2016年2月28日

オートクチュールのはずなのに 39

 翌朝は、いつもより少し遅めの8時過ぎに起床。
 カーテンを開けると、お空はどんよりと曇り、パラパラと小雨まで舞っていました。
 せっかくのイベントなのだから、晴れて欲しかったな。
 梅雨時なので仕方ないことではあるけれど、ちょっとがっかり。

 気を取り直す意味で、ゆっくりバスタブに浸かり、リラックスタイム。
 ボディシャンプーでお肌を磨き、上がったらローションで保湿ケア。
 髪にタオルを巻いてトーストをかじりつつ、これからの段取りを裸のままで考えました。

 まずメイクを先にしてから髪をセットして、最後にお洋服かな。
 でも、リップやシャドーは、スーツを着てから合わせたほうがいいかも。
 となると、まずファンデだけして、ヘア弄って、お洋服着てからメイクの仕上げ、の順番がいいのかな。

 スーツを着るとなると、ストッキングも穿かなきゃ、だな。
 だけど、どうもパンティストッキングって苦手。
 ショーツの上に重ね穿きになるから蒸れるし、腰からずり落ちて、たるんだりもするし。
 ショーツ無しで穿くのは、えっちぽくて好きなのだけれど、さすがに今日はマズイよね。
 確かガーターストッキングも何足かあったはずだから、そっちを試してみよう。
 スーツの色に合うのがあるといいけれど。

 朝食をちまちま摂りつつ、そんなことをうだうだ考えていたら、あっという間に9時を過ぎていました。
 いけないいけない、さっさとやるべきことに取り組まなければ。
 もう一度歯を磨いておトイレを済ませ、いそいそとドレッサーに向かいました。

 顔を弄り始めるとすぐ、傍らに置いた携帯電話が着信を知らせる振動。
 ディスプレイに示されたお名前は、お姉さまのものでした。

「もしもし。ごきげんよう。おはようございます、お姉さま」
「よかったー。つながったー。今、家?」
 ご挨拶無しで、いきなりホッとされたようなお姉さまの早口なお声が、耳に飛び込んできました。

「はい。そうですけれど・・・?」
「いや、ひょっとしたら美容院とか予約していて、外に出ているかな、とかも思って。とにかくつながって良かったわ」
 お姉さまの口調が、いつもの感じに戻りました。

「あ、いえ。生憎そこまで頭が回らなかったので、今、自力でおめかししようとしているところです」
 少しおどけた感じでお返ししました。

 私がお答えした後、少しのあいだ沈黙がつづきました。
 何か、傍らの人とコショコショお話されているみたい。
 ヘアサロンにでもいらっしゃるのかしら?
 
 ひょっとして暇つぶしで、お電話くださったのかな?
 せっかく出張からお帰りになられたのに、一昨日も昨日もほとんどお話し出来なかったから、気を遣ってくださったのかも。
 そうだったら、嬉しいな。

 そんな束の間のシアワセ気分は、お姉さまからの次の一言で、あっさり吹き飛びました。

「緊急事態なの。すぐにオフィスに来て。今すぐ」
 お姉さまの口ぶりが、切羽詰って真剣そのもの、という感じに変わりました。
 その口調の豹変に戸惑う私は、オウム返ししか出来ません。

「えっ!?きんきゅう・・・じたい、ですか?」
「そう。とにかくオフィスに来て。一分一秒でも早く。大至急」

「で、でも私、まだお化粧もお着替えもぜんぜん・・・」
「そんなことどうでもいいのっ。服装も適当でかまわないから、とにかく早くオフィスまで来なさいっ!」
 焦れて怒り始めたような、お姉さまのご命令口調。

「わ、わかりました。オフィスに行けばいいのですね?」
「そう。メイクとか服装とか本当にどうでもいいから、一刻も早くあたしの前に来て、あたしを安心させて。10分で来なさい」
 決めつけるようにそうおっしゃって、プツンと電話が切れました。

 何がなにやらわかりませんでしたが、何か大変なこと起こっているみたい、ということだけはわかりました。
 私はとにかく、お姉さまのご命令通りにする他はありません。

 あたしを安心させて、ってどういう意味なのだろう?
 って言うか、お姉さま、もう出勤されてらっしゃるんだ。
 だったら、さっきコショコショお話されていたお相手は、誰なのだろう?
 
 あ、きっと昨夜、部室にお泊りになったんだ。
 でもまだ集合時間まで2時間以上もあるし・・・
 頭の中はクエスチョンマークだらけでしたが、とにかく急いでお洋服を着ました。

 服装なんて適当で、というご指示でも、やっぱり華やかなイベント当日なのですから、それなりにはしなくちゃ。
 スーツとブラウス、下着類は、前の晩に用意しておいたので、すぐに着れました。
 迷っている暇は無いので、苦手なパンティストッキングをたくし上げました。
 
 髪にブラシをかけつつ戸締りと火の元を点検し、ファンデーションだけの顔にリップだけちょちょいと挿し、アイメイクを諦める代わりにドレッサーに転がっていたボストン風のファッショングラスをかけ、大急ぎでお家を出ました。

 お家からオフィスまで、普通に歩いたら7分くらい。
 出勤、通学時間帯はとっくに終わっているので、歩いている人は、主婦っぽい人とかご年配のかたばかり。

 お化粧ポーチは持ってきたから、本番までには、ちゃんとメイクする時間も取れるはず。
 思い切ってメイクをお姉さまにお願いしたら、やってくださるかもしれないな。
 でも、今日一日パンストで過ごすのは、気が重いなー。
 時間を見計らって、階下のショッピングモールでガーターストッキング買って、穿き替えちゃおうかな。

 そんなのんきなことを考えつつ、それでも出来る限りの早足で、しょぼしょぼ落ちてくる雨粒を青いパラソルで避けながら道を急ぎました。
 雨降りでも肌寒くは無く、梅雨時期特有の生ぬるい空気がじっとり湿った感じ。
 パンティストッキングに包まれた腰が、早くもなんだかムズムズしちゃっていました。
 もちろん性的な意味で、ではなく、正反対の不快感。

 出来る限り急いではみたのですが、エレベーターを降り、オフィスのドアの前に立ったとき、お姉さまのお電話が切れてから二十分近く経っていました。
 叱られちゃうかなー。

「ごめんなさい。遅くなりましたー」
 大きな声で謝りながら、ドアを開けました。

 曇り空なので午前中だけれど明かりを灯したオフィスのメインフロア中央付近に、ふたつの人影がボーっと立っていました。
 お姉さま、いえ、チーフと、早乙女部長さま。
 おふたりとも、普段から見慣れた普通のパンツスーツ姿。
 ヘアもメイクも、ぜんぜん気合の入っていない普段通り。
 そして何よりも、おふたりともなんだか疲れ切った表情をされていました。

「ごめんね。急に呼び出して。びっくりしたでしょう?」
 無理に作ったような薄い笑みを浮かべ、チーフが私に手招きをしています。
 早乙女部長さまも同じような表情で、微かに、ごきげんよう、とつぶやかれました。

 お電話の最後が怒ったようなご命令口調だったので、それなりに緊張していたのですが、気の抜けたようなおふたりのご様子に、なんだか拍子抜け。
 でも逆に、待ちに待ったはずのイベント当日に到底似つかわしくない、混迷しきったおふたりの表情で、どうやらただならぬことが起こってしまったみたい、っていう不穏な雰囲気が察せられました。

「あの、えっと、何かあったのですか?緊急事態って?」
「うん。それがね・・・」
 沈んだ表情でそこまでおっしゃったチーフは、再び作り笑いをニッと浮かべて、無理やり明るくこうつづけました。

「まあ、立ち話もなんだから、座って話しましょう。長くなりそうだし」
 おっしゃるなり、おひとりでスタスタ応接ルームに向かわれました。
 あわてて私も後を追います。
 早乙女部長さまだけ別の方向へ、静かに歩き出されました。

「直子はそこに座って」
 応接テーブルの窓際を指され、チーフは私の向かい側へ。
 少しして、早乙女部長さまがお紅茶を煎れたティーカップをトレイに載せてお持ちになり、3つのうちのひとつを私の目の前へ。

「あっ、あ、ありがとうございます・・・気がつかないで、ごめんなさい・・・」
 早乙女部長さまが自ら、私のためにお茶を煎れてくださるなんて、入社以来初めてのことでした。
 私は萎縮してしまって、恐縮しきり。
 
 早乙女部長さまは、私に向かって淡くニッと微笑まれ、すぐに無表情に戻るとチーフのお隣にストンとお座りになりました。
 応接ルームのドアは、開けっ放しでした。

「実はね・・・」
 ティーカップに一度、軽く唇をつけられたチーフが静かにカップを受け皿に置き、私の顔をじっと見つめながらつづけました。

「今日のイベント、中止しなければならなくなるかもしれないの」

 瞬間、おっしゃったお言葉の意味がわかりませんでした。
 ちゅうししなければならなくなるかもしれないかもしれない・・・・ん?ちゅうし?
 えっと・・・それって・・・つまり・・・えーーーーっ!
 最後の、えーーーっ!は、実際に、私の口から声として出ていました。

「な、何があったのですか?何か手違いとか・・・でも会場だって立派だったし、昨日ちゃんと見ましたよ?それに、えっと、雨降りなのは残念だけれど、つまり、えっと、それはどういう・・・」
 やっと事態を把握して、思いついたことを全部言葉にしようとしている私を、チーフが苦笑いと、私の眼前に差し出した右手のひらで遮りました。

「あたしも最初に聞いたときは、そんな感じだったけれど、まあ落ち着いて」
 苦笑いをひっこめたチーフが、真剣な表情で私を見据え、一呼吸置いてからおっしゃいました。

「今日、モデルをしてくれるはずの絵理奈さんが、今朝方、緊急入院しちゃったの」
「えーーーっ!」
 あまりに予想外な理由に絶句した後、再び、お聞きしたいこと、が堰を切ったように自分の口から飛び出ました。

「じ、事故か何かですか?急病?あっ、交通事故?そ、それで絵理奈さまはご無事なのですか?ご入院て、命に別状は無いのですよね?・・・」
「まあまあまあ」
 再びチーフの苦笑いと右手のひらで、私の大騒ぎが遮られました。

「急性虫垂炎。俗に言う盲腸ね。幸いそんなにひどくはなくて、運ばれた病院に、ちょうど専門の先生がいらしてすぐに手術してくださったから、今は予後。少なくとも四日間くらいは、ご入院ですって」
「腹腔鏡下手術とかいうので、傷跡も小さくて済むそうよ。ああいうお仕事は、ご自分のからだ自体が商品だから、そういう意味でも不幸中の幸いね」
 お姉さまが、ご自分でもひとつひとつ事実をご確認されているような感じで、ゆっくり静かに丁寧に、説明してくださいました。

「明け方、4時くらいに急に苦しみだしたのですって。一緒にいた人が素早く救急車呼んでくださって、手早く診察して即入院、即手術」
 チーフが、一緒にいた人、とおっしゃったとき、私は素早く、早乙女部長さまのほうを盗み見ました。
 早乙女部長さまは、うつむいていたので表情は見えませんでした。

「アヤが実際に病院まで行って、ベッドに寝ている絵理奈さんを確認してきたから、あたしが今言ったことは、紛れもない事実なの」
「そんなワケで絵理奈さんはご無事だったのだけれど、ご無事じゃないのがあたしたち」
 チーフが私を、前にも増して真剣な表情で見据えてきました。

「あたしがそれを聞いたのが、今朝の6時過ぎ。そのときにはもう絵理奈さんの手術は無事終わっていて、それはめでたしなのだけれど、あたしは大パニック」
 チーフが自嘲気味に微笑みました。

「朝早くから、モデル事務所関連の知り合い電話で叩き起こして、絵理奈さんの代わりが出来るモデルさんがいないか、聞いて回ったわ」
「でも、本番数日前ならいざ知らず、ショー当日にいきなり出来る人なんて、そうそういるワケないわよね」
「数人あたってオールNGもらった後、モデル交代する際の一番重大な問題に、やっと気がついたってワケ」
 そこで、チーフがいったん黙り込み、次に唇が開いたとき、話題がガラッと変わっていました。

「もしも今日、イベントを中止したとしたら、残念ながら、会社にけっこうな損害が出ちゃうのね」
「今日、見に来てくださるお客様がたは、みなさん、うちのお得意様でおつきあいも深いから、ちゃんと理由を話して謝れば、おそらくみんな、わかってくださるとは思うの、仕方ないなって」

「でも、今日のためにはるばる北海道や九州から駆けつけてくださるかたもいらっしゃるし、そのために東京でホテルまで取られているお客様もいる」
「そういった方々の旅費や宿泊代は、当然、負担しなくてはならないし、他のお客様にも一応なにがしかのものは、お出ししないと」

「それに、今日の中止を延期にして、日を改めてもう一度、というワケにもいきそうもないの。会場の問題、モデルさんの問題、集客の問題、何よりもわが社のスケジュール的な問題でね」
「7月からは、12月に開く、うちの主力である一般向けアイテムのショーイベントに向けた製作に取りかからなければならないから、日付を延期する余裕が無いのよ」

「今回のイベントが無かったことになれば、イベントで見込んでいた将来的な売り上げ、プラス、イベントの準備に今までかけてきた費用まるまるすべてが、水の泡と消えちゃうの」
「それは、うちにとって、かなり、いえ、そんな曖昧なことじゃなくて、会社の存亡が危ぶまれるくらい、キツイことなのね」
 お姉さまのお顔がとてもお悔しそうで、お話を聞いているだけの私も辛いです。

「8時過ぎにアヤとここで落ち合ってから、いろいろと策を練ってはみたのだけれど、これといった打開策が出なくてさ」
「アヤも絵理奈さん所属のモデル事務所にいろいろ掛け合ってくれたの。でもやっぱり、代役はいなくて。それにアヤも、このイベントの致命的な欠陥に気づいていてね。モデルの代替は利かない、って」
 その早乙女部長さまは、最初からずっとうつむいたきり、一言もお言葉を発していませんでした。

「と、ここまでは今日、あたしたちに起こってしまったことね。今更何をどうしようが、もう無かったことにはならない、冷たい現実」
「いくら予測出来ない、そうそう起こり得ないことだったにせよ、そいういう事態も起こり得ることを想定して、対策を取っておかなかった、この会社の社長である、あたしのミス。全責任は、あたしにある」
 チーフにしては珍しく、ご自分のことをはっきり、社長、とおっしゃいました。

「でも、あたしはどうしても、今日のイベントを中止にしたくないの」
「お金のことだけじゃなくて、今日のイベントで披露するアイテムたちに、何て言うか、すごく自信があるの。お蔵入りさせたくないの」
「うちのスタッフが総力を挙げで精魂込めて作り上げたアイテムたちを、ぜひお客様に、見て、感じて、喜んでもらいたいのよ」
「だから、あなたを呼んだの」

 チーフが熱っぽい口調で一気にそうおっしゃると、早乙女部長さまがゆっくりとお顔をお上げになりました。
 心なしか瞳が潤んでいるようで、そんな瞳で私を、まぶしそうに見つめてきました。

「それで、ここからは、これからのこと。これからあたしが、あるひとつの提案をするから、それを直子と相談したいの」
 チーフが睨みつけるように、まっすぐ私を見つめてきました。
 早乙女部長さまも潤んだ瞳で、なんだかすがるように私を見つめていました。

 相談て・・・なぜ私に?そもそも何の?
「・・・えっと・・・は、はい?」
 おふたりからの、私に返事を促すような視線の迫力に気圧されて、ワケがわからないながらも掠れ気味の声で一応、反応してみました。

 私の声が合図だったかのように、早乙女部長さまがフワッとお席をお立ちになり、静かに応接ルームのドアに向かわれました。
 ドアからお出になるとき、私たちのほうを向いて丁寧なお辞儀をひとつ。
 そして静かに、応接ルームのドアが閉じられました。


オートクチュールのはずなのに 40


2016年2月22日

オートクチュールのはずなのに 38

「うわーっ!」
 思わず感嘆の声をあげてしまうほど、予想外にオシャレな空間が、目の前に広がっていました。
 
 バスケットボールのコートが二面は取れそうな、広い長方形の空間。
 入って真正面が、階段にして三段分くらい高いステージになっていて、大きなお花スタンドが両サイドに飾ってあります。
 ステージの中央から幅二メートルくらいの赤いカーペットを敷いた直線が、入口のほうへと伸びてきています。
 これがショーのとき、モデルさんである絵理奈さまが歩くランウェイとなるのでしょう。

 ランウェイの両サイドには、カーペットから1メートルくらい離して、白いクロスを掛けた3人掛けの長テーブルと椅子が、ステージとランウェイの両方とも見やすいように、少し斜めになるような感じでゆったりと並んでいます。
 壁一面には、濃いワインレッド色の暗幕が張られ、要所要所に艶やかなお花スタンド。

 場内には、洋楽女性アーティストの聞き覚えあるバラードが、耳障りにならないくらいの音量で流れていて、ステージ近くの天井に吊り下げられたキラキラ煌く大きなミラーボールが、その曲に合わせてゆっくりと回転していました。
 ちょうどステージ上の大きなスクリーンの映写テストをされているところらしく、灯りを落として薄暗かったので、ステージ周辺にキラキラ降り注ぐ光がすっごく奇麗で幻想的。

「どう?なかなかのものでしょう?」
 うっとり見惚れていたら、いつの間にかお隣に来ていたリンコさまがお声をかけてくださいました。

「は、はい。凄いです。さっきまでオフィスに居たのに、突然、六本木かどこかのオシャレなクラブに迷い込んでしまったみたい」
「おや、ナオッち、クラブなんて行ったことあるの?」
「あ、いえ、ないですけれど・・・」
「あはは。クラブは、こういう感じではないなー。どっちかって言うと、結婚式場のチャペルに近いイメージ?」
 会場の奥へと進みながら、リンコさまとおしゃべりしました。

「私、会場は会議室、ってお聞きしていたので、なんだかもっとこう、事務的と言うか、学校の大教室みたく無機質なのを想像していたので」
「もうこのイベントも4回目だからね。アタシらも馴れてきたって言うか、どんどん理想に近いレイアウトが出来るようになってはいるんだ」

「本当に凄いです。テレビとかでしか見たことないですけれど、本当のファッションショーの会場みたいです」
「キミは中々失礼な子だねえ。アタシらは明日、本当にファッションショーをやるんだよ?」
 リンコさまが笑いながら私の脇腹を軽く小突き、ふたりで顔を見合わせて、うふふ。

「そっか。ナオっち、ファッションショーをライヴで観たことないんだ。今度、てきとーなのに連れて行ってあげよう」
「うわー。本当ですか?ありがとうございます」
 そんな会話をしていると、不意に場内が明るくなりました。
 スクリーンのチェックテストが終わったのでしょう。

 明るくなると、場内にけっこうな人数の方々がいらっしゃるのがわかりました。
 ステージ上には、チーフと早乙女部長さまが、左端に置いてある司会用の台のところで何かしら打ち合わせされていました。
 ステージ下では、間宮部長さまとほのかさまが、立ったまま仲良さそうに談笑されています。

 あとの方々は、ランウェイ沿いの椅子にポツンポツンとお座りになり、携帯電話されているかた、おしゃべりされているかた、ラップトップパソコンを開いているかた・・・
 オフィスへのお客様として見覚えのあるかたもいれば、まったく知らないかたもちらほら。
 あ、あそこにいらっしゃるのはシーナさま?あっちの女性は里美さま?

「ミサさんのお姿が見当たりませんね?」
「ああ、彼女はたぶん、ステージ裏でパソコン弄っているんじゃないかな。スクリーンに映す映像を作ったの、ミサだから。ライティングの構成やショーの選曲も、全部ね」
「へーー。凄いですね」
「あの子はそういうの、パソコンで全部3D映像で編集して組んじゃうの。本当、たいしたもんよ」
 リンコさまが、ご自分が褒められたみたく嬉しそうにおっしゃいました。

「大沢さんと小森さん。いたら至急、ステージまで来てください」
 突然、マイクを通した早乙女部長さまの澄んだお声が場内に響き渡りました。
「あ、ご指名かかっちゃった。ちょっと行ってくる。またあとでね」
 リンコさまがステージのほうへと駆け出すと、入れ代わるようにシーナさまが近づいてこられました。

「ごきげんよう。お久しぶりね、直子さん」
「ごきげんようシーナさま。お久しぶりです」
「いよいよイベントね。わたし、エミリーの会社のこのイベント、大好きなの。わたし好みなアイテムばかり出てくるから。直子さんなら、わかるでしょ?」

「あの、えっと私、今度のイベントでどんなアイテムがご披露されるのか、他のお仕事にかかりきりになっていて、ぜんぜん知らないんです」
「そうなの?」
「はい。そこまで知らないなら、いっそ本番まで知らないほうが数倍楽しめる、って他の社員のみなさまから勧められて、パンフの中もまだ見ていません」
「ふーん。なるほど、それはそうかもね。じゃあ、本番、愉しみにしていなさい。直子さんなら思わず、着てみたい、って思っちゃうようなえっちなアイテム揃いのはずだから」
 
 シーナさまも、他のみなさまと同じようにイタズラっぽい意味深な笑みを、私に投げかけてきました。
 それから、ふっと真顔に戻り、私におからだを寄せて来て、右耳に唇を近づけ、お声を潜めてつづけました。

「それはそうとして直子、ひょっとして会社のみんなにマゾばれ、しちゃったの?それともカミングアウト?」
「えっ!?それはどういう・・・」
「だって、堂々と首輪デザインのチョーカー着けちゃって、他の人も別に気にしていないみたいだし」
「ああ、これですか。これは何て言うか・・・成り行きで・・・」

 シーナさまに、例のアイドル衣装開発会議のことを簡単にご説明しました。
 もちろん、裸に近い格好にさせられたことや、その姿でバレエを踊らされたことは隠しました。

「ふーん、よかったじゃない。そのおかげで堂々と直子らしい恰好が出来るようになったってワケなのね。みんなが、どういう意味で、似合う、って言ったのかは知らないけれど」
 それから私の右耳にぐっと唇を近づけ、ヒソヒソ付け加えられました。
「わたしのマゾセンサーは、ビンビン反応しているわよ。チョーカー着けている直子は、着けていないときと比べて、マゾ度が約3倍増しね。そんなの着けていたら、ずっとムラムラしっ放しなんじゃない?」

 私がそれについて何か弁解しなくちゃ、と言葉を探していたら、ステージ近くでキャーという歓声が沸きました。
 何事?ってそちらを見ると、グレイのシャープなパンツスーツ姿の間宮部長さまが、赤いカーペットのランウェイの真ん中を、見事なモデルウォークでこちらのほうへと歩いてこられるところでした。

 少し気取ったようなお顔で淡く微笑み、スクッと姿勢良く、優雅に歩いてこられます。
 流れている軽快な音楽のビートに見事に乗って、本物のショーのモデルさんのよう。
 その両脇を、ほのかさまとリンコさま、それに数名の見知らぬ女性が、ヒューヒュー冷やかしながら嬉しそうに着いてきていました。

 途中で間宮部長さまの視線が私たちを捉えたようで、急にランウェイから逸れて、モデルウォークのまま私たちへと近づいてきました。

「やるじゃない?カッコいいわよミャビちゃん。さすがダブルイーのオスカル、男装のシン・ホワイト・デュークって呼ばれるだけのことはあるわね」
 シーナさまが間宮部長さまへ、からかうみたいにおっしゃいました。

「えへへ。こう見えても昔、モデルの真似事をしていたこともありましたからね。昔取ったなんとかっていう」
「どうせなら、明日のモデルもミャビちゃんがやったら?」
「いやいや、とんでもない。あの手の衣装は、もっと若い子じゃなきゃ、お客様にお見せできませんて。ワタシなんて、司会役だけで精一杯でーす」
 どうやらシーナさまと間宮部長さまも、打ち解けた間柄みたいです。

「ナオちゃんも見てくれた?ワタシの華麗なるモデルウォーク」
 間宮部長さまが笑顔で、私にお話を振ってきました。
「はい。すっごくカッコよかったです」
「嬉しいなあ。ありがと。あ、でもナオちゃん、バレエ踊れるんだし、モデルウォークなんか朝飯前の余裕のよっちゃんなんじゃない?」
「ま、まさか・・・いえいえ、そんなことは・・・」

 そうお答えしつつも、バレエ教室の頃、姿勢が良くなるからと、やよい先生からレッスンの息抜きに教えていただいたことを思い出していました。

「あー。その顔は何か、自信ありげじゃない?」
 イタズラっぽく私の顔を覗き込んでくる、間宮部長さま。
「そう言えば、百合草先生も昔、モデルをされていたことがある、って聞いたことがあったけ・・・」
 シーナさまが、若干ワザとらしい独り言、みたいにつぶやかれました。

「そっか、シーナさんて、昔のナオちゃんのことも、ご存じなのでしたね。その百合草先生っていうのが、ナオちゃんのお師匠さん?」
 間宮部長さまが、すかさず食いつかれました。
 でも、間宮部長さまはチーフと違って、やよい先生のことは、ご存じないのかな?

「それなら絶対、教わっているはずよね?さあ、ナオちゃん?もう逃げられないからね。バレエのときは除け者にされちゃったし、部長命令。今度はワタシと一緒に歩きましょう」
 右の手首を掴まれ、強引にステージのほうへと連れていかれました。
 ギャラリーのみなさまもゾロゾロと後を着いてこられます。

「さあ、ナオちゃんから、先に行っていいわよ」
 ステージを降りてすぐの、レッドカーペットの始まり真ん中に立たされました。
 実際に立つと、ランウェイも階段にして一段分、床よりも高くなっていました。

 やよい先生から教わった、モデルウォークの注意点を一生懸命思い出しました。

 視線を前方一点に定め、軽くアゴを引いて背筋を伸ばすこと。
 足を前に出すのではなく、腰から前に出る感じ。
 体重を左右交互にかけ、かかっている方の脚の膝を絶対に曲げない。
 両内腿が擦れるくらい前後に交差しながら、踵にはできるだけ体重をかけない。
 肩の力を抜いて、両腕は自然に振る。
 あと他に、何だったっけ・・・

「ほら」
 考えている途中で、間宮部長さまに軽くポンと肩を押され、仕方なく歩き始めました。
 歩くうちにからだがどんどん思い出して、自分でもけっこう堂々としているかな、という感じになってきました。
 それにつれて、ギャラリーのみなさまが、おおっ、と小さくどよめくお声も。

「ほら。やっぱり上手いじゃない?」
 半分くらいまで歩いて立ち止まると、後ろから来た間宮部長さまにまた、軽く肩を叩かれました。
「そ、そうでしたか?」
「うん。後ろから見ていて惚れ惚れしちゃった。颯爽としていて、とてもエレガントだったわよ」
 周りのかたたちもにこやかに、ウンウンて、うなずくような仕草をしてくださって、なんだかとても嬉しい気分でした。

 そうこうしているうちに、会場設営もすっかり終わり、もうあとは、本番を残すのみ。
 お手伝いのかたたちと、お疲れ様、ありがとう、また明日、のご挨拶を交わして、お見送りしました。

 シーナさまとは、お帰り際にもう一度ヒソヒソ話が出来て、こんなことを教えてくださいました。
「明日は、直子にとってお久しぶりな人たちも来るはずよ。エンヴィのアンジェラと小野寺さんとか、あと、西池の純ちゃんも呼んだから。憶えているでしょ?純ちゃん」
「もちろんです」
 思いがけないお名前が次々に出てきて、懐かしい羞じらいに頬が火照ってきてしまいました。

「そ、それだったら、やよい、あ、百合草先生もお呼びになったのですか?」
 モデルウォークで思い出した懐かしさもあったのでしょう、火照りをごまかすみたいに、焦りながらの勢いでお尋ねしちゃいました。
「百合草女史は、業種が違うから。それに金曜日はお店、お忙しいでしょうしね」
「そうですか・・・」
 期待はしていなかったものの、やっぱりがっかり。

「でも、打ち上げの後、お店に寄る、っていう手はあるわね。エミリーたちと一緒に」
「それ、ぜひお願いしたいです」
 
 お尋ねして良かった・・・瓢箪から駒。
 本当にお久しぶりに、やよい先生にお会い出来るかもしれない・・・
 まだイベント前日なのに、こんなことを言っては、チーフをはじめ、社員のみなさまに叱られるでしょうが、イベントが終わるのが今から待ち遠しくなっちゃいます。

 シーナさまの背中をお見送りしたら、会場に残ったのは社員7人だけの状態となりました。
 チーフと開発部は、最終打ち合わせでステージ裏。
 場内には、私と間宮部長さまとほのかさまが手持無沙汰。
 ここに来たときからずっと気になっていたことを、スタッフの誰かにお尋ね出来るチャンスが、やっとやってきました。

「そう言えば、明日のモデルをされる絵理奈さんは、今日はいらっしゃらないのですか?」
「ああ、もうそろそろ来るんじゃないかな」
 間宮部長さまが、屈託なく教えてくださいました。

「このイベントで誰がモデルをするか、っていうのは、トップシークレットなのよ。彼女もそれなりにネームバリュー持っているからサプライズ的な、ね」
「だから身内といえども、一応当日まで内緒にするの。お手伝いの人たちがみんなはけた後、こっそり来て最終チェックする手はずになっているの」

「でもまあ、オフィスでの打ち合わせとかで、たまに鉢合わせしちゃってたりしてるみたいだから、知っている人もいるかもしれないけれどね」
「さっきチーフがいらっしゃって、こっちはもう少しかかるけれど、あなたたちはもうあがっていい、っておっしゃっていたの」
「あなたたちって、いうのは、ワタシとほのかとナオちゃんのことね」
 おふたりで口々に教えてくださいました。

 早乙女部長さまと絵理奈さまのツーショットが見れないのは残念でしたが、間宮部長さまの、イベント前祝いに3人でどこかで食事でもして帰ろうか、というお誘いが嬉しくて、ご同行。
 美味しいイタリアンをご馳走になって楽しく過ごし、早めに帰宅しました。
 今日は、早めにシャワーして大人しくベッドに入り、脳内で明日の予習です。

 当日は、お昼の12時にオフィス集合。
 仕出しのお弁当を全員でいただいてから、荷物をまとめて部室へ移動して待機。
 わざわざ高層ビルを上り下りして行き来するより、部室からのほうが7階の会議室に断然近いからです。

 午後2時開場、3時開演、5時終演、6時まで商談会。
 打ち上げパーティは7時から隣接のホテルの宴会場。

 私に割り振られたお仕事は、開場までは、受付の補佐。
 スタンディングキャットの男性のかたと一緒にお仕事することになるので不安でしたが、今日少しお話した感じでは、みなさまとても物腰が柔らかく、やっぱり普通の男性とは違う感じがして、ホッとしました。
 なんとかなりそうです。

 開演してからは、一番後ろで会場全体のチェックという、曖昧なお仕事。
 一応インカムを着けて、スタッフの誰かに呼ばれたらすぐ駆けつけるように、というご指示でした。
 その後は、チーフに着いて回って、社長秘書のお仕事。
 打ち上げの席では、ご来場くださったお客様やお得意様のかたがたに、あらためて私をご紹介くださる、とのことでした。
 
 ちなみにイベントの司会は、間宮部長さまで、アイテムの解説役に早乙女部長さま。
 このおふたりがずっとステージに上がられます。

 リンコさまはスタイリストとして絵理奈さまにつきっきり。
 ほのかさまは、リンコさまの補佐。
 絵理奈さまには、その他に専属ヘアメイクのかたもつくそうです。

 ミサさまは、スタンディングキャットのみなさまを手足として使い、音響、照明、スクリーン映写の指示と大忙し。
 コンピューターにお強い里美さまが、ミサさまのお手伝い。

 チーフは、総監督として始終客席でスタンバイ。
 イベント始まりと終わりのご挨拶のために、ステージにも上がるそうです。

 当日は、フォーマルを基本に、自分で考え得る一番オシャレな服装とメイクをしてくること、と社員全員厳命されました。
 早乙女部長さまと間宮部長さま、それにほのかさまは、明日朝一番でヘアサロンのご予約をされているそう。
 そのせいで、集合時間がお昼になったと、間宮部長さまがご冗談めかしておっしゃっていました。

 私は、服装は買ったばかりのシックな茶系のスーツで、インナーのコーディネートもだいたい決めていましたが、メイクに手こずりそうな予感。
 明日は早めに起きてがんばらなくちゃ。

 いろいろ確認していたら、やっぱり私もどんどんワクワクしてきました。
 リンコさまが以前おっしゃっていた、学生時代の文化祭前みたい、というお言葉が、ぴったりな感じ。

 華やかな会場、着飾った人たち。
 生まれて初めて生で観るファッションショー。
 誰もがみなさまお口を揃えて、キワドイ、とおっしゃるアイテムの数々。
 それを身に着けてたくさんの人たちの前に立つ絵理奈さま。
 明日は、そんな絵理奈さまを見守る早乙女部長さまにも注目しておかなくちゃ。

 フォーマルに着飾ったお姉さま、カッコいいだろうな。
 エンヴィのアンジェラさまや小野寺さま、それに純さまにも再会出来るんだ。
 そしてイベントが終わったら、ひょっとすると、やよい先生にも。
 そして次の日から始まる、お姉さまとの休日・・・

 ごちゃごちゃとまとまりのつかない、楽しみ、の洪水の中で、いつの間にかシアワセに眠りに就いたようでした。


オートクチュールのはずなのに 39


2016年2月14日

オートクチュールのはずなのに 37

 翌日は、明後日に迫ったイベントのゲネラールプローベ、つまり、最終の通しリハーサル。
 チーフと早乙女部長、そして企画開発部のおふたりは、午前中から小石川のアトリエへ直行されました。
 営業部のおふたりは出張中で、ほのかさまだけ、お昼頃にオフィスへ戻られるご予定、間宮部長さまは直帰。
  したがって、ほのかさまがいらっしゃるまで、オフィスには私ひとりきりでした。

 朝、出社してすぐ、デザインルームのドアの前へと直行しました。
 昨日、あんなことがあったお部屋が、どんなふうになっているのか、一目見てみたかったからです。
 ドアノブに手を掛け、ノブを回しながら手前にそっと引いてみました。
 やっぱり思っていた通り鍵がかかっていてドアは開かず、デザインルームの内部を覗き見ることは出来ませんでした。

 それからメインフロアをひと通り見回りました。
 電話機とパソコン以外、余計なものは何ひとつ置かれていない、早乙女部長さまの広々としたデスク。
 塵ひとつ落ちていない、ついさっき磨き上げたようにピカピカなリノリュームの床。
 他のデスクもロッカーも、まったくいつもと同じで、各デスク脇に置かれたトラッシュボックスは、すべて空っぽ。
 昨日、私がオフィスを出てからくりひろげられたであろう、部長さまと絵理奈さまによる秘め事の痕跡は、何ひとつ残されていませんでした。

 そこまで確認してから、各窓のロールカーテンを上げました。
 ひとつ上げるたびに、どんどん明るくなる見慣れた室内。
 今日は良いお天気。
 広すぎるくらいの大きな窓一面に、青い空と薄いうろこ雲が広がっていました。

 昨夜のオナニーは、ずいぶんエスカレートしてしまいました。
 最初は、部長さまと絵理奈さまの会話を思い出しながら、それを再現する程度だったのですが、しているうちに、自分がしてしまった行為、すなわち盗聴という浅ましい行為に対する罪悪感と嫌悪感が、心の中でどんどんふくらんできました。

 そんな卑劣なマネをする社員には、徹底的なお仕置きが必要ね。
 私の中のもうひとりの私が、絵理奈さまの声色を借りて、おっしゃいました。

 久しぶりに麻縄で自分のおっぱいをギチギチに絞り出し、洗濯バサミをからだ中に噛ませました。
 両足首に棒枷、マゾマンコとお尻にはバイブレーター、クリトリスにローター、右手にローソク、左手にバラ鞭。
 マジックミラー張りのお仕置き部屋で夜が深く更けるまで、延々と自分を虐めつづけました。
 頭の中では、イヤーフォン越しに聞いた早乙女部長さまのあられもない悩ましいお声が、ずっとずっと、鳴り響いていました。

 早乙女部長さまと絵理奈さまのことは、誰にも言わない、と心に決めました。
 知ってしまった経緯が個人的にも社内的にも後ろめたいものですから、お姉さまにだって言えるはずもありませんけれど。
 一方で、今まで早乙女部長さまに抱いていたイメージが、大きく変わってしまったのも事実でした。
 今日はお見えにならないけれど、次に部長さまにお会いしたとき、私、普通でいられるのかしら?

 お昼ちょっと過ぎにほのかさまが出社してこられました。
 イベントでお客様にお配りするパンフレットやリーフレットを、会社の封筒に詰める作業をしながらおしゃべりしました。

「今度のイベントって、何人くらいのお客様がお見えになるのですか?」
「そうねー、身内っぽい人たちを除くと4~50人、ていうところかしら」
 少し小首をかしげて、可愛らしくお答えくださるほのかさま。

「身内っていうのは、たとえばシーナさんとか愛川さんとか、よくうちにお手伝いにいらしてくださる方々ね。あとスタンディングキャットの人たちとか」
 あの男のひとたちも、身内なんだ・・・

「だから、社員も含めて総勢6~70名っていうところかな。おかげさまで年々増えているの」
「お客様っていうのは、やっぱりお取引先さまとかなのですか?」
「うーん、この夏前のイベントっていうのは、少し特殊でしょ?誰でも呼べばいい、というワケではなくて、なんて言うか、こちらでも選んでいるのね」
 ほのかさまが、少し困ったようなお顔で、考え考え、説明してくださいました。

「ご披露するアイテムが特殊だから、そういう方面にご興味をお持ちの方々だけにご案内しているの」
「具体的に言うと一番のターゲットは、映像関係のお仕事に絡んでいるタレントさんに付いているスタイリストさんたち。映画やビデオ関係のお仕事ね」
「あと出版とか広告業界で、とくにファッション関連に従事されているデザイナーさん」
「プロダクションに所属されていたり、フリーだったり、いろいろ。カッコイイかたたちばっかりよ」
「もちろん、そういうものも扱っているアパレルの問屋さんやバイヤーさん、小売さんも来るけれど、一番お仕事につながるのは、スタイリストさんたちかな」

「あと、個人的なご趣味で毎回何かしらご注文くださる、個人のセレブなお得意さまもいらっしゃるわね」
「扱うアイテムが、ああいうデリケートなものだから、お客様集めにもけっこう気を遣うのよ。基本的に女性しか誘わないし、もし間違って、男性がいらしても入場出来ないから。あ、スタンディングキャットの人たちは例外ね」
 ほのかさまがお困り顔のまま、小さく微笑みました。

「実は私、開発のリンコさんたちから、すごくキワドイアイテムばっかり、ってお聞きはしているのですが、実際どんなのか、まったく知らないんです」
「あら、そうだったの?じゃあ、このパンフの中身もまだ見ていないんだ?」
「はい。どうせならまったく情報を入れずにイベントに臨んだほうが、絶対数倍楽しめる、ってリンコさんたちに勧められて」
「ああ。それはそうかも。それなら直子さん、パンフは広げてはだめよ。明日までおあずけね。きっと当日びっくりしちゃうから」
 イタズラっぽくおっしゃったほのかさまが、意味深な含み笑いで私を見つめました。

「そう言えば、ほのかさんは、デザインルームの中へ入ったことは、あるのですか?」
 朝からずっと気になっていたことがつい、口をついてしまいました。

「もちろんあるけれど、それが何か?」
「あの、いえ、私、ここに入ってから一度も、あのお部屋に入ったこと、ないんです」
「えっ?そうだったの?」
「はい。入社前の面接で、あ、みなさまがいらっしゃらないときに、ここでしたのですけれど、あのお部屋には無断で入ってはいけない、ってチーフがおっしゃってから、一度も・・・」

「ふーん。そうなの。なぜなのかしらね?別に普通のお部屋よ。いかにも、開発の現場、みたいな感じで、いくぶん散らかってはいるけれど」
「どんな感じなのですか?」
 興味津々、知らずに身を乗り出してしまいます。

「そうね。ミサキさんの立派なパソコンと周辺機器一式がデンとあって、リンコさんが使うミシンとかお裁縫用具が棚に整理されていて・・・」
「中は外からの見た目より意外と広い感じなの。デスクには何かアニメのキャラクターらしい美少女フィギュアが飾ってあったりして・・・」
 少し上をお向きになり、思い出すようにポツリポツリ教えてくださるほのかさま。

「そうそう。お部屋の奥のほうはウォークインクローゼットみたいに、サンプルのお洋服がズラーッとハンガーに架けて並んでるの。今まで作ったアイテムね。あと、等身大の、とてもリアルな女性のマネキンと、トルソーも4体くらいあったかな。奥は、倉庫みたいな感じね」
「そんな感じかな。別にチーフが直子さんに見せたくないものなんて、あるとは思えないけれど・・・」
 そこまでおっしゃって、ほのかさまが何か思いついたようなお顔になりました。

「ひょっとしたら、これが理由なのではないかしら。直子さんがチーフの面接を受けたのって、4月の初め頃よね?」
「はい」
「ちょうどその頃、今度のイベントでメインになるアイテムの開発真っ最中だったの。それは本当に、とてもキワドイデザインなの。普通の人だったら、まず着たいとは思えないくらい」
 苦笑いみたいな表情を浮かべたほのかさま。

「そのデザインの試行錯誤中だったから、きっとデザインルームに、その試作サンプルがたくさん飾ってあったはず」
「チーフは、それを直子さんに見せたくなかったのかもしれないわね」
「だって、これから入社しようっていう人に、いきなりそんなえっちなお洋服見せたら、呆れて逃げ出しちゃうかもしれないもの、ね?」
 愉快そうに微笑まれるほのかさまを、まぶしく見つめました。

「そのお洋服も、明後日のイベントでお披露目されるのですか?」
「うん。もちろんよ。モデルの絵理奈さんが、きっと物凄くセクシーに着こなしてくださるはずよ。直子さんも、楽しみにしていて」

 ほのかさまのお口から、絵理奈さん、というお名前が出たとき、私の心臓はドキンと波打ちました。
 一瞬、昨日の出来事を何もかも、ほのかさまにお話しちゃいたい衝動に駆られました。
 でも、なんとか我慢して、その後は当たり障りのないアニメや音楽の話題などで、楽しくおしゃべりして過ごしました。

 その翌日は、イベント会場設営の日。
 珍しく午前中に、社員スタッフ全員がオフィスのメインフロアに集合しました。
 ものすごくお久しぶりな間宮部長さまは、私の顔見るなり駆け寄ってきて、ギュッとハグしてきました。

「うわー。久しぶりー。相変わらずナオちゃんは可愛いねえ」
 私の髪をクシャクシャしながら、満面の笑みで見つめてくださいました。

「ほのかに聞いたよ。ナオちゃん、みんなの前でバレエ踊ったんだって?ワタシも見たかったなー」
「あ、いえ、そんなたいしたものでは・・・」
 やわらかいおからだにグイッと抱き寄せられながら、ドギマギしちゃう私。

「ワタシだけ見れないなんてズルイじゃない?そうだ。イベントが終わったら打ち上げで、踊って見せてよ。これは部長命令ね」
 ご冗談めかしておっしゃる間宮部長さまを、ほのかさまが嬉しそうに見つめていらっしゃいました。

 早乙女部長さまは、いつものようにご自分のデスクで、パソコンをあれこれ操作されていました。
 横にお座りになったリンコさまとミサさまと、パソコンのモニターを指さしながらなにやら小声でご相談されています。
 いつものようなポーカーフェイスで、いつものように凛々しく優雅に。
 一昨日、私が耳にした会話は全部、私の妄想がもたらした幻の空耳だったのではないかと思っちゃうくらい、いつもの気品溢れる早乙女部長さまでした。
 そんな早乙女部長さまを横目でチラチラ窺がっていると、チーフが私の横にお座りになりました。

「決算終了、ご苦労様。森下さん」
 ちょっとわざとらしいくらいのお声でそうおっしゃってから、私の右耳に唇を近づけられ、コショコショつぶやかれました。

「チョーカー、似合っているじゃない?直子。それをずっとしてるっていうことは、ずっとムラムラなのね?」
 それから、私が開いていたノートパソコンのキーボードに右手を踊らされ、素早くメモ帳を開いて素早くタイピングされました。

「イベントが終われば時間空くから、この週末はたっぷり虐めてあげる」

 スクッと立ち上がったチーフの後姿が社長室のドアの向こう側に消えるまで、ボーっと眺めていました。
 消えてからは、目の前の、たった今チーフがタイピングされた文字列を何度も何度も読み返しました。

 イベントが終われば、私のお姉さまが私の元に戻ってくる。
 大型連休以来、待望のふたりだけの時間。
 今度は、どんなご命令で虐めてくださるのだろう。
 そう言えば、社長室に飾ってあるピンクの鞭も、お姉さまから使われたことはまだなかったのだっけ。
 イベントが終われば、休日にまで出社してオフィスにこもるスタッフもいなくなるだろうから、このオフィスで虐めて欲しい、ってリクエストしてみようか。

 チラッとまた、早乙女部長さまを盗み見ました。
 部長さまと絵理奈さまの淫靡な会話が、頭の中によみがえります。
 私にだって、お姉さまがいるもの。
 ああん、早く明日が来て、早く明日が終わって、早く週末になればいいのに。

 お昼は、みなさまとご一緒に仕出しのお弁当をいただき、午後からはいよいよイベント会場の設営開始。
 イベント会場は、このオフィスビルに隣接されている多目的ホール7階にあるレンタル会議室の一室。
 本番は明日ですが準備のために、今日、明日と二日間借り切っているのだそうです。

「お手伝いの人たちには、午後1時に現地集合って伝えてあるから、そろそろ移動しましょう」
 早乙女部長さまの号令で、スタッフ全員立ち上がりました。
 だけど、ここでも私はお電話番でお留守番。

「イベント間近は、ご招待客からの確認電話がけっこうあるからね。今日、東京来て一泊する地方の方も多いし。しっかりお留守番、頼むわよ」
 オフィスを出て行く直前に、念を押すようにチーフがおっしゃいました。

「2時開場、3時開演、5時終演、6時まで商談会。打ち上げパーティは7時から隣接のホテルの宴会場、会費無料。聞かれたら間違えないでね」
「電話さえしっかり受けてくれれば、あとはマンガ読んでいようがネットサーフィンしていようが、かまわないから」

 チーフにポンと肩を叩かれ、それを聞いたミサさまは、わざわざデザインルームに戻り、大学のオタクサークルが舞台のコメディマンガ単行本を10数冊、私のデスクの上に積み上げてくださいました。
 でもこのマンガ、私、全巻持っているのですけれど・・・

 ときどき電話を受ける以外は、この週末、お姉さまにどうやって虐めていただくかばかりを考えて過ごしました。
 
 オフィスでするとしたら、あの面接のときみたいになるのかな?
 出来ればデザインルームにも入れてもらって、ほのかさまがおっしゃるところの、私が呆れちゃうくらいえっちなお洋服っていうのも着せてもらいたいな。
 それに、やっぱりオフィスの中だけではなく、連休のときみたいに、お外にも恥ずかしい姿で連れ回してもらいたいし。

 でも、そうなると池袋の街ということになるから、変装しなくちゃいけないかな。
 私はいいけれど、お姉さまにとって大事なお仕事の拠点なのだから。
 だったらウイッグも用意しておかなくちゃ。
 確かシーナさまが純さまのお店で買ってくださった、ショートボブのがあったはず・・・
 妄想はとめどなく溢れ出て、今からそのときが愉しみでたまらなくなっていました。

 5時を過ぎたら転送電話に切り替えて合流なさい、と言われていたので、5時過ぎに戸締りをしてオフィスを出ました。

 週末が一番の愉しみでしたが、明日のイベントもやっぱり楽しみでした。
 社員のみなさまがお口を揃えてキワドイとおっしゃるアイテムを、50人以上もの人の前で、あの華やかな絵理奈さまが身に着けて、ご披露するのですもの。
 
 そういうのって、どんな気持ちになるのだろう・・・
 他人事ながらワクワクドキドキしちゃいます。
 エレガント・アンド・エクスポーズ。
 一体どんなに恥ずかしい衣装なのだろう・・・

 エレベーターを乗り継いで、会場のある7階フロアにたどり着きました。
「あっ、ナオっち、おつかれー」
 目ざとく私をみつけてくださったリンコさまがお声をかけてくださいました。

 会場の出入り口ドアとなるのであろう周辺には、見慣れない人たちがガヤガヤとたむろされ、その奥にリンコさま。
「もう大体飾り付けも終わったから、中へ入ってみればー」
 大きなお声で私に手招きくださっています。

 入口にたむろされている方々は男性が多く、その数5~6名くらい。
 なんとなく見覚えがあるお顔も見えるので、おそらくスタンディングキャット社からの助っ人の方々なのでしょう。
 ということは、このかたたち、全員ダンショクカさん?
 モジモジしつつ、リンコさまのほうへ近づいていきました。

「あ、一応紹介しておくね。明日のイベントのお手伝いをしてくださるスタンディングキャットのみなさん。橋本さんと本橋さんには前に会ったことあるのよね?」
「は、はい・・・」
 見覚えのある体育会系マッチョのハンサムさんとインテリ風メガネのハンサムさんが、同時にニッと笑って会釈してくださいました。

「この子は、森下直子さん。うちの期待の新人でバレエの名手。バレーつってもハイキューじゃなくて白鳥とかのほうね」
 ほぉーっ、って感心されたような低めのお声が一斉にあがり、思わずうつむいてしまいました。

「でも、ぜんぜん男馴れしていないお姫様だから、ちょっとでも苛めたりからかったりしたら、このアタシが承知しねーからなっ!」
 リンコさまが、半分冗談ぽくドスの効いたお声で啖呵をお切りになると、そこにいた男性全員が一斉に野太いお声で、
「へいっ、姉御!」
 一瞬、間を置いて、一同がドッと沸きました。
 みなさま、ずいぶんよく訓練された王国民のようです。

「こっちが柏木さんで、こちらが右から阿部さん、道下くん、春日くん」
 がっちりした人や少しナヨッとした人、ドギマギしてしまってまともに視線を合わせられないのでよくはわかりませんでしたが、みなさまビジネススーツがよくお似合いなイケメンさん揃いでした。

「彼らは、明日のイベントの言わばボディガードみたいなもの。興味本位で潜り込もうとするゴシップ雑誌記者とかもいるのよ。そういう輩を見張ってくれるの」
「あと、受付とか音響とかパワポの操作とか。もちろん撤収のときの力仕事もね」

 私に向かって、さわやかスマイルを放ってくださるイケメンさんたち。
「よ、よろしくお願いしまーす」
 小さな声でモゴモゴ言って、ペコペコとお辞儀をしながら、だんだんドアへと近づき、ようやくイベント会場の中に入れました。


オートクチュールのはずなのに 38


2016年2月7日

オートクチュールのはずなのに 36

「うふふ。剃り残し発見。やっぱり自分では、お尻のほうまで丁寧に剃れないものね?お尻の穴の周りに縮れたヘアがポツポツ、チョロチョロって」
「あぁーーいやーっ、見ないでリナちゃん・・・」
「失敗したなー。カミソリ、持ってくればよかった。ま、いいや。イベント終わったらじっくり、キレイに剃ってあげるね」

「あんっ!痛ぁい!」
「才色兼備な部長さんは完璧じゃなくちゃ。これじゃあカッコ悪いもの。ほらー。こんなに長いのが肛門の縁に生えてたー」
「あぅぅぅ・・・」

 私もあわてて、自分のお尻の穴の周辺に指を滑らせました。
 幸か不幸かまったくのスベスベ。
 なので、早乙女部長さまの恥毛を抜いたのであろう絵理奈さまのイタズラは、再現できませんでした。

「ねえ、アヤ姉があたしのヘアを剃ったときのこと、憶えてる?」
「仰向けのまんぐり返しで、こーんなに脚を広げさせられて、アヤ姉がお尻にくっつくほど顔を近づけて」
「あうーーっ、いやーっ・・・」

 おそらく絵理奈さまが部長さまの両脚を無理矢理、思い切り押し広げられたのだろうと思い、私も両脚をMの字からVの字に変え、左右に150度くらい広げました。

「あのときのアヤ姉の顔、すごくいやらしかったわよ。目を爛々と光らせちゃって、口は半開きで、今にもよだれを垂らしそうな」
「あたしも仕事柄、ヘアのお手入れでサロンには通い慣れているけれど、あそこまで恥ずかしいことされたのは初めて」

「ピンセットで丁寧に、一本づつ抜いてくれたわよね?こんなふうに」
「あたしの前と後ろの穴に指を挿れたまま、動いちゃだめよ、って叱りつけて、こんなふうに」
「あたし、それをされながら、アヤ姉って、正真正銘のどスケベなヘンタイさんなんだって、確信したんだ」

 絵理奈さまがお話されているあいだ中、部長さまはアンアン喘いでいらっしゃいました。
 ときどき、痛いっ!っていう呻き声が混じるのは、きっと恥毛を抜かれているのでしょう。
 私も、前と後ろの穴に指を挿入し、部長さまが喘ぐお声にリズムを合わせました。

「初めて事務所で会ったときに、ピンときたの。あ、この人、あたしに興味持ったな、って」
「あたし、そういうとこ、鋭いのよ。自分が好かれたか嫌われたか、第一印象でわかっちゃうの」
「アヤ姉が初対面で、相手のからだのサイズを全部見破っちゃうのと同じね」

 部長さまがずっと、低く高くアンアン喘がれているのもおかまいなしに、絵理奈さまが冷静なお声でお話つづけます。
 部長さまの吐息が、着実に昂ぶっていくのがわかります。
 絵理奈さまの指は、お話のあいだも堅実にお仕事をされているようです。

「あたしたちって会って2回目で、もうしちゃったでしょう?あれは、言わばあたしの枕営業。ギャラ良かったから、アヤ姉の仕事、絶対獲りたかったの」
「あたしとしたがってるって、丸わかりだったもの。せっぱつまった顔であたしのことじーっと見て」
「だけど離れられなくなっちゃった。だって、アヤ姉、とても上手なんだもん、気持ちいいこと」

「アヤ姉のためなら、どんな恥ずかしい衣装だって着れるけれど、アヤ姉がいつも余裕綽々なのがニクタラシかった」
「だから、ちょっとゴネて交換条件出したの。アヤ姉にだって、絶対エムっぽい一面もあるはずだと思って」

「うふふ。いい格好。眉目秀麗で名高い部長さんのこんなにいやらしく歪んだ顔見れるのって、世界中であたしだけよね。いつもの、わたくしは何でもわかっています、みたいな上から目線は、どこにいっちゃったのかしら?」
「おっと、おあずけー。まだイカせてあげない。そんな顔したって、だめなものはだーめ。イキたかったらちゃんとあたしにお願いしなくちゃ」

「リナちゃんお願い、もっと、もっとして・・・もうちょっとなの、もうちょっとで・・・お願いぃぃ」
「うわー、お尻の穴がおねだりするみたいにヒクヒクしてる。指抜かれちゃって、そんなに寂しい?」
「もっとおねだりしていいのよ。ほら、自分で力入れて、開いて、すぼめて、開いて、すぼめて」

「肛門と一緒にラビアもウネウネ動くのね?こんな格好、いつも部長さんに叱られている他の社員や取引先の人が見たら、どう思うかしら」
「ほら、まだやめていいなんて言ってないわよ?やめたら金輪際、弄ってあげないから」
「あふぅぅ・・・」
 部長さまの、聞いているだけでゾクゾクしちゃうような、せつなげなため息。

「ふふん。株式会社イーアンドイーが誇るクールビューティも、こうなっちゃったらただのメス犬ね。乳首もこんなにおっ勃てちゃって」
「はぅっ!歯を立てないで・・・ううん、もっと立てて・・・ちぎれるくらいにぃ・・・」
「こう?すっごく固くなってるわよ?コリッコリ。こっちのおマメも」
「あぅっ!そう、そこぉ・・・そこよぉ・・・」
「仕方ないなあ、指も戻してあげる」
「あぅっ!そこ、そこ、そこそこぉ、もっと、もっとぉ・・・あああああーーーっ!!!」
  
 絵理奈さまの嗜虐的なお声と部長さまのあられもない懇願の果て、一際甲高い部長さまの悲鳴が響き、椅子の上の私の腰も、それに合わせて一段高く跳ね上がりました。

「ハアハア、あと、ねえリナちゃん、ハアハア、うちの社名は、イーアンドイーではなくて、ダブルイー、だから・・・」
 荒い息の中から振り絞るような、部長さまのお声が聞こえました。
「あれ?そうだったっけ?あたし、そういうのあんまり気にしないから」
 とぼけたような絵理奈さまのお声。
 その後すぐ、パッチーンという小気味良い打擲音がつづきました。

「はうぅっ!」
「アヤ姉ったら、こんなにされてもまだ、そんなことが指摘出来る余裕があるの?もー、ニクタラシイ。こうなったら徹底的に虐めちゃう。一切あたしに口答え出来ないくらいに。そこに四つん這いになって」
 もう一度パッチーンと音が響き、しばらくガサゴソする音が聞こえていました。
 ついさっきイッて間もないのに、早くも早乙女部長陵辱調教第2回戦の始まりのようです。

 私はと言えば、椅子の上では四つん這いになることが出来ません。
 かと言って、床の上でなるとイヤーフォンが届かなくなってしまいます。
 仕方がないので椅子を降り、デスクの上に上半身を伏せ、お尻を突き出すような格好になりました。
 デスクに押し付けたおっぱいがひしゃげ、尖った乳首がムズムズ疼きました。

 しばらくガサガサ、ジャラジャラが聞こえた後、絵理奈さまのお声。
「ほら、これ。見える?」
「あんっ、まさか、そ、それを、挿れるの?」
 怯えたような部長さまのお声。

「言ったでしょ?アヤ姉があたしにしたこと、全部やってあげる、って。言うなれば今日は、あたしがイベントでちゃんと気持ち良く仕事出来るように接待する、早乙女部長さんのアタシに対する枕営業なのよ。だから、どんな要求だって、部長さんはノーとは言えないの」

 絵理奈さまが部長さまに、何をお見せになったのかはわかりません。
 でも、お尻か性器をイタズラする何らかのお道具であることは確かだと思いました。

「もっと力抜かないと入らないわよ?段々太くなっていくんだから・・・」
 絵理奈さまのそのお言葉でお尻のほうだと思い、私も自分のお尻の穴に人差し指を挿入しようとあてがった刹那・・・
「トゥルルルルルッ・・・」
 電話機の呼び出し音が、びっくりするくらい大きく響きました。

 一瞬、頭の中が真っ白になってフリーズ。
 その後すぐ、あ、そうだ、お仕事なんだ、出なくちゃ、と理解し、あわててデスクから上半身を起こしました。
 その拍子にイヤーフォンが左右とも、両耳からスポンと抜け落ちました。

「は、はい。お待たせしました。お電話ありがとうございます。株式会社ダブルイーでございます・・・」

 全裸でお仕事のお電話に出るなんて、もちろん入社以来初めて。
 立ち上がって受話器を耳に押し付け、ふと視線を下に落とすと自分の尖った乳首が痛々しく背伸びしていました。
 私、なんて破廉恥なことをしているのだろう・・・
 今更ながらの強烈な背徳感と羞恥心が全身を駆け巡りました。

 そのお電話は予想通り、税理士の先生からのものでした。
 幸いなことに書類にも数字にも何の不備も無く、そのまま税務署に申告されるということで、納める税金の総額と明細を教えてくださいました。

 それをメモしながら、私はがっかりしていました。
 だって、その電話が終わってしまえば、私は帰宅しなければなりません。
 部長さまと絵理奈さまの淫靡なヒミツを、それ以上聞くことが出来なくなってしまうのですから。

 受話器を置いて壁の時計を見ると、まだ夕方の5時を少し過ぎたところでした。
 デザインルームにも電話機があるのは、今まで何度か部長さまやリンコさまに取り次いだ経験上、知っていました。

 今のお電話、気づいたかしら?
 おふたりがプレイに夢中になっていて、気づかなかった、ってこともありえるかも。
 部長さまには、7時くらいまでには、ってお教えしたから、もしも気づいていなければ、まだ帰るのを引き伸ばせるかもしれない。
 一縷の望みを託し、大急ぎで外れたイヤーフォンを両耳に挿し直しました。

「・・・だったのかしら?」
「あたしは、呼び出し音は聞こえなかったけれど、電話機のライトがピカピカしていたのは事実よ。この目ではっきり見たもの」
「そうね。音量は絞ってあるから。でも、通話は短かったわよね?ライト、すぐ消えたもの。あんっ!ちょっとお願い、動かさないでくれる?頭が働かないわ・・・あぁんっ」

「その、なんとかって子が帰ったら、堂々とフロアに出れるんでしょ?だったら早く帰しちゃいなさいよ」
「でも、今の電話がそうだったのか、わからないもの・・・」
 どうやら電話があったことには、気づかれたようでした。

「いっそのこと、こっちから内線しちゃえば?それで、そうだったら、さっさと帰れっ、って。違ってたら仕方ないし」
「あんっ。そ、それもそうね。違ったら、こちらからも一回、先生にかけてみなさい、って言うわ」
「うん。それがいい。ただし、そのオモチャは全部、挿したまんま電話するのよ。いつもみたいなお澄まし声で」
「えっ!?、そ、そんな・・・もしバレちゃったら・・・あんっ、どうするのぉ?うちの社員なのよ?」
「だったらバレないように、せいぜいガンバレばいいじゃないの?これもお仕置きの一環。さっきあたしに口答えした罰ね」
 心底楽しそうな絵理奈さまの弾んだお声。

「もたもたしていると、バイブのおかげで、もっともっと高まっちゃうんじゃない?それとも、イク寸前に電話して、いやらしい声を社員に聞かせたいのかしら?」
「わ、わかったわ。だから、あんっ、お願いだから、電話しているあいだ、それを、動かさないで・・・ああんっ」
「それって、これ?それともこっち?うーん。約束は出来ないなー」
 からかううような絵理奈さまのイジワル声の後、数秒して、こちらの内線が鳴りました。

 深呼吸して一呼吸置いてから、受話器を取りました。
 左耳にだけイヤーフォンを挿し、右耳に受話器を押し付けて耳を澄まします。
「はい・・・森下です」
「今、電話があったみたいだけれど、先生から?」
 部長さまの静かなお声が聞こえてきました。

 状況がわかっているためでしょうが、部長さまのお声はとても艶っぽく私の右耳に響きました。
 この電話の向こうで部長さまは、一糸纏わぬ姿で、パイパンにされた秘部と、おそらくお尻の穴にも異物を挿し込まれている状態。
 それなのに、極力平静を装う、わざとらしいくらいの事務的な口調。
 受話器の奥から、バイブレーターが唸るブーンという音まで、低く聞こえてくるような気がしました。
 そして、そんな電話を受ける私のほうも、マゾマンコをグショグショに濡らした全裸。
 数秒の沈黙が、何時間にも感じました。

 ・・・いいえ、違いました。保険の勧誘のお電話でした・・・
 ・・・だから私、まだ帰れません・・・
 
 帰りたくない言い訳が、まず頭に浮かびました。
 でも、この先ぜんぜん、誰からもお電話がかからなかったらどうしよう・・・
 帰るきっかけがつかめずに、あとで先生に直接確かめられたりしたら・・・
 嘘をつき通せる自信がありませんでした。

 ・・・そんなことより、おふたりは今そこで、何をされているのですか?・・・
 ・・・今、どんなお姿なのですか?・・・・
 ・・・私が今、何をしているのか、知りたくないですか?・・・
 
 つづいて、部長さまにお尋ねしたいことが次々と、頭の中を駆け巡りました。
 だけどそんなこと、言い出せるはずがありません。
 私が口にしようとしている言葉は、部長さまを裏切るような形、つまり盗聴と言う卑怯な手段で知ってしまったヒミツなのですから。

「はい。先生でした。何も問題は無かったそうです」
 ゆっくりと、正直にお答えしました。
「そう。よかった・・・」
「それで、今期の納税額は・・・」
「あっ、そ、それは後でいいわ。今聞いても忘れちゃうから、イベントが終わったらゆっくり報告してちょうだい」
 ホッとされた部長さまの一刻も早くお電話を切りたいご様子が、その焦ったような口ぶりでわかりました。

「はい。わかりました」
「ご苦労様。戸締りして帰っていいわよ。あ、帰るときはメインフロアの灯りと空調消して、外鍵も締めていってちょうだい。わたくしたちは、もうしばらく、ここにこもることになりそうだから」
「わかりました、それでは、お先に失礼させていただきます」
「はい。お疲れさま。ごきげんよう」
 プチッとお電話が切れました。

「やっぱり先生だったって。よかった。これでやっと、心置きなく愉しめるわ」
「さすがアヤ姉ね。とてもオマンコにバイブ突っ込まれて、アナルビーズ出し挿れされているようには思えない、名演技だったわよ?」
「あぁんっ、動かさないで、ってお願いしたのにもうっ!リナちゃんはイジワルなんだから」

「うふふ。その代わり名演技のご褒美に、ここからは全力でイカせてあげる。それで今度は、フロアに出て念願のオフィス陵辱プレイをするの」
「だ、だめよまだ。彼女がフロアに出たときに、わたくしが大声あげちゃったらどうするの?電気と空調を消すように指示したから、あの子が出て行くまで静かにしていましょう。空調消したら、そこのパネルでわかるから」

「そんなの、アヤ姉が声をがまんすればいいだけの話じゃない?イキたいんでしょう?あたしがイカせてあげるって言ってるんだから、大人しく従いなさいっ!」
「あっ、あっ、だめ、だめっ、そんな、激しく、あっ、あーーっ・・・」
 
 そこまで聞いたところで、私は静かにイヤーフォンを外しました。
 心の底から愉しそうな、和気藹々としたおふたりのご関係を、とても羨ましく思い始めていました。

 なんだか心身ともにすごくグッタリしていました。
 疲れとか驚きとか、そういうことだけではなく、ムラムラが溜まりに溜まり過ぎて、からだと気持ちが重くなっていたのだと思います。
 早くお家に帰って、心行くまで思う存分オナニーしたい。
 そんな心境になっていました。

 ウェットティッシュで自分のからだと汚した床や椅子の上を丁寧に拭き、モゾモゾと脱ぎ捨てたお洋服を着直しました。
 ブラジャーは着けましたがショーツは穿かず、ジーンズを素肌に直に穿きました。
 それからパソコンを消し電気を消し、わざと大きめな音がするように社長室のドアを閉じました。

 メインフロアに出て、そーっとデザインルームのドアまで近づき、聞き耳を立ててみましたが、何も聞こえてきませんでした。
 とてもしっかりした防音のようです。
 灯りを消してから空調を切り、デザインルームのドアに向かって、ごゆっくり、と一言つぶやいて一礼し、廊下に出ました。

 エレベーターでひとり階下へ降りているあいだ、忘れ物をしたフリをしてもう一度オフィスに戻ったら、どんなことになっちゃうのだろう?なんて妄想しました。
 もちろん実行に移すことは無くオフィスビルを出て、翳り始めた夕暮れの家路を急ぎました。

 もうすぐお家、というところまで歩いたところで立ち止まり、オフィスビルを振り返って見上げると、消したはずの明かりがまた、豆粒ほどの小さな窓に灯っていました。
 部長さまと絵理奈さまは、今もあの窓の中で淫靡な秘め事を、思う存分愉しんでいらっしゃるのだろうな・・・
 いいなあ、部長さまも、絵理奈さまも・・・
 
 今すぐにでもお姉さまにお逢いして、そのしなやかな腕で抱きしめて欲しくてたまらない・・・
 なぜだかそんな、人肌恋しいセンチメンタルな気分になっていました。


オートクチュールのはずなのに 37