2014年8月16日

ランデブー 6:42 07

 手をつないだまま小走りに路地を抜け、公園が見えなくなって、やっとお姉さまが歩調を緩めました。
「ああびっくりしたー」
 私を振り向いたお姉さまの愉しそうなお顔。

 おトイレの鏡から目を逸らしてお外を見たとき。
 おトイレ入口の2メートルくらい向こうに、ぼんやり人影が見えました。
 入るとき、そこには誰も居なかったはず。
 おトイレの電気を点けてからも、一度お外を見たので確実です。

 その人影は、4人掛けくらいの細長いベンチの一番端に座っていました。
 少し前のめりになって、真正面にある女子トイレの入口をじーっと窺がっていたように見えました。

 その人影にびっくりした私が小さく悲鳴を上げると、お姉さまもすでに気づかれていたようで、さっと壁に腕を伸ばし、おトイレの電気を消して真っ暗にしました。
 それから私の右手を引っ張り、おトイレの建物の裏手へと誘導してくださいました。
 幸いその近くにも公園への出入り口があったので、そこから路上に出て、路地を小走りに公園から離れました。

「あの人、私たちがトイレに入るのを見て、近づいてきたのでしょうね」
「外を見てすぐに気づいたわ。あたしを見てニヤって笑った気がしたから、気持ち悪くて咄嗟に電気を消したの」
「黒っぽいカーディガンみたいの着ていて浮浪者風ではなかったわね。夜なのにサングラスなんかして、プロの覗き魔か何かかしら」
「周りがしんとしていたから、トイレ内での会話も聞かれちゃっていたかも」
「あの様子だと今頃女子トイレに侵入して、あたしたちの置き土産をみつけているでしょうね」
 
 矢継ぎ早に話しかけてくるお姉さま。
 お姉さまも意外に興奮されているご様子。

「直子、どうする?あなたのえっちなおツユの臭い、絶対オカズにされちゃっているわよ?」
 茶化すようなお姉さまのイジワル声。
「そ、それは、恥ずかしいですし、気持ちも悪いですけれど、でもちょっとだけ、その恥ずかしさにちょこっと疼いちゃうような感じも・・・」
「あら?変態覗き魔男のオカズにされちゃうのよ?直子は男性が苦手、なんじゃなかったっけ?」
「あ、はい。それはそうなのですが、でも今は、お姉さまといるから・・・」
 さっきおトイレで告げられた、何かあったらあたしが守ってあげる、というお姉さまの頼もしいお言葉に、私の男性恐怖症さえ霞んでいました。

「さっきお姉さまに手を引っ張られたとき、弾みでスカートが思い切り暴れちゃったんです」
「電気は消えていたけれど、きっとあの人に私のお尻、視られちゃったと思います」
 その瞬間を思い出してゾクゾクしながら、お姉さまに告げました。
「あらあら。ずいぶんサービスしちゃったのね。今頃あの覗き魔男の右手、止まらなくなっちゃっているのじゃないかしら」
 お姉さまが笑いながら、お下品なご想像を述べました。

「それにしてもひどいトイレだったわね。まだスーツに臭いが染み付いているような気がするわ」
 ご自分の右袖をクンクンされるお姉さま。
 同感でしたし、行く手にまた別のコンビニの灯りが見えて、つい言ってしまいました。

「私、あのときお姉さまに、コンビニに寄ってくれませんか?って頼もうとしたんです。そこでおトイレをお借りしようかと」
「そしたらお姉さまが、公園のことをおっしゃられて・・・」
「ああ、なるほど。コンビニね。そういう手もあったわね」
 感心したようにおっしゃってから急に立ち止まり、イタズラっぽい笑顔で振り向いて、私を見つめてきました。

「直子はもしコンビニ入ったら、まっすぐトイレに直行する気だったの?」
「いえ、それはちゃんと店員さんに許可をいただいて・・・」
「そうよね。トイレ借りるならちゃんと断って、帰り際にガムのひとつでも買っていくのが都会人としてのたしなみよね」
 お姉さまが愉しそうなイジワル顔になっています。

「そっか。直子はコンビニのレジで店員さんに、そのえっちな胸元を間近で視てもらいたかったんだ」
「コンビニみたいな明るいところなら、店員さんにもお客さんにも、セクシーな姿をじっくり視てもらえるものね。ごめんね、気がつかなくて」
「ブラウスを取る前だって、見事に胸の谷間が見えてとてもコケティッシュだったもの。それを見せるチャンスを奪っちゃったのね、あたし」
 お芝居っぽくおっしゃって、私の手を引いて再び歩き出すお姉さま。

「あっ、いえ、違うんです。そういう意味ではなくて・・・」
 そんなこと、まったく思い当たらなかった私は、大いにあわてます。
 そうでした。
 コンビニの店内って、すっごく明るいんでした。

「直子が恥ずかしいかなー、と思って、なるべく人通りの少ない、暗めの道を選んでここまで来たのだけれど、直子の旺盛な露出欲にとっては、余計なお世話だったみたいね?」
「いえいえいえ、そんなことぜんぜんっありません。暗いほうがいいです。人通りが無いほうがいいですぅ。ごめんなさいぃ」
 この後の展開が容易に読めたので、必死になって謝ります。
 コンビニがどんどん近づいてきます。
「ちょうどあそこにもコンビニがあるから、寄って行きましょうか。露出魔ナオちゃんのリクエストにお応えして」
 ふたり、コンビニの灯りの少し手前で立ち止まりました。

 間近で見るコンビニ店内は、明る過ぎるくらい明るくて、健全でした。
 お姉さまの肩越しにそっと覗くと、店内にお客さんが3人くらい、レジの店員さんは若い男性でした。
 そして、そのコンビニの周辺を見渡したとき、不意に気づいてしまいました。
 そのあたりは、私が昼夜問わずよく利用する、完全に生活圏内であることを。

 コンビニに面した通りには、マンガやアニメ関係のグッズやコスプレ用品を扱うお店がたくさん集まっていて、私もよく通っていました。
 もちろんそのコンビニにも、何度も入ったことがありました。
 通りを渡ると自動車教習所があって、郵便局があって・・・
 東京に来てから、数え切れないくらい行き来した一帯で、私は今、裸ブレザーにミニスカノーパンでした。

 お姉さまと一緒にいる楽しさから薄れていた、羞恥心と背徳感が一気に、強烈によみがえりました。
 こんな格好でいるところを、誰か知っている人に見られたら・・・
 アニメ関係のお店には、顔見知りになった店員さんも何人かいます。
 夜更けなのでお店は全部閉まっているでしょうけれど、お仕事を終えた彼女たちに出会ってしまったら・・・
 偶然ご近所さんに目撃されちゃったら・・・
 いてもたってもいられず、一刻も早くこの通りを離れ、どこか暗い路地に逃げ込みたい心境でした。

「お姉さま、お願いですから許してください。ここのコンビニ、けっこう使っているんです。こんな恥ずかしい姿を店員さんに視られたら、もう来れなくなっちゃいますぅ」
 お姉さまの手をギューッと握り締め、祈るようにお願いしました。

「だと思ったわ。この辺はアニメ関係のお店多いから、きっと直子も通っているだろうな、って」
「うふふ。わかったわ。直子がこの界隈で露出狂のヘンタイさんとして有名になっちゃったら可哀想だものね。コンビニ露出は許してあげる。別に買うものも無いしね」
「だからそんな、今にも泣き出しそうな顔しないの。あ、でも直子のそういう顔は、あたし好きよ」
 
 私を虐めてご機嫌なご様子のお姉さまに手を引かれ、明るいコンビニの脇を素通りし、ちょうど車が途切れた車道を横切りました。

 そこからはオフィス街なので、灯りの点いた窓もまばら、外灯だけの薄暗さに戻りました。
 人通りもほとんどなくなって、しんとした静けさ。
 お姉さまのヒールの音だけがコツコツと響きます。

「直子と一緒に居ると退屈しないわね。次から次へと面白いことがおこるから」
「そのたんびに直子の表情がコロコロ変わって、ほんと見ていて飽きないわ」
 からかうようにおっしゃるお姉さまの手をギュッと握り、左腕に寄り添うようにからだを寄せて、暗い道をしばらく幸せに歩きました。

 灯りが全部消えて真っ暗になっている立体駐車場のような外観の広い自動車教習所のはずれを右に曲がると、池袋のランドマークとも言える一画に出ます。
 有名な高層ビルを中心に、高層ホテル、ショッピングモール、イベント会館などが一体となった広大なエリア。
 私も毎日と言っていいくらい、行き来する見慣れた場所です。
 思わず緊張が増しますが、夜更けなので灯りも少なく人通りもあまり無くてホッ。

「この信号を渡ればもうすぐよ。このエリアの向こう側だから」
 信号待ちをしながらお姉さまが指さす方向だけ、やけに明るく闇に浮かんでいました。
 エリアのはずれの、昼間は観光バスとか荷物のトラックとかが出入りしている、向こう側まで吹き抜けになっている広い場所でした。

「あそこだけ、ずいぶん明るいですね?こんな夜更けなのに」
「ああ、あれは高速バスを待っている人たちがいるのよ。昼間にも観光バスとかが停まっているでしょ。夜はその一画が深夜高速バスのターミナルになるの」
「ここから関西とか信州上越とかに車中泊で行って、朝から現地で遊ぼうっていう人たちね」
「学生さんは今春休みだから、テニスやらお花見やらするのでしょうね。うらやましいこと」

 信号を渡って近づくと、夜更けにしては派手めな嬌声がキャッキャウフフと聞こえてきました。
 若めな男女が2、30人くらいいるみたい。

「建物の横の道をバカ正直にまっすぐ行くより、ここを斜めに突っ切っちゃうと、近道なんだけどなあ」
 お姉さまがイタズラっぽく、私の顔を覗き込んできます。
「えっ!?こんな、こんなに明るいところを、ですか?人もたくさん居るし・・・」
 自分のえっちな胸元をあらためて確認してドキドキしながら、出来れば許して欲しい、というニュアンスを込めてお答えしました。

「大丈夫よ。さっきやりたがっていたコンビニ露出よりは、ぜんぜんリスクは小さいから」
 お姉さまったらもう!私、やりたがってなんていません!

「コンビニだと店員さんやお客さんが地元民の確率が高いけれど、ここに今来ている人たちは、ただバスに乗るためにいろんな所から集まってきただけだし、バスが来れば乗ってどこかへ行っちゃう、一過性の人たちだもの」
「たとえ視られたって、直子がどこの誰かなんてわかるはずないし、目的地で遊んで帰って来る頃には忘れているわ」
 よくわけのわからない理屈で、説得にかかるお姉さま。

「ね?大丈夫よ。だってあたしがついているのだから、ね?」
「そ、そうですね・・・」
 結局、その殺し文句でその気になっちゃう私。

 勇気を出してその明るい空間に一歩足を踏み入れました。
 ワイワイガヤガヤのボリュームが一段上がります。
 バスを待つ人が集まっているのは、私たちが立つ出入り口周辺の壁際の一画、空間全体の四分の一くらいだけで、その奥の広い空間には誰もいないみたいです。
 ただし、そちらのほうも満遍なく灯りが点いていて明るいですが。

「さあ、行くわよ。なるべく堂々と歩きなさいね」
 お姉さまが私の右耳にささやきます。
「それと、遊びに行く前の若い子たちってテンション上がっているから、ヘンなのにみつかったらお下品に冷やかされるかもしれないわ。その覚悟だけはしておきなさい」
 とても愉しそうなお姉さまのお声。
「さ、行きましょう」

 私の右手を握り直し、お姉さまがみなさまのたむろする壁側、私がその左側を少し遅れて、という形でゆっくり歩き始めました。
 壁際でてんでばらばらにワイワイしている一団の5、6メートルくらい前を斜めに横切ることになります。
 煌々と照っている明るい灯りの下、裸ブレザーにミニスカノーパンという破廉恥な格好の私が堂々としていられるわけがありません。

「あっ、あの男の子、直子のほう視てる」
「隣の子の肩つっついて、こっちを指さしているわよ」
「おい、あれって露出狂じゃねーの、なんて言ってるのかしら」
「あ、あっちの子もじーっと視てるわ」

 小声でいちいちイジワルく実況中継してくださるお姉さまのお言葉を、嘘かほんとか確かめることなど出来るはずも無く、ひたすらうつむいて自分の足元を見ながら歩く私。
 お姉さまの優雅な歩き方に比べて、肩を落とした私は、叱られたばかりの子供のようだったでしょう。

 私たちが近づいていくとガヤガヤのトーンが急に下がったように感じたので、みなさまに注目されてしまったのは確かなようです。
 ジャケット一枚だけに覆われた心臓はドッキドキ、足を動かすごとに空気が直に撫ぜてくるアソコの奥がキュンキュン。
 一団の前を通り過ぎるまで、すごく長い時間がかかったような気がしました。

 なんとか無事に通り過ぎて、行く手が無人の空間になったとき、ターミナル内に低いエンジンの音が響きました。
「バスがやって来たようね」
 甲高い女性声で行き先や乗車の仕方を告げるアナウンスが大きく聞こえ、ガヤガヤザワザワが再びボリュームアップ。
 私もホッと一息です。
 もう彼らからは、私の背中しか見えません。

「けっこう視られていたわよ、男にも女にも。みんなしきりにこっち見てヒソヒソしていたもの」
 もうすぐターミナルの外、というところでお姉さまが立ち止まり、バスのほうを振り返りました。
 バスの低音なアイドリング音が空間内を満たし、さざめきを飲み込んでいました。

「あら?まだバスに乗り込まずに、バスの前で未練たらしくこっちを見ている男の子がいるわ」
「ずいぶんなスケベさんね。ご褒美としてちょっとサービスしてあげましょう」
 おっしゃるなり、お姉さまの手が私のスカートのお尻側を、大きくペロンとめくり上げました。
「あ、だめぇ!」
 めくられたのは後ろなのに、咄嗟に前を押さえる私。

「大丈夫よ。一瞬だったし10メートル以上も向こうだもの。パンツ穿いているかいないかさえ、わかりっこないわ」
「でもあのスケベさんには、この一連の行為が、直子の恥ずかしい姿を見せたいがためのもの、ということはわかってもらえたはずよ。どう?嬉しい?」

 心底愉しそうなお姉さまのお声も上の空。
 私は、こんな見慣れた普段使いの公共の場所で、意図的に生お尻を露出して、そしてそれを目撃した赤の他人が確実にひとりはいた、という公然猥褻な事実に、ズキンズキン感じまくっていました。
 足腰がもうフラフラです。

 エリアの反対側の通りに出ました。
「ここまで来れば、もうすぐそこよ」
「で、でも、こっち側は人通りが多いですね。灯りも多いし」
 通りの向こう側へ渡ろうと、車が途切れるのを待っている私たちに、行き交う人がチラチラ視線を飛ばしてくるのを感じていました。

「そうね。こっち側には24時間営業の大きなスーパーもあるし、地下鉄の駅も近いから」
 おっしゃりながらもキョロキョロ左右に目を配り、車の流れが途絶えた隙を突いて、通りに飛び出すお姉さま。
 手を引かれた私もおたおたと、車道を突っ切って反対側へ。
 支えの無いバストがジャケットの下でプルプル揺れて、スカートの裾もヒラヒラ揺れました。

 すぐに通りを逸れて路地に入るお姉さま。
「ここよ」 
 マンションの入口らしきゲートが、まぶしいくらいの電飾で煌々と照らし出されていました。

「ずいぶん立派なマンションですねー」
 ゲートも入口も乳白色の大理石でツヤツヤ光り、カードキーで入ったエントランスには、品の良い柔らかそうなソファーがでーんと置いてありました。
 大きな姿見に自分の姿が映ってドキンッ!
「そうね。建物自体はけっこう古いみたいだけれど、お手入れも行き届いているし、調度品の趣味もいいし、住み心地はいいわよ」

 エントランスの奥にエレベーターホール。
 空間全体が明るく照らし出されていますが、幸い誰の姿も無く私たちだけだったので、少しリラックス。
 エレベーターが降りてくるのを待ちます。

 うわー、ここは床も大理石なのかな?
 墨汁に白い糸をパラパラ散らしたような模様の黒光りする床が、ピカピカに磨かれて輝いています。
 12階にいたエレベーターが6階を通過しました。

 そのとき何気なく自分の足元を見て、愕然としてしまいました。
「いやんっ!」
 思わずつないでいた手を振りほどき、両手でスカートの前を押さえて、前屈みの中腰になっていました。

「どうしたの?」
 お姉さまが驚いたお顔で聞いてきます。
 私は真っ赤になって首を振るだけ。
 内腿を勢い良く、おツユが垂れていくのがわかりました。

 このマンションのお掃除の係りの人、お仕事がんばりすぎです。
 ピカピカに磨き上げられた床は鏡となり、短いスカートの下で剥き出しな私のワレメが、ソコを真下から覗き込んだらそう見えるであろう構図で、黒光りの床にクッキリと映し出されていたのでした。


ランデブー 6:42 08

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