2010年10月31日

トラウマと私 16

「姉貴もそのとき、すごくびっくりしちゃって、懐かしさもあって思わず声かけそうになったんだけど、こっちは仕事で向こうはプライベートだし、よく考えるとお互い気まずいシチュだしで、なんとか踏みとどまったんだって」
「姉貴は、さっき言ったみたいに髪型変わってて高校生の頃の面影全然無いから、百合草先生にはまったく気づかれなかったみたい」

「それで、その二人のことを仕事しながら露骨にならないように、チラチラと注目してたんだって」
「お相手の女性が本当に綺麗な人で、そのまま今すぐ女優さんになれそうなほど、それも誰が見ても清純派のね」
「その女性がかいがいしく百合草先生にお料理取ってあげたり、フォークで口元まで持っていって食べさせてあげたりしてるんだって」
「姉貴流に言うと、一見その女の人が攻めで百合草先生が受けに見えたけど、あの女の人は誘い受けね、たぶんベッドでは百合草先生が攻め、だって」

「とにかく久しぶりにすごくコーフンした、って姉貴ノリノリだった」
「姉貴も今まで何組かビアンカップル見たことあるけど、あんなにカッコ良くて美しいカップルはいなかったって、例えがヘンだけどタカラヅカみたいだったって」

「とまあそんなワケで、百合草先生はやっぱり名前の通り百合だった、っていうお話でしたー」
曽根っちがおどけてお話を締めくくりました。

「なんて言うか、ビミョーな話よね」
ユッコちゃんが腕を組んで思慮深げな顔になっています。
「百合草先生って、愛子たちにレッスンするときは、どうなの?なんかヘンなこととかするの?」
聞いてきたのは、あべちんです。
「まさかー。普通に熱心に指導してくれてるよ。別にえっちな目付きでもないよねえ?なおちゃん?」
「うん。そんなこと感じたことなかった」
そう答えながらも私は、今の曽根っちのお話に内心すごい衝撃を受けていました。
「そんなに綺麗な大人のカノジョさんがいるんでしょ?ワタシたちみたいな子供は、まったく眼中にないのよ、その先生」
しーちゃんが嬉しそうに言いました。

「ねえ、曽根っち?」
何か考え込むような顔をしていた愛ちゃんが曽根っちのほうに顔を向けました。
「今の話なんだけどさ、その、あんまり広めないようにしてくれるかな?」
「あたしは、百合草先生が女性とおつきあいしていても、今まで通り好きだし尊敬してることに変わりないんだけどさ、そういうのって、やっぱり気にする人もいると思うのよ」
「だから、ウワサになって百合草先生がお仕事し辛くなっちゃったりすると、アレでしょう?だから・・・」
私も愛ちゃんの横で、うんうん、と大きくうなずきます。
私も全面的に愛ちゃんと同じ意見でした。
「うん。わかったよ。じゃあこの話はアタシたちだけの秘密ね。もう誰にもしゃべらないね」
曽根っちがニッコリ笑って約束してくれました。

「ビアンカップルかー。なんか憧れちゃうなー」
しーちゃんは、相変わらず嬉しそうな妄想顔になっています。
「じゃあさ、レズっ子しーちゃんとしては、アタシたちの中だったら誰がいい?」
曽根っちが笑いながらしょーもないことを聞いています。
「うーん・・・この5人となら、誰とでもおっけーだけど・・・」
「この浮気娘!」
あべちんがすかさずツッコミました。
「誰か一人だったら・・・なおちゃんかなっ」
「おおーっ!」
4人の唸るような声を聞いて、なぜだか私の頬が赤くなってしまいます。
「なんで直子も頬染めてるんだよっ!」
ユッコちゃんが私の頭を軽くはたきました。
「残念でしたー。なお姫はわたしのモノよーん」
あべちんが私の背後にまわって、両手をブラウスの上から私のおっぱいに置いて、軽くモミモミしてきます。
「あーーん、いやーん」
私もワザと色っぽい声をあげます。
「キャハハハハ~」
6人の笑い声が誰もいないクラスの教室に響きました。

それから、久しぶりに6人揃って途中まで一緒に帰りました。
夏休み中にみんなで遊んだ、楽しいことをたくさんおしゃべりしながら。

お家に着く頃には、昨日までの憂鬱な気持ちは、ほとんど消えていました。
もちろん、父の実家でのイヤな出来事の記憶まで消えたわけではありませんが、今は、それよりももっとよーく考えてみたいことがありました。

いつもより早めにお風呂に入って、パジャマに着替えてホっとした夜の9時半。
私は、自分のお部屋でベッドに腰掛けて、愛ちゃんたちから聞いたお話について考えをめぐらせました。

ウチダっていう人の一件は、男の人ってやっぱりヘンな人が多いんだなあ、っていう感想で、私の男性に対する苦手意識、マイナスイメージを増幅するだけのものでした。
それに対して、あべちんたちが私にしてくれたことを思うと、やっぱり女の子同士のつながりっていいなあ、お友達っていいなあ、って再認識させてくれました。
そして、百合草先生のこと・・・
私はいつも、やよい先生、と呼んでいるので、ここから先は、そう呼ばせてください。

女性同士で恋人同士・・・
ラブホテルに二人で入っちゃう間柄・・・
レズビアン・・・

曽根っちがやよい先生のお話をしてくれている間中、私は、どきどきどきどきしていました。
やよい先生と女優さんみたいに綺麗な女性が恋人同士。
それはある意味、私が今まで漠然としたイメージで妄想していた理想に、一番近い現実でした。

あらためて考えてみると、私は、父の実家でのあの出来事を体験する前から、性的な妄想をするときのお相手を男性に想定したことがありませんでした。
愛撫されるときも、苛められるときも、痛くされるときも、命令されるときも、いつもお相手は女性でした。
それは、自分に似た声の知らない女性だったり、父の写真集で見たモデルさんだったり、えっちぽい映画で見た女優さんだったり、最近で言えばオオヌキさんだったり、そしてもちろん、やよい先生だったり・・・

私は、やよい先生に憧れています。
バレエを習うために母と訪れたお教室の受付で、初めてやよい先生を見たときから、ずっと憧れています。
今思うと、そういう気持ちをみんなは普通に、恋、と呼ぶのかもしれません。
そのやよい先生には、女性の恋人がいる・・・
単純に考えればショックを受けるはずなのに、私は逆にすごく嬉しく感じました。
だって、たぶんやよい先生も男性がキライなのでしょう。
男性といるより女性といるほうが好きなのでしょう。
私と同じなんです。

私は、やよい先生に、父の実家での出来事でいろいろグダグダ悩んだことや、それ以前の、誰かに裸を見られるのが好きだった子供の頃のこととか、父のSM写真集を見て感じてしまったこと、妄想オナニーがやめられないこと、などなど普段両親やお友達に隠している恥ずかしいこと何もかもすべて、話してしまいたくて仕方なくなっていました。
きっと、やよい先生なら、それらを全部真剣に聞いてくれて、私に一番合った答えを教えてくれるはずです。
何の根拠も無いのですが、私はそう確信していました。

レズビアン・・・

えっちなことをするお相手を女性に限定してしまえば、間違ってもあのグロテスクなモノが出てくることはありません。
だって女性は、最初から持っていないのですから。
お酒を飲んで深く眠り込んでしまっても、縛られてからだが動かせなくても、お相手が女性なら、アレで嬲られる心配は無くなります。

今ならちゃんとオナニー出来る気がしてきました。
やよい先生のことを考えていたら、からだが少しずつ興奮してきていました。


トラウマと私 17

2010年10月30日

トラウマと私 15

「それでね、さっきの昼休み、みんなでウチダのクラスの教室まで怒鳴り込みに行ってきたの」
あべちんが笑いながら教えてくれました。
「兄キとウチダはクラス違うから、兄キに、昼休みウチダのクラスに行って足止めしておくように頼んでさ。最初は兄キも元部員を裏切るみたいでイヤだ、ってごねてたんだけど、なお姫の写真見せたら、やる、ってさ」
「こんなカワイイ子に告られたのが本当だったら、ウチダが断わるわけがない、って笑ってたわ」

「3年生の教室に怒鳴り込むのは勇気要ったけど。みんなと一緒だし、何よりもみんな本気で怒ってたし」
「教室の後ろの窓際にあべちんのお兄さんがいたから、近づいていくと愛ちゃんが、あいつだっ!って大声上げて指さして」
ユッコちゃんもなんだか楽しそうに言います。

「それで、愛ちゃんがウチダの席の前で腰に両手をあてて見おろしながら、あんた自分でラブレター出してフられたクセに、自分がフったなんて言いふらすのは、どういうつもりなのよっ!って大きな声で怒鳴りつけてさあ」
「最初はウチダもヘラヘラしてしらばっくれてたんだけど、そのうち、うるせーなーとかふてくされ始めたんで、愛ちゃんが、あんたの書いたラブレター一字一句まで覚えてるわよ、なんならここでみんなに披露してあげようか?あと、なおちゃんにフられたときの状況も、って凄んだら、今度は震えだしちゃってさあ」

「3年のクラスの人たちも、最初は、なんなんだ?って感じだったんだけど、事情がわかるにつれて、女子の先輩たちから、うわーっ!ウチダ、サイテー、とか、クズだとは思ってたけどクズにもほどがある、とか声が聞こえ始めて、みんなで呆れてた」
「サッカー部の後輩に自慢したときに一緒にいたらしい友達もいて、なんだよおまえ、大嘘なのかよ?って大声上げて」
「あべちんが、わたしたちにきちんとあやまんなさいよっ!て詰め寄ったら、ウチダ、直立不動になって上半身90度曲げて、すいませんでしたーっ、だって」
「その瞬間、教室中、男子も女子も大爆笑だったよねー」
みんなが口々にそのときの状況を教えてくれました。
あの控えめなしーちゃんさえ楽しそうに笑っています。

「そんな感じで仇はとったから、なお姫も早く元気出してね」
あべちんが私の顔を覗き込むように笑いかけてきます。
「・・・ありがとう」
私は、なんだか感動していました。
ウチダっていう人のことは、まあどうでもいいのですが、愛ちゃんたちみんなが私のためにそこまでしてくれたことが、すっごく嬉しくて、ありがたくて涙が出そうでした。
それと同時に、少しだけど前向きな気持ちが戻ってきました。

「でも、ウチダ、あんなに追い込んじゃったから、なおちゃんのこと逆恨みしてストーカーになったりして」
曽根っちが冗談めかして怖いことを言います。
「へーきへーき。あいつにそんな根性ないって。ヘタレそのものって顔だったじゃん。わたしの兄キにもよく言っておくし、わたしたちが絶対に、なお姫守ってあげるよ」
あべちんが頼もしいことを言ってくれます。
「だからなお姫も、なんかあったらスグにわたしたちに相談しな、ね?」
「ありがとう、みんな・・・」
私は、本当に嬉しくて、思わずあべちんの両手を取って、強く握っていました。

「それにしても男子って、なんでそんなすぐバレるような嘘、つくのかねえ?信じられない」
とユッコちゃん。
「見栄をはるベクトルが間違ってるよねー」
と曽根っち。
「ああいうクズ男子見ちゃうとあたしも当分、ボーイフレンドとかいらないなあって思っちゃうよ」
と愛ちゃん。
「でも、男子がみんなウチダみたいなクズってわけではないよ」
と曽根っち。
「どっちにしても中学男子ってやっぱガキっぽいよねえ。わたしは、大人っぽい人がいいなあ。高校生とか」
とあべちん。
「今は、女子だけでワイワイやってるほうが全然楽しいよねー」
とユッコちゃん。
そうだよねー、ってみんなで言い合った後、しーちゃんがポツンと言いました。
「でもワタシ、女の子同士の恋愛でも、いいよ・・・」

「しーちゃんは、レズっぽいマンガもよく読んでるもんねー。でもBLも好きなんでしょ?」
あべちんがすかさずツッコミます。
「うーん、どっちかって言うと百合系のほうが好き、かなー。キレイだし、カワイイし」
しーちゃんがうっとりした感じで言いました。

「そうそう。百合系って言えばこないださあ・・・」
話を引き取ったのは曽根っちでした。

「愛ちゃんとなおちゃんの通ってるバレエスクールに百合草っていう名前の講師の人、いるでしょう?」
「うん。百合草先生は、あたしたちの担当講師だよ」
と愛ちゃん。
「あー、そうなんだ。じゃあこの話、ちょっとマズイかなあ・・・」
曽根っちは、じらすみたいに少しイジワルな言い方をします。
「えっ?なになに?すごく気になるんだけど」
愛ちゃんが曽根っちに食い下がります。
私もまっすぐ曽根っちを見つめます。

「百合草っていう先生、どんな感じの人なの?」
曽根っちが私に問いかけます。
「すっごくキレイで、プロポーションも良くて、しなやかな感じで、踊りももちろんうまくて、性格もさっぱりしていて頼りがいのあるいい先生、だよね?愛ちゃん?」
愛ちゃんも黙って大きくうなずきます。
「ふーん。なおちゃんも愛ちゃんもぞっこん、て感じだね。じゃあ、びっくりしないで聞いてね」

「アタシの姉貴、今、東京の大学に通っていてね、一人暮らししているんだけれど、夏休みに一週間くらい、こっちに帰って来ててね、そのときに聞いた話」
「姉貴も中学から高校2年まであのバレエスクールに通っててね、けっこう真剣にバレリーナ目指してたのね」
「でも今は、なんだかアニメのコスプレとかにはまっちゃってて、髪の毛ベリベリショートのツンツンにしちゃってるけど。そのほうがウイッグかぶりやすいんだって」
しーちゃんが目を輝かせます。
「今の姉貴なら、しーちゃんと話、すっごく合いそうね」
曽根っちもしーちゃんのほうを向いて、ニコっと笑いました。

「それで、もう一年くらい、渋谷にあるおしゃれ系な居酒屋さんでバイトしてるんだって」
「でも、その居酒屋さんって、ホテル街の入口にあるんだって。いわゆるラブホ街ね。だから来るお客さんもそういうカップルさんばっかりなんだって」
「お店に来たお客さん見ると、これからヤルのかヤった後なのか、たいがいわかるって豪語してたわ。あと、シロートなのかショーバイなのかも」
「ショーバイ、って?」
あべちんがおずおずと口をはさみます。
「だからつまり、お金もらってそういうことする女のことね。援交とか。そのお店で待ち合わせてホテルへ、ってパターンに使われてるみたいね」
「お客さんがみんなそんなだから、お金はけっこう使ってくれるみたいなのね。ほら、そういう場になれば男ってみんな見栄はるじゃない?ラブラブだったら終わった後、おしゃれなお店で美味しいものでも食べていくか、みたいになるし」
「高めの値段設定でもお客さん入るからバイト代はいいみたい。こっち来てるとき、アタシも誕生日プレゼントにブランドもののバッグ、買ってもらっちゃったし」
みんな興味シンシンで曽根っちのお話を聞いています。

「それで、8月の始めの頃、その日は姉貴、遅番だったんで夜の7時過ぎに出勤したんだって、ラブホ街抜けてね」
「そしたら、とあるおしゃれっぽいホテルから、女性が二人、寄り添うように出てくるのを見たんだって」
「姉貴はそのときは、後姿しか見なかったんだけど、二人ともスラっとしてて、片方の女性がもう片方の女性の腕に絡みつくみたいにぶら下がってて、ラブラブな感じだったって」
「姉貴は、へー、女性同士でこういうところ使うカップルも本当にいるんだなあ、ってヘンに感心しちゃったって。でもまあ、そんなの人の好きずきだからね。なんだかカッコイイなとも思ったって」

「それからお店に入って、仕事するためにフロアに出たら、どうもその女性カップルらしいお客さんが二人で奥のほうのテーブルに座ってたんだって」
「姉貴は後姿しか見ていないんだけれど、そのカップルのうちの一人の女性がすごく特徴のある柄の白っぽいノースリワンピを着ていたんでわかったんだって。スカートんとこの柄が同じだったって」
「向かい合わせの二人がけの席なのに隣同士で座っちゃって、からだぴったりくっつけてイチャイチャしてるんだって」
「でも、二人ともなんかスラっとしてて、モデルさんみたいでカッコイイから、いやらしい感じや下品な感じは不思議としなかった、って言ってた」
「そのお客さん、二人とも大きなサングラスをかけていたんで、気がつかなかったのだけれど、姉貴がそのテーブルにお料理を運んで行ったら、短い髪のほうの女性がサングラスはずしたんだって」

「それで、その顔見たら・・・間違いなく百合草先生だったんだって」


トラウマと私 16

トラウマと私 14

月曜日の朝。
少し寝坊してしまい、始業時間ぎりぎりにクラスの教室に入りました。
ものすごく投げやりな気持ちのままでした。

私のからだからは、相変わらず陰気オーラが漂っているので、休み時間になっても誰も話しかけてきませんでした。
昼休みのチャイムが鳴った途端、愛ちゃんたちのグループ全員が揃って席を立って、どこかに行ってしまいました。
私は、それを見ても何も感じませんでした。
早くお家に帰ってベッドに横になりたいな、なんて考えながら、自分の席で頬杖ついてボーっとしていました。

6時限目が終わって、そそくさと帰り支度をしていると、愛ちゃんたちが私の席のまわりに集まってきました。
私といつも遊んでくれる仲良しグループのメンバーは、愛ちゃんの他に4人います。

ユッコちゃんは、背が少し小さいけれど運動神経バツグンの明るいスポーツ少女。
運動会では愛ちゃんと二人で大活躍なクラスの人気者。

曽根っちは、背が高くて大人っぽい雰囲気で一番オマセさんかもしれませんが、私たちと一緒だと独特のボケでみんなを笑わせる三枚目役。

あべちんは、J-ポップ好きでおしゃべり好きな快活な女の子で、曽根っちのツッコミ役。
私を姫と呼んだ張本人のイタズラ好きで、私の胸やお尻によくタッチしてきます。

しーちゃんは、大人しめ控えめな美少女さんで、コミックやアニメが大好きで、絵を描くのもうまくて、テレビでエアチェックしたアニメDVDをみんなによく貸してくれます。

「なお姫、ごめんっ!」
まだ座っている私の正面に立ったあべちんが、両手を自分の胸の前で合わせて、私を拝むような格好で大げさに頭を下げてきます。
「えっ?」
私は、びっくりして顔を上げ、あべちんを見ました。
あべちんは、本当にすまなそうにからだを屈めて謝っています。
「わたしがヘンなウワサ流しちゃったから・・・なお姫に迷惑かけちゃって・・・」
私には、なんのことやら、さっぱりわかりません。
「はい?」
私は、私を取り囲むように立っている5人の顔を見回しながら、疑問符全開で首をかしげます。
「あべちん、ちゃんと説明してあげないと、直子、なにがなんだかわからないよ」
ユッコちゃんがじれったそうにあべちんに言いました。

「夏休みの最後の日に、わたしが必死こいてたまった宿題してたらさ、兄キがわたしの部屋に入ってきたの・・・」
あべちんが話始めました。
あべちんには、一つ上のカッコイイお兄さんがいて、サッカー部のキャプテンを務めていることも聞いていました。
「それで、おまえのクラスに森下っていう女子、いる?って突然聞くのよ」
「わたしはもちろん、いるよ、って答えた」
「そしたら兄キ、なんだか聞き辛そうに、その子、その、なんだ、あんまりカワイくないのか?なんて聞いてくるのよ」
「私、頭来ちゃって、なおちゃんは、姫って呼ばれるくらい可愛いし、おっとりしてて、育ちいい感じで、勉強も出来て、ちょっと天然ぽいとこもあるけど、誰に聞いても可愛いって即答するくらい可愛いらしい女の子だ、って言ってやったのよ」
私は、面と向かってそんなことを言われて恥ずかしくなって、うつむいてしまいます。

「で、なんでそんなこと聞くのか、って兄キを問い詰めたの」
「そしたら、兄キが言うには、その2、3日前に学校でやってるサッカー部の練習に顔出したんだって・・・」
「3年生は夏休み前までで引退だから、練習はできないんだけどね。ヒマだったから差し入れのアイス買って、ちょこっとからかいに行ったんだって」
「で、休憩のときにアイス食べながら、2年生の部員たちとおしゃべりしてたら、後輩の一人が、ウチダ先輩ってスゴイんですねえ、って言い始めたんだって」
ウチダ?
なんだか憶えのあるような、ないような名前・・・

「なんでも、そのウチダってやつも、夏休みの真ん中頃に下級生の練習見に来たんだって。なんとかって友達と一緒に」
「それでそのとき、夏休み中に2年生の女子から告られたんだけど、好みじゃないからフってやった、って自慢げに話していったんだって」
「ウチダとその友達っていうのは、結局3年間サッカー部にいてもレギュラー取れなくて、そもそも女子にもてそうだからサッカー部にいただけ、みたいないいかげんな奴ららしいんで、後輩たちも話半分で聞いてたらしいけど」
あべちんは、そこでいったん言葉を止めました。

「それでね・・・」
あべちんは、言い辛そうにまた話始めます。
「その、ウチダがフった女子の名前が森下だ、って兄キが言うのよ・・・」
「そ、それは・・・」
私は、思わず大きな声が出てしまいます。
すかさず愛ちゃんが私の肩にやさしく手を置いて、わかってるから、って言うみたいに私を見つめながら二度三度、大きくうなずいてくれました。
私は、話の先を促すようにあべちんを見つめます。

「わたしだって、まさかあ、と思ったわよ。なお姫が誰か男子に告る姿なんて、想像もつかないし・・・」
「その話聞いちゃったから、夏休みの宿題どころじゃなくなっちゃって、おかげで先週は先生たちに叱られて、追加の宿題までもらって散々だったわ・・・」
あべちんが私を見てほんの小さく笑いました。

「でもね、夏休み終わって学校に来たら、なお姫は確かになんだか落ち込んでるみたいだし、わたしたちとはロクにおしゃべりもしないでスグ帰っちゃうし・・・」
「夏休みも後半は、なお姫、わたしたちと全然遊んでなかったじゃない?」
「・・・ひょっとしたら本当なのかも、って思えてきちゃったのね。今考えれば、さっさと直接なお姫に聞けば良かったんだけどさ」
「それで、曽根っちやしーちゃんにもしゃべっちゃたのよ」
「2年の他のクラスじゃけっこうウワサになってるみたいでさ、わざわざうちのクラスまでなお姫の顔、見に来た奴らもいたみたい」
それでなんだかみんなよそよそしいような、居心地悪い感じがしてたのか・・・
「うちのクラスには、幸か不幸かサッカー部に入ってる男子がいないのよねえ。いたらそいつにもう一度確かめたんだけど・・・だから、余計になお姫には聞き辛くって」

「で、それをユッコと愛子に初めてしゃべったのが金曜日の放課後。愛子が木曜日にバレエ教室一緒に行ってたから、何か知ってるかなあと思って・・・」
「そしたら愛子、すごい剣幕で怒り始めちゃってさあ・・・」
「だって、あたし、その場にいたんだもんっ!」
愛ちゃんが待ってましたとばかりに、話し始めます。

「あのガキっぽい手紙の文面も覚えてるし、なおちゃんがあいつに手紙つき返したのに、あいつ受け取らなくて、封筒が地面にヒラヒラ落ちてったのも全部見てたもんっ!」
「だいたい自分から呼び出しといて、遅刻してくるって、なんなの?何様のつもりよっ!それで今度は、自分からフったなんて言いふらして・・・ぜーったい許せないっ!」
愛ちゃんはどんどんコーフンしています。
あべちんが、まあまあ、と愛ちゃんの背中をさすりながら、話を戻します。
「愛子に聞いたら、なお姫が沈んでいるのは、アレだったのと、おじいさまが亡くなったせいだって教えてくれて、わたし、そのウチダってやつがどうにも許せなくなっちゃってさあ」

「それで、土曜日にあべちんの家にみんなで集まって、どうしてやろうか、って話し合ったのよ」
ユッコちゃんが言いました。
「あべちんのお兄さんも交えてね。それで・・・ね」
曽根っちが愉快そうにニヤっと笑いました。


トラウマと私 15