのがわかりました。

「へー、本当にいい香り。これは食欲そそるわね。いただきましょう」

 お姉さまのお言葉で私にしては珍しく、性欲から食欲モードへとあっさり切り替わりました。
 それだけお腹が空いていたのかな。
 確かにテーブル上から、まつたけにも似た良い香りが漂っていました。

「いただきます!」

 お姉さまと差し向かいで手を合わせてから、せいろのお蕎麦に箸を伸ばします。
 ズルズルズル…美味しい!

 茸独特のコクのあるお出汁が効いたつけ汁には、乳茸と思われる茸とお茄子のザク切りが浮かび、これらもおツユをほどよく吸って、噛みしめるほどに滋味が広がります。
 冷たいお蕎麦に温かいつけ汁というコンビも相性良く、スルスルと喉を通っていきます。

 お出汁の効いた卵焼きとわさびの効いた湯葉刺しを箸休めにして、ふたり無言で食べ進めました。
 時折チビッと口をつけるお酒の冷たさも格別で、どんどんお箸が進んでしまいます。
 
 ただ、何気なく視線を上げたとき、厨房への出入り口のところで作務衣の女の子と男性がこちらを見ながら、何やらヒソヒソとお話されていたのが気にはなりましたが。

「ハァー美味しかった。おツユが美味しいからせいろとお酒追加、って言いたいところだけれど、やめておきましょう。温泉旅館のお夕食って量が多いらしいし」
「それにお蕎麦屋さんでのお酒は長居せずにほろ酔い腹八分が粋、って言うしね」

 お姉さまがボトルに少し残っていたお酒をご自分のグラスに注ぎ、グイッと飲み干されます。
 私はすでに、一杯目のお酒とチェイサーの氷水を両方、全部飲み干していました。
 少しだけ胃の腑がポカポカしています。

「それじゃあそろそろ、待ち合わせ場所に行きましょうか。外は暑いだろうけれど、足湯も気になるし」

 お姉さまが傍らの伝票をお手に取り、お背中ごと曲げて店内を見渡します。
 私もつられて見渡すと、店内には外国人さんの4人連れと最後に入ってきた大学生風カップルさんしか残っていませんでした。

「さすがに昼間っからお酒飲んでまったりする人は少ないのね。まあ、みんなもこれから心待ちにしていた温泉だろうし」

 お独り言ぽくおっしゃったお姉さまの右手がスクっと挙がります。

「お勘定お願いしまーす」

「はーい、ただいま」

 どなたなのか、弾んだ女性のお声がやまびこみたいに返ってきました。

「直子はブラウス着直して、お勘定したら手を繋いで一緒に出ましょう」

 嬉しいことをおっしゃってくださった後、ニッと笑って手招きされ、顔を近づけた私の右耳に唇を近づけられます。

「直子はわざとここに、このままスマホを置き忘れなさい。これは命令よ」

 卓上の白い紙ナプキンを一枚お取りになり、私のすぐ前に置きっぱなしだったスマホ上にそっと置いたお姉さま。
 私のスマホがすっぽり隠されてしまいました。
 
 ずっとレジ前に陣取っていた和服姿のご中年のご婦人が私たちのテーブルへと、ゆっくり近づいてこられました。


肌色休暇一日目~幕開け 09