2016年12月18日

非日常の王国で 09

「さあ、どうぞどうぞ。ゆっくり見ていってくださいねー」
 満面笑顔の里美さまにつづいて、ドアの向こうからショールームへと入ってこられたお客様がた。

 最初にお顔が見えたのは、ショートカットで涼しげな目元が理知的な印象の和風美人さん。
 スレンダーな体躯に胸元が大きめに開いたざっくりしたワンピース姿が、アンニュイな色香を漂わせています。

 つづいて、ユルふわヘアーにボストン型メガネでTシャツにジーンズの、見るからに好奇心旺盛そうなキュート系メガネっ娘さん。

 最後に、なぜだか警戒されているような真剣な表情でしすしずと入ってこられた、前髪パッツンのゼミロングでハーフっぽいお人形さんみたいなお顔に、ロリータ系モノトーンの半袖レースワンピをお嬢様風に着こなしたお洒落さん。

 お三かたともお口を、うわー、という形にポッカリ開けて、お部屋を見渡しました。

 里美さまがこちらへ近づいてきて、テーブルの傍らに立っていた私の横に並びました。
 お三かたの視線が、ご遠慮がちながら訝しげに私へと集まります。
 私は、ドキドキしつつもお愛想笑いに努めて小さく会釈し、いらっしゃいませ、とご挨拶しました。

「この部屋にあるものは、どれでも手に取って、気になることがあったら何でもわたしに聞いてください。どうぞごゆっくり」
 里美さまがおっしゃると、はーい、という元気なお声とともに、お三かた共ダダッと壁際のマネキンとトルソーの林に駆け寄りました。

「うわーエロい!このマイクロビキニ、松井先輩とか、超似合いそう」
「こっちのボディスーツはぜひ、レイちゃんに着て欲しいな。ほら、バストとお股のところがジッパーで開くようになってる」
「絶対いやよ。第一あたし、こんなに胸ないもん」
「だったらこっちのアミアミボディスーツは?」

 思い思いにマネキンを指差して、かまびすしいお客様がた。
 そのお姿を背後からニコニコ笑顔で眺めている里美さま。
 私はと言えば、この人たちの前でこれから裸になるんだ、とドキドキとキュンキュンの二重奏。

 お客様がたはそれから、ショーケースを順番に吟味しながらお三かただけでキャッキャウフフと盛り上がっています。
 里美さまと私は、テーブルにお尻を預けて為す術なく見守るだけ。
 このままでは埒が明かないと思われたのでしょう、やがて里美さまが明るくお声をかけました。

「倉島さんご注文のロープは、こちらにご用意してありますよ。あと、スイッチレスバイブがご覧になりたいとおっしゃっていたかたはどなたかしら?」
「あ、はいはいアタシでーす」
 どなたかわからないお声とともにお三かたがテーブルに近づいてこられました。

 高級そうな和紙に包まれた生成りの麻縄をテーブルの上に置く里美さま。
 おずおずと手を伸ばされたのは、ショートカットの彼女でした。
 このかたが、倉島さま、のようです。
「8メートルを2束ね。使用前のなめし方とかメンテナンス方法は、後で説明するわね」
 恐る恐るという感じで和紙の包みに手を伸ばされる倉島さま。

「それで、バイブは?」
「あ、はい。アタシです」
 メガネっ娘さんが元気に手を挙げました。
「これがサンプルね。ご購入されるなら、新品が用意してありますから」
 ミニチュアの雪ダルマさんみたく大きさの違う球体が重なった形状をしたピンク色の物体を、里美さまがメガネっ娘さんに渡しました。

「ギュッと握ってみて」
 里美さまがイタズラっぽくおっしゃいました。
「キャッ!」
 小さな悲鳴をあげたメガネっ娘さんが、握りしめた右の掌をあわてて開きました。

「締め付けると震える仕組みなの。キツク締めるほど震えも激しくなるのよ」
 再び掌を閉じるメガネっ娘さん。
「あー、気持ちいいー」
 握った拳から低く、ヴゥーンという音が聞こえます。

 私は、イベントの最後のほうで着せられたCストリングを思い出していました。
 膣と肛門に突起を挿入して装着する、あの卑猥極まりない悪魔の下着。
 そのCストリングの膣へ挿入するほうの突起が、今メガネっ娘さんが握っているバイブレーターと同じ仕組みでした。

 そして私はステージ上で、実際にそのデモンストレーションをすることを命ぜられ、70名以上のお客様と関係者の方々が見守る前で、淫らに昇り詰める姿をご披露してしまったのです。
 あのときの被虐と恥辱と、それらを上回るほどのからだが消えてしまいそうな快感を全身が思い出し、しばしウットリしてしまいます。

「もしよろしければ、試してみていいですよ。挿入するのなら、この避妊ゴムを被せてね」
 メガネっ娘さんにおっしゃったのであろう、美里さまのお声で我に返りました。
「えっ!?ここでですか?いえ、ま、まさかっ、そんなこと出来ないっすよー」
 メガネっ娘さんが盛大にあわてふためいて、右手をブンブンお顔の前で左右に振っています。

「みんながいて恥ずかしいのなら、そこの右手がおトイレだから、その中でいかが?」
 里美さまがイタズラっぽくニコニコ顔でお薦めすると、他のおふたりも口々に、
「やってみなよ、ヨーコ。せっかく言ってくださるんだから」
「そうだよ。ここに来る途中、すごく楽しみって大騒ぎしていたじゃない?」
 からかうように囃し立てます。
 メガネっ娘さんは、ヨーコさまというお名前みたいです。

「いえいえ、買いますから。実物見て握って良いものだってわかりましたから、お試ししなくても大丈夫ですから」
 ずいぶんと焦ったご様子で弁解されるヨーコさまに、みなさま、あはは、って大笑い。

 そんな和気藹々のおしゃべりのあいだも頻繁に、お客様のお三かたと私で視線が合っていました。
 顔にお愛想笑いを貼り付けたままの私を、おしゃべりの合間合間にチラチラ盗み見てくるお三かたからの視線。
 
 気がつくたびに視線を合わせ、ニコッと微笑みかけました。
 だってみなさま、会社にとって大切なお客様ですし、私は買っていただくほうの側ですから。
 でも、みなさま決まり悪そうに、ササッと目を逸らしてしまわれます。

 そのご様子に気づかれたのでしょう、里美さまが愉快そうにみなさまにおっしゃいました。
「みなさん、ずいぶんこの子が気になるみたいね?ごめんなさいね、紹介が遅れてしまって」
 テーブルのほうに一歩近づかれました。
「立ち話もなんだから、いったん座りましょうか。せっかくいらしたのだから、みなさんといろいろおしゃべりもしたいし」

 里美さま自ら椅子を引いて、立っている私の横の席にお座りになりました。
 テーブルの向こう側に集まっていたお三かたも、つられるように着席されました。
 2対3で向かい合う形になったのですが、先ほど里美さまが、紹介が遅れて、とおっしゃったので、これからみなさまに紹介されるのだろうと、座りそびれる私。

「この子はね、今日これからみなさんに麻縄での自縛を披露してくれる、名前は、うーんと、そうね、エム・・・マゾ子ちゃん」
 身も蓋もない名前で呼ばれ、カッと全身が熱くなる私。

「えーーっ!?」
「マジですか?それちょっと。ヤバイんじゃ・・・」
「うんうん。ハンザイの臭いが・・・」

 口々に驚きのお声をあげられるお三かたに、嬉しそうな里美さまがニッコリ笑ってつづけました。
「やっぱりそう見える?でも大丈夫。安心して。こう見えてもこの子、ちゃんと成人しているから」
「えーーっ!?うそぉ」
 再びあがる驚きのお声。
 年甲斐もないツインテールと学校の制服風衣装に、みなさますっかり騙されてくださったようでした。

「どう見てもJK、下手したらJCに見えますよぉ?」
 引いたお顔の倉島さま。
「そうそう。なんか今にも、ジャッジメントですのっ、とか言い出しそうな感じ」
 ヨーコさまが興味津々の瞳で私を見つめながらおっしゃいました。

「あ、やっぱりわかってくださったのね、コスプレ。同人活動されているってお聞きしたから、ウケるかなと思って、マゾ子ちゃんに頼んで着てもらったの。良かったー」
 悪戯が成功した子供みたいに、心底嬉しそうな笑顔の里美さま。

「でも、キャラよりもこの人のほうが、おムネに存在感が有り過ぎですよね?」
 ロリータさんが小声でポツンとおっしゃり、ウンウンとうなずかれるおふたかた。

「座っていいわよ、マゾ子ちゃん」
 里美さまに促され、里美さまの左隣の椅子に腰掛けました。
「それに、このマゾ子ちゃんにはね、すでにご主人様がいるの。エスとエムの関係のね。一日中裸でご主人様の身の回りのお世話したり、営業中のコインランドリーで全裸にされたり、いろいろ愉しんでいるみたい」

 私のヘンタイ性癖をあっさりみなさまに暴露しちゃう里美さま。
 里美さまが私の痴態をご覧になったのは、最初のランジェリーショップと先日のイベントのときだけでしたが、きっとお姉さまやスタッフのみなさまから、いろいろ聞いていらっしゃるのでしょう。

「そのご主人様がわたしの知り合いで、その人に頼んで今日、来てもらったの。まあ、マゾ子ちゃんにとっては、ご主人様と言うより、麗しのお姉さま、なのだけれど」
 里美さまのお言葉に、ざわつくお三かた。
「キマシタワー」
 ヨーコさまが嬉しそうにおっしゃると他のおふたりも、キマシ、キマシとつぶやかれました。

「あら?そこに反応するなんて、倉島さんたちは、レズビアンではないの?」
 里美さまが不思議そうなお顔で、お三かたにお尋ねしました。

「うーん、とくにそういう意識はないのですが・・・」
 倉島さまが代表するようにおっしゃると、
「ガチなのはメグだけだよね?松井先輩にぞっこん、だもんね?」
 ヨーコさまがからかうようにロリータさんを覗き込みました。
 ロリータさんは、メグさま、というお名前みたい。
 そのメグさまは、照れたように頬を染めてモジモジしていっらしゃいます。

「もちろん興味はあるのですが、そこまで踏み込んでいないと言うか・・・男に期待していないのは確かですけれど」
 倉島さまが、慎重にお言葉を選ぶようなお顔つきで語り始めました。

「あたし、高校の頃に俗に言う官能小説を読んで衝撃を受けて、それからエロいことに興味を持ったのですけれど、最初に読んだのが所謂、調教もの、だったので、緊縛とか拘束とかに憧れちゃって」
「それでネットとかでそういう創作物をこっそり調べたりしていたのですが、自分が興奮出来るものと、すごくドギツイ描写なのに全然濡れてこないような文章があるのがわかって」
「そういうのってほとんどが男性視点じゃないですか?とくにSMものは、女の子を本当に物扱いして男の性欲の捌け口にするだけ、みたいなのが多くて」

「たまに自分に合うシチュがみつかって、それでオナニーすると、すごく気持ち良くて。ただネットでも好みに合うシチュになかなか巡り会えなくて。それで、自分でもこっそり書き始めたんです」
「その頃、男性との経験もしてみたんですけれど、全然気持ち良くなかったんです。粗野だしひとりよがりだし厚かましいし、すぐにオマエはオレのもの、みたいな勘違いするし」

「それで女子大入って、ちゃんと文章の勉強もしておこうと思って文芸部に入ったんです。文章の創作系サークルで学校公認の部がそこしかなかったので」
「でも、文芸部って言うとお堅いイメージだと思うんですけれど、うちはチャラくて。それもヘンに理屈っぽいサブカルかぶれの、鼻につくチャラさなんです」

「たまにケータイ小説みたいなスカスカの文章書いて悦に入って、今度はどこどこの大学と合コン、とか、男の話ばっかりしてるような人が多くて、全然馴染めなくて」
「それで話の合いそうなメンバー誘って同人サークルを立ち上げたんです。非公認サークルってやつですね。それが今日のメンバー。この他にもうふたりいるんですが」

「無理やり連れて行かれた大規模合コンで、白けて先に抜け出したメンバーなんです。その合コン相手が勘違い野郎ばかりで、そこそこ偏差値高いガッコだったけど、誰でもいいからヤラセロオーラ全開って感じで。サイアクだったよねー」
 ヨーコさまがややお下品な注釈を入れてくださいました。

「そうそう。それで抜け出して女性5人だけで飲み直したら、官能小説の話から思春期のヰタ・セクスアリス話で妙に盛り上がっちゃったのよね。なんだ、みんなムッツリだったんだ、って」
 苦笑い気味の倉島さまが、お話を引き継がれました。

「この子」
 とおっしゃってヨーコさまを指差す倉島さま。
「ヨーコの部屋が学校から歩いて10分くらいなんですよ。そこを溜り場にして同人活動しているんです。耽美小説研究会、っていう名称で」

「大きな即売会にも参加して、結構売れるんです。文芸部にはもう幽霊部員状態。他の文芸部員たちからは、G研、なんて陰口叩かれているみたいですけれど」
「ジー研?」
 里美さまが可愛らしく小首を傾げられました。

「自分で慰める、の自慰ですよ。あたしたちの小説は、主人公がひたすら快楽を追求するような話が多いので、オカズ本だ、自慰研究会だって」
「オリジナルもアニメの二次創作も、BLもGLも、何でも書くんですけれどね。男の一方的な陵辱もの以外なら」

「まあ、女性が読んで気持ち良く濡れるような小説を載せたい、って思っているのは事実ですけれど」
「へー。面白そうね。わたしも読んでみたいわ。面白かったらうちのネットショップで扱ってあげてもよくってよ」
 興味津々のお顔でおっしゃる里美さま。

「あ、それは助かります。ありがとうございます。今度持ってきますね。ヨーコのところからここまでも、歩いて15分くらいですから。あ、もちろん、アポ取った上で伺います」
 倉島さまが嬉しそうにお辞儀されました。

「そんな感じなんで、あたしらはレズビアンて言うよりも、男の手を借りない快楽を追求している、っていう感じなんです」
「ヨーコの部屋で会員同士で、ふざけてちょっと縛ったり、愛撫しあったりもするんですけれど、それも同性の手のほうが繊細で気持ちいい、っていう感じですから、レズビアンていうよりも、相互オナニーと言うか、相手のオナニーのお手伝い、と言うか、みたいな感じなんです。仲の良い女子同士のイチャイチャの延長線上ですね」
 
 せっかく倉島さまが里美さまの疑問にお答えを出されたのに、すかさずヨーコさまが嬉しそうにまぜかえしました。
「ただしメグは除く、でしょ?」

 倉島さまのお話をお聞きして、私も学校時代に、このお三かたみたいに自分の性癖を素直に出せるお仲間が周りにいたら、どうなったかなー、なんて考えちゃいました。
 でもすぐ、今のお姉さまの会社での自分の立場が、同じようなものなことに気づきました。
 そのおかげでこれから私は、すっごく恥ずかしいメに遭うことができるのですし。

「なるほどね。それでセルフボンデージ、というわけなのね?」
 里美さまがご納得されたお顔で、倉島さまに微笑みかけました。

「はい。そういう小説も書きたくて、書くなら自分の身で体験してみたいなと思って、ネットで自縛の方法とかいろいろ調べたりもしたのですが、やっぱり動画では細かい所までわからないので、ここなら教えてもらえるかなー、と」
「もちろん、それは後でご披露しますよ。倉島さんは、拘束される側にご興味がお有りなの?」
「そうですね。するのもされるのもやってみたいですね。肌に縄をかけたまま街中を歩いたりも」

「へー、エス側にもエム側にも興味があるんだ。このマゾ子ちゃんは、野外露出もスペシャリストよ」
「そうなんですか!?」
 一斉に向けられた尊敬のような侮蔑のような、好奇心に満ち満ちたお三かたのまなざしが気恥ずかしいです。

「あと、セルボンデージでアイスタイマーってあるじゃないですか?氷が溶けて鍵がリリースされるまで拘束されたままっていう。身動き取れなかったり、すごく恥ずかしい格好のままだったり、バイブ挿れっ放しだったり。あれも一度してみたいですね。気持ちいいんだろうなー」
 うっとり妄想するかのように宙空を見つめる倉島さまに、同意するようにウンウンうなずかれるヨーコさまとメグさま。
 
 お三かたのご様子に私とかなり近い嗜好を感じ、自分のヘンタイ性癖が全面的に肯定されたような気がして、すっごく嬉しくなってきました。

「アイスタイマーもいいけれど、鍵を容器に入れて凍らせたり氷を沢山用意したり、手間がかかるわよね?まあ、その手間も含めて準備するワクワクソワソワまでもが愉しいとも言えるけれど」
 里美さまが、テーブルにあったスチール製の頑丈そうな手錠に手を伸ばしながらおっしゃいました。

「もっと手軽に、鍵を待ち侘びる方法を教えてあげましょう」
 お手に取った手錠を私の右手首にカチャンと嵌めて、ご自分の左手首にもカチャン。
 私の心臓がドキンと跳ねました。

「こういう、嵌めるときには鍵のいらない手錠ね。これを拘束の最後のカギにするの。自縛でもハーネスでも好きに自分を拘束して、最後に両手を使えないように手錠をするわけ」
 右手に持った小さな鍵をみなさまに見せる里美さま。
「あなたがたのお家の郵便受けは、玄関ドアに付いている?それとも外かしら?」

「うちはマンションの4階なので、ポストは1階のエントランスですね」
 と倉島さま。
 倉島さまは、ご自分のバッグからノートとペンを取り出してメモを取り始めました。
「ワタシは2階だけど、エントランスまで降ります」
 とメグさま。
「アタシんとこは建物が古くて2階建ての1階だから、それぞれ戸別にドアに受け口が付いてますね」
 と最後にヨーコさま。
 
「あら、ヨーコさんのところって、みなさんが溜り場にされているお家よね?それならセルフだけじゃなくて、みんなで集まって誰かひとりをえっちに虐めるときとかにもオススメよ」
 手錠の鍵をプラプラさせながら里美さまがつづけます。

「この鍵をね、ご自宅宛てのご住所を書いた封筒に入れて適当な郵便ポストに投函しちゃうの。ご近所のポストからでも翌日まで戻ってこないわよね」
「たとえば投函した日の夜に手錠を嵌めたとしたら、翌日、郵便物が配達されるまで、どう足掻いても絶対外せないわけ。外したくても手元に鍵は無いのだから。拘束の陶酔感と絶望感がたっぷり味わえるわよ」

「玄関の内側で郵便物を受け取れるヨーコさんのお家なら、足まで縛っちゃってもいいわね。心待ちにしていた郵便屋さんが来たら、這いつくばって玄関まで行って、封筒を破って鍵を取り出して開錠」
「みなさんでイチャイチャするときにも、イジワルに応用出来るでしょ?拘束する側もされる側も、ちょっとした拉致監禁気分が味わえるはず」

「あ、でもひとりのときに後ろ手に施錠しちゃうと、手探りで鍵穴に鍵を挿すことになって意外と手こずるから、事前にちゃんと練習しておいたほうがいいわよ。指で鍵穴の感触がわかるように」
「それと、後ろ手錠って思うよりもかなり不便なの。ものを食べるとか日常生活的にね。自分のからだもまさぐれないから、ひとりのときに自慰的にも愉しみたいならリモコンのバイブとか装着しておいたほうがいいわね」

「ポストが外にあるなら、そこに強制露出プレイが加わるの」
「外に出なくちゃならないから足は縛れないけれど、敢えて外に出るには恥ずかしい格好になって手錠をかけちゃうの。キワドイ水着とか、素肌にブラウス一枚だけとかね。もちろん勇気があるなら全裸でもいいけれど」

「それで、お部屋を出て郵便受けまで取りに行ってお部屋に戻る。途中誰かに会っちゃったら手錠もしていることだし、ハンザイに巻き込まれたのか、って大騒ぎになるかもしれないから、真夜中に取りに行くことをオススメするわ」
「もしも大騒ぎになっても、わたしに責任は無いからね?あくまでも自己責任で、覚悟してやってね」
 里美さまがみなさまを見渡し、イタズラっぽく微笑まれました。

「面白そう!」
 真っ先に倉島さまの弾んだお声。
「今度ヨーコんちでやってみよう。うちのマンション、世帯数多くて夜でも出入り多いから、エントランスに手錠姿で出るのヤバそうだし」

「レイちゃんがアタシんちで拘束姿だったら、アタシ、張り切っていっぱいイタズラしちゃうだろうなー」
 ヨーコさまも弾んだお声で、倉島さまに軽く肩をぶつけられています。
 レイちゃんというのが倉島さまのお名前みたい。

 それにしても里美さま、お見かけによらずそういうアソビにお詳しそう。
 そのお口ぶりは、どう聞いてもご経験者のおっしゃりかたでした。
 意外とSMアソビのベテランさんなのかもしれません。
 私もその、手錠の鍵を郵便で送ってしまう、というひとりSMアソビをすっごくやりたくなっていました。

「ポストが外にあって郵便タイマーが危険なら、もっと手軽に鍵を一定時間使えなくする便利アイテムもあるわよ」
 里美さまがご自分の手首の手錠だけを外して立ち上がり、ショーケースのほうへスタスタと向かって、隣の棚から大きめのダンボール箱を取り、すぐに戻られました。

「これ。タイマー付き収納ボックスゥー」
 青い猫型ロボットさんがひみつ道具を取り出すときのような声色と共に里美さまがダンボール箱から取り出されたのは、20センチ四方位のほぼ正方形なジップロックコンテナみたいな形状の、白い蓋以外透明なプラスティックの箱でした。
 ただし、ジップロックコンテナよりもだいぶ厚いプラスティック製で、かなり頑丈そうな感じです。

「本来は、普段生活する中で感じるちょっとした欲望のコントロールをしたい人たちのために考案されたボックスらしいの」
「たとえば禁煙したい人がタバコを入れたり、受験生が勉強すべき時間だけ、携帯電話とかゲームのコントローラーとか気が散りそうなものを遠ざけたり」

「この蓋のタイマーを合わせて封印すると、合わせた時間にならないと絶対蓋が開かない仕掛けなの。1分間から丸10日間まで、分刻みで好きな時間に合わせられるのよ」

 おっしゃってから不意に私の左手首を取り、さっきご自身で外されたもう片方の手錠を、私の左手首にカチャンと嵌めました。
「あっ!」
 文字通り、あっという間に両手を手錠拘束されてしまった私。

「それでこの鍵をボックスの中に入れるでしょう?」
 透明な箱の中に小さな鍵がチャリンと落下しました。
「で、蓋をしてタイマーを合わせるの。そうね、3分位でいいか」
 蓋の上のダイアルを回してデジタルの数字を 3:00min に合わせました。
「最後にここを押す、と」
 里美さまがダイアルを押すと、5,4,3,2,1のカウントダウンの後、蓋の側面のストッパーがジーっと機械音をたててボックスに嵌め込まれ、タイマーのデジタル数字が秒刻みで減り始めました。

「これでマゾ子ちゃんは、少なくともあと3分間は、この手錠を絶対外せない状況になった、というわけ」
 ニッと笑った里美さまの瞳に再び、妖しい光がより色濃く宿ったように見えました。


非日常の王国で 10


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