2013年8月11日

コートを脱いで昼食を 02

 衣替えの時期を待っていたかのように、月が変わった途端に気候がどんどん秋らしくなってきました。
 ブラウス一枚では少し肌寒いな、と思う間もなくニットが恋しくなり。
 10月3週目に、一日中風が強く、細かい雨が降ってはやみをくりかえす日々が2日間つづいたときがありました。
 その日を境に、街中やキャンパスでも、コートを着用する人をちらほら見かけるようになりました。

 ただ、ちょうどその頃の私はタイミング悪く、けっこう激しいムラムラ期を終えたばかりで、あまりそういう気分になれないときでもありました。
 でも、約半年近く待ち焦がれてやっと到来した、裸コートの季節です。
 ここでぐずぐずしていると、お外はぐんぐん寒くなってしまいます。
 あんまり寒くなってからだと、別の意味でやる気が起きなくなっちゃうかも・・・
 せっかくステキなコートも手に入れたのだし、とりあえず一度やってみなきゃ、だよね。
 そう自分に言い聞かせて、とにかく実行することにしました。

 私の学校のスケジュール的に、講義が午前中しかなくて午後が丸々ヒマな火曜日か木曜日に決行、というのは以前から決めていました。
 実行を決めてから最初に迎えた火曜日。
 お空は、曇りときどき晴れの薄曇模様で気温は17度くらい、絶好のコート日和になりました。

 ブラウスとジーンズの上に、外出では初お披露目なオリーブグリーンのコートを羽織り、朝から学校へ出かけました。
「うわー、そのコート、ステキな色だねー」
 なんてお友達にも褒められてちょっといい気分。
 午前の講義が終わったら、いつものように遊びに誘ってくれるお友達に、ちょっと急な用事があって、と言い訳して、昼食もとらずにそそくさとお家へとんぼ返り。
 さあ、いよいよです。

 時刻は午後の一時ちょっと前。
 私の自宅周辺の住宅街は、午後の一時過ぎから四時頃までが一番人通りが少なく、まったりした時間帯なことを、お引越ししてきてからの約半年間、いろいろな時間帯にお買い物やお散歩でお出かけした経験上で知っていました。
 裸コートデビュー戦ですから、まずはそういう一番安全そうな時間帯で小手調べ、というのも以前から決めていました。

 お家に帰って、ミルクティーとイチゴジャムトーストで一息ついてから、とりあえず全裸になりました。
 あんなに思い焦がれていた裸コートがとうとう出来るというのに、気持ちがいまいち、盛り上がってきません。
 乳首もアソコもひっそりしたまま。
 やっぱり、ムラムラ期が通り過ぎたはっかりだからかなー?
 なんて思いつつ、コートの袖に腕を通そうとしたとき、急激に、不安な気持ちが胸の中いっぱいに渦巻いてきました。

 たとえば・・・
 全裸にコート一枚で通りを歩いていて、運悪く交通事故に巻き込まれ、その場で意識を失ってしまったら・・・
 たとえば・・・
 そういう持病は持っていないと思うけれど、急な貧血とか気分が悪くなって、道の真ん中で倒れてしまったら・・・
 そんなアクシデントに見舞われて救急車で運ばれたとき、コートの下が全裸だったら・・・
 万が一、いいえ何億分の一の確率かもしれないけれど、絶対起こらないという保証はありません。
 もしもそれが運悪く起こってしまったら、少なくとも両親には、そんなことをしていた事実が知られてしまう・・・

 後から冷静に考えれば、そんな可能性で尻込みしてしまうのなら、今までしてきた数々のえっちな屋外遊びだって、どれも出来ないはず。
 でも、そのときは真剣にそう考えちゃったのです。
 ムラムラのないときの私は、本当に臆病な小心もの。
 えっちな好奇心が性来の臆病さに勝てず、怖気づいてしまったようでした。

 そして、ここからが私のヘンなところです。
 そんなに怖いのならあっさりやめればいいのに、私は、とりあえず今日は全裸はやめておこう、って考えたのでした。
 せっかく早く帰ってきて準備万端なんだし、気乗りしないながらも、何もしないっていうのはイヤだったのでしょう。
 ハードルを下げて練習のつもり、というモードにいつの間にか移行していました。

 それで少し考えて、素肌に身に着けたのが白いレオタード。
 その姿なら万が一のときも、お家でバレエの練習をしていたとき急に外出しなければならなくなって、すっごく急いでいたし、すぐ戻れると思ったから、上にコートだけ着てお出かけしたのです、って両親に言い訳が出来ると真剣に思ったのでした。

 このときのことを思い出すと今でも、自分のおバカさ加減に苦笑いしてしまいます。
 今思えば、ムラムラしていないと言っても、やっぱり裸コートの練習くらいはしてみたいという気持ちは大きくて、そんな屁理屈みたいな言い訳をひねり出し、自分の臆病さをなんとか説き伏せようとしていたのでしょう。
 レオタードを身に着けた私は、さっきよりずいぶんホッとして、あらためてコートを手に取りました。

 そのとき着たレオタードは、実際に家でバレエの練習をするときに愛用している古いもので、カップもインナーも付いていないやつでした。
 これだって後から思えば、ある意味、裸よりいやらしい感じがするフェティッシュな着衣ですよね。
 でも、そのときの私は、乳首が大人しくていたので目立たなかったこともあるのでしょうが、そんなことまでまったく頭がまわらず、全裸はやっぱりハードルが高いから次にムラムラが来たときまで無理かなあ?なんて、のんきなことを考えながら、いそいそとレオタードの上にコートを着込みました。

 コートの前ボタンをきっちり嵌めて、鏡で全身をくまなくチェックしてから、携帯音楽プレイヤーのイヤホンを両耳に挿し込みます。
 プレイヤー本体はコートの内ポケットへ。
 これは、学校のお友達から教えてもらった、魔除けのおまじない、でした。

 春先に東京へ出てきて、初めてひとりで繁華街を歩いたとき、一番戸惑ったのは、声をかけてくる人の多さでした。
 メインストリートみたいな人混みを歩いていると、ひっきりなしと言っていいほど。
 実家にいた頃にも、大きな街に出ると駅前で何人か、そういう人を見かけましたが、そんなのとは比べものにならない多さ。
 大半は若い男性。
 たいがい髪を明るく染めていて、ホストさんみたくキメキメの派手めな格好。
 以前からお友達だったみたいに、とてもなれなれしい口調で話しかけてくるのです。

 ご存知の通り、男性は苦手な私です。
 東京に出てきた、という緊張感とも相俟って、とにかく怖くて、声をかけられた途端にうつむいて、逃げるように足早に、人混みに紛れ込むことにしていました。
 実家にいる頃から母ややよい先生に、そういうことをしてくる人たちは、たいてい何か騙そうとしている人たちだから、絶対に相手にしてはいけない、と教えられていたので、まともにお話しを聞く気はまったく無く、とにかく逃げることだけを考えていました。
 それが度重なるうちに、繁華街を歩くことさえ憂鬱に思えてきて、そういう場所を抜けなくてはならないときは、とにかくうつむいて、目的地まで足早に歩くようになっていました。

 大学で気軽におしゃべりするお友達が何人か出来た頃、そういう話題になったことがありました。
「ああ。とくに春先はあいつら、地方から出てきた純朴そうな女の子を騙そうって、舌なめずりして待ち構えているからね」
 ずっと東京に住んでいるお友達が教えてくれました。
「ホストみたいなのは、お店のキャッチかモデルとかのスカウト、あとナンパ。おばさんだと宗教とか自己啓発セミナーの勧誘。若い女だとエステとか絵画販売ってところかな」
「あとは居酒屋の客引きだの何かの寄付だの。アンケートがどうとか言ったって、結局何か買わせたいだけだからね。いずれにしてもロクでもない連中だから関わらないことだよね」

「森下さんは、見た目も素直そうだから、声かけやすいのかもしれないね?」
 別のお友達が同情してくれます。
「そうなんです。いっぱい声かけられて、なんだか怖くて・・・」
「気弱そうだったり、自信無さそうな女の子を狙う、って何かで読んだことがあるから、うるさいわね、あたしは今忙しいの!くらいの感じで堂々としてると、声かけにくいんじゃないかな?」
「そういうのが出来ればいいのだけれど・・・」
「あとはもう完全にシカト。聞こえないフリして相手にしない。あっ、そっちだったらいい方法教えてあげる」

 それで教えてもらったのが、携帯音楽プレイヤーのイヤホンを両耳に挿しておくことでした。
「でも私、音楽聴きながら歩くの、あんまり得意じゃないっていうか、つまづいたり、人とぶつかっちゃったり・・・」
「あはは。だから別に本当に聴かなくてもいいのよ。本体はオフっとけばいいの。イヤホンだけ耳に挿して聴いているフリしてるだけで、ずいぶん違うから」

 確かにそうしてみると、あまり声をかけられなくなりました。
 そういう人たちがいるところでは、真剣に音楽に没頭しているフリをして歩き、声をかけられてもそちらに顔を向けずに聞こえないフリで歩きつづければ、さっさとあきらめてくれます。
 この方法を教わって、繁華街を歩くのがずいぶんラクになりました。

 これからする遊びも、極力他人とは関わりたくないので、そんなおまじないを施してから、右肩に小さめなトートバッグを提げました。
 中身はお財布とタオル、ペットボトルのお茶とか。
 もう一度鏡で全身をチェック。
 大丈夫そうなので、玄関に向かいます。
 時刻は午後の二時ちょっと前。
 タイムスケジュール的には、ほぼ当初の計画通りです。

 ちょっと迷ってから、裸足にグレーのショートブーツを履いて、玄関ドアを開けました。
 エレベーターを待っているあいだ、心臓がドキドキドキドキしてきました。
 エレベーターで一階へ。
 エントランスを抜けると、そこはもうお外でした。

 秋のひんやりした風に全身が包まれます。
 コート一枚でも思っていたより寒く感じないのは、やっぱり興奮しているから。
 でもその興奮は、期待のワクワクより不安のドキドキのほうが何倍も勝っていました。
 今、このコートの下は薄いレオタード一枚だけ。
 普通の人なら絶対しない異常なコーディネート。
 バレることはまず無いのだけれど、やっぱりすっごく不安です。

 どこへ行こうという目的は、何もありませんでした。
 とにかくなるべく人通りの無い住宅街をでたらめに歩いてみるだけ。
 マンションを出てすぐの路地を住宅街のほうへ入り、普通に歩けば5分くらいでたどり着く地下鉄の駅を、なるべく遠回りしながら目指してみることにしました。

 私が住んでいるマンションの一帯は、かなり古くからの住宅密集地だったらしく、本当にたくさんの民家が脈絡無く建ち並び、いたるところに細い路地が迷路みたいに張り巡っていました。
 再開発の途中なので、すごく古いお家と、新築マンションなどが入り乱れて建っています。
 坂道も多く、唐突に細い石の階段があったり、突き当たり行き止まりがあったり。
 道端のところどころにほんの小さな休憩所のような公園みたいな場所、石のベンチがポツンと置いてあるだけみたいな、がいくつかあって、お昼休み時分には、サラリーマンの人がそこでコンビ二のお弁当を食べていたりもしました。
 かと思うと、突然小さな商店街がつづいたり、荒れ果てた廃屋があったり。

 お引越ししてきて、いくらか慣れた頃、そんな路地を探検するのが楽しくて、暇があるとひとりでブラブラ、冒険RPG気取りで歩いたものでした。
 この路地は、ここにつながっているのかー、とか、ここをまっすぐ行くとずいぶん遠くまで曲がる道がないんだー、とか。
 あっ、もちろんえっちな格好とかではなくて、普通の格好で、ですよ。
 どこにいても池袋の超高層ビルが見えるので、闇雲に歩いても大きく迷っちゃうことはありませんでした。

 そんな路地をゆっくりと歩いていきます。
 なるべく自然に、ごくごく普通にお散歩している感じで。
 ときどき人とすれ違うとき、やっぱりドキンとしてしまいます。
 
 もともとこのあたりの住民の方々は、ご年配のかたが多く、その上、今は平日の昼下がりですから、すれ違う人も、お仕事をリタイアされたらしいご年齢のおじさまやおばさまや、専業主婦のかたばかり。
 細い路地を前から歩いてきて、私を一瞥してただすれ違う。
 それは普段ならとても普通のことなのですが、自分が恥ずかしいことをしている、という引け目があるので、どうしても必要以上に緊張してしまいます。
 音の出ていないイヤホンの音楽に集中しているフリをして、伏目がちながら不自然にはならないくらいに背筋を伸ばして。

 ときおり風が吹いて、からだにコートがまとわりつきます。
 午前中にブラウスとジーンズの上に着ていたときとは、明らかに違う感触のまとわりつき方。
 そのたびに、今コートの下がどんな格好なのか、ということを思い出させてくれます。
 そういうときに限って、前から人が歩いてきたりします。
 何度か通った道だけれど、初めて歩くみたいにひどく新鮮に見えます。
 頭の中では、音の出ていないイヤホンから、ラヴェルのボレロがエンドレスでずーっと鳴っていました。

 5分くらい歩いて10人くらいの人とすれ違ったでしょうか?
 そのたびに心臓がトクンと跳ねていました。
 レオタードを着ていてこうなのだから、もし本当に全裸だったら・・・
 そう考えたと同時に、からだがムズッと疼きました。

 見覚えのある小さな公園のひとつにちょうど着いたので、そこでちょっと休憩することにしました。
 ここから地下鉄の駅までなら、あと3分も歩けば着けるでしょう。
 ペットボトルのお茶をゴクリと一口。
 さっきから気になっていることを確かめてみたいと思いました。

 カメさんの形をしたベンチに腰掛けて、周りを注意深く見回しました。
 大丈夫、誰もいません。
 お向かいにある木造のお家も窓が全部閉じて、しんと静まり返っています。
 脇の空き地に駐車している小さなトラックの下で、白黒ブチのネコさんがまあるくうずくまっていました。
 薄目を開けてこちらをうかがっているご様子。

 私はベンチの上でからだをひねり、ネコさんに背中を向けました。
 正面に見えるのは、小さな花壇と石塀だけ。
 それから、コートの胸元のボタンをふたつはずし、そーっと広げて中を覗き込みました。
 やっぱり・・・
 目を凝らすまでも無くあからさまに、二つの乳首がレオタードの白い布地を、とてもいやらしく突き上げていました。
 開いた胸元に右手を入れて、股間に当ててみます。
 しっとり・・・

 レオタードコートでお外を歩いているうちに、いつの間にかムラムラが舞い戻ってきていました。
 それも、たとえて言うなら、瀕死のパーティにせかいじゅのしずくを使ったような、完全回復。
 レオタードを着てきてしまったことを、後悔していました。
 一刻も早く、本当の裸コートになりたい、と熱烈に思っていました。


コートを脱いで昼食を 03


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