2010年8月14日

グノシエンヌなトルコ石 42

車をガレージの扉の前の車止めに停めてもらいました。

「へーー。本当に大きなお家だねえ。すごーい」
やよい先生が素で驚いています。
「そ、そんなことありません。それより先生、あがって冷たいものでも飲んで行ってください。母も先生の大ファンなんです」
「うーん。やめとくよー。あたしそういうの苦手だし」
「だいじょうぶですよー」
「いやいや、悪いしー」

「それじゃあ私、家に戻ってトルコ石のイヤリング取ってきますから、ここで待っていてくださいね。母も連れてきますから」
「うん。わかったわ。その前にじゃあこれを渡しとく」
やよい先生が大きなブティックのビニール袋を渡してくれました。

「イヤリングとか子猫ちゃんとか写真とかローターとか、その他いろいろ。あの黄色いわっかの洗濯バサミはミーチャン作のオリジナルで一つしかないから、今はあげられないけど、ミーチャンに言ってもう一つ作ってもらったら送ってあげる。今日撮った写真もね」
「ヤバそうなものは、下のほうに入ってるから。くれぐれもご家族にみつからないように保管場所に知恵を絞りなさい。上のほうは、あたしのお古の洋服。なお子に似合いそうなのを選んだつもりだけど、気に入らなかったらあっさり捨てちゃっていいからさ」
「ありがとうございます。一生大切にします」
「いやいや。それほどのもんじゃないからさー」

「あのー。はしたないんですけど、その赤いワンピもいただけますか?私すっごく気に入っちゃったんです」
後部座席に放ってある、さっきまで着ていた赤いワンピースを指さして、おずおずと言いました。
「あ。これ気に入ってくれたんだ。いや、いろいろ汚れちゃったからいらないかなーと思ってさ。どうぞどうぞ。着てちょうだい。ついでにこれもあげちゃう」
ピンクのレインコートもビニール袋に押し込んでくれます。

一瞬二人で沈黙して、見つめ合いました。
どちらからともなく唇を近づかせていき、しっかりと重なり合わせました。
お互いに軽く肩を抱き合い、舌をゆったりとからませて、静かに深くくちづけ合います。
時間が止まってしまったように、しばらくそうしていました。
私の目から涙がポロポロ落ちて頬をつたいます。

始まったときと同じように、どちらからともなく唇が離れました。
私は頬の涙を手で拭い、無理矢理笑顔を作ります。
「じゃあ先生、ちょっと待っててくださいね」
私は、もらったビニール袋を手に持って、万が一、先生が帰ってしまわないように、持ってきたボストンバッグは後部座席に置いたまま助手席のドアを開けて外に出ました。

そのとき、ガレージの扉がスルスルと左右に開いていきました。
開いた隙間から玄関のほうを見ると、母が部屋着にガウンをひっかけてこちらへ歩いて来るところでした。
私は、また助手席側のドアを開けて、やよい先生に呼びかけます。
「先生、ママが出てきちゃった」

「なおちゃん、おかえりなさいー。あらー。三つ編みおさげに結ってもらったの?かっわいいわー。とっても似合ってるわよー」
母は上機嫌で、やよい先生の車の前までやって来ました。

「百合草先生。ようこそおいでくださいました。このたびはうちの直子がご迷惑をおかけして・・・」
やよい先生は、頭をかきながら車から降りて、直立不動になってから、母にペコリと頭を下げました。
「いつもいつも直子がお世話になりっぱなしで。百合草先生、お夕食は?どうぞあがって召し上がっていって」
「ありがとうございます。でもあたし8時までには帰って、引越し屋さんと打ち合わせをしなければならないもので・・・」
「あらー。でもまだ6時前ですわよ。篠原さんがご実家に戻っているので、たいしたおもてなしもできませんけれど、どうぞ遠慮なさらず一休みしていってくださいませ」
母は、身内にしかわからない言い訳をしています。
「私、一度でいいからゆっくりと百合草先生とお話してみたかったんですの。今日は嬉しい日になるわー」
「さ、とにかく、こんなところで立ち話もアレですから、さ、お車を中に入れて」
父の車は、海外出張で空港に停めてあるので、一台分スペースが空いています。

やよい先生が車を中へ入れている間に、私はお庭で尋ねました。
「ねえママ。なんで私たちが外にいること、わかったの?」
「もうそろそろ帰ってくる頃かなー、って、門の監視カメラのモニターつけっ放しにいといたの。そしたら赤い自動車がスルスルスルって来て、ガレージの前にずっと停まっているから、ガレージの扉を開けてみたの」
「あのカメラ首振りだから、ずっと同じところは映らないのよね。ちょうどなおちゃんがお外に出てきたところが映ったから、私も出てきたの」

良かった。
やよい先生とのキスは映ってなかったみたい。
たぶん。

やよい先生が車を駐車し終えたので、私は車に走って行って、自分のボストンバッグをおろしました。
やよい先生は、また別のブティックのビニール袋を持って、車から降りてきます。
母は、玄関のところでニコニコしながら手を振っています。

「なお子、本当にスゴイお家ねー。なお子って本当にお嬢様だったんだねー」
「もう、先生ったらー、やめてくださいよー」
私は、いつもの調子でやよい先生にからだをすり寄せます。
そこで、あっ、そうだ、母が見てるんだった、と思い出し、あわててからだを離しました。

「さ、どうぞどうぞ。お掃除してなくて汚れてて、お恥ずかしいのですけれど」
やよい先生は、玄関に入ってからリビングに着くまで、落ち着き無くキョロキョロと周囲を見回しています。
「さ、そちらにお掛けになって。お時間が無いのでしたら、何かつまむものでも持ってまいりますわ。今日もお暑いですからお飲み物は冷たいのがよろしいですわね?」
「いえいえ、どうぞ、おかまいなく・・・」
やよい先生は、緊張しているみたいです。
母がダイニングに消えました。

私は、やよい先生を一人にしてしまうのもかわいそうなので、ボストンバッグとお土産の入ったビニール袋を持ったまま、ソファーのやよい先生の隣に腰掛けます。
なんていう偶然なのか、家のリビングにもサティのジムノペディが流れています。

「本当に広いお家ねえ。ここに3人で住んでいるの?」
やよい先生がヒソヒソ声で話しかけてきます。
「はい。あとハウスキーパーの篠原さんとその子供の可愛いともちゃんもいるんだけど、今は田舎に帰ってます」
「へー。ハウスキーパーねえ。なお子の部屋は2階?」
「そうです。後で見ます?」
そんなことを話していると、母がグレープフルーツの切ったやつと、大きなお皿に盛ったサンドイッチをまず運んで来てから、つづいてアイスペールとグラスとリンゴジュースの大きなペットボトルを持ってきて、テーブルに置きました。

「あらあら、なおちゃん。そちらはお客様のお席でしょう?なおちゃんはこっちに座って、お飲み物を作ってちょうだい」
おしぼりをやよい先生に渡しながら、私に言いました。
私は母の隣に座り直して、両手を冷たいおしぼりで拭いてから、人数分のグラスに氷を入れてリンゴジュースを注いでかきまわします。
「直子が帰ってきたら一緒に食べようと思って、作っておいたものなんですけど。このサンドイッチ。どうぞ召し上がって」
「はい。いただきます」
やよい先生は、パクリとサンドイッチを食べました。

もう大丈夫かな。
私は立ち上がって、母に言いました。
「私、自分のお部屋に荷物置いてくるね」
私がビニール袋を手に取ると、母が、
「あら、なおちゃん。それはなあに?」

ぎくっ!

「先生にいただいたの。先生が着ていたお洋服なの。とってもキレイなのばかり」
「あらー。百合草先生、ありがとうございます。本当にお世話かけっぱなしで。ママにも後で見せてね」
「うん。整理したら見せてあげる」
そう言いながら、私は小走りに階段を上がって、自分の部屋に飛び込みました。

ビニール袋を逆さにしてベッドに中身を投げ出して、お洋服の下のヤバソウナモノ袋を中身も見ずに他の袋に移し変えてから、とりあえずベッドの下に押し込んで隠しました。
それからもう一度お洋服だけビニール袋に押し込んで、机の上に置きました。
次に、やよい先生にプレゼントするトルコ石のイヤリングをアクセサリー箱から取り出して、タオルで軽く磨いてから、大事にとっておいたケースに収めてワンピースのポケットに入れました。

ワンピースのポケットには、昨日の午後、やよい先生と最初のプレイを始めるとき、あのユルユルレオタに着替える前に、私が期待に昂ぶって濡らした、いやらしい液を拭ったティッシュが丸められて入っていました。
テイッシュはもうすっかり乾いていました。
それをみつけた瞬間、私は、昨日と今日で体験したさまざまなプレイを一気に思い出して、あらためて、その恥ずかしさに、どこかに身を隠してしまいたいほど赤面してしまいます。

火照った頬を洗面所で洗ってからリビングに戻ると、母が熱心にやよい先生に語りかけていました。
どうやら、3月に開催されたバレエ教室の発表会で、最後にやよい先生がメインで踊った「花のワルツ」がいかに素晴らしかったかを語っているようです。
やよい先生は、グレープフルーツをスプーンで突っつきつつ、テレテレになりながらも時折冗談を交えて、まんざらでもないようです。
確かにあのときのやよい先生、すごくステキでした。
でも、母がそんなに熱心に見ていたこと、そして、それをこんなに嬉しそうに、楽しそうに語っているのが意外でした。
母がこんなに楽しそうに誰かとお話しているのを見るのは、久しぶりな気がします。

母とやよい先生。
私の大好きなキレイな大人の女性二人が、楽しそうに会話しているのを見ていると、私もなんだか幸せな気分になってきて、急にお腹が空いてきました。
サンドイッチをパクパク食べて、リンゴジュースをゴクゴク飲みます。

ガウンを脱いだ母は、下は黒のピッチリしたレギンスで上はゆったり長めの無地な黒いTシャツでした。
どうもノーブラみたいです。
胸のところが二箇所、ポチっと浮き出ているように見えます。
見ていると、やよい先生もときどき、そこに視線を泳がせているみたい。
私はますます幸せな気持ちになってきます。

ようやく会話が途切れたところで、私が口を挟みます。
「でもママ。ママがサティって珍しいね」
「あら、私サティ大好きよ。ほら、今日は午後から雨だったじゃない?こんな日は気分が滅入りがちになるから、サティを聞いて落ち着かすのよ。サティのピアノ曲聞いてると心が落ち着くの。選曲間違えるともっと滅入ったりもするけどね」
そう言って、母は、あははって笑いました。
やよい先生も、そうそう、って感じで頷いています。


グノシエンヌなトルコ石 43

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