2011年1月16日

図書室で待ちぼうけ 20

それから脱衣所に戻り、濡れたからだをバスタオルで丁寧に拭いました。
背中は、相原さんがやさしく拭いてくれました。

「あー、さっぱりしたっ!なんだか心もからだもっ。ねえ、先にわたしの部屋に戻ってて」
相原さんが手早くからだを拭ってからそう言い残し、裸のままリビングのほうへ消えていきました。
私は、また黄色いバスタオルをからだに巻きつけて、相原さんのお部屋に戻りました。
ベッドの縁に浅く腰掛けます。
私も同じように、なんだかすっきりさっぱりな気分でした。

ほどなく戻って来た相原さんが、よく冷えた缶入りのスポーツドリンクを私に手渡してくれて、自分でもパチンと開けてグイーっと飲みます。
「あーーっ!美味しいぃっ!」
私もゴクゴク喉に放り込むように飲みました。
本当に美味しいっ!

「もう五時半過ぎかあ」
相原さんがそう言って、スタスタと窓のほうに歩いて行き、閉じていたカーテンを左右に豪快に開きました。
まだ充分に明るい光が窓から差し込んで、途端にお部屋が明るくなります。
「ずいぶん陽が長くなったねえ。もうそろそろ夏至だもんねえ」
明るいお部屋の中で見る相原さんの全裸は、綺麗だけどやっぱり、私がちょっと恥ずかしくなってしまいます。
そう言う私もタオル一枚だけの姿なんですが・・・

服を着なきゃな、って思いながら私は、ベッドの枕元に置いてある汚してしまったショーツをじーっと見ていました。
「あっ、そうそう。新しいパンティ貸すから。ちょっと待っててね」
私の視線に気づいた相原さんはそう言うと、私が見ていたショーツをひょいとつまみあげ、持っていたキミドリ色バスタオルの間に挟みました。
「このパンティは、わたしが洗ってから、後で返してあげる」

言われて私も思い出します。
「相原さんがこの間、図書室で私に預けたショーツ。洗濯して今日持ってきてたんだった」
私は立ち上がり、相原さんの机の上に置きっ放しだったポーチから包みを出して渡します。
「あ、洗濯しておいてくれたんだ。ありがとう」
相原さんがニッコリ笑ってその包みを持ち、クロゼットの前にしゃがみ込みました。

「えーっと、水色のパンティ、みずいろのパンテイっと。ねえ?似たようなやつのがいいよねえ?」
相原さんが引き出しをガサゴソしながら、振り向かずに聞いてきます。
「あ、どんなのでもいいよ」
私は、しゃがみ込んだ相原さんの裸のまあるいお尻をぼんやりと眺めながら答えました。
そのとき、ピピピッっていう電子音みたいのが鳴って、机の上の何かの装置みたいのがピカピカ光り始めました。

「あーーヤバイっ!母親帰ってきちゃったみたい。この音は、下のエントランスでうちの部屋番号が押された合図なの」
「すぐに母親が上がってきちゃうはず。森下さん、早く服着てっ!」
相原さんは、スクっと立ち上がって私のほうを振り返りそう言った後、クロゼットから適当なワンピースを手に取って、ササっと頭からかぶりました。

私は大いに慌てます。
巻いていたバスタオルを取って裸になり、ちょっと考えた後、まずスカートを穿きました。
それからブラを胸にあてがうと、相原さんがサササッと寄ってきて後ろのホックを留めてくれて、ついでに上にまとめた髪もほどいてくれました。
私は、急いでブラウスに袖を通し、ボタンをはめていきます。
その間、相原さんが私の髪をブラシで整えてくれていました。

その後、相原さんがベッドの上や机の上をあれこれ片付けているとき、玄関のほうでガチャガチャ音がしてドアが閉じる音がしました。
「あらー、ナツミー、いるのー?」
廊下をパタパタ歩いていく音とともに大きな声が聞こえました。
「はぁーいっ!」
相原さんが大きな声で答えます。
相原さんは、インディゴブルーで膝丈のざっくりした半袖ワンピースを着ています。
からだの線が出ないシルエットなのでバレないでしょうけど、あの下は全身素肌です。
そして、私も図らずもノーパン状態になってしまいました。

二、三分してから相原さんのお部屋のドアがノックされて、相原さんのお母さまが顔を出しました。
「あらーっ。ナッちゃんがお友達連れて来るなんて珍しいわねえ。いらっしゃい」
「わたしの友達で森下さん。これ、わたしの母親」
相原さんが紹介してくれました。
「あ、はじめまして。森下直子です。おじゃましています」
ぺこりとお辞儀をしました。
相原さんのお母さまは、占い師と聞いていたのでなんとなく、ふくよかなおばさまを想像していたのですが、目の前にいるその人は、カッチリしたスーツを着こなした出来るキャリアウーマン、て感じのスラっとした女性でした。

「ようこそいらっしゃい。ゆっくりしていってね。ナツミ、今日はデパ地下でお惣菜たくさん買ってきたから、お料理はしなくていいわ。あ、そうだ、あなたもうちでお夕飯食べて行く?」
「あ、いえ、母に7時頃までには帰る、って言ってあるので・・・ありがとうございます」
「そっか、残念。じゃあタイヤキ食べましょう。なんかクリームチーズが入ったやつなんだって」
「は、はあ・・・」
「それじゃあ、着替えたりお茶入れたりするから、10分後にリビング集合、ね?」
相原さんのお母さまがニッコリ笑ってお部屋から出て行きました。
細い銀縁のメガネのせいか、一見怖そうにも見えた相原さんのお母さまでしたが、なんだか気さくな感じの人みたいです。

「相原さんのお母さまって、なんだかカッコイイ。スーツもメガネも決まってるし、オトナーって感じ」
「まあ、若作りって言うか、テレビとか出始めてからプロポーションの維持とかに相当気を使ってるみたい。近くのスポーツジムとかにも通ってるらしいし」
相原さんが興味無さそうな口ぶりで言います。
「あの人にとってオンナでありつづけることは武器だから。今でも本当にキレイな裸してるよ。その努力は素直に感心する」
相原さんは、自分の髪をブラッシングしながらそっけなく言いました。
「ふーん。私も今度気をつけてテレビ欄、チェックしよう・・・」
少しの沈黙。
「あっ、そうそう。森下さんにパンティ、あげなきゃ、ね」
相原さんがクロゼットに跪いたとき、用意できたわよー、って大きな声で呼ばれました。

リビングの応接ソファーのテーブルの上にタイヤキの乗った白いお皿が三つ。
その脇に日本茶の入った可愛い湯飲みが添えられています。
「どうぞ召し上がれー」
相原さんのお母さまは、くすんだピンク色のスエット上下に着替えて髪も後ろに束ねていました。
お化粧も軽く落としたみたいですが、相原さんとよく似た綺麗なお顔立ちです。
「いただきまーす」
「ナッちゃんがこの家にお友達連れて来たの、初めてじゃない?」
相原さんは、ちょっと首をかしげただけで、黙ってタイヤキにかぶりつきました。

その後は、もっぱら私が質問されました。
同じクラスなのか、とか、どのへんに住んでいるのか、とか、進路は決めたのか、とか・・・
私は、極力丁寧にお答えしました。
相原さんはずっと黙ったまま、二人のやりとりを聞いていました。
タイヤキは、すっごく美味しかったです。

三人とも食べ終わってホっとした頃、相原さんのお母さまが突然腕を伸ばしてきて、私の左手を取りました。
しばらく手のひらを眺めた後、左手は解放され、代わりに右手が取られました。
同じようにしばらく手のひらを眺められた後、
「森下さんのお誕生日はいつなの?」
と尋ねられました。
私が答えようとすると、
「ちょっとぉー。わたしの友達、勝手に占わないでくれる?」
って相原さんが初めて口をひらきました。
別に怒ってる感じではなくて、なんて言うか、呆れて諭すみたいな言いかたでした。
「あー、ごめんごめん」
相原さんのお母さまが照れたように笑って頭をポリポリ掻きました。
「それから、キッチンに置いてあるクッキーは森下さんのお土産。ちゃんとお礼言って」
「あ、そうなの。ありがとうねー」
なんだか不思議な親娘関係・・・

「わたし、来週のパーティ、やっぱり行くから・・・」
相原さんが脈絡無くポツンと言いました。
「あら、本当?」
相原さんのお母さまが嬉しそうな声をあげます。
「うん。森下さんに相談したら、絶対行ったほうがいい、って薦められちゃったから・・・ものは試しで行ってみる」
「それなら明日、お洋服買いにいきましょう。良かったー。ありがとうねえ、森下さん!」
わけわからないうちに相原さんのお母さまに感謝されて、両手を握られブンブン振られてしまいました。

窓の外がさすがに薄暗くなっています。
時計を見ると6時45分でした。
「あ、そろそろ私、おいとましないと・・・」
「あら、もうそんな時間?」
「今日はごちそうさまでした。タイヤキすっごく美味しかったです。相原さん、また来週、学校で」
「うん。気をつけて帰って、ね」
「また遊びにいらっしゃいね。森下さん」
相原さんのお母さまが玄関で、ニコニコ笑って見送ってくれました。

エレベーターのところまでは、相原さんが送ってくれました。
「母親が帰るの、いつもはもっと遅いんだけど。ごめんね、最後のほう、バタバタしちゃって」
「ううん。面白かった。お母さまもステキだし」
「森下さん、結局今、ノーパンでしょ?」
「う、うん・・・」
「どう?どきどきする?」
「う、うん・・・」
「だいじょうぶ。森下さんの家近いし、今日は強い風も吹いていないみたいだし・・・あ、でも走って転ばないように、ね。派手に転ぶとスカート、まくれちゃう」
「イジワル・・・」
薄く笑っていた相原さんの唇が近づいてきて、エレベータの前で軽くキスをしました。

「それじゃあ。気をつけて」
「うん。また来週、図書室で。ばいばーい」


図書室で待ちぼうけ 21

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