2015年11月29日

オートクチュールのはずなのに 26

 翌朝からまた、お仕事の日々が始まりました。
 会社内は、あと一ヶ月少しに迫った新作発表イベントに向けて、とてもあわただしい雰囲気となっていました。

 オフィスには連日、数組のお客様が入れ代わり立ち代りお見えになり、すべて早乙女部長さまがお相手をされていました。
 営業の間宮部長さまは、ほとんどお顔を拝見出来ないほど、日本各地を飛び回っているご様子。
 ほのかさまも朝はオフィスへ出社されますが、すぐにどこかへお出かけになり、夜遅くにお戻りになるのがザラでした。
 リンコさまとミサさまは、デザインルームにこもりっきり。
 もちろんお姉さま、いえ、チーフも外出がちで、お話出来るのは一週間に一度あればいいほう、という状態。

 そんな中で私はと言えば、午前中に通常の業務を終わらせ、午後からは、5月末の決算に備えて当期過去分の必要書類や数字の再点検というお仕事を任され、社長室に遅くまで閉じこもる毎日でした。
 
 なので、ずっとオフィスに残っている私と一番頻繁にお顔を合わせるのは、早乙女部長さま。
 その早乙女部長さまもたいていお客様のお相手をされていたので、実質私は、ひとりきりみたいなもの。
 誰かと無駄話もたまにしか出来ず、孤独にパソコンのモニターとにらめっこする毎日がつづきました。

 お休み明けすぐの頃は、久しぶりのお仕事ということもあり、心身を引き締めて余計なことは一切考えずに、ひたすらお仕事に没頭しました。
 一週間くらい過ぎると通常業務の要領も思い出し、余裕が出てきました。
 余裕が出てくると、どうしても思い出してしまうのが、連休中の出来事。
 お姉さまとの濃密な三日間で、私の中の何かが、確実に変わっていました。

 実を言うと私のムラムラは、連休明け以降もずーっと継続していました。
 オフィスにいるあいだは我慢していましたが、帰宅してエレベータを降りるとすぐ、お姉さまからいただいた赤い首輪を嵌めました。
 首輪はずっと通勤バッグにしのばせ、持ち歩いていました。

 首輪がもたらす首筋の異物感が、妙に心を落ち着かせてくれるのです。
 首輪を嵌めている、イコール、離れていてもお姉さまと一緒にいる、ような感覚。
 首輪をしている自分こそが本当の自分、とさえ思うようになっていました。
 それから当然のように全裸になり、リードを付けて鎖を素肌に絡ませ、満足するまで自分を虐めました。

 思い浮かべる妄想にも変化が起きていました。
 それまで、私を妄想の中で虐めてくださるお相手は、今まで私を虐めてくださった知っているお顔の誰か、だったのですが、それがお姉さまに固定しました。
 そして、いつも周りを不特定多数のギャラリーが囲むように変わっていました。
 以前なら絶対に思い浮かべない男性の姿も、虐められている私を蔑む視線として自然に思い浮かびました。

 虐められる場所も、人通りの多い街中ばかり。
 交差点とかレストランとか公園や電車の中とか。
 そういった場所で首輪にリードで全裸の私は、四つん這いやM字姿で、お姉さまの手により徹底的にイカされるのです。
 大勢の見知らぬ人たちが、好奇の視線で見守るその前で。

 つまりは、あの三日間にお姉さまからされたこと、それがもっとエスカレートすることを、私は望んでいるようでした。
 そんなこと出来るはず無いと、イキ疲れて理性が少し戻った頭でなら、臆病者の私が思うのですが、次の日、また自分のからだを虐め始めると、同じ妄想に身を焦がすくりかえし。

 首輪を着けたまま眠りにつき、翌朝、出勤のために首輪を外すときに感じる一抹の寂しさ。
 私の激しいムラムラ期は、生理を迎えてさえ鎮まることなくつづいていました。

 お休み明けに出社したとき、社長室の応接テーブルの上に、一本の乗馬鞭が箱を開けて中身が見える状態で無造作に置かれていました。
 オレンジ色の箱の中、一際目立つ鮮やかな赤色の持ち手とベロ、その他の棒部分はお上品なクリーム色というオシャレな乗馬鞭。

 社長室に入ってロールカーテンを開けようとしたときにそれをみつけ、私の心臓はドキンと跳ね上がりました。
 お姉さまが私のために誰かから譲っていただいた、私を虐めるための高級ブランドもの乗馬鞭。

 お姉さま、どうしてこんなところに無造作に置き放しにしたのだろう?
 あの日、私に見せることが出来なかったから、わざわざ置いておいてくれたのかしら?
 だとしたら、誰かにみつかる前に、どこかに片付けたほうがいいのかな?
 しばし迷っているうちに、ノックとともにドアが開き、出社されたほのかさまが社長室へ入ってきました。

「おはよう、直子さん。おひさしぶりね。チーフのお手伝い、上手くいった?」
 たおやかな笑顔で近づいて来るほのかさま。
「あ、おはようございます。それでえっと、はい。なんとか・・・」
 ほのかさまに向き直り、乗馬鞭を隠すように両手をバタバタ振って、しどろもどろな私。
 かまわずもっと近づいてきたほのかさまが、おやっ?という感じでテーブル上へと視線を遣りました。

「あら?素敵な乗馬鞭。ああ、そう言えばチーフ、信州で乗馬されたっておっしゃっていたわね」
 私の隣に並び、乗馬鞭をしげしげと覗き込むほのかさま。

「あ、はい。ほのかさんもご存知だったのですね」
「うん。空港へ送ってもらう前にここに寄ったとき、おっしゃっていたわ。久しぶりだったけれど、とても気持ち良かったって」
 ほのかさまが乗馬鞭を見つめながらおっしゃいます。
「きっとそこで、手に入れられたのね」
 ほのかさまの手が乗馬鞭に伸び、箱ごと持ち上げられました。

「あら、有名なブランドもの。すごーい。これなら可愛いし、お客様との話題の種にもなりそうだから、インテリアとして飾っておいても良さそうじゃない?」
 おっしゃりながら、すぐにテーブルの上に箱を戻されました。

「きっとチーフもそのおつもりよ、こんなところにわざわざ出しっ放しのまま出張に出かけられたのだもの」
 そうおっしゃると、ほのかさまはあらためてゆっくりとお部屋を見渡し、もはや乗馬鞭への興味は失くされたようでした。

「さあ、今日からイベントの日まで、やることたくさんあるけれど、一緒にがんばりましょうね」
 私の両手を取り、さわやかにおっしゃったほのかさまは、私の返事は待たず、来たときと同じ優雅な足取りで入ってきたドアに向かわれました。

「はいっ!がんばりますっ!」
 ほのかさまに聞こえるように、その背中に大きめな声をかける私。
 出る寸前に振り返り、ほのかさまはニコッと可憐な笑顔を向けてくださいました。
 
 結局、ほのかさまのお言葉で、私はその乗馬鞭をテーブル上から片付ける理由を失くしました。
 お仕事に集中しなくてはいけないあいだは、あえてその乗馬鞭を見ないようにし、存在を忘れるように努めました。

 連休明けから四日後の夜、どうやら私が帰った後にチーフが立ち寄られたらしく、その翌朝、応接の壁際に設えられた、刀剣を飾るような台に恭しく飾られた乗馬鞭を発見しました。
 ほのかさまの推理は、大当たりだったのでした。

 その数日後。
 お仕事に余裕が出来、煩悩の塊となった私は、その乗馬鞭が気になって仕方なくなっていました。
 お姉さまが私を虐めるためだけに手に入れてくださった、私専用の乗馬鞭。
 そんな乗馬鞭が私の仕事場に堂々と飾ってあるのです。
 気にならないわけがありません。
 
 オフィスに早乙女部長さましかいなく、その部長さまもご来客さまと応接にこもっておられるようなときを見計らって、そっとその鞭を手に取り、軽く振ってみたりしました。
 軽く振っただけで、ヒュンという心ざわめかせる被虐的な音が鳴り、マゾマンコがキュンと疼きました。
 扇情的な赤いベロでジーンズの腿を軽くペシペシ叩いたり、股間を撫でたり。
 
 ああん、早くお姉さまの手でこの鞭を振るわれて、剥き出しのお尻が真っ赤になるまでいたぶられてみたい・・・
 そんな妄想で人知れず、ショーツの股間を濡らしていました。

 そのまた数日後のある日の午後。
 今度は、リンコさまとミサさまが息抜きのため、社長室を訪れました。
 おふたりとも乗馬鞭のことは知らなかったようで、最初のいきさつから、ここに飾られるまでを全部、ご説明しなくてはなりませんでした。
 もちろん、私専用というはしたない秘密だけは隠して。

「へー。乗馬なんて優雅な遊び、インドア派のアタシらには縁の無い世界だわねえ」
 おっしゃりながらリンコさまが乗馬鞭を手に取り、力強く一回振りました。
 ヒュンッ!
 と妙に甲高い、私にとっては身震いしちゃいそうなほど官能的な音が室内に鳴り響きました。

「うわっ。なんだかこの音って淫靡な感じしない?アタシらみたいな輩には、鞭っていうと乗馬よりも、どうしてもアッチ関係のイメージが強い道具だからさ」
「ヒュンていう音の後に、キャッとかアウッとかイヤンなんて言葉がつづきそうな感じ」
 そんなことをおっしゃって、ミサさまに乗馬鞭を渡すリンコさま。
「うん。だけどボクの調査だと、乗馬鞭はあまり使えないらしい。プレイならバラ鞭、本気で痛めつけるのなら一本鞭が至高、らしい」
 おっしゃりながらヒュンヒュン良い音を響かせるミサさま。

 ミサさまは、普段、あまりお話しされません。
 お仕事中、チーフや部長さまたちと必要最低限の会話をされるときには、ご自分のことを普通に、私、と称されますが、こういったくだけたお仲間とのおしゃべりのときは、一人称が、ボク、に変わります。
 
 最初にそれに気づいたとき、ボーイッシュなリンコさまではなく、ロリ&ボインなミサさまのほうが、ボク、とおっしゃることに、新鮮な驚きを感じたものでした。
 慣れるとそれがとても可愛らしく聞こえて、私は大好きでした。
 今も、無邪気に鞭を振るうミサさまの豊かなお胸が、ふんわり気味のブラウスの下でもわかるくらい、ブルンブルン揺れています。
 さすがおふたりとも、俗に言う腐女子系なオタク趣味をもお持ちなだけあって、その手のSM的知識も豊富にお持ちのようでした。

「アタシもコスプレの小道具でちゃちいのを何本か持っているけれど、さすがに元馬具メーカーのブランドものだと、作りがしっかりしてるよね。今度そっち系のコスプレするとき、チーフに貸してもらおう」
 ミサさまから戻された鞭を指揮棒みたいに振るリンコさま。
 今日はゆったりめなグレーのTシャツの下で、控えめな乳首が浮き沈みしています。

「でもさ、チーフがこの鞭持ってる図って、かなりお似合いだと思わない?かっちり系スーツ姿で仁王立ち」
 リンコさまの問いかけにコクンとうなずくミサさま。
「早乙女部長も似合いそう。赤フレームのつり目メガネあれば、なおよし」
 ポツンとつぶやいたミサさまにキャハハと笑うリンコさま。
 そんな会話を、ドキドキしながら聞いている私。

「それでさ、ナオっちが何かミスしたら、このテーブルの上に這いつくばらされて、突き出したお尻をペロンと剥かれてペシペシ叩かれちゃうの」
 リンコさまのお言葉に、
「それは、かなり、エロい」
 と、すかさず返すミサさま。

「ねえ?ナオっちって、鞭で叩かれたことある?」
 不意な突然唐突の直球一直線なご質問に一瞬絶句して、ワンテンポ遅れて盛大に首を左右に振る私。
「だろうねえ。普通ないわな。そんな感じにも見えないし。ナオっちとたまほのは、お嬢様まっしぐらっていう感じだもんね」
 私に向けたのかミサさまに向けたのか、独り言ぽくおっしゃったリンコさま。

「でもね、気をつけたほうがいいかもよ?チーフって絶対エスっ気あるから」
 今度ははっきりと私に向かって、からかうようにおっしゃるリンコさま。
「ボクもそう思う。なぜなら、ボクもそうだから」
 ミサさまがまた、ポツンとつぶやきました。

「でもアタシらはさ、妄想を絵や言葉にしているだけじゃん。二次創作で既存のキャラ借りて。最近凝ってるのはね、ビーエルを、敢えて女体化」
「ボクはナマモノも好物。チーフ×直子は、かなり萌える」
 真面目なお顔で答えるミサさま。

「あはは。いいね。うちのスタッフだと雅部長×たまほのとか、アヤちゃん×たまほのとかね。部長同士だと雅ちゃんが受けかな?」
「ボクの中では、間宮部長は誘い受けっぽい。だから、たまちゃんがどうなるか心配。攻めるたまちゃん、たまミヤは想像出来ない」
「あはは、ひどーい。ミサミサ、たまほののこと大好きだもんね?」
「うん。素敵」

「ナオっちは受けだよね?」
 ミサさまに尋ねるリンコさま。
「うん。総受け」
 きっぱり言い切るリンコさま。
 どんな表情をすればいいのかわからない私。

「あはは。でもナオっち、アタシらがこんなこと言ってるなんて、チーフたちに告げ口しちゃイヤよ。あくまで勝手な妄想なんだから」
 イタズラっぽく笑うリンコさまに、あやふやな笑顔をお返しして、コクコク真剣に頷きました。

「ところで先週のアレは見た?」
 そこで話題は唐突に変わり、その後はひとしきり他愛も無いアニメ関係のおしゃべりをした後、おふたりが出て行ってから考えました。
 果たして今の会話は、カマをかけられたのか、それとも単純に乗馬鞭から連想された冗談なのか。

 だけど、いくら考えても正解なんかわかるはずもなく、一抹の不安を頭の片隅に保留して、お仕事に戻りました。
 この日の会話で、リンコさまとミサさまのおふたりに、今まで以上に興味が湧いたのは事実でした。

 お休み明けから二週間過ぎても、私のムラムラは治まるどころか、ひどくなる一方でした。
 そのあいだ、家に帰れば毎晩、遅くまでオナニーしていたにも関わらずです。

 街を歩いていて、コインランドリーや証明写真ブースを見かけると、それだけでからだが反応し、下着を汚してしまうほど。
 公園の公衆トイレやコンビニ、地下鉄の階段、見知らぬマンションのベランダを見上げただけでも、そうなってしまうのでした。
 
 そこでお姉さまがしてくれたこと、いただいたご命令、自分が感じた恥辱感などが鮮明によみがえり、いてもたってもいられなくなってしまうのです。
 今すぐ、あのときと同じ快感を味わいたい、そこで恥ずかしい姿を晒して、たくさんの人に嘲り蔑んでもらいたい、という欲求に呑み込まれそうになってしまうのです。

 ジーンズや長めのスカートを穿いたときは、ノーパンで出社するようになっていました。
 そうでないときでも、お仕事の合間に人知れず、意味も無くブラジャーを外したり、ショーツを脱いでみたり、女子トイレで全裸になってみたり。
 もちろんすぐに元通りにはするのですが。
 社長室に絶対誰も入ってこないとわかっているときは、ノーブラのブラウスのボタンを全部外したまま、パソコンに向かったりもしました。

 過去の納品書や請求書をチェックするために、自社ブランドのカタログをパソコンで照らし合わせていると、エロティックなアイテムがいくつも出てきます。
 ボディコンシャスなドレス、ローライズジーンズ、マイクロビキニの水着、シースルーの下着、キャットスーツ、ヌーディティジュエリー・・・
 それまで極力、それらをそういう目で見ないように努めていたのですが、今の自分には無理でした。
 
 そういったものがモニターに映るたび、それを身に着けた自分を妄想し、そんな恥ずかしい格好の自分を街中へと放り出してみます。
 すると、ふしだらではしたない妄想が頭の中で延々と連らなり、全身の血液が乳首と下半身に集まってしまったかのように、ジンジン痛いくらい火照ってしまうのです。

 それでもさすがに、オフィスでオナニーまでは出来ませんでした。
 チーフから、会社はお仕事をする神聖な場所、と釘を刺されていた私でしたが、その頃のムラムラ状態であれば、もしも出来るチャンスがあったら、ためらわず内緒の行為に及んでいたことでしょう。
 出来なかった理由は単純に、オフィスで完全にひとりきりになることが無かったからでした。

 別室とは言え、必ずデザインルームにはリンコさまかミサさまがいらっしゃいましたし、夜の八時を過ぎてからひょっこり間宮部長さまが現われるようなこともありましたから。
 遅いときは夜の十時過ぎまでお仕事をしていたときもありますが、オフィスには誰かしら、私の他にいらっしゃいました。
 
 私の本性をまだご存知ないスタッフの誰かが一生懸命お仕事をされている、そんなところで構わずオナニー出来るほどの大胆さと言うか僭越さは、持ち合わせていませんでした。
 なので、その日オフィスで育んだ妄想を大事に持ち帰り、お家に帰った途端、何かに憑かれたようにオナニーに励む毎日を過ごしていました。

 チーフ、いえ、最愛のお姉さまとは、そのあいだに二日ほどあったはずの休日も急な出張となり、デートのお約束もお流れ、2週間のあいだ、ほとんどお顔さえ拝見出来ない状態でした。
 連休以降にお姉さまとふたりだけでおしゃべり出来たのは、連休翌週火曜日のランチのときだけ。
 初めてこのオフィスを訪れたとき連れていってくださったエスニックレストランで、小一時間だけおしゃべり出来ました。
 でも、そのときも、お姉さまがひどくお疲れのご様子だったので、無難にお仕事関係のお話しと世間話しかしませんでした。
 その代わり、メールで毎日、オナニーしましたのご報告だけは入れていました。

 そんな悶々とした毎日を送る私に、ちょっとした事件が起きたのは、5月もそろそろ終わろうとする頃のある日。
 とある昼下がりのことでした。


オートクチュールのはずなのに 27



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