2011年1月30日

図書室で待ちぼうけ 24

「とーってもステキな男の子に出会っちゃったの、こないだのパーティで」
ケーキを食べ終え、ティッシュで口元を拭った相原さんが弾んだ声で話し始めました。
「なんて言うか、わたしが常日頃思い描いていた理想通りの人なの」
それから相原さんは、乙女チックな表情で延々と、その男の子のことを熱心に話してくれました。

立食形式のパーティでたまたま隣り合って、向こうから話しかけてきたから最初は警戒していたのだけれど、話しているうちに趣味や興味がことごとく合うことがわかって、意気投合しちゃったそうです。
「わたしとすごく似ている感じなの。考え方とか感性とか」
「世の中を斜めに見てる、って言うか、カレのお父さんも政治家で、そこの三男なんだけど、政治なんてくだらないから絶対やりたくない、って。もっと創造的なことがしたい、って」
「お笑いのツボとか見てるネットのサイトとかがわたしともろかぶりなの。でも文科系オンリーじゃなくて、スポーツジム通ってからだも鍛えてるし柔道も習ってるんだって」
「ガキっぽいえっちな感じとかも全然なくって、すっごくイイ感じの人なの」
相原さんは、文字通り瞳をキラキラ輝かせてしゃべりつづけます。

相原さんのお母さまもパーティ会場で二人が盛り上がっているのを目撃してるから当然公認で、パーティ翌日の日曜日に早速デートをして、その日もたくさんたくさんおしゃべりして、相原さんのお家にも寄ってご挨拶したそうです。
その男の子は、現在高一で、県下でも一番優秀と言われている男子校に通っているから、相原さんもその系列の女子高を受験することに決めたそうです。
「だって、再来年にその男子校と女子高、統合するんだって。そしたらカレと一年間は、同じ高校に通えるじゃん」
勉強やスポーツに忙しいその人が自由に出来る時間が火曜日の放課後しかないので、火曜日の放課後にその人に苦手な科目のお勉強を教えてもらって、その女子高の受験に備えるんだそうです。

それが今週の火曜日、図書室に相原さんが現われなかった理由でした。

「へー。ステキな人と出会えてよかったねー・・・」
私は、どんどん沈んでいく自分の気持ちを悟られないように、つとめて明るく言いました。
「うん。これはきっと、運命的な出会い、だと思う」
相原さんは、頬を紅潮させて無邪気に言い放ちます。
照れながらも自信に満ちた相原さんがすっごく魅力的で見蕩れそうになりますが、見ているとどんどん心が痛くなってくるので、うつむいて目をそらしました。

「それでね・・・」
ずーっとしゃべりっぱなしだった相原さんが急に声を落とし、私の顔を今日初めてまっすぐに見つめました。
「しばらくの間、わたし、えっちなこと、封印することにしたの」
ひそめた声で私に言います。

やっぱり。
私には、次につづく言葉が予想できました。
落胆が顔に出ないように心の中で身構えます。

「だから、森下さんとのアソビももう、できない」
「・・・う、うん。そのほうがいいと、思う・・・」
「だよね?学校の教室や公園で裸になったりするの、やっぱりヘンだよね?ヘンなオンナだよね?」
「・・・」
「だから森下さん、わたしがあんなことやってたってこと、ぜーったい、誰にも言わないでね。秘密にしといてっ。お願いっ!お願いっ!」
私に向かってペコペコお辞儀をくりかえしています。
「うん。もちろん。今までだって誰にも言ってないし、これからも・・・」
「そうだよね?森下さんはそういう人じゃないもの、ね?あーよかったー」
心底ホッとした、って表情になりました。

「これがそのカレ」
パーティで撮ったらしい何枚かの写真を手渡してくれました。
相原さんより7~8センチくらい背の高い、どちらかと言えば細身でショートウルフカット、表情に少し幼さが残るものの整った顔立ちな、見るからに爽やかそうなスーツ姿の男の子が相原さんと並んでニーッって笑っています。
「カッコイイでしょ?」
「うん。相原さんのドレスもすっごくステキ」
私は、わざと男の子のことにはふれず、相原さんのドレスを褒めました。
実際、相原さんのドレス姿はすっごく綺麗だったんです。
髪を少しアップめにして、両肩の出たデコルテを着こなしてポーズをとる相原さんは、オトナっぽくてセクシーで、私にとってはその男の子よりも何百倍も魅力的でした。

「でも、まだ森下さんにはカレの実物、会わせてあげない。わたしたちがもっと親密になってからじゃないとカレ、森下さんに盗られちゃうかもしれないから。カレとわたしが気が合うってことは、カレと森下さんも趣味が合う、ってことでしょ?森下さんカワイイから、あぶないあぶない」
相原さんが冗談めかして、私が見ていた写真をバッと取り上げました。
「そんなことしないよ。二人はお似合いだと思う。がんばってね」
私は、なんだか疲れてきました。

「本当は、カレが望むならすぐにでもヤッチャテいいんだけど、ほら、今わたしちょっとマズイじゃない?」
相原さんがまた声をひそめます。
「えっ?なんのこと?」
「剃っちゃったじゃないアレ。毛。カレがアレ見たら、ナンダコイツ?って思われちゃうじゃない?あーあ。なんであんなバカなことしちゃったんだろう・・・生え揃うまで見せられないよー」
バカなことじゃないよ、すっごくキレイだよ・・・
言いたいけれど言えません。

それからもしばらく相原さんのお惚気につきあいました。
私の心の中は、真っ暗く沈み込んでいましたが、うんうんて相槌をうって、がんばってって激励して、そのうちお母さまがいらしてリビングでまたシュークリームをご馳走になって、世間話をして、そろそろおいとましようとおトイレを借りたとき、やっぱり生理が始まりました。
一応必要なものはバッグの中に入れてきてたので、あわてずにはすみましたが。

エレベーターまで送ってくれた相原さんは、別れ際にこんなことを言いました。
「わたし、森下さんにすっごく感謝してる。だって森下さんがパーティ行ったほうがいい、って言ってくれなかったら、行かないつもりだったんだもん。そしたらカレとも知り合えなかった」
私は、小さく左右に首を振りながらも黙っていました。
「それで、うちの母親が、森下さんってたぶん、あげまん、だって言ってた」
「あげ?まん?」
「なんだか、その人とつきあうと相手の運気が上がる女性のことをそう呼ぶんだって。母親、この前のとき森下さんの手相見てたじゃん?それでだと思うんだけど」
「ふーん・・・」
「わたし、まさしくそれだった。ありがとう。ね?」
「私、何もしてないよ・・・」
「ううん・・・」
相原さんは、ゆっくり私の背中に両腕をまわして、ぎゅーっと抱き寄せました。
でも、すぐにからだを離してニッコリ笑います。
「それじゃあまた学校で、ね?たまに教室まで会いに行くから」
「・・・うん」
「バイバーイ」
「・・・ばいばい」
もちろんキスは、くれませんでした。

エレベーターの扉が閉まって、私はズルズルとその場にへたり込みました。
なんだか疲れきっていました。
悲しいとか、寂しいとか、悔しいとかよりも、とにかく疲れて心が空っぽになっていました。

その夜は、どうにも眠くて早くにベッドに入りました。
グッスリ寝込んで夜明け近く、時計を見ると午前三時半、なぜだかパッチリと目を覚ましました。
その途端、数時間前に相原さんから聞いた言葉の数々が、雪崩のように頭の中を埋め尽くしました。
暗闇の中で上半身を起こします。

もう相原さんと秘密のアソビ、出来ないんだ。
もう相原さんとキス、出来ないんだ。
もう相原さんの裸、見れないんだ。
もう相原さんは私のからだ、さわってくれないんだ。
もう相原さんとえっちなお話、出来ないんだ。
涙がポトポトポトポト、パジャマやお布団を濡らします。

相原さんのことが大好きで、ずっと一緒にいたかった・・・
そんな気持ちに今さらながら気づきます。
私、フられちゃったんだ・・・
いいえ、相原さんにとっては、私とのことに恋愛的な感情はまったく無かったでしょう。
たとえば子供の頃、仲のいい女の子同士でお医者さんごっこをするのと同じようなアソビの感覚。
勝手に恋愛感情を抱いていたのは私だけ・・・
相原さんの中では、本当の恋愛ができそうな相手をみつけたから、子供っぽいアソビから卒業することにしただけ。
私とは、ずっと気の合うお友達でいられる、って思っているはずです。
つきあうとかフられる以前の問題だったんです。

でも私は、相原さんに対して普通のお友達以上の感情、たぶん愛情を感じていました。
それは、相原さんからカレシが出来たから、って言われてすぐに、はいそうですか、と忘れられるものではありません。
かと言って、相原さんにこれ以上、二人でえっちなことしようよ、って迫るなんて、私には到底出来ません。
幸いなのは、相原さんとは違うクラスだから、会わないと決めれば意外とかんたんに会わずにすむこと。
そうやって忘れていくのが一番なんでしょうけど・・・

同性を好きになると、こういうすれちがいがあるのか・・・

私は、ひとしきり泣いた後、いつの間にかまた眠っていました。

次の週の火曜日。
期末試験間近なので、図書室はまあまあ賑わっていました。
当然ですが、相原さんは来ません。
私は、図書室を閉めた後一応、三年一組のお教室を覗きました。
誰もいませんでした。

その次の週は、期末試験期間で図書室はお休み。
私は、かなり真剣にお勉強に励みました。

試験が終わってホッとした頃には、相原さんショックからもだいぶ立ち直って、えっちなことをしたい気分も戻ってきていました。
お部屋でひとりえっちをしていると、相原さんの手や唇の感触を思い出して、せつなくなることもありましたが・・・
雨の中を傘をささずにズブ濡れで帰って、スケスケ露出の気分を味わったりもしました。

その次の火曜日は、いつものヒマな図書室に戻り、まったりと過ごしました。
もう帰りに相原さんのクラスを覗くこともしませんでした。

その次の週の火曜日が中学生の私にとって最後の図書室当番でした。
3年生は受験が控えているので、一学期末までで現場での委員活動はおしまいということになっていました。
私は、ひそかに何か思い出になることがしたいな、って思っていました。

その日もまったりとした図書室でした。
補佐の子は、いつか少女コミックを貸してくれた2年生女子でした。
まったく利用者が来なくて、二人でずっと小さな声でおしゃべりしているうちに4時になりました。
「もう今日はいいわね。後は全部私がやるから、あなたもう上がっていいよ」
「あ、そうですか?ありがとうございます」
補佐の子がニッコリ笑います。
「先輩、ご苦労さまでした。お世話になりました。受験勉強、がんばってくださいね」
「うん。ありがとう。あなたも元気でね」
「はい!」
補佐の子が嬉々として廊下に飛び出していきました。

静まり返った私一人だけの図書室。
私は席を立ち、カウンターから出て、奥の書庫にゆっくりと歩いていきます。
一番奥まったところで立ち止まり、からだを屈めてスカートをまくり上げ、ショーツをスルスルっと脱ぎました。
上履きも脱いでショーツを足元から抜き、スカートのポケットに突っ込みます。
上履きを履き直し、そのまま閲覧机のほうまで戻り、ノーパンを意識しながらぼんやりと夏の夕方の西日が射し込む窓の外を眺めました。

あと10分位したらもう一度書庫の奥に行って、ブラウスを脱いでブラもはずすつもりです。
オールヌードになってしばらくたたずむつもりです。

相原さん、早く来ればいいのに・・・


しーちゃんのこと 01

3 件のコメント:

  1. 夏の夕暮れ、きつい夕陽を全身に浴び、
    体を真っ赤に染めながら、
    だれもいない部屋でひとりたたずむ少女。

    あの熱き思いは何?
    ぽっかり空いた心の隙間。
    もうあの人は戻ってこない。
    わかってはいるけど捨てきれない。

    なかなかの印象派ですね。
    最後はグッと心に響きました。

    これからの活躍、楽しみにしています。

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  2. 初めまして。

    以前から、あおいさんのところで特別枠でリンクされているので気になっていたのですが、今日はじめてお邪魔させていただきました。

    まだ全部読み終わったわけではないのですが、とっても面白いお話がたくさんアップされていて、とても楽しいひと時を過ごさせていただきました。

    これからも時々お邪魔させていただきます。

    それで、私のサイトから、リンクを貼らせていただきました。
    勝手をさせていただきましたが、宜しかったでしょうか。
    もしご迷惑でしたら直ちに対処いたしますので、よろしくお願いいたします。

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  3. イネさま
    はじめまして。コメントありがとうございます。
    楽しんでいただけたようで、嬉しいです。

    リンクしていただいたのですね。ありがとうございます。
    今ちょっと時間が作れないので、明日中にイネさまのサイトにご訪問させていただきます。もちろん、リンクもさせてください。
    今後ともよろしくお願いいたします。(≧∀≦)ノ 

    あおいさま
    いろいろと便宜を図っていただいて、本当にありがとうございます。(≧∀≦)ノ 

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