2015年5月10日

オートクチュールのはずなのに 03

 四月最終週の火曜日。
 すごく久しぶりにお姉さま、いえ、チーフとオフィスで長い時間、ご一緒出来ました。
「けっこう早く引き継げたわね。よくがんばったわ」
 そんな嬉しいお言葉もいただき、社長室でふたりきり、それぞれのデスクに向かっていました。

 お仕事に対して余裕が出てきたことと比例して、日に日に強くなるムラムラ感。
 オフィスに通い始めてしばらくは、そんなこと考える余裕なんてまったく無かったのですが、先週の半ばくらいにふと思い出だしたら、それからはそのことが、頭から離れなくなっていました。

 その朝、徒歩でオフィスへ向かう道すがら、高くそびえるビルをふと見上げて、なんとなく自分のオフィスの窓を探し始めました。
 左端の窓を上から下へ順番に数えて、カーテンに閉ざされたひとつの窓に見当をつけたとき、そう言えば私、あの夜あの窓辺に、全裸の服従ポーズでお外を向いたままマネキンのように放置されたんだっけ、って、突然、鮮烈に記憶がよみがえりました。
 見上げた窓はかなり小さかったのですが、もし今そこに人影があれば、その人が着衣か裸か、くらいの識別は容易に出来る気がしました。
 そう思った途端に全身がざわざわと、淫らにざわめき始めました。

 一度思い出してしまうと、もう止まりませんでした。
 建物内へとつづくバスターミナルを横切れば、大勢のバス待ちの人たちの前を、裸ブレザーにノーパンミニスカで歩かされたことを思い出し、エレベーターホールへ向かう通路では、素肌にボディコンニットだけで歩いた衣擦れの感触を、思い出してしまいます。
 オフィスフロアに着くと、えっちなジュエリーだけ着けた全裸をバスタオル一枚で隠して廊下を歩いたこと、トイレでは、そのバスタオルさえ剥がされちゃったこと、そして、オフィスの入口ドアの前でオナニーを命じられ、一生懸命声を殺して身悶えたこと・・・

 妄想ではなく現実に、つい一ヶ月前くらいに自分でやったヘンタイ性癖丸出しな行為の数々。
 社会人一年生という緊張と慌しさから、記憶を無理矢理頭の隅に追いやって極力触れないようにしていた、淫靡で甘美で背徳的な体験。
 ひとたび気がついてしまうと、このオフィスビルとその周辺には、お姉さまがもたらしたえっちな思い出が、そこここに満ち溢れていました。
 そして、その強烈なスリルと恥辱と快感を、もう一度味わいたいという欲求が、そろそろ限界なほどにまで、大きくなってきていました。

「チーフはこの連休は、どうされるのですか?」
 ふたりともタイミングよくお仕事が一区切りしたとき、お茶を煎れてくれる?というチーフの一声で、窓辺のテーブルに差し向かい。
 窓からは抜けるように澄んだ健全な青空が覗いていますが、私は、このテーブルの上でM字になって、敏感な箇所をチェーンで引っ張られながら、はしたないお写真をいっぱい撮られたんだなー、なんて不健全な記憶が、頭の半分以上を占めていました。

「うーん。前半は全部仕事で埋まっているから、丸々休めるのは最後の二日くらいかしら」
 チーフが気怠そうにティーカップを置き、正面からじっと見つめてきました。

 それはスケージュール表で、わかっていました。
 チーフのスケジュールは、日付が赤い日も何がしかの予定が書き込まれていて、空白なのは最後の二日だけ。
 だから私は、就職の報告も兼ねた実家帰りを、お休みの前半にして、後半は何も予定を入れないようにしていました。

「世間様が休日だとメーカーや小売店が、ここぞとばかりにイベントを打ってくるのよ。ファッションショーとか展示会とか」
「だから、お得意様先にはチラッとでもいいから顔を出しておかないとね。うちの大事なイベントも六月に控えていることだし」

 六月のイベントというのは、来年度の自社ブランド春夏もの新作を、お得意様を大勢集めてご披露する、会社にとってすごく大がかりで重要なイベントらしく、とくに開発部のかたたちは、私が入社した頃からずっとその準備で大忙しのご様子でした。
 開発部のリンコさまのお言葉をお借りすれば、連休?何それ?美味しいの?という状況だそうです。
 営業のお仕事に移られたほのかさまも、間宮部長さまの補佐で、チーフと同じように連休中もお得意様まわりだそうで、連休をちゃんと休めるのは、社内で私だけみたいでした。

「はい。それは存じています。それで、その二日間のお休みは、どうされるご予定なのですか?」
 どうしても、縋るような口調になってしまいます。
「そうね、あたしは、そういう少しまとまった休みっていつも、飯田橋の自宅にこもって死んだように寝るだけなの。お盆休みも年末年始も。あ、年末は鎌倉で死んでるんだ」
 クスッと笑うチーフ。

「そうですか・・・」
 五分五分で予想していた悪いほうのお答えが返ってきました。
 毎日お忙しくされているチーフだもの、たまのお休みくらいゆっくりされたいと思うのがあたりまえ、と自分に言い聞かせますが、もしかしたらお休みのうち一日くらいは、ずっとお姉さまと過ごせるかな、なんて期待していたほうの私が、自分でも思った以上にがっかりしていました。

「あら、なんだかずいぶんうなだれちゃったわね?ひょっとして、あたしと遊びたかった?」
 からかうようにおっしゃるチーフ。
「あたりまえですっ!」
 そのおっしゃりかたがニクタラシクて、思わずちょっと大きな声をあげてしまいました。

「ふーん」
 うつむいた私の顔を下から覗き込むようにお顔を近づけてきたチーフが、少しヒソヒソ声になってつづけました。

「そう言えば直子、あたしたちがシーナさんと遊んだとき、あたしが言ったこと憶えている?今後オナニーするときは、必ずあたしの許可を得ること、って」
「えっ?あ、はい。もちろん憶えています」
「でも、あたしも仕事が忙しいときは、いちいちそんなことにかまってあげられないと思うから、原則としてオナニーするしないは直子の自由にして、でも、したらその都度必ずメールであたしに報告すること、っていうルールにしたのよね?」
「はい。そうでした」

「それで、直子がここに通い始めてから今日まで、あたしは一度も報告を受けていないのだけれど」
「はい」
「直子が三週間以上も、一度もオナニーしていないなんて、あたしには信じられないのだけれど」
「いえ、本当にしていないんです。お仕事のプレッシャーでそれどころではなくて。ただ・・・」
「ただ?」
「ただ最近は、少しだけ心とからだに余裕が出てきちゃったみたいで、そうなるとやっぱり疼き始めてしまって・・・」
「うん」
「だから、お休みはお姉さま、いえ、チーフと過ごせたらいいな、って思っていたんです」

「ふーん。つまり直子は、あたしに虐められることを期待しているのね?連休中に」
「はい。だから正直に言うとこの数日間は、すごくえっちなことをしたくてたまらないのですが、でも、もしもお会い出来るのなら、どうせならお姉さまと一緒に気持ち良くなりたい、って思ってがまんしていたのですが・・・」
「直子の連休の予定は?」
「前半は実家に帰って、後半は何もありません・・・だから連休中は、たくさん恥ずかしいご報告をすることになっちゃうと思います」
 お答えしているうちに、なんだか自分がとてもみじめに思えて、悲しくなってきちゃいました。

「そっか。なかなか正直でいいわね。それに、そこまであたしに期待してくれていたなんて、あたしも正直言って嬉しい」
 チーフがニコッと笑ってくださいました。
「そこまで乞われたら期待に応えたくもなっちゃうわよ。直子が慣れない仕事をずいぶんがんばっていたのも知っているし、ご褒美をあげてもいいかな」
「本当ですか!?」
 真っ暗だった私の目の前に、一筋の光明が見えてきました。

「経営者に必要な飴と鞭の飴のほうね。あ、でも直子だと鞭もご褒美になっちゃうのか」
「それに、そんな状態の直子を休み中ひとりで好き勝手やらせたら、何しでかすかわからないもの。休み明けたらうちの社員が、公然猥褻容疑で逮捕、ケーサツに身元引取り、なんて御免だわ」
 冗談ぽくおっしゃっておひとりでクスクス。

「休み中の最後の出張は関東圏だから車で行って、夕方にはこっちに戻れるはず。その足で直子を拾って、あたしのマンションに拉致監禁してあげる」
 萎んでいた気持ちが一気に花開きました。
「直子お得意の全裸家政婦として雇ってあげる。休み中、あたしの身の回り一切の面倒を見ること」
「嬉しいです!ありがとうございます!」
 思わず大きな声で言ってしまい、チーフにシーッとたしなめられました。

「その代わり、絶対にあたしの睡眠の邪魔だけはしないこと。とくに帰って一日目は、すぐにベッドに倒れこんで寝込んじゃうと思うから、たぶんつまらないわよ」
「大丈夫です。お姉さまと一緒にいられるだけでシアワセです」
「暮れ以来、掃除らしい掃除もしていなかったから、この機会にピッカピカにしてもらおっかなー?」
「はい。お任せください。がんばります」
 嬉しくて嬉しくてたまらない私は、頬が緩んでしまうのを止めることが出来ません。
「さっきまであんなにうなだれていたのに、すごい変わりようね」
 チーフの呆れたようなお声さえ、天使のささやきのように聞こえました。

「そうと決まったら、これも付け加えておかなくてはね。直子は今日から、あたしに会うときまでオナニー禁止」
「えっ?」
 私の笑顔が少しだけ曇りました。
「だってさっき言っていたじゃない?どうせならあたしと一緒に気持ち良くなりたい、って」
「あ、はい。そうですけれど・・・」
 チーフのお家に拉致監禁で全裸家政婦、と聞いたときから妄想が広がりまくって、今夜はそれでお祝いオナニーをしよう、って考えていたところでした。

 でもすぐに、考え直しました。
 もう今日、たった今からお姉さまとのプレイは始まっているんだ、って。
 オナニーが出来ないのはとても辛いけれど、がまんするほど、ふたりきりになったときに思いっきり気持ち良くなれるはず。

「まあ、会ってすぐは、サカッた直子の相手をしてあげられるほど体力残っていないだろうから、あたしの前でだったらオナニーしていいわよ。なんなら車の中ででも」
 お姉さまの愉快そうなお顔。
「あと、あたしの寝顔をオカズにするとかね。起こさないでいてくれたら、寝ているあいだに何してもいいから」
 本気とも冗談ともつかない、チーフのお言葉。
「何にせよ、休み中の気乗りしない仕事を乗り越えるための、お愉しみが増えてよかった。休み中、全裸家政婦直子に何をやらせるか、いろいろ考えておくことにする」
 締めくくるようなチーフのお言葉に合わせるかのように、チーフ宛てにお電話がかかってきたことを知らせる呼び出しが入り、そのお話は、そこでおしまいとなりました。

 その日を指折り数えているうちに連休に入り、その日の前日までゆっくり実家で過ごしました。

 お正月以来の実家は、相変わらずまったりと時間が流れていて、母や同居している篠原さんとたくさんおしゃべりして、篠原さんの娘さんで中学生になったともちゃんのお勉強を見たり、一緒にケーキを焼いたり。
 久しぶりにピアノを弾いたり、バレエの真似事をしたり、お部屋に置きっ放しの昔のマンガ本や映画やアニメのDVDを見直したりと、のんびりゆったり過ごしたので、えっちな欲求も束の間、息を潜めていました。

 実家にいるあいだ、何度かお姉さまからメールが入りました。
 待ち合わせの場所と時間とか、当日の服装のこととか、私のオモチャ箱から持ってくるものとか、思いついたときにメールしているご様子でした。

 ちょうど、ともちゃんと一緒にいたときにメールが来たときは、もう興味津々。
「だれだれ?カレシさん?」
 なんて冷やかされ、見せて見せて、ってせがむのをなだめるのが大変でした。

「残念ながらカレシじゃなくて、私が勤めている会社の社長さんなの。お仕事の大事なメールだから、誰にも見せてはいけない決まりなの」
 そう言ってごまかしました。
 そのときのメールは、待ち合わせ当日の私の服装についてのことで、とても中学生の女の子に見せられるような内容ではありませんでした。

「へー。直子おねーちゃんは社長さんに気に入られているんだ。それならうまくいけば、将来は大金持ちセレブだね」
 ともちゃんの無邪気な発言に苦笑い。
「そうかもしれないけれど、社長さんも女性だからねー」
 ケータイに入っていたお姉さまの写真、もちろんあたりさわりのないやつ、を見せると、うわーカッコイイ人、って、嬉しい感想をくれました。

 そしていよいよ待ちに待った当日。
 少し曇りがちのハッキリしないお天気でしたが、気温は春っぽくポカポカめで風も弱く、過ごしやすい一日でした。
 待ち合わせは、午後4時半、オフィスビルエリアにある有名ホテルのエントランス付近の路上。

 そして、当日着てくるようメールで指定された服装。

 下着は、横浜でお姉さまに見立てていただいた、両サイドを紐で結ぶ式の黒で小っちゃめスキャンティタイプと、それに合わせた黒のストラップレス、フロントホックブラ。
 
 その上に、胸元から裾まで全部ボタンで留める式でネイビーブルーのミニワンピース。
 これは、私が一年前くらいのムラムラ期のときに、とあるお店でみつけて、前全開ボタン留めという形式にえっちな妄想が、それこそむらむら湧いて、衝動買いしてしまったものでした。
 お家に帰って冷静になってから着てみると思いの外、私の安心基準よりも裾が短くてお外に着て出る勇気が出ず、そのままクロゼットの肥やしとなっていたものでした。
 約一ヶ月前に、、私のクロゼットを一度チェックしただけのお姉さまが、わざわざこんないわくつきのワンピを指定してくる、その洞察力と記憶力の良さに驚いてしまいました。

 足元は、素足に白のミュールがお姉さまのご指定でした。

 これらのご指定って、どう見てもすぐに脱がして裸にする気満々の仕様に思えます。
 きっと早速車の中で、いろいろ恥ずかしい目に遭わされちゃうのだろうな・・・
 そう考えただけで、からだがカーッと熱く火照ってしまいます。

 その上、最後に決定的なご命令が書いてありました。

 当日は、直子の一番好きなリモコンローターを挿入してくること、ただし、あたしに会うまで絶対に動かしてはダメ、と。
 こんなメールをともちゃんに、見せられるわけありません。

 その日は、朝とお昼の二回、シャワーでからだを丁寧に磨き、午後3時には、お姉さまから命ぜられた姿になっていました。
 メイクにも少しだけ気合を入れて、準備万端。
 リネンのミニワンピースの裾は、膝上20センチくらいでやっぱりとても気恥ずかしいですが、お姉さまがいるのなら、勇気も出ます。
 肩から提げたトートバッグには、えっちなお道具がいくつも詰め込まれているから、もし落として散らばったら大変。

 そんなドキドキとワクワクの鬩ぎ合いの中、きっかり午後の4時、初めての出張全裸家政婦、二泊三日の任務へ赴くため、いそいそとお家を出たのでした。


オートクチュールのはずなのに 04


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